説明

水系作動液

【課題】 油圧機器に用いられる、エチレングリコールやプロピレングリコールなどのグリコールを主成分とした、水−グリコール系作動液は、防錆剤を添加した場合でも、一部金属の腐食を完全に抑制することができず、スラッジを発生させ、それによりフィルタを閉塞させる場合があった。また、シール材を膨潤させ、硬度や強度を低下させることがあった。
【解決手段】 水系作動液に、グリセリン及び/又はポリグリセリンを使用することにより、グリコールのみを使用する作動液と比較して、優位に金属部材の腐食を抑制することができ、また、シール材への影響を軽減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼業、自動車工業、化学工業、食品・飲料工業、薬品工業において使用される水系作動液に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、油圧機器における動力伝達媒体として、様々な組成の作動液が使用されている。とりわけ、油圧機器は、圧延機やダイカストマシンなど、火災の危険を有する箇所での使用が多く、防災対策として難燃性作動液が使用されている。難燃性作動液としては、非含水系のリン酸エステルや脂肪酸エステルの他、含水系の水−グリコール系作動液やO/WもしくはW/Oエマルションが挙げられ、特に難燃性に優れることから、水−グリコール系作動液が多く使用されている。
【0003】
現在、市販されている水−グリコール系作動液は下記に示す基本組成となっている。
【0004】
【表1】

【0005】
組成成分の溶剤としては例えば、エチレングリコールやプロピレングリコールなどのグリコールが用いられ、作動液に低温での流動性を持たせると共に、各種添加剤の相溶性を増す役割も含まれる。増粘剤としては、適度な分子量を持ったポリアルキレングリコールが使用され、添加量を調整することにより、各種ISO粘度グレードに適合する作動液を得ることができる。水は、難燃性維持のために必要不可欠のものである。このように水−グリコール系作動液は、グリコール−ポリアルキレングリコール−水の三成分混合系がベースとなっている。
【0006】
さらに、表1のごとく、油性剤、アルカリ剤、防錆剤、消泡剤、着色剤等を添加し、作動液としての性能向上が図られている。例えば、油性剤としてはオレイン酸などの不飽和脂肪酸、ラウリン酸、ステアリン酸などの飽和脂肪酸、芳香族脂肪酸、ダイマー酸などのカルボン酸が用いられ、潤滑性向上が図られている。防錆剤としては有機アミン、有機アミン誘導体、カルボン酸アルカリ金属塩などが用いられ、金属腐食の抑制が図られている。実際上は、前述のカルボン酸と有機アミンとの塩やカルボン酸アルカリ金属塩を使用して油性剤と防錆剤の両者を兼ねることがある。更に、アルカリ剤としては水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの金属水酸化物が用いられ、鉄を不動態化させるpH領域に設定され、腐食の抑制が図られている。
【0007】
しかし、水−グリコール系作動液は鉱物油を主体とする作動液とは組成が異なり、それに応じて各種物性が異なっている。それにより、油圧システムにおいて、作動液が接液する可能性のある各種の金属部材やシール材との適合性に注意する必要がある。
【0008】
水−グリコール系作動液は水を含有することから、金属への影響が懸念され、その為、防錆剤の添加により腐食抑制が図られる。しかし、金属の腐食を完全に抑制することができず、スラッジが発生し、フィルタの閉塞が発生する場合がある。とりわけ、アルミニウム、カドミウム、マグネシウムに対して、水−グリコール系作動液は腐食性を有する為に、弁や配管、フィルタの材質としてそれら金属を使用することができないとされる(非特許文献1、2等参照)。
【0009】
シール材に対しては、作動液がその材質であるゴムを膨潤させることにより、シール材として必要な硬さ、強度等の性質を保持することができない場合がある。とりわけ、水−グリコール系作動液はフッ素、シリコーン、アクリルゴムを膨潤させる為に、シール材としてそれらを用いることは不適当とされる(非特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「水-グリコール系作動液のチェックポイント」、株式会社 潤滑通信社 ホームページ ジュンツウネット21、<http://www.juntsu.co.jp/qa/qa0516.html>
【非特許文献2】「作動油」、株式会社 不二越 技術資料、<http://www.nachi―fujikoshi.co.jp/web/hydraulic/b_catalog2011/n―01_fluid.pdf>
【非特許文献3】日本工業規格 JIS B 2410
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記従来技術の状況に鑑みてなされたものであり、水−グリコール系作動液の優れた難燃性を損なうことなく、かつ各種の要求性能も損なうことなく、金属部材及びシール材への適合性を向上させることができる、均一溶液の水系作動液を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討した結果、上記課題を解決する為に、水系作動液に、グリセリン及び/又はポリグリセリンを使用することにより、従来の水−グリコール系作動液と比較して、金属の腐食、及びゴムの膨潤を抑制でき、金属部材及びシール材への適合性を向上させることができることを見出した。
【発明の効果】
【0013】
一般的な水−グリコール系作動液で生じていた金属の腐食が低減され、腐食によるスラッジの生成を抑えることができる。またゴムの膨潤を抑制でき、シール材の硬度や強度への影響を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明におけるグリセリン及び/又はポリグリセリンは、従来の水−グリコール系作動液と比較して、金属部材及びシール材への適合性に優れる水系作動液とする為に用いられ、溶剤としてのグリコールの一部又は全てを置き換えるものである。つまり、グリコールと同様、グリセリン及び/又はポリグリセリンは、低温での流動性を持たせると共に、各種添加剤の相溶性を増す働きを有し、これら1種又は2種を任意の割合で組み合わせて使用することができる。ここで、ポリグリセリンとは、グリセリンの重縮合物若しくはグリシドール等の重合物であり、任意の重合度のものが使用できる。本発明では、平均重合度が2〜20であるポリグリセリンであることが好ましい。
【0015】
また、グリセリン及び/又はポリグリセリンは、グリコールと任意の割合で組み合わせて使用することもできる。本発明では、グリセリン及び/又はポリグリセリンと、グリコールとを組み合わせて使用する場合、その割合に関して、グリコールの配合量が、グリセリン及び/又はポリグリセリンの配合量に対して、重量比で4未満であることが好ましい。
【0016】
本発明におけるグリセリン及び/又はポリグリセリンの配合割合としては、10〜50重量%が好ましい。グリセリン及び/又はポリグリセリンの配合割合が、10重量%未満であると、水−グリコール系作動液と比較して、金属部材及びシール材への影響は軽減されるが、水系作動液として金属部材及びシール材への影響が十分に軽減されたものとすることができない。また、50重量%以上であると、それ以外の成分である水、増粘剤、添加剤の量が減ることにより、水系作動液として必要な難燃性、粘度、潤滑性等の物性を維持することができない。
【0017】
なお、水系作動液において、グリセリン及び/又はポリグリセリンを所定の割合で用いることで、水−グリコール系作動液と比較して、金属部材及びシール材への適合性に優れたものとすることができるが、費用対効果の観点から、グリセリンを用いるのがより好ましい。
【0018】
本発明において、水系作動液として必要な粘度、潤滑性等の物性を得る為に、その他の添加剤を用いることが好ましい。その他の添加剤としては、増粘剤、油性剤、防錆剤、アルカリ剤、消泡剤、着色剤、等が挙げられる。
【0019】
添加される増粘剤としては、1価又は多価アルコールにアルキレンオキサイドを付加重合させたポリアルキレングリコールが主に使用され、1価アルコールとしてはメタノールやブタノール等が、多価アルコールとしてはエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン、ネオペンチルグリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール等が、アルキレンオキサイドとしてはエチレンオキサイド、プロピレンオキサイド、ブチレンオキサイド等が用いられる。または、これらポリアルキレングリコールのアルキルエーテル誘導体も用いられる。これらは水系作動液に所望の粘度に応じて、適した増粘剤を単独、あるいは2種以上選択して使用することができる。
【0020】
添加される油性剤としては、オレイン酸、ラウリン酸、ステアリン酸などの脂肪酸、コハク酸、ダイマー酸などの二塩基酸等が挙げられる。また、それらの金属塩、エステル等の誘導体としても用いることができ、それらを単独、あるいは2種以上選択して使用することができる。
【0021】
添加される防錆剤としては、トリエタノールアミン等のアミン系化合物、ベンゾトリアゾール等のトリアゾール系化合物、ジシクロヘキシルアンモニウムナイトライト等のナイトライト化合物、シクロヘキシルカルバメート等のカルバメート化合物等が挙げられ、それらを単独、あるいは2種以上選択して使用することができる。また、油性剤として添加される、脂肪酸、二塩基酸や、それらの金属塩、エステル等の誘導体を、防錆剤として添加することもできる。
【0022】
また、水系作動液組成物のpHをアルカリ性に調整する為に、アルカリ剤として水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等の金属水酸化物を添加することもできる。
【0023】
その他、水系作動液に泡が発生することを防ぐ為に消泡剤を、また、万が一の漏洩時に早期発見する為や、他の作動液と水系作動液とを区別する為に着色剤を添加することもできる。
【0024】
本発明の水系作動液組成物は、前記各成分を所定量適宜配合して混合することにより調整することができる。この調整における混合方法及び添加方法は、特に制限されるものではなく、種々の方法により行うことができ、各成分の混合順序及び添加順序も種々の混合順序及び添加順序により行うことができる。
【0025】
本発明の水系作動液組成物を使用することができる油圧装置は、特に制限されるものではなく、工作機械、ダイカストマシン、トランスファーマシン、プレス機械、鍛圧機械、荷役運搬機械、土木建設機械、プラント制御装置、自動車、船舶、航空機、ロケットを始めとした各種の機械に使用される各種油圧装置が挙げられるが、特に火災の危険を伴う高温の金属処理装置、電気スパークを生じる装置、加熱炉、連続鋳造装置、熱間圧延機、アルミダイカストマシンなどの熱源の近傍で使用される油圧装置において有効である。また、油圧装置において用いられる油圧ポンプも、特に制限されるものではなく、種々の油圧ポンプに使用することができ、例えばベーンポンプ、歯車ポンプ、プランジャポンプ、ネジポンプなどが挙げられる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例等により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0027】
実施例1
1000mlの4つ口フラスコに、グリセリン(阪本薬品工業株式会社製「精製グリセリン」)400g、ポリアルキレングリコール(EO,PO共重合体、分子量約20000)150g、水400g、オレイン酸ナトリウム(和光純薬製試薬)20g、ベンゾトリアゾール(キシダ化学製試薬)15g、水酸化カリウム(キシダ化学製試薬)15gを加え、室温にて30分攪拌し、水系作動液組成物を得た。
【0028】
実施例2〜7
表2に示す処方に従い、実施例1と同様な方法にて攪拌し、各水系作動液組成物を得た。
【0029】
比較例1〜3
表2に示す処方に従い、実施例1と同様な方法にて攪拌し、各水系作動液組成物を得た。
【0030】
【表2】

【0031】
これら水系作動液組成物について、以下に記載する方法により、性状、動粘度、−20℃での流動性の確認、各金属に対する腐食性試験、各シール材の適合性試験を行った。
【0032】
<性状>
50mlの透明ガラス容器に当該組成物を30g入れ、30分静置後、透明ガラス容器側面より目視にて不溶物の有無を確認した。
【0033】
<動粘度>
JIS K 2283に準じ、40℃±0.01℃に調整した恒温槽にて、当該組成物の40℃における動粘度を測定した。適性粘度は油圧機器により異なるが、ISO規格の粘度グレードVG32、VG46、VG68に適合することが好ましい。すなわち作動液の40℃における動粘度が、VG32では、28.8〜35.2mm/s、VG46では41.4〜51.6mm/s、VG68では61.2〜74.8mm/sの範囲内であることが好ましい。
【0034】
<低温での流動性の確認>
密閉が可能な50mlのガラス容器に当該組成物を30g入れ、−20℃に調整した恒温槽に24時間静置した後に取り出し、ガラス容器を90°傾け流動性の有無を確認した。低温で流動性がなければ冬季及び寒冷地方で水系作動液として使用することが困難であるため、−20℃で流動することが望ましい。
【0035】
<金属腐食性試験>
JIS K 2234に準じ、冷却器及び温度計及び通気管を設置したガラス容器の中に、金属の組立試験片を入れ、各種不凍液組成物を加え、乾燥空気を100ml/min送風し、60℃±2℃で168時間試験を行った。金属片としては、銅(C1100P)、はんだ(H30A)、黄銅(C2680P)、鋼(SPCC−SB)、鋳鉄(FC200)、アルミニウム鋳鉄(AC2A−F)、ステンレス(SUS304)を用いた。質量の変化は、式(1)に従い計算した。

Δm:質量の変化(mg/cm)、m:試験前の試験片の質量(mg)、m:試験後の試験片の質量(mg)、S:試験前の試験片の全表面積(cm
質量の変化は、銅において±0.15、はんだにおいて±0.30、黄銅において±0.15、鋼において±0.15、鋳鉄において±0.15、アルミニウム鋳物において±0.30の範囲内に収まることが望ましい。
【0036】
<シール材適合性試験>
JIS K 6258に準じ、密閉が可能な50mlのガラス容器に当該組成物を30g、そこへ各材質のゴム片を浸漬した後に密閉し、60℃±1℃に調整した恒温槽中で、168時間試験を行った。ゴム片としては、NBR(JIS B 2401:1種A)、NBR(JIS B 2401:1種B)、NBR(JIS B 2401:2種)、SBR(JIS B 2401:3種)、VQM(JIS B 2401:4種C)、FCM(JIS B 2401:4種D)。体積変化率は、式(2)に従い計算した。

ΔV100:体積変化率(%)、m:空気中での試験前のゴム片の質量(mg)、m:水中での試験前の試験片の質量(mg)、m:空気中での試験後のゴム片の質量(mg)、m:水中での試験後の試験片の質量(mg)
体積変化率について、明確な基準はないが、できるだけ小さいことが好ましい。
【0037】
以上の結果を表3に示した。
【0038】
【表3】

【0039】
以上の結果から実施例1〜実施例7で示したようにグリセリン及び/又はポリグリセリンを用いることにより、比較例1、比較例2で示したグリセリン又はポリグリセリンを用いない、従来の水−グリコール系作動液と比較して、金属の腐食、及びゴムの膨潤を抑制でき、金属部材及びシール材への適合性を向上させることができる。
また、比較例3で金属及びシール材への影響を低減する為に、グリコールを減量し、防錆剤を増量した場合、組成物に不溶物が発生し、かつ−20℃での流動性も維持できず、望ましくない。
【0040】
実施例6では、比較例1、比較例2と比較して、優位に金属の腐食を抑制できるものの、一部金属への抑制が不十分であり、水系作動液として十分であるとは言えない。実施例7では、金属の腐食の抑制効果は十分であるものの、グリセリン及び/又はポリグリセリンの添加量が多い為に、増粘剤を所望量添加することができず、作動液として適切な粘度が得られていない。つまり、グリセリン及び/又はポリグリセリンの添加量を実施例1〜5に記載の10〜50重量%とすることで、水系作動液として適切な金属腐食性、シール材適合性、及びその他の物性を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の水系作動液は、グリセリン及び/又はポリグリセリンを含有している為、従来の水−グリコール系作動液と比較して、金属の腐食を抑制でき、その結果、スラッジの発生や、それによるフィルタの閉塞等を、抑制することができる。また、ゴムの膨潤を抑制でき、シール材への適合性を向上させることができる。さらに、本発明の水系作動液は、従来の水−グリコール系作動液が本来備えている諸性能(難燃性、粘度、潤滑性等)を何ら損なっていない。これにより、油圧機器の仕様変更、設備投資などを必要としない。従って、本発明の水系作動液は、実用上極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリセリン及び/又はポリグリセリンを含有することを特徴とする水系作動液。
【請求項2】
グリセリン及び/又はポリグリセリンの濃度が10〜50重量%である、請求項1に記載の水系作動液。
【請求項3】
グリセリンを必ず含有する、請求項2に記載の水系作動液。
【請求項4】
さらに、増粘剤、油性剤、防錆剤、アルカリ剤、消泡剤、着色剤の中から選ばれる少なくとも1種を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の水系作動液。

【公開番号】特開2012−224795(P2012−224795A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95451(P2011−95451)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【出願人】(390028897)阪本薬品工業株式会社 (140)
【Fターム(参考)】