説明

消煙性能に優れたポリビニルアルコール系難燃繊維

【課題】 有炎燃焼に対する難燃性能を保持したまま、無炎燃焼に対する難燃性が向上された難燃繊維を提供する。
【解決手段】 ポリビニルアルコールとポリ塩化ビニルを主要構成ポリマーとし、これに錫化合物、五酸化アンチモン、ケイ酸化合物が配合されてなり、下記(1)〜(4)を全て満足することを特徴とする難燃性ポリビニルアルコール系繊維。
(1)ポリビニルアルコールとポリ塩化ビニルの質量比率が85:15〜50:50であること、
(2)錫化合物および五酸化アンチモンの合計含有量がポリビニルアルコールに対して2〜10質量%であること、
(3)錫化合物および五酸化アンチモンの平均粒子径が共に3μm以下であること、
(4)ケイ酸化合物がポリビニルアルコールに対して0.5〜10質量%含有されていること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール(以下、PVAと称す)とポリ塩化ビニル(以下、PVCと称す)を主な構成ポリマーとし、これに難燃性能を有する添加剤を所定量添加した優れた難燃性かつ消煙性能に優れた繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、高度難燃性繊維を提供するために、PVAとPVCを主な構成ポリマーとし、これを紡糸した難燃PVA繊維やポリクラール系繊維の検討が行われている。例えば、PVAとPVCを主な構成ポリマーとし、これに錫化合物や五酸化アンチモンを特定の割合で配合することにより高い難燃性を有する繊維を提供することが記載されている(例えば、特許文献1参照。)。特許文献1では高度な難燃性、特に難燃性の指標である限界酸素指数(LOI)を向上させることを主眼として設計されている。
燃焼には有炎燃焼と無炎燃焼があるが、特許文献1にて開示されているような従来の難燃性は有炎燃焼に関するものである。有炎燃焼に対する難燃性を向上させればさせるほど、無炎燃焼の時間が長くなり、また逆に無炎燃焼時間を短くすると、有炎燃焼時間が増大するといった、相反する結果となっている。
【0003】
【特許文献1】特開平3−126749号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記従来技術の有する問題点を解消し、有炎燃焼に対する難燃性能を保持したまま、無炎燃焼に対する難燃性が向上された難燃繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は上記課題を達成すべく鋭意検討を行った結果、PVAとPVCを主な構成ポリマーとし、これに難燃性能を有する添加剤を所定量、所定比率含有させることにより、難燃性かつ消煙性能に優れた繊維が得られることを見出した。
【0006】
すなわち本発明はPVAとPVCを主要構成ポリマーとし、これに錫化合物、五酸化アンチモン、ケイ酸化合物が配合されてなり、下記(1)〜(4)を全て満足することを特徴とする難燃性PVA系繊維に関するものである。
(1)PVAとPVCの質量比率が85:15〜50:50であること、
(2)錫化合物および五酸化アンチモンの合計含有量がPVAに対して2〜10質量%であること、
(3)錫化合物および五酸化アンチモンの平均粒子径が共に3μm以下であること、
(4)ケイ酸化合物がポリビニルアルコールに対して0.5〜10質量%含有されていること。
【発明の効果】
【0007】
本発明の難燃繊維は従来技術のもつ高い難燃性を保持しながら、消煙性能に優れた難燃性繊維を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の難燃繊維において、主要構成ポリマーがPVAとPVCからなり、かつPVAとPVCの質量比率がPVA/PVC=85/15〜50/50であることが必要である。PVAの比率が85質量%よりも大きい場合、PVCの比率が低くなるため、後述する錫化合物やアンチモン化合物をいかに多量に配合しても、繊維組成中のハロゲン(塩素)が少なすぎる結果、得られる難燃性は低いものとなる。逆にPVAの比率が50質量%未満であると、難燃性は良好ではあるが、錫化合物、五酸化アンチモン、ケイ酸化合物を配合した際、繊維質量に占めるPVA成分の比率が低下し、強度等の繊維物性面で劣ったものとなる。好ましくは80/20〜55/45であり、より好ましくは70/30〜60/40である。
【0009】
さらに本発明の難燃繊維は、錫化合物および五酸化アンチモンの合計含有量がPVAに対して2〜10質量%であることが必要である。錫化合物および五酸化アンチモンの合計含有量がPVAに対して2質量%未満の場合、難燃性の発現性に問題があり、また10質量%を超える場合には難燃性向上効果がそれほど期待できないこと、および繊維物性に対して悪影響を及ぼす。好ましくは3〜8質量%、より好ましくは4〜7質量%である。
また、錫化合物および五酸化アンチモンの平均粒子径は共に3μm以下であることが必要である。錫化合物および五酸化アンチモンの平均粒子径が共に3μmを超えると難燃性、繊維物性および紡糸性に悪影響を及ぼす。なお本発明における粒子径は特にことわりがない場合、透過型電子顕微鏡(TEM)観察により測定した値を示す。
【0010】
本発明は、さらにケイ酸化合物をPVAに対して0.5〜10質量%含有していることが重要である。従来の難燃繊維では、限界酸素指数(LOI)で示される難燃性能を高めれば高めるほど、無炎燃焼時間が長くなり、実用する際の条件、例えば難燃性作業服に使用した場合、作業服に着火した炎は素早く消火されるものの、無炎燃焼(いわゆる赤熱状態)が継続するため、その着用者は無炎燃焼により火傷等の被害を被ってしまう。本発明ではPVAとPVCからなる難燃繊維において従来の処方に加え、ケイ酸化合物をPVA樹脂に対し0.5〜10質量%含有させることにより従来の難燃性能および繊維物性を維持しながら無炎燃焼時間を低減することが可能となり、結果として着用者の火傷等の被害を防止することが可能となる。ここで、ケイ酸化合物の含有量が0.5質量%よりも少ないとケイ酸化合物による無炎燃焼に対する難燃性(以下、消煙性と称す)の効果が発現しにくい。一方、10質量%を越えると、含有量に見合った難燃性能が得られにくくなること、および繊維物性が低下することなどの問題がある。好ましくは1〜9質量%であり、より好ましくは1〜7質量%である。なおケイ酸化合物の粒子径は特に限定はないが、難燃効果の面からは粒子径が小さい方が好ましく、特に好ましくは一次粒子の平均粒子径が0.1μm以下である。
また繊維中におけるケイ酸化合物の分布状態についても特に限定はないが、より好ましくは繊維の表面近傍に偏在する、あるいは繊維の表面上に分布することで、より難燃効果が高まる。
また本発明で用いるケイ酸化合物とは、シリカ、ケイ酸ソーダなどの無機物、シラン、シロキサン、シリコーンなどの有機物等が挙げられるが、珪素(Si)と酸素(O)とからなる化合物であれば特に限定されない。
【0011】
本発明の難燃繊維は、上記したようにPVAとPVCからなる難燃繊維において従来の処方に加え、ケイ酸化合物をPVA樹脂に対し所定量含有させることにより、図1に示すように従来の難燃性能および繊維物性を維持しながら無炎燃焼時間を低減することが可能となり、結果として着用者の火傷等の被害を防止することが可能となる。このような作用機構は必ずしも明確ではないが、本発明者等は以下のように推定している。
従来技術の特徴である高い難燃性はPVC成分や錫化合物、五酸化アンチモン、およびそれらからなる塩素化合物の触媒効果によりPVA樹脂の炭化を促進することで高い難燃性を発現していると考えられる。これは炭化を促進することで揮発性の有機成分が減少し、結果として有炎燃焼を停止するメカニズムであると推定している。しかし、生成した炭化成分は炎を上げて燃焼はしないものの赤熱状態で、いわゆる煙を上げてくすぶりながら無炎燃焼を継続している。
これに対し本発明ではケイ酸化合物をPVAに対し前記したように0.5〜10質量%含有させることで、この無炎燃焼時間が短縮される。これは含有されたケイ酸化合物が脱水反応により水を生成することで冷却効果が発現すること、ケイ酸化合物が酸素を遮蔽することにより燃焼の継続を停止すること、さらにはケイ酸化合物がPVA繊維中で分散しているため、可燃成分がケイ酸化合物により分断され、連続した無炎燃焼を阻害しているためではないかと推定している。
【0012】
本発明の難燃繊維は従来技術のもつ高い難燃性を維持しながら、消煙性能に優れた難燃繊維を提供することが可能となる。本発明の難燃繊維は限界酸素指数値(LOI値)が25以下の繊維素材、例えば綿、レーヨン等と混紡等により複合した場合においても、強度などの性能低下が少なく、しかも良好な難燃性を保持した布帛等の製品を製造することができる。
【0013】
以下実施例によって、本発明を説明するが、本発明はこれら実施例により何等限定されるものではない。なお本発明において繊維強度、難燃性能は以下の測定方法により測定されたものを意味する。
【0014】
[繊維強度 cN/dtex]
JIS L1013試験法に準拠し、インストロン4301型試験機で試長20cm、初荷重0.25cN/dex、および引張速度50%/minの条件にて測定し、n=20の平均値を繊維強度として採用した。
【0015】
[限界酸素指数値(LOI値)]
JIS L1091試験法に準拠して測定した。
【0016】
[無炎燃焼時間 秒]
上記LOI値測定時、有炎燃焼停止後から無炎燃焼(赤熱燃焼)停止までの時間(秒)を測定した。
【0017】
[実施例1〜7および比較例1〜8]
平均重合度1700、ケン化度98.2モル%のPVAに、重合度1000のPVAエマルジョン、平均粒子径0.8μmの酸化錫(日本化学産業社製「OV−SN」)、平均粒子径0.03μmの五酸化アンチモンゾル(日本化学産業社製「アンチモニーゾル」)、平均粒子径0.05μmのシリカ(日産化学社製「スノーテックス」)をそれぞれ表1の組成になるように添加した紡糸原液を、20g/lの水酸化ナトリウムと350g/lの硫酸ナトリウムを含む温度35℃の処理浴を通して中和し、水洗、乾燥を行った後、総延伸倍率が10倍となるように乾熱延伸を行った。この延伸繊維に油剤処理及び機械捲縮を付与した後、38mmに切断して原綿を得た。次いでこの原綿からホームスパンにより糸を形成して編地を作成し、LOI値と無炎燃焼時間を測定した。
【0018】
【表1】

【0019】
表1に示すとおり、組成が本発明の条件を全て満足する実施例1〜7の繊維は優れた繊維強度、LOI値を維持しながら、無炎燃焼時間が短く、すなわち消煙性に優れている。
一方、ケイ素化合物が含有されていない比較例1〜4、さらにそれに加えてPVAとPVCの比率が本発明の条件から外れた比較例5の繊維は繊維強度、LOI値は優れた性能を示すが無炎燃焼時間が長く、すなわち消煙性に劣っていた。また、ケイ素化合物は含有されているがPVAとPVCの比率が本発明の条件から外れた比較例6の繊維は消煙性は優れているものの、繊維強度が低いものとなった。また、酸化錫と五酸化アンチモンの合計が10質量%を越える場合(比較例7)および使用する酸化錫または五酸化アンチモンの平均粒子径が3μmを越える場合(比較例8)は紡糸ノズル直後に断糸が多発して、正常な製糸が行えなかった。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の繊維は、高い難燃性かつ優れた消煙性能を有し、さらに難燃性を有しない他繊維素材との混紡、交撚、交織等により複合化しても高度の難燃性かつ消煙性を保持するので、難燃性の要求される各種の車両用シート、インテリア製品、作業服、天幕地等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】限界酸素指数(LOI)と無炎燃焼時間との関係において、本発明(実施例1〜7)と従来技術(比較例1〜5)との比較を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコールとポリ塩化ビニルを主要構成ポリマーとし、これに錫化合物、五酸化アンチモン、ケイ酸化合物が配合されてなり、下記(1)〜(4)を全て満足することを特徴とする難燃性ポリビニルアルコール系繊維。
(1)ポリビニルアルコールとポリ塩化ビニルの質量比率が85:15〜50:50であること、
(2)錫化合物および五酸化アンチモンの合計含有量がポリビニルアルコールに対して2〜10質量%であること、
(3)錫化合物および五酸化アンチモンの平均粒子径が共に3μm以下であること、
(4)ケイ酸化合物がポリビニルアルコールに対して0.5〜10質量%含有されていること。

【図1】
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【公開番号】特開2008−101293(P2008−101293A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−284479(P2006−284479)
【出願日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】