説明

液体燃料供給型燃料電池

【課題】クロスオーバー現象を完全に防止し、携帯電子機器用電源等の小型化の要請を満たす薄型でシンプルな構造の液体燃料供給型燃料電池を提供する。
【解決手段】本発明による液体燃料供給型燃料電池は、燃料を酸化する負極と、酸素を還元する正極と、該負極と該正極の間に配置された電解質膜と、該負極の該電解質膜とは反対側に配置された気化膜とを含んでなり、該気化膜が、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンを含み、かつ、当該液体燃料に接したときに実質的にその蒸気のみを透過させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直接メタノール形燃料電池に代表される液体燃料供給型燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ノート型パソコン、携帯電話、PDA等の携帯電子機器の高機能化に伴い、そのような機器の消費電力が増大しつつある。現在、このような携帯電子機器の電源の主流はリチウムイオン二次電池であるが、そのエネルギー密度を近年の消費電力の増大に追従させることができず、携帯電子機器の高機能化の妨げになっている。
【0003】
リチウムイオン二次電池に代わる携帯電子機器用電源として、固体高分子形燃料電池が注目されている。固体高分子形燃料電池は、高分子電解質膜の両面にガス拡散性の電極層を配置し、その負極側を燃料ガス(水素等)に、正極側を酸化剤ガス(空気等)に暴露し、高分子電解質膜を介した化学反応により水を合成し、これによって生じる反応エネルギーを電気的に取り出すことを基本原理としている。中でも、常温で液体の燃料を、水素に改質することなく、電極において直接酸化して電気エネルギーを取り出すことができる液体燃料供給型燃料電池は、改質器が不要であるため電源の小型化に有利であり、特に携帯電子機器用電源として最も期待されている。
【0004】
ところで、メタノール等の液体燃料を直接供給するタイプの燃料電池においては、液体燃料が負極から電解質膜を透過して正極に至るというクロスオーバー現象が知られている(特許文献1〜3)。クロスオーバー現象は、正極における酸化反応を引き起こし、ひいては燃料電池の電圧および発電効率を低下させるので望ましくない。このようなクロスオーバー現象を抑制する燃料電池構成として、セパレータに燃料供給用流路と生成ガス排出用流路を設け、さらにそのセパレータとアノード電極の間に多孔質膜を介在させた上、その多孔質膜の多孔度を、燃料供給用流路に面する部分は小さくし、生成ガス排出用流路に面する部分は大きくしたものが知られている(特許文献1)。また、負極への液体燃料の供給速度を低下させることによりクロスオーバー現象を抑制するため、負極と接する部分に連続孔がある多孔体を設けた構成も知られている(特許文献2)。さらに、液体燃料を気化させて気体燃料の形で負極に供給することによりクロスオーバー現象を解消するため、液体燃料を毛管力で負極へ導入する燃料浸透層に燃料気化層を組み合わせた構成も知られている(特許文献3)。
【0005】
【特許文献1】特開2006−49115号公報
【特許文献2】特開2004−171844号公報
【特許文献3】特開2000−106201号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の燃料電池構成は、セパレータに燃料供給用流路と生成ガス排出用流路を設け、それに部分的に多孔度の異なる多孔質膜を整合させる必要がある等、製造プロセスの複雑化が避けられない。また、特許文献1および2に記載の燃料電池構成では、負極に液体の燃料が供給される以上、クロスオーバー現象を低減はしても、完全に防止することはできない。さらに、特許文献3に記載の燃料電池構成では、毛管力を発揮する燃料浸透層の上にさらに燃料気化層を積層しなければならず、その分燃料電池が厚くなり、特に携帯電子機器用電源の小型化の要請に十分には応えられない。また、毛管力による燃料の供給は、一般に燃料供給量のコントロールが難しい。これは、供給速度の調節により液体燃料を電解質膜に到達させないようにしているためであり、運転条件によっては、供給が過多となり液体燃料が電解質膜に到達してしまう、逆に供給が不十分となり所要の出力が得られない等の問題が起こり得る。
【0007】
したがって、本発明の目的は、クロスオーバー現象を完全に防止する液体燃料供給型燃料電池を提供することにある。本発明の別の目的は、携帯電子機器用電源等の小型化の要請を満たす薄型の液体燃料供給型燃料電池を提供することにある。本発明のさらに別の目的は、製造プロセスを簡便にするシンプルな構造の液体燃料供給型燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によると、
(1)燃料を酸化する負極と、酸素を還元する正極と、該負極と該正極の間に配置された電解質膜と、該負極の該電解質膜とは反対側に配置された気化膜とを含んでなる液体燃料供給型燃料電池であって、該気化膜が、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンを含み、かつ、当該液体燃料に接したときに実質的にその蒸気のみを透過させることを特徴とする、液体燃料供給型燃料電池;
(2)該気化膜の空隙率が10%〜90%の範囲内にある、(1)に記載の液体燃料供給型燃料電池;
(3)該気化膜の厚さが10μm〜500μmの範囲内にある、(1)または(2)に記載の液体燃料供給型燃料電池;
(4)該気化膜が撥油処理を施されたものである、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池;
(5)さらに該気化膜と該負極の間に集電体を含む、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池;
(6)さらに該気化膜の該負極とは反対側に配置された集電体を含む、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池;
(7)該負極および/または該正極が、ガス拡散層と、該電解質膜に接する電極層とを含む、(1)〜(6)のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池;
(8)該液体燃料がメタノールを含む、(1)〜(7)のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池;ならびに
(9)該電解質膜が高分子電解質膜である、(1)〜(8)のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池
が提供される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、液体燃料供給型燃料電池の負極の電解質膜とは反対側に延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンを含む気化膜を配置したことにより、液体燃料が液体のまま負極に到達することがないため、クロスオーバー現象を完全に防止することができる。また、使用する延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンの孔径、膜厚および/または空孔率を調節することにより、使用目的に適した燃料供給量を容易に制御することができる。さらに、本発明によると、燃料気化のための燃料気化層を別途設ける必要がないので、液体燃料供給型燃料電池の薄型化が可能になる。また、本発明によると、均質な気化膜を単に配置するだけでよいため、構造のシンプルな液体燃料供給型燃料電池を簡便な製造プロセスで製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明による液体燃料供給型燃料電池は、燃料を酸化する負極と、酸素を還元する正極と、該負極と該正極の間に配置された電解質膜と、該負極の該電解質膜とは反対側に配置された気化膜とを含んでなる液体燃料供給型燃料電池であって、該気化膜が、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を含み、かつ、当該液体燃料に接したときに実質的にその蒸気のみを透過させることを特徴とする。
【0011】
本発明の一実施態様による液体燃料供給型燃料電池の略横断面図を図1に示す。図1において、本発明による液体燃料供給型燃料電池は、燃料を酸化する負極20と、酸素を還元する正極30と、負極20と正極30の間に配置された電解質膜10と、負極20の電解質膜10とは反対側に配置された延伸多孔質PTFEを含む気化膜40とを含んでなる。図1に示した実施態様では、負極20と気化膜40との間に集電体50が配置されている。別の態様として、図2に示したように、集電体50を気化膜40より外側に設けて、気化膜40が負極20と集電体50との間に配置されるようにしてもよい。図1および図2に示したように、本発明による液体燃料供給型燃料電池は、気化膜40の負極20とは反対側から、液体燃料、例えばメタノール水溶液(MeOHaq)、が供給される。供給された液体燃料は、液体の状態では延伸多孔質PTFEを含む気化膜40を透過することができない。しかし、延伸多孔質PTFEを含む気化膜40は、液体は透過せずに気体のみを透過させるため、延伸多孔質PTFEを含む気化膜40と液体燃料との界面において蒸発した燃料気体は気化膜40を透過して負極20に到達する。このように、負極20には気体燃料のみが到達し、液体燃料は到達しないため、液体燃料がさらに電解質膜を透過して正極30に至るクロスオーバー現象は起こらない。
【0012】
本発明における気化膜は延伸多孔質PTFEを含む。この延伸多孔質PTFEには、良好な通気性、撥水性および撥油性に加え、燃料電池運転条件下での耐蝕性が要求される。延伸多孔質PTFEとしては、空隙率が10%以上、好ましくは10〜90%であるものを用いることが好ましい。この空隙率が10%未満であると、液体燃料との界面において蒸発した燃料気体の透過量が少なくなること、負極で生成するCOガスの放出が阻害されること等により、燃料電池の発電性能が不十分となる。反対に、空隙率が90%を超えると、液体燃料の透過が可能となりクロスオーバー現象の恐れがでてくる。延伸多孔質PTFEの平均孔径は、一般に0.01〜50μm、好ましくは0.05〜15μm、より好ましくは0.1〜3μmの範囲内である。この平均孔径が0.01μm未満であると、蒸発した燃料気体の透過量が減少する。反対に、平均孔径が50μmを超えると、液体燃料の透過によるクロスオーバー現象が起こり易くなる。また、延伸多孔質PTFEを含む気化膜の厚さは、一般に10〜500μm、好ましくは50〜300μmの範囲内である。気化膜の厚さが10μm未満であると、液体燃料の透過が可能となりクロスオーバー現象の恐れがでてくる。反対に500μmを超えると、液体燃料との界面において蒸発した燃料気体の透過量が少なくなること、負極で生成するCOガスの放出が阻害されること等により、燃料電池の発電性能が不十分となる。本発明による気化膜として用いるのに特に好ましい延伸多孔質PTFEは、ジャパンゴアテックス株式会社から市販されている。
【0013】
液体燃料の気化膜透過を確実に防止し、その気化を一層促進するために、延伸多孔質PTFEの液体燃料に対する濡れ性を低下させる撥油処理を延伸多孔質PTFEに施しておくことが好ましい。延伸多孔質PTFEに撥油処理を施す方法としては、例えば、特開平7−126428号公報に記載されているように、主鎖に含フッ素脂肪族環構造を有するフッ素樹脂とポリフルオロアルキル基を含有する含フッ素重合体とを含む組成物で延伸多孔質PTFEを処理する方法、特表平8−511040号公報に記載されているように、平均粒径0.01〜0.5μmのフッ素化有機側鎖を有する有機ポリマー粒子を含む水性ラテックスで延伸多孔質PTFEを処理する方法、等が挙げられる。このような撥油処理を施すことにより、延伸多孔質PTFEが元来有する通気性および撥水性を保持しつつ、延伸多孔質PTFEの液体燃料(メタノール)に対する濡れ性を低下させることができる。延伸多孔質PTFEの撥油処理の詳細については、上記特開平7−126428号公報および特表平8−511040号公報を参照されたい。
【0014】
本発明における電解質膜としては、プロトン(H)伝導性が高く、電子絶縁性であり、かつ、ガス不透過性であるものであれば、特に限定はされず、公知の高分子電解質膜であればよい。代表例として、含フッ素高分子を骨格とし、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基、ホスホン基等の基を有する樹脂が挙げられる。高分子電解質膜の厚さは、抵抗に大きな影響を及ぼすため、電子絶縁性およびガス不透過性を損なわない限りにおいてより薄いものが求められ、具体的には、1〜100μm、好ましくは5〜50μmの範囲内に設定される。本発明における高分子電解質膜の材料は、全フッ素系高分子化合物に限定はされず、炭化水素系高分子化合物や無機高分子化合物との混合物、または高分子鎖内にC−H結合とC−F結合の両方を含む部分フッ素系高分子化合物であってもよい。炭化水素系高分子電解質の具体例として、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、アクリル系樹脂、ポリエステル、ポリスルホン、ポリエーテル等、およびこれらの誘導体(脂肪族炭化水素系高分子電解質)、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリスチレン、芳香環を有するポリアミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリエステル、ポリスルホン、ポリエーテルイミド、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート等、およびこれらの誘導体(部分芳香族炭化水素系高分子電解質)、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリエステル、ポリフェニレンスルフィド等、およびこれらの誘導体(全芳香族炭化水素系高分子電解質)等が挙げられる。部分フッ素系高分子電解質の具体例としては、スルホン酸基等の電解質基が導入されたポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン共重合体、ポリスチレン−グラフト−ポリテトラフルオロエチレン等、およびこれらの誘導体が挙げられる。全フッ素系高分子電解質膜の具体例としては、側鎖にスルホン酸基を有するパーフルオロポリマーであるナフィオン(登録商標)膜(デュポン社製)、アシプレックス(登録商標)膜(旭化成社製)およびフレミオン(登録商標)膜(旭硝子社製)が挙げられる。また、無機高分子化合物としては、シロキサン系またはシラン系の、特にアルキルシロキサン系の有機珪素高分子化合物が好適であり、具体例としてポリジメチルシロキサン、γ‐グリシドキシプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。
【0015】
本発明による負極および正極は、一般に、ガス拡散層と、上記電解質膜に接する電極層とを含む。電極層は、触媒粒子とイオン交換樹脂を含むものであれば特に限定はされず、従来公知のものを使用することができる。触媒は、通常、触媒粒子を担持した導電材からなる。触媒粒子としては、水素の酸化反応あるいは酸素の還元反応に触媒作用を有するものであればよく、白金(Pt)その他の貴金属のほか、鉄、クロム、ニッケル等、およびこれらの合金を用いることができる。導電材としては炭素系粒子、例えばカーボンブラック、活性炭、黒鉛等が好適であり、特に微粉末状粒子が好適に用いられる。代表的には、表面積20m/g以上のカーボンブラック粒子に、貴金属粒子、例えばPt粒子またはPtと他の金属との合金粒子を担持したものがある。特に、負極用触媒については、Ptは一酸化炭素(CO)の被毒に弱いため、メタノールのように副反応でCOを生成する燃料、またはメタン等を改質したガスを使用する場合には、Ptとルテニウム(Ru)との合金粒子を用いることが好ましい。電極層中のイオン交換樹脂は、触媒を支持し、電極層を形成するバインダーとなる材料であり、触媒によって生じたイオン等が移動するための通路を形成する役割をもつ。このようなイオン交換樹脂としては、先に高分子電解質膜に関連して説明したものと同様のものを用いることができる。負極側ではメタノール等の液体燃料の蒸気、正極側では酸素や空気等の酸化剤ガスが触媒とできるだけ多く接触することができるように、電極層は多孔性であることが好ましい。また、電極層中に含まれる触媒量は、一般に0.01〜5mg/cmの範囲内にあればよいが、特に負極については1.0〜4.0mg/cmの範囲内に、また正極については0.3〜1.5mg/cmの範囲内にあることが好適である。電極層の厚さは、一般に1〜200μmの範囲内にあればよいが、特に負極については50〜150μmの範囲内に、また正極については10〜50μmの範囲内にあることが好適である。
【0016】
上記電極層に組み合わされるガス拡散層は、一般に、導電性および通気性を有するシート材料である。代表例として、カーボンペーパー、カーボン織布、カーボン不織布、カーボンフェルト等の通気性導電性基材に撥水処理を施したものが挙げられる。また、炭素系粒子とフッ素系樹脂から得られた多孔性シートを用いることもできる。例えば、カーボンブラックを、ポリテトラフルオロエチレンをバインダーとしてシート化して得られた多孔性シートを用いることができる。ガス拡散層の厚さは、一般に50〜500μm、好ましくは100〜250μmの範囲内にあることが好適である。
【0017】
電極層とガス拡散層と高分子電解質膜とを接合することにより膜電極接合体を作製する。接合方法としては、高分子電解質膜を損なうことなく接触抵抗が低い緻密な接合が達成されるものであれば、従来公知のいずれの方法でも採用することができる。接合に際しては、まず電極層とガス拡散層を組み合わせて負極または正極を形成した後、これらを高分子電解質膜に接合することができる。例えば、適当な溶媒を用いて触媒粒子とイオン交換樹脂を含む電極層形成用コーティング液を調製してガス拡散層用シート材料に塗工することにより負極または正極を形成し、これらを高分子電解質膜にホットプレスで接合することができる。また、電極層を高分子電解質膜と組み合わせた後に、その電極層側にガス拡散層を組み合わせてもよい。電極層と高分子電解質膜とを組み合わせる際には、スクリーン印刷法、スプレー塗布法、デカール法等、従来公知の方法を採用すればよい。
【0018】
本発明による液体燃料供給型燃料電池は、上記膜電極接合体の負極側に、延伸多孔質PTFEを含む気化膜を組み合わせることにより作製される。一般に燃料電池においては、発生した電気を取り出すための集電体がさらに組み合わせられる。本発明によると、負極側に組み合わせられる集電体は、図1に示したように負極と気化膜の間に配置することも、図2に示したように気化膜の負極とは反対側に配置することも可能である。集電体としては、従来公知のいずれの材料でも採用することができる。集電体の具体例として、チタン(Ti)製多孔質板、SUS製多孔質板、炭素製多孔質板等が挙げられる。集電体の厚さは、一般に10μm〜5mmの範囲内にある。
【0019】
本発明による液体燃料供給型燃料電池は、その負極側に液体燃料が供給される。液体燃料としては、メタノール水溶液、エタノール水溶液、1−プロパノール水溶液、2−プロパノール水溶液、ジメチルエーテル水溶液、水素化ホウ素ナトリウム水溶液、水素化ホウ素カリウム水溶液、水素化ホウ素リチウム水溶液等が挙げられる。これらの水溶液における溶質濃度は、一般に2〜90質量%、好ましくは20〜80質量%、さらに好ましくは50〜70質量%の範囲内である。溶質濃度が2質量%未満では、燃料電池のエネルギー密度が低下し、反対に溶質濃度が90質量%を超えると電解質膜が溶解するおそれがある。
【0020】
燃料電池として使用するに際しては、上述のようにして気化膜を組み合わせた膜電極接合体を、従来公知の方法に従い、その負極側と正極側が所定の側にくるようにセパレータ板および冷却部と交互に10〜100セル積層することにより固体高分子形燃料電池スタックを組み立てることができる。
【実施例】
【0021】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
実施例1
【0022】
膜電極接合体(MEA)の作製
(拡散層の作製)
下記のマクロ層とマイクロ層からなる拡散層を作製した。
・マクロ層
カーボンペーパー(東レ製、型番TGP−H−060)を、PTFEディスパーション(ダイキン製、D1E、PTFE含有量60質量%)を水で5倍に希釈した液に浸漬して90℃のオーブンで乾燥させた後、350℃で2時間焼成することによって、撥水処理されたマクロ層を作製した。
・マイクロ層
次いで、水100gに、カーボンブラック(電気化学工業製、デンカブラック)15gとPTFEディスパーション(ダイキン製、D1E、PTFE含有量60質量%)12gを加え、よく混合して分散液を調製した。その分散液を上記マクロ層の片面上にコーティングし、90℃のオーブンで乾燥させた後、350℃で40分間焼成することによって乾燥厚さ20μmのマイクロ層を形成した。マイクロ層は、触媒層との接触抵抗を低下させると共に、燃料電池の運転時に生成する水の排水を促進するために設けたものである。
(負極)
カーボン担持白金ルテニウム触媒(田中貴金属工業製、TEC61E54DM:白金・ルテニウム(PtRu)担持量50質量%)5gを、下記式(1)で表されるパーフルオロスルホン酸電解質(EW=800)の17質量%エタノール溶液17.6gに、上記触媒のカーボン量の上記電解質に対する質量比が1.2になるように混合することにより混合インクを調製した。その混合インクを、上記拡散層のマイクロ層側にスプレーすることにより触媒層を堆積させ、触媒貴金属量3mg/cmの負極を形成した。
【0023】
【化1】

【0024】
(正極)
カーボン担持白金触媒(エヌイーケムキャット製、SA50BK:白金担持量50質量%)5gを上記パーフルオロスルホン酸電解質溶液に、上記触媒のカーボン量の上記電解質に対する質量比が1.0になるように混合することにより混合インクを調製した。その混合インクを、上記拡散層のマイクロ層側にスプレーすることにより触媒層を堆積させ、触媒貴金属量1.3mg/cmの正極を形成した。
(MEA)
高分子電解質膜として大きさ5×5cm、厚さ30μmのイオン交換膜GORE−SELECT(登録商標)(ジャパンゴアテックス社製)を用意し、その片面に上記負極を、その反対面に上記正極をそれぞれ配置し、ホットプレスで熱圧(160℃、9.8×10Pa、5分間)を加えて積層した。
【0025】
液体燃料供給型燃料電池の組立て
(集電体)
集電体としてチタン(Ti)製多孔板(大きさ5×5cm、厚さ2mm、空隙率70%)を用意し、これを負極および正極に接するように配置した。
(気化膜)
気化膜として撥水性の延伸多孔質PTFE(大きさ5×5cm、厚さ160μm、空隙率80%、ジャパンゴアテックス製PCB1200W)を用意し、これを負極側の集電体に接するように配置した。
【0026】
(濡れ性試験)
気化膜として用いた延伸多孔質PTFEと同じものを切り抜いて大きさ5×5cmの試料片を調製した。各試料片を水平な試料台に置き、その上から所定濃度(10質量%、40質量%、70質量%)のメタノール水溶液または100%メタノールを50μL滴下した。滴下から30秒後、試料片の滴下部分を目視観察し、半透明になった濡れ痕の有無を評価した。
【0027】
(発電試験)
液体燃料供給型燃料電池に、燃料温度測定用の熱電対を具備した燃料タンクを取り付け、これに所定濃度のメタノール水溶液を6mL充填した。次いで、電圧が安定するまで2分間以上保持し、さらに40mA/cmの一定電流にて15分間保持した。その後、電圧を開放電圧から0.1Vまで掃引してIVE曲線を作成した。この掃引手順を、メタノール水溶液の各濃度について3回繰り返し、その平均値として最高出力(mW/cm)を算出した。燃料温度は、電流を流し始めてから経時的に測定し、その最高温度を燃料温度として記録した。
また、メタノールのクロスオーバーを確認するため、燃料タンクに所定濃度のメタノール水溶液を6mL充填し、40mA/cmで電圧が0.1Vに低下するまで発電を継続した。その後、正極側に付着した水滴の有無を目視にて観察した。
さらに、メタノールのクロスオーバーを確認するため、燃料タンクに100%メタノールを6mL充填し、40mA/cmで3時間連続して発電した。その後、燃料電池を分解して気化膜のメタノールに対する濡れ性を目視観察した。
【0028】
実施例2
気化膜として撥油処理を施した延伸多孔質PTFE(大きさ5×5cm、厚さ160μm、空隙率80%、ジャパンゴアテックス製A膜:孔径3μm、同B膜:孔径1μm)を用意したことを除き、実施例1と同様に液体燃料供給型燃料電池を作製した。A膜およびB膜の撥油処理は、特開平7−126428号公報の実施例3に記載されている方法に従った。
【0029】
比較例
気化膜を配置しなかったことを除き、実施例1と同様に液体燃料供給型燃料電池を作製し、発電試験を実施した。
【0030】
(結果)
濡れ性試験の結果を表1に示す。
【表1】

【0031】
表1から分かるように、撥油処理を施していないPCB1200Wは、メタノール濃度が70質量%以上になるとメタノール水溶液またはメタノールの濡れ痕が残った。撥油処理を施したA膜およびB膜は、100%メタノールを含む全濃度のメタノール水溶液に対して濡れ痕を残さなかった。表1のデータから、PCB1200Wは、メタノール濃度が70質量%未満であれば(少なくとも40質量%以下であれば確実に)、メタノールの蒸気のみを通過させることがわかる。また、撥油処理を施すことにより(A膜、B膜)、100%メタノールであっても蒸気のみを通過させることができることがわかる。
【0032】
気化膜を含む場合(実施例1および2)は、40mA/cmで電圧が0.1Vに低下するまで5時間以上連続発電をしても、正極側に水滴の付着は観察されなかった。気化膜を含まない比較例では、40mA/cmで1時間発電後に、正極側に水滴の付着が観察された。このように、液体燃料供給型燃料電池の場合、メタノールのクロスオーバーに伴い水が正極側に移動して凝集する傾向がある。しかし、本発明による気化膜を用いることにより、メタノールおよびそれに伴う水のクロスオーバーが防止され、正極側の水滴の付着がなくなる。
【0033】
実施例1の発電試験結果を表2に示す。
【表2】

【0034】
表2から分かるように、気化膜として撥水性の延伸多孔質PTFE(PCB1200W)を用いたことにより、30mW/cm前後の高い出力を得ることができた。メタノール濃度70質量%の場合に燃料温度が上昇したのは、メタノールがクロスオーバーして正極側で空気と燃焼反応したことに起因する。上記濡れ性試験が示したように、メタノール濃度70質量%では気化膜が濡れてしまうため、そのことが発電試験において燃料温度の上昇という形で現れたものである。
【0035】
実施例1において、100%メタノールを供給して40mA/cmで連続運転したところ、3時間経過後には、延伸多孔質PTFEがメタノールに濡れて液膜を形成し、負極で発生した炭酸ガスの外部への放出ができなくなったため、内圧の上昇により気化膜がドーム上に膨れ上がってしまった。
【0036】
気化膜として撥油処理を施した延伸多孔質PTFE(A膜、B膜)を用いた実施例2において、メタノール濃度50質量%で上記発電試験を実施したところ、実施例1と同等の最高出力27mW/cmを記録した。さらに、実施例2において100%メタノールを供給して40mA/cmで連続運転したところ、3時間経過後であっても、気化膜に膨れなどの変化は認められなかった。上記濡れ性試験が示したように、撥油処理を施した延伸多孔質PTFEは100%メタノールに対しても濡れないため、気化膜に液膜が形成されることがなく、負極で発生した炭酸ガスが外部へ抜ける経路が確保されたためである。
【0037】
比較例の発電試験結果を表3に示す。
【表3】

【0038】
表3から分かるように、メタノールを(気化膜を介さずに)液体のまま供給すると、メタノール濃度の上昇と共に最高出力は低下した。特に、メタノール濃度が30質量%以上になると、出力が半分以下となり、燃料温度は急上昇した。これは、メタノール濃度が高くなるとメタノールのクロスオーバーが増加するため、出力が大きく低下したものである。このように、本発明による気化膜を導入したことにより、気化膜の無い場合と比べて顕著に高濃度のメタノールを供給することができることがわかる。これは、本発明による気化膜が、高濃度メタノールを気相で供給することを可能にし、メタノールのクロスオーバーを最小限に抑えることができることによる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施態様による液体燃料供給型燃料電池を示す略横断面図である。
【図2】本発明の別の実施態様による液体燃料供給型燃料電池を示す略横断面図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料を酸化する負極と、酸素を還元する正極と、該負極と該正極の間に配置された電解質膜と、該負極の該電解質膜とは反対側に配置された気化膜とを含んでなる液体燃料供給型燃料電池であって、該気化膜が、延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンを含み、かつ、当該液体燃料に接したときに実質的にその蒸気のみを透過させることを特徴とする、液体燃料供給型燃料電池。
【請求項2】
該気化膜の空隙率が10%〜90%の範囲内にある、請求項1に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項3】
該気化膜の厚さが10μm〜500μmの範囲内にある、請求項1または2に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項4】
該気化膜が撥油処理を施されたものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項5】
さらに該気化膜と該負極の間に集電体を含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項6】
さらに該気化膜の該負極とは反対側に配置された集電体を含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項7】
該負極および/または該正極が、ガス拡散層と、該電解質膜に接する電極層とを含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項8】
該液体燃料がメタノールを含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池。
【請求項9】
該電解質膜が高分子電解質膜である、請求項1〜8のいずれか1項に記載の液体燃料供給型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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