説明

深海生物の飼育システム

【課題】深海生物を地上の常圧環境状態においても適応できるようにするための育成システムにおいて、高圧装置などを必要とせずに、安価にかつ確実に適応できる深海生物の育成システムを提供することを課題とする。
【解決手段】 深海生物を海水中で水圧が10気圧以下の圧力状態から常圧まで徐々に変化させて、常圧環境に適応させることを可能とする深海生物の飼育システムにおいて、深海生物を飼育するための加圧海水が充填された飼育水槽と、飼育水槽内の海水を水深圧力により加圧する加圧手段と、前記飼育水槽内の海水を浄化するための浄化装置と、前記飼育水槽内の海水温度を制御するための温度調整手段と、飼育水槽内の海水を循環させるための循環手段とが設けられていることを特徴とする深海生物の飼育システムである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧力環境である、深海に生息する深海生物を常圧状態での飼育を可能とするための深海生物の飼育システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、水族館や海洋生物研究機関などで水深が200m以上の深海に生息する生物を捕獲し、研究などのために地上において、深海と同じ高圧力環境において飼育することが行われている。
【0003】
深海での高圧力環境を再現することは、高圧力に耐えうる高圧水槽など多額な費用がかかっていた。
【0004】
特開平9−117235号公報などが開示されている。
【0005】
近年、深海生物においても、高圧力環境から徐々に圧力を下げて、慣らして育成することにより、常圧環境でも多くの深海生物が育成できることが明らかとなってきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−117235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記に示すように、深海での高圧環境から常圧環境まで圧力を徐々に変化させることを可能とする装置は、高圧に耐えうる高価で大型の高圧水槽と、その圧力を制御するための大掛かりな装置が必要であった。
【0008】
本発明は、深海生物が高圧状態から常圧状態までの圧力環境の調整において、深海生物のもともと生息していた高圧環境から、常圧環境まで徐々に変化させる必要はなく、一定の圧力状態から常圧状態までを徐々に変化させることで十分に環境に適応できることを見出し、その分岐点となる圧力状態を見出し、その圧力から常圧までを徐々に変化させるシステムを開発し、本発明を完成させたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の請求項1は、深海生物の飼育システムにおいて、深海生物を飼育するための加圧海水が充填された飼育水槽と、飼育水槽内の海水を水深圧力により加圧する加圧手段と、前記飼育水槽内の海水を浄化するための浄化装置と、前記飼育水槽内の海水温度を制御するための温度調整手段と、飼育水槽内の海水を循環させるための循環手段とが設けられていることを特徴とする深海生物の飼育システムである。
【0010】
本発明の請求項2は、前記の飼育水槽内の海水の加圧手段は、飼育水槽より高い位置に設けた高架槽と配管で連結し、該高架槽の高さを変化させることにより、水深を調整し、海水の圧力を変化させることを特徴とする深海生物の飼育システムである。
【0011】
本発明の請求項3は、前記の高架槽において、飼育水槽との高低差を変化させた複数の高架槽を設置し、それら複数の高架槽との連結を切り換えることにより、飼育水槽内の海水の圧力を段階的に変化させることを特徴とする深海生物の飼育システムである。
【0012】
本発明の請求項4は、前記の海水循環手段は、高架槽より若干低い位置に還水槽を設け、高架槽と還水槽とは各々飼育水槽と配管で連通させ、還水槽の海水を高架槽に汲み上げることにより、海水が高架槽から飼育水槽へ流動し、さらに飼育水槽から還水槽に流動し、海水を循環させることを特徴とする深海生物の飼育システムである。
【0013】
本発明の請求項5は、前記の海水循環手段において、高架槽に汲み上げられ時に発生する泡が飼育水槽までの配管に混入しないように、高架槽の底部に流出口が設けられていることを特徴とする深海生物の飼育システムである。
【発明の効果】
【0014】
本発明は以下の効果を奏する。
【0015】
1)深海生物を常圧状態で飼育、鑑賞することが可能となる。
【0016】
2)10気圧以下の低圧から徐々に常圧まで変化させることで、環境に十分に適応でき、常圧環境で育成することを可能とする飼育方法を提供できる。
【0017】
3)低圧からの圧力操作であるので、適応するまでの期間を飛躍的に短縮でき、コストも大幅に低減できる。
【0018】
4)高圧の装置は必要としないので、安価に製作できるシステムである。
【0019】
5)装置の機材は、市販品が使用でき、特殊な圧力専用装置、機器を必要としない。
【0020】
6)主要な海水循環系にポンプを用いていないので、深海生物のポンプの流動振動によるストレス障害を防止できる。
【0021】
7)高圧耐圧機器及び高圧配管がないので、安全性が高い。
【0022】
8)循環系の駆動及び制御において複雑な装置を必要としないので故障が少なく、信頼性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明による深海生物の飼育システムの全体構成図である。
【図2】本発明による深海生物の飼育システムの高架槽関連手段の構成図である。
【図3】深海での圧力変化に対する血液中の気泡の膨張率の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施の形態について図面を用いて説明する。
【0025】
図1は本発明による深海生物の飼育システムの一実施例を示す全体構成図である。
【0026】
本実施例は、深海生物を収容して育成する塩ビT管による飼育水槽と、高架槽と、還水槽(貯水槽)と、熱交換機(冷却機)及び濾過槽と、それらを連結し循環させる塩ビ製配管により構成されている。
【0027】
そして、4階建ての建物の1階に飼育水槽が設置され、2階、3階、4階に、各々高架槽と還水槽と冷却機と濾過槽とが設置されており、各々1階の飼育水槽に配管により連結されている。
【0028】
そして、各階ごとに機能するように、適時配管にバルブ が設けられ、各階と1階の飼育水槽との連通を切り換えることができるようになっている。
【0029】
従って、4階の高架槽を用いた場合は、圧力が高く、階が下がるごとに段階的に圧力を変化させることができるようになっている。
【0030】
飼育水槽は塩ビ製のT型配管であり、管径は40cmのものを使用し、T管の上部に透明アクリル製板による窓が設けられており、内部の深海生物を観察することができる。
【0031】
また、上記の還水槽(貯水槽)から高架槽へ小型のポンプにより海水が汲み上げられることにより、全体を海水が循環するようになっている。
【0032】
図2は、各階に設置される、高架槽と還水槽と冷却機と濾過槽との構成例を示す概略構成図である。
【0033】
還水槽には、海水を浄化するためのろ過槽が連結され、温度を調節するための冷却機が設けられている。
【0034】
また、還水槽から高架槽の上部に小型のポンプにより海水が汲み上げられることにより、海水は、高架槽から飼育水槽に流れ、さらに飼育水槽から還水槽に戻り、循環するようになっている。
【0035】
また、高架槽の底部に出口配管が接続され、その上部に汲み上げられることにより発生した泡は、飼育水槽までの配管には混入しないようになっている。
【0036】
本発明のシステムでは、1階の飼育水槽から4階の高架槽までの高さは15mとし、約1.5気圧から、各階の高架槽に切り換えて、段階的に0.5気圧ずつ圧力を下げることができるようにした。
【0037】
深海生物の圧力に対する順応性については、高圧から常圧への圧力減少により、深海生物の体液中に含まれる空気が減圧により、体積膨張が起こり、急激な体積膨張に順応できずに死んでしまうものである。
【0038】
しかしながら、その体液中の気泡の体積膨張においては、水深が深い場合には、体積膨張に大きな変化はなく、水深100mより浅くなるにつれて大きな体積膨張が起こることが図3に示す、血液中の気泡の膨張率の計算結果に示されている。
【0039】
従って、水深100m、すなわち、10気圧より低い気圧の変化の場合は、徐々に変化させる必要があるが、水深が100mより深い状態では、体積膨張による影響は少ないので急激な圧力の変化においてもほとんど問題がないことがわかる。
【0040】
初期圧力は、0.3〜0.05MPaからでも深海生物への影響を少なくすることが可能である。
【0041】
本発明は、この点に着目し、深海生物において、10気圧以内からの圧力の緩やかな変化を実現する飼育環境を実現することで、深海生物を地上での常圧状態で飼育が可能となるシステムを提供できるものである。
【0042】
本発明の実施例では、建物の各階に高架槽を設置して段階的に切り換えて圧力を変化させたが、高架槽を上下動させることにより、リニアに圧力を変化させるようにしても良い。
【0043】
また、還水槽から高架槽に汲み上げることにより、循環海水に新鮮な酸素が供給されるが、別途、酸素を注入する手段を設けても良い。
【0044】
本発明により、深海と同様の高圧環境を構築する必要はなく、常圧で深海生物を飼育することが可能となり、水族館などで深海生物を容易に鑑賞することが可能となる。
【0045】
また、高架槽の底部に飼育水槽までの配管が接続されているので、気泡が混入した状態で加圧されることはなく、飼育水槽内の深海生物に悪影響がでないようになっている。
【0046】
また、海水の循環において、小型のポンプで還水槽から高架槽に汲み上げることで循環させることで、振動がほとんど無い状態で加圧することを可能とし、圧力が非常に安定した状態で循環させることができ、ポンプの振動などがないので深海生物にストレスを与えてしまうことを防止できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
深海生物の飼育システムにおいて、
深海生物を飼育するための加圧海水が充填された飼育水槽と、飼育水槽内の海水を水深圧力により加圧する加圧手段と、前記飼育水槽内の海水を浄化するための浄化装置と、前記飼育水槽内の海水温度を制御するための温度調整手段と、飼育水槽内の海水を循環させるための循環手段とが設けられていることを特徴とする深海生物の飼育システム。
【請求項2】
前記の飼育水槽内の海水の加圧手段は、飼育水槽より高い位置に設けた高架槽と配管で連結し、該高架槽の高さを変化させることにより、水深を調整し、海水の圧力を変化させることを特徴とする請求項1に記載の深海生物の飼育システム。
【請求項3】
前記の高架槽において、飼育水槽との高低差を変化させた複数の高架槽を設置し、それら複数の高架槽との連結を切り換えることにより、飼育水槽内の海水の圧力を段階的に変化させることを特徴とする請求項2に記載の深海生物の飼育システム。
【請求項4】
前記の海水循環手段は、高架槽より若干低い位置に還水槽を設け、高架槽と還水槽とは各々飼育水槽と配管で連通させ、還水槽の海水を高架槽に汲み上げることにより、海水が高架槽から飼育水槽へ流動し、さらに飼育水槽から還水槽に流動し、海水を循環させることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の深海生物の飼育システム。
【請求項5】
前記の海水循環手段において、高架槽に汲み上げられ時に発生する泡が飼育水槽までの配管に混入しないように、高架槽の底部に流出口が設けられていることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれかの項に記載の深海生物の飼育システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−68815(P2010−68815A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−6851(P2010−6851)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【分割の表示】特願2005−350059(P2005−350059)の分割
【原出願日】平成17年12月2日(2005.12.2)
【出願人】(502028441)財団法人 海洋博覧会記念公園管理財団 (8)
【Fターム(参考)】