説明

水溶性マンノシルエリスリトールリピッド及びその製造方法

【課題】
生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、従来のマンノシルエリスリトールリピッドに不足していた高い水溶性を示し、異なる界面活性作用を有する新規構造のマンノシルエリスリトールリピッドを提供する。

【課題を解決するための手段】
次の式(1)で表される水溶性マンノシルエリスリトールリピッド。


(式中、Rは炭素数6〜20の脂肪族アシル基であり、Rは水素又はアセチル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マンノースとエリスリトールを構成要素とするマンノシルエリスリトールリピッドにおいて、マンノース上3’位に、炭素数6〜20の脂肪族アシル基が1つだけ結合した水溶性マンノシルエリスリトールリピッド及びその生産方法に関するものである。

【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。一方で、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤(バイオサーファクタント)を利用してきたが、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、界面活性剤の生産量は飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となった。しかしながら、その使用量の拡大につれて環境汚染が広がってきた。そこで、安全性が高く、環境に対する負荷を低減するために生分解性の高い界面活性物質の開発が望まれていた。
【0003】
現在、微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子化合物系の5つに分類されている。この内の糖脂質系の界面活性剤については、最もよく研究され、細菌及び酵母による多くの種類の物質が報告されている。
【0004】
ラムノリピッドは、結核菌の抗生物質としてPseudomonas aeruginosa(シュードモナス アエルジノーサ)(緑膿菌)の培養液から最初に発見された(非特許文献1参照)。以来、これまでにPseudomonas(シュードモナス)属の細菌から4種類の同族体が報告され、当初は数g/L程度の生産量であったが、現在では100g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献2参照)。
【0005】
ソホロースリピッドは、Candida(以前はTorulopsis) bombicola(キャンデダ ボンビコーラ)の培養液から発見された(非特許文献3参照)。これ以外に、Candida apicolaも生産し、脂肪酸の結合様式によりラクトン型と線状型の2種類が報告されている。現在では、300g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献4及び5参照)。
【0006】
トレハロースリピッドは、Corynebacterium(コリネバクテリウム)等の細胞表層物質として発見された。類似の物質が、Mycobacterium(マイコバクテリウム)、Nocardia(ノカルディア)、Rodococcus(ロドコッカス)属細菌からも報告されている(非特許文献6参照)。一般に、細胞壁に結合しているために生産量は低いが、Rodococcus erythropolis(ロドコッカス エリスロポリス)を窒素制限下で培養を行うとサクシノイルトレハロースリピッドを32g/L生産することが報告されている(非特許文献7参照)。
【0007】
マンノシルエリスリトールリピッドは、Ustilago nuda(ウスチラゴ ヌーダ)とShizonella melanogramma(シゾネラ メラノグラマ)から発見された(非特許文献8及び9参照)。その後、イタコン酸生産の変異株であるCandida属酵母(特許文献1及び非特許文献10参照)、Candida antarctica(キャンデダ アンダークチカ)(非特許文献11及び12参照)、Kurtzmanomyces(クルツマノマイセス)属(非特許文献13参照)等の酵母が生産することを報告している。現在では、長時間の連続培養・生産を行うことで300g/L以上の生産を可能にしている。
【0008】
セロビオースリピッドは、Ustilago maydis(ウスチラゴ マイディス)により15g/L(非特許文献14及び15参照)、オリゴ糖リピッドは、Tsukamurella(ツカムレラ)属の酵母により30g/L生産される(非特許文献16参照)ことが報告されている。
【0009】
糖脂質等のバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれている。このことから、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にこれらのバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
【0010】
現在、一般的に用いられている合成界面活性剤の種類は、細かな構造の違いまで見ると数百、数千種類に上る。親水基・親油基の種類が異なるものから、それぞれのドメインの組成が同じでも分子量、立体構造の違いによって親水性疎水性バランス(HLB)の異なる同族体など、ありとあらゆる化合物が開発されており、これらを単一種類で用いるだけでなく、数種混合して用いることで、上記のような幅広い産業分野において要求される性能に対応している。
【0011】
したがって、これらのバイオサーファクタントの幅広い普及を図るためには、多くの種類のバイオサーファクタントが必要である。しかしながら、現在までに発見されているバイオサーファクタントの種類は20数種類と少なく、新規な構造を有するバイオサーファクタントの発見が望まれている。さらに、構造・組成に多くのバリエーションを持たせ、これらを組み合わせて機能を緻密に制御することが極めて重要である。
【0012】
【特許文献1】特公昭57−145896号公報
【非特許文献1】エフ.ジー.ジャービス(F.G.Jarvis),エム.ジョンソン(M.Johnson),「ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサイティ(J.J.Am.Chem.Soc.)」,71巻,p4124−4126(1949).
【非特許文献2】エス.ラング(S.Lang),ディ.ウルブラント(D.Wullbrandt)「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,51巻,p22−32(1999).
【非特許文献3】ピー.エー.ゴーリン(P.A.Gorin),ジェイ.エフ.ティ.スペンサー(J.F.T.Spencer),エー.ピー.ツロテェ(A.P.Tulloch),「カナデアンジャーナル オブ ケミストリー(Can.J.Chem.)」,39巻,p846−855(1961).
【非特許文献4】エー.エム.ダビラ(A.M.Davila),アール.マークバル(R.Marcbal),ジェイ.ピー.バンデカテーレ(J.−P.Vandecateele),「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,47巻,p496−501(1997).
【非特許文献5】エイチ.ジェイ.ダニエル(H.−J.Daniel),エム.リュッシ(M.Reuss),シー.シィルダック(C.Syldatk),「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,20巻,p1153−1156(1998).
【非特許文献6】エヌ.コサリック(N.Kosaric),ダブリュ.エル.ケルン(W.L.Cairns),エヌ.シー.シー.グレイ(N.C.C.Gray),「バイオサーファクタント アンド バイオテクノロジー(Biosurfactant and Biotechnology)」,(米国),マーシャル デッカー インコーポレーション ニューヨーク(Marcel Dekker, New York)(1987).
【非特許文献7】ジェイ.エス.キム(J.−S.Kim),エム.ポワラ(M.Powalla),エス.ラング(S.Lang),エフ.ワーグナー(F.Wagner),エイチ.ランスドルフ,ブイ.レイ(V.Wray),「ジャーナルオブ バイオテクノロジー(J.Biotechnol.)」,(英国),13巻,p257−266(1990).
【非特許文献8】アール.エイチ.ハスキンス(R.H.Haskins),ジェイ.エー.トーン(J.A.Thorn),B.Boothroyd,「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can.J.Microbiol.)」,1巻,p749−756(1955).
【非特許文献9】ジー.デム(G.Deml),ティ.アンケ(T.Anke),エフ.オーバーウインカー(F.Oberwinkler),ビー.エム.ジアネッティー(B.M.Giannetti),ダブリュ.ステグリッチ(W.Steglich),「フィトケミストリー(Phytochemistry)」,19巻,p83−87(1980).
【非特許文献10】ティ.ナカハラ(T.Nakahara),エイチ.カワサキ(H.Kawasaki),ティ.スギサワ(T.Sugisawa),ワイ.タカモリ(Y.Takamori),ティ.タブチ(T.Tabuchi),「ジャーナル オブ ファーメンテーション テクノロジー(J.Ferment.Technol.)」,(日本),日本発酵工学会,61巻,p19−23(1983).
【非特許文献11】ディ.キタモト(D.Kitamoto),エス.アキバ(S.Akiba),シー.ヒオキ(C.Hioki),ティ.タブチ(T.Tabuchi)「アグリカリチュラル アンド バイオロジカル ケミストリー(Agric. Biol. Chem.)」,(日本),日本農芸化学会,54巻.p31−36(1990).
【非特許文献12】エイチ.エス.キム(H.−S.Kim),ビー.ディ.ユーン(B.−D.Yoon),ディ.エイチ.チョン(D.−H.Choung),エイチ.エム.オー(H.−M.Oh),ティ.カツラギ(T.Katsuragi),ワイ.タニ(Y.Tani)「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,(ドイツ),スプリンガー−バーラグ(Springer−Verlag),52巻,p713−721(1999).
【非特許文献13】角川(K.kakukawa),玉井(M.Tamai),今村(K.Imamura),宮本(K.Miyamoto),三好(S.Miyoshi),森永(Y.Morinaga),鈴木(O.Suzuki),宮川(T.Miyakawa)「バイオサイエンス,バイオテクノロジー アンド バイオケミストリー(Biosci.Biotechnol.Biochem.)」,(日本),日本農芸化学会,66巻,p188−191(2002).
【非特許文献14】ビー.フラッツ(B.Frautz),エス.ラング(S.Lang),エフ.ワーグナー(F.Wargner)「バイオテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,(オランダ),クルーワー アカデミック パブリッシャー(KLUWER ACADEMIC PUBLISHERS),8巻,p757−762(1986).
【非特許文献15】エス.スペンサー(S.Spoeckner),ブイ.レイ(V.Wray),エム.ニミッツ(M.Nimtz),エス.ラング(S.Lang)「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,(ドイツ),スプリンガー−バーラグ(Springer−Verlag),51巻,p33−39(1999).
【非特許文献16】イー.ボルブレクト(E.Vollbrecht),ユー.ラウ(U.Rau),エス.ラング(S.Lang)「フェット/リピッド(Fett/Lipid.)」,101巻,p389−394(1999).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つ糖脂質等のバイオサーファクタントを、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等に広く普及をはかるため、生産コストの低減を図ることだけでなく、バリエーションを拡大してそのポテンシャルを高めることが重要である。上記事情に鑑み、本発明は、従来のマンノシルエリスリトールリピッドとは親油基の結合数が異なる、より水溶性の高いマンノシルエリスリトールリピッド及びその生産方法を提供することを目的とするものである。
非イオン性界面活性剤の高機能化の手段として、一般的にはHLBの調節や他成分との混合等を施すことで乳化、可溶化、分散化、洗浄能の向上が図られている。糖脂質型バイオサーファクタントの場合では、親油基である脂肪酸由来ドメインの結合数や結合位置、鎖長等の違いによって界面活性の幅広い制御が可能となる。例えば、脂質ドメインの結合数、鎖長の減少は水溶性の増大に繋がり、洗浄剤への用途展開が広がるほか水溶性物質の油中への可溶化を促進することが出来る。これにより、化粧品素材や水溶性塗料の開発といった水溶性が必須の用途への応用が期待される。
これらの構造改変は化学的な手法を用いても理論上では可能であるが、糖脂質の場合では反応を位置・立体選択的に制御することが極めて困難であり、また糖骨格を維持したまま構造改変を行うためには多段階の複雑な保護・脱保護反応を必要とする。これに対して、微生物生産では精巧な生合成経路を経由するため、位置・立体構造が完全に制御された特殊構造を維持し、かつHLB等の性質の異なる同族体を、一段階のステップのみで製造する方法を提供でき、バイオサーファクタントのバリエーションの拡張に繋がる極めて有効な手段と成り得る。

【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、マンノシルエリスリトールリピッドを生産する微生物を脂肪酸及び脂肪酸エステル不含培地で培養する際、培養物中にこれまで知られなかった生産物が含有していることを掴み、これらを採取して精密な分離・構造解析を行うことにより、新規構造の糖脂質が存在することを知見した。さらに、より高い水溶性を示すこれら新規糖脂質を効率良く回収する方法についても検討することにより、本発明をなすに至ったものである。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕〜〔9〕に示される。
〔1〕次の式(1)で表される水溶性マンノシルエリスリトールリピッド。
【化1】


(式中、Rは、炭素数6〜20の脂肪族アシル基であり、Rは水素又はアセチル基を表す。)

〔2〕上記式中、Rで示される置換基が、 炭素数6〜20の飽和又は不飽和脂肪族アシル基からなることを特徴とする、上記〔1〕に記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
〔3〕シュードザイマ属に属し、マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を、グルコースあるいはグリセロールを含有し、脂肪酸及び脂肪酸エステル不含培地で培養し、培養物から上記〔1〕又は〔2〕に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを採取することを特徴とする、水溶性マンノシルエリスリトールリピッドの生産方法。
〔4〕培地組成及び培養条件が、以下に示されるものであることを特徴とする、上記〔3〕に記載の生産方法。

酵母エキス:0.1〜2g/L
硝酸ナトリウム:0.1〜1g/L
リン酸2水素カリウム:0.1〜2g/L
硝酸マグネシウム:0.1〜1g/L
グルコースあるいはグリセロール:20〜200g/L
培養温度:26〜32℃

〔5〕上記培養液から菌体の除去と加熱殺菌処理を施す工程を含むことを特徴とする、上記〔3〕又は〔4〕に記載の生産方法。
〔6〕菌体の除去と殺菌処理を施した上記培養液をフィルターろ過して請求項1又は2に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを採取することを特徴とする、上記〔3〕〜〔5〕のいずれかに記載の生産方法。
〔7〕上記培養物に有機溶剤を添加し、次いで有機溶剤可溶物質を除去する工程を含むことを特徴とする、上記〔3〕〜〔6〕のいずれかに記載の生産方法。
〔8〕上記〔1〕または〔2〕に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピドと、分子中に炭素数6〜20の脂肪族アシル基を2以上有するマンノシルエリスリトールリピッドとからなることを特徴とする、マンノシルエリスリトールリピッド混合物。
〔9〕上記〔1〕又は〔2〕に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを10〜50%含むことを特徴とする、マンノシルエリスリトールリピッド混合物。

【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、マンノシルエリスリトールリピッド(以下、MELという場合がある。)を生産する能力を有する微生物をグルコースあるいはグリセロールを含み、油脂を含まない培地で培養することで、親油性基である炭素数6〜20の脂肪族アシル基が1つである新規構造のマンノシルエリスリトールリピッドを効率よく生産することができ、この糖脂質は、例えば、従来型で構造既知(同脂肪族アシル基が2個)のマンノシルエリスリトールリピッドよりも高い水溶性を有し、親水性バイオサーファクタントとして極めて有用である。さらに、この培養液から菌体を除去し、フィルター濾過することで当該水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを含む水溶液を効率よく得ることができ、また、さらに、有機溶剤を用いて水溶性の低い物質を除去することでより純度の高い水溶性マンノシルエリスリトールリピッド液を得ることもできる。
本発明によって、水溶性の高いマンノシルエリスリトールリピッド液を製造することが可能になり、これまで既知の従来型マンノシルエリスリトールリピッドが2個の上記脂肪族アシル基を持つことに起因していた低水溶性によって制限されていた用途開発に対して大きく貢献することができる。
本発明によって得られる水溶性マンノシルエリスリトールリピッド液を従来型マンノシルエリスリトールリピッド液と混合することで、その水溶性を容易に調節することも可能である。したがって、本発明は、医薬、食品、化粧品分野等、水溶性の調節が必須である種々用途への使用が期待される、バイオサーファクタントの用途開拓の進展に大いに貢献するものである。

【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明につきさらに詳しく説明する。
〈糖脂質〉
MELはMEL生産菌の培養によって得られ、従来型MELの化学構造の代表例は以下の式(2)に示され、4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールをその基本構造とするものである。

【化2】

上記各MELにおける各置換基Rの炭素数は、MEL生産培地に含有させる油脂類中のトリグリセリドを構成する脂肪酸の炭素数及び使用するMEL生産菌の脂肪酸の資化の程度により変化する。また、上記トリグリセライドが不飽和脂肪酸残基を有する場合、MEL生産菌が上記不飽和脂肪酸の二重結合部分まで資化しなければ、置換基Rは不飽和脂肪酸残基を含むことも可能である。 以上の説明から明らかなように、得られる各MELは、通常、置換基Rの脂肪酸残基部分が異なる化合物の混合物の形態である。
一方、本発明の水溶性MELは、以下の式(1)で表され、従来型MELがマンノース2’、3’位に脂肪酸残基が2個置換されているのを特徴とするのに対して、脂肪酸残基が3’位に1つだけ結合している点で、従来型MELと明らかに区別される。脂肪酸残基が1つのMELはこれまで存在が知られておらず、本発明が最初の報告である。
本発明のもう一つの特徴として、MEL生産微生物をグルコースあるいはグリセロールを含み、油脂を含まない培地で培養することが挙げられる。そのため、本糖脂質中の脂肪酸残基は原料から供給されるものではなく、微生物の複雑な生合成経路を経て産出された物質であると考えられる。そのため脂肪酸残基部分は、鎖長、不飽和度にある一定のばらつきのある混合物の形態となる。また、このような油脂を含まない培地で培養して得られるMEL混合物中には、本発明の水溶性MELが10〜50%の高濃度で含まれる。

【化1】


(式中、Rは、炭素数6〜20の脂肪族アシル基であり、Rは水素又はアセチル基を表す。)
なお、上記式中の置換基Rは、直鎖飽和脂肪族アシル基であっても同不飽和脂肪族アシル基であってもよい。
【0018】
本発明の水溶性MELは、基本的には、上記式(1)におけるこれら置換基Rの脂肪族アシル基の炭素数あるいは二重結合の有無等において異なる各化合物の混合物の形態で得られるが、これらはさらに分取HPLC等により精製すれば、単一のMEL化合物とすることもできる。
【0019】
本発明の水溶性MELは、高い界面活性作用を有し、界面活性剤又はファインケミカルの種々の触媒として用いられる。ヒト急性前骨髄性白血病細胞性HL60株にMELを作用させると、顆粒系を分化させる白血病細胞細胞分化誘導作用があり、 また、ラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞にMELを作用させると神経突起の伸長が生ずる神経系細胞分化誘導作用等の生理活性作用を有する。更に、微生物産生の糖脂質として初めて、メラノーマ細胞のアポトーシスを誘導することが可能となり(X.Zhao et.al.,Cancer Research,59,482−486(1999))、癌細胞増殖抑制作用がある。これらの生理作用から見て、MELには抗ガン剤等の医薬としての用途が期待される。また、MELには生分解性があり、高い安全性を有すると考えられているものである。
【0020】
〈使用微生物〉
本発明の使用微生物については、マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有するものであれば特に制限はなく、例えばシュードザイマ属に属する微生物が挙げられ、このうち特に好ましい微生物としては、シュードザイマ・アンタクティカ(Pseudozyma antarctica)に属する微生物を挙げることができる。該微生物はマンノシルエリスリトール生産微生物として知られているが、脂肪族アシル基の数が一個のマンノシルエリスリトールリピッドを生産できることについては、本発明が最初の報告である。
【0021】
〈培地・培養条件〉
本発明における使用微生物の培養においては、培地に、炭素源としてグルコースあるいはグリセロールを含み、脂肪酸、脂肪酸トリグリセリド等の脂肪酸エステル類、あるいは植物油等の油脂類を含まないが、このほかの条件については、特に制限はなく、適宜選定することができる。例えば、酵母に対して一般に用いられる培地を使用でき、このような培地として、例えば、YPD培地(イーストイクストラクト10g、 ポリペプトン20g、及びグルコース100g)を挙げることができる。
【0022】
本発明の水溶性MELの製造方法は、特に制限はなく、目的に応じて適宜選定することができるが、例えば、種培養、本培養及びマンノシルエリスリトールリピッド生産培養の順にスケールアップしていくことが望ましい。
これらの培養における、培地、培養条件を例示すると以下のとおりである。
a)種培養;グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管に1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行う。
b)本培養;所定量のグルコースあるいはグリセロールと、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地100mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で2日間培養を行う。
c)マンノシルエリスリトールリピッド生産培養;所定量のグルコースあるいはグリセロールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム 0.5g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、30℃で800rpmの撹拌速度で培養を行う。この培養においては、培養途中からグルコースあるいはグリセロールを培養容器中に流下させて、培地中のグルコースあるいはグリセロール濃度を20〜200g/Lに保持することが望ましい。
【0023】
〈マンノシルエリスリトールリピッドの回収〉
培養終了後、等〜4容積倍の酢酸エチルで脂質成分を抽出し、酢酸エチルを、エバポレーターを用いて留去して脂質及び糖脂質成分を回収する。この脂質成分を等量のクロロホルム:アセトン(50:50)混合溶媒に溶解し、これをシリカゲルクロマトグラフィーにかけ、クロロホルム:アセトン(30:70)、アセトンの順で溶出させる。各溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにチャージし、クロロホルム:メタノール:アンモニア水=65:15:2(容積比)で展開する。展開終了後、アンスロン硫酸試薬で糖脂質の存在を確認する。
糖脂質の含まれる溶出液を集め、溶媒を留去して糖脂質成分を得る。このうち、水溶性MELは極性の高い成分のため、アセトン溶出液中に多量に含まれることから、これらを回収しさらに精製することで単一成分を回収できる。
【0024】
〈水溶性MELの構造決定〉
上記により得られる糖脂質成分の構造決定は、以下のようにして行う(シュードザイマ・アンタクティカ(Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株)を用いてグルコースを炭素源として培養して得られた水溶性MELの構造決定手法を例にして以下説明する)。
単離した糖脂質成分は、TLCプレート上で、アンスロン硫酸試薬で青緑色に呈色することにより糖脂質成分であると判断できる。この糖脂質について、1H、13C、二次元NMR解析を行い、得られたスペクトルと、構造既知である従来型のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL−A〜D)(式2)のスペクトルとを比較することで、構造解析を行う。

【0025】
【化2】

糖組成の解析
糖脂質の糖組成の決定は、アルカリ(NaOCH)でケン化して得られた糖鎖のNMR解析により行う。得られた糖脂質と従来型のMELの糖鎖のNMRスペクトルを比較することで、本発明のMELの糖鎖部分の構造が、従来型MELと同じ4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有し、本糖脂質が新規構造のMELであることを確認できる。
【0026】
2)脂質組成の解析
一方、脂質部分の組成は、得られた糖脂質を塩酸メタノールでメタノリシスし、ヘキサンで抽出して得られた脂肪酸メチルエステルのGC/MSで分析することにより決定する。
【0027】
3)脂肪酸成分の結合部位の解析
1H−NMRスペクトルでは、一般に糖アルコール上の還元末端以外のプロトンは3.5ppm前後にまとまって検出されるが、水酸基の水素がアシル基とエステル結合すると、そのα−プロトンのシグナルは低磁場にシフトすることが知られている。本糖脂質の1H−NMRスペクトルを、従来型MEL(MEL−A)等のものと比較し、各プロトンに由来するピークの化学シフトを帰属した後、どの水酸基に何分子アシル基が結合しているかを類推する。また、2.1ppm付近に観測されるアセチル基(−COC3)由来のシグナルを確認することで、結合しているアシル基の何分子が酢酸で、何分子が脂肪酸であるかを予測する。
【0028】
次に、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence)、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)スペクトル解析を行い、上記のH、13C−NMR解析の結果を基にして糖骨格の完全帰属を行う。HMQCスペクトルによって、マンノース及びエリスリトール上の炭素、水素の化学シフトをそれぞれ完全帰属する。また、HMBCスペクトルにおいて、どの水酸基に酢酸と脂肪酸がエステル結合しているかを証明する。
【0029】
得られた糖脂質は脂質部分の脂肪酸鎖長が異なる成分の混合物として回収されるが、さらにこれは逆相カラム(ODSカラム)を用いたHPLC分析を行うことで、単一の脂肪酸を有する化合物を容易に分離できる。分離した各ピーク化合物についてMS分析を行うことで主成分の構造を決定する。
【0030】
さらに、これらの菌体が生産する化合物群には、TLC上で他にもいくつかのスポットが検出されており、マンノース上のアセチル基の数とその結合位置の異なる成分等も存在していることが認められる。
【0031】
本発明の水溶性MELは、優れた界面活性能を有するため、バイオサーファクタントとして用いることができる。界面活性能については、下記の方法で簡易に観察することができる。
【0032】
〈界面活性能の観察〉
単離した新規MELの水溶液を疎水性のフィルム上にスポットし、その表面張力の変化を観察する。また、コントロールとして水、及び従来型MELの水溶液をそれぞれスポットして比較する。

以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。

【実施例】
【0033】
実施例1
Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株の培養)
a)保存培地(麦芽エキス3g/L、酵母エキス3g/L、ペプトン5g/Lグルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいたPseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株を、グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウムム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地4mLが入った試験管に1白金耳接種し30℃で振とう培養を行い、次いで、
b)得られた菌体培養液を所定量のグルコースあるいはグリセロールと酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム1g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、及び硫酸マグネシウム0.5g/Lの組成の液体培地20mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で振とう培養を行った。
上記a)とb)の各培養により得られた菌体培養液を使用して、以下の試験を行った。
【0034】
実施例2
Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株のマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)生産能の確認)
a)の培養を1日間行った後、b)の培養をグルコース培地で7日間行った後の培養液を採取し、これを用いてPseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株のバイオサーファクタントの生産を薄層クロマトグラフィーで確認した。展開溶媒はクロロホルム:メタノール:7Nアンモニア水=65:15:2を用い、指示薬には糖脂質を青緑色に発色させるアンスロン硫酸試薬を用いた。マンノシルエリスリトールリピッドの標準として、Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株を大豆油添加培地で培養し、原料油脂等の不純物を取り除いた精製標品を用いた。マンノシルエリスリトールリピッド標準における、MEL−A〜Dはそれぞれ式2に表される化合物を示す。
結果を図1に示す。これによれば、Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株は炭素源がグルコースでも、大豆油でもマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)を生産している。特に、炭素源がグルコースの場合、既知のマンノシルエリスリトールリピッドを示す位置とは異なり、より展開速度が遅い、すなわち極性の高い糖脂質が生産されている。
【0035】
実施例3
(マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)生産用培地で同リピッドの生産)
Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行った。培養液を採取し、精製後、生産されたMELを高速液体クロマトグラフィーで検出した。また、比較例として大豆油を炭素源として培養したPseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株の培養液を、同様にして高速液体クロマトグラフィーで検出した。結果を図2に示す。なお、図2は、培養液中の酢酸エチル可溶成分を精製後、高速液体クロマトグラフィーで検出した結果であり、既知のマンノシルエリスリトールリピッドのものと一致する。図2によれば、グルコースを炭素源としてPseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株を培養すると、公知のマンノシルエリスリトールリピッドのほかに、溶出時間の遅い位置に、すなわち極性の高い別の糖脂質由来のピークが確認できる。
【0036】
実施例4
Pseudozyma antarctica JCM 10317株の培養とマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)生産能の確認)
実施例1に記載の方法に対し、Pseudozyma antarctica JCM 10317株を用いて同様に培養を行った。a)の培養を1日間行った後、b)の培養をグリセロール培地で7日間行った後の培養液を採取し、これを用いて実施例2に記載の方法と同様に、Pseudozyma antarctica JCM 10317株のバイオサーファクタントの生産を薄層クロマトグラフィーで確認した。
結果を図3に示す。これによれば、Pseudozyma antarctica JCM 10317株は炭素源がグリセロールでも、大豆油でもマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)を生産している。特に、炭素源がグリセロールの場合、既知のマンノシルエリスリトールリピッドを示す位置とは異なり、より展開速度が遅い、すなわち極性の高い糖脂質が生産されている。
【0037】
実施例5
(構造不明の高極性糖脂質の単離・精製)
実施例2で得られたマンノシルエリスリトールリピッドの精製を、既知の精製手法によって分離した。すなわち、上記酢酸エチル抽出物をシリカゲルカラムに供し、クロロホルムとアセトンの混合液を展開溶媒とするカラムクロマトグラフィーで精製した。クロロホルムとアセトンの割合は、30:70で脂肪酸及びMEL-A、-B、-Cを分離回収し、続いてアセトンで従来型MELよりも極性の高い成分を分離回収した。そして、それぞれの回収した画分を上記TLCに供した(図4)。これによれば、構造不明の糖脂質はアセトン溶出画分に検出できた。さらにこれらの精製を繰り返すことで、単一成分を得た。
以降、最も極性の高い成分(3)(図4)について詳細に説明する。
【0038】
実施例6
(構造不明糖脂質の構造解析)
1)糖組成の解析
実施例5で得られた糖脂質を、メタノール中でナトリウムメトキシドによって加水分解を行った。反応終了後の生成物を酢酸エチル中に再沈殿させて回収し、90%エタノール中で再結晶操作を行うことにより糖鎖の結晶を得た。従来型MELについても同様の操作で糖鎖を回収し、得られた各糖鎖について、重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)を溶媒としてH−NMR解析を行った。その結果、本糖脂質と従来型のMELの糖鎖のNMRスペクトルは完全に一致した。よって以上の結果から、実施例5で得られた構造不明糖脂質の糖鎖部分の構造は、従来型MELと同様4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールであり、本糖脂質が新規構造のMELであることが予想された。
【0039】
2)脂質組成の解析
実施例5で得られた糖脂質の脂質部分の組成は、塩酸メタノール加水分解物からヘキサンで抽出して得られた脂肪酸メチルエステルのGC/MS分析により行った。分析結果を図5に示す。本糖脂質では、短〜中鎖の脂肪酸(C6〜C16)の直鎖飽和及び不飽和脂肪酸が検出され、特にC10及びC12の飽和脂肪酸が主成分であることが示された。また、不飽和脂肪酸は全体の4分の1程度含まれていることが示された。
【0040】
3)脂肪酸成分の結合部位の決定及び糖骨格の完全帰属
実施例5で得られた糖脂質について、重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO-d6)を溶媒とするNMR解析により構造の同定を行った。1H、13C、1H−1H COSY、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Coherence)、HMBC(Heteronuclear Multiple Bond Coherence)の各NMRスペクトル解析を行うことで、本糖脂質の構造を完全帰属した。本糖脂質の1H−NMRスペクトルを図6に示す。これによれば、本糖脂質では、アシル基とエステル結合したことで低磁場シフトしたα−プロトンのシグナルが1つだけ5.2ppm付近に観測され、これはマンノース上3’位のプロトンであることが確認された。また、2.1ppm付近にアセチル基(−COC3)のメチルプロトンのシグナルが見られなかった。このことは、13C−NMRスペクトルにおいても、脂肪族アシル基(R-C=O)由来の炭素のシグナルが1つだけ172.97ppmに観測され、アセチル基由来のピーク(170ppm前後と20ppm前後)が見られなかったことからも確認された。以上の結果から、本糖脂質は2本の脂肪酸エステルが結合している従来型のMELとは異なり、マンノース上の3’位に1つだけ脂肪族アシル基がエステル結合していることが示された。
【0041】
次に、HMQCスペクトル(図7)、HMBCスペクトル(図8)をそれぞれ示す。得られたスペクトルからマンノース及びエリスリトール上の炭素、水素の化学シフトがそれぞれ完全帰属され、マンノースの3’位に1つだけ脂肪酸がエステル結合していることが証明された。
【0042】
以上のことから、本糖脂質の構造は、4−(3’−O−アルカノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトールと同定できた。
【0043】
さらに、この糖脂質はMALDI−TOF/MS分析において、擬似分子イオン[M+Na]+m/z 489.5、及び461.5、517.6が検出された(図9)。したがって本糖脂質はマンノシルエリスリトール骨格の3’位の水酸基にC12の直鎖飽和脂肪酸が1つエステル結合している構造の化合物が主成分であり、続いてC10またはC14の直鎖飽和脂肪酸が結合している化合物が多く含まれていると考えられる。さらにそれらに不飽和基が含まれた化合物のピークも検出された。これらの結果は脂肪酸組成分析の結果(図5)ともよく一致している。
【0044】
また、実施例5で分離された他の成分(1)、(2)について同様の解析を行った結果、これらは上記の水溶性MELに対して、マンノース上の4’位、あるいは6’位等の水酸基に酢酸エステルが結合した糖脂質であることが確認された。
【0045】
これらの菌体が生産する水溶性糖脂質群には、上記のようにマンノース上のアセチル基の数、結合位置の異なる成分が存在している。
【0046】
実施例7
(水溶性マンノシルエリスリトールリピッドの簡易回収法)
実施例4に記載の方法で培養したP.antarctica JCM10317株の培養液から、水溶性MELの回収を行った。下記のような種々の方法を用いて簡便な水溶性MELの回収方法を検討した。
(1)得られた培養液に等量の酢酸エチルを添加して抽出する方法
(2)得られた培養液を15,000rpmで遠心分離後、得られた沈殿部分に等量の酢酸エチルを添加して抽出する方法
(3)上記(2)の遠心分離後に得られた上清部分に等量の酢酸エチルを添加して抽出する方法
(4)上記(2)、(3)の上清部分を一度滅菌フィルターろ過したものに等量の酢酸エチルを添加して抽出する方法
それぞれについて得られた画分の薄層クロマトグラフィーの結果を図10に示す。(1)は公知のMEL回収法であり、MEL-A、B、Cを含む全ての糖脂質及び遊離脂肪酸が含まれる。(2)も同様にMEL-A、B、Cを含む全ての糖脂質及び遊離脂肪酸が含まれる。(3)は遠心上清部分、すなわち培養液中に溶解した状態の化合物の抽出画分であり、水溶性糖脂質が含まれる。この水溶性糖脂質は、薄層クロマトグラフィーの移動度とパターンから、上述の水溶性MELである。(4)によって、この水溶液はフィルターろ過による滅菌処理が可能である。
【0047】
実施例8
(界面活性能の観察)
実施例5で得られた新規MELの希釈水溶液を作成し、疎水性のフィルム上にスポットすることで、その表面張力の変化を観察した。また、コントロールとして水、及び従来型MEL(MEL−A)の水溶液をそれぞれスポットして比較した。これらの結果を図11に示す。これによれば、本発明での糖脂質は水溶液の表面張力が低下しており、界面活性剤としての機能を有することが示された。また、本糖脂質の水溶液のスポットは、従来型MELと比較するとスポットの広がりは小さくなった。本糖脂質は親油基である脂肪酸エステルの結合数が従来型MELよりも1つ少ないため、より親水的なバイオサーファクタントであると推測される。従って、疎水性フィルムとの親和力は従来型MELと比べて低く、スポットの広がりはやや小さくなるものと予想されたが、本観察の結果はそれに則するものであった。

【産業上の利用の可能性】
【0048】
本発明の糖脂質は従来型MELと比較して、脂肪酸残基が1本少ないことからより親水的であり、単独で高濃度でも水に溶解する他、HLB、相挙動等が大きく異なっている。本発明の水溶性MELは、従来型MELで用途が限られていた医薬、食品、化粧品、洗浄剤等、機能の拡張に水への溶解力が必須である分野に対して適用することが可能であり、特に構造・組成の類似性から、従来の系に数%添加するだけで活性剤そのものの性質を変えることなく、界面制御能を広く調整することが可能となる。この、目的に応じて界面活性を広く調整できる利便性は、これら糖脂質型バイオサーファクタントの広い普及を目指すためには必要不可欠である。
本発明糖脂質はこれまで存在が知られていなかった新規構造を有しており、バイオサーファクタントのバリエーションの拡張をもたらすほか、高い水溶性を有することで飛躍的な用途の拡大が見込まれる。本来有する特性である分解性の高さや低毒性、環境適合性、高生理活性等を最大限に利用して、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等に幅広く利用できる。

【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施例2で、Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730) 株がグルコース含有、油脂不含培地で公知のマンノシルエリスリトールリピッドと異なる、高極性の新規糖脂質を生産することを示す、該培養物についての薄層クロマトグラフィー写真である。
【図2】実施例3で、Pseudozyma antarcticaKM-34(FERMP-20730)株がグルコース含有、油脂不含培地で公知のマンノシルエリスリトールリピッドと異なる、高極性の新規糖脂質を生産することを示す、該培養物についての高速液体クロマトグラフィーの分析結果である。
【図3】実施例3で、Pseudozyma antarctica JCM 10317株がグリセロール含有、油脂不含培地で公知のマンノシルエリスリトールリピッドと異なる、高極性の新規糖脂質を生産することを示す、該培養物についての薄層クロマトグラフィー写真である。
【図4】実施例2で得られた糖脂質を、カラムクロマトグラフィーによって分離した各画分の薄層クロマトグラフィーの結果を示す写真である。
【図5】実施例5で得られた糖脂質成分(3)について、GC/MS分析により行った脂肪酸組成分析結果を示す成分表である。
【図6】実施例5で得られた糖脂質成分(3)の1H NMRスペクトルである。
【図7】実施例5で得られた糖脂質成分(3)のHMQCスペクトルにおいて、糖骨格の1H-13C相関を示す部分の拡大図である。
【図8】実施例5で得られた糖脂質成分(3)のHMBCスペクトルにおいて、糖骨格とカルボニル基との相関を示す部分の拡大図である。
【図9】実施例5で得られた糖脂質成分(3)のMALDI-TOF/MS測定結果を示すマススペクトルにおいて、主成分の擬似分子イオンの分子量付近の拡大図である。
【図10】実施例2で得られた糖脂質について、実施例7に従い種々の操作を行うことで回収した各回収物の薄層クロマトグラフィーの結果を示す写真である。
【図11】実施例5で得られた糖脂質成分(3)の水溶液を疎水性フィルム上にスポットし、その表面張力を観察した結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の式(1)で表される水溶性マンノシルエリスリトールリピッド。
【化1】

(式中、Rは、炭素数6〜20の脂肪族アシル基であり、Rは水素又はアセチル基を表す。)

【請求項2】
上記式中、Rで示される置換基が、 炭素数6〜20の飽和又は不飽和脂肪族アシル基からなることを特徴とする、請求項1に記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【請求項3】
シュードザイマ属に属し、マンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を、グルコースあるいはグリセロールを含有し、脂肪酸及び脂肪酸エステル不含培地で培養し、培養物から請求項1又は2に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを採取することを特徴とする、水溶性マンノシルエリスリトールリピッドの生産方法。

【請求項4】
培地組成及び培養条件が、以下に示されるものであることを特徴とする、請求項3に記載の生産方法。

酵母エキス:0.1〜2g/L
硝酸ナトリウム:0.1〜1g/L
リン酸2水素カリウム:0.1〜2g/L
硝酸マグネシウム:0.1〜1g/L
グルコースあるいはグリセロール:20〜200g/L
培養温度:26〜32℃

【請求項5】
上記培養液から菌体の除去と加熱殺菌処理を施す工程を含むことを特徴とする、請求項3又は4に記載の生産方法。

【請求項6】
菌体の除去と殺菌処理を施した上記培養液をフィルターろ過して請求項1又は2に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを採取することを特徴とする、請求項3〜5のいずれかに記載の生産方法。

【請求項7】
上記培養物に有機溶剤を添加し、次いで有機溶剤可溶物質を除去する工程を含むことを特徴とする、請求項3〜6のいずれかに記載の生産方法。

【請求項8】
請求項1または2に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピドと、分子中に炭素数6〜20の脂肪族アシル基を2以上有するマンノシルエリスリトールリピッドとからなることを特徴とする、マンノシルエリスリトールリピッド混合物。

【請求項9】
請求項1又は2に記載の水溶性マンノシルエリスリトールリピッドを10〜50%含むことを特徴とする、マンノシルエリスリトールリピッド混合物。

【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−326801(P2007−326801A)
【公開日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−158630(P2006−158630)
【出願日】平成18年6月7日(2006.6.7)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】