説明

水熱化学反応を用いるチタン酸リチウムナノ粒子の製造方法

【課題】低コストで微細粒径の粒子を得ることができるチタン酸リチウムナノ粒子の製造方法を提供する。
【解決手段】酸化チタンと水酸化リチウムとを接触させて水熱処理する水熱工程を含む、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウムの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水熱化学反応を用いるチタン酸リチウムナノ粒子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、エネルギー密度が高く、メモリー効果が小さいといった利点を有するため、ニッケルカドミウム電池及びニッケル水素電池に替わる二次電池として、ノート型パソコン及び携帯電話のような繰り返し充電される機器に多く使用されている。リチウムイオン二次電池の電極材料としては、チタン酸リチウム、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム及びニッケル酸リチウムを含む様々なリチウム化合物が使用されている。
【0003】
チタン酸リチウムは、正方晶の晶系であるスピネル型のチタン酸リチウム(Li4Ti5O12)と、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウム(Li2TiO3)とが知られている。チタン酸リチウムの製造方法は、固相反応を用いる方法(非特許文献1〜3)、フラックスを用いる固相反応を用いる方法(非特許文献4)、ゾルゲル反応を用いる方法(非特許文献5)、燃焼法を用いる方法(非特許文献6)、固相−液相の燃焼法を用いる方法(非特許文献7)、ポリマー合成法を用いる方法(非特許文献8)の他、水熱反応を用いる方法(特許文献1〜4)が知られている。
【0004】
特許文献1は、ペルオキソチタン酸水溶液とリチウム化合物とを100〜350℃で水熱処理した後、300〜700℃で加熱処理する工程を含む、結晶性チタン酸リチウムの製造方法を記載する。当該文献に記載の方法を用いることにより、スピネル型のチタン酸リチウムを製造することが出来る。特許文献2は、チタン化合物とアンモニウム化合物とを水中で反応させてチタン酸化合物を得る工程、得られたチタン酸化合物とリチウム化合物とを水中で反応させてチタン酸リチウム水和物シード(種)を得る工程、チタン酸リチウム水和物シードの存在下、チタン酸化合物又はチタン酸化合物とリチウム化合物とを水中で反応させてチタン酸リチウム水和物シードを粒子成長させる工程からなることを特徴とするチタン酸リチウム水和物の製造方法を記載する。当該文献に記載の方法を用いることにより、正方晶の晶系であるスピネル型類似のチタン酸リチウムを製造することが出来る。特許文献3は、チタン塩と水溶性金属塩とを水中で反応させてチタン酸金属塩を製造する方法であって、上記チタン塩が長繊維状酸化チタンであり、上記水溶性金属塩の濃度が0.4〜20 mol/Lであり、撹拌状態で反応させることにより、チタン酸金属塩粒子を製造する方法を記載する。当該文献は、チタン酸金属塩がチタン酸リチウムである実施形態も記載する。当該文献に記載の方法を用いることにより、1〜50 nmの粒径を有するチタン酸リチウムを製造することが出来る。特許文献4は、チタン酸リチウムと炭素粉末混合物とを高温において加熱及び急冷を繰り返し、チタン酸リチウムのナノ粒子を炭素粉末に高分散担持させる、チタン酸リチウムナノ粒子とカーボンの複合体の製造方法を記載する。当該文献に記載の方法を用いることにより、5〜20 nmの粒径を有するチタン酸リチウムのナノ粒子を炭素粉末に高分散担持させることが出来る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-228980号公報
【特許文献2】特開平10-310428号公報
【特許文献3】特開2009-269791号公報
【特許文献4】特開2010-226116号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】M. Castellanos, A. R. West., J. Mater. Sci., 1979年, 第14(2)巻: p. 450-454
【非特許文献2】M. D. Aguas, G. C. Coombe, I. P. Parkin., Polyhedron, 1998年, 第17(1)巻: p. 49-53
【非特許文献3】G. Bhaskar Kumar, S. Buddhudu., Ceramics International, 2009年, 第35(1)巻: p. 521-525
【非特許文献4】K. Kataoka, Y. Takahashi, N. Kijima, H. Nagai, J. Akimoto, Y. Idemoto, K. Ohshima., Materials Research Bulletin, 2009年, 第44(1)巻: p. 168-172
【非特許文献5】X. Wu, Z. Wen, B. Lin, X. Xu., Materials Letters, 2008年, 第62(6-7)巻: p. 837-839
【非特許文献6】C. H. Jung, J. Y. Park, S. J. Oh, H. K. Park, Y. S. Kim, D. K. Kim, J. H. Kim., J. Nucl. Mater., 1998年, 第253(1-3)巻: p. 203-212
【非特許文献7】A.Sinha, S. R. Nair, P. K. Sinha., J. Nucl. Mater., 2010年, 第399(2-3)巻: p. 162-166
【非特許文献8】C. H. Jung, S. J. Lee, W. M. Kriven, J. Y. Park, W. S. Ryu., J. Nucl. Mater., 2008年, 第373 (1-3)巻: p. 194-198
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
固相反応を用いるチタン酸リチウムの製造方法の場合、原料物質であるLi2CO3とTiO2粉末とを900〜1000℃で10時間〜数日間加熱する必要がある(非特許文献1及び4)。このため、固相反応を用いる方法は、多大なエネルギー及び長い反応時間を要することから製造コストが高くなるという問題が存在した。また、固相反応を用いて得られるチタン酸リチウム粒子は、通常10μmを超える粒径であり、粒径が大きく且つその粒度分布が広いという問題が存在した(図1A)。
【0008】
それ故、本発明は、低コストで微細粒径の粒子を得ることができるチタン酸リチウムナノ粒子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、酸化チタンと水酸化リチウムとを水熱反応させることにより、固相反応を用いる方法で得られる従来品と比較して微細粒径の粒子を低コストで製造できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1) 酸化チタンと水酸化リチウムとを水熱処理する水熱工程を含む、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウムの製造方法。
(2) 水熱工程で得られたチタン酸リチウムを500〜700℃の範囲で加熱処理する加熱工程をさらに含む、前記(1)の方法。
(3) 酸化チタンの結晶形態がアナターゼ型である、前記(1)又は(2)の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、低コストで微細粒径の粒子を得ることができるチタン酸リチウムナノ粒子の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】固相反応を用いる方法で得られる従来技術のチタン酸リチウム粒子と本発明の方法で得られるチタン酸リチウム粒子の電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)像を示す図である。A: 固相反応を用いる方法で得られる従来技術のチタン酸リチウム粒子、スケールバー:1 μm;B: 本発明の方法で得られるチタン酸リチウム粒子、スケールバー:100 nm。
【図2】水熱処理前後のTiO2粉末のX線粉末回折(XRD)スペクトル及びアナターゼ型TiO2のXRDスペクトルの標準データを示す図である。A(a): 水熱処理前のTiO2粉末のXRDスペクトル;A(b): 水熱処理後のTiO2粉末のXRDスペクトル;B: アナターゼ型TiO2のXRDスペクトルの標準データ。
【図3】水熱処理前のTiO2粉末の透過型電子顕微鏡(TEM)像を示す図である。スケールバー:1000 nm。
【図4】水熱処理後のTiO2粉末のTEM像を示す図である。スケールバー:200 nm。
【図5】水熱処理後のLi2TiO3粉末を加熱処理して得られたLi2TiO3のXRDスペクトル及びLi2TiO3のXRDスペクトルの標準データを示す図である。A: 水熱処理後及び加熱処理後のLi2TiO3のXRDスペクトル(スペクトル中の温度は加熱処理工程の温度を示す);B: Li2TiO3のXRDスペクトルの標準データ;C: 水熱処理後及び加熱処理後のLi2TiO3のXRDスペクトルの三次元グラフ。
【図6】水熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 水熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:100 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図7】500℃で加熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 加熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:100 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図8】600℃で加熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 加熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:100 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図9】700℃で加熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 加熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:100 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図10】800℃で加熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 加熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:100 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図11】900℃で加熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 加熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:200 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図12】1000℃で加熱処理後のLi2TiO3のTEM像及び粒度分布を示す図である。A: 加熱処理後のLi2TiO3のTEM像、スケールバー:200 nm;B: Li2TiO3の粒度分布、横軸に粒径(nm)を、縦軸に存在頻度(%)を示す。
【図13】水熱処理後のLi2TiO3粉末及び加熱処理後のLi2TiO3粉末の粒度分布を比較する図である。横軸に加熱処理の温度T(℃)を、縦軸に50%粒径d50(nm)を示す。
【図14】水熱処理後のLi1.28TiO3(Li2TiO3)のTEM像及び制限視野電子回折図形(SAED)を示す図である。A: SAED像;B: Li2TiO3のTEM像、スケールバー:200 nm;C: Li2TiO3のTEM像、スケールバー:50 nm。
【図15】500℃で6時間加熱処理後のLi1.28TiO3(Li2TiO3)のTEM像及び制限視野電子回折(SAED)図形を示す図である。A: SAED像;B: Li2TiO3のTEM像、スケールバー:200 nm;C: Li2TiO3のTEM像、スケールバー:5 nm。
【図16】水熱処理後及び加熱処理後のLi2TiO3の高分解能TEM像及び電子回折図形を示す図である。A: 水熱処理後;B: 加熱処理後、スケールバー:5 nm。
【図17】本発明の方法において、LiOH・H2Oの濃度を0.1〜8 mol/Lの範囲で変化させて得られた水熱処理後のLi2TiO3粉末及び加熱処理後のLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを示す図である。A: 水熱処理後のLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;B: 加熱処理後のLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。a) 2 mol/LのLiOH・H2Oを用いて調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;b) 1 mol/LのLiOH・H2Oを用いて調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;c) 0.5 mol/LのLiOH・H2Oを用いて調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。
【図18】本発明の方法において、様々な時間で水熱処理した後、加熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを示す図である。a) 10時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;b) 20時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;c) 30時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。
【図19】本発明の方法において、様々な時間で水熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを示す図である。a) 1時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;b) 2時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;c) 4時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;d) 8時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;e) 15時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。
【図20】本発明の方法において、様々な時間で水熱処理したLi2TiO3粉末のFE-SEM像を示す図である。A: 1時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;B: 2時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;C: 4時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;D: 8時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;E: 15時間水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm。
【図21】本発明の方法において、様々な温度で水熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図である。a) 250℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;b) 300℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;c) 350℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;d) 400℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。
【図22】本発明の方法において、様々な温度で水熱処理したLi2TiO3粉末のFE-SEM像を示す図である。A: 250℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;B: 300℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;C: 350℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;D: 400℃で水熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm。
【図23】本発明の方法において、様々な時間で加熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを示す図である。a) 3時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;b) 6時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;c) 12時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;d) 18時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。
【図24】本発明の方法において、様々な時間で加熱処理したLi2TiO3粉末のFE-SEM像を示す図である。A: 3時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;B: 6時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;C: 12時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;D: 18時間加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm。
【図25】本発明の方法において、様々な温度で加熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを示す図である。a) 500℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;b) 600℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;c) 700℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;d) 800℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;e) 900℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル;f) 1000℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル。
【図26】本発明の方法において、様々な時間で加熱処理したLi2TiO3粉末のFE-SEM像を示す図である。A: 500℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;B: 600℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;C: 700℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:100 nm;D: 800℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:1μm;E: 900℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:1 μm;F: 1000℃で加熱処理して調製したLi2TiO3粉末のFE-SEM像、スケールバー:1 μm。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、チタン酸リチウムの製造方法に関する。以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0014】
<1. 水熱工程>
本発明の方法は、酸化チタンと水酸化リチウムとを水熱処理する水熱工程を含む。本発明者らは、酸化チタンと水酸化リチウムとを水熱処理すると、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウム(Li2TiO3)が生成することを見出した。それ故、本工程を実施することにより、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウム(Li2TiO3)を製造することが可能となる。
【0015】
本明細書において、「水熱処理」は、高圧水の存在下で複数の原料物質を反応させて、反応生成物の結晶を得る処理を意味する。本工程において、水熱処理する温度は、200〜400℃の範囲であることが好ましく、350〜400℃の範囲であることがより好ましい。また、水熱処理する時間は、1〜30時間の範囲であることが好ましく、5〜15時間の範囲であることがより好ましい。上記の条件で水熱処理することにより、固相反応のような従来技術の方法と比較して低温且つ短時間でチタン酸リチウムを得ることが可能となる。
【0016】
本工程を実施する場合、水熱処理する手段は特に限定されず、オートクレーブのような当該技術分野で水熱反応に使用される装置を用いることが出来る。具体的には、200〜250℃の範囲の温度で水熱処理する場合、フッ素樹脂(例えばテフロン(登録商標))のような比較的安価な樹脂を用いた装置を使用すればよく、250℃超且つ400℃以下の温度で水熱処理する場合、ニッケル合金(例えばハステロイ(登録商標))のような耐熱・耐食合金を用いた装置を使用すればよい。オートクレーブを用いて本工程を実施する場合、酸化チタン、水酸化リチウム及び水を含む反応混合物の充填率は、オートクレーブの内容積に対して20〜70体積%の範囲であることが好ましく、60体積%であることがより好ましい。上記の手段を用いることにより、特別な装置を準備することなく容易に本工程を実施することが可能となる。
【0017】
本工程において使用される酸化チタン(TiO2)は、アナターゼ型又はルチル型の結晶形態であることが好ましく、より不純物の少ないチタン酸リチウムが得られることから、アナターゼ型の結晶形態であることがより好ましい。アナターゼ型及びルチル型はいずれも天然の結晶形態であり、これらの結晶形態の酸化チタンは、当該技術分野で工業的に利用されている安価な物質である。それ故、上記の結晶形態の酸化チタンをチタン源として用いることにより、低コストで目的とするチタン酸リチウムを製造することが可能となる。
【0018】
本工程において使用される水酸化リチウムは、無水物の形態であっても水和物の形態であってもよい。一水和物の形態(LiOH・H2O)であることが好ましい。水酸化リチウムは、当該技術分野で工業的に利用されている安価な物質である。それ故、水酸化リチウムをリチウム源として用いることにより、低コストで目的とするチタン酸リチウムを製造することが可能となる。
【0019】
本工程において、酸化チタンの濃度は、0.25〜1 mol/Lの範囲であることが好ましい。また、水酸化リチウムの濃度は、0.5〜2 mol/Lの範囲であることが好ましい。具体的には、酸化チタンと水酸化リチウムとのモル比が、Tiに対するLiの組成比(Li/Ti)として、2/1であることが好ましい。上記の濃度の酸化チタン及び水酸化リチウムを用いることにより、高純度且つ高収率でチタン酸リチウムを製造することが可能となる。
【0020】
水熱処理することにより得られるチタン酸リチウムは、例えば濾過のような慣用の手段によって水熱処理後の反応混合物から分離し、所望により水を用いて洗浄することが出来る。
【0021】
上記の条件で本工程を実施することにより、高純度且つ高収率でチタン酸リチウムを製造することが可能となる。
【0022】
<2. 乾燥工程>
水熱工程で得られたチタン酸リチウムは、その結晶表面に水分が残存し得るため、周囲温度よりやや高い温度で乾燥させることにより、残存する水分を除去してもよい。それ故、本発明の方法は、水熱工程で得られたチタン酸リチウムを乾燥させる乾燥工程をさらに含んでもよい。本工程は、大気雰囲気下で実施することが好ましい。
【0023】
上記の条件で本工程を実施することにより、水分を含有しない乾燥状態のチタン酸リチウムを製造することが可能となる。
【0024】
<3. 加熱工程>
本発明の方法は、水熱工程又は乾燥工程で得られた反応生成物であるチタン酸リチウムを加熱処理する加熱工程をさらに含んでもよい。
【0025】
本発明者らは、水熱工程で得られた反応生成物を加熱処理すると、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウム(Li2TiO3)の結晶性が顕著に向上し、且つ結晶粒子が粒成長することなく微細粒径のチタン酸リチウムナノ粒子が生成することを見出した。本工程において、チタン酸リチウムを加熱処理する温度は、500℃〜700℃の範囲であることが好ましく、550〜650℃の範囲であることがより好ましい。加熱処理する時間は、3〜18時間の範囲であることが好ましく、4〜8時間の範囲であることがより好ましい。また、本工程は、大気雰囲気下で実施することが好ましい。
【0026】
上記の条件で本工程を実施することにより、結晶粒子の粒径を増大させることなく、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウム(Li2TiO3)の結晶性を向上させることが可能となる。
【0027】
<4. チタン酸リチウム>
本発明者らは、本発明の方法によって得られるチタン酸リチウムが、単斜晶の晶系であることを見出した。チタン酸リチウムは、正方晶の晶系であるスピネル型のチタン酸リチウム(Li4Ti5O12)と、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウム(Li2TiO3)とが知られている。スピネル型のLi4Ti5O12は、Tiに対するLiの組成比(Li/Ti)が低いため、絶縁性の結晶となる。これに対し、本発明のLi2TiO3は、Tiに対するLiの組成比(Li/Ti)が2/1(=0.5)と高いため、スピネル型と比較してLi導電性の高い結晶を得ることが可能となる。
【0028】
なお、チタン酸リチウムの晶系は、限定するものではないが、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)による電子回折図形の測定又はX線回折計(XRD)によるXRD図形の測定により決定することが出来る。
【0029】
また、本発明の方法によって得られるチタン酸リチウムは、通常、50〜400 nmの粒径である。固相反応を用いる方法によって得られるチタン酸リチウムは、通常、10μm以上の粒径であることから、本発明の方法を用いることにより、従来技術の方法と比較して微細な粒径のチタン酸リチウムのナノ粒子を得ることが可能となる(図1)。
【0030】
なお、チタン酸リチウムの粒径は、限定するものではないが、例えば、紫外線レーザー計により決定することが出来る。
【0031】
以上説明したように、本発明の方法は、Li導電性の高い単斜晶の晶系であるチタン酸リチウムを製造することが出来る。本発明の方法によって製造されるチタン酸リチウムを用いることにより、優れた急速充放電性能を備えるリチウムイオン二次電池を製造することが可能となる。また、リチウムの同位体6Liは、核分裂反応によってトリチウムを生成することが出来る。トリチウムは、重水素と核融合反応を生じるため、核融合炉における核燃料物質として使用される。本発明の方法によって製造される6Li2TiO3は、200〜400℃の比較的低温で核分裂反応が進行するため、トリチウム増殖の有用な原料物質となり得る。それ故、本発明の方法によって製造されるチタン酸リチウムを用いることにより、効率的にトリチウム増殖を行うことが可能となる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明する。
【0033】
<実施例1:水熱処理によるチタン酸リチウムの調製>
[チタン酸リチウムの調製]
198 g(0.015 mol)のアナターゼ型TiO2粉末及び1.259 g(0.03 mol)のLiOH・H2O粉末を15 mlの蒸留水に分散させ、オートクレーブに充填して5分間撹拌した。ここで、LiOH・H2O/TiO2のモル比は、Tiに対するLiの組成比(Li/Ti)として2/1とし、LiOH濃度は2 mol/Lとした。上記の分散物を、オートクレーブ中、200℃、10時間の条件で水熱処理した(水熱工程)。得られた生成物を、大気中、50℃、22時間の条件で乾燥処理した(乾燥工程)。乾燥処理後の粉末を、大気中、6時間の条件で、種々の温度で加熱処理した(加熱工程)。これにより、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウムを得た。
【0034】
[アナターゼ型TiO2の結晶構造解析]
アナターゼ型TiO2の結晶形態に対する水熱処理の影響を調査するため、アナターゼ型TiO2粉末のみを上記の条件で水熱処理した。得られたTiO2粉末を、X線粉末回折(XRD)及び透過型電子顕微鏡(TEM)によって解析した。結果を図2〜4に示す。
【0035】
図2に示すように、水熱処理後のアナターゼ型TiO2に由来するXRDの回折ピーク(空間群:I41/amdの結晶構造、スペクトル(b))は、水熱処理前の回折ピーク(スペクトル(a))と比較してピーク強度が低くなり、結晶性が低下したことが示唆された。水熱処理前後のTiO2粉末のTEM像を比較すると、水熱処理前のTiO2粉末は1000 nmを超える粒径であった(図3)のに対し、水熱処理後のTiO2粉末の粒径は50〜200 nmの範囲に低下した(図4)。
【0036】
[Li2TiO3の結晶構造解析]
水熱処理(乾燥工程まで実施)により得られたLi2TiO3粉末及び加熱処理(加熱工程まで実施)により得られたLi2TiO3粉末を、XRD、TEM及び紫外線レーザー計によって解析した。結果を図5〜13に示す。
【0037】
図5に示すように、加熱処理後のLi2TiO3に由来するXRDの回折ピーク(空間群:C2/cの結晶構造)は、水熱処理後のLi2TiO3に由来するXRDの回折ピークと比較してピーク強度が高くなり、結晶性が向上したことが示唆された(図5A及びC)。水熱処理後のLi2TiO3粉末及び加熱処理後のLi2TiO3粉末のTEM像を比較すると、いずれの試料も微細な結晶粒子を形成していた(図6A〜12A)。水熱処理後のLi2TiO3粉末及び加熱処理後のLi2TiO3粉末の粒度分布を比較すると、いずれの粉末も均一な粒度分布を有することが示された(図6B〜12B)。各粉末試料の粒度分布から算出される50%粒径d50(nm)を比較すると、水熱処理後のLi2TiO3粉末及び500〜900℃の温度で加熱処理したLi2TiO3粉末のd50はいずれも約100 nmであったのに対し、1000℃の温度で加熱処理したLi2TiO3粉末のd50は約1500 nmであった(図13)。
【0038】
水熱処理(乾燥工程まで実施)により得られたLi2TiO3粉末及び加熱処理(加熱工程まで実施)により得られたLi2TiO3粉末を、TEM及び高分解能TEMによって解析した。結果を図14〜16に示す。
【0039】
図14Aに示すように、水熱処理後のLi1.28TiO3(Li2TiO3)粉末の制限視野電子回折(SAED)図形には、(-133)及び(312)の格子面の存在を示す回折縞が見出された。これに対し、500℃で6時間加熱処理後のLi1.28TiO3(Li2TiO3)粉末のSAED図形には、(002)の格子面の存在を示す回折縞が見出され、単斜晶の晶系であることが明らかとなった(図15A)。また、水熱処理後のLi2TiO3粉末の高分解能TEMによる電子回折図形と500℃で6時間加熱処理後のLi2TiO3粉末の高分解能TEMによる電子回折図形とを比較すると、いずれのLi2TiO3粉末においても(002)の格子面の存在を示す回折縞が見出され、単斜晶の晶系であることが明らかとなった(図16)。水熱処理後のLi2TiO3粉末結晶の(002)の格子面間隔は0.4805 nmであり、500℃で6時間加熱処理後のLi2TiO3粉末結晶の(002)の格子面間隔は0.4652 nmであった(図16)。
【0040】
上記のように、本実施例では、非常に短時間の水熱処理で単斜晶の晶系であるLi2TiO3のナノ粒子を得ることができた。この結果から、アナターゼ型TiO2とLiOH・H2Oとを水熱処理することによって、アナターゼ型のTiO2結晶構造中にLi+が拡散し、Li2TiO3を生じたと考えられる。
【0041】
<実施例2:水熱処理の条件検討>
[LiOH・H2Oの濃度]
実施例1のチタン酸リチウムの調製方法において、LiOH・H2Oの濃度を0.1〜8 mol/Lの範囲で変化させる他は上記と同一の条件で、複数のチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末の試料を調製した。水熱処理後のLi2TiO3粉末及び加熱処理後のLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図17に示す。
【0042】
図17Aに示すように、水熱処理後の場合、2 mol/LのLiOH・H2Oを用いて調製したLi2TiO3粉末のXRDスペクトル(スペクトルa))においてのみ、19°に回折線を有しない欠陥型の単斜晶系Li2TiO3が単相で検出された。また、図17Bに示すように、0.5、1及び2 mol/LのLiOH・H2Oを用いて調製したLi2TiO3粉末を加熱処理した場合、いずれの試料のXRDスペクトルにおいても単斜晶系Li2TiO3が単相で検出された。
【0043】
なお、LiOH・H2Oの濃度が低い試料では、アナターゼ型TiO2が残存し、又は加熱処理後に他の相が生成した。一方、LiOH・H2Oの濃度が高い試料では、水熱処理後にLiTiO3相が生成し、Li2TiO3を得ることができなかった。
【0044】
[水熱処理時間]
実施例1のチタン酸リチウムの調製方法において、水熱処理の時間を10〜30時間の範囲で変化させる他は上記と同一の条件で、複数のチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末の試料を調製した。様々な時間で水熱処理した後、加熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図18に示す。
図18に示すように、10時間の水熱処理であっても、単斜晶系Li2TiO3が単相で得られた(スペクトルa))。
【0045】
実施例1のチタン酸リチウムの調製方法において、水熱処理の時間を1〜15時間の範囲で変化させ、加熱処理を行わない他は上記と同一の条件で、複数のチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末の試料を調製した。様々な時間で水熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図19に、電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)像を図20に、それぞれ示す。
【0046】
図19に示すように、200℃で1時間の条件で水熱処理を実施すると、水熱工程のみで単斜晶系Li2TiO3の単相(29°に回折線を有しない欠陥型)を得ることができた。また、図20に示すように、反応時間が長くなると粒成長は観察されず、結晶粒子は角張自形を有し、粒度分布は狭くなることが観察された。
【0047】
[水熱処理温度]
実施例1のチタン酸リチウムの調製方法において、水熱処理の温度を250〜400℃の範囲で変化させ、加熱処理を行わない他は上記と同一の条件で、複数のチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末の試料を調製した。様々な温度で水熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図21に、FE-SEM像を図22に、それぞれ示す。
【0048】
実施例1で示したように、200℃で水熱処理した場合であっても、続いて加熱処理することにより、目的相を得ることができる(図5)。これに対し、図21に示すように、水熱処理を350℃又は400℃の温度で実施すると、水熱工程のみで目的相(29°に回折線を有する)の単斜晶系Li2TiO3を得ることができた。この場合、図22に示すように、結晶自体が大きく成長した。
なお、150℃以下の低温で10時間水熱処理した場合、原料物質のTiO2のアナターゼ相が残存した。
【0049】
[加熱処理時間]
実施例1のチタン酸リチウムの調製方法において、加熱処理の時間を3〜18時間の範囲で変化させる他は上記と同一の条件で、複数のチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末の試料を調製した。様々な時間で加熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図23に、FE-SEM像を図24に、それぞれ示す。
【0050】
図23に示すように、3時間の加熱処理であっても非常に結晶性の高い単斜晶系Li2TiO3相が生成した。また、図24に示すように、加熱処理時間が長くなると、やや粒成長が観察された。
【0051】
[加熱処理温度]
実施例1のチタン酸リチウムの調製方法において、加熱処理の温度を500〜1000℃の範囲で変化させる他は上記と同一の条件で、複数のチタン酸リチウム(Li2TiO3)粉末の試料を調製した。様々な温度で加熱処理したLi2TiO3粉末のXRDスペクトルを図25に、FE-SEM像を図26に、それぞれ示す。
【0052】
図25Aに示すように、500℃で加熱処理した場合であっても29°の回折線が検出され、単斜晶系Li2TiO3相が生成していることが明らかとなった(スペクトルa))。600℃で加熱処理した場合、非常に回折強度の高いスペクトルが検出され、結晶性の高い単斜晶系Li2TiO3相が生成していることが明らかとなった(スペクトルb))。700℃で加熱処理した場合、600℃で加熱処理した場合と比較して回折強度がやや低下したが(スペクトルc))、粒成長は観察されなかった(図26C)。これに対し、800℃以上で加熱処理した場合、700℃以下で加熱処理した場合と比較して回折強度が顕著に低下し(図25B)、著しい粒成長が観察された(図26D〜F)。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の方法により、低コストでLi導電性の高い単斜晶の晶系であるチタン酸リチウムを製造することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化チタンと水酸化リチウムとを水熱処理する水熱工程を含む、単斜晶の晶系であるチタン酸リチウムの製造方法。
【請求項2】
水熱工程で得られたチタン酸リチウムを500〜700℃の範囲で加熱処理する加熱工程をさらに含む、請求項1の方法。
【請求項3】
酸化チタンの結晶形態がアナターゼ型である、請求項1又は2の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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