説明

油脂生産能の高い微生物株の選抜方法

【課題】微生物油脂の生産効率を向上させることができる新規な手段を提供すること。
【解決手段】油脂生産能を有する微生物を培養し、細胞外多糖の生産量が少ない株を選抜することを含む、油脂生産能の高い微生物株の選抜方法を提供した。本発明の方法では、例えば、リポミセス属酵母などの微生物を変異処理し、細胞外多糖の生産量が少ない変異株を選抜する。本発明の方法で得られた微生物株は、親株よりも油脂生産能が向上しており、沈降性にも優れているので、微生物油脂の製造に非常に有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂生産能の高い微生物株の選抜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油に依存していたエネルギーについての代替燃料の開発が行われている。その中でも再生可能なバイオマスを原料とするエネルギー物質の生産が注目されている。バイオ燃料にはさまざまあり、バイオディーゼル燃料(BDF)と呼ばれるディーゼル燃料の代替燃料もそれらのうちの1つである。通常、BDFの原料は植物油脂からなるトリグリセライドであり、パーム油、大豆油、菜種油、ひまわり油などが使用される。また、使用済みの廃油などもその原料として使われる。
【0003】
現在、木質系のバイオマスを利用した液体燃料の醗酵生産は主にエタノールへの変換が盛んに行われている。ここで生産されるエタノールはガソリン代替燃料として使用される。木質系バイオマスを利用した液体燃料代替原料の生産を行うとき、多くの場合ヘミセルロースの未利用問題がある。特に酵母サッカロマイセス・セレビジエを用いたエタノール醗酵では、その問題は顕著である。
【0004】
一方、ディーゼル代替燃料であるBDFの生産は主に植物油からの生産であり、微生物による醗酵生産は行われてない。しかし、微生物による油脂の生産が可能となれば、植物による油脂生産に比べ莫大な量のBDF原料が1年間に生産されることは想像に難くない。従って、これらBDF原料を微生物発酵により生産することで、木質系のバイオマスから多くの油脂原料を生産することが期待できる。
【0005】
酵母による油脂の生産については、培養法の最適化などで油脂生産効率を向上する事ができる(特許文献1)。
【0006】
一方、油脂を高含有する酵母のうち、リポミセス属酵母は、菌体外に大量の多糖を生産する事が知られている。これら多糖は土壌改良剤として有効である事が知られており(特許文献2)、その高生産に関わる取組みも行われている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−158219号公報
【特許文献2】特許第3042564号公報
【特許文献3】特許第3553128号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】バイオマスハンドブック、平成14年9月20日、オーム社発行、第138〜143頁
【非特許文献2】バイオマスハンドブック、平成14年9月20日、オーム社発行、第157〜165頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、微生物油脂の生産効率を向上させることができる新規な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、油脂生産能のある微生物において、細胞外多糖を油脂生産の副産物として捉えた。酵母が摂取した糖類が大量に菌体外多糖に変換される事は、油脂生産効率に好ましくなく、多糖を作らないことで油脂の生産が増えるのではないかと考えた。この考えに基づいて鋭意研究した結果、変異処理した酵母から細胞外多糖の生産量が少ない株を選抜することで、親株よりも油脂生産効率が向上した菌株を得ることができることを見出し、本願発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、油脂生産能を有する微生物を培養し、細胞外多糖の生産量が少ない株を選抜することを含む、油脂生産能の高い微生物株の選抜方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により選抜された、油脂生産能の高い微生物を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の微生物を培養し、該微生物が生産した油脂を回収することを含む、油脂の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、油脂生産能の高い微生物を取得できる新規な手段が提供された。本発明の選抜方法で取得された微生物株は、沈降性にも優れるため、微生物油脂の回収にも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】グルコースを炭素源とする培地中で変異株101-2及び親株を培養したときの油脂生産量を示すグラフである。
【図2】寒天プレート上での変異株及び親株の形態を示す写真である。
【図3】キシロースを炭素源とする培地中で変異株8-4及び親株を培養した時の油脂生産量を示すグラフである。
【図4】実施例3で行なった沈降性試験の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の選抜方法に供される微生物は、油脂生産能を有する微生物であって、本来的に細胞外多糖を生産する微生物であれば特に限定されない。そのような微生物の代表例として酵母を挙げることができる。より具体的には、例えば、リポミセス(Lipomyces)属、オイディウム(Oidium)属、エンドミセス(Endomyces)属、カンディダ(Candida)属、ロドトルラ(Rhodotorula)属、クリプトコッカス(Cryptococcus)属及びロドスポリディウム(Rhodosporidium)属に属する酵母を挙げることができる。その中でもとりわけリポミセス属酵母が好ましい例として挙げられる。これらの酵母は、トリアシルグリセロール(中性脂肪)を生産し菌体内に蓄積する。構成脂肪酸はオレイン酸、パルミチン酸、リノール酸、リノレン酸、パルミトレン酸、ステアリン酸で、オレイン酸の比率が高く続いてパルミチン酸比率が高いことが知られている。
【0015】
本発明の方法では、微生物を培養し、細胞外多糖の生産量が少ない株を選抜する。寒天培地に微生物を播種してコロニーを形成させれば、細胞外多糖の生産量を目視で確認できる。細胞外多糖を多量に生産する株は、粘稠性のあるコロニーを形成するので(図2左参照)、粘稠性のない又は少ないシングルコロニー(図2右参照)を選抜すればよい。
【0016】
自然界から取得した微生物をそのまま本発明の選抜方法に供してもよいが、本発明の方法では、油脂生産能を有する野外分離株や公知の微生物株を変異処理し、細胞外多糖の生産量が低下した変異株を選抜することが好ましい。変異処理は特に限定されず、微生物の突然変異誘発に通常用いられるいずれの方法でも用いることができる。変異原の具体例としては、紫外線、エックス線、イオンビーム、ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホネート等が挙げられるが、これらに限定されない。当業者であれば、使用する変異原の種類に応じて適宜処理条件を選択し、容易に実施することができる。
【0017】
例えば、下記実施例では、リポミセス属酵母であるリポミセス・スターキー(Lipomyces starkeyi)を紫外線処理し、細胞外多糖の生産の少ない変異株を選抜している。使用した酵母株は、野外の土壌から分離されたものであり、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに2011年2月24日付で受領番号NITE AP-1070で寄託されている。
【0018】
細胞外多糖の生産量を指標に選抜した後、選抜後の各株について、液体培地中で培養して実際に油脂生産能を調べ、これに基づいてさらに選抜を加えてよい。例えば、下記実施例では、プレート上での選抜の後、グルコースを炭素源とする液体培地を用いて2次選抜を行なうことで、グルコース培地中での油脂生産能が親株の約2倍に向上する変異株101-2が得られている。油脂生産能は、例えば、微生物株による油脂生産量及び消費した糖量を調べ、消費した糖量(g)当たりの油脂生産量(g)すなわち糖変換率として評価することができる。あるいは、微生物株による油脂生産量及び培地中の乾燥菌体重量を測定し、油脂含有率を算出して評価することができる。糖変換率及び油脂含有率は、下記の式で算出することができる。
糖変換率=(油脂生産量/消費糖量)
油脂含有率=(油脂生産量/乾燥菌体重量)
【0019】
微生物の培養に用いる培地は特に限定されず、微生物の種類に応じて適当な培地を選択できる。通常、炭素源となる糖類と、微生物の培養に一般に用いられる微量成分を補足する栄養分、例えば酵母エキス、牛肉エキス及び麦芽エキス等の栄養分を含有する培地を用いる。糖類としては特に限定されず、例えばグルコース、キシロース、キシリトール、キシルロース、アラビノース、マンノース、ソルビトール、スクロース、フラクトース、マルトース等の単糖類及び二糖類を用いることができる。さらに、これらが重合した多糖類、すなわちセルロース、デンプン、キシラン、アラビナン、アラビノキシラン等を用いることもできる。これらの糖類は単独で使用してもよいし、また2種以上を混合して用いてもよい。また、木材の糖化液を利用することもできる。糖類濃度は適宜選択でき、特に限定されないが、通常、単糖類の場合で概ね1%〜20%程度である。
【0020】
本発明の方法で選抜された微生物株を培養し、細胞内に蓄積した油脂を回収することで、微生物油脂を効率よく製造することができる。細胞内からの油脂の回収方法は特に限定されず、例えばガラスビーズによる物理的破砕や有機溶媒による抽出により回収することができる。本発明の微生物株は、培養液の粘度が低く、沈降性にも優れているので、低速の遠心分離で容易に微生物体を回収できる。あるいは、微生物株が生産した油脂を体外に排出する性質を有する場合には、培養液から遠心分離等の簡便な操作により効率良く油脂を回収することができる。
【0021】
2次選抜工程を経て取得された微生物株を油脂の製造に用いるときは、培地の炭素源として、2次選抜時の培地に用いたのと同じ糖類を使用することが望ましい。例えば、下記実施例で取得された変異株101-2を用いて微生物油脂を製造する場合であれば、該変異株はグルコースを炭素源として含む培地で培養するとその高い油脂生産能を好ましく発揮できるため、グルコースを含む培地で培養して油脂を回収することが望ましい。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0023】
実施例1
野外から分離したLipomyces starkeyi(受領番号NITE AP-1070)を液体YM培地(1% Glucose, 0.5% peptone, 0.3% Yeast extract, 0.3% malt extract)で25℃、3日間、L字管(5mL)で振とう培養後、集菌して蒸留水で洗浄した。これを蒸留水に懸濁し、撹拌下、生存率約10%のUV処理条件(すなわち、Sanyo社製クリーンベンチ(MCV-710ATS)UV殺菌等下(50cm)で90秒)でUV処理を行なった。処理後の菌体をYM寒天プレート(1% Glucose, 0.5% peptone, 0.3% Yeast extract, 0.3% malt extract, 1.5% agar)上に播種して25℃、約7日間培養し、生育したコロニーの中から多糖の少ない株を取得した。完全に分離されていないコロニーについては、数回寒天培地に継いだ後、明らかに菌体外多糖形成の見られないコロニーを候補株として単離した。約120枚のプレートから52株を取得した。これら菌株をL字管(5mL)にて培養してOD・乾燥菌体重量・油脂生産量・残糖量を測定し、油脂含有率・糖変換率を算出した。油脂生産能力が高い株をさらに選抜するため、候補菌株数を絞り2次スクリーニングを行なった。
【0024】
2次スクリーニングでは、選抜した変異株および変異前の親株の前培養液をグルコースを炭素源とする培地(YD培地;Glucose10%, Yeast extract1%)75 mlに初期OD660=0.1になるように殖菌し、150 rpm、25℃で培養した。撹拌振とう器はTAITEC Bio-Shaker BR-300LFを使用した。その結果、親株と比較して油脂生産効率の向上が期待できる株を4株選抜した。
【0025】
特に変異株101-2については最も油脂生産効率の向上が認められたため、再度同じ条件で培養して親株と油脂生産量の比較を行なった。その結果、親株に比べ約2倍の油脂生産量を示した(図1)。また、取得した変異株は親株と比べ著しく菌体外多糖の形成が減少している事が寒天プレート培養でも明らかであった(図2)。
【0026】
実施例2
実施例1で選抜した変異株及び親株について、キシロースを炭素源とする培地(YX培地;Xylose10%, Yeast extract1%)75 mlで培養し(150 rpm、25℃)、油脂生産能力を変異前の親株と比較した。その結果、変異株8-4で最も油脂生産効率の向上が認められた。同じ条件で培養した親株との油脂生産量の比較を図3に示す。
【0027】
実施例3
実施例1で選抜した変異株および親株の培養液の遠心分離後の上清の粘度を、小型振動式粘度計CJV5000 (株式会社 エー・アンド・デイ) を用いて測定したところ、変異株の培養液上清の粘度は著しく低下していた。そこで、それぞれの培養液を遠沈管に入れ、3000rpm(1200G)、20分の条件で遠心分離したところ、親株の培養液では沈殿がほとんど見られないのに対し、変異株はほぼ全ての菌体が沈殿した(図4)。変異株の沈降性が著しく向上していることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂生産能を有する微生物を培養し、細胞外多糖の生産量が少ない株を選抜することを含む、油脂生産能の高い微生物株の選抜方法。
【請求項2】
微生物を変異処理し、次いで細胞外多糖の生産量が少ない株を選抜する請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記微生物は酵母である請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記酵母はリポミセス(Lipomyces)属酵母、オイディウム(Oidium)属酵母、エンドミセス(Endomyces)属酵母、カンディダ(Candida)属酵母、ロドトルラ(Rhodotorula)属酵母、クリプトコッカス(Cryptococcus)属酵母又はロドスポリディウム(Rhodosporidium)属酵母である請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記酵母はリポミセス属酵母である請求項4記載の方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法により選抜された、油脂生産能の高い微生物。
【請求項7】
請求項6記載の微生物を培養し、該微生物が生産した油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−183012(P2012−183012A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47609(P2011−47609)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度〜平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/酵母による木質系バイオマスの軽油代替燃料変換に関する研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】