説明

液体噴射ヘッドおよび液体噴射装置

【課題】 リザーバの端部領域が尖った形状となっている場合、尖っているが故に、この尖った部分に応力が集中するため、この尖端からクラック(割れ)が発生し易い。
【解決手段】 流路形成基板の周縁部において、ダミー流路部に応力が集中しやすい形状が形成されており、他の部分よりも脆弱となるので、流路ユニット構成部材の接合時の温度変化によって熱応力が生じたときに、同応力集中領域を基点として、他の部分よりも優先的に脆弱な部分にクラックを誘発させることができる。特に、流路部にも同様の角部が形成されるものの、上記流路形成基板の側にも応力集中領域に隣接しつつ上記周縁部側に向かう位置を、肉厚を薄くした薄肉部で形成している。すなわち、応力が集中しやすい形状の上に当該部分の肉厚が薄いので、よりクラックを誘発しやすくなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流路形成基板に形成された共通液体室から圧力室を通ってノズル開口に至る一連の液体流路を有する液体噴射ヘッドと、この液体噴射ヘッドを備えた液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
圧力室内の液体に圧力変動を生じさせることでノズル開口から液滴として吐出させる液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンタ等の画像記録装置(液体噴射装置)に用いられるインクジェット式記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドという)、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材噴射ヘッド、バイオチップ(生物化学素子)の製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等がある。
【0003】
上記記録ヘッドの場合を例に挙げると、この記録ヘッドは、複数のノズル開口が開設されたノズルプレート、共通インク室から圧力室を通ってノズル開口に至る一連のインク流路を区画する空部や溝部などの流路部が開設された流路形成基板、圧力発生素子の作動に応じて圧力室に対応する領域が弾性変形する弾性板(流路形成基板の開口面を封止する封止板とも言える)を有する流路ユニットを備えて構成されている(例えば、特許文献1参照)。これらの流路ユニット構成部材のうち、上記流路形成基板は、記録画像の高密度化や記録動作の高速化に対応すべく、高い加工密度や加工精度が要求される。そのため、この流路形成基板の材料としては、異方性エッチング等によって微細な形状を寸法精度良く形成可能なシリコン単結晶性基板(シリコンウェハー)が好適に用いられる。一方、ノズルプレートや弾性板の材料としては、加工の容易性から、例えばステンレス綱等の金属製の板材が用いられる。
【0004】
上記のように流路形成基板には、共通インク室となる貫通孔(以下、単にリザーバという)等の流路部が異方性エッチング等によって設けられるが、特許文献1に開示されている記録ヘッドでは、リザーバの端部領域が、端に行くほど次第に絞られて尖った形状に形成されている。このようにすると、リザーバの端部領域においてインクの流れを円滑にすることができ、この領域における気泡の滞留を防止することができるからである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−177119号公報(第4図、第10図等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のノズルプレート、流路形成基板、及び弾性板からなる流路ユニットの構成部材は、接着剤を構成部材同士の間に介在させ、この接着剤を加熱して硬化させることで接合される。ところが、流路形成基板がシリコンで作製され、ノズルプレートがステンレス鋼等の金属製の板材で作製されている場合には、これらの構成部材の基材間に線膨張率の差があるため、接合時の加熱及び冷却による温度変化によって相対的な伸縮差が生じて構成部材が変形することがある。この際、流路形成基板の周縁側は、流路部が設けられた中央側に比べて剛性が高く、剛性が高い領域と低い領域との境界部分に応力が集中し、これにより、流路形成基板にクラックが入ることがある。特に、上記特許文献1の例のように、リザーバの端部領域が尖った形状となっている場合、尖っているが故に、この尖った部分に応力が集中するため、この尖端からクラック(割れ)が発生し易い。
【0007】
このようにリザーバ等の流路部にクラックが生じると、このクラックを通じて記録ヘッドの外側にインクが漏れたり、或いは、クラックを通じて漏出したインクが他の色に対応する流路部に浸入して混色が生じる可能性があり得る。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、流路形成基板の液体流路にクラックが生じるのを可及的に防止することが可能な液体噴射ヘッドと、同液体噴射ヘッドを備えた液体噴射装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、圧力発生素子により内部の液体に圧力変動を受ける圧力室に液体を供給する共通液体室と流路部が形成された流路形成基板と、上記圧力室に連通するノズル開口が形成されたノズル形成部材とを有する流路ユニットを備え、上記圧力発生素子の作動に応じて上記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドであって、上記流路形成基板は、液滴の吐出には関与しないとともに当該流路形成基板を貫通する空間からなるダミー流路部を有し、上記流路形成基板は、上記ダミー流路部の周縁部側の領域から上記流路形成基板の周縁部側に向かう領域に肉厚を薄くした薄肉部が形成されていることを特徴とする。
また、上記流路形成基板は、上記ダミー流路部の周縁部側となる領域で応力が集中しやすい形状に形成されている応力集中領域を有するように構成しても良い。
【0009】
上記構成によれば、流路形成基板の周縁部において、ダミー流路部に応力が集中しやすい形状が形成されており、他の部分よりも脆弱となるので、流路ユニット構成部材の接合時の温度変化によって熱応力が生じたときに、同応力集中領域を基点として、他の部分よりも優先的に脆弱な部分にクラックを誘発させることができる。特に、流路部にも同様の角部が形成されるものの、上記流路形成基板の側にも応力集中領域に隣接しつつ上記周縁部側に向かう位置を、肉厚を薄くした薄肉部で形成している。すなわち、応力が集中しやすい形状の上に当該部分の肉厚が薄いので、よりクラックを誘発しやすくなる。
【0010】
また、上記流路形成基板は、結晶性を有する基材により形成され、上記薄肉部は、上記応力集中領域から結晶構造における最密面の方向に沿って形成しても良い。
一般に結晶構造を有する場合は最密面の方向に沿って割れやすい。従って、薄肉部が応力集中領域から最密面の方向に沿って形成してあれば、その方向に沿って割れやすくなる。
さらに、上記ダミー流路部は、応力が集中しやすい形状として上記流路形成基板における周縁部に近い部分で二面が交差する角部が形成され、上記薄肉部は、この角部に接するように形成することができる。
【0011】
二面が交差する角部には応力が集中しやすいので、薄肉部の効果も相乗してよりクラックを誘発しやすい。
角部に接するというのは、薄肉部がある幅を持って形成されているときに、その端から端までのどこかが角部に接していればよい。薄肉部の真ん中であっても良いし、端であっても良い。
そして、上記ダミー流路部の角部を形成する二面のうちの一方が結晶構造における最密面とするようにしてもよい。
【0012】
結晶構造における最密面は他の角度よりも割れやすい。すなわち、応力が集中したときにこの最密面に沿って割れやすい。角部を形成する一面が最密面であることにより、さらに確実に当該角部にクラックを誘発させることができる。
また、上記薄肉部は、上記ダミー流路部の応力集中領域から上記流路形成基板における周縁までつながるように形成してもよい。
【0013】
薄肉部が応力集中領域から周縁までつながっていることで、この薄肉部以外の部分にクラックを誘発しにくくなる。
さらに、上記薄肉部は、上記ダミー流路部の応力集中領域から上記流路形成基板における周縁まではつながっていないように形成してもよい。
周縁までつながっていると他の部分にクラックを誘発させないという点で優れるものの、流路形成基板全体の強度が下がる傾向も生じる。このため、クラックを誘発させるという点で薄肉部が作用すればよいので、必ずしも周縁までつなげず、その代わりに流路形成基板全体の強度を確保できる。
【0014】
また、上記ダミー流路部の応力集中領域は複数形成され、上記薄肉部は、これらの複数の応力集中領域に隣接するように形成しても良い。
応力集中領域は一つとは限らないが、薄肉部としてはある幅を有する形状となるので、複数の応力集中領域に対してまとめて隣接するように形成すれば良い。
むろん、このような液体噴射ヘッドを備えた液体噴射装置でも、同様にしてクラックを誘発できる。
なお、液体噴射ヘッドのより具体的な構成として、ノズル開口ごとの所定の液体流路と、各色ごとに共通の共通液体室とからなる流路部が形成された流路形成基板と、液滴が吐出される上記ノズル開口が開設され、上記流路形成基板の一方の面に接合されるノズル形成部材と、上記流路形成基板の他方の面に接合され、圧力発生素子の作動に応じて上記ノズル開口ごとの所定の液体流路である圧力室に対応する領域が弾性変形する弾性板とから構成され、上記共通液体室から上記圧力室を通って上記ノズル開口に至る一連の液体流路を形成する流路ユニットを備えるようにしてもよい。
その上で、上記流路形成基板は、上記流路部とともに、液滴の吐出には関与しないとともに当該流路形成基板を貫通する空間からなるダミー流路部を有し、上記ダミー流路部は上記流路形成基板における周縁部に近い部分で応力が集中しやすい応力集中領域を有する形状として形成され、上記流路形成基板は、この応力集中領域に隣接しつつ上記周縁部側に向かう位置に肉厚を薄くした薄肉部を形成することが可能である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、接合時の熱応力をインクなどが充填されないダミー流路部へ分散させることができ、流路部側にクラックが生じるのを抑制することが可能となる。その結果、液体噴射ヘッドの外側に液体が漏れたり、或いは、流路部から他の流路部に液体が浸入して液体が混じり合うといった不具合を未然に防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】記録ヘッドの構成を説明する分解斜視図である。
【図2】記録ヘッドの構成を説明する要部断面図である。
【図3】流路形成基板の基材となるシリコンウェハーの平面図である。
【図4】流路形成基板の構成を説明する平面図である。
【図5】図4における領域Aの拡大図である。
【図6】薄肉部を示す断面図である。
【図7】薄肉部の変形例を示す図である。
【図8】薄肉部の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための最良の形態を、添付図面等を参照して説明する。なお、以下に述べる実施の形態では、本発明の好適な具体例として種々の限定がされているが、本発明の範囲は、以下の説明において特に本発明を限定する旨の記載がない限り、これらの態様に限られるものではない。また、以下の説明は、本発明の液体噴射ヘッドとして、インクジェット式記録装置(液体噴射装置の一種。以下、単にプリンタという)に搭載されるインクジェット式記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドという)を例に挙げて行う。
【0018】
図1は、本実施形態における記録ヘッド1の分解斜視図、図2は、記録ヘッド1の要部断面図である。例示した記録ヘッド1は、カートリッジ基台2(以下、「基台」という)、駆動用基板5、ケース10、流路ユニット11、及び、アクチュエータユニット13を主な構成要素としている。基台2は、例えば、エポキシ系樹脂等の合成樹脂によって成型されており、その上面にはフィルタ3を介在させた状態でインク導入針4が複数取り付けられている。これらのインク導入針4には、インク(液体の一種)を貯留したインクカートリッジ(図示せず)が装着されるようになっている。
【0019】
駆動用基板5は、図示せぬプリンタ本体側からの駆動信号を圧電振動子19へ供給するための配線パターンが形成されると共に、プリンタ本体側との接続のためのコネクタ6や抵抗やコンデンサ等の電子部品8等を実装している。コネクタ6にはFFC(フレキシブルフラットケーブル)等の配線部材が接続され、駆動用基板5は、このFFCを介してプリンタ本体側から駆動信号を受けるようになっている。そして、この駆動用基板5は、パッキンとして機能するシート7を介在させた状態で、インク導入針4とは反対側の基台2の底面側に配置される。
【0020】
ケース10は、合成樹脂製の中空箱体状部材であり、先端面(下面)には流路ユニット11を接合し、内部に形成された収容空部12内にはアクチュエータユニット13を収容し、流路ユニット11側とは反対側の基板取付面14には駆動用基板5を取り付けるようになっている。また、このケース10の先端面側には、金属製の薄板部材によって作製されたヘッドカバー16が、流路ユニット11の外側からその周縁部を包囲するように取り付けられる。このヘッドカバー16は、流路ユニット11やケース10を保護すると共に、流路ユニット11のノズルプレート25を接地電位に調整し、記録紙等から発生する静電気によるノイズ等の障害を防止する機能を果たす。
【0021】
上記アクチュエータユニット13は、櫛歯状に列設された複数の圧電振動子19(圧力発生素子の一種)と、この圧電振動子19が接合される固定板20と、駆動用基板5からの駆動信号を圧電振動子19に伝達するための、TCP(テープキャリアパッケージ)等の配線部材21等から構成される。各圧電振動子19は、固定端部側が固定板20上に接合され、自由端部側が固定板20の先端面よりも外側に突出している。即ち、各圧電振動子19は、所謂片持ち梁の状態で固定板20上に取り付けられている。また、各圧電振動子19を支持する固定板20は、例えば厚さ1mm程度のステンレス鋼によって構成されている。そして、アクチュエータユニット13は、固定板20の背面を、収納空部12を区画するケース内壁面に接着することで収納空部12内に収納・固定されている。
【0022】
流路ユニット11は、弾性板23、流路形成基板24、及びノズルプレート25からなる流路ユニット構成部材を積層した状態で接着剤で接合して一体化することにより作製されており、共通インク室27(共通液体室)からインク供給口28及び圧力室29を通りノズル開口30に至るまでの一連のインク流路(本発明における液体流路に相当)を形成する部材である。圧力室29は、ノズル開口30の列設方向(ノズル列方向)に対して直交する方向に細長い室として形成されている。また、共通インク室27は、インクカートリッジに挿入されたインク導入針4側からのインクが導入される室である。そして、この共通インク室27に導入されたインクは、インク供給口28を通じて各圧力室29に分配供給される。
【0023】
流路ユニット11の底部に配置されるノズルプレート25(本発明におけるノズル形成部材の一種)は、ドット形成密度に対応したピッチ(例えば180dpi)で複数のノズル開口30を、紙送り方向(副走査方向)に列状に開設した金属製の薄い板材である。本実施形態のノズルプレート25は、ステンレス鋼の板材によって作製され、ノズル開口30の列(ノズル列)が、記録ヘッド1の走査方向(主走査方向)に複数並べて設けられている。そして、1つのノズル列は、例えば180個のノズル開口30によって構成される。本実施形態の記録ヘッド1は、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)、ブラック(K)の合計4色のインクを吐出可能に構成されており、これらの色に対応させて合計4列のノズル列がノズルプレート25に形成されている。
【0024】
流路ユニット構成部材の1つである流路形成基板24は、インク流路となる流路部40、具体的には、共通インク室27となる開口部41、インク供給口28となる溝部、及び、圧力室29となる空部42(何れも図4参照)が区画形成された板状の部材である。本実施形態において、流路形成基板24は、結晶性を有する基材であるシリコンウェハーを異方性エッチング処理することによって作製されている。この流路形成基板24の詳細については、図4を用いて後述する。
【0025】
ノズルプレート25とは反対側の流路形成基板24の面に配置される弾性板23は、ステンレス鋼等の金属製の支持板上に弾性フィルムをラミネート加工した二重構造の複合板材である。この弾性板23の圧力室29に対応する部分には、圧電振動子19の自由端部の先端を接合するための島部32が形成されており、この部分がダイヤフラム部として機能する。即ち、この弾性板は23は、圧電振動子19の作動に応じて島部32の周囲の弾性フィルムが弾性変形するように構成されている。また、弾性板23は、流路形成基板24の開口部41の一方の開口面を封止し、コンプライアンス部33としても機能する。このコンプライアンス部33に相当する部分については弾性フィルムだけにしている。
【0026】
なお、この弾性板23は、流路形成基板24に形成された流路部40の開口面を封止する封止板と言うこともできる。
そして、この記録ヘッド1において、上記駆動用基板5から配線部材21を通じて圧電振動子19に駆動信号が供給されると、この圧電振動子19が素子長手方向に伸縮し、これに伴い島部32が圧力室29に近接する方向或いは離隔する方向に移動する。これにより、圧力室29の容積が変化し、圧力室29内のインクに圧力変動が生じる。この圧力変動によってノズル開口30からインク滴(液滴の一種)が吐出される。即ち、この圧電振動子19は、圧力室29内のインクに圧力変動を発生させることによりこの圧力室29内のインクをノズル開口30からインク滴として吐出させ得る圧力発生源の一種であるとも言える。
【0027】
図3は、上記流路形成基板24の材料となるシリコンウェハー35の平面図である。このシリコンウェハー35は、例えば、表面37が結晶方位面(110)面に設定されたシリコン単結晶基板である。このシリコンウェハー35の表面37上には、流路形成基板24となる基板領域24´が、切断予定線L1,L2によって複数(本実施形態では10箇所)区画されており、各基板領域24´には、上記インク流路となる流路部40(図4参照)が異方性エッチングによって形成されている。また、切断予定線L1,L2上には、同じく異方性エッチングによって細長く小さな貫通孔が複数穿設されてブレイクパターンが形成されている。なお、図3における横切断予定線L1は、(110)面上であって、この(110)面に直交する第1の(111)面の面方向に設定されている。また、横切断予定線L1に直交する縦方向の縦切断予定線L2は、第1の(111)面に垂直な軸方向に設定されている。上記第1の(111)面は、異方性エッチングにおける基準面となるオリエンテーションフラット(所謂オリフラ)OFを構成している。
【0028】
図4は、上記シリコンウェハー35を切断予定線L1,L2で分割して得られる流路形成基板24の構成を説明する平面図である。同図に示すように、流路形成基板24の中央部24aには、開口部41や空部42等から成る流路部40が、異方性エッチングによって形成されている。本実施形態においては、上記4色のインクに対応させて、共通インク室27となる開口部41が合計4列形成されている。そして、各開口部41からは、インク供給口28となる溝部(図示せず)及び圧力室29となる空部42が、ノズルプレート25に開設されたノズル開口30に対応させて複数分岐して形成されている。そして、本実施形態の流路形成基板24には、開口部41や空部42の列から成る流路部40が、主走査方向に並べられた状態で合計4組形成されている。また、図4において左側の2組の流路部40と右側の2組の流路部40は、夫々対になっており、空部42の列(圧力室列)を互いに向き合わせた状態に配置されている。
【0029】
また、流路形成基板24には、インク滴の吐出には関与しない貫通孔であるダミー流路部44が、流路部40に対して隔てた状態で並設されている。本実施形態においては、対になった流路部40同士の間にダミー流路部44が1つずつ、合計2箇所設けられている。より詳しくは、隣り合う流路部40における空部42の列の間にダミー流路部44が配置されている。このダミー流路部44は、流路部40とは隔てて(つまり、流路部40とは連通しない状態で)設けられているので、通常ではインクが入り込まない部分となっており、流路形成基板24の一部の剛性を調整、具体的には空部42の列の間の剛性を意図的に低下させて、圧電振動子19の駆動時の空部42の列の間の応力集中を緩和させるための緩衝孔として機能する部分である。また、このダミー流路部44は、流路ユニット構成部材間を接合する際の余分な接着剤或いは気泡を導入する逃げ孔としても機能し、接着剤が流路部40側に流れ込んだり、各部材間に気泡が入ることで接着不良が発生したりするのを防止する。
【0030】
ところで、上記開口部41の副走査方向の両端部は、端に行くほど次第に絞られて尖った形状となっている。このようにすると、開口部41の両端部、即ち、共通インク室27の両端側のインクの流れを円滑にすることができ、この部分における気泡の滞留を防止することができる。しかしながら、尖っているが故に、この開口部41の両端に応力が集中するため、この先端からクラック(割れ)が発生し易い。この開口部41等の流路部40でクラックが生じると、このクラックを通じてヘッドの外側にインクが漏れたり、或いは、クラックを通じて漏出したインクが他の色に対応する流路部40に浸入して混色が生じる虞がある。このような問題を解決すべく、上記流路形成基板24では、ダミー流路部44の形状が工夫されており、これにより上記問題を解決している。以下、この点について説明する。
【0031】
図5は、図4における領域Aの拡大図である。上記流路形成基板24におけるダミー流路部44は、流路部40との並設方向に直交する方向(本実施形態では副走査方向)の両端部に、流路形成基板24の外側に向けて先細りした角部44aを有している。このような二面が交差する角部の形状では、応力が集中しやすいので、角部が応力集中位置といえ、この領域を応力集中領域といえる。一方、流路形成基板24には、この角部44aと接するように薄肉部46を形成してある。
図6は、図5におけるB−B線矢視断面図である。
この薄肉部46は、図6に示すように、流路形成基板24の上面から一定距離だけ掘り下げた部分である。肉厚が薄くなることで、換言するとその上方には断面コの字形で上方に開口する溝が形成されているとも言える。このような薄肉部46の形状はハーフエッチングによって形成できる。上述した空部42などを形成する過程で同時に形成することができる。
【0032】
応力が集中しやすい角部44aに隣接して薄肉部46が形成されている結果、周縁部24bにおいて、角部44aで剛性が低下して脆弱になるのに加え、肉厚を薄くした分だけ流路部44の先端よりもクラックが生じ易くなっている。また、薄肉部46は、ダミー流路部44に近い側で角部44aに隣接しつつ、流路形成基板24の周縁部までつながる形状となっている。次に、この向きについて説明する。
【0033】
ここで、本実施形態の流路形成基板24の基材であるシリコンウェハー35のような結晶性を有する基材は、外力や衝撃が加えられたときに、結晶が最密な結晶方位面、即ち、最密面に沿って割れ易い傾向にある。この最密面は、基材の結晶構造によって異なり、例えば、本実施形態におけるシリコンウェハー35のような面心立方晶構造(FCC)の場合には(111)面、体心立方構造(BCC)の場合には(110)面が、それぞれ最密面となる。即ち、最密面の方向はクラックを積極的に誘発させるクラック誘導面として機能する。図5にはこの最密面を破線で示しており、薄肉部45はこの最密面の方向に向けて形成されている。従って、薄肉部46にクラックが生じるときには、クラックは最密面に沿って進むが、薄肉部46が最密面の方向に向けて形成されているので、クラックは確実に薄肉部46に沿って進むことになる。
【0034】
図7は、薄肉部の変形例を示しているが、角部44b自体の形状も変化している。
この例では、角部44bはダミー流路部44の長手方向に延びる一つの面44b1をそのまま延ばし、他方の面44b3の先端近辺から最密面に沿って面44b2を形成し、面44b2と面44b1とが交差して角部44bを形成している。薄肉部47は所定の幅を有しているがその最も端が最密面である面44b2につながるように形成されている。
【0035】
すなわち、本実施形態では、角部44aを区画する面44b1,44b2の少なくとも一方の面44b2が、流路形成基板24(シリコンウェハー35)の最密面に設定されている。具体的には、角部44bの一方の面44b2が、(110)面上でオリフラとしての第1の(111)面と約70°で交差する第2の(111)面に設定されている。即ち、この面44b2は、クラックを積極的に誘発させるクラック誘導面として機能する。このように切り込み部44を区画する面の少なくとも一面を最密面(クラック誘導面)とすることで、切り込み部44の先端を基点として、クラック誘導面に沿ってクラックをより誘発させ易くすることができる。さらに、角部44bを区画する面44b1,44b2の少なくとも一方の面44b2を最密面(クラック誘導面)としつつ、これに接して薄肉部47を形成することで、クラック誘導面に沿ってクラックをより誘発させ易くすることができる。
【0036】
また、ダミー流路部44も流路部40も基本的には上記副走査方向に沿って長穴状として形成され、かつ、ダミー流路部44の方が流路部40よりも長い。このため、ダミー流路部44の角部44a,44bの方が流路部40の先端よりも流路形成基板24における周縁部に近い位置にある。両者のこの位置的関係により、応力は角部44aの側により集中しやすいといえる。さらに、二つの流路部40の間に一つのダミー流路部44が挟まれることにより、一つのダミー流路部44が二つの流路部40に先んじてクラックを誘発することになり、ダミー流路部44の数を減らすことができる。クラックを誘発すれば、全体の剛性が低下することにもなるから、数が少ない方が全体としての剛性を高く維持できる。
【0037】
図8は薄肉部とダミー流路部の変形例を示している。
この例では、ダミー流路部44の先端に二つの角部44c,44dを形成している。それぞれの角部44c,44dを形成する面は図7に示す二つの面44b1,44b2と同様のものである。そして、これら二つの角部44c,44dに接するように薄肉部48を形成してある。二つの角部44c,44dは薄肉部48に隣接し、かつ、二つあるのでより一層ダミー流路部44でクラックを誘発しやすくなる。なお、この例では薄肉部48は流路形成基板24の周縁には到達していない。これによって薄肉部48によって流路形成基板24全体の強度が下がってしまわないようにできる。
【0038】
以上のように、流路形成基板24におけるダミー流路部44が、流路部40との並設方向に直交する方向の端部に、流路形成基板24の外側に向けて先細りした角部44a〜44dを有し、この角部44a〜44dに隣接して肉厚の薄い薄肉部46〜48を形成してあるので、周縁部24bにおいてダミー流路部44の角部44a〜44dが流路部40の先端よりも応力集中しやすく脆弱となるので、流路ユニット構成部材の接合時の温度変化によって熱応力が生じたときに、角部44a〜44dの先端を基点として薄肉部46〜48に沿って他の部分よりも優先的に脆弱な部分にクラックを誘発させることができる。このため、接合時の熱応力を分散させることができ、流路部40側にクラックが生じるのを可及的に抑制することが可能となる。その結果、記録ヘッド1の外側にインクが漏れたり、或いは、流路部40から他の流路部40にインクが浸入して混色が生じるといった不具合を未然に防止することが可能となる。
【0039】
ところで、本発明は、上記した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲の記載に基づいて種々の変形が可能である。
以上においては、シリコンウェハー35を用いて流路形成基板24を作製する例を示したが、流路形成基板24の基材としては、シリコンウェハー35に限らず、結晶性を有する他の基材を用いることも可能である。また、結晶性を有しない基材であっても薄肉部によってクラックを誘発しやすくなることは変わらない。
【0040】
また、流路形成基板24に関し、上記実施形態では一枚の板材で構成する例を示したが、これには限らず、流路形成基板24を複数の板材で構成してもよい。即ち、例えば、インク供給口28となる溝部や圧力室29となる空部42が形成された第1流路形成基板と、共通インク室27となる開口部41が形成された第2流路形成基板の2枚で流路形成基板24を構成することも可能である。この場合、夫々の基板にダミー流路部44を形成し、このダミー流路部44の角部に隣接して薄肉部を形成する。
【0041】
また、以上では、液体噴射ヘッドとして、インクジェット式記録ヘッド1を例に挙げて説明したが、本発明は他の液体噴射ヘッドにも適用することができる。例えば、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材噴射ヘッド、バイオチップ(生物化学素子)の製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等にも本発明を適用することができる。
【0042】
なお、本発明は上記実施例に限られるものでないことは言うまでもない。当業者であれば言うまでもないことであるが、
・上記実施例の中で開示した相互に置換可能な部材および構成等を適宜その組み合わせを変更して適用すること
・上記実施例の中で開示されていないが、公知技術であって上記実施例の中で開示した部材および構成等と相互に置換可能な部材および構成等を適宜置換し、またその組み合わせを変更して適用すること
【0043】
・上記実施例の中で開示されていないが、公知技術等に基づいて当業者が上記実施例の中で開示した部材および構成等の代用として想定し得る部材および構成等と適宜置換し、またその組み合わせを変更して適用すること
は本発明の一実施例として開示されるものである。
【符号の説明】
【0044】
1…記録ヘッド,2…カートリッジ基台,3…フィルタ,4…インク導入針,5…駆動用基板,6…コネクタ,7…シート,8…電子部品,10…ケース,11…流路ユニット,12…収容空部,13…アクチュエータユニット,14…基板取付面,16…ヘッドカバー,19…圧電振動子,20…固定板,21…配線部材,23…弾性板,24…流路形成基板,25…ノズルプレート,27…共通インク室,28…インク供給口,29…圧力室,30…ノズル開口,32…島部,35…シリコンウェハー,37…シリコンウェハーの表面,40…流路部,41…開口部,42…空部,44…ダミー流路部,44a〜44d…角部,44b2…面(最密面)、46〜48…薄肉部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力発生素子により内部の液体に圧力変動を受ける圧力室に液体を供給する共通液体室と流路部が形成された流路形成基板と、
上記圧力室に連通するノズル開口が形成されたノズル形成部材とを有する流路ユニットを備え、上記圧力発生素子の作動に応じて上記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドであって、
上記流路形成基板は、液滴の吐出には関与しないとともに当該流路形成基板を貫通する空間からなるダミー流路部を有し、
上記流路形成基板は、上記ダミー流路部の周縁部側の領域から上記流路形成基板の周縁部側に向かう領域に肉厚を薄くした薄肉部が形成されていることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
上記流路形成基板は、上記ダミー流路部の周縁部側となる領域で応力が集中しやすい形状に形成されている応力集中領域を有する請求項1に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項3】
上記流路形成基板は、結晶性を有する基材により形成され、上記薄肉部は、上記応力集中領域から結晶構造における最密面の方向に沿って形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項4】
上記ダミー流路部は、応力が集中しやすい形状として上記流路形成基板における周縁部に近い部分で二面が交差する角部が形成され、
上記薄肉部は、上記角部を含むことを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項5】
上記ダミー流路部の角部を形成する二面のうちの一方が結晶構造における最密面であることを特徴とする請求項4に記載の液体噴射ヘッド。
【請求項6】
上記薄肉部は、上記ダミー流路部の応力集中領域から上記流路形成基板における周縁までつながっていることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項7】
上記薄肉部は、上記ダミー流路部の応力集中領域から上記流路形成基板における周縁まではつながっていないことを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項8】
上記ダミー流路部の応力集中領域は複数形成され、上記薄肉部は、これらの複数の応力集中領域に隣接することを特徴とする請求項1〜請求項7のいずれかに記載の液体噴射ヘッド。
【請求項9】
圧力発生素子により内部の液体に圧力変動を受ける圧力室に液体を供給する共通液体室と流路部が形成された流路形成基板と、
上記圧力室に連通するノズル開口が形成されたノズル形成部材とを有する流路ユニットを備え、上記圧力発生素子の作動に応じて上記ノズル開口から液体を噴射する液体噴射ヘッドを有する液体噴射装置であって、
上記流路形成基板は、液滴の吐出には関与しないとともに当該流路形成基板を貫通する空間からなるダミー流路部を有し、
上記流路形成基板は、上記ダミー流路部の周縁部側の領域から上記流路形成基板の周縁部側に向かう領域に肉厚を薄くした薄肉部が形成されていることを特徴とする液体噴射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−210775(P2012−210775A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−77901(P2011−77901)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】