説明

減圧吸引鋳造方法

【課題】従来の鋳造工程に対して特別な工程を付加しなくても鋳造品表層の浸炭を有効に抑制することのできる鋳造方法を提供する。
【解決手段】有機バインダを用いて成形した鋳型16を減圧室22内に配置し、吸入口20を鋼の溶湯Wに浸漬した状態で減圧室22を減圧吸引して溶湯Wを鋳型16のキャビティ18に吸い上げ、鋳込んだ後も鋳型16を引上状態で減圧吸引を所定時間継続し、鋳型16内への外気の強制吸入及び鋳型16内のガスの強制排出を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は鋼の溶湯を鋳型内に減圧吸引して鋳造を行う減圧吸引鋳造方法に関し、詳しくは鋳造品表層の浸炭防止のための技術手段に特徴を有するものに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、有機バインダ含有の鋳型(有機バインダを粘結剤として成形した鋳型)を用いた鋼の溶湯の鋳造では、鋳造品表層が浸炭現象を起すことが問題視されている。
例えば下記特許文献1,特許文献2,特許文献3等にこのような問題点が指摘されている。
【0003】
この浸炭現象は、鋳型に含まれている有機バインダが鋳造時に高熱にさらされることによって熱分解を起し、COガス,COガスやメタン等の炭化水素ガス、即ち浸炭性のガスを大量に発生し、これが溶湯ないし鋳造品の表層に浸入し、拡散することによって生ずる現象である。
【0004】
一般的にC含有量が1%(質量%)以下の鋳鋼、例えばフェライト系ステンレス鋳鋼の場合、こうした浸炭現象が生じると耐食性の低下をもたらすとともに、これがマルテンサイト変態することによって体積膨張を起し、割れを発生せしめることがある。
【0005】
鋳造品の表層が浸炭することによる有害な現象を回避するため、表層をグラインダで削り除去することが従来行われているが、この場合そのために手間と工数が多くかかってしまう。
【0006】
他の対策として、鋳型内面に塗型を塗布し、鋳型内部で発生した浸炭性ガスをその塗型で遮断し、浸炭性ガスが鋳造品表層に浸入するのを防ぐことも行われているが、この場合塗型のための材料費用がかかるとともに、塗型を塗布する工程が必要となり、材料費用と工程数の増加とによる製造コストの増大及び塗型の塗布によって生産能率が低下する問題を生ずる。
【0007】
また鋳造品によってはこのような塗型塗布による対策そのものを採用できない場合がある。
例えば鋳造品が肉厚の薄い薄物でしかも寸法公差の厳しい製品である場合、塗型の塗布ムラによって製品の肉厚が不均等となり、寸法精度を満たし得なくなったり、或いは肉厚が部分的に変化した部位が割れ発生の起点となる恐れが生ずる。
従ってこのような鋳造品については塗型の塗布による対策は採用できない。
【0008】
尚、特許文献1では鋳造品表層の浸炭現象の問題を解決する手段として、有機自硬性鋳型表面に、クロマイトフラワーとFeO+2CaO・SiOまたはオリビンフラワーとを基材として含む塗型剤を塗布して第1塗型層を設け、次いで、第1塗型層のうえに、ジルコンフラワー、ムライトフラワー、アルミナフラワーおよびシヤモットフラワーから成る群から選ばれた1種または2種以上を基材として含む鋳型剤を塗布して第2塗型層を設ける点を開示している。
しかしながらこの特許文献1に開示のものは、解決手段において本発明とは異なった別異のものである。
【0009】
一方、特許文献2では鋳造品表層の浸炭の問題を解決する手段として、珪砂にMgO:27〜33%、SiO:48〜58%、AlO:1〜3%、FeO:5〜11%、CaO:4〜6%、残部不可避的不純物とからなるフェロニッケル鉱石製錬鉱滓15〜70重量%を添加したものをシェルモールド用鋳物砂として用いる点を開示している。
しかしながらこの特許文献2に開示のものも、本発明とは解決手段を異にする別異のものである。
【0010】
他方、特許文献3では同様の問題を解決するための手段として、鋳物と接触する肌砂には粒径の小さなクロマイトを使用し、それ以外の部分の裏砂には1.2〜2.2mmの大きな粒径の(通気性の良好な)ムライト質のセラミックを使用して鋳鋼用鋳型を製造し、鋳型内で発生したガスを鋳型外の大気中に逃し易くした点が開示されている。
しかしながらこの特許文献3に開示のものもまた、本発明とは解決手段の異なった別異のものである。
【0011】
【特許文献1】特開昭61−293625号公報
【特許文献2】特開昭62−263842号公報
【特許文献3】特開平8−257678号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は以上のような事情を背景とし、従来の鋳造工程に対して特別な工程を付加しなくても鋳造品表層の浸炭を有効に抑制することのできる鋳造方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
而して請求項1の鋳造方法は、有機バインダを用いて成形した鋳型を減圧室内に配置し、吸入口を鋼の溶湯に浸漬した状態で該減圧室を減圧吸引することで該溶湯を該吸入口を通じ吸い上げて前記鋳型のキャビティに充填し鋳造を行う減圧吸引鋳造方法において、前記溶湯を前記キャビティに充填し且つ凝固させて前記鋳型を引き上げ、前記吸入口を前記溶湯から離間させた後も前記減圧吸引を所定時間継続し、該鋳型内への外気の強制吸入及び該鋳型内のガスの強制排出を行うことを特徴とする。
【発明の作用・効果】
【0014】
以上のように本発明は、有機バインダ含有の鋳型を減圧室内に配置し、減圧室を減圧吸引することで溶湯を吸い上げて鋳型のキャビティに充填し凝固させて鋳造品を鋳造するようになし、そしてその鋳造の際に溶湯の吸引による鋳込動作終了後も、即ち溶湯をキャビティに充填し凝固させて鋳型を引き上げ、吸入口を溶湯から離間させた後においても減圧吸引を所定時間継続し、鋳型内への外気の強制吸入及び鋳型内のガスの強制排出を行うようになしたものである。
【0015】
減圧吸引鋳造方法は、溶湯を鋳型のキャビティに上方から注ぎ込んで重力によりキャビティ内に充填する通常の鋳造方法に比べて、肉厚の薄い薄肉の鋳造品を鋳造する際にもキャビティの隅々まで良好に溶湯を回り込ませ、充填できる鋳造方法として従来から知られた鋳造方法である。
【0016】
本発明では、かかる減圧吸引鋳造方法が多孔質の鋳型の通気性を利用し、減圧室の減圧即ち負圧を鋳型のキャビティに作用させて溶湯をキャビティに吸い上げ鋳造する点に着眼し、溶湯の鋳込動作が終了した後にも、詳しくはキャビティ内に溶湯を充填し且つ凝固させた後に鋳型を引き上げ、吸入口を溶湯から離間させた後においても外気中で減圧吸引を継続し、鋳型の外側の外気を減圧吸引により鋳型内部に強制吸入するとともに、鋳型内のガスの強制排出を行う。
【0017】
前述したように上記の浸炭現象は、鋳型に含有されている有機バインダが溶湯の高温の熱にさらされることにより熱分解して浸炭性ガスを発生させ、これが溶湯ないし鋳造品表層に浸入し拡散することによって生ずる現象であるが、本発明では鋳込動作の終了後も減圧吸引を継続し、鋳型内への外気の強制吸入及び鋳型内のガスの強制排出を行うことで、鋳型内に発生した浸炭性ガス、特に鋳型の内面と鋳造品との間の界面に供給された浸炭性ガスを外気と置換する形で鋳型内から速やかに外部に排出せしめることができる。
これにより、鋳型内部で発生した浸炭性ガスと溶湯ないし鋳造品表層との接触による浸炭の現象を効果的に防止ないし抑制することができる。
【0018】
かかる本発明によれば、従来のように鋳型の内面に塗型を塗布する等の前処理を施さなくても、単に従来の減圧吸引鋳造における減圧吸引を鋳込動作終了後、鋳型を溶湯と縁切りした状態の下で所定時間継続するだけで良く、従来から問題視されていた鋳造品表層の浸炭の現象を特別な工程を特に付加しなくても防止ないし抑制でき、安価に且つ少ない工数で浸炭防止された鋳造品を製造することが可能となる。
【0019】
尚、上記の浸炭の現象は鋳造品が一定温度以上の高温状態の下で起る現象であり、鋳造品が温度降下した後においてはこのような浸炭現象は特に生じない。
従って本発明における鋳型の溶湯からの引上げ後の引続く減圧吸引は浸炭を生じなくなる温度まで継続すれば十分で、それ以降については減圧吸引を継続する必要は特にない。
上記減圧吸引を所定時間継続するとはこのことを意味している。
但し浸炭を生じなくなる温度は鋳造品の形状や鋳造設備等の要因によって変化するため、吸引継続時間はそれぞれの条件に応じて適切に定められることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に本発明の実施形態を図面に基づいて以下に詳しく説明する。
図1において、10は容器12内部に配置された炉で、そこに鋼の溶湯Wが保持されている。
14は減圧チャンバ、22はその内側に形成された減圧室で、この減圧室22内に鋳物砂を有機バインダを粘結剤として固め成形して成る多孔質の鋳型16が配置されている。ここで鋳型16は減圧チャンバ14にて吊持されている。
【0021】
鋳型16には、その内部に鋳造品の形状に対応した形状のキャビティ18が形成されている。更に鋳型16にはこれらキャビティ18から図中下向きに延び、その底面で開口する複数の吸入口20が形成されている。
減圧チャンバ14からは減圧吸引管24が延び出しており、この減圧吸引管24を通じての減圧吸引により減圧室22が減圧状態となる。
【0022】
この実施形態では、鋳型16の下部を溶湯Wに浸漬させた状態で、詳しくは吸入口20を溶湯Wに浸漬させた状態で、減圧吸引管24を通じての減圧吸引により減圧チャンバ14内部(減圧室22)が減圧せしめられる。そしてその減圧により、即ち負圧により溶湯Wが吸入口20を通じ吸い上げられて各キャビティ18に充填される。
キャビティ18に充填された溶湯Wが凝固したところで(キャビティ18内の溶湯Wは20秒程度で凝固する)、減圧吸引を続行しつつ鋳型16が減圧チャンバ14とともに上方に引き上げられ、炉10内の溶湯Wと縁切りされる。即ち吸入口20が溶湯Wに対して上方に離間させしめられる。
【0023】
この実施形態では、溶湯Wの凝固及び炉10内の溶湯Wからの鋳型16の引上げ後も減圧吸引が継続される。
詳しくは、減圧吸引を継続しながら鋳型16,減圧チャンバ14が容器12の内部から外部に取り出され、且つ容器12外の外気中に所定時間保持される(この保持の間も減圧吸引は継続される)。
【0024】
この間の減圧吸引により、通気性を有する多孔質の鋳型16の内部に、特に吸入口20を通じて鋳型16の内部に外気が強制吸入される。
また鋳型16内で発生したガス、即ち高温下で有機バインダが分解して生成した浸炭性ガスが強制吸入した外気にて置換される形で鋳型16外部に、更に減圧室22及び減圧吸引管24を通じて系外へと排出せしめられる。
【0025】
つまり有機バインダの分解により生成した浸炭性ガスは、キャビティ18内部に充填された溶湯Wないし凝固後の鋳造品26(図1参照)表層と接触して浸炭を生ぜしめる以前に、減圧吸引によって鋳型16内部から排出せしめられる。
そして所定時間の減圧吸引状態の保持を終えたところで、鋳型16がコンベア28上に載せられて後続工程へと送出される。
【実施例】
【0026】
有機バインダとしてフェノール樹脂(岡崎ヒュッテナスアルバータス化成(株)社製のガスハーツ6348を使用)及び硬化剤(同社製のアクチベータ6324を使用)を用い、これを鋳物砂(伊藤忠セラテック(株)社製のセラビーズ#650を使用)に対して1.6質量%(鋳物砂を基準とした質量%)添加して鋳型を成形し、自動車用のターボチャージャのタービンハウジングを図1に示す減圧吸引鋳造方法にて鋳造した。
このタービンハウジングは、鋼材組成が0.05C−19Cr−2W−1Nb−残Fe(数値は含有質量%)の組成のフェライト系耐熱ステンレス鋳鋼で、質量が3.5kg、肉厚が2.5mmのものである。
【0027】
ここでは図2に示しているように減圧開始から3秒かけて減圧チャンバ14内側の減圧室22の圧力を、大気圧との差圧が30kPaとなる圧力まで減圧し、その後同圧力を30秒間保持して、鋳型16のキャビティ18への溶湯Wの吸上げ充填及び凝固、即ち溶湯Wの鋳込みを行った(鋳込時の溶湯温度は1570℃)。
【0028】
以上の鋳込動作を終了した後、減圧吸引を継続しながら鋳型16を減圧チャンバ14とともに引き上げて炉10内の溶湯Wと縁切りし、更にその後も減圧吸引を維持しながら鋳型16を容器12外に取り出して図1に示すように外気中に保持し、鋳型16内への外気の強制吸入及び鋳型16内のガスの強制排出を続行した。
その際の吸引継続時間と鋳造品26表層の浸炭層厚さとの関係を調べたところ、図3に示す結果を得た。尚ここではC濃度が母材よりも高い表層部分の厚みを浸炭層の厚みとして測定している。
但し図3中横軸は鋳込後の強制吸入時間を、また縦軸は浸炭層の厚さを表している。
尚図3中鋳込後の強制吸入時間0のプロットは強制吸入を行わなかった場合である。
【0029】
図3の結果から、減圧吸引の継続による外気の強制吸入によって鋳造品表層の浸炭が抑制されること、またその浸炭の抑制は強制吸入時間が長くなるほど効果高く行われること、そしてこの実施例の場合には強制吸入を5分継続することで、鋳造品表層の浸炭層は実質的に生成しないことが見て取れる。
【0030】
以上のような本実施形態によれば、従来のように鋳型の内面に塗型を塗布する等の前処理を施さなくても、単に従来の減圧吸引鋳造における減圧吸引を鋳込動作終了後、鋳型16を溶湯Wと縁切りした状態の下で所定時間継続するだけで良く、従来から問題視されていた鋳造品26表層の浸炭の現象を特別な工程を特に付加しなくても防止ないし抑制でき、安価に且つ少ない工数で浸炭防止された鋳造品26を製造することが可能となる。
【0031】
図4は他の実施形態を示したもので、ここでは鋳型16を容器12から取り出したところで、直ちに減圧チャンバ14に代えて減圧吸引管24付きのフード30を鋳型16に装着し、そして鋳込動作後の減圧吸引をフード30の減圧吸引管24を通じての減圧吸引に切り換え、かかる減圧吸引を継続しつつ鋳型16をコンベア28にて後続工程へと送出するようになしている。
【0032】
このようにすれば、容器12から取り出した鋳型16をコンベア28に載せるまでの間の所定時間の減圧吸引の保持を省略し、鋳型16をコンベア28にて後続工程に送出しながら引続く減圧吸引を行うことができるため、鋳造品26の製造のための所要時間を短縮化することができる。
【0033】
以上本発明の実施形態を詳述したがこれはあくまで一例示であり、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた態様で実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施形態の減圧吸引鋳造方法の説明図である。
【図2】鋳込動作時の減圧室の圧力変化を示した図である。
【図3】鋳込後の強制吸入時間と浸炭層厚さとの関係を示した図である。
【図4】本発明の他の実施形態の説明図である。
【符号の説明】
【0035】
14 減圧チャンバ
16 鋳型
18 キャビティ
20 吸入口
22 減圧室
26 鋳造品
W 溶湯

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機バインダを用いて成形した鋳型を減圧室内に配置し、吸入口を鋼の溶湯に浸漬した状態で該減圧室を減圧吸引することで該溶湯を該吸入口を通じ吸い上げて前記鋳型のキャビティに充填し鋳造を行う減圧吸引鋳造方法において
前記溶湯を前記キャビティに充填し且つ凝固させて前記鋳型を引き上げ、前記吸入口を前記溶湯から離間させた後も前記減圧吸引を所定時間継続し、該鋳型内への外気の強制吸入及び該鋳型内のガスの強制排出を行うことを特徴とする減圧吸引鋳造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−105023(P2010−105023A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−280519(P2008−280519)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【出願人】(502230882)株式会社大同キャスティングス (32)
【Fターム(参考)】