説明

浸麦方法

【課題】浸麦後の麦芽の水分含量(浸麦度)を所定範囲に維持しながら、浸麦後の麦芽の蛋白質分解を指標するKI値と細胞壁分解を指標するCalcofluor modification値をそれぞれ所定範囲にすることを特徴とするビール製造における新規浸麦方法の提供。
【解決手段】大麦が発芽を開始するために必要な水分と酸素を与えるために浸漬(浸水)と水切り(断水)を繰り返して所定範囲の水分含量(浸麦度)に調製するためのビール製造における浸麦方法において、以下の工程:
一次浸水時間を0.5〜1.5時間に、かつ、その後の一次断水時間を16〜19時間として、発芽温度を13〜20℃に、かつ、浸麦後の麦芽の浸麦度を40%以上に維持する、
を含む前記浸麦方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビール製造における浸麦方法に関する。より詳しくは、本発明は、穀物メジャーにより供給される大麦品種において、浸麦条件を最適化することにより、所定の浸麦度を維持しながら、所定範囲の蛋白質分解率と細胞壁分解率に制御することを特徴とする浸麦方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ビールは以下の工程を経て製造される。
麦芽の製造(以下、浸麦工程又は浸麦方法ともいう。):この工程で大麦は溶け易く、分解され易い状態の麦芽に加工される。まず、原料大麦からホコリやゴミをきれいに取り除き、浸麦槽で水分を含ませ、発芽室で適度に発芽させた後、乾燥室で熱風により焙燥される。このときにビールに必要な成分と独特の色、そして芳しい香りをもつようになる。
【0003】
仕込み工程:細かく砕いた麦芽と場合によっては米などの副原料を温水と混ぜ合わせる。適度な温度で、適当な時間保持すると、麦芽の酵素の働きで、でんぷん質は糖分に変わり、糖化液の状態になる。これをろ過してホップを加え、煮沸する。ホップはビールに特有の苦味と香りをつけると同時に麦汁中の蛋白質を凝固分離させ、液を澄ませる大切な働きをする。こうしてできた熱麦汁は発酵工程に移される。
【0004】
発酵工程:熱麦汁を5℃くらいに冷却し、これに酵母を加えて発酵タンクに入れる。7〜8日の間に酵母の働きによって、麦汁中の糖分のほとんどがアルコールと炭酸ガスに分解される。こうしてできあがったビールは若ビールと呼ばれ、まだビール本来の味、香りは十分ではない。
【0005】
貯酒工程:若ビールは貯酒タンクに移され、0℃くらいの低温で数十日間貯蔵される。この間にビールはゆっくり熟成し、調和のとれたビールの味と香りが生まれてくる。熟成の終わったビールはろ過され、透きとおった琥珀色のビールができあがる。
【0006】
容器詰め工程:こうしてできあがるまでに凡そ2〜3ヶ月かかる。いよいよビールはびん・缶又は樽に詰められて市場に出荷される。びん・缶詰めビールは生ビールが大部分であるが、一部に熱による処理(パストリゼーション)をしたビールもある。
【0007】
ところで、ビール製造に用いられる麦芽は、製造工程の時間短縮や煮沸などのエネルギーコスト低減を目指した結果、麦芽成分を効率的に溶出させるように細胞壁分解が進んだものが、世界的に好んで用いられる傾向にある。また、仕込み工程におけるマッシングで得られた麦汁を用いた醗酵が効率的に進むために、麦芽の蛋白質分解も進んだものが好まれる傾向にある。このため、このようなスペックの麦芽をもつ大麦品種(例えば、代表的には、穀物メジャーから供給されるヨーロッパ品種(以下、EU品種ともいう。)の栽培が盛んであり、流通の大半を占めるのが現状である。このようなスペックの麦芽を用いて製造されたビールは、味わいの面においては、ビール特有の品質であるコクや飲み応えは抑えられ、すっきりとした味わいを特徴としたものになっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Technology Brewing and Malting 3rd international edition, WOLFGANG KUNZE
【非特許文献2】Use of X-ray Microanalysis to study Hydration patterns in Barley, BRI 1991, Journal of Cereal Science
【非特許文献3】The structure of barley endosperm-An important determination of malt modification, BRI 1999, Journal of Food and Agriculture
【非特許文献4】50 Years of Progress in Quality of Malting Barley Grown in the Czech Republic, RIBM 2009, The Institute of Brewing & Distilling
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記した理由により、現状では、原料麦芽の品種は限られ、すっきりした味わいのビールの流通が大半を占めており、消費者の選択肢も限られたものになっている。換言すれば、消費者のビール品質の選択肢を広げるため、ビール特有のコクや旨み、飲み応えがしっかりと感じられるビールを製造しようとしても、現在広く栽培されているスペックとは異なる麦芽品種を入手することは現実的には困難な状況にある。
かかる状況下、本発明が解決しようとする課題は、現在広く流通している麦芽品種と同じものを原料として使用しても、コクや飲み応えといった味わいの違うビールの製造を可能する新規浸麦方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決すべく、パイロット試醸品の官能評価や様々な麦芽スペックの分析を繰り返したところ、コクや飲み応えがしっかり感じられるビールを製造するための麦芽スペックは、EU品種の麦芽といった現在多く流通する麦芽よりも蛋白質分解がより低い(指標:KI値38%以下の)ものであることが示唆された。尚、現在の主流麦芽スペックの対応KI値は40%以上である。
【0011】
通常、浸麦工程における成分分解(溶け)に関しては、蛋白質分解と細胞壁分解とがパラレルに進行するため、原料麦芽として現在多く流通する麦芽(例えば、EU品種の麦芽)を使用してコクや旨味があるビールを製造するための目標とする麦芽スペックを達成するためには、蛋白質と細胞壁の分解のバランスを変更・制御する必要がある。そこで、溶けに及ぼす影響が大きい浸麦・発芽条件に着目して蛋白質分解率と細胞壁分解率の制御技術を確立する必要性がある。
【0012】
本願発明者らは、試醸評価による検証を進めたところ、先に説明した浸麦工程において、低蛋白質分解率(指標:KI値)の麦芽を使用した場合に、ビール特有のコクや旨味をより引き出す可能性が示唆された。そこで、パイロット試醸品の官能評価や様々な麦芽を分析した結果を元に、目標麦芽スペックを「蛋白質分解率(KI値):38(%)以下、及び細胞壁分解率(Calcofluor modification値):80〜100%」に設定した。かかる目標麦芽スペックは、日本のビール製造において通常使用されているEU品種の麦芽と比較すると、蛋白質分解が低いが、細胞壁分解率は同程度であるスペックである。
【0013】
このように、本願発明者らは、かかる課題を解決すべく鋭意検討し実験を重ねた結果、浸麦工程における浸麦条件(浸水時間、断水時間、浸麦度等)を特定することで、蛋白質分解率と細胞壁分解率を制御し、従来と異なるバランスである蛋白質分解率を抑えた麦芽を製造できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の通りのものである。
[1]大麦が発芽を開始するために必要な水分と酸素を与えるために浸漬(浸水)と水切り(断水)を繰り返して所定範囲の水分含量(浸麦度)に調製するためのビール製造における浸麦方法において、以下の工程:
一次浸水時間を0.5〜1.5時間に、かつ、その後の一次断水時間を16〜19時間として、発芽温度を13〜20℃に、かつ、浸麦後の麦芽の浸麦度を40%以上に維持する、
を含む前記浸麦方法。
【0015】
[2]前記大麦が、醸造用二条大麦である、前記[1]に記載の浸麦方法。
【0016】
[3]前記大麦は、一次浸水時間が略5時間であり、一次断水時間が略19時間であり、そして二次浸水が略4時間であるプログラムで浸麦した場合に、その蛋白質分解を指標するKI値が40%以上であり、かつ、その細胞壁分解率を指標するCalcofluor modification値が80〜100%であるものである、前記[1]又は[2]に記載の浸麦方法。
【0017】
[4]前記[1]〜[3]のいずれかに記載の方法により浸麦された麦芽であって、その蛋白質分解を指標するKI値が38%以下に、かつ、その細胞壁分解率を指標するCalcofluor modification値が80〜100%となっている前記麦芽。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る浸麦方法により、原料大麦として醸造用二条大麦、例えばCargill Malt社により供給されるPrestige種を使用した場合にも、一次浸水時間を0.5〜1.5時間に、かつ、その後の一次断水時間を16〜19時間として、発芽温度を13〜20℃に、かつ、浸麦後の麦芽の浸麦度を40%以上に維持しながら、浸麦後の麦芽の蛋白質分解(KI値)を32〜38%に、かつ、細胞壁分解率(Calcofluor modification値)を80〜100%に制御することが可能になる。したがって、例えば、Prestige種のようなEU品種を使用しても、コクや旨味があるビールを製造することが可能になる。
また、本願発明は、浸麦工程において蛋白質分解率と細胞壁分解率の制御技術の確立に寄与するものであり、国産大麦使用における長年のテーマである大麦品質バラツキ由来の麦芽品質バラツキ解消への技術展開が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】一次浸水時間と浸麦度との関係を示すグラフである。
【図2】一次断水時間と浸麦度との関係を示すグラフである。
【図3】二次浸水時間と浸麦度との関係を示すグラフである。
【図4】浸麦度と細胞壁分解率(Calcofluor modification値)との関係を示すグラフである。
【図5】浸麦度と蛋白質分解率(KI値)との関係を示すグラフである。
【図6】細胞壁分解率(Calcofluor modification値)と蛋白質分解率(KI値)との関係を示すグラフである。
【図7】一次浸水時間と浸麦度との関係を示すグラフである。
【図8】一次断水時間と浸麦度との関係を示すグラフである。
【図9】浸麦度と細胞壁分解率(Calcofluor modification値)との関係を示すグラフである。
【図10】浸麦度と蛋白質分解率(KI値)との関係を示すグラフである。
【0020】
【図11】細胞壁分解率(Calcofluor modification値)と蛋白質分解率(KI値)との関係を示すグラフである。
【図12】大麦中に水が浸透する現象における「吸水」と「拡散」の説明図である(非特許文献1からの引用)。
【図13】大麦の胚乳における水部分布を示す図である(非特許文献2からの引用)。
【図14】浸水、断水中の水分の拡散を示すグラフである(非特許文献2からの引用)。
【図15】大麦の胚乳におけるβグルカンの分布を示す図である(非特許文献3からの引用)。
【図16】大麦の胚乳における蛋白質の分布を示す図である(非特許文献3からの引用)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
前記した浸麦工程は、大麦が発芽を開始するために必要な水分と酸素を与えることが主な役割である。浸漬(浸水)と水切り(断水)を繰り返して、狙いの水分含量(浸麦度)に調整していく。浸麦度(大麦中の水分含量(重量%))は、浸水・断水時間、浸水温度、穀粒サイズ、窒素含量、品種、収穫年が影響するとされる。大麦は、吸水(細胞内へ水が入り込む)すると膨潤し、発芽へ向けた代謝が開始される。吸水は毛細管現象で進んでいくと考えられており、浸水させ続けるよりも一定時間の断水を間に入れることで、効率的に浸麦度(大麦中の水分含量%)を上昇させることができると考えられる。そこで、従来から、一次浸水、一次断水、二次浸水、二次断水・・・を繰り返すことが行われている。しかしながら、従来の浸麦方法においては、浸麦度、すなわち、大麦中の水分含量を目標に、大麦に一定以上の水分含量があればよいということに留まった運転管理が行われていた。
【0022】
非特許文献1に記載されるように、浸麦工程において、大麦中へ水が浸透する現象は、「吸収」と「拡散」に分けられる。図12に示すように、浸水中に水は大麦の胚及び穀皮、主に胚に取り込まれ、断水中に胚から胚乳内に水が拡散していくと考えられている。吸水により胚へ取り込まれた水は胚盤からのホルモン分泌を促し、それによりアロイロン層で酵素発現が誘導されて、胚乳内に拡散した水を媒体として酵素が拡散して各成分の分解が起こっていくと考えられている。
【0023】
これまでに実施したマイクロモルティング(以下、MMと略す。)結果から、浸麦度に比例して細胞壁分解率(指標:Calcofluor modification値)と蛋白質分解率(指標:KI値)の両者が進行することが確認できている。細胞壁は主にβグルカンから構成されており、図15に示すように、βグルカンは、大麦胚乳中心部に存在しているため、分解を効果的に進めるには胚乳中へ水を拡散させて、酵素反応を均一に進めることが重要だと考えられる。一方、図16に示すように、蛋白質は、胚乳内の外側に分布していることが分かっている。
【0024】
細胞壁分解率と蛋白質分解のバランスを変えた麦芽を得る際に、例えば、蛋白質分解率が低い麦芽を得るためには、相対的に細胞壁分解率(指標:Calcofluor modification値)を促進させることが有効であり、βグルカンと蛋白質の存在位置の違いから、βグルカンをより効果的に分解するためには、浸麦度は同等であっても、より胚乳の隅々まで水が拡散した状態を作り出すことが望ましいと考えられる。そこで、本願発明者らは、以下の実施例において、蛋白質分解率(指標:KI値)を抑制しつつ、細胞壁分解率(指標:Calcofluor modification値)を促進させるための手段として、水の与え方(浸水・断水時間の組合せ)が「浸麦度」及び「溶け」に及ぼす影響を評価するための実験を行った。
【0025】
以下の実施例に示すMM結果から(図9、10、11参照)から、一次浸水時間を延ばすのではなく、一次断水時間を延ばすことで、細胞壁分解がより促進され、一方、蛋白質分解が抑制できることが判明した。
【0026】
本願発明者らは、特定の理論に拘束されることは望まないが、その原因は、以下のようなものであると考える。
一次断水時間を延ばした場合には、胚乳中への水の拡散が進む、すなわち、細胞壁分解が促進されるのに対して、一次浸水時間を延ばした場合には、胚や穀皮に近い胚乳の外側部分の水分含量が上がる、すなわち、蛋白質分解が促進されるという、水の局在による差が細胞壁分解と蛋白質分解の相対的な差に影響を及ぼしていると考えられる。
すなわち、浸麦後に、胚乳の外側に水があり、水の拡散が不十分である状態(浸水時間を延ばした場合)では、酵素反応の媒体となる水が十分に胚乳内に未だ十分に行き渡っておらず、胚乳中心部に局在する細胞壁は分解されに難い一方、胚乳内の外側に分布する蛋白質は分解され易いと考えられる。これに対して、断水時間を延ばして胚乳内への水の拡散を促進させた場合には、胚乳中心部まで水が行き渡り、細胞壁分解は促進されるが、胚乳の外側には水がないので、蛋白質分解の効率が低下し、KIが低下すると考えられる。
【0027】
尚、図13に示すように、断水中の水の浸透は、穀皮に近い大麦の腹側部分から進行することが知られており、また、図14に示すように、胚乳中心部への水の拡散は主に断水中に生じることがわかっている(図14中、黒棒:浸水6時間後、斜線棒:浸水6時間、断水18時間後)。しかしながら、具体的に一次浸水時間と一次断水時間を如何なる値にすれば、所定の発芽温度において所定の浸麦度を維持しながら、所定範囲の蛋白質分解率と細胞壁分解率に制御することができるのかを予測することは、これらの従来技術をもってしても予測不能であった。本願発明者らは、以下の実施例により実験を重ねた結果、初めて所定の発芽温度において所定の浸麦度を維持しながら、所定範囲の蛋白質分解率と細胞壁分解率に制御する浸麦方法を提供することができたのである。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
<実施例1:浸麦実験1>
大麦として、醸造用二条大麦として広く流通している品種であるPrestigeの07cropを使用した。浸麦条件としては、以下に規定するマイクロモルティング(MM)プログラムを基本プログラムとして用いた。各工程時間を変動させた場合の浸麦度及び麦芽溶けへの影響を評価した。浸麦度の測定は、最終の浸水工程終了から20時間経過後に行った。発芽温度は13〜20℃に維持した。
<MMプログラム>
・基本プログラム<一次浸水:5時間、一次断水:19時間、二次浸水:4時間>
・試験プログラム<(一次浸水:5、4、3、2、及び1時間)+(一次断水:27、19、10、及び1時間)+(2次浸水:4、3、2、1、及び0時間)>
溶けの評価には、蛋白質分解率(指標:KI値)(%)、及び細胞壁分解率(指標:Calcofluor modification値)(%)を用いた。
【0029】
実験に使用した大麦の分析値を以下の表1に示す:
【0030】
【表1】

【0031】
また、水準毎の浸麦度、KI値、及びCalcofluor modification値の分析結果を以下の表2に示す:
【0032】
【表2】

【0033】
表2中、基本プログラムは、水準(丸1)であり、一次浸水時間の変動は水準(丸2〜丸5)であり、一次断水時間の変動は水準(丸6〜丸8)であり、そして二次浸水時間の変動は水準(丸9〜丸12)である。
【0034】
表2に示す浸麦条件(各工程時間、すなわち、一次浸水時間、一次断水時間、及び二次浸水時間)と浸麦度との関係を、それぞれ、図1、2、及び3に示す。横軸は変動させた各工程時間(時間)、縦軸は浸麦度(%)を示す。各工程時間と浸麦度には正の相関が見られた。
【0035】
次に、図4と図5に、ぞれぞれ、浸麦度とCalcofluor modification値及びKI値との関係を示す。図4と5中、基本プログラム(黒菱形印)、一次浸水時間変動(白四角印))、一次断水時間変動(黒四角印)、及び二次浸水時間変動(白丸印))のプロットを示す。浸麦度に比例してCalcofluor modification、KI値は上昇した。Calcofluormodificationの目標スペック(80〜100%)に対しては、上記各工程どれでも合わせ込みが可能であるのに対し、KI値は二次浸水工程では浸麦度が最初からほぼ上がりきっている状態であり、KI目標スペック(38%以下)内に抑制するのは難しい結果となった。
【0036】
図6に、図4と図5の結果をCalcofluor modification値とKI値の散布図で示す。一次浸水時間変動(白四角印)と一次断水時間変動(黒四角印)では、Calcofluor modification値とKI値に高い相関が見られた。KI値目標スペック(タンパク質分解のみを抑制)に対しては、一次浸水時間を1時間(浸麦度41.8%)とした水準(丸5)で目標スペック内の結果が得られた。一次断水時間変動(水準丸1、丸6〜8)では若干KIが高めとなったが、一次浸水時間を5時間に固定しているため、このような結果となったと考えられる。この結果から一次浸水時間をより短くすることで効果的にKI値目標スペック内へ造り込めることが示唆された。具体的な工程設計へ反映できる条件を検証するため、以下の実施例2において、一次浸水時間及び一次断水時間に関してより詳細に条件設定を変えてMMを実施した。
【0037】
<実施例2:浸麦実験2>
浸麦実験1の結果に基づき、一次浸水時間を0.5、1.0、1.5、及び2.0とし、一次断水時間を6、8、10、12、14、16、及び18とすることでKI値及びCalcofluor modification値目標スペックの造り込み可否を検証した。
大麦としては、浸麦実験1で用いたものと同じPrestigeを使用した。浸麦実験1の結果を元に、実験条件として、以下の表3に示す一次浸水時間及び一次断水時間のマトリックスから、網掛け部分を選択した。尚、二次浸水時間は4時間とした(基本プログラム)。その他の条件は浸麦実験1と同様であり、また、評価も浸麦実験1と同様に行った。以下の表4に結果を示す。
【0038】
【表3】

【0039】
水平方向:一次浸水時間は可変、一次断水時間は12時間、二次浸水時間は4時間に固定
垂直方向:一次断水時間は可変、一次浸水時間は1.5時間、二次浸水時間は4時間に固定
【0040】
【表4】

【0041】
図7と図8に、それぞれ、各工程時間と浸麦度との関係を示す。横軸は変動させた工程時間(時間)、縦軸は浸麦度(%)を示す。各工程時間と浸麦度の間には正の相関が見られた。
図9と図10に、浸麦度(%)とCalcofluor modification値及びKI値との関係を、それぞれ示す。図9と図10に、一次浸水時間変動(白四角印)と一次断水時間変動(黒四角印)をプロットで示す。図9と図10から、ぞれぞれ、Calcofluor modification値80%以上を達成するには、一次浸水時間変動:41.6%以上、一次断水時間変動:40.9%以上が必要であり、KI値38%以下を達成するには、一次浸水時間変動:40.6%以下、一次断水時間変動:41.2%以下が必要であることが分かった。これらの結果から、一次浸水時間を変動させることで浸麦度をコントロールするだけではCalcofluor modification値とKI値の目標スペックを両立することが困難であることが判明した。
【0042】
図11に、Calcofluor modification値とKI値との関係を示す。図11から、一次断水時間を略18時間かつ、浸水時間を1.5時間以下にすることでCalcofluor modification値とKI値の両者の目標スペック内へ造り込めることが示唆される結果が得られた。本実験結果から、大麦Prestigeでは、一次浸水時間0.5〜1.5時間、一次断水時間16〜19時間、二次浸水時間4時間の条件で浸麦を行うことで、Calcofluor modification値とKI値の両者の目標スペックへの造り込みが可能と考える。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明に係る浸麦方法は、浸麦条件を最適化することにより、所定の浸麦度を維持しながら、所定範囲の蛋白質分解率と細胞壁分解率を制御することができるため、ビール製造において好適に利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大麦が発芽を開始するために必要な水分と酸素を与えるために浸漬(浸水)と水切り(断水)を繰り返して所定範囲の水分含量(浸麦度)に調製するためのビール製造における浸麦方法において、以下の工程:
一次浸水時間を0.5〜1.5時間に、かつ、その後の一次断水時間を16〜19時間として、発芽温度を13〜20℃に、かつ、浸麦後の麦芽の浸麦度を40%以上に維持する、
を含む前記浸麦方法。
【請求項2】
前記大麦が、醸造用二条大麦である、請求項1に記載の浸麦方法。
【請求項3】
前記大麦は、一次浸水時間が略5時間であり、一次断水時間が略19時間であり、そして二次浸水が略4時間であるプログラムで浸麦した場合に、その蛋白質分解を指標するKI値が40%以上であり、かつ、その細胞壁分解率を指標するCalcofluor modification値が80〜100%であるものである、請求項1又は2に記載の浸麦方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法により浸麦された麦芽であって、その蛋白質分解を指標するKI値が38%以下に、かつ、その細胞壁分解率を指標するCalcofluor modification値が80〜100%となっている前記麦芽。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−213373(P2012−213373A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82225(P2011−82225)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【出願人】(309007911)サントリーホールディングス株式会社 (307)
【Fターム(参考)】