説明

消耗電極アーク溶接の短絡判別方法

【課題】消耗電極アーク溶接のアークスタートに際して、定常状態に至るまでの過渡期間中の溶接ワイヤと母材との短絡状態を誤検出することなく正確に行うことができるようにする。
【解決手段】溶接ワイヤと母材との短絡状態を溶接電圧値Vwが短絡基準値Vt以下になったことを判別して行う消耗電極アーク溶接の短絡判別方法において、アークスタート時点から定常溶接状態に至るまでの過渡期間Ti中は、前記短絡基準値Vtを定常溶接状態よりも大きな値に設定する。すなわち、過渡期間Ti中の短絡基準値Vtに次第に小さくなる傾斜を持たせる。過渡期間Tiは、アークスタート時点t2からの所定期間、アークスタート時点t2からの溶接電流Iwの積分値が所定値に達するまでの期間又はアークスタート時点t2からの短絡回数の積算値が所定回数に達するまでの期間として設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ワイヤと母材との短絡状態を正確に判別するための消耗電極アーク溶接の短絡判別方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
消耗電極アーク溶接では、溶接ワイヤと母材との間で短絡状態とアーク発生状態とを繰り返しながら溶接が行われる。炭酸ガスアーク溶接、マグ溶接、ミグ溶接等においては、200A程度以下の小・中電流域では3〜5ms程度の短絡期間と10〜30ms程度のアーク期間とが規則正しく繰り返される短絡移行溶接となる。他方、大電流域では、溶接ワイヤからの溶滴移行形態はグロビュール移行又はスプレー移行となり、1ms以下の短絡期間が不規則に発生することになる。パルスアーク溶接の場合も大電流域の場合と略同一である。このような消耗電極アーク溶接において、安定した溶接状態を得るためには、短絡期間中の溶接電流(以下、短絡電流という)を適正な波形で通電して円滑にアーク期間に移行させることが重要である。このためには、短絡期間を正確に判別して、短絡電流を所定波形通りに通電する必要があり、短絡判別方法の性能が溶接品質を決める重要な要素の1つとなっている。以下、従来技術の短絡判別方法について説明する。
【0003】
図6は、消耗電極アーク溶接装置の一般的な構成を示す図である。溶接開始回路STは、溶接開始信号Stを出力する。この溶接開始回路STは、溶接工程を管理するためのプログラマブル・ロジック・コントローラ(PLC)、ロボット溶接にあってはロボット制御装置等に内臓されている。溶接電源PSは、この溶接開始信号Stが入力されると、電源主回路PMからリアクトルWLを介して溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力すると共に、ワイヤ送給モータWMの回転を制御するための送給制御信号Fcを出力する。
【0004】
溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給され、給電チップを介して給電されて、母材2との間にアーク3が発生する。このアーク3によって母材2上に溶融池2aが形成される。溶接電源PSの出力端子と溶接トーチ4との間及び出力端子と母材との間は溶接用ケーブル6a、6bによって接続される。
【0005】
ここで、溶接ワイヤ1が母材2に短絡しているときは下式が成立する。
Vw=(Rc+Rsx+Rp)・Iw (1)式
但し、Rcは溶接用ケーブルの抵抗値、Rsxは短絡時のワイヤ突き出し部抵抗値、Rpは溶融池を含む母材の抵抗値である。また、アーク3が発生しているときは下式が成立する。
Vw=(Rc+Rax+Rp)・Iw+Va (2)式
但し、Raxはアーク発生時のワイヤ突き出し部抵抗値、Vaはアーク電圧値である。
【0006】
ここでRsx=Rax=Rxと略見なすことができるので、短絡基準値Vtを下式のように設定すれば短絡状態とアーク発生状態とを判別することができる。
Vt=K1・Iw+K2 (3)式
但し、K1は定数でありK1=(Rc+Rx+Rp)である。また、K2も定数であり、K2=Va/2である。定数K1が無視できるときはVt=K2に設定すれば良い。この短絡基準値Vtを使用した短絡判別方法について以下説明する。
【0007】
図7は、消耗電極アーク溶接の電流・電圧波形を示す図である。同図(A)は溶接電流Iwを示し、同図(B)は溶接電圧Vwを示す。同図は短絡移行溶接における定常溶接状態の波形図である。以下、同図を参照して説明する。
【0008】
時刻t1〜t2の短絡期間Ts中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは適正な傾きを有して増加し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは小さな値の短絡電圧値となる。短絡期間Ts中の電流波形が適正であることが溶接状態の安定性に大きく影響する。時刻t2〜t3のアーク期間Ta中は、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはアーク負荷に応じて次第に減少し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは短絡時よりも大きな値のアーク発生時電圧値となる。短絡期間Ts中は溶接電流Iwを正確に制御するために溶接電源PSを定電流制御し、アーク期間Ta中はアーク長を制御するために溶接電源PSを定電圧制御することが一般的である。
【0009】
同図(B)に示すように、短絡基準値Vtを予め設定し、溶接電圧Vwがこの短絡基準値Vt以下であるときは短絡期間Tsであると判別し、溶接電圧Vwが短絡基準値Vtを超えているときはアーク期間Taであると判別する。このときに、(3)式で上述したように、(Rc+Rx+Rp)が小さいときはVt=K2の所定値に設定することができる。同図はこの場合である。(Rc+Rx+Rp)・Iwの値を無視できないときは、Vt=K1・Iw+K2に設定し、溶接電流Iwによって短絡基準値Vtを補正するようにすれば良い(特許文献1、2参照)。
【0010】
上記以外の短絡判別方法としては、図6に示すリアクトルWLに発生する電圧値によって行う方法がある。リアクトルに発生する電圧Vl=L・dIw/dtであるので、同図(A)に示すように、短絡期間Tsになると電流が増加してVlは正の値となり、アーク期間Taになると電流が減少して負の値となる。したがって、この電圧値Vlの値によって短絡状態を判別することができる(特許文献3、4参照)。しかし、溶接電流Iwは短絡が発生していないアーク期間Ta中もたえず変化しており、この変化によってもVlは正の値になるために、短絡状態だけを判別することは困難である。
【0011】
さらに、上記とは別の短絡判別方法としては、ACカップリング回路によって溶接電圧波形の0Vレベルをシフトし、このシフトした電圧値によって判別する方法がある(特許文献5参照)。しかし、この方法が適用できるのは短絡移行溶接時だけであり、グロビュール移行溶接、スプレー移行溶接時には適用することができない。
【0012】
【特許文献1】特開昭61−176474号公報
【特許文献2】特開昭61−238469号公報
【特許文献3】特開平5−329640号公報
【特許文献4】特開2001−96364号公報
【特許文献5】特開平10−296440号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
図8は、上述した短絡基準値Vtを使用した短絡判別方法を示すアークスタート時の波形図である。同図(A)は溶接電流Iwを示し、同図(B)は溶接電圧Vwを示し、同図(C)は短絡判別信号Sdを示す。短絡判別信号Sdは、Vw≦Vtのときに短絡期間と判別してHighレベルになり、Vw>Vtのときにアーク期間と判別してアーク期間と判別してLowレベルになる。以下、同図を参照して説明する。
【0014】
時刻t1において溶接開始信号Stが入力されると溶接電源PSの出力が開始されるので、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwが溶接ワイヤと母材との間に印加される。この時点では、溶接ワイヤは母材と非接触状態にあるので、溶接電圧Vwは最大値の無負荷電圧値になる。時刻t1において溶接ワイヤの送給が開始される。
【0015】
時刻t2において溶接ワイヤが母材と接触すると、同図(A)に示すように、溶接電流Iwが通電を開始する。時刻t2〜t3の短絡期間中は、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは低下して短絡電圧値になる。しかし、短絡基準値Vtよりも大きいために短絡期間を判別することができず、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベル(アーク期間)のままとなる。このために、溶接電源PSは短絡期間としての溶接電流Iwの制御ができないので、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは適正な増加波形に比べて急激な増加波形となる。この結果、スパッタの発生が増加し、溶接状態も不安定になる。時刻t3〜t4のアーク期間中は、同図(B)に示すように、Vw>Vtとなるのでアーク期間と判別し、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベル(アーク期間)となる。このために、溶接電源PSは、定電圧制御によるアーク長制御を行う。この結果、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは次第に減少する。時刻t4〜t6の期間の動作も同様であり、短絡判別は誤検出する。
【0016】
時刻t6〜t7の短絡期間中は、同図(B)に示すように、Vw≦Vtとなるので短絡期間が正しく判別されて、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベル(短絡期間)となる。このために、同図(A)に示すように、溶接電源PSは定電流制御されて溶接電流Iwの増加波形が適正化される。この結果、スパッタ発生の少ない安定した溶接状態になる。時刻t7〜t8のアーク期間中は、同図(B)に示すように、Vw>Vtとなるのでアーク期間と判別されて、溶接電源PSは定電圧制御によるアーク長制御を行う。このために、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは次第に減少する。これ以降の期間の動作も同様である。
【0017】
上記において、時刻t2〜t3及び時刻t4〜t5の短絡期間中の短絡電圧値が大きくなる理由は以下のとおりである。すなわち、時刻t1においてアークスタートした後に溶接状態が定常状態になるまでの過渡期間中は、溶融池の形成が不十分であるためにワイヤ突き出し長さが長くなりその抵抗値Rsxが定常状態よりも大きな値となり、かつ、溶融池を含む母材も低温であるためにその抵抗値Rpも定常状態よりも大きくなる。このために、(1)式で上述したように、短絡電圧値はVw=(Rc+Rsx+Rp)・Iwとなるので、過渡期間中は短絡電圧値が定常状態よりも大きくなり上述した誤検出の原因となっている。短絡電圧値は溶接電流Iwの変化幅によっても変化するが、過渡期間中のワイヤ突き出し部抵抗値Rsx及び母材抵抗値Rpの変化の方が大きい場合がある。この場合には、溶接ワイヤの材質が鉄鋼又はステンレス鋼であり、溶接ワイヤが細径であり、ワイヤ突き出し長さが長い場合である。このような溶接条件が重なると、過渡期間中の短絡電圧値が大きくなるために誤検出が発生することになる。
【0018】
そこで、本発明は、アークスタート後の過渡期間中も短絡状態を正確に判別することができる消耗電極アーク溶接の短絡判別方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述した課題を解決するために、第1の発明は、
溶接ワイヤと母材との短絡状態を溶接電圧値が短絡基準値以下になったことを判別して行う消耗電極アーク溶接の短絡判別方法において、
アークスタート時点から定常溶接状態に至るまでの過渡期間中は、前記短絡基準値を定常溶接状態よりも大きな値に設定する、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接の短絡判別方法である。
【0020】
第2の発明は、前記過渡期間中の前記短絡基準値は、過渡状態の進行に伴ってその値を次第に小さくする傾斜をゆうする、
ことを特徴とする第1の発明記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法である。
【0021】
第3の発明は、前記過渡期間を、アークスタート後の所定期間とする、
ことを特徴とする第1又は第2の発明記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法である。
【0022】
第4の発明は、前記過渡期間を、アークスタート後の溶接電流の積分値が所定値に達するまでの期間とする、
ことを特徴とする第1又は第2の発明記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法である。
【0023】
第5の発明は、前記過渡期間を、アークスタート後の短絡回数の積算値が所定回数に達するまでの期間とする、
ことを特徴とする第1又は第2の発明記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、アークスタート時点から定常溶接状態に至るまでの過渡期間中は、短絡基準値を定常溶接状態よりも大きな値に設定することによって、ワイヤ突き出し部抵抗値及び溶融池を含む母材の温度が定常状態になるまでの過渡状態にあっても短絡状態を正確に判別することができる。このために、短絡状態に応じた溶接電流制御を行うことができ、スパッタ発生の少ない高品質な溶接を行うことができる。
【0025】
上記第4の発明によれば、上記の効果に加えて、アークスタート後の過渡期間を溶接電流の積分値が所定値に達するまでの期間としている。溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇が電流積分値に略比例するために、電流積分値が所定値に達する時点で過渡期間が略収束することになる。したがって、過渡期間を正確に設定することができるので、短絡基準値を過渡期間により適合させることができ、短絡状態の判別精度がより向上する。
【0026】
上記第5の発明によれば、上記の効果に加えて、アークスタート後の過渡期間を短絡回数の積算値が所定回数に達するまでの期間としている。溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇が短絡回数積算値に略比例するために、短絡回数積算値が所定回数に達する時点で過渡期間が略収束することになる。したがって、過渡期間を正確に設定することができるので、短絡基準値を過渡期間により適合させることができ、短絡状態の判別精度がより向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0028】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接の短絡判別方法を示すアークスタート時の波形図である。同図(A)は溶接電流Iwを示し、同図(B)は溶接電圧Vwを示し、同図(C)は短絡判別信号Sdを示す。同図は上述した図8と対応しており、以下、図8とは異なる動作について同図を参照して説明する。
【0029】
短絡基準値Vtは、同図(B)に示すように、時刻t2のアークスタート後から予め定めた過渡期間Ti中はその値が次第に小さくなる傾きを有して変化し、時刻t8の過渡期間Tiの終了時点で定常値に収束する。この過渡期間Tiは、溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度が定常状態になり溶接状態が定常状態に収束するまでの期間である。この過渡期間Tiは、図3〜5で後述するように、アークスタート後の所定期間、溶接電流積分値が所定値に達するまでの期間、短絡回数積算値が所定回数に達するまでの期間等として設定することができる。
【0030】
短絡期間中の電圧は、上述したように(1)式で表すことができる。
Vw=(Rc+Rsx+Rp)・Iw
ここで、上記の過渡期間Ti中は、ワイヤ突き出し部抵抗値Rsx及び溶融池を含む母材抵抗値Rpが変化する。この変化に対応させて、短絡基準値Vtの傾きを決定する。
【0031】
同図(B)において、過渡期間Ti中の短絡期間(時刻t2〜t3、t4〜t5及びt6〜t7)の電圧値Vwは短絡基準値Vt以下になるために、同図(C)に示すように、短絡判別信号Sdは誤検出することなく正しく短絡が判別されるのでHighレベルになる。時刻t8以降においても短絡期間(時刻t8〜t9及びt10〜t11)の電圧値Vwは短絡基準値Vt以下になるために、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdはHighレベルになる。アーク期間中の電圧値Vwは短絡基準値Vtを超える値になるために、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdはLowレベルになる。以上のように、短絡期間及びアーク期間を正確に判別することができるために、同図(A)に示すように、溶接電流Iwの変化を適正化することができるので、過渡期間Ti中からスパッタ発生の少ない安定した溶接状態を得ることができる。
【0032】
図2は、本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接の短絡判別方法を実施するための溶接電源のブロック図である。溶接装置は上述した図6と同一であり、その構成物の1つである溶接電源PSの詳細ブロックが同図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0033】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御によって出力制御され、リアクトルWLを介して溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。この電源主回路PMは、商用電源を整流する1次整流器、整流された電圧を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流電圧を高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器から成る。
【0034】
溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給され、母材2との間にアーク3が発生する。
【0035】
電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して、電圧検出信号Vdを出力する。電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。電流通電判別回路CDは、上記の電流検出信号Idが正の値になったことを判別(溶接電流Iwが通電を開始したことを判別)してHighレベルになる電流通電判別信号Cdを出力する。短絡基準値設定回路VTは、この電流通電判別信号CdがHighレベルになったことを入力として、図3で後述するように予め定めた関数Vt=f(t)に従って算出される短絡基準値信号Vtを出力する。ここで、tは電流通電判別信号CdがHighレベルになった時点(アークスタート時点)からの経過時間である。短絡判別回路SDは、上記の電圧検出信号Vdと上記の短絡基準値信号Vtとを比較して、Vd≦Vtのときに短絡期間と判別してHighレベルになり、Vd>Vtのときにアーク期間と判別してLowレベルになる短絡判別信号Sdを出力する。
【0036】
送給制御回路FCは、外部からの溶接開始信号Stを入力として、ワイヤ送給モータWMの回転を制御するための送給制御信号Fcを出力する。溶接開始信号Stが入力されると溶接ワイヤ1の送給が開始される。
【0037】
短絡電流設定回路ISRは、予め定めた短絡電流波形となるように短絡電流設定信号Isrを出力する。電流誤差増幅回路EIは、この短絡電流設定信号Isrと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この電圧設定信号Vrと上記の電圧検出信号Vdとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0038】
外部特性切換回路SPは、上記の短絡判別信号SdがHighレベルのときは上記の電流誤差増幅信号Eiを誤差増幅信号Eaとして出力し、Lowレベルのときは上記の電圧誤差増幅信号Evを誤差増幅信号Eaとして出力する。したがって、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)のときは溶接電源の外部特性は定電流特性となり、Lowレベル(アーク期間)のときは定電圧特性となる。駆動回路DVは、上記の溶接開始信号Stが入力されると、上記の誤差増幅信号Eaに従ってパルス幅変調制御を行い、上述した電源主回路PMに含まれるインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0039】
図3は、上述した短絡基準値設定回路VTに内蔵されている関数Vt=f(t)の一例を示す図である。同図の横軸は上記の電流通電判別信号CdがHighレベルになった時点(アークスタート時点)からの経過時間tを示し、縦軸は短絡基準値Vtを示す。同図に示すように、t=0のときVt=Vatとなり、t=TbのときVt=Vbtとなる。したがって、この関数は下式で表すことができる。
0≧t<Tb Vt=(Vbt−Vat)/Tb+Vat
Tb≧t Vt=Vbt
ここで、過渡期間Ti=Tbである。
【0040】
上記関数におけるVat、Vbt又はTbの内の少なくとも1つ以上は、溶接ワイヤの材質、直径、溶接法等によって適正値に変化させることが望ましい。これらの条件によって溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇速度が異なるためである。数値例を挙げると、直径1.2mmの鉄鋼ワイヤ及びステンレス鋼ワイヤでは(Vbt−Vat)=2〜5V程度であり、直径1.6mmのアルミニウム合金ワイヤでは0.2〜2V程度である。Tb=100〜300ms程度である。
【0041】
上述した実施の形態1によれば、アークスタート時点から定常溶接状態に至るまでの過渡期間中は、短絡基準値を定常溶接状態よりも大きな値に設定することによって、溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度が定常状態になるまでの過渡状態にあっても短絡状態を正確に判別することができる。このために、短絡状態に応じた溶接電流制御を行うことができ、スパッタ発生の少ない高品質な溶接を行うことができる。
【0042】
[実施の形態2]
図4は、上述した短絡基準値設定回路VTに内蔵されている関数の図3とは別の一例を示す図である。同図の横軸はアークスタート時点からの溶接電流Iwの積分値(以下、電流積分値Siという)を示し、縦軸は短絡基準値Vtを示す。同図に示すように、Si=0のときVt=Vatとなり、Si=SbiのときVt=Vbtとなる。したがって、この関数は下式で表すことができる。
0≧Si<Sbi Vt=(Vbt−Vat)/Sbi+Vat
Sbi≧Si Vt=Vbt
ここで、過渡期間Tiは電流積分値Si=Sbiとなる時点である。
【0043】
上記関数におけるVat、Vbt又はSbiの内の少なくとも1つ以上は、溶接ワイヤの材質、直径、溶接法等によって適正値に変化させることが望ましい。これらの条件によって溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇速度が異なるためである。
【0044】
本実施の形態を実施するための溶接電源PSのブロック図は、上述した図2のブロック図における電流通電判別回路CDを以下のように変更したものである。すなわち、電流通電判別回路CDの代わりに電流積分回路SIを設けたものである。この電流積分回路SIは、電流検出信号Idを積分して電流積分値信号Siを出力する。これ以外のブロックは同一である。
【0045】
上述した実施の形態2によれば、アークスタート後の過渡期間Tiを溶接電流の積分値Siが所定値Sbiに達するまでの期間としている。溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇が電流積分値Siに略比例するために、電流積分値Siが所定値Sbiに達する時点で過渡期間Tiが略収束することになる。したがって、過渡期間Tiを正確に設定することができるので、短絡基準値を過渡期間Tiにより適合させることができ、短絡状態の判別精度がより向上する。
【0046】
[実施の形態3]
図5は、上述した短絡基準値設定回路VTに内蔵されている関数の図3及び4とは別の一例を示す図である。同図の横軸はアークスタート時点からの短絡回数の積算値Nを示し、縦軸は短絡基準値Vtを示す。同図に示すように、N=0のときVt=Vatとなり、N=NbのときVt=Vbtとなる。したがって、この関数は下式で表すことができる。
0≧N<Nb Vt=(Vbt−Vat)/Nb+Vat
Nb≧N Vt=Vbt
ここで、過渡期間Tiは短絡回数積算値N=Nbとなる時点である。
【0047】
上記関数におけるVat、Vbt又はNbの内の少なくとも1つ以上は、溶接ワイヤの材質、直径、溶接法等によって適正値に変化させることが望ましい。これらの条件によって溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇速度が異なるためである。
【0048】
本実施の形態を実施するための溶接電源PSのブロック図は、上述した図2のブロック図における電流通電判別回路CDを以下のように変更したものである。すなわち、電流通電判別回路CDの代わりに短絡回数積算回路NSを設けたものである。この短絡回数積算回路NSは、短絡判別信号Sdを積算して短絡回数積算値信号Nsを出力する。これ以外のブロックは同一である。
【0049】
上述した実施の形態3によれば、アークスタート後の過渡期間Tiを短絡回数の積算値Nが所定回数Nbに達するまでの期間としている。溶融池形成状態の進行に伴うワイヤ突き出し部抵抗値の変化及び溶融池を含む母材の温度上昇が短絡回数積算値Nに略比例するために、短絡回数積算値Nが所定回数Nbに達する時点で過渡期間Tiが略収束することになる。したがって、過渡期間Tiを正確に設定することができるので、短絡基準値を過渡期間Tiにより適合させることができ、短絡状態の判別精度がより向上する。
【0050】
上記の実施の形態1〜3は短絡移行溶接の場合を例示したが、短絡を伴うグロビュール移行溶接、短絡を伴うスプレー移行溶接、短絡を伴うパルスアーク溶接、短絡を伴う交流消耗電極アーク溶接等にも適用することができる。また、上述した図3〜5においては、短絡基準値Vtが過渡期間中に次第に小さくなる傾斜を有する場合を例示したが、ステップ状に降下するようにしても良い。また、曲線状に小さくなるようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接の短絡判別方法を示す波形図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係る溶接電源PSのブロック図である。
【図3】図2の短絡基準値設定回路VTに内蔵されている関数を示す図である。
【図4】図2の短絡基準値設定回路VTに内蔵されている図3とは別の関数を示す図である。
【図5】図2の短絡基準値設定回路VTに内蔵されている図3及び4とは別の関数を示す図である。
【図6】従来技術の消耗電極アーク溶接装置の構成図である。
【図7】従来技術の短絡判別方法を示す波形図である。
【図8】課題を説明するためのアークスタート後の過渡期間中における短絡判別状態を示す波形図である。
【符号の説明】
【0052】
1 溶接ワイヤ
2 母材
2a 溶融池
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
6a、6b 溶接用ケーブル
CD 電流通電判別回路
Cd 電流通電判別信号
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
Ea 誤差増幅信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
ISR 短絡電流設定回路
Isr 短絡電流設定信号
Iw 溶接電流
K1、K2 定数
N 短絡回数積算値
Nb 短絡回数積算値の所定回数
NS 短絡回数積算回路
Ns 短絡回数積算値信号
PM 電源主回路
PS 溶接電源
Rax アーク発生時のワイヤ突き出し部抵抗値
Rc 溶接用ケーブルの抵抗値
Rp 溶融池を含む母材抵抗値
Rsx 短絡時のワイヤ突き出し部抵抗値
Sbi 電流積分値の所定値
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SI 電流積分回路
Si 電流積分値(信号)
SP 外部特性切換回路
ST 溶接開始回路
St 溶接開始信号
t アークスタート後の経過時間
Ta アーク期間
Ti 過渡期間
Ts 短絡期間
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
Vl リアクトルに発生する電圧
VR 電圧設定回路
Vr 電圧設定信号
VT 短絡基準値設定回路
Vt 短絡基準値(信号)
Vw 溶接電圧
WL リアクトル
WM ワイヤ送給モータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤと母材との短絡状態を溶接電圧値が短絡基準値以下になったことを判別して行う消耗電極アーク溶接の短絡判別方法において、
アークスタート時点から定常溶接状態に至るまでの過渡期間中は、前記短絡基準値を定常溶接状態よりも大きな値に設定する、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接の短絡判別方法。
【請求項2】
前記過渡期間中の前記短絡基準値は、過渡状態の進行に伴ってその値を次第に小さくする傾斜をゆうする、
ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法。
【請求項3】
前記過渡期間を、アークスタート後の所定期間とする、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法。
【請求項4】
前記過渡期間を、アークスタート後の溶接電流の積分値が所定値に達するまでの期間とする、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法。
【請求項5】
前記過渡期間を、アークスタート後の短絡回数の積算値が所定回数に達するまでの期間とする、
ことを特徴とする請求項1又は2記載の消耗電極アーク溶接の短絡判別方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate