説明

湿式摩擦材及びその製造方法

【課題】湿式摩擦材において、プレス工程を削減しつつプレスで油溝を形成した場合と同様に摩擦材基材の表面に油溝となる溝を、より精度良く形成することによって、確実に優れた摩擦特性を得ることができること。
【解決手段】湿式摩擦材1を構成するセグメントピース3が切り出される摩擦材基材の製造工程においては、まず抄紙しながらプレスまたは切削によって表面に抄紙溝を形成する工程が実施され、抄紙体は弾性がないため溝深さ等を精度良く形成できる。湿式摩擦材1は、20個のセグメントピース3の間の間隔からなるセグメント溝5が20本と、20個のセグメントピース3の表面の3本ずつの抄紙溝4が60本とで合計80本の油溝を有している。このように、深いセグメント溝5と浅い抄紙溝4とを混在させることによって、従来のセグメント湿式摩擦材では得られなかった優れた摩擦特性を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機(Automatic Transmission、以下「AT」とも略する。)内の湿式クラッチ、ブレーキ摩擦材、ロックアップ摩擦材等、油中に浸した状態で対向面に高圧力をかけることによってトルクを得る湿式摩擦材において、プレス工程を削減しつつプレスで油溝を形成した場合と同等以上の優れた摩擦特性を得ることができる湿式摩擦材及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、ATの低燃費化を目指した引き摺りトルクの低減や高度の滑らかな変速フィーリングが要求されており、これらの課題を解決するために自動変速機潤滑油(Automatic Transmission Fluid、以下「ATF」とも略する。)の流れを制御する必要があり、そのために湿式摩擦材に形成される油溝が重要性を増している。
【0003】
湿式摩擦材としては、パルプやアラミド繊維等の基材繊維と摩擦添加材や体質顔料等の充填材とを抄造して得た抄紙体に、熱硬化性樹脂からなる樹脂結合剤を含浸して加熱硬化して形成した摩擦材基材を、リング状に打ち抜いて平板リング状の芯金に接着してなるリング状摩擦材と、摩擦材基材からリング状の芯金のRに沿った形状のセグメントピースを複数枚打ち抜いて、これらのセグメントピースを互いに間隔を空けて平板リング状の芯金に接着してなるセグメント摩擦材とが、ほぼ半々の割合で用いられている。
【0004】
リング状摩擦材においては、摩擦材基材をリング状に打ち抜く前または後に、プレス工程で摩擦材基材に必要な数の溝をプレス(型押し)で設けることによって油溝を形成している。また、セグメント摩擦材においては、セグメントピース間の間隔がそのまま油溝としての役割を果たすことになる。しかし、これらの油溝のみでは、湿式摩擦材に要求されるより高度な摩擦特性を満たすことができない。
【0005】
そこで、特許文献1に記載の発明においては、セグメント摩擦材においてセグメントピース間の間隔からなる第1の油溝に加えて、各セグメントピースの表面にプレス(型押し)によって第2の油溝を形成することによって、クラッチ初期係合摩擦係数が過度に高くなることを抑制しつつ所謂μ−V正勾配性を維持することができるとしている。
【特許文献1】特開2004−211781号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に開示された発明においては、湿式摩擦材の製造工程のうち、摩擦材基材の製造工程として、図6に示されるような各工程が必要となる。図6は従来技術における湿式摩擦材の製造工程の一部を示すフローチャートである。
【0007】
即ち、図6に示されるように、まず抄紙体を得るための抄紙工程(ステップS11)を実施し、続いて得られた抄紙体に熱硬化性樹脂からなる樹脂結合剤を含浸する工程(ステップS12)を実施し、含浸した熱硬化性樹脂を熱効果させつつ成形する加熱成形工程(ステップS13)を行った後に、プレス(型押し)工程(ステップS14)で各セグメントピースの表面となる摩擦材基材の表面に、第2の油溝となる溝を形成するものである。
【0008】
これによって、従来ステップS13までで完成していた摩擦材基材を製造するために、ステップS14のプレス工程を増加しなければならず、製造コストの上昇と製造時間の増大を招いていた。また、含浸した熱硬化性樹脂を熱硬化させた(ステップS13)後にプレス(型押し)(ステップS14)を行っていたことから、摩擦材基材の粘弾性が大きく反発力が強くなっているため、所定の溝深さだけプレスを行っても摩擦材基材の戻りがあり、それが一定でないために溝深さの精度が低くなり、所定の摩擦特性が得られないという問題点があった。
【0009】
そこで、本発明は、プレス工程を削減しつつプレスで油溝を形成した場合と同様に摩擦材基材の表面に油溝となる溝を精度良く形成することによって、確実に優れた摩擦特性を得ることができる湿式摩擦材とその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明にかかる湿式摩擦材は、平板リング状の芯金の全周両面または片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材またはセグメントピースを接着してなる湿式摩擦材であって、前記摩擦材基材の樹脂を含浸する前の抄紙体状態において、前記摩擦材基材に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成することによって、前記リング状摩擦材基材または前記セグメントピースの表面に必要な深さ及び幅を有する1または2以上の所定形状の油溝を設けたものである。
【0011】
請求項2の発明にかかる湿式摩擦材は、請求項1の構成において、前記セグメントピースは前記平板リング状の芯金の全周片面当たり20個以上40個以下が使用され、前記セグメントピースの表面に設けられる前記所定形状の油溝は1本以上4本以下であるものである。
【0012】
請求項3の発明にかかる湿式摩擦材の製造方法は、平板リング状の芯金の全周両面または片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材またはセグメントピースを接着してなる湿式摩擦材の製造方法であって、前記摩擦材基材を抄紙しながらまたは抄紙した後に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成する工程と、前記抄紙体状態の摩擦材基材に熱硬化性樹脂を含浸する工程と、前記熱硬化性樹脂を含浸した摩擦材基材を加熱して前記熱硬化性樹脂を硬化させて前記摩擦材基材を完成させる工程と、前記摩擦材基材から前記リング状摩擦材基材または前記セグメントピースを切り出す工程と、前記リング状摩擦材基材または前記セグメントピースを前記平板リング状の芯金の全周両面または片面に接着する工程とを具備するものである。
【発明の効果】
【0013】
請求項1の発明にかかる湿式摩擦材は、平板リング状の芯金の全周両面または片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材またはセグメントピースを接着してなる湿式摩擦材であって、摩擦材基材の樹脂を含浸する前の抄紙体状態において、摩擦材基材に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成することによって、リング状摩擦材基材またはセグメントピースの表面に必要な深さ及び幅を有する1または2以上の所定形状の油溝を設けたものである。
【0014】
即ち、本発明にかかる湿式摩擦材においては、樹脂を含浸する前の粘弾性のない抄紙体状態の摩擦材基材に、所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成することによって、プレス等に対する反発力が極めて小さいため精度良く複数の油溝を形成することができる。
【0015】
ここで、複数の油溝を形成する方法としては、プレスでも良いし切削でも良いし、その他の方法でも良い。また、「摩擦材基材の樹脂を含浸する前の抄紙体状態において、摩擦材基材に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成する」とは、抄紙が完了してから複数の油溝を形成しても良いし、抄紙と同時に複数の油溝を形成しても良いことを意味する。
【0016】
これによって、従来の樹脂を含浸した後の摩擦材基材に対するプレスによる溝形成に比較して溝深さ等の精度が高くなるとともに、プレス工程を省略することができるため、製造工程の低コスト化・短時間化が可能となる。こうして複数の油溝が形成された摩擦材基材を打ち抜いて平板リング状の芯金に接着することによって、リング状湿式摩擦材またはセグメント湿式摩擦材が製造される。
【0017】
このようにして、プレス工程を削減しつつプレスで油溝を形成した場合と同様に摩擦材基材の表面に油溝となる溝を、より精度良く形成することによって、確実に優れた摩擦特性を得ることができる湿式摩擦材となる。
【0018】
請求項2の発明にかかる湿式摩擦材においては、セグメントピースは平板リング状の芯金の全周片面当たり20個以上40個以下が使用され、セグメントピースの表面に設けられる所定形状の油溝は1本以上4本以下である。
【0019】
これによって、請求項1に記載の効果に加えて、セグメントピースの数を平板リング状の芯金の全周片面当たり20個以上40個以下とすることによって、セグメントピース間に設けられる油溝の数が20本以上40本以下となり、優れた摩擦特性を有するのに適した油溝の数の範囲となる。
【0020】
また、セグメントピースの数が20個未満であるとセグメントピースの幅が大きくなってセグメントピースの両端部分の高さが小さくなるという問題があり、またセグメントピースの数が40個を超えるとセグメントピースの幅が小さくなって取扱い難くなるという問題点があるのに対して、セグメントピースの数を平板リング状の芯金の全周片面当たり20個以上40個以下とすることによって、これらの問題を解決することができる。
【0021】
更に、セグメントピースの表面に設けられる所定形状の油溝の数を1本以上4本以下とすることによって、セグメントピース間に設けられる油溝の数との均衡を保つことができ、優れた摩擦特性を確実に得ることができる。
【0022】
このようにして、プレス工程を削減しつつプレスで油溝を形成した場合と同様に摩擦材基材の表面に油溝となる溝を、より精度良く形成することによって、確実に優れた摩擦特性を得ることができる湿式摩擦材となる。
【0023】
請求項3の発明にかかる湿式摩擦材の製造方法は、平板リング状の芯金の全周両面または片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材またはセグメントピースを接着してなる湿式摩擦材の製造方法であって、摩擦材基材を抄紙しながらまたは抄紙した後に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成する工程と、抄紙体状態の摩擦材基材に熱硬化性樹脂を含浸する工程と、熱硬化性樹脂を含浸した摩擦材基材を加熱して熱硬化性樹脂を硬化させて摩擦材基材を完成させる工程と、摩擦材基材からリング状摩擦材基材またはセグメントピースを切り出す工程と、リング状摩擦材基材またはセグメントピースを平板リング状の芯金の全周両面または片面に接着する工程とを具備する。
【0024】
即ち、本発明にかかる湿式摩擦材の製造方法においては、樹脂を含浸する前の粘弾性のない抄紙体状態の摩擦材基材に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成することによって、プレス等に対する反発力が極めて小さいため精度良く複数の油溝を形成することができる。ここで、複数の油溝を形成する方法としては、プレスでも良いし切削でも良いし、その他の方法でも良い。
【0025】
こうして複数の油溝が形成された抄紙体状態の摩擦材基材に熱硬化性樹脂を含浸させ、続いて加熱して熱硬化性樹脂を硬化させて摩擦材基材を完成させる。この摩擦材基材からリング状摩擦材基材またはセグメントピースを切り出して、平板リング状の芯金の全周両面または片面に接着することによって、リング状湿式摩擦材またはセグメント湿式摩擦材が製造される。
【0026】
このように、本発明にかかる湿式摩擦材の製造方法においては、従来の樹脂を含浸した後の摩擦材基材に対するプレスによる溝形成に比較して、溝深さ等の精度が高くなるとともに、プレス工程を省略することができるため、製造工程の低コスト化・短時間化が可能となる。
【0027】
このようにして、プレス工程を削減しつつプレスで油溝を形成した場合と同様に摩擦材基材の表面に油溝となる溝を、より精度良く形成することによって、確実に優れた摩擦特性を有する湿式摩擦材を得ることができる湿式摩擦材の製造方法となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態について、図1乃至図5を参照して説明する。
【0029】
図1は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材の製造工程の一部を示すフローチャートである。図2(a)は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(b)は(a)のA−A断面を示す部分断面図である。
【0030】
図3(a)は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材(実施例)の油量100ml/minの場合の引き摺りトルク特性を従来例と比較して示すグラフ、(b)は油量1000ml/minの場合の引き摺りトルクを従来例と比較して示すグラフである。図4は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材(実施例)の油温40℃,80℃,120℃の場合の摩擦係数特性を従来例と比較して示すグラフである。
【0031】
図5(a)は本発明の実施の形態の第1変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(b)は本発明の実施の形態の第2変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(c)は本発明の実施の形態の第3変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(d)は本発明の実施の形態の第4変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(e)は本発明の実施の形態の第5変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図である。
【0032】
本実施の形態にかかる湿式摩擦材は、平板リング状の芯金の全周両面に摩擦材基材から切り出したセグメントピースを20個接着してなるセグメント湿式摩擦材である。まず、本実施の形態にかかる湿式摩擦材における摩擦材基材の製造工程について、図1を参照して説明する。
【0033】
図1に示されるように、本実施の形態における摩擦材基材の製造工程においては、まず抄紙しながらプレスまたは切削によって表面に溝(以下、「抄紙溝」という。)を形成する工程が実施される(ステップS1)。ここで、抄紙体は弾性がないため、溝深さ等を精度良く形成することができる。続いて、表面に抄紙溝が形成された抄紙体に熱硬化性樹脂を含浸させる(ステップS2)。そして、加熱して熱硬化性樹脂を硬化させつつ成形することによって(ステップS3)、摩擦材基材が完成する。
【0034】
図1に示される本実施の形態における摩擦材基材の製造工程を、図6に示される上述した従来の摩擦材基材の製造工程と比較して分かるように、本実施の形態においてはプレス工程を省略することができるため、湿式摩擦材の製造工程の低コスト化・短時間化が可能となる。
【0035】
このようにして製造された摩擦材基材からセグメントピースを切り出して(打ち抜いて)、平板リング状の芯金の両面にセグメントピースを20個ずつ接着することによって、本実施の形態にかかる湿式摩擦材が製造される。
【0036】
こうして製造された本実施の形態にかかるセグメント湿式摩擦材について、図2を参照して説明する。
【0037】
図2(a)に示されるように、本実施の形態にかかる湿式摩擦材1は、平板リング状の芯金2に、表面に3本の抄紙溝4が形成されたセグメントピース3を、油溝となる所定の間隔をおいて20個接着してなる。従って、湿式摩擦材1は、20個のセグメントピース3の間の間隔からなる油溝(以下、「セグメント溝」という。)5が20本と、20個のセグメントピース3の表面の3本ずつの抄紙溝4が3×20=60本とで、合計80本の油溝を有している。
【0038】
図2(b)の断面図に示されるように、これらの油溝のうちセグメント溝5は芯金2の表面に達する深い溝であり、抄紙溝4はセグメントピース3の表面に形成された浅い溝である。このように、深いセグメント溝5と浅い抄紙溝4とを混在させることによって、以下に説明するように、従来のセグメント湿式摩擦材では得られなかった優れた摩擦特性を得ることができる。
【0039】
本実施の形態にかかる湿式摩擦材1(実施例)について、従来のセグメント湿式摩擦材と比較して、摩擦特性の試験を行った。従来のセグメント湿式摩擦材としては、20個ずつの通常のセグメントピースを芯金2の両面に接着してなるセグメント溝20本のみを有する比較例1と、図6に示される製造工程によって製造されたプレス溝3本ずつを表面に有するセグメントピースを20個ずつ芯金2の両面に接着してなるセグメント溝20本とプレス溝60本の合計80本の油溝を有する比較例2を用いた。
【0040】
まず、引き摺りトルクについて試験を実施した。試験条件としては、テスターとしてLVFAを用いて、セグメント湿式摩擦材の寸法が外径130.4mm、内径107.5mm、潤滑油としてはATFを用いて潤滑油量は100ml/min,1000ml/minの二条件について行い、油温40℃、摩擦回転数は500rpm〜3500rpmまで500rpmごとに変化させ、ディスク枚数は3枚組みで行った。なお、セグメント溝5の溝幅は2mmである。結果を、図3に示す。
【0041】
図3(a)に示されるように、潤滑油量が100ml/minの場合には、油溝がセグメント溝20本のみの比較例1と比較して、実施例も比較例2も引き摺りトルクが低減されているが、実施例の方が比較例2よりも引き摺りトルク低減特性に優れていることが分かる。また、図3(b)に示されるように、潤滑油量が1000ml/minの場合には、比較例1と比較して、実施例も比較例2もほぼ同等の引き摺りトルク低減特性を示している。比較例1と比較した場合の実施例及び比較例2の引き摺りトルク低減率を算出した結果を、表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1に示されるように、抄紙溝4を形成した実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1は、従来のプレス溝を形成した比較例2にかかるセグメント湿式摩擦材とほぼ同等の引き摺りトルク低減効果を示すことが分かった。
【0044】
次に、μ−P−T性能評価試験を行った。試験条件としては、軸心標準負荷評価条件にて50サイクル後、摩擦回転数3600rpm、面圧0.196MPa,0.392MPa,0.588MPa,0.785Mpa、潤滑油はATF、潤滑油量は600ml/min、油温は40℃,80℃,120℃の3条件で行った。結果を、図4に示す。
【0045】
図4に示されるように、油温40℃,80℃,120℃のいずれの条件においても、比較例1と比較して、実施例も比較例2もほぼ同等の初期摩擦係数μiの低減効果を示している。比較例1と比較した場合の実施例及び比較例2の初期摩擦係数μiの低減率を算出した結果を、表2に示す。
【0046】
【表2】

【0047】
表2に示されるように、油温40℃,80℃,120℃のいずれの条件においても、抄紙溝4を形成した実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1は、従来のプレス溝を形成した比較例2にかかるセグメント湿式摩擦材とほぼ同等の初期摩擦係数μiの低減効果を示すことが分かった。
【0048】
このようにして、本実施の形態にかかる湿式摩擦材1においては、プレス工程を削減して製造工程の低コスト化・短時間化を図りつつ、プレスで油溝を形成した比較例2にかかるセグメント湿式摩擦材の場合と同様に摩擦材基材の表面に油溝となる抄紙溝4を、より精度良く形成することができて、確実に優れた摩擦特性を得ることができる。
【0049】
次に、本実施の形態の変形例にかかる湿式摩擦材について、図5を参照して説明する。
【0050】
まず、図5(a)に示される本実施の形態の第1変形例にかかる湿式摩擦材1Aは、図1に示される摩擦材基材の製造工程において、ステップS1で上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1の抄紙溝4と同様の直線状の抄紙溝を、より間隔を狭くして形成し、完成した摩擦材基材から抄紙溝4Aが横方向になるようにセグメントピース3Aを切り出して(打ち抜いて)、かかるセグメントピース3Aを上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1と同様に、芯金2の両面に20個ずつ2mm幅のセグメント溝5を空けて接着してなるものである。
【0051】
このように、湿式摩擦材1Aの円周方向に沿った抄紙溝4Aを設けることによって、上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1とは異なる摩擦特性を有するセグメント湿式摩擦材1Aとすることができる。
【0052】
また、図5(b)に示される本実施の形態の第2変形例にかかる湿式摩擦材1Bは、図1に示される摩擦材基材の製造工程のステップS1で、同様の直線状の抄紙溝を形成し、完成した摩擦材基材から抄紙溝4Bが斜め方向になるようにセグメントピース3Bを切り出して(打ち抜いて)、かかるセグメントピース3Bを上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1と同様に、芯金2の両面に20個ずつ2mm幅のセグメント溝5を空けて接着してなるものである。
【0053】
このように、湿式摩擦材1Bの放射線方向に対して斜めの抄紙溝4Bを設けることによって、上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1、第1変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1Aとは異なる摩擦特性を有するセグメント湿式摩擦材1Bとすることができる。
【0054】
更に、図5(c)に示される本実施の形態の第3変形例にかかる湿式摩擦材1Cは、図1に示される摩擦材基材の製造工程のステップS1で、湾曲したウェーブ状の抄紙溝を形成し、完成した摩擦材基材から抄紙溝4Cが放射線方向を向くようにセグメントピース3Cを切り出して(打ち抜いて)、かかるセグメントピース3Cを上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1と同様に、芯金2の両面に20個ずつ2mm幅のセグメント溝5を空けて接着してなるものである。
【0055】
このように、湿式摩擦材1Cの放射線方向にウェーブ形状の抄紙溝4Cを設けることによって、上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1、第1変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1A、第2変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1Bとは異なる摩擦特性を有するセグメント湿式摩擦材1Cとすることができる。
【0056】
また、図5(d)に示される本実施の形態の第4変形例にかかる湿式摩擦材1Dは、図1に示される摩擦材基材の製造工程のステップS1において格子状の抄紙溝を形成し、完成した摩擦材基材から格子状の抄紙溝4Dが放射線方向に対して斜めになるようにセグメントピース3Dを切り出して(打ち抜いて)、かかるセグメントピース3Dを上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1と同様に、芯金2の両面に20個ずつ2mm幅のセグメント溝5を空けて接着してなるものである。
【0057】
このように、湿式摩擦材1Dに格子状の抄紙溝4Dを設けることによって、上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1、第1変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1A、第2変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1B、第3変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1Cとは異なる摩擦特性を有するセグメント湿式摩擦材1Dとすることができる。
【0058】
更に、図5(e)に示される本実施の形態の第5変形例にかかる湿式摩擦材1Eは、図1に示される摩擦材基材の製造工程のステップS1で、ディンプル状の多数の抄紙溝4Eを形成し、完成した摩擦材基材からセグメントピース3Eを切り出して(打ち抜いて)、かかるセグメントピース3Eを上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1と同様に、芯金2の両面に20個ずつ2mm幅のセグメント溝5を空けて接着してなるものである。
【0059】
このように、湿式摩擦材1Eにディンプル状の多数の抄紙溝4Eを設けることによって、上記実施例にかかるセグメント湿式摩擦材1、第1変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1A、第2変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1B、第3変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1C、第4変形例にかかるセグメント湿式摩擦材1Dとは異なる摩擦特性を有するセグメント湿式摩擦材1Eとすることができる。
【0060】
本実施の形態においては、湿式摩擦材として摩擦材基材からセグメントピースを切り出して平板リング状の芯金の両面にセグメントピースを接着してなるセグメント湿式摩擦材を例として説明したが、平板リング状の芯金の片面のみにセグメントピースを接着してなるセグメント湿式摩擦材でも良く、更には摩擦材基材からリング状摩擦材基材を切り出して平板リング状の芯金の両面または片面に接着してなるリング状湿式摩擦材にも、本発明を適用することができる。
【0061】
また、本実施の形態においては、平板リング状の芯金の両面に20個ずつのセグメントピースを接着してなるセグメント湿式摩擦材を例として説明したが、セグメントピースの数は20個より多くても少なくても良い。特に、優れた摩擦特性を得るためには、セグメントピースの数は20個〜40個の範囲内であることがより好ましい。
【0062】
更に、本実施の形態(実施例)においては、セグメントピース3の表面に3本の抄紙溝4を形成した場合について説明したが、抄紙溝4の数は要求される摩擦特性に応じて、1本でも2本でも、また4本以上でも構わない。
【0063】
本発明を実施するに際しては、湿式摩擦材のその他の部分の構成、形状、数量、材質、大きさ、接続関係等についても、また湿式摩擦材の製造方法のその他の工程についても、本実施の形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】図1は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材の製造工程の一部を示すフローチャートである。
【図2】図2(a)は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(b)は(a)のA−A断面を示す部分断面図である。
【図3】図3(a)は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材(実施例)の油量100ml/minの場合の引き摺りトルク特性を従来例と比較して示すグラフ、(b)は油量1000ml/minの場合の引き摺りトルクを従来例と比較して示すグラフである。
【図4】図4は本発明の実施の形態にかかる湿式摩擦材(実施例)の油温40℃,80℃,120℃の場合の摩擦係数特性を従来例と比較して示すグラフである。
【図5】図5(a)は本発明の実施の形態の第1変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(b)は本発明の実施の形態の第2変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(c)は本発明の実施の形態の第3変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(d)は本発明の実施の形態の第4変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図、(e)は本発明の実施の形態の第5変形例にかかる湿式摩擦材の一部を拡大して示す部分拡大平面図である。
【図6】図6は従来技術における湿式摩擦材の製造工程の一部を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0065】
1,1A,1B,1C,1D,1E 湿式摩擦材
2 芯金
3,3A,3B,3C,3D,3E セグメントピース
4,4A,4B,4C,4D,4E 抄紙溝
5 セグメント溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板リング状の芯金の全周両面または片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材またはセグメントピースを接着してなる湿式摩擦材であって、
前記摩擦材基材の樹脂を含浸する前の抄紙体状態において、前記摩擦材基材に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成することによって、前記リング状摩擦材基材または前記セグメントピースの表面に必要な深さ及び幅を有する1または2以上の所定形状の油溝を設けたことを特徴とする湿式摩擦材。
【請求項2】
前記セグメントピースは前記平板リング状の芯金の全周片面当たり20個以上40個以下が使用され、前記セグメントピースの表面に設けられる前記所定形状の油溝は1本以上4本以下であることを特徴とする請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項3】
平板リング状の芯金の全周両面または片面に摩擦材基材から切り出したリング状摩擦材基材またはセグメントピースを接着してなる湿式摩擦材の製造方法であって、
前記摩擦材基材を抄紙しながらまたは抄紙した後に所定の深さ及び幅を有する所定形状の複数の油溝を形成する工程と、
前記抄紙体状態の摩擦材基材に熱硬化性樹脂を含浸する工程と、
前記熱硬化性樹脂を含浸した摩擦材基材を加熱して前記熱硬化性樹脂を硬化させて前記摩擦材基材を完成させる工程と、
前記摩擦材基材から前記リング状摩擦材基材または前記セグメントピースを切り出す工程と、
前記リング状摩擦材基材または前記セグメントピースを前記平板リング状の芯金の全周両面または片面に接着する工程と
を具備することを特徴とする湿式摩擦材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−263203(P2007−263203A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−87623(P2006−87623)
【出願日】平成18年3月28日(2006.3.28)
【出願人】(000100780)アイシン化工株式会社 (171)
【Fターム(参考)】