説明

油入電気機器の劣化診断方法

【課題】油入電気機器の運転を停止することなく機器の運転中においても診断可能であり、少ない学習データでも高精度な劣化診断を可能とする。
【解決手段】絶縁油中に含まれる劣化指標成分量の測定値から油入電気機器の絶縁紙の平均重合度を推定して油入電気機器の劣化を診断する方法において、絶縁油中のフルフラール量、二酸化炭素及び一酸化炭素の量、水分量、酸素量、水素量の各測定値、油入電気機器の運転履歴、保守履歴、及び、油入電気機器の設計諸元の全てまたは一部の組み合わせを入力因子群とし、絶縁紙の平均重合度を出力因子として、モデルの同定または学習を行うことにより異なる平均重合度推定モデルを複数構築し、診断対象である油入電気機器の前記入力因子群を前記平均重合度推定モデルに入力して得られた複数の平均重合度推定値を加工して、絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油入変圧器等の絶縁紙の平均重合度を推定して油入電気機器の劣化を診断する劣化診断方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、油入変圧器等の油入電気機器に使われている材料には、以下のようなものがある。
(1)銅、アルミニウム等の導電材料
(2)絶縁油や絶縁紙、プレスボード等の絶縁材料
(3)けい素鋼帯等の鉄心材料
(4)鉄やステンレス鋼等の構造材料
これらの材料のうち、油入電気機器内で経年劣化が認められるのは、絶縁油や絶縁紙等の絶縁材料である。
【0003】
絶縁油については、油劣化防止装置(開放型、空気密封型、窒素密封型等がある)の働きもあるため劣化は非常に緩慢であり、重要な特性である絶縁破壊電圧の低下度は小さい。
一方、絶縁紙については、経年劣化による絶縁破壊電圧の低下度は小さいが、機械的強度の低下度は大きい(すなわち、紙がぼろぼろになる)。絶縁紙の劣化が進行すると、突入電流や外部短絡時に発生する電磁力による機械的ストレスによって絶縁紙に亀裂や損壊が発生し、絶縁破壊する危険性が増大する。
【0004】
従って、油入電気機器の寿命は絶縁紙の機械的強度、特に巻線導体絶縁紙の劣化状態の影響を強く受ける。つまり、油入電気機器の余寿命とは、巻線導体絶縁紙の絶縁破壊、すなわち、絶縁紙の劣化(平均重合度の低下)状態によって決定付けられると考えられている。
【0005】
以下に、絶縁紙の平均重合度と、代表的な油入電気機器である油入変圧器の寿命及び劣化診断方法について考察する。
(1)絶縁紙の平均重合度
絶縁紙は、多数のセルロース分子が重合してできた重合体である。ここで、図7はセルロースの化学構造式を示している。
セルロースを構成する基本分子の数を重合度という。絶縁紙としての新品のクラフト紙の場合の平均重合度は、約1000である。この平均重合度は、絶縁紙が酸化劣化するとセルロース分子の鎖が切断されてセルロース分子の低分子量化、すなわち平均重合度の低下が起きる。例えば、30年使用した変圧器では、絶縁紙の平均重合度が初期値の約40〜60%(重合度400〜600)にまで減少すると言われている。
【0006】
(2)油入変圧器の寿命
日本電機工業会規格JEM1463−1993では、1000[kVA]を超える油入変圧器及び油入リアクトルのコイル絶縁紙平均重合度の評価基準を、図8の通りに定めている。一般的には、この規格に従い、平均重合度が450になると思われる時点が油入変圧器の寿命と定義されている。
【0007】
(3)現状の油入変圧器劣化診断方法
変圧器の寿命診断では、コイル絶縁紙の平均重合度を測定または推定することが必要となる。しかし、稼動中の油入電気機器のコイル絶縁紙は簡単に採取することができないため、測定が困難である。
従って、変圧器内部の採取可能な絶縁物(プレスボード、リード絶縁紙)の平均重合度や、絶縁紙の分解過程の生成物であるフルフラールやCO+CO量を測定し、その結果を用いた劣化診断が行われている。これらの劣化診断方法は、後述する非特許文献1や非特許文献2に記載されている。
【0008】
以下、各種の劣化診断方法について略述する。
(イ)重合度法
運転停止中の点検時等に、変圧器内部から絶縁に影響が無い部分のプレスボードやリード絶縁紙を採取して、絶縁紙の劣化度を診断する方法を「重合度法」という。
この重合度法は、採取した絶縁紙の平均重合度から巻線コイルの最も温度が高い箇所(ホットスポット部分)のコイル絶縁紙の劣化度を推定し、寿命を予測する方法である。
【0009】
(ロ)CO+CO法
絶縁紙は、劣化によって水やCO、CO等の種々の有機成分を生成する。劣化指標成分として有効なものとして、平均重合度とも相関性があるCO+CO、更にはフルフラール等がある。このうちCO+CO法では、油中ガス分析を行い、絶縁紙の最終的な劣化生成物であるCO+CO量から平均重合度を推定して劣化診断を行う。
【0010】
(ハ)フルフラール法
セルロースの分解過程でアルデヒド成分のフルフラールが生成される。絶縁油の脱気処理を行ってもフルフラールは85%が油中に残り、気体中に拡散しない。このため、脱気処理の履歴がわかれば、脱気処理をしてあっても利用可能な方法である。
このフルフラール法では、測定したフルフラール量から、図9に示す関係に従って平均重合度を求めているが、フルフラール量に対して平均重合度にかなり幅があるため、劣化度合いの診断結果も大きな幅を持つこととなり、高精度での寿命推定は非常に困難である。
【0011】
また、変圧器油の温度を測定してCO+CO濃度を予測し、その予測値と実際値との差が一定値以上になったときに絶縁劣化を検出するようにした油入電気機器の絶縁診断装置が、特許文献1に記載されている。
また、静止誘導電器の絶縁媒体をガス分析し、分解生成物の種類や生成量、生成比の変化から局部過熱、アーク放電等の異常を検出する静止誘導電器の異常診断方法において、各種分解生成物の生成量を入力データとし、局部過熱、アーク放電等の異常現象を教師データとして学習させたニューラルネットワークを用いて静止誘導電器の異常を診断する方法が、特許文献2に記載されている。
【0012】
【非特許文献1】「経年変圧器の信頼性維持技術の現状と動向」,経年変圧器の信頼性維持技術調査専門委員会,社団法人電気学会技術報告,平成15年3月10日,第922号,p.22−27
【非特許文献2】「第IV編 油入変圧器劣化診断」,電気協同研究,社団法人電気協同研究会,平成11年2月25日,第54巻,第5号(その1),p.158−168
【特許文献1】特開昭63−52071号公報(第2頁左下欄第14行〜第3頁右上欄第13行、第5図等)
【特許文献2】特開平6−82405号公報(段落[0025]〜[0036]、図1,図2等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述した従来技術には以下のような問題がある。
例えば、(1)重合度法は、油入電気機器の劣化度合いを表す平均重合度を、絶縁紙を直接採取することで測定する方法であるが、機器の運転中には実施できず、運転を停止して行わなければならないという問題がある。
また、(2)CO+CO法、(3)フルフラール法では、推定した平均重合度の値に大きな幅があり、精度良い劣化診断は困難である。例えば、図9に示したフルフラール法では、測定したフルフラール量に対する平均重合度残率で約20%の幅があり、これは油入電気機器の余寿命に換算すると数十年に相当する程度の誤差である。このように誤差を生じるのは、油入電気機器の運転状態や設計諸元等の違いによって、フルフラール量や平均重合度の値も影響を受けるためであると考えられる。
なお、特許文献1に記載された絶縁診断装置はCO+CO法を基本とするものであり、フルフラール法と同様に劣化指標成分が少ないため、高精度な診断が困難である。
【0014】
上述したように、従来の劣化診断、絶縁診断は、基本的には絶縁紙の劣化を表す単一の劣化指標成分を用いて劣化診断を行うものであり、運転状態や設計諸元等を総合的に判断する方法ではないため、高精度での推定が困難である。すなわち、例えばフルフラール法の如く単一の劣化指標成分のみを用いる場合には幅を持った推定値しか求められないため、その他の複数の要因を考慮した推定方法の実現が望まれている。
【0015】
一方、複数の要因、因子を総合的に考慮したモデル化の手法として、代表的な統計的手法である重回帰分析や、神経細胞の動きを模擬したニューラルネットワーク手法がある。
このうち、重回帰分析手法は線形モデルであるため、入出力関係が線形、すなわち、直線関係で表される場合にしか精度良いモデルを作ることができない。図9からも分かるように、フルフラール量と平均重合度との関係は直線関係とはいえないため、重回帰分析手法を用いても精度良い推定は望めない。
【0016】
これに対し、ニューラルネットワークは非線形の入出力関係をモデル化できる手法である。しかし、一般的にニューラルネットワークを用いたモデル化(学習)には大量のデータが必要であり、学習に必要なデータ量は適用する問題によっても異なると考えられる。
このため、学習データ量の定量的な必要量について言及することは難しいが、少量のデータで学習させた場合は、学習データのばらつきの影響を強く受けてしまい、学習データに過剰に適合してしまう過学習状態に陥る可能性が高い。このように過学習状態に陥ると、学習データに対してはよく適合するが(誤差が少ない)、未学習データに対しては誤差が大きくなってしまうという問題がある。
例えば、30台分の油入変圧器の平均重合度及びその他の入力データが収集できたと仮定する。これらの30台分のデータを全て用いてニューラルネットワークに学習させた場合、前述した過学習状態になってしまった時には、学習した30台については精度良く学習するが、学習させていない新しい別の変圧器に対しての推定精度は悪くなる。
【0017】
油入電気機器の平均重合度推定にニューラルネットワークを適用する場合には、まず、学習データを収集する必要がある。このときの学習データに求められる要件は、各種の油入電気機器ごとに、学習させる「答え」である平均重合度の測定値と、その時の入力データ、すなわち、フルフラール量やCO+CO量、水分量、運転温度その他の要因が全て必要となる。
一般に、平均重合度の測定は、機器の運転を停止して行う必要があるため、簡単には実施できない、費用がかかる、等の問題があると共に、平均重合度とその他の入力データである入力因子とが全て揃っている必要があることから、これらの学習データを遺漏なく収集するのは容易ではない。
【0018】
従って、少ないデータを効果的に学習させ、未学習の別の変圧器に対しても精度良く平均重合度を推定できる方法の開発が望まれている。
なお、前述した特許文献2に記載された従来技術でも、診断精度を上げようとすると学習データが増加せざるを得ないという問題があった。
【0019】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、油入電気機器の運転を停止することなく、機器の運転中においても高精度な劣化診断を可能とした劣化診断方法を提供することにある。
また、本発明は、数十サンプル程度の少ないデータを用いる場合にも高精度な劣化診断を可能とした劣化診断方法を提供することも目的としている。
前述したように、学習データが少ない場合には過学習に陥りやすい。そこで、本発明では、複数の平均重合度推定モデルを用いて過学習となる状態を積極的に複数作り出し、これらの推定モデルによる複数の推定結果を平均する等の方法で加工(アンサンブル処理)することにより、各推定モデルのばらつきを均一化し、その結果として平均重合度の推定精度を向上させた劣化診断方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するため、請求項1に記載した発明は、絶縁油中に含まれる劣化指標成分の測定値を用いて油入電気機器の絶縁紙の平均重合度を推定して油入電気機器の劣化を診断する方法において、
絶縁油中のフルフラール量,二酸化炭素及び一酸化炭素の量,水分量,酸素量,水素量の各測定値、油入電気機器の運転履歴、保守履歴、及び、油入電気機器の設計諸元の全てまたは一部の組み合わせを入力因子群とし、前記絶縁紙の平均重合度を出力因子として、モデルの同定または学習を行うことにより、異なる平均重合度推定モデルを複数構築し、
診断対象である油入電気機器の前記入力因子群を前記各推定モデルにそれぞれ入力して得られた複数の平均重合度推定値を加工して、前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定するものである。
【0021】
請求項2に記載した発明は、請求項1において、複数の入力因子を任意に組み合わせてなる異なる入力因子群を用いて、異なる平均重合度推定モデルを複数作成するものである。
【0022】
請求項3に記載した発明は、請求項1において、入力因子群が共通する複数のサンプルデータを任意に組み合わせてなる異なるデータセットを用いて、異なる平均重合度推定モデルを複数作成するものである。
【0023】
請求項4に記載した発明は、請求項1〜3の何れか1項において、平均重合度推定モデルとして重回帰式を用いるものである。
【0024】
請求項5に記載した発明は、請求項1〜3の何れか1項において、平均重合度推定モデルとしてニューラルネットワークを用いるものである。
【0025】
請求項6に記載した発明は、請求項5において、ニューラルネットワークの学習時の重み結合の初期値をそれぞれ異ならせたニューラルネットワークを複数構築するものである。
【0026】
請求項7に記載した発明は、請求項5において、中間層の数をそれぞれ異ならせたニューラルネットワークを複数構築するものである。
【0027】
請求項8に記載した発明は、請求項1〜7の何れか1項において、複数の平均重合度推定値を加工して前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する方法として、複数の平均重合度推定値の平均値を、最終的な平均重合度推定値とするものである。
【0028】
請求項9に記載した発明は、請求項1〜7の何れか1項において、複数の平均重合度推定値を加工して前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する方法として、平均重合度推定モデルのモデル化誤差の逆数を加重比率として用いる平均重合度推定値の加重平均値を、最終的な平均重合度推定値とするものである。
【0029】
請求項10に記載した発明は、請求項1〜7の何れか1項において、複数の平均重合度推定値を加工して前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する方法として、最適化手段によって得られる平均重合度推定モデルのモデル化誤差が最小となる比率を加重比率として用いる平均重合度推定値の加重平均値を、最終的な平均重合度推定値とするものである。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、絶縁油に含まれる劣化指標成分に加えて、運転履歴、保守履歴、設計諸元等を用いて構築した複数の重回帰式やニューラルネットワークを平均重合度推定モデルとして利用し、これらの複数の推定モデルによる推定値を加工することで過学習による推定値のばらつきを均一化し、平均重合度の推定精度を向上させることができる。
また、本発明によれば、重合度法では不可能であった機器運転中の劣化診断が可能になると共に、数十サンプル程度の少ないデータを用いる場合にも高精度な劣化診断を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、図に沿って本発明の実施形態を説明する。
まず、図1は本発明の実施形態を示すフローチャートである。この実施形態にかかる劣化診断方法は、過去の実測データ入力ステップ(S1)、重合度(平均重合度)推定モデル構築ステップ(S2)、診断対象の入力データ入力ステップ(S3)、平均重合度推定ステップ(S4)、及びアンサンブル処理ステップ(S5)から構成されている。
以下、上記各ステップの内容を順次説明する。
【0032】
(1)過去の実測データ入力ステップ(S1)
油入電気機器の絶縁紙の平均重合度推定モデルを例えばニューラルネットワークにより構築するために、推定モデルの学習データとして、過去に測定した油入電気機器の実測データを入力する。これらの実測データとしては、絶縁油を分析して得られる各種劣化指標成分の量(例えば、フルフラール量、CO+CO量、水分量、酸素量、水素量等が考えられる)、当該油入電気機器の運転状態(例えば、平均負荷率、絶縁油の交換履歴、絶縁油の脱気処理履歴等の運転履歴、保守履歴が考えられる)、油入電気機器の設計諸元(例えば、絶縁油劣化防止方式、冷却方式、絶縁紙の量、絶縁油の量等が考えられる)、及び、絶縁紙の平均重合度である。
【0033】
(2)重合度推定モデル構築ステップ(S2)
実測データ入力ステップ(S1)にて入力した実測データを用いて、異なる平均重合度推定モデルをニューラルネットワークや重回帰式により複数、構築する。前述した実測データのうち、平均重合度を出力因子として用い、その他の因子を入力因子として用いる。
【0034】
異なる平均重合度推定モデルを複数構築する方法としては、以下のような方法が考えられる。
第1のモデル構築方法は、平均重合度推定モデルを重回帰式の同定により構築する場合に、利用可能な複数の入力因子を任意に組み合わせて異なる入力因子群を形成し、これらの入力因子群を入力とする異なる重回帰式を複数構築する方法である。
【0035】
ここで、図2は、平均重合度推定モデルを重回帰式により構築する場合の各データと入力因子の説明図であり、データ1〜10は、何れも4種類の入力因子1〜入力因子4(便宜的に、これらの各因子が図示するような数値によって表されているものとする)を利用可能となっている。
第1のモデル構築方法において、これら4種類の入力因子1〜4のうち3種類の入力因子を利用する場合を考えると、入力因子2、入力因子3、入力因子4からなる入力因子群を用いて構築される重回帰式1、入力因子1、入力因子3、入力因子4からなる入力因子群を用いて構築される重回帰式2、入力因子1、入力因子2、入力因子4からなる入力因子群を用いて構築される重回帰式3、入力因子1、入力因子2、入力因子3からなる入力因子群を用いて構築される重回帰式4の4種類の重回帰式が考えられる。
これにより、異なる入力因子群を入力とする重回帰式が平均重合度推定モデルとして複数構築される。
【0036】
第2のモデル構築方法は、重回帰式を同定する際に用いるサンプルデータとして、入力因子群を共通にしたデータを任意に組み合わせてなる複数の異なるデータセットを用いることにより、異なる重回帰式を平均重合度推定モデルとして複数構築する方法である。
例えば、先の図2に示した例において、入力因子群が共通する10個のサンプルデータ(データ1〜データ10)が利用可能である場合、10個のサンプルデータのうち9個のサンプルデータを利用する場合を考えると、データ1を用いず、データ2〜データ10を用いて構築される重回帰式1、データ2を用いず、データ1,データ3〜データ10を用いて構築される重回帰式2、同様に重回帰式3〜重回帰式10を平均重合度推定モデルとして構築することができる。
【0037】
上述した第1,第2のモデル構築方法は、ニューラルネットワークを学習させる際にも適用可能であり、その場合には、重回帰式の部分をニューラルネットワークに置き換えればよい。
なお、本実施形態におけるニューラルネットワークとしては、例えば特開2002−42106号公報に記載された構造のニューラルネットワークを用いることができる。このニューラルネットワークは、複数の入力層素子の一部に中間層素子が結合されてなる疎結合部分を有すると共に、出力層素子は線形関数出力を行い、中間層素子は非線形関数出力または線形関数出力をそれぞれ行う構造、あるいは、前記疎結合部分に加えて、すべての入力層素子に中間層素子が結合されてなる一つの全結合部分を有する構造のニューラルネットワークであり、入出力特性の解析結果と実際のニューラルネットワークの入出力特性を一致させることができるものである。
【0038】
次に、第3のモデル構築方法は、ニューラルネットワークを用いて異なる平均重合度推定モデルを複数構築する場合に、ニューラルネットワーク学習時の重み結合の初期値をそれぞれ異ならせる方法である。
一般的にニューラルネットワークの学習は、ランダムに発生させた重み結合の初期値をもとに、最急降下法を応用したバックプロパゲーション法によって学習を行わせる。ここで、バックプロパゲーションによって得られる学習済みニューラルネットワークは、重み結合の初期値が異なれば、最終的に学習が終了したニューラルネットワークの重み結合も異なるものとなる。第3のモデル構築方法では、このニューラルネットワークの重み結合の初期値として、異なる複数の初期値を用いることにより、異なる平均重合度推定モデルを複数構築する。
【0039】
第4のモデル構築方法は、ニューラルネットワークを用いて異なる平均重合度推定モデルを複数構築する場合に、中間層の数がそれぞれ異なる複数のニューラルネットワークを用いるものである。これまで述べてきたニューラルネットワークとは、3階層型のニューラルネットワークを意味しているが、一般的に中間層数については、最適な数を決定する指針は無い。従って、中間層の数を変更することで、同じ入力層及び出力層を用いながら、異なるニューラルネットワークを複数構築することが可能である。
【0040】
なお、上述した各種のモデル構築方法を組み合わせて異なる平均重合度推定モデルを複数構築することも勿論可能である。
【0041】
(3)診断対象の入力データ入力ステップ(S3)
次に、診断対象の油入電気機器について、該当する入力因子を複数の平均重合度推定モデル(同定済みの重回帰式や学習済みのニューラルネットワーク)に入力する。具体的には、絶縁油を分析して得られる各種劣化指標成分の量(例えば、フルフラール量、CO+CO量、水分量、酸素量、水素量等が考えられる)、当該油入電気機器の運転状態(例えば、平均負荷率、絶縁油の交換履歴、絶縁油の脱気処理履歴等の運転履歴、保守履歴が考えられる)、油入電気機器の設計諸元(例えば、絶縁油劣化防止方式、冷却方式、絶縁紙の量、絶縁油の量等が考えられる)等の平均重合度推定モデルの構築(S2)に用いた入力因子に係るデータを、複数の平均重合度推定モデルにそれぞれ入力する。
【0042】
(4)平均重合度推定ステップ(S4)
上記入力ステップ(S3)により入力したデータに対応する平均重合度を、複数の平均重合度推定モデルによってそれぞれ算出する。
【0043】
(5)アンサンブル処理ステップ(S5)
上記推定ステップ(S4)によって得られた複数の平均重合度を加工(アンサンブル処理)して、最終的な平均重合度を推定する。アンサンブル処理の方法としては、以下の第1〜第3の方法が考えられる。
【0044】
第1のアンサンブル処理方法は、複数の平均重合度の単純平均値を算出し、これを最終的な平均重合度として推定する方法である。
【0045】
また、第2のアンサンブル処理方法は、複数の平均重合度推定モデルのモデル化誤差(学習誤差)の逆数を加重比率として用いた平均重合度の加重平均値を、最終的な平均重合度として推定する方法である。
この方法では、平均重合度推定モデルのモデル化誤差として、例えば、モデル化に用いたサンプルデータの誤差の二乗和や絶対値平均誤差等を利用することが考えられる。各推定モデルのモデル化誤差を数式1により表すとすると、各推定モデルの加重平均比率R(i)は、数式2によって表すことができる。
【0046】
[数1]
rr(i), i=1〜n(nはモデル数)
【0047】
【数2】

【0048】
更に、第3のアンサンブル処理方法は、最適化アルゴリズムによって得られる複数の平均重合度推定モデルのモデル化誤差(学習誤差)を最小化するような加重平均比率を求めるものである。最適化アルゴリズムは、本発明の要旨ではないので省略するが、以下の制約条件(数式3)及び目的関数(数式4)のもとでの最適化が可能であれば、何を用いても良い。すなわち、加重平均比率R(i)としては、0〜1の範囲で合計が1となるようにし、学習データに対する誤差の合計値が最小となるような値を算出する。
【0049】
(1)制約条件
【数3】

【0050】
ただし、R(i)はモデルiの加重平均比率
nは平均重合度推定モデルのモデル数
【0051】
(2)目的関数
【数4】

【0052】
ただし、Rst(i)(j)は、モデルiのj番目の学習データのモデル化誤差(学習誤差)
Act(j)は、j番目の学習データの教師値
mは学習データのサンプル数
nは平均重合度推定モデルのモデル数
【0053】
次に、上述した第1〜第3のアンサンブル処理方法を、図3を参照しつつ具体的に説明する。
平均重合度推定モデルとしては、3階層型のニューラルネットワークを20個用い、これらのニューラルネットワークの重み結合の初期値をそれぞれ異ならせることによって異なる平均重合度推定モデルを構築した。
【0054】
図3の各モデル1〜20についての「推定誤差(%)」は、各モデルにおける未学習データに対する推定誤差を示し、「学習誤差(%)」は、各モデルを学習させたときの学習データに対する誤差を示している。
また、図3において符号Aを付した「平均」及びその推定誤差は、第1のアンサンブル処理方法によるものであり、モデル1〜20による平均重合度の単純平均値の未学習データに対する推定誤差である。なお、各モデル1〜20についての「加重比率(平均)」は、符号Aの「平均」を求めるための加重比率を意味しており、すべて1/20=0.05となっている。
【0055】
更に、図3において符号Bを付した「加重平均」及びその推定誤差は、第2のアンサンブル処理方法によるもので、学習誤差(%)の逆数をもとに算出した加重平均による推定誤差である。なお、各モデル1〜20についての「加重比率(加重平均)」は、符号Bの「加重平均」を求めるための加重比率を意味しており、それぞれの学習誤差(%)の逆数の概数となっている。
また、図3において符号Cを付した「最適化」及びその推定誤差は、第3のアンサンブル処理方法を用いた場合の加重平均による推定誤差であり、各モデル1〜20についての「加重比率(最適化)」は、符号Cの「最適化」を求めるための加重比率を意味している。
【0056】
図3には、モデル1〜20と、「平均」、「加重平均」、「最適化」との23通りのモデルによる推定誤差(未学習データに対する誤差)が示されており、これらの23個のモデルの中で推定誤差が最も小さいものが、未学習データに対する誤差が最も小さく、最も良い方法であるといえる。
【0057】
本実施形態の具体的な適用手順を考えると、まず、学習用のデータを集めてニューラルネットワークの学習を行う。平均重合度の推定時には、学習済みのニューラルネットワークに、未学習である新しい診断対象の油入電気機器のデータ(フルフラール量等の劣化指標成分その他の入力データ)を入力し、平均重合度を出力する。これらの未学習データに対しての推定精度が良くなければ、いくら学習データに対する誤差が少なくても意味が無い。
モデル単体では、図3における最良の結果であるモデル16と最悪の結果であるモデル19の推定誤差は6.98%〜30.67%と広い幅があるため、ニューラルネットワークが非線形モデル化能力に優れているといっても、学習データが少ないために、ニューラルネットワークの学習時における重みの初期値の違いにより良いモデルができる可能性もあるが、良くないモデルができる可能性もあることを示している。
【0058】
また、推定誤差が最も小さいモデル16の学習誤差は1.56%とかなり小さくなっているが、同様に学習誤差が小さいモデル1(学習誤差1.51%)、モデル5(学習誤差1.39%)、モデル18(学習誤差1.56%)の推定誤差は、それぞれ、13.77%、21.62%、15.69%となっており、学習誤差が小さいからといって、推定誤差が小さいわけではないことが分かる。
【0059】
一方、20個のモデルによる推定結果を用いてアンサンブル処理を行う本実施形態において、複数の平均重合度推定値の単純平均値を最終的な平均重合度推定値とする第1のアンサンブル処理方法では、推定誤差が13.37%になり、また、複数の平均重合度推定モデルのモデル化誤差の逆数を加重比率として用いた平均重合度推定値の加重平均値を最終的な平均重合度推定値とする第2のアンサンブル処理方法では、推定誤差が12.92%になり、更に、最適化アルゴリズムによって得られる平均重合度推定モデルのモデル化誤差を最小化するような比率を加重比率として用いた平均重合度推定値の加重平均値を最終的な平均重合度推定値とする第3のアンサンブル処理方法では、推定誤差が11.63%になるため、モデル1〜モデル20をそれぞれ単体で用いる場合の推定誤差に比べて、良好な結果が得られている。
なお、上述した第1〜第3のアンサンブル処理方法では、推定誤差が必ずしも20個のモデルの推定誤差の最良値(モデル16の推定誤差である6.98%)以下となるわけではないが、モデル単体での最悪の結果であるモデル19(推定誤差が30.67%)よりは大幅に推定精度が向上することが確認された。
【0060】
ここで、図4は従来のフルフラール法による平均重合度推定の概念図、図5は本実施形態による平均重合度推定の概念図である。
図4のフルフラール法では、前述したように、あるフルフラール量Fに対する平均重合度残率がG1〜G2の幅を持つため、平均重合度の推定精度が低い。
これに対し、本実施形態ではフルフラール量、CO+CO量、水分量、酸素量、水素量等の測定値や油入電気機器の運転履歴等を入力因子として複数のニューラルネットワークNN1,NN2,……により平均重合度をそれぞれ推定し、これらの推定値を種々の方法でアンサンブル処理することで最終的な平均重合度を推定するため、より高精度な絶縁紙の劣化診断を行うことが可能である。
【0061】
最後に、本実施形態を実現するためのシステム構成例について図6を参照しつつ説明する。
このシステムは、データ入力手段11、学習用データベース12、推定用データベース13、学習手段14、ニューラルネットワーク15、推定手段16、アンサンブル手段17、推定結果18及びデータ出力手段19から構成されており、実際のシステム構成としては、パーソナルコンピュータ等の汎用電子計算機及びこの計算機に実装されたプログラムとして実現可能である。なお、図6における学習手段14及び推定手段16は、主としてプログラムにより実現される機能である。
【0062】
データ入力手段11は、ネットワーク上の他の計算機と連携して種々のデータを入力したり、画面系からキーボードを用いて入力することもできる。また、リムーバブルな電子的記憶媒体を用いて入力することも可能である。これらの入力データは、油入電気機器の実測データであり、前述した如く絶縁油を分析して得られる各種劣化指標成分量、当該油入電気機器の運転履歴、保守履歴、設計諸元、及び、絶縁紙の平均重合度(学習用データベース12にのみ教師値として入力)である。
このデータ入力手段11から入力されたデータは、記憶装置からなる学習用データベース12及び推定用データベース13に蓄積される。学習手段14は、学習用データベース12に蓄積されたデータを用いて、複数のニューラルネットワーク15(NN1,NN2,……)に学習させる。
【0063】
平均重合度の推定時には、推定用データベース13のデータ(入力因子)を複数のニューラルネットワーク15に入力し、個々のニューラルネットワーク15及び推定手段16により平均重合度をそれぞれ推定すると共に、これらの推定値をアンサンブル手段17に入力して前述した第1〜第3の何れかのアンサンブル処理を行い、最終的な平均重合度の推定結果18を算出する。
データ出力手段19は、前記推定結果18をCRTや液晶ディスプレイ上に表示したり、プリンタ装置等を用いて印字出力するものである。
なお、上記のシステム構成例はあくまでも例示的に示したものであり、他の形態のシステム構成によっても本発明は実現可能である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の実施形態を示すフローチャートである。
【図2】平均重合度推定モデルを重回帰式またはニューラルネットワークにより構築する場合の各データ及び入力因子の説明図である。
【図3】モデル1〜20を単体で用いた場合と本発明の実施形態によるアンサンブル処理を行った場合の推定誤差等の説明図である。
【図4】従来のフルフラール法による平均重合度推定の概念図である。
【図5】本発明の実施形態による平均重合度推定の概念図である。
【図6】本発明の実施形態を実現するためのシステム構成図である。
【図7】セルロースの化学構造式を示す図である。
【図8】日本電機工業会規格に規定されたコイル絶縁紙の平均重合度の評価基準を示す図である。
【図9】フルフラール量と平均重合度との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0065】
11:データ入力手段
12:学習用データベース
13:推定用データベース
14:学習手段
15:ニューラルネットワーク
16:推定手段
17:アンサンブル手段
18:推定結果
19:データ出力手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁油中に含まれる劣化指標成分の測定値を用いて油入電気機器の絶縁紙の平均重合度を推定し、この平均重合度により油入電気機器の劣化を診断する方法において、
絶縁油中のフルフラール量,二酸化炭素及び一酸化炭素の量,水分量,酸素量,水素量の各測定値、油入電気機器の運転履歴、保守履歴、及び、油入電気機器の設計諸元の全てまたは一部の組み合わせを入力因子群とし、前記絶縁紙の平均重合度を出力因子として、モデルの同定または学習を行うことにより、異なる平均重合度推定モデルを複数構築し、
診断対象である油入電気機器の前記入力因子群を前記各推定モデルにそれぞれ入力して得られた複数の平均重合度推定値を加工して、前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定することを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項2】
請求項1記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
複数の入力因子を任意に組み合わせてなる異なる入力因子群を用いて、異なる平均重合度推定モデルを複数構築することを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項3】
請求項1記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
入力因子群が共通する複数のサンプルデータを任意に組み合わせてなる異なるデータセットを用いて、異なる平均重合度推定モデルを複数構築することを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
平均重合度推定モデルとして重回帰式を用いることを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項5】
請求項1〜3の何れか1項に記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
平均重合度推定モデルとしてニューラルネットワークを用いることを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項6】
請求項5記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
ニューラルネットワークの学習時の重み結合の初期値をそれぞれ異ならせたニューラルネットワークを複数構築することを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項7】
請求項5記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
中間層の数をそれぞれ異ならせたニューラルネットワークを複数構築することを特徴とする油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか1項に記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
複数の平均重合度推定値を加工して前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する方法として、複数の平均重合度推定値の平均値を、最終的な平均重合度推定値とすることを特徴とした油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項9】
請求項1〜7の何れか1項に記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
複数の平均重合度推定値を加工して前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する方法として、平均重合度推定モデルのモデル化誤差の逆数を加重比率として用いる平均重合度推定値の加重平均値を、最終的な平均重合度推定値とすることを特徴とした油入電気機器の劣化診断方法。
【請求項10】
請求項1〜7の何れか1項に記載の油入電気機器の劣化診断方法において、
複数の平均重合度推定値を加工して前記絶縁紙の最終的な平均重合度を推定する方法として、最適化手段によって得られる平均重合度推定モデルのモデル化誤差が最小となる比率を加重比率として用いる平均重合度推定値の加重平均値を、最終的な平均重合度推定値とすることを特徴とした油入電気機器の劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−308515(P2006−308515A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−134155(P2005−134155)
【出願日】平成17年5月2日(2005.5.2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年3月17日 社団法人電気学会発行の「平成17年電気学会全国大会 講演論文集[4] パワーエレクトロニクス/産業システム」に発表
【出願人】(591083244)富士電機システムズ株式会社 (1,717)
【Fターム(参考)】