説明

波長変調分光器

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は波長変調分光器に関し、特に、振動子としてバイモルフ型アクチュエータ等を用いて光スペクトルにおける輝線の測定感度およびS/N比を上昇させ、また当該アクチュエータを所定周波数で駆動する周波信号を最適周波数に調整する機構を有した波長変調分光器に関するものである。
【0002】
【従来の技術】現在の半導体製造プロセスでは、プラズマエッチング、プラズマCVD、プラズマスッパタ等の種々のプラズマプロセスが利用されている。プラズマから出射される発光スペクトルにはプラズマ状態に関する情報が含まれているので、プラズマを用いた上記半導体製造プロセスにおいてプラズマ発光スペクトルを観測することは非常に重要な意味がある。
【0003】ここで例えば集積回路製造プロセスにおいてアルミニウム配線パターンをプラズマエッチング処理する場合を考える。図9の(a),(b)は各々エッチング中とエッチングが終了した後でのプラズマ発光スペクトルの様子を示している。図9(a),(b)の両スペクトルを比較すると、エッチング中には波長396nm付近にアルミニウム原子の輝線スペクトルが見られるのに対し、エッチングが終了した時点ではこの輝線スペクトルは見られないことがわかる。つまり、エッチングプロセス中にこの396nmの発光強度を測定していれば、エッチングの進行と共にこの輝線スペクトルの発光強度が弱くなり、エッチングの終了時期をおよそ知ることができる
【0004】しかしながら、プラズマ発光スペクトル中には目的とする物質以外の物質からのスペクトルが存在する場合が多くあり、しかも、これらの目標以外のスペクトルが目標とするスペクトルに重畳し、目標とするスペクトルの強度を正確に測定することを難しくすることがある。図9の例でも396nmのアルミニウムの輝線スペクトルは帯域の広いブロードスペクトルに重畳している。従って、ブロードスペクトルの発行強度がエッチング時間の経過と共に変化すれば、396nmの光の強度を測定しただけでは正確なエッチングの終了を知ることができなくなる。このような場合には、目的とする波長のスペクトルとして妨害スペクトルの影響がないものを選定しなければならない。
【0005】また、目的とする波長の輝線スペクトルの他にその輝線が重畳しているスペクトル、例えば図9の例では396nmの輝線スペクトルの他に396nm付近のブロードスペクトルの発光強度を同時に測定し、2つの発光の信号強度を演算処理することによって396nmのアルミニウム輝線スペクトル強度のみを求めることも可能である。しかしこの場合、2つの発光の強度が一様な経時変化を示さない場合や、信号強度比が余りに大きい場合などには正確に396nmの輝線スペクトル強度を求めるのは困難である。
【0006】上記に対し従来よく知られた波長変調方式による分光器では、発光スペクトルを波長に関して二回微分した値が出力として得られるため、ブロードスペクトルに重畳した輝線スペクトルを観測してもブロードスペクトルの発光強度変化は測定出力に現れず、輝線スペクトルの発光強度のみが測定出力に現れるという特徴を有している。これはブロードスペクトルのスペクトル曲線の曲率が輝線スペクトルのスペクトル曲線の曲率よりも無視できる程度に小さいためである。従って、隣接した波長に複数の発光が存在するような場合であっても、それらの発光スペクトル曲線の曲率が異なっていれば発光スペクトルは分離することができ、各々の発光の強度を高感度で測定することができる。
【0007】波長変調方式による分光器において、分光器内部で測定光を変調するためには、分光器に入射した光束の光路を振動させる必要がある。従って例えば、分光器に設けた光入射用スリットを振動させたりあるいは分光器内部に設けた入射光を反射するための平面鏡を振動させる等の操作を行えば、光路は変化し、測定光は変調される。しかしながら一方で、波長変調方式による分光器は、これらの動作を行うための部品を分光器内部に組み込む必要があるため、分光器の構造が複雑化するという問題がある。
【0008】 図10に従って、従来の波長変調分光器の構成の一例を示し(特開昭61−219839号公報)、その要部を説明する。図10に示した例では、測定光を変調する手段として例えばU字型音叉31等の振動子の一方の自由端に平面鏡32を取り付け、このU字型音叉31を一定周波数で振動させることによってその平面鏡32で反射される測定光33を変調している。さらにこの例では、U字型音叉31に取り付けた第2の平面鏡34にLED等の発光素子35の光を反射させ、その反射光をポジションセンサ28で測定することによってU字型音叉31の振幅および位相の検出を行っている。また例えば特開昭62−135737号公報では振動子としてU字型音叉31の代りに同様な圧電型アクチュエータを使用できることも開示している。なお図1038はプラズマ発生源、39,40はコリメータ、41は回析格子、42は光電変換器である。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】従来の波長変調分光器で振動子として使用されたU字型音叉31は一般的にかなり高いQ(共振の鋭さを表す値)を持っているため、音叉固有の共振周波数と異なる周波数で振動させると振幅は極端に減少してしまう。従って上記U字型音叉31において、電磁コイル37の駆動周波数とU字型音叉31の固有振動周波数が僅かに異なると、平面鏡32の振幅は極端に減少し、その結果十分な測定光の変調が得られなくなる可能性がある。そのために、波長変調分光器の使用環境や音叉の経時変化による測定精度への影響が懸念される。また、分光器内部にLED等の光源が配置することは測定光への迷光(測定光に混入する他の光)を増やす可能性がある上に、分光器の構造がさらに複雑化し、製造コストを引き上げる原因となる。
【0010】 上記のU字型音叉に関する問題は、同様な振動特性を有する他の振動子、すなわち上記圧電型アクチュエータにおいても一般的に発生する問題である。
【0011】本発明の目的は、振動子の振動特性を安定して望ましい状態に保持し、光スペクトルにおける輝線の測定感度およびS/N比を高め、使用環境や振動子の経時変化による測定精度への影響を排除し、さらに分光器内部に光源を設けないことにより測定光への迷光をなくし、分光器の構造を単純な構造とし、安価に製作できる高性能な波長変調分光器を提供するものである。
【0012】
【課題を解決するための手段】本発明に係る波長変調分光器は、スリットを通して入射した光を反射させるための平面鏡と、この平面鏡を所定周波数で振動させるための圧電型アクチュエータと、この圧電型アクチュエータを前記所定周波数で駆動する周波信号を出力する駆動回路と、圧電型アクチュエータによって変調された平面鏡からの前記光を分散させその回折スペクトルを取り出すための回折スペクトル取出しユニットと、この回折スペクトル取出しユニットによって分散された前記光の特定波長成分のみを受光し、受光した前記光に含まれる光変調信号を電気信号に変換する光電変換器と、この光電変換器からの出力信号を、圧電型アクチュエータを駆動する周波信号の2倍の周波数を有する周波信号で同期検波してスペクトル強度信号を得るための同期検波回路とを有するものにおいて、さらに、前述の圧電型アクチュエータにバイモルフ型アクチュエータを用い、このバイモルフ型アクチュエータの振動周波数を常に共振周波数に保持するための発振周波数制御回路を備えるように構成される。
【0013】前記の構成において、バイモルフ型アクチュエータの代りにモノモルフ型アクチュエータまたはマルチモルフ型アクチュエータを用いることができる。
【0014】前記の構成において、好ましくは、発振周波数制御回路は駆動回路に設けられた位相検出回路である。
【0015】
【作用】本発明による波長変調分光器では、振動子として振動周波数の制御を比較的簡単に行えるバイモルフ型アクチュエータ等を使用し、かつバイモルフ型アクチュエータ等の振動周波数が共振周波数からずれたときに自動的に共振周波数に戻す発振周波数制御回路を設け、振動周波数を常に望ましい周波数に安定に設定すると共に、分光器内に光源を設けないで迷光をなくし、内部構造を簡素化した。
【0016】
【実施例】以下に、本発明の好適実施例を添付図面に基づいて説明する。
【0017】図1は本発明に係る波長変調分光器の基本実施例の構成を示す。図中、1はエッチング処理部等のプラズマ発生源であり、このプラズマ発生源1から放射された被測定光の光束2は、分光器ケース3に光取入れ口として形成されたスリット4を介してバイモルフ型アクチュエータ5の一端に取り付けた平面鏡6に入射される。バイモルフ型アクチュエータ5は、分光器ケース3の外部に取り付けられたアクチュエータ駆動回路7から出力される一定周波数(F)および一定振幅(W)の周波信号に基づいて振動を行い、振動子として使用される。このため、バイモルフ型アクチュエータ5の振動によって平面鏡6も振動し、振動状態にある平面鏡6によって反射された光束2は、変調を受け、上記一定周波数および一定振幅を有する振動光となる。
【0018】振動光となった光束2は、コリメータ8で反射された後に回折格子9へ入射される。この回折格子9では、格子寸法等によって定まる波長のスペクトルが分光され、コリメータ10へ入射される。このコリメータ10で反射された振動スペクトルは平面鏡11で再び反射し、スペクトルが結像する位置に配置された取出し口としてのスリット12を介して光電変換器13に入射する。光電変換器13では入射した振動スペクトルの強度が電気信号に変換される。光電変換器13の出力信号は直流成分および交流成分を含んだ電気信号である。この電気信号は電流・電圧変換増幅器14によって増幅された後、ハイパスフィルタ15によって交流成分のみが同期検波回路16に入力される。また同期検波回路16にはアクチュエータ駆動回路7から周波数2Fの周波信号が供給される。この周波数2Fの周波信号は、バイモルフ型アクチュエータ5を振動させるための周波信号の周波数Fの2倍の周波数を有している。同期検波回路16に入力された交流信号はこの同期検波回路16において周波数2Fの周波信号を用いて同期検波され、この結果、端子17に測定スペクトルの変動強度に関する信号が取り出される。
【0019】上記の構成において、アクチュエータ駆動回路7の内部には、少なくとも、バイモルフ型アクチュエータ5を振動させるための発振器と、当該バイモルフ型アクチュエータ5の振動を安定して共振周波数の状態に保持するための発振周波数制御手段が設けられる。
【0020】次に、図2〜図5を参照してバイモルフ型アクチュエータ5の構造および電気的特性を説明する。
【0021】図2はバイモルフ型アクチュエータの概略縦断面図である。バイモルフ型アクチュエータは圧電セラミックスの薄板18を2枚の電極板19で挟み、それをさらに弾性シム板20と重ね合わせて接着剤21で接着した構造の屈曲変位型アクチュエータである。バイモルフ型アクチュエータ5では、電極板19に電圧を印加することによって各圧電セラミックス板18を伸縮させ、結果として板全体を屈曲させる。従って交流電圧を印加すれば振動が発生する。このバイモルフ型アクチュエータは素子の寸法や材質に依存して決定される共振周波数を有し、その共振周波数においては振幅が最大となるという特徴がある。
【0022】バイモルフ型アクチュエータ5については、その構造からわかるように電気的にはコンデンサに近い特性を有する。バイモルフ型アクチュエータ5が共振点近傍で振動しているとき、その電気的等価回路は、図3で示される電気回路で表される。ここでCdはアクチュエータの誘電率と電極寸法から決まる容量、L1,C1はそれぞれアクチュエータの振動モード、素子の寸法、弾性定数、密度、圧電定数等によって決まる圧電的機械振動要素、R1は機械的振動損失を表している。
【0023】図3の等価回路で示されるバイモルフ型アクチュエータ5の動アドミッタンスを複素平面上に表すと、図4に示すように、中心が(1/2R1,ωCd)である円となる。この動アドミッタンス特性を表す円上でfsで示した周波数は機械的直列共振周波数と呼ばれ、バイモルフ型アクチュエータ5が共振周波数で振動するときには、図3中で示された誘導性インピーダンスL1と容量性インピーダンスC1がお互いに打消し合うため、バイモルフ型アクチュエータ5の等価回路は図5に示すようにCdとR1のみの並列等価回路で表される。
【0024】上記の並列等価回路で表されるバイモルフ型アクチュエータ5に対して図6に示すごとくアクチュエータ駆動回路7に含まれる前述の発振器22から発振電力を供給すると、容量性インピーダンスCdによって無効電力が生じてしまうが、この点については、アクチュエータ駆動回路7の内部にて1/ωCdと絶対値が等しいωLpを有するチョークコイルLpを発振器22に対して並列に接続することにより1/ωCdを打ち消すように構成しているので、バイモルフ型アクチュエータ5のインピーダンスはR1のみとなり、発振器22からの供給電力を有効に消費することができ、このためにバイモルフ型アクチュエータ5の振動において大きい振幅を得ることができる。
【0025】しかし一方で、上記構成に基づいてバイモルフ型アクチュエータ5を共振周波数で振動させていても、温度や湿度などの使用環境の変化によってL1やC1が変化し、結果として共振周波数が変動し、振動の振幅が減少してしまうことがある。そこで、図1に示した本実施例のアクチュエータ駆動回路7では、図7で示すごとく実際に発振器22に対して位相検出回路23を組み込んでいる。
【0026】すなわち、バイモルフ型アクチュエータ5の振動において共振状態を保てなくなると、そのインピーダンスは容量性または誘導性の成分を含むことになるが、当該容量性または誘導性の成分を位相検出回路23で検出することによって発振器22の発振周波数を補正し、バイモルフ型アクチュエータ5で共振周波数が保持されるように制御を行うように構成される。例えばバイモルフ型アクチュエータ5のインピーダンスが誘導性に移行すると、位相検出回路23はバイモルフ型アクチュエータ5に流れる電流の位相が電圧の位相よりも遅れていることを検出し、同時に発振器22の発振周波数を下げる作用を生じる。また、当該インピーダンスが容量性に移行した場合は電流の位相が電圧の位相よりも進むので、位相検出回路23は発振器22の発振周波数を上げる作用を生じる。これによってバイモルフ型アクチュエータ5を、その使用環境や経時変化に関係なく、常に共振周波数の状態で安定して振動させることが可能となる。
【0027】なお図6および図7では、同期検波回路16に供給される周波数2Fの周波信号の生成部の図示を省略している。
【0028】類似した圧電型アクチュエータとして図8に示した1枚の圧電セラミックス板で構成されるモノモルフ型アクチュエータや、その他に4枚以上の圧電セラミックス板を貼合わせて構成するマルチモルフ型アクチュエータがある。これらのアクチュエータを、本実施例で示したバイモルフ型アクチュエータの代用として使用することが可能である。
【0029】
【発明の効果】以上の説明で明らかなように本発明によれば、波長変調分光器の振動子としてバイモルフ型アクチュエータ等を使用し、その振動周波数を常に共振周波数に保持するための発振周波数制御回路を設けることで自動制御を行うように構成したため、安定して共振周波数に保持され、単純な構造で高性能な波長変調分光器を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る波長変調分光器の実施例を示す構成図である。
【図2】バイモルフ型アクチュエータの概略縦断面図である。
【図3】バイモルフ型アクチュエータの共振点近傍における電気的等価回路を示す回路図である。
【図4】バイモルフ型アクチュエータの動アドミッタンス円を示す図である。
【図5】バイモルフ型アクチュエータが機械的直列共振周波数で振動しているときの電気的等価回路図である。
【図6】アクチュエータ駆動回路の第1の構成を示す説明図である。
【図7】アクチュエータ駆動回路の第2の構成を示す説明図である。
【図8】モノモルフ型アクチュエータの概略縦断面図である。
【図9】プラズマスペクトルを示す説明図である。
【図10】従来の波長変調分光器を説明するための構成図である。
【符号の説明】
1 プラズマ発生源
2 測定光の光束
3 分光器ケース
4,12 スリット
5 バイモルフ型アクチュエータ
6,11 平面鏡
8,10 コリメータ
9 回折格子
13 光電変換器
14 電流・電圧変換増幅器
15 ハイパスフィルタ
16 同期検波回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】 スリットを通して入射した光を反射させるための平面鏡と、この平面鏡を所定周波数で振動させるための圧電型アクチュエータと、この圧電型アクチュエータを前記所定周波数で駆動する周波信号を出力する駆動回路と、前記圧電型アクチュエータによって変調された前記平面鏡からの前記光を分散させその回折スペクトルを取り出すための回折スペクトル取出し手段と、この回折スペクトル取出し手段によって分散された前記光の特定波長成分のみを受光し、受光した前記光に含まれる光変調信号を電気信号に変換する光電変換器と、この光電変換器からの出力信号を、前記圧電型アクチュエータを駆動する前記周波信号の2倍の周波数を有する周波信号で同期検波してスペクトル強度信号を得るための同期検波回路とを有する波長変調分光器において、前記圧電型アクチュエータにはバイモルフ型アクチュエータを用い、このバイモルフ型アクチュエータの振動周波数を常に共振周波数に保持するための発振周波数制御回路を備えたことを特徴とする波長変調分光器。
【請求項2】 請求項1記載の波長変調分光器において、前記バイモルフ型アクチュエータの代りにモノモルフ型アクチュエータまたはマルチモルフ型アクチュエータを用いることを特徴とする波長変調分光器。
【請求項3】 請求項1または2記載の波長変調分光器において、前記発振周波数制御回路は前記駆動回路に設けられた位相検出回路であることを特徴とする波長変調分光器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【特許番号】第2652940号
【登録日】平成9年(1997)5月23日
【発行日】平成9年(1997)9月10日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−154496
【出願日】平成5年(1993)5月31日
【公開番号】特開平6−341901
【公開日】平成6年(1994)12月13日
【出願人】(000227294)アネルバ株式会社 (564)
【参考文献】
【文献】特開 昭62−135737(JP,A)
【文献】特開 平3−65079(JP,A)
【文献】特開 平4−278908(JP,A)