説明

油脂の接触分解方法

【課題】 劣化した廃食油や不純物を含む油脂等から高品質のディーゼルエンジン用として適した燃料を、低コストで副生物なく合成し得る油脂等の接触分解方法を提供すること。
【解決手段】粒粉状の固体酸触媒を反応容器中、350℃〜450℃の温度域に加熱し、該固体酸触媒に液状の油脂を接触させて前記油脂から含酸素成分を除去し、炭素数10〜25のオレフィンおよびパラフィンを主成分とするディーゼルエンジン等の燃料として好適な炭化水素混合物を合成する接触分解方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動植物油脂またはその廃食油の接触分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の石油需給の長期的展望からまた、化石燃料の多量消費による地球温暖化に起因する気候変動を緩和し持続性のある良好な地球環境とするために、カーボンニュートラル(大気との間で二酸化炭素の収支がゼロ)な、バイオマスを原料とする内燃機関用等の燃料を得る技術の研究開発が課題となっている。
【0003】
このような課題を解決する技術的手段の1つとして、脂肪酸メチルエステル(FAME:fatty acid methyl ester)化法が欧州等で広く導入されつつある。この脂肪酸メチルエステル化法は、原料油脂とアルコール(メタノール)をエステル交換反応させることによって、ディーゼルエンジン用燃料を得るものである(非特許文献1参照)。
【0004】
もう1つの技術的手段として、水素化処理法がある。この技術は従来の石油精製プロセスである水素化技術を応用したもので、10MPaといった高圧下に水素化処理することにより原料油脂中の酸素が主として水として離脱し軽質化するとともに原料油脂由来の不飽和結合を飽和化し、軽油の沸点範囲の炭化水素油を得るものである(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】ENEOS Technical Review 第49巻 第2号(2007年6月)
【0005】
また、流動接触分解(FCC:fluid catalytic cracking)装置を用いて、植物または動物由来の油脂といったバイオマスを、固体酸の一種であるゼオライトを触媒として接触分解し、ガソリン分を主体とするエンジン用燃料を得るようにした反応プロセスが開示されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2007−177193号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
脂肪酸メチルエステル(FAME)化法による場合、大過剰のメタノールを必要とし処理コストが高くまた、グリセリンおよび使用済み触媒を副生物として生成するほか残渣を生成する問題がある。同時に原料油の中の不純物(例えばジエン類、水酸基など)が生成物中に残留し、生成油は空気などに対して不安定となる。
【0007】
一方、水素化処理法による場合、得られる燃料の凝固点が+20℃と高く流動性が悪くわけても寒冷地での使用に問題があり、現在、軽油に5%以下の条件で混合されている。また、軽油にグリセリンが混入し安定性が悪いという問題もある。
【0008】
他方、特許文献1に開示されている先行技術の場合、反応プロセスにおける流動層の存在を必須としているほか、触媒再生プロセスが不可分に結合して触媒が循環する流動接触分解(FCC)装置を必須としている。而して、触媒の再生は640℃〜720℃の温度域でコークを燃焼させることによってなされ、それによって加熱された触媒によって原料油の加熱・気化が行われて、480℃〜540℃の温度域でかつ、1kg/cmG〜3kg/cmGの圧力下に流動接触分解反応が遂行される。
【0009】
このように、流動接触分解(FCC)装置を必須とする反応プロセスは大掛かりな石油精製プロセスを前提としたものであり、油脂を単独で処理する場合には処理コストが高いという問題がある。また、この反応プロセスで得られる燃料は、ガソリンを主体とするものである。
【0010】
本発明は、劣化した廃食油や不純物を含む油脂等から主としてディーゼルエンジン用燃料に適した内燃機関等に用いられる高品質の燃料を、低コストで副生物なく合成し得る油脂の接触分解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための請求項1に記載の発明は、粒粉状の固体酸触媒を反応容器中、350℃〜450℃の温度域に加熱し、該固体酸触媒に液状の油脂を接触させて前記油脂から含酸素成分を除去し、炭素数9〜24のオレフィンおよびパラフィンを主成分とする炭化水素混合物を合成するようにした油脂の接触分解方法である。
【0012】
請求項2に記載の発明は、固体酸触媒が、FCC触媒である請求項1に記載の油脂の接触分解方法である。
【0013】
請求項3に記載の発明は、固体酸触媒が、FCC廃触媒である請求項1に記載の油脂の接触分解方法である。
【0014】
請求項4に記載の発明は、油脂が、廃食油である請求項1に記載の油脂の接触分解方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、劣化した廃食油或いは不純物を含む油脂等から凝固点が−20℃前後の流動性に優れたディーゼルエンジン用燃料を、高い収率で合成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において、処理対象とする出発原料は油脂であって、パーム油、菜種油、コーン油、大豆油といった植物油、ラード等の動物油およびこれらの廃食油を対象とすることができる。これら原料(油脂)を200℃以下の温度域に予熱しておくことが好ましく、この予熱油脂を350℃〜450℃に加熱された固体酸触媒に接触させると、1分間〜2分間で軽油、灯油を主体とする可燃性ガスおよび炭酸ガスを生成する。
【0017】
本発明においては、反応容器内を大気圧或いはそれ以上の圧力、好ましくは1MPa以下の圧力として、固体酸触媒を350℃〜450℃の温度域に加熱し、この高温固体酸触媒に油脂を噴霧或いは滴下して、好ましくは撹拌して接触分解反応を進行せしめる。
【0018】
反応容器内の圧力は、正圧でなければならない。本発明においては、接触分解反応によって軽油、灯油を主体とする可燃性ガスを生成し、この可燃性ガスに満たされた反応容器内に空気が供給されると、着火、爆発の危険があるから少なくとも大気圧、好ましくは1.1×10Pa以上の圧力である必要がある。この反応容器内圧力を維持するために、たとえば窒素ガスといった不活性ガス或いは水蒸気を前記1.1×10Pa以上の圧力で充填しておくとよい。また、反応容器内圧力は、1MPaG以下であることが好ましい。1MPaGを超える高圧になると、ハードウエアを高圧ガスに耐えるものにする必要があり、装置が大掛かりかつ複雑なものとなりコストの面で好ましくない。
【0019】
固体酸の加熱温度は350℃〜450℃である。350℃に満たない温度では反応の進行が遅くなり、生産性を低下させる。一方、450℃を超える高温では分解物の種類が多くなり、本発明で目標とする炭素数9〜24のオレフィンおよびパラフィンを主成分とする炭化水素混合物である軽油、灯油の生成量を減少せしめる。さらに、500℃を超える温度になると、触媒なしに油脂を分解する領域となり、ガス、コークの生成量が増加し本発明で目標とする軽油、灯油の収量を減じる。
【0020】
本発明においては固体酸を触媒としているが、固体酸としては、FCC触媒、FCC廃触媒のほか、活性白土、酸性白土、γ−アルミナ、合成シリカ・アルミナ、ゼオライト、セピオライト、ジルコニウム・タングステン、固体燐酸などを用いることができる。
【0021】
本発明においては、油脂わけても廃食油からディーゼルエンジン用燃料として用いられ得る軽油や灯油を主体とする燃料を得ることを眼目としているから、触媒の酸があまり強くなくまた、分子量を低下させる炭素−炭素結合の分解を抑えつつ直鎖構造から分枝を出す異性化、酸素(O)を主としてCOとして原料から取り除く反応に適した触媒であることが好ましい。
【0022】
廃食油たとえば天ぷら油は、大気中、加熱を繰り返し受けるから酸敗による酸素原子を含有する酸性物質を多く随伴している。廃食油におけるこのような不純物を分解し、酸性物質のない、軽油や灯油を主体とする燃料とすることができる触媒であることが必要である。
【0023】
このような目的に沿う触媒として、FCC廃触媒を好適に用いることができる。FCC廃触媒を本発明の油脂の接触分解プロセスに適用するときは、反応開始後9時間を経過しても活性劣化は殆どなくまた、触媒の酸性が反応に使用したため弱くなっており、さらにコークが原料の2%〜3%付着しており、このことに起因して触媒は弱酸であり原料の分解を過度に進行せしめることなくまた、接触分解後の生成物中のOH、−OOH、COOHが0.2wt%以下である。さらに、芳香族炭化水素は5wt%程度である。
【0024】
一方、FCC廃触媒は直鎖の異性化をよく行うから生成物である軽油、灯油を主体とする炭化水素(燃料)は凝固点が低く(−20℃)、寒冷地での使用も可能なディーゼルエンジン用燃料とすることができる。
【0025】
反応形式としては、固定床とし触媒層を予め形成して加熱し、油脂を滴下または噴霧して接触分解する方式や流動床を用いる方式、ロータリキルン方式、撹拌方式などを用いることができる。
【0026】
発明者らは、本発明の油脂の接触分解においては、固体酸触媒上で複数の反応が同時併行的に進行していると考えている。即ち、固体酸触媒上で、
【0027】
【化1】

【0028】
の反応のほか
【0029】
【化2】

【0030】
の反応も同時併行的に進行する。即ち、(化1)に示す反応にあっては、予め高温に加熱されている固体酸触媒たとえばFCC廃触媒に接触させて原料油脂たとえば廃食油を350℃〜450℃の温度域とすることによって、油脂中の酸素と炭素が結合してCOを生成するとともにオレフィン((化1)におけるRH)と主としてコークの前駆体およびガス状炭化水素を生成し、このCが芳香族炭化水素へ変化し、触媒上に水素を生成する。前記オレフィン((化1)におけるRH)が本発明におけるバイオディーゼル燃料であり、新バイオディーゼル燃料と呼ぶべきものである。
【0031】
(化2)に示す反応にあっては、油脂たとえば廃食油が触媒上の水素と反応してオレフィン(RH)と一酸化炭素または、パラフィン(RCH)とHOを生成する。(化2)におけるCH、CHはプロパンである。
【実施例1】
【0032】
図1に、この実施例で用いた反応装置を示す。図1において、1はオートクレーブであり、この実施例において用いたものは、内容積:150mlである。オートクレーブ1は、攪拌機2、ヒータ3、および雰囲気用ガス装入孔6を具備している。4は廃食油容器、5はポンプであって、廃食油容器4から廃食油をオートクレーブ1内に注入すべく機能する。7はオートクレーブ出口である。8はコンデンサ(凝縮器)であり、冷却水入口81から冷却水出口82への冷却水流中をスパイラルに管が配設され、この管中でガス状の軽油、灯油等が冷却され液化される。9は受容器であって、軽油、灯油等の接触分解生成物をコンデンサ8から受容、貯蔵する。
【0033】
図1に示す反応装置を用いて、雰囲気用ガスとして窒素(N)ガスを100ml/minオートクレーブ内に注入しながらヒータ(電気ヒータ)3によって、オートクレーブ1内に装入した固体酸触媒、この実施例においては、20gのFCC廃触媒を420℃〜440℃に加熱するとともに攪拌機2によって機械的に撹拌しつつ表1に示す、大豆油と菜種油からなる廃食油をおよそ1ml/min(0.884g/min)の流量で油状のままポンプ5によってオートクレーブ1内に注入した。オートクレーブ1出口7からの油状物をコンデンサ8内で冷却し、凝縮した油状物を受容器9で採取した。油状物は少量の水層と多量の油層に分離した。この反応操作を連続9時間行った。用いた廃食油の量は総計477.36gであった。
【0034】
【表1】

【0035】
得られた油状物は、淡黄色で軽油程度の粘度をもつ透明な液体であった。また、コンデンサ8で液化せず、窒素(N)ガスと共に流出したガス状物を、ドライアイスで冷却した深冷トラップに捕集した。液状物の流出量は、表2に示す通りであった。この淡黄色の透明な液状物は、−5℃程度までスムーズに流動した。
【0036】
【表2】

【0037】
生成した油状物のIR分析を行った結果、水酸基およびカルボニル基は検出されず、芳香族C−H結合、パラフィンC−H結合、およびビニルC−H結合に特有な吸収帯が観測された。また、油状物のGC−MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)を行った結果、図2に示す炭素数分布が認められた。図2から明らかなように、少量の芳香族炭化水素(4wt%〜5wt%)、直鎖および分枝状の炭化水素(オレフィン:20wt%〜40wt%、パラフィン:60wt%〜80wt%)であった。
【0038】
一方、深冷トラップで凝縮した液体中の油状物は9時間の反応で25.5gで、主成分は炭素数3〜6のパラフィンおよびオレフィンであった。
【実施例2】
【0039】
原料として、廃食油に代えて未使用の市販サラダオイルを用いて実施例1におけると同様の実験を行った。オイル投入量93.2g(100ml)に対して40.3gの油状物を得、また、生成した油状物の分析(GC/MSによる)結果は図3の通りであり、主として灯油、軽油分であった。GC/MSによる分析の結果、生成炭化水素中の芳香族分は約5wt%、オレフィン類:約25wt%、パラフィン類:約70wt%であった。
【実施例3】
【0040】
反応温度を500℃〜520℃とすることの他は、実施例1におけると同様の接触分解を行った。その結果、全体の生成物の炭素数分布は以下の通りとなった。また、C〜C18炭化水素中の芳香族炭化水素は約3.0wt%であった。
〜C炭化水素 25wt%
〜C10炭化水素 45wt%
11〜C18炭化水素 17wt%
19+ 7wt%
触媒上残留物 6wt%
【0041】
[比較例1]
廃FCC触媒を用いる代わりに、同量の水酸化カルシウムを用いて実験した。留出油の収率は送入油分の約15wt%で、水酸化カルシウムは塊状物質に変化した。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明を実施するときの装置の一例を示す模式図
【図2】本発明の一実施例に係る油脂の接触分解プロセスによって得られた油状物のGC/MS分析による炭素数分布を示すクロマトグラフ
【図3】本発明の他の実施例に係る油脂の接触分解プロセスによって得られた油状物のGC/MS分析結果を示すクロマトグラフ
【符号の説明】
【0043】
1 オートクレーブ
2 攪拌機
3 ヒータ
4 廃食油容器
5 ポンプ
6 雰囲気用ガス装入孔
7 オートクレーブ出口
8 コンデンサ
81 冷却水入口
82 冷却水出口
9 受容器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粒粉状の固体酸触媒を反応容器中、350℃〜450℃の温度域に加熱し、該固体酸触媒に液状の油脂を接触させて前記油脂から含酸素成分を除去し、炭素数9〜24のオレフィンおよびパラフィンを主成分とする炭化水素混合物を合成するようにしたことを特徴とする油脂の接触分解方法。
【請求項2】
固体酸触媒が、FCC触媒である請求項1に記載の油脂の接触分解方法。
【請求項3】
固体酸触媒が、FCC廃触媒である請求項1に記載の油脂の接触分解方法。
【請求項4】
油脂が、廃食油である請求項1に記載の油脂の接触分解方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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