説明

液輸送システム用作動流体及びその製造方法

【課題】作動流体の表面張力勾配が大きく且つ分散安定性に優れた熱輸送システム用作動流体の製造方法を提供する。
【解決手段】種類と重量平均分子量が異なる高分子分散安定剤を配合した複数の金属ナノ粒子調製溶液を準備し、化学還元法によって、該高分子分散安定剤による表面被覆能の異なる複数の金属ナノ粒子を合成するA工程と、金属ナノ粒子と水と炭素数4以上のアルコールとを少なくとも混合して作動流体試験溶液を調製するB工程と、作動流体試験溶液を用いて表面張力の温度依存性を測定するC工程と、その測定において40〜80℃の範囲のうち任意の温度範囲での温度上昇に対する表面張力の増加率が最も大きくなった作動流体試験溶液を選択し、その試験溶液で用いた高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量を特定するD工程と、特定された高分子分散安定剤を用いた金属ナノ粒子溶液を調製し、作動流体を製造するE工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液輸送システム用作動流体及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、熱毛管力差や温度差マランゴニ効果を利用した熱輸送システム用の作動流体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器、輸送機器、熱機関などか生じる発熱を効率よく除熱するために、ヒートパイプ、単層流冷却装置、沸騰を伴う二層流冷却装置などの液体の伝熱流体を使った冷却装置が広く用いられている。これらの冷却装置において、近年、ある温度以上で温度に対する表面張力勾配が正となる混合溶液を伝熱流体して用い、通常の液体とは逆向きに発生する表面張力差流れを利用して作動効率を向上させる試みがなされている。
【0003】
通常の液体の表面張力は温度の上昇と共に低下するため、表面張力勾配に起因し、表面張力の低い界面から高い界面に向かう表面張力流が生じる(これは「マランゴニ効果」と呼ばれる)。その結果、マランゴニ効果により、温度の高い部分から低い部分に流れが発生する。これは温度の高い部分を冷却する本来の冷却効果とは逆効果となるため、顕著な伝熱劣化を引き起こす。また、気泡を含んだ流れにおいて、マランゴニ効果は圧力損失を増大させる方向に作用するという指摘もある。
【0004】
これに対し、ある温度以上で温度に対する表面張力勾配が正となる炭素数4以上のアルコールの希薄混合溶液を伝熱流体(本願では「作動流体」ともいう。)として用いると、そのマランゴニ効果は通常の液体の場合と逆向きに働くため、温度の低い部分から高い部分に流れが発生し、温度の高い部分を効率よく冷却することが可能となる。
【0005】
例えば、特許文献1,2では、炭素数4〜10のアルコールの希薄水溶液や、同様のアルコールを少量含む不凍性凝固点調整剤水溶液を伝熱流体とするヒートパイプが、水や不凍性凝固点調整剤水溶液を伝熱流体として用いた従来のものに比べて、大幅な伝熱性能の向上が図れることを示している。
【0006】
また、特許文献3では、高熱源の熱を任意の経路で自在に低熱源に移動させることができる熱移動ケーブル、移動ケーブルユニット、熱移動システム、及び熱移動システム構築方法を提案しているが、熱ケーブルユニットやヒートパイプ型熱接続コネクタの作動流体としてブタノールなどのアルコール水溶液を使うと、水よりも高い熱輸送限界が得られる場合があることを示している。
【0007】
しかしながら、従来知られている作動流体そのものの温度に対する表面張力勾配は小さく、冷却装置の大幅な作動効率の向上を図ることが困難であった。この問題に関し、本発明者は、炭素数4以上の長鎖アルコール、又は塩化アルキルアンモニウム水溶液に希薄な金属ナノ粒子分散液を混合させることで表面張力勾配が任意に増幅できる流体の調製方法を提案した(特許文献4を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−336890号公報
【特許文献2】特開2009−40803号公報
【特許文献3】特開2008−60400号公報
【特許文献4】特開2007−225330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、温度に対する正の表面張力勾配をもつ混合溶液を作動流体とする冷却装置は、従来のものに比べて高い伝熱性能を示すが、この冷却装置の更なる高性能化のためには、作動流体の表面張力勾配を増幅させることが必要である。
【0010】
特許文献4では、金属ナノ粒子分散液を添加することで作動流体の表面張力勾配を増幅させる方法を考案しているが、一般に金属ナノ粒子分散液は長期間の使用でナノ粒子同士の凝集による沈殿が発生することが多い。金属ナノ粒子分散液の分散安定性を高めるためには、金属ナノ粒子表面に作用する高分子などの分散安定剤を添加することが有効である。
【0011】
しかしながら、分散安定剤を添加すると、特許文献4で示す正の表面張力勾配の増幅作用の要因である、混合溶液中のアルコール等と金属ナノ粒子との相互作用もまた抑制されてしまい、表面張力勾配がナノ粒子未添加の場合とほぼ同等のものになってしまった。
【0012】
本発明の目的は、冷却装置の更なる高性能化のために、作動流体の表面張力勾配が大きく且つ長期間の分散安定性に優れた熱輸送システム用作動流体及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、表面張力勾配が大きく、ナノ粒子の分散安定性にも優れた作動流体について試行錯誤を繰り返す過程で、ナノ粒子の分散性を高めるための分散安定剤の配合量を変えてナノ粒子の分散性能をあえて弱めたときに、表面張力勾配が何故か大きくなることを偶然にも見出した。本発明は、こうした予期し得ない事象に基づいて成し得たものである。
【0014】
すなわち、上記目的を達成するための本発明に係る熱輸送システム用作動流体の製造方法は、種類と重量平均分子量が異なる高分子分散安定剤をそれぞれ配合した複数の金属ナノ粒子調製溶液を準備し、化学還元法によって、該高分子分散安定剤による表面被覆能の異なる複数の金属ナノ粒子を合成する工程(A工程)と、前記金属ナノ粒子と水と炭素数4以上のアルコールとを少なくとも混合して作動流体試験溶液を調製する工程(B工程)と、前記作動流体試験溶液を用いて表面張力の温度依存性を測定する工程(C工程)と、前記測定において、40〜80℃の範囲のうち任意の温度範囲での温度上昇に対する表面張力の増加率が最も大きくなった作動流体試験溶液を選択し、選択された作動流体試験溶液で用いた高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量を特定する工程(D工程)と、前記特定された高分子分散安定剤で表面被覆した金属ナノ粒子溶液を調製し、該金属ナノ粒子溶液で作動流体を製造する工程(E工程)と、を少なくともその順で有することを特徴とする。
【0015】
この発明によれば、種類と重量平均分子量が異なる高分子分散安定剤を用いた作動流体試験溶液の表面張力の温度依存性を事前に測定し、その測定から製造用の高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量を特定し、特定された高分子分散安定剤を用いて作動流体を製造する。これにより、作動流体を構成する他の構成材料(ナノ粒子の種類、粒径、濃度、炭素数4以上のアルコールの種類、濃度)に応じ、表面張力勾配を大きくするための最適な高分子分散安定剤を配合してなる作動流体を製造できる。その結果、ナノ粒子の分散安定性にも優れた作動流体の製造が可能となった。
【0016】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体の製造方法において、前記化学還元法が、マイクロ波加熱を用いたマイクロ波−ポリオール法である、ように構成する。
【0017】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体の製造方法において、前記高分子分散安定剤がポリビニルピロリドン又はポリビニルアルコールであり、前記金属ナノ粒子が銀ナノ粒子である、ように構成する。
【0018】
上記目的を達成するための本発明に係る熱輸送システム用作動流体は、重量平均分子量が10万以上のポリビニルピロリドンで表面被覆された銀ナノ粒子と、水と、炭素数4以上のアルコールとを少なくとも含有することを特徴とする。
【0019】
この発明によれば、銀ナノ粒子の高分子分散安定剤として重量平均分子量が10万以上のポリビニルピロリドンを用い、さらに銀ナノ粒子と相互作用する炭素数4以上のアルコールを含有させることにより、安定で且つ表面張力勾配を高めることができる。
【0020】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体において、前記アルコールが1−ブタノールである、ように構成する。
【0021】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体において、60〜80℃での温度上昇に対する表面張力の増加率が、1℃あたり0.05mN/m以上である、ように構成する。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体の製造方法によれば、作動流体を構成する他の構成材料(ナノ粒子の種類、粒径、濃度、炭素数4以上のアルコールの種類、濃度)に応じ、表面張力勾配を大きくするための最適な高分子分散安定剤を配合してなる作動流体を製造できる。その結果、ナノ粒子の分散安定性にも優れた作動流体の製造が可能となった。
【0023】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体によれば、安定で且つ表面張力勾配の高い作動流体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実験で用いた表面張力測定装置の構成を示す概略図である。
【図2】金属ナノ粒子を含む作動流体の表面張力の温度依存性を測定した結果を示すグラフである。
【図3】金属ナノ粒子を含まない作動流体の表面張力の温度依存性を測定した結果を示すグラフである。
【図4】高分子分散安定剤を配合して作製した作動流体の長期安定性の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の熱輸送システム用作動流体及びその製造方法を詳しく説明する。本発明は、その技術的特徴を包含する限り、以下の形態に限定されない。
【0026】
本発明に係る熱輸送システム用作動流体の製造方法は、下記のA工程〜E工程を少なくともその順で有している。
【0027】
(A工程)
A工程は、種類と重量平均分子量が異なる高分子分散安定剤をそれぞれ配合した複数の金属ナノ粒子調製溶液を準備し、化学還元法によって、該高分子分散安定剤による表面被覆能の異なる複数の金属ナノ粒子を合成する工程である。
【0028】
金属ナノ粒子は、準備した金属ナノ粒子調製溶液から化学還元法によって得られた金属粒子である。化学還元法は、後述の実験例に示すように、例えばエチレングリコールに硝酸銀塩を溶解し、必要に応じて核生成試薬等を配合した金属ナノ粒子調製溶液から、加熱還元により金属ナノ粒子を合成する方法である。本発明では、加熱手段として、マイクロ波加熱を用いたマイクロ波−ポリオール法が好ましく適用される。なお、マイクロ波の加熱条件としては、マイクロ波出力、マイクロ波照射時間、マイクロ波照射プロファイル等を挙げることができ、これらの条件を変化させることにより、金属ナノ粒子の粒径、形状等を変化させることが可能である。
【0029】
金属ナノ粒子を構成する金属種としては、銀、金、白金、銅、ニッケル、又はそれらの合金等を挙げることができる。そのため、用いる金属塩としては、硝酸塩、塩化塩、酢酸塩、硫酸塩等を挙げることできる。必要に応じて配合される核生成試薬は特に限定されないが、例えば塩化水素白金酸、塩化水素金酸等を挙げることができる。
【0030】
高分子分散安定剤は、得られる作動流体中の金属ナノ粒子の凝集や沈殿を抑制する作用を有するとともに、本発明では、表面張力勾配を高める上で重要な役割を担っている。高分子分散安定剤としては、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩等を挙げることができる。
【0031】
高分子分散安定剤の重量平均分子量は、それぞれの高分子分散安定剤によっても異なるが、例えばポリビニルピロリドンでは、5千程度〜200万程度のものまで用いることができ、ポリビニルアルコールでは、5百程度〜10万程度のものまで用いることができ、ヒドロキシプロピルセルロースでは、1万程度〜100万程度のものまで用いることができ、メチルヒドロキシプロピルセルロースでは、1万程度〜12万程度のものまで用いることができ、カルボキシメチルセルロースナトリウム塩では、9万程度〜70万程度のものまで用いることができる。なお、本願での重量平均分子量は、光散乱法によって測定した値である。なお、重量平均分子量の測定には粘度法もあるが、粘度法で測定された重量平均分子量であっても、光散乱法で測定した上記範囲内に含まれるものであれば同様に用いることができる。
【0032】
こうした高分子分散安定剤は合成前の金属ナノ粒子調製溶液に配合され、その後に合成に供される。合成により、平均粒径で10〜900nmの球形の金属ナノ粒子が作製可能であるが、本発明の作動流体においては、平均粒径で30〜300nm程度のものが好ましい。なお、平均粒径は、動的光散乱法の測定結果から得られる流体力学的粒径である。
【0033】
金属ナノ粒子の形状は、前記のような球形のほか、多角形平板形や棒形でもより。多角形平板形ナノ粒子や棒形ナノ粒子の場合は、その短径が30〜300nm程度のものが好ましい。長径は、多角形平板形ナノ粒子では短径を超える長さであり、上限は特に限定されず、短径の2倍〜5倍程度の細長い多角形平板形ナノ粒子であってもよい。また、棒形ナノ粒子の場合も、棒長さは短径を超える長さであり、上限は特に限定されず、短径の2倍〜100倍程度の細長い棒形ナノ粒子であってもよい。
【0034】
本発明では、化学還元法として、マイクロ波加熱を用いたマイクロ波−ポリオール法を好ましい方法として用いている。ポリオール法とは、金属ナノ粒子を液相内で合成する方法の一つで、金属塩を多価アルコールで還元して金属ナノ粒子を合成する方法である。多価アルコールとしてエチレングリコールを用いた場合において、n価の金属イオンMn+を還元する場合の反応式を以下に示す。下記の反応は、通常、油浴中で数時間の還流を必要とするが、加熱方法としてマイクロ波を使うことで反応時間が大幅に短縮され、数分程度の加熱で金属ナノ粒子が得られる。この方法がマイクロ波−ポリオール法である。
【0035】
【化1】

【0036】
このA工程により、所定の平均粒径からなる金属ナノ粒子の周りが高分子分散安定剤で被覆された金属ナノ粒子を含む作動流体試験原液が得られる。得られた作動流体試験原液は、高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量毎に準備される。
【0037】
(B工程)
B工程は、金属ナノ粒子と水と炭素数4以上のアルコールとを少なくとも混合して作動流体試験溶液を調製する工程である。A工程で得られた作動流体試験原液に水と炭素数4以上のアルコールとを所定量配合する。すなわち、高分子分散安定剤で被覆された金属ナノ粒子と、水と、炭素数4以上のアルコールとをそれぞれ所定量混合する。必要に応じて、グリコール、長鎖疎水基を有するアンモニウム塩等を配合しても良い。
【0038】
炭素数4以上のアルコールとしては、炭素数4〜10のアルコール、具体的には、ブチルアルコール、ペンチルアルコール、ヘキシルアルコール、ヘプチルアルコール、オクチルアルコール、ノニルアルコール及びデシルアルコール、等を挙げることができる。
【0039】
グリコールとしては、1,5−ペンタンジオール、1,8−オクタンジオール、1,9−ノナンジオール、1,10−デカンジオール、1,11−ウンデカンジオール、等を挙げることができる。
【0040】
長鎖疎水基を有するアンモニウム塩での長鎖疎水基としては、ドデシル基、ラウリル基等を挙げることができる。
【0041】
これら、アルコール、グリコール、長鎖疎水基を有するアンモニウム塩の配合量は、水への飽和溶解度の5〜90%であり、また、得られた作動流体試験溶液は、高分子分散安定剤を表面に被覆した金属ナノ粒子の含有率として、0.001〜1重量%であることが好ましい。
【0042】
(C工程)
C工程は、作動流体試験溶液を用いて表面張力の温度依存性を測定する工程である。表面張力の温度依存性は、温度を変化させながら表面張力を測定することができるものであればそのような測定手段であってもよいが、後述する実験例1で採用した滴重法が好ましいが、Wilhelmy plate法であってもよい。詳細は実験例1で説明する。
【0043】
(D工程)
D工程は、前記の測定において、40〜80℃の範囲のうち任意の温度範囲での温度上昇に対する表面張力の増加率が最も大きくなった作動流体試験溶液を選択し、選択された作動流体試験溶液で用いた高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量を特定する工程である。例えば、後述する実験例1では、表1及び図1に示すように、60〜80℃での温度上昇に対する表面張力の増加率が1℃あたり0.05mN/m以上である範囲の重量平均分子量を選定することが好ましいといえる。
【0044】
(E工程)
E工程は、前記特定された高分子分散安定剤で表面被覆した金属ナノ粒子溶液を調製し、該金属ナノ粒子溶液で作動流体を製造する工程である。こうしたA工程〜E工程を経ることにより、種類と重量平均分子量が異なる高分子分散安定剤を用いた作動流体試験溶液の表面張力の温度依存性を事前に測定し、その測定から製造用の高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量を特定し、特定された高分子分散安定剤を用いて作動流体を製造する。これにより、作動流体を構成する他の構成材料(ナノ粒子の種類、粒径、濃度、炭素数4以上のアルコールの種類、濃度)に応じ、表面張力勾配を大きくするための最適な高分子分散安定剤を配合してなる作動流体を製造できる。その結果、ナノ粒子の分散安定性にも優れた作動流体の製造が可能となった。
【0045】
(表面張力の温度依存性)
本発明における新しい知見は以下のように考察できる。すなわち、高分子分散安定剤が好ましい分散性能を発揮するのは、分散対象となるナノ粒子の周りを高分子分散安定剤が密に被覆している場合であると考えられる。粒子の長期分散性能を目的とするのであればそれでも構わないし、そうすることが通常行われる。一方、本発明のような作動流体においては、長期分散性と併せ、極端にいえば長期安定性よりも表面張力勾配を高める方が価値がある。こうした作動流体において、長期安定性を高めるための高分子分散安定剤の分散性能が弱まった状態としたときに、その分散剤の本来機能からは想像し得ない異なる特性(表面張力勾配の増大)を向上させることが見出された。
【0046】
こうした現象の理由は未だ明確ではないが、おそらくは、例えば重量平均分子量がより大きい高分子分散安定剤を用いた場合には、ナノ粒子表面を被覆する分子が長すぎてナノ粒子の分散性能の点では不十分になるが、その長い分子の間にちょうど良い濃度で炭素数4以上のアルコールが侵入したためであろうと推察される。そうしたアルコールが金属ナノ粒子と相互作用して、表面張力勾配を増大させているのであろうと推察される。このように、現時点では、長期安定性を高めるための高分子分散安定剤が、その分散剤の本来機能とは異なる効果(表面張力勾配の増大機能)を金属ナノ粒子に与えているものと考察できる。
【0047】
そうした効果をもたらす高分子分散安定剤は、作動流体を構成する他の構成材料、すなわちナノ粒子の種類、粒径、濃度、炭素数4以上のアルコールの種類、濃度等に対応したものであるので、その選定は一義的には困難であるが、本発明によれば、上記A工程〜E工程の手順を経ることにより、熱輸送システム用として好適な、安定で表面張力勾配の大きな作動流体を製造することができる。
【0048】
本発明で製造された熱輸送システム用作動流体は、ヒートパイプ、単層流冷却装置、沸騰を伴う二層流冷却装置、微小流体機械等、作動流体の表面張力温度依存性によりその作動効率が変化する装置、或いは、作動流体の局所的、時間的な表面張力の振動により生じる界面かく乱現象によってその作動効率が変化する装置、に適用可能である。
【0049】
本発明で得られた熱輸送システム用作動流体としては、重量平均分子量が10万以上のポリビニルピロリドンで表面被覆された銀ナノ粒子と、水と、炭素数4以上のアルコールとを少なくとも含有するものを好ましく挙げることができる。この作動流体では、高分子分散安定剤として重量平均分子量が36万〜130万のポリビニルピロリドンを用い、アルコールとしては1−ブタノールを用いている。
【0050】
こうした作動流体は、銀ナノ粒子の高分子分散安定剤として重量平均分子量が10万以上のポリビニルピロリドンを用い、さらに銀ナノ粒子と相互作用する炭素数4以上のアルコールを含有させることにより、安定で且つ表面張力勾配を高めることができる。
【実施例】
【0051】
以下、実験例により本発明をさらに具体的に説明する。上記実施形態に記載の技術的事項は、下記実験例と同様の結果を得ることができる。
【0052】
[実験例1]
(銀ナノ粒子を含む作動流体試験溶液の調製)
銀(Ag)ナノ粒子の調製は、エチレングリコールにAgNO(92×10−3mol/L)を溶解し、核生成試薬としてHPtCl・6HO(2.3×10−5mol/L)、高分子分散安定剤としてポリビニルピロリドン(PVP、重量平均分子量:8k(8,000)、10k(10,000)、40k(40,000)、360k(360,000)、1300k(1,300,000)の5種)を、PVP/AgNO=5.7molPVP/molAgの割合で配合して溶解し、銀ナノ粒子調製溶液を調製した。この銀ナノ粒子調製溶液を攪拌を行いながらマイクロ波反応装置(2.2GHz、700W、四国計測工業製μリアクタ)で200℃になるまで加熱を行い、化学還元法(マイクロ波−ポリオール法)によって、PVPを表面に被覆する銀ナノ粒子を含む作動流体試験原液(銀ナノ粒子濃厚分散液)を得た。
【0053】
その作動流体試験原液を超純水で2.5×10−4molAg/LH2Oに希釈したものに、1−ブタノールを5重量%となるように添加した。こうして5種の作動流体試験溶液を調製した。なお、ブランク試料として、高分子分散安定剤は含むが銀ナノ粒子は含まない1−ブタノール5重量%溶液5種を「ブランク溶液」として準備した。また、高分子分散安定剤も銀ナノ粒子も含まない1−ブタノール5重量%溶液を「ベース溶液」として準備した。
【0054】
用いたポリビニルピロリドンは、PVP8kはアルファ・エイサー社のポリビニルピロリドンMW8,000、PVP10kはシグマアルドリッチ社のポリビニルピロリドンPVP10、PVP40kはシグマアルドリッチ社のポリビニルピロリドンK29−32、PVP360kはシグマアルドリッチ社のポリビニルピロリドンPVP360、PVP1300kはアルファ・エイサー社のポリビニルピロリドンMW1,300,000、をそれぞれ用いた。
【0055】
(表面張力測定と結果)
溶媒蒸発やぬれ性変化の影響を抑制できる滴重法で、準備した各作動流体試験溶液の表面張力を測定した。図1に示す測定装置は、測定値への汚染の影響を取り除くため、全てガラス又はテフロン(登録商標)でできている。恒温水を循環させた2重ジャケット構造のガラス製測定管内にガラス製キャピラリー管を挿入し、テフロン(登録商標)管で接続したガスタイト型シリンジを用いて、一定流速で液滴を測定管内へ数十〜数百滴下させた。液滴数は反射型レーザーセンサを使い、レーザ光を通過する液滴の数を汎用カウンターで計測して求めた。1時間で数百滴程度滴下した後、管底にたまった液を秤量瓶に排出し、液重量を測定した。液重量を液滴数で割ることから、一滴あたりの重量M(g)を算出した。その後、下記の式(1)(2)を用い、表面張力γ(mN/m)を算出した。ここで、g:重力加速度(cm/s)、r:管の半径(cm)、V:液滴の体積(cm)である。
【0056】
【数1】

【0057】
図2は、銀ナノ粒子を含む作動流体試験溶液の表面張力の温度依存性を示すグラフであり、図3は、銀ナノ粒子を含まないブランク溶液の表面張力の温度依存性を示すグラフである。表1は、図2及び図3のデータである。表2は、表1をまとめた結果であり、60〜80℃の温度範囲において、単位温度dT(1℃)あたりの表面張力の変化率dσの値(dσ/dT)を示している。なお、図2〜図4及び表2中、「Ag」は銀ナノ粒子、「PVP」ポリビニルピロリドン、「8k〜1300k」は重量平均分子量、「BuOH」は1−ブタノール、の略である。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
図2より、重量平均分子量が8k、10k、360k、1300kのPVPを被覆する銀ナノ粒子が分散した4種の作動流体試験溶液では、ベース溶液である1−ブタノール5重量%溶液に比べ、約60℃を境にして負の表面張力勾配から正の表面張力勾配に変化し、且つ2倍以上の温度に対する正の表面張力勾配の増大が見られた。一方で、PVP40k被覆銀ナノ粒子が分散した作動流体試験溶液では、ベース溶液である1−ブタノール5重量%溶液とほぼ同様の表面張力特性を示した。
【0061】
なお、銀ナノ流体を作動流体とするφ4mmヒートパイプの伝熱性能試験において、Ag/PVP10k/1−ブタノール溶液、及びAg/PVP360k/1−ブタノール溶液を作動流体に用いたヒートパイプが、1−ブタノール5重量%溶液単独(ベース溶液)、及びAg/PVP40k/1−ブタノール溶液を作動流体に用いたものに比べて、2倍程度の熱入力でも作動するが、上記の結果は、その2倍程度の熱入力でも作動する理由の一つが、作動流体の表面張力特性に起因することを示している。
【0062】
一方、図3に示すように、各種PVPのみを溶解させた1−ブタノール5重量%溶液(ブランク溶液)は、表面張力の温度依存性は1−ブタノール5重量%単独溶液(ベース溶液)とほぼ等しく、図2の表面張力勾配の増大は、PVP被覆銀ナノ粒子が作動流体試験溶液中に共存していることにより引き起こされたものであるといえる。
【0063】
(銀ナノ粒子の平均粒径の変化)
ここで、PVP被覆銀ナノ粒子を含む1−ブタノール5重量%溶液で、PVPの重量平均分子量の違いによって表面張力特性に差が生じた原因を調べる目的で、PVP被覆銀ナノ粒子のゼータ電位、吸光スペクトル及び長期安定性を調べた。これらのうち、銀ナノ粒子合成直後の作動流体試験原液及び合成後2年経過した作動流体試験原液をそれぞれ希釈して調整した作動流体中の銀ナノ粒子の平均粒径を図4に示した。なお、平均粒径は、動的光散乱法の測定結果から得られる流体力学的粒径である。
【0064】
Ag/PVP40k/1−ブタノール溶液では、合成後2年経過した作動流体試験原液から調整した作動流体(図4中、「aged soln.」で表す。)と、合成直後の作動流体試験原液から調整した作動流体(図4中、「fresh soln.」で表す。)とがほぼ等しい平均粒径をもっていた。一方、Ag/PVP10k/1−ブタノール溶液及びAg/PVP360k/1−ブタノール溶液では、合成後2年経過した作動流体試験原液から調整した作動流体で、銀ナノ粒子の成長が認められた。したがって、PVP40kは、銀ナノ粒子表面を非常に強固に保護して銀ナノ粒子の成長や凝集を抑制するものと考えられる。
【0065】
一方で、PVP40kを用いた場合における強固な保護作用は、表面張力調整成分である1−ブタノールと銀ナノ粒子との相互作用をも抑制するため、Ag/PVP40k/1−ブタノール溶液では、温度に対する正の表面張力勾配の増大が生じなかったものと考えられる。
【0066】
これに対し、PVP10k、360kを高分子分散安定剤として用いた場合は、急激な粒子凝集の抑制と1−ブタノールとの相互作用の両者を兼ね備えた銀ナノ流体となり、表面張力勾配の増大をもたらすことができたものと考えられる。
【0067】
なお、この実験例1において、調製した作動流体試験溶液に含まれる銀ナノ粒子は、図4に示すように、例えばPVP360kを高分子分散安定剤として用いた場合には約190nm(30℃)の平均粒径であり、PVP10kと40kを高分子分散安定剤として用いた場合にはいずれも約65nm(30℃)の平均粒径であった。
【0068】
また、作動流体試験溶液をさらに詳しく測定したところ、特にPVP360kとPVP1300kを高分子分散安定剤として用いた作動流体試験溶液には、棒形の銀ナノワイヤが球形の銀ナノ粒子と共存していることが走査型電子顕微鏡(SEM)とUV−VISスペクトル(表面プラズモン共鳴)によって確認された。具体的には、吸収スペクトル測定では、720nm付近に、ナノワイヤ構造特有のピークが発現しているのが確認され、SEM観察では、PVP1300kを用いた作動流体試験溶液中に多く存在し(中には直径数十〜数百nmで長さ1μm以上という長いものも確認された。)、PVP360kを用いた作動流体試験溶液中にも確認された。一方、PVP8k、PVP10k及びPVP40kを高分子分散安定剤として用いた作動流体試験溶液からは、棒形の銀ナノワイヤは確認されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
種類と重量平均分子量が異なる高分子分散安定剤をそれぞれ配合した複数の金属ナノ粒子調製溶液を準備し、化学還元法によって、該高分子分散安定剤による表面被覆能の異なる複数の金属ナノ粒子を合成する工程(A工程)と、
B前記金属ナノ粒子と水と炭素数4以上のアルコールとを少なくとも混合して作動流体試験溶液を調製する工程(B工程)と、
前記作動流体試験溶液を用いて表面張力の温度依存性を測定する工程(C工程)と、
前記測定において、40〜80℃の範囲のうち任意の温度範囲での温度上昇に対する表面張力の増加率が最も大きくなった作動流体試験溶液を選択し、選択された作動流体試験溶液で用いた高分子分散安定剤の種類と重量平均分子量を特定する工程(D工程)と、
前記特定された高分子分散安定剤で表面被覆した金属ナノ粒子溶液を調製し、該金属ナノ粒子溶液で作動流体を製造する工程(E工程)と、を少なくともその順で有することを特徴とする熱輸送システム用作動流体の製造方法。
【請求項2】
前記化学還元法が、マイクロ波加熱を用いたマイクロ波−ポリオール法である、請求項1に記載の熱輸送システム用作動流体の製造方法。
【請求項3】
前記高分子分散安定剤がポリビニルピロリドン又はポリビニルアルコールであり、前記金属ナノ粒子が銀ナノ粒子である、請求項1又は2に記載の熱輸送システム用作動流体の製造方法。
【請求項4】
重量平均分子量が10万以上のポリビニルピロリドンで表面被覆された銀ナノ粒子と、水と、炭素数4以上のアルコールとを少なくとも含有することを特徴とする熱輸送システム用作動流体。
【請求項5】
前記アルコールが1−ブタノールである、請求項4に記載の熱輸送システム用作動流体。
【請求項6】
60〜80℃での温度上昇に対する表面張力の増加率が、1℃あたり0.05mN/m以上である、請求項4又は5に記載の熱輸送システム用作動流体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−271022(P2010−271022A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−125784(P2009−125784)
【出願日】平成21年5月25日(2009.5.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構よりの委託研究「グリーンネットワーク・システム技術研究開発プロジュクト(グリーンITプロジュクト)/エネルギー利用最適化データセンタ基盤技術の研究開発/最適抜熱方式の検討とシステム構成の開発/冷却ネットワークとナノ流体伝熱による集中管理型先進冷却システムの開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304036743)国立大学法人宇都宮大学 (209)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(503207913)株式会社SOHKi (13)