説明

水素選択性ガス分離膜

【課題】水素ガスを含む混合ガスから、水素ガスを選択的且つ効率的に分離することができ、長期に渡って、安定したガス分離性能を有し、耐久性に優れる水素選択性ガス分離膜を提供する。
【解決手段】本発明の水素選択性ガス分離膜は、400℃以上の水素ガス中で金属として存在する元素Mと、Si元素と、O元素とを含み、且つ、Si−O結合を有する水素選択性ガス分離膜において、モル比M/Siが0.06〜0.19である。上記元素MがCo元素である場合、好ましいモル比Co/Siは、0.09〜0.19である。また、上記元素MがNi元素である場合、好ましいモル比Ni/Siは、0.06〜0.14である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素選択性ガス分離膜に関し、更に詳しくは、耐久性に優れ、水素ガスの選択的且つ効率的な分離に好適な水素選択性ガス分離膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、2種以上のガス成分からなる混合ガスから、特定のガス成分を選択的且つ効率的に分離する材料及び方法が検討されている。特に、次世代のエネルギーとして期待される水素ガスを、高い選択性により分離し、長期に渡って、安定したガス分離性能を有するガス分離膜が求められている。
水素ガスを含む混合ガスより、水素ガスを分離するガス分離膜としては、Ni、Co等の、水素ガスに対して親和性の高い金属の元素と、Si元素と、O元素とを含み、且つ、Si−O結合を有する水素選択性ガス分離膜が知られている(特許文献1)。この特許文献1には、Ni/Siのモル比が0.5である水素選択性ガス分離膜、及び、Co/Siのモル比が0.25である水素選択性ガス分離膜が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−118767号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、水素ガスを含む混合ガスより、水素ガスを選択的且つ効率的に分離する水素選択性ガス分離膜において、長期に渡って、安定したガス分離性能を有する水素選択性ガス分離膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、水素ガスを含む混合ガスより、水素ガスを選択的且つ効率的に分離し、長期に渡って、安定したガス分離性能を有する水素選択性ガス分離膜について、鋭意検討した。その結果、Co、Ni等の、400℃以上の水素ガス中で金属として存在する元素Mと、Siとのモル比M/Siが0.06〜0.19となるように各原料成分を含む塗膜を大気雰囲気下で熱処理したところ、元素Mがイオン状態であり、更に、水素ガスを含む雰囲気下で熱処理することにより、元素Mが金属状態であって且つ優れた均一性を有するガス分離膜が得られ、優れた性能を維持することを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、以下の通りである。
1.400℃以上の水素ガス中で金属として存在する元素Mと、Si元素と、O元素とを含み、且つ、Si−O結合を有する水素選択性ガス分離膜において、モル比M/Siが0.06〜0.19であることを特徴とする水素選択性ガス分離膜。
2.元素Mが、8族の元素である上記1に記載の水素選択性ガス分離膜。
3.上記元素MがCo元素であり、モル比Co/Siが0.09〜0.19である上記2に記載の水素選択性ガス分離膜。
4.上記元素MがNi元素であり、モル比Ni/Siが0.07〜0.14である上記2に記載の水素選択性ガス分離膜。
【発明の効果】
【0006】
本発明の水素選択性ガス分離膜によれば、混合ガス中の水素ガスを、選択的且つ効率的に分離することができ、長期に渡って、安定したガス分離性能を有し、耐久性に優れる。
上記元素Mが、8族の元素である場合には、ガス分離膜における亀裂等の発生を抑制することができ、耐久性に優れる。
上記元素MがCo元素であり、モル比Co/Siが0.09〜0.19である場合には、混合ガス中の水素ガスを、選択的且つ効率的に分離することができ、長期に渡って、安定したガス分離性能を有し、耐久性に優れる。
上記元素MがNi元素であり、モル比Ni/Siが0.06〜0.14である場合には、混合ガス中の水素ガスを、選択的且つ効率的に分離することができ、長期に渡って、安定したガス分離性能を有し、耐久性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を更に詳しく説明する。
本発明の水素選択性ガス分離膜(以下、「ガス分離膜」という。)は、400℃以上の水素ガス中で金属として存在する元素(以下、「元素M」又は「M」という。)と、Si元素と、O元素とを含み、Si−O結合を有し、且つ、モル比M/Siが0.06〜0.19であることを特徴とする。
【0008】
上記Si−O結合は、この形のみ(即ち、Si−O結合のネットワークのみ)であってよいし、Si元素と、O元素と、元素Mとを含み、Si−O結合のネットワークの一部として備えるSi−O−M結合を含んでもよい。
前者の例としては、シリカが挙げられる。このシリカは、結晶質及び非晶質のいずれでもよいが、好ましくは非晶質である。
一方、後者の例としては、Si元素及び元素Mを含む複合酸化物が挙げられる。
また、上記Si−O結合に基づく構造は、緻密体及び多孔体のいずれでもよいが、好ましくは多孔体である。
【0009】
本発明のガス分離膜は、好ましくは、非晶質シリカ又は上記複合酸化物からなる多孔体の中に、所定又は不定の形状を有し、且つ、上記元素Mを、金属及び/又は合金として均一に含む構成を備える分離膜である。上記の金属及び合金が所定形状を有する場合には、球形、略球形、多面体、鱗片状、針状等とすることができる。また、不定形状である場合には、シリカ多孔体の骨格表面に形成された膜等とすることができる。
【0010】
上記元素Mは、400℃以上、好ましくは400℃〜1,000℃の水素ガス中で金属として存在する元素をいう。尚、「水素ガス中」とは、水素ガスのみである場合、又は、水素ガスを4体積%以上含む不活性ガス雰囲気である場合、をいう。この元素Mとしては、8族の元素、Cu、Ag等が挙げられる。これらのうち、Co、Ni、Ru、Rh、Pd、Pt等の8族の元素(以下、「8族元素」という。)が好ましく、Co及びNiが特に好ましい。本発明のガス分離膜は、元素Mを1種のみ含んでよいし、2種以上を含んでもよい。この元素Mを含有する本発明のガス分離膜は、Si元素及びO元素からなるガス分離膜に比べて、水素ガスに対する高い選択性を発揮し、混合ガスからの水素ガスの分離効率を向上させることができる。
【0011】
本発明のガス分離膜に含まれるSi元素の量は、水素ガスに対する選択性の観点から、全元素の合計量に対して、好ましくは30〜40モル%、より好ましくは32〜38モル%、更に好ましくは33〜37モル%である。残部は、通常、O元素の含有量であるが、微量のH元素を含む場合がある。尚、本発明においては、耐久性の観点から、元素M及びSi元素のモル比M/Siは、0.06〜0.19、好ましくは0.07〜0.19、より好ましくは0.08〜0.18であり、これを満たすように、元素M及びSi元素の量が選択される。上記モル比が大きすぎると、使用を重ねるにつれ、ガス分離膜に亀裂等が発生する場合があり、耐久性に劣る。一方、上記モル比が小さすぎると、水素ガスに対する選択性が低下する傾向にある。
【0012】
上記元素MがCo元素である場合、モル比Co/Siは、好ましくは0.09〜0.19、より好ましくは0.11〜0.18である。この範囲にあれば、水素ガスを含む混合ガスより、水素ガスを選択的且つ効率的に分離し、長期に渡って、安定したガス分離性能を得ることができる。
また、上記元素MがNi元素である場合、モル比Ni/Siは、好ましくは0.06〜0.14、より好ましくは0.07〜0.13である。この範囲にあれば、水素ガスを含む混合ガスより、水素ガスを選択的且つ効率的に分離し、長期に渡って、安定したガス分離性能を得ることができる。
【0013】
本発明のガス分離膜は、所定の厚さを有する膜体であってよいし、ガス透過性を有する他の部材等の一面側に配設され、複合膜を形成してもよい。
本発明のガス分離膜の厚さは、特に限定されないが、水素ガスの選択的分離を良好なものとするために、好ましくは5〜1,000nm、より好ましくは10〜100nmである。尚、上記モル比M/Siを備えるものであれば、元素Mの分布は、その一面側から他面側に対して、均一であってよいし、規則的な傾斜分布であってもよい。また、不均一分布であってもよい。
【0014】
次に、本発明のガス分離膜の製造方法について説明する。
本発明のガス分離膜は、上記元素Mを含む化合物(以下、「金属化合物」という。)と、Si−O結合を形成する前駆体とを含有する溶液(以下、「前駆体溶液」という。)を用いて塗膜を形成する塗膜形成工程と、この塗膜を、大気雰囲気中、熱処理し、第1複合膜を形成する第1熱処理工程と、この第1複合膜を、水素ガスを含む雰囲気中、熱処理する第2熱処理工程とを備える方法により製造することができる。
【0015】
上記塗膜形成工程は、上記金属化合物と、Si−O結合を形成する前駆体とを含有する前駆体溶液を用いて塗膜を形成する工程である。
上記前駆体溶液の調製に用いられる金属化合物としては、水溶性又はアルコール溶解性であることが好ましい。従って、好ましい金属化合物としては、上記元素Mを含む硝酸塩、酢酸塩、錯塩等が挙げられる。これらの化合物は、1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0016】
また、Si−O結合を形成する前駆体としては、シリコンアルコキシドを用いることが好ましい。このシリコンアルコキシドとしては、テトラエトキシシラン、テトラメトキシシラン等のアルキルアルコキシシランが好ましく用いられる。これらの化合物は、1種単独であるいは2種以上を組み合わせて用いることができる。尚、上記シリコンアルコキシドを含有することにより、非晶質シリカ多孔体を形成することができる。
【0017】
上記前駆体溶液の調製は、上記の金属化合物と、Si−O結合を形成する前駆体とを、上記金属化合物に含まれる元素Mと、上記前駆体に含まれるSi元素とのモル比M/Siが、0.06〜0.19の範囲に入るような量を用い、メタノール、エタノール等のアルコール等の有機溶媒に溶解させて行う。
尚、上記元素MがCoである場合、上記金属化合物に含まれる元素Coと、上記前駆体に含まれるSi元素とのモル比Co/Siが、好ましくは0.09〜0.19の範囲に入るよう、各化合物が用いられる。また、上記元素MがNiである場合、上記金属化合物に含まれる元素Niと、上記前駆体に含まれるSi元素とのモル比Ni/Siが、好ましくは0.06〜0.14の範囲に入るよう、各化合物が用いられる。
【0018】
上記前駆体溶液は、過酸化水素が配合されたものであってもよい。その配合量は、Si元素量に対して、好ましくは1〜10倍量、より好ましくは5〜10倍量である。この過酸化水素を用いることにより、均一で安定な前駆体溶液とすることができる。
また、上記前駆体溶液におけるシリコンアルコキシドの濃度は、ケイ素元素換算で、通常、0.01〜0.5mol/リットル、好ましくは0.05〜0.3mol/リットルである。
【0019】
上記塗膜形成工程において、上記前駆体溶液は、通常、所定形状又は不定形状の多孔質基材の表面に塗布される。この多孔質基材の構成材料は、その後の第1熱処理工程及び第2熱処理工程において、分解、変質等しにくく、機械的強度を保持できる材料であれば、特に限定されず、例えば、グラファイト、アルミナ、シリカ、シリカ−アルミナ、ムライト、コージェライト、ジルコニア、チタニア、ガラス等が挙げられる。これらのうち、アルミナが好ましい。
【0020】
上記塗膜形成工程における塗膜の形成方法としては、ディップ法;スプレー方式、インクジェット方式、サーマルインクジェット方式等の吹き付け法;刷毛塗り法;カーテンコート法;スピンコート法等が挙げられる。これらの方法は、併用してもよい。
上記塗膜の厚さは、特に限定されない。また、上記塗膜の組成は、上記前駆体溶液の組成そのままであってよいし、自然乾燥等により、媒体の一部又は全部が蒸発し、含有成分の濃度が高くなっていてもよい。
【0021】
上記第1熱処理工程は、上記塗膜を、大気雰囲気中、熱処理する工程であり、この工程により、Si−O結合を含む多孔質部と、この多孔質部に微分散された、元素Mのイオン部、又は、元素Mを含むイオン性化合物部とを備える第1複合膜が形成される。尚、この第1複合膜は、通常、元素Mに由来する成分からなる結晶相を含まない。
【0022】
上記第1熱処理工程における熱処理温度は、通常、400℃〜700℃であり、好ましくは500℃〜600℃である。熱処理温度がこの範囲にあると、元素Mのイオンが微分散された多孔質複合体、又は、元素Mを含むイオン性化合物が、ほぼ同一の大きさをもって微分散された多孔質複合体を形成することができる。この熱処理温度が高すぎると、元素Mを含む化合物の結晶化物が、様々な大きさをもって形成され、得られる多孔質複合体に欠陥を与える場合がある。尚、熱処理は、上記温度範囲であれば、1又はそれ以上の数で設定された一定温度で行ってよいし、昇温又は降温させながら行ってもよい。
また、熱処理時間は、通常、0.5〜12時間であり、好ましくは1.5〜8時間、より好ましくは2〜4時間である。
【0023】
上記第1熱処理工程により形成された第1複合膜の構造は、図11に示される。即ち、上記金属化合物に含まれる元素Mと、上記前駆体に含まれるSi元素とのモル比M/Siが、0.06〜0.19の範囲にある塗膜を熱処理した場合、第1熱処理工程により得られる第1複合膜2は、多孔質部22と、この多孔質部22に、微分散された、元素Mのイオン部、又は、元素Mを含むイオン性化合物部(図示せず)とを備える構成を有する。
尚、上記前駆体に含まれるSi元素とのモル比M/Siが、0.19を超える塗膜を熱処理した場合、第1熱処理工程により得られる第1複合膜5は、図13に示すように、元素Mの酸化物からなり且つ様々な大きさを有する粒子部35と、この粒子部35を含む多孔質部22とを備える構成を有する傾向にある。上記粒子部35の大きさが不均一であると、最終的に得られるガス分離膜の耐久性が低下する傾向にある。
【0024】
本発明のガス分離膜において、水素ガスを含む混合ガスから、水素ガスを分離する際の効率及び耐久性をより確実なものとするために、上記の塗膜形成工程及び第1熱処理工程を複数回行うことができる。即ち、塗膜形成、熱処理、塗膜形成、熱処理等と交互に繰り返すことができる。この場合、前駆体溶液の種類、塗膜の厚さ、熱処理条件(温度、時間等)等を全て同一としてよいし、変化させてもよい。これらの条件を変化させた場合には、ガス分離膜の一面側から他面側に対して元素Mの分布が異なる膜を形成することができる。
【0025】
次に、上記第2熱処理工程は、上記第1複合膜2を、水素ガスを含む雰囲気中、熱処理する工程であり、この第2熱処理工程によって、元素Mのイオン、又は、元素Mを含むイオン性化合物の還元反応を進め、元素Mの金属又は合金からなり、且つ、数平均粒子径が好ましくは2〜5nmの範囲にある、多分散度の小さい粒子金属部31と、この粒子金属部31を含む多孔質部33とを備える本発明のガス分離膜3を得ることができる(図12参照)。
【0026】
上記第2熱処理工程は、水素ガスを含む雰囲気で進められる。この雰囲気は、水素ガスのみからなる雰囲気であってよいし、水素ガスと、窒素ガス、アルゴンガス等の他のガスとの混合ガスからなる雰囲気であってもよい。後者の場合、水素ガスの含有割合は、混合ガスの全量に対して、通常、4体積%以上、好ましくは20体積%以上である。
【0027】
上記第2熱処理工程における熱処理温度は、400℃〜700℃であり、好ましくは500℃〜600℃である。尚、熱処理は、これらの温度範囲であれば、1又はそれ以上の数で設定された一定温度で行ってよいし、昇温しながら行ってもよい。
また、熱処理時間は、通常、1〜24時間であり、好ましくは3〜10時間である。
【0028】
上記粒子金属部31の数平均粒子径は、上記のように、好ましくは1〜10nmであり、より好ましくは2〜5nmである。上記粒子金属部31が、このように微細であることから、安定したガス分離性能を有し、且つ、耐久性に優れるガス分離膜を得ることができる。尚、上記「数平均粒子径」は、顕微鏡等による画像において、任意に抽出された50以上の被対象物に対して測定された粒子径の平均値を意味する。
【0029】
本発明のガス分離膜は、水素ガスを含む混合ガスからの選択的なガス分離に好適である。元素MがCo元素であるガス分離膜の場合、例えば、500℃の条件下で、ヘリウムガスの透過係数(RHe;mol/m・s・Pa)に対する水素ガスの透過係数(RH2;mol/m・s・Pa)の割合(透過係数比α(H/He))は、120〜400程度と高く、水素ガス及びヘリウムガスの分離特性に優れる。また、500℃の条件下で、ヘリウムガスの透過係数(RN2;mol/m・s・Pa)に対する水素ガスの透過係数(RH2;mol/m・s・Pa)の割合(透過係数比α(H/N))は、1500〜2300程度と高く、水素ガス及び窒素ガスの分離特性にも優れる。
そして、このガス分離膜を、熱サイクルを伴う条件下、又は、長期に渡って使用した場合には、上記の透過係数比α(H/He)及びα(H/N)を、それぞれ、好ましくは80%以上及び90%以上を維持することができる。
【0030】
また、元素MがNi元素であるガス分離膜の場合、例えば、500℃の条件下で、ヘリウムガスの透過係数(RHe;mol/m・s・Pa)に対する水素ガスの透過係数(RH2;mol/m・s・Pa)の割合(透過係数比α(H/He))は、120〜43程度と高く、水素ガス及びヘリウムガスの分離特性に優れる。また、500℃の条件下で、ヘリウムガスの透過係数(RN2;mol/m・s・Pa)に対する水素ガスの透過係数(RH2;mol/m・s・Pa)の割合(透過係数比α(H/N))は、800〜1300程度と高く、水素ガス及び窒素ガスの分離特性にも優れる。
そして、このガス分離膜を、熱サイクルを伴う条件下、又は、長期に渡って使用した場合には、上記の透過係数比α(H/He)及びα(H/N)を、それぞれ、好ましくは85%以上及び90%以上を維持することができる。
【実施例】
【0031】
以下に、例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。
1.多孔質基材の作製
外径2.0mm±0.1mm、内径1.5mm、長さ50mmの多孔質アルミナキャピラリー(純度;99.99%、平均細孔直径;0.15μm、気孔率;39%±3%)を支持部材とし、この支持部材の外表面を覆うように、化学研磨を施した金属アルミニウム管(純度99.99%、外径3.0mm、内径2.1mm、長さ50mm)を嵌合した。次いで、パラフィンテープ(商品名;「PARAFILM M」、American National Can社製)によって、金属アルミニウム管の表面を被覆(マスキング)し、複合体を得た。
【0032】
この複合体の外側に白金線電極(アノード)を取り付け、一方、複合体の多孔質アルミナキャピラリー内部に白金線電極(カソード)を通して固定し、2℃に冷却した1mol/リットルの硫酸電解溶液中に入れて陽極酸化を行った。陽極酸化は、間欠電圧を16時間印加して行った。印加電圧は、25Vから10V、5V、2V、1Vと段階的に変化させ、陽極酸化アルミナの細孔径を30nmから12nm、6.5nm、4.5nm、3nmと段階的に小さくした。
【0033】
陽極酸化後、陽極酸化アルミナ付き複合体を9体積%の臭素のメタノール溶液中に室温にて5時間浸漬し、最外層に残存した金属アルミニウム部を溶解した。その後、金属アルミニウム部との界面に形成されたバリア層を、2℃に冷却した1mol/リットルの硫酸溶液中に20時間浸漬して溶解し、細孔を開口させた。これにより、図1に示すような複合型の多孔質基材1を得た。この多孔質基材1は、支持部材11と多孔質基材部12(陽極酸化アルミナ)とが一体化したものであり、多孔質基材部12は、支持部材11側の最内部の細孔径が30nm、最外部(最表面)の細孔径が3nm、長さが150μmであり、且つ、支持部材11に対して垂直方向に貫通する細孔が多数配列していた。このアルミナ多孔質基材1の細孔径分布を測定したところ、得られた多孔質基材を構成する細孔の細孔径は、大部分が30Å(3nm)であった。
【0034】
2.水素選択性ガス分離膜の製造及び評価
実験例1−1
0.033molのテトラエトキシシラン(TEOS)を、2.0molのエタノールに溶解し、溶液(a)を調製した。一方、0.017molの硝酸コバルト水和物を34質量%の過酸化水素水20ミリリットルに溶解し、溶液(b)を調製した。この溶液(b)を、溶液(a)に徐々に添加し、Co及びSiのモル比Co/Siが0.15である混合液を得た。その後、混合溶液を氷浴中にて2時間攪拌し、前駆体溶液を得た。
次に、上記で作製したアルミナ多孔質基材の片端側の開口部をガラス封止し、この基材の表面を前駆体溶液に1分間浸すことでディップコーティングした(塗膜形成工程)。そして、塗膜に対し、大気雰囲気下、600℃で、20分間の熱処理を行った(第1熱処理工程)。この操作を8回繰り返すことで、多孔質基材の表面に、Coイオンを微分散させた非晶質シリカからなる皮膜を形成させた。
その後、上記皮膜を、以下の方法により水素ガスを用いて処理した。上記皮膜付き多孔質基材を、水素ガス雰囲気下に配置し、管状の多孔質基材の内部側を100Torrに減圧した状態で、500℃で、3時間の熱処理を行った(第2熱処理工程)。これにより、多孔質の非晶質シリカと、この非晶質シリカに均一に分散された、金属Coからなる粒子とを備える水素選択性ガス分離膜(厚さ30nm)とし、上記多孔質基材及び水素選択性ガス分離膜を備えるガス分離材を得た。
【0035】
第1熱処理工程後の皮膜のX線回折を測定したところ、コバルト酸化物等の結晶相は観察されなかった(図2の1))。
また、第1熱処理工程後の皮膜、及び、第2熱処理工程後の皮膜の表面分析をXPS(型式「phi−1800」、アルバック・ファイ社製)を用いて行った。使用したX線源は、Al−Kα(1486.6eV)であり、必要により電子銃を用いて表面におけるチャージアップを中和した。Co元素の結合状態(Co2p)を示すグラフを図3に示す。
図3の上側に示されるCo2pピーク(第1熱処理工程後)において、結合エネルギー及びピーク形状が、イオン性化合物であるCoSiとほぼ一致していることから、Coは、酸化物として存在するのではなく、イオンとして存在していることが分かる。一方、図3の下側に示されるCo2pピーク(第2熱処理工程後)において、結合エネルギー及びピーク形状が、金属Coと一致していることから、Coは、金属状態で存在していることが分かる。
更に、第2熱処理工程後の皮膜を透過型電子顕微鏡により観察したところ、金属コバルトが、2〜4nm程度の粒子径で均一に分散していることが分かった(図4参照)。
【0036】
上記で得られたガス分離材を用い、図6に示すガス透過試験装置により、定容積圧力変化法に基づき、500℃における単成分ガス透過試験を行った。まず、減圧にした透過側ラインに設置したバッファタンク内の圧力変化によってガス分子の流量を定量する。大気圧の供給ガスを、ガス分離材を保持した透過セル内に毎分200ミリリットルにて流し、真空ポンプによりバッファタンク内を30Torrに減圧した後に、真空ポンプとバッファタンクとの間に設置したストップバルブを閉じ、圧力計Pによってタンク内が40Torrに昇圧するまでの時間を計測した。用いた単成分ガスの種類は、水素ガス(H)、ヘリウムガス(He)及び窒素ガス(N)であり、単位面積及び単位圧力差のもとで透過するガス量について、透過率を測定した。単位は、mol/m・s・Paである。また、各透過率の値を用い、ガス分離性能を表す指標として、透過率の比である透過係数比αを算出した(表1左側「初期」の欄参照)。
【0037】
次に、得られたガス分離材の耐久性を評価するために、熱サイクル試験を行った。ガス分離材を、図6に示すガス透過試験装置内に設置したまま、「室温から500℃まで、2時間かけて昇温、500℃で30分間保持、その後、500℃で上記と同様にしてガス透過試験、次いで、500℃から100℃以下まで2時間かけて降温」を1サイクルとして、100サイクル連続して試験した。100サイクル後の透過率及び透過係数比αを表1右側「100サイクル後」に示す。
【0038】
実験例1−2〜1−10
前駆体溶液に含まれる成分において、Co及びSiのモル比Co/Siを0、0.05、0.075、0.1、0.125、0.175、0.2、0.225及び0.25とした以外は、実験例1−1と同様にしてガス分離材を製造し、ガス透過試験を行った。透過率及び透過係数比αを表1に併記した。
実験例1−10については、第1熱処理工程後の皮膜のX線回折像(図2の2))から、Coの結晶相が生じていることが観察された。また、第2熱処理工程後の皮膜を透過型電子顕微鏡により観察すると、コバルトが偏析していることが分かった(図5参照)。
また、表1におけるモル比Co/Siと、透過係数比αとの関係を表すグラフを図7及び図8に示した。
【0039】
【表1】

【0040】
実験例2−1
0.033molのテトラエトキシシラン(TEOS)を、2molのエタノールに溶解し、溶液(a)を調製した。一方、0.017molの硝酸ニッケル六水和物を34質量%の過酸化水素水20ミリリットルに溶解し、溶液(b)を調製した。この溶液(b)を、溶液(a)に徐々に添加し、Ni及びSiのモル比Ni/Siが0.1である混合液を得た。その後、混合溶液を氷浴中にて2時間攪拌し、前駆体溶液を得た。この前駆体溶液を用い、実験例1−1と同様にして、多孔質の非晶質シリカと、この非晶質シリカに均一に分散された、金属Niからなる粒子とを備える複合膜(水素選択性ガス分離膜)とし、ガス分離材を得た。そして、上記と同様にしてガス透過試験を行い、透過率及び透過係数比αを算出した(表2参照)。
【0041】
実験例2−2〜2−9
前駆体溶液に含まれる成分において、Ni及びSiのモル比Ni/Siを0、0.025、0.05、0.075、0.125、0.15、0.175及び0.2とした以外は、実験例1−1と同様にしてガス分離材を製造し、ガス透過試験を行った。透過率及び透過係数比αを表2に併記した。
また、表2におけるモル比Ni/Siと、透過係数比αとの関係を表すグラフを図9及び図10に示した。
【0042】
【表2】

【0043】
3.評価結果について
実験例1−1及び1−4〜1−8は、本発明のガス分離膜の例である。図7及び図8によれば、水素ガスの分離特性は、モル比Co/Siが0.1以上であると、初期において良好であることが分かる。また、熱サイクル試験による性能は、モル比Co/Siが高くなるほど低下することが分かる。例えば、モル比Co/Siが0.25(実験例1−10)の場合、100サイクル後の透過係数比α(H/He)及びα(H/N)がそれぞれ、32.9及び58であり、初期の構造を維持していないことが明らかである。但し、モル比Co/Siが約0.2であっても、モル比Co/Siが0.075である場合に比べて、透過係数比が十分に高いので、実用に耐えうる。図7及び図8より、モル比Co/Siが0.12〜0.18の範囲にあると、耐久性の効果が顕著であることが分かる。
【0044】
また、実験例2−1及び2−5〜2−8は、本発明のガス分離膜の例である。図9及び図10によれば、水素ガスの分離特性は、モル比Ni/Siが0.06以上であると、初期において良好であることが分かる。また、熱サイクル試験による性能は、モル比Co/Siが高くなるほど低下することが分かる。例えば、モル比Ni/Siが0.2(実験例2−9)の場合、100サイクル後の透過係数比α(H/He)及びα(H/N)がそれぞれ、3.6及び119であり、初期の構造を維持していないことが明らかである。但し、モル比Ni/Siが約0.14であっても、モル比Ni/Siが0.08である場合に比べて、透過係数比が高いので、実用に耐えうる。図9及び図10より、モル比Ni/Siが0.07〜0.13の範囲にあると、耐久性の効果が顕著であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は水素ガスの分離を用いる分野で広く利用される。即ち、例えば、水素ガスの分離、水素ガス燃料の製造及び燃料電池等において用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実験例で用いた多孔質基材を示す概略斜視図である。
【図2】1)は、実験例1−1(モル比Co/Siが0.15の場合)における第1熱処理工程後の皮膜のX線回折像であり、2)は、実験例1−10(モル比Co/Siが0.25の場合)における第1熱処理工程後の皮膜のX線回折像である。
【図3】実験例1−1における第1熱処理工程後の皮膜の表面、及び、第2熱処理工程後の皮膜(水素選択性ガス分離膜)の表面を表面分析して得られたXPSスペクトル(Co2pピーク)である。
【図4】実験例1−1における第2熱処理工程後の皮膜(水素選択性ガス分離膜)のTEM画像である。
【図5】実験例1−10における第2熱処理工程後の皮膜(水素選択性ガス分離膜)のTEM画像である。
【図6】定容積圧力変化法を原理とするガス透過性能評価装置の模式図である。
【図7】実験例1−1〜1−10で得られたガス分離材のガス分離性能を示すグラフである。
【図8】実験例1−1〜1−10で得られたガス分離材のガス分離性能を示すグラフである。
【図9】実験例2−1〜2−9で得られたガス分離材のガス分離性能を示すグラフである。
【図10】実験例2−1〜2−9で得られたガス分離材のガス分離性能を示すグラフである。
【図11】本発明の水素選択性ガス分離膜の製造工程における第1熱処理工程後の第1複合膜を示す模式的断面図である。
【図12】本発明の水素選択性ガス分離膜を示す模式的断面図である。
【図13】モル比M/Siが0.2を超えて大きい場合に得られた第1熱処理工程後の第1複合膜を示す模式的断面図である。
【符号の説明】
【0047】
1:多孔質基材
11:支持部材
12:多孔質基材部
2:第1複合膜
22:多孔質部
3:水素選択性ガス分離膜
31:金属Mからなる粒子
33:非晶質シリカ
35:金属Mの酸化物からなる粒子
5:本発明に含まれない水素選択性ガス分離膜を導く第1複合膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
400℃以上の水素ガス中で金属として存在する元素Mと、Si元素と、O元素とを含み、且つ、Si−O結合を有する水素選択性ガス分離膜において、モル比M/Siが0.06〜0.19であることを特徴とする水素選択性ガス分離膜。
【請求項2】
上記元素Mが、8族の元素である請求項1に記載の水素選択性ガス分離膜。
【請求項3】
上記元素MがCo元素であり、モル比Co/Siが0.09〜0.19である請求項2に記載の水素選択性ガス分離膜。
【請求項4】
上記元素MがNi元素であり、モル比Ni/Siが0.07〜0.14である請求項2に記載の水素選択性ガス分離膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−233608(P2009−233608A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−84720(P2008−84720)
【出願日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物に発表 発行者名:社団法人 日本セラミックス協会 刊行物名:第46回セラミックス基礎科学討論会講演要旨集 発行年月日:平成20年1月10日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)NEDO「地球温暖化防止新技術プログラム高効率高温水素分離膜の開発」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの
【出願人】(000173522)財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】