説明

湿式摩擦材

【課題】高い摩擦係数を有し、摩擦材の総厚変化量が少なく、耐熱性(耐ヒートスポット性)に優れる湿式摩擦材を提供すること。
【解決手段】繊維状物質を含む基材に熱硬化性樹脂を含浸させた後、加熱硬化してなる湿式摩擦材において、該繊維状物質のアスペクト比が10以上であって、かつ該繊維状物質が該基材中に60〜75質量%含まれる、湿式摩擦材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油中、特にATF(オートマチック・トランスミッション・フルード)中で使用される湿式摩擦材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オートマチック自動車の変速機は、通常、金属製基板(コアプレート)の表面に湿式摩擦材を接着した複数のフリクションプレートと、金属板等の一枚板からなる摩擦相手材としてのセパレータプレートとを交互に配した多版クラッチが組み込まれ、潤滑油として使用されるATFの中で、これらのプレートを相互に圧接、解放することによって駆動力を伝達または遮断するようにしている。
【0003】
湿式摩擦材としては、ゴム系摩擦材や、紙を基材とするいわゆるペーパー摩擦材などが用いられている。ペーパー摩擦材は、一般的にパルプに各種の摩擦調整剤などを配合した後、湿式抄紙を行ない、次にフェノール樹脂などの結合用樹脂を含浸・硬化させて製造される。このペーパー摩擦材は、高い動摩擦係数を有している。
【0004】
最近の自動車業界においては、省エネルギー化、軽量化の追求により、各種使用部品の軽量化及び高効率化が進められている。一方、自動車エンジンは高回転、高出力化の傾向にある。自動変速機においても、自動車エンジンの高回転化、高出力化に対応すべく、湿式摩擦材に対して摩擦係数の向上や耐熱性、耐久性の更なる改善が求められている。
【0005】
すなわち、湿式摩擦材には、高温、高負荷な条件でも高い耐熱性が要求され、かつ、高い摩擦係数について更なる改善が強く求められている。
【0006】
これらの問題を改善するために、たとえば、特許文献1に記載の湿式摩擦材では、不織布を用いて材料の強度を上げる試みをしている。しかしながら、基材自身が高価であり、かつ、摩擦調整剤自身が表面に固着しているのみで接着強度自身はあまり高くないため、使用時、摩擦係数が徐々に低下していくという欠点と有する。また、特許文献2では、メソフェーズピッチの粉体を混合分散させた熱硬化性樹脂を含浸し、その後高温で処理しメソフェーズピッチ及び熱硬化樹脂を炭化し抄紙体の基材とすることが提案されており、高い強度と多孔性を保持できるとしている。しかしながら、こうした工法で作成された摩擦材は、通常のペーパー摩擦材に比較し摩擦係数が大幅に低下する。
【0007】
炭素成分は、摩擦力を制御する上では有用な物質であり、各種の形態が用いられる。
特許文献3では、カーボンナノファイバーを用いた摩擦材が記載されているが、その用途として車両のディスクブレーキ用の他、クラッチフェーシング等に使用する記述がある。また、その効果として回転破壊強度の向上を述べており、本発明の目的とする油中において使用する摩擦材における高摩擦係数、耐熱性(耐ヒートスポット性)向上の技術内容とは異なるものである。
【0008】
【特許文献1】特開2004−217790号公報
【特許文献2】特開平11−5840号公報
【特許文献3】特開2004−217828号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、高い摩擦係数を有し、摩擦材の総厚変化量が少なく、耐熱性(耐ヒートスポット性)に優れる湿式摩擦材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討の結果、アスペクト比が10以上の繊維状物質を用いて、これを湿式摩擦材中に60〜75質量%含ませることで耐熱性が顕著に上昇することを見出した。
【0011】
即ち、本発明は、(1)繊維状物質を含む基材に熱硬化性樹脂を含浸させた後、加熱硬化してなる湿式摩擦材において、該繊維状物質のアスペクト比が10以上であって、かつ該繊維状物質が該基材中に60〜75質量%含まれる、湿式摩擦材、
前記繊維状物質が、セルロース、金属繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、繊維状炭素またはこれらの混合物から選択される(1)に記載の湿式摩擦材、および、
前記繊維状炭素が、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、気相成長炭素繊維およびこれらの混合物から選択される(2)に記載の湿式摩擦材である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、湿式摩擦材の基材にアスペクト比10以上の繊維状物質を60〜75質量%含有されることで、摩擦板相手表面のヒートスポットと呼ばれる焼き付けがない耐熱性に優れる摩擦材を提供することができる。さらにこの摩擦材は、動摩擦係数の低下がなく、また摩耗量が少ないという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、アスペクト比10以上の繊維状物質を使用する。ここで述べるアスペクト比は、繊維長/繊維直径である。このアスペクト比は、粒度分布画像解析装置(例えば RapidVUE:ベックマン・コールター社製)を用いたフロー方式画像解析法、電子顕微鏡写真などを用いて測定することができる。
本発明で使用する繊維状物質のアスペクト比が10以上、好ましく50以上である。前記アスペクト比が10以上であることより、他の材料との親和性、物理的な絡みの形成より、一層、強い基材を形作り、耐久性を大幅に改善される。
このアスペクト比が10以上であれば特に上限は限定されないが、繊維状物質の製造上あるいは入手上の観点から、このアスペクト比は25000以下、好ましくは5000以下である。
また、この繊維状物質の平均繊維長は、一般に1〜3000μm、好ましくは、10〜800μmである。
【0014】
本発明で使用する繊維状物質は湿式摩擦材の基材として使用する。この繊維状物質として、当技術分野で通常使用されるものを使用することができるが、具体的に、セルロース、金属繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、繊維状炭素またはこれらの混合物が挙げられる。また、繊維状炭素を湿式摩擦材の基材に含ませることが好ましい。この繊維状炭素として、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、気相成長炭素繊維およびこれらの混合物を使用することが好ましい。これらの繊維状炭素は、放熱効果も大きいことより、摩擦材料として優れている
【0015】
本発明の湿式摩擦材の基材は、上記繊維状物質を60〜75質量%と極めて限られた範囲で含むことが有効である。繊維状物質の分率が60%以下の場合、粉体成分が多くなることより、摩擦基材全体の強度が低下し、耐熱性、耐久性が低下する。
また、繊維状物質の分率が75%以上になると、基材自身の強度は向上するものの、摩擦力を制御する物質の分率が少なくなることより、摩擦時に発生する熱の処理が出来なくなくなるなどの作用より、摩擦係数の低下、摩耗量の増大が生ずる。
【0016】
また本発明の基材は、上記繊維状物質の他に粉末状充填材を含む。このような粉末状充填材として、珪藻土、活性炭、グラファイト、二硫化モリブデンのような無機質粉末状充填材、カシューダスト、フッ素樹脂粉末、球状フェノール樹脂硬化物のような有機粉末状充填材が挙げられ、これらを単独でまたは二種以上組み合わせ使用することができる。これらの物質は、湿式摩擦材の中で摩擦調整剤として働き、摩擦係数を上げたり下げたりする働きを有する。
これらの粉末状充填剤は、アスペクト比が10未満の球状粉末であり、上記繊維状物質とは区別される。また、粉末状充填材は本発明の湿式摩擦材の中に25〜40質量%含まれる。
【0017】
本発明に用いられる熱硬化性樹脂としては、湿式摩擦材において使用されている公知の熱硬化性樹脂を使用することができ、例えば、フェノール樹脂、油・ゴム・エポキシ樹脂等で改質された変性フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂等が挙げられ、これらを単独もしくは2種以上の樹脂を併用して使用することができる。そのなかで、フェノール樹脂、変性フェノール樹脂が好適であり、特にレゾール型フェノール樹脂が好適である。
熱硬化性樹脂の含浸量は、基材100質量部に対して20〜50質量部、好ましくは、30〜40質量部である。
【0018】
本発明の湿式摩擦材の基材の調製方法は特に限定されるものではないが、例えばセルロースやアラミド繊維等の繊維状物質と珪藻土等の粉末状充填材との混合物を水中に分散させたスラリー液から抄造した紙を乾燥して基材を作成する方法などがある。
【実施例】
【0019】
(実施例1)
セルロースパルプ40質量部、アラミドパルプ15質量部、VGCF(登録商標)(気相成長炭素繊維・アスペクト比10〜500・昭和電工社製)3質量部、カイノール炭素繊維(アスペクト比20〜100・日本カイノール社製)5質量部、珪藻土27質量部(アスペクト比10以下の粉体)、活性炭10質量部(アスペクト比10以下の粉体)を配合し抄紙して摩擦基材を作成した。
この時の、アスペクト比10以上の物質の成分量は摩擦基材全体のうち63質量%であった。
【0020】
次に市販のフェノール樹脂BKS-2700(昭和高分子株式会社製)を、前記、抄紙体100質量部に対して40質量部になるように含浸し、220℃で10分間硬化させた。更に、このシート状中間製品からプレスと金型を用いてリング状品を打ち抜いた。別に用意したリング状芯鉄板の両面に接着剤を塗布し、60℃で20分乾燥した。その接着剤を塗布したリング状芯鉄板の両面に、フィラー塗付層が表面になるようにリング状形状品を貼り合わせ、250℃−3分−実面圧200kg/cmで加熱プレス接着を行なって、湿式摩擦材板を得た。
【0021】
この湿式摩擦材板の摩擦特性をSAE♯2試験機で測定し、層間剥離強度を繰り返し圧縮試験機で測定した。その測定条件を表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
摩擦試験では、モーターを3600rpmで20秒間回転させた後、クラッチを係合し、慣性吸収させて10秒間停止させ、回転数1800rpm付近の摩擦係数を動摩擦係数と定義しこの値で評価した。このサイクルを200回繰り返した後、動摩擦係数を測定したところ0.135であった。この時、摩擦板相手表面はヒートスポットと呼ばれる焼きつけは見られなかった。また、摩耗量も3μmと極めて少なかった。更にサイクルを5000回に延長し繰り返した後の摩耗量は8μmと少なく、摩擦板相手表面にはヒートスポットが見られなかった。なお、この時の摩擦係数は、0.133であり初期からの変化は見られなかった。
【0024】
(実施例2〜3)
表2に示す配合以外は実施例1と同様におこなった。摩擦試験の結果、良好な摩擦係数を保持し、且つ摩耗量が少なく、さらにヒートスポットも見られなかった。
【0025】
(比較例1〜2)
表2に示す配合以外は実施例1と同様におこなった。その結果、比較例1は、一般的な摩擦材配合の例であるが、5000サイクルの繰り返し試験を行うと摩擦板相手はすでにヒートスポットがみられ、摩耗量も60μmと大幅に増大した。
また、比較例2においては、摩擦基材中の繊維質分率を80%に上げたところ、摩擦係数が大きく低下し、かつ、ヒートスポットも発生した。
【0026】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維状物質を含む基材に熱硬化性樹脂を含浸させた後、加熱硬化してなる湿式摩擦材において、該繊維状物質のアスペクト比が10以上であって、かつ該繊維状物質が該基材中に60〜75質量%含まれる、湿式摩擦材。
【請求項2】
前記繊維状物質が、セルロース、金属繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、繊維状炭素またはこれらの混合物から選択される請求項1に記載の湿式摩擦材。
【請求項3】
前記繊維状炭素が、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、気相成長炭素繊維およびこれらの混合物から選択される請求項2に記載の湿式摩擦材。

【公開番号】特開2009−108166(P2009−108166A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−280727(P2007−280727)
【出願日】平成19年10月29日(2007.10.29)
【出願人】(000187068)昭和高分子株式会社 (224)
【Fターム(参考)】