説明

水稲の栽培方法

【課題】水稲の栽培に際して、所定の大きさに育成した苗を水田に移植することで二酸化炭素吸収力を大幅に改善し、二酸化炭素を可及的に吸収する水稲の栽培法を提供することを目的とする。
【解決手段】育苗箱で播種育苗し育成した苗を田植機で水田に移植する水稲の栽培法であって、草丈19センチメートル乃至25センチメートルに育成した苗を水田に移植する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水稲の栽培方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物の栽培管理技術の検討は、農作物の収量の増大と品質の改良のためにあることはいうまでもない。
【0003】
ところで近年、地球温暖化現象が著しくなり、この問題を阻止する国際的な取り組みと共に、社会の各分野での温室効果ガスの低減の取組みがなされているところである。
【0004】
農業分野では、植物によって温室効果ガスを効率的に吸収し有機物に固定化する方法などが検討されている。例えば、下記特許文献にはC3植物体(例えば、稲)にC4植物体(例えば、トウモロコシ)の光合成遺伝子を導入し形質転換させて光合成効率を極めて著しく(10乃至100倍)改善する技術が提案されている。
【0005】
【特許文献1】特開平10−248419号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記特許文献とは全く異なる視点からなされた発明であり、水稲の栽培に際して、所定の大きさに育成した苗を水田に移植すると、二酸化炭素吸収力が大幅に向上することを見い出し、完成したものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の要旨を説明する。
【0008】
育苗箱で播種育苗し、育成した苗を田植機で水田に移植する水稲の栽培法であって、前記育成した苗として、草丈19センチメートル乃至25センチメートルに育成した苗を栽培することを特徴とする水稲の栽培方法に係るものである。
【0009】
また、請求項1記載の水稲の栽培方法において、前記育成する苗は品種「越前」若しくは品種「国司」であることを特徴とする水稲の栽培方法に係るものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明は上述のようにしたから、水稲の栽培に際して、所定の大きさに育成した苗を水田に移植して栽培すると、当該苗の二酸化炭素吸収力が大幅に向上し、よって地球温暖化阻止に貢献できることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
近年の著しい温暖化に対抗する方法として、上述したような高効率光合成品種や高温耐性品種の研究がある。本発明者等はこれらとは全く異なった、より自然な条件で穏やかな自然の力を生かした温暖化対策を確立すべく鋭意研究を行い、種々の稲の苗を用いて生育条件を調査研究し、特に、葉齢や草丈などの生育指数に対する二酸化炭素吸収量の関係から、本発明を完成した。
【0012】
ここで、葉齢とは、苗の生育段階を示し、種籾から直接出た茎に生える葉の数で表される。また、草丈とは、苗の地上部の高さをいう。また、同じ葉齢でも環境条件で生育状況に相違が生じるため、式1に示す生育指数という葉齢と草丈との積で生育状態を表し、また、苗が二酸化炭素を吸収する程度を、二酸化炭素量をこの生育指数で除した単位生育指数当たりの二酸化炭素量である式2の二酸化炭素排出指数で表した。また二酸化炭素量は苗をビニールシートで囲って、その中の二酸化炭素濃度を測定して得られる量である。
【0013】
生育指数=葉齢×草丈 式1
二酸化炭素排出指数=二酸化炭素濃度/生育指数 式2
【0014】
そこで、種々の水稲の苗、九種類(コシヒカリ、国司、神丹穂、アクネモチ、紫稲、紅香、越前、朝紫、紫宝)の各々について、苗の生育段階毎に二酸化炭素排出指数を測定した。その結果を表1に示す。
【0015】
【表1】

【0016】
この表から以下のことがわかる。
【0017】
(1)草丈19センチメートル以上において大幅に二酸化炭素吸収能力が増す。
【0018】
(2)特に、品種「越前」、品種「国司」の苗では他の品種より二酸化炭素吸収能力が
大きい。
【0019】
以上の結果から、草丈19センチメートル以上の苗を水田に移植すれば水田の二酸化炭素吸収能力が大幅に向上することが確認できた。しかし、現在行われている標準的な田植機で対応できる苗の草丈は、25センチメートルまでであることから、結局、草丈19乃至25センチメートルに育成した苗を水田に移植することで、水田の二酸化炭素吸収能力を大幅に向上させることができる。即ち、作物の収量及び品質を変えずに、水田における水稲による二酸化炭素吸収を活発に出来て、水田付近の二酸化炭素の低減に寄与する水稲の栽培方法を提供することができる。
【実施例】
【0020】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0021】
本実施例で行う水稲の栽培は、床土を敷いた育苗箱に予め芽出しをしておいた種モミを播いて概ね20日以上で苗を育て、この苗を水田に移植するという一般的手順によっている。このうち、育苗箱で苗を育成する過程において、種々の苗を用いて、種々の生育指数と二酸化炭素吸収量の関係を調査したところ、特に、葉齢若しくは草丈と二酸化炭素吸収量との間に強い関係を見い出すことが出来た。
【0022】
具体的には、前記した九種類の水稲(コシヒカリ、国司、神丹穂、アクネモチ、紫稲、紅香、越前、朝紫、紫宝)の苗毎に、縦1m横1m高さ1.5mの大きさのビニールシートで被い、この中の二酸化炭素濃度、葉齢、草丈を測定して、生育指数と二酸化炭素量との関係を前記式1、及び式2により評価して二酸化炭素排出係数を算出した。九種類の品種の苗について、この二酸化炭素排出係数と生育指数を表1に示している。
【0023】
尚、以下に、前記した九種類の水稲、コシヒカリ、国司、神丹穂、アクネモチ、紫稲、紅香、越前、朝紫、紫宝について説明する。
【0024】
コシヒカリは、昭和20年、新潟県農事試験場で「農林22号」と「農林1号」とを交配を行い、昭和28年に福井県立農事試験場でその雑種第8代に「越南17号」と系統名が付与され、その後、昭和31年5月「水稲農林100号」として登録され「コシヒカリ」と命名された。最も代表的な水稲の品種である。
【0025】
国司(クニシ)は、岡山県総社市神本の国司神社の神事用に栽培されている。晩生種で大粒,長桿で発色が薄いが均一で光沢がある。
【0026】
神丹穂(カンニホ)は、交配組合わせ不明、古代米。長稈、穂長は中穂。籾色は紫黒色。芒は長である。荒れ地でも無肥料・無農薬で丈夫に育つ。干ばつ・冷水に強い。食感は非常にもち米に近く、粘り気が出てご飯が旨い。赤色ドライフラワー用。ジャポニカ種。
【0027】
アクネモチは、交配組合わせ不明、古代米の一種。穂の色は黒穂である。イネの原種である野生イネの特徴を受け継いでいる米で、表面の色素層にビタミン類やミネラル類を多量に含んでいる。クロロフィル色素を多く含む一見普通の苗だが濃い赤穂がつくもので、ドライフラワー用。
【0028】
紫稲(ムラサキイネ)は、交配組合わせ不明、古代米。育成地での出穂・成熟期が不明な品種水稲・粳種である。茎も葉も暗い紫色。ムラサキイネ出穂初期は籾粒の先端だけが紫色。長めの短粒種、葉には緑色が混じる。
【0029】
紅香(ベニカ)(地方番号 新潟糯68号)は、育成権者:新潟県、育成地:新潟県農業試験場(現新潟県農業総合研究所)、交配組合わせ:新潟糯31号/篠の井//新潟糯31号/東北144号(はぎのかおり)。蛋白質含量はやや低く赤もち米で、微かな香りをもちます。香りの有する餅。
【0030】
越前(エチゼン)は、在来系統であり、佐渡羽茂町で発見された。250年以上昔から神事用として栽培されていた。形状は,禾が長い赤米である。発見された種籾のDNA解析の結果,数種類の系統であること,現代の品種との交雑関係がないことが明らかになっている。
【0031】
朝紫(アサムラサキ)(地方番号 奥羽糯349号)は、育成権者、農業・食品産業技術総合研究機構、交配組合わせ:(タツミモチ/BP−1(インドネシアの紫黒米品種)F1/「中部糯57号」F6/奥羽331号(ふくひびき)、出穂・成熟期は「育成地(岩手県盛岡市)では早生の晩、水稲、糯種である。草型は中間型、ふ先色は紫、穎色は黄白である。各種の栄養分、無機成分、機能性成分を持つ多収系黒もち米ジャポニカ種。
【0032】
紫宝は(シホウ)(地方番号 新潟糯69号)は、育成権者:新潟県、育成地:新潟県農業試験場(現新潟県農業総合研究所)、交配組合わせ:新潟糯31号(わたぼうし)/奥羽糯349号(朝紫)、出穂・成熟期が早生の晩、玄米粒色が暗紫の水稲・糯種である。芒の有無と多少は稀、芒長は極短、芒色は紫である。蛋白質含量はやや低である。大粒の紫黒もち米。
【0033】
葉齢の数え方は、図1に示すように発芽と共に子葉(梢葉)等がでるが、完全葉のみを第一葉、第二葉・・・の成長順に数える。この際に、夫々の葉が完全に伸長した時の長さを基準として、新葉については、既に抽出した部分の長さを少数点以下で表している。
【0034】
前記表1から二酸化炭素排出指数は生育指数に対し急激に変化するため、表1のデータを対数グラフにプロットすると図2が得られ、これから以下の結果を得た。即ち、
(1)草丈19センチメートル以上において大幅に二酸化炭素吸収能力が増す。
【0035】
(2)特に、品種「越前」、「国司」の苗では他の品種より二酸化炭素吸収能力が大き
い。
【0036】
(3)品種「コシヒカリ」、「国司」、「神丹穂」、「アクネモチ」、「紫稲」、「紅
香」、「越前」の苗の二酸化炭素吸収能力は、葉齢3.7、草丈18.7センチメートル
も飽和しておらず、これ以降でも十分な二酸化炭素吸収能力を期待できる。
【0037】
(4)従来標準とされている苗の大きさ(12乃至15センチメートル)では、二酸化炭素
吸収力は低く、充分な光合成力を有していない。
【0038】
(5)どの品種の苗も2.5葉齢までは二酸化炭素吸収能力は低く、同等である。
【0039】
(6)葉齢若しくは草丈の成長と共に各稲の苗の二酸化炭素排出指数が概ね指数関数的
低減しているから、苗の二酸化炭素吸収能力は、葉齢若しくは草丈に対してほぼ対
数関数的に増大している。
【0040】
前項の(1)及び(6)から、草丈19センチメートル以上の苗を水田に移植すれば水田の二酸化炭素能力を大幅に向上できることになる。
【0041】
しかし、現在行われている標準的な田植機で対応できる苗の草丈は、25センチメートルまでであることから、草丈19乃至25センチメートルに生育した苗を水田に移植すれば、水田の二酸化炭素吸収能力を大幅に向上できることになる。即ち、作物の収量及び品質を変えずに、水田における水稲による二酸化炭素吸収を活発に出来て、水田付近の二酸化炭素の低減に寄与する水稲の栽培方法となる。
【0042】
また、前項(2)及び(6)から、特に品種「越前」若しくは品種「国司」の苗を使うことで、水田における二酸化炭素の吸収能力を一層高めることができることになる。
【0043】
更に、前項(3)及び(6)から、品種「コシヒカリ」、「神丹穂」、「アクネモチ」、「紫稲」、「紅香」の苗を使うことでも、水田における二酸化炭素の吸収能力を高めることができる。
【0044】
尚、前項(4)、(5)からは、従来の標準苗の草丈(12乃至15センチメートル)以下の苗では、光合成能が弱く、従って、二酸化炭素吸収力は十分ではないことがわかった。
【0045】
以上のことから、草丈19乃至25センチメートルに生育した苗で田植えすることは、水田の二酸化炭素を大幅に低減することを可能にする。即ち、本実施例による水稲の栽培方法は温暖化問題の解決の一助になることが期待できる。
【0046】
尚、25センチメートル以上の苗に対応できる田植機を使う場合には、苗を25センチメートル以上の草丈に育成してから水田に移植してもよい。
【0047】
更にまた、本発明者等は、前記した苗から、柑橘類の果皮に多く含まれ従来癒し効果があるとされているα-ピネン、リモネンの揮発性物質が生じていることを見出した。このα-ピネン、リモネンの測定を一部の苗について実施した結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
この物質を乳苗期、幼苗期の苗から検出したことから、葉齢伸展とともに発生量の増大が期待できる。従って、この結果から水田近くでは、水稲の蒸散による冷却効果の他にも、所謂、癒し効果を期待できることになる。
【0050】
以上、本実施例によれば、水稲の栽培に際して、所定の大きさに育成した苗を水田に移植することで、二酸化炭素吸収力を大幅に向上させ、二酸化炭素を可及的に吸収する水稲の栽培法を提供することができるようになり、従って、水田付近の二酸化炭素濃度を低減することが可能になるとともに、清浄な環境をも提供できることになる。更にまた、本実施例は遺伝子組み換えなどの操作は全く必要ないから、安心できて、安全な食を確保するのに寄与できることになる。
【0051】
尚、本発明は、実施例に限られるものではなく、各構成要件の具体的構成は適宜設計し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本実施例における葉齢の数え方を示す図である。
【図2】本実施例における二酸化炭素排出指数と草丈の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
育苗箱で播種育苗し、育成した苗を田植機で水田に移植する水稲の栽培法であって、前記育成した苗として、草丈19センチメートル乃至25センチメートルに育成した苗を採用することを特徴とする水稲の栽培方法。
【請求項2】
請求項1記載の水稲の栽培方法において、前記育成する苗は品種「越前」若しくは品種「国司」であることを特徴とする水稲の栽培方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−4835(P2010−4835A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−170411(P2008−170411)
【出願日】平成20年6月30日(2008.6.30)
【出願人】(594091156)社団法人県央研究所 (3)
【Fターム(参考)】