説明

溶射用マスキング治具

【課題】ワークの所望部位への溶射皮膜の品質を確保した上で、再利用を可能にした溶射用マスキング治具を提供する。
【解決手段】溶射用マスキング治具1aは、円筒状に形成され、溶射粒子が吹き付けられる内面(マスキング面)を凹凸面5に粗し、該凹凸面5をDLCコーティング6しているので、シリンダボア内面の溶射皮膜23の品質を確保した上で、溶射用マスキング治具1aの再利用が可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射用マスキング治具に関するものであり、特に、ワークとしてのシリンダブロックのシリンダボアの内面に溶射ガンにより溶射皮膜を形成する際に、シリンダブロックのシリンダボアの端部表面への溶射皮膜の付着をマスキングする溶射用マスキング治具に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のエンジン等のシリンダブロックのシリンダボアの内面は、耐摩耗性等が要求されるため、該内面に皮膜を形成することで保護している。一般には、シリンダボアの内面には、金属溶射法により溶射皮膜を形成する。この金属溶射法は、金属や金属酸化物の溶射材料を加熱して溶融状態とし、その微粉末等を溶射ガンにより対象となる面に吹き付け、溶射皮膜を形成する方法である。その溶射の熱源としては、一般に、プラズマ溶射やアーク溶射が採用される。
【0003】
そこで、シリンダブロックのシリンダボアの内面以外への溶射皮膜の形成を防ぐために溶射用マスキング治具が使用される。通常、溶射用マスキング治具は円筒状に形成され、シリンダボアの端部に溶射用マスキング治具が配置される。そして、溶射ガンによりシリンダボアの内面に溶射粒子が吹き付けられ溶射皮膜が形成されると、溶射用マスキング治具の内面にも同様に溶射粒子が吹き付けられ溶射皮膜が形成されることになる。
【0004】
しかしながら、溶射用マスキング治具をシリンダボアの端部に配置して、溶射皮膜の不必要な部位をマスキングする場合には、溶射ガンからの溶射粒子が溶射用マスキング治具の内面から跳ね返りシリンダボアの内面に付着する現象が発生して、シリンダボア内面の溶射皮膜の品質不良に繋がる。これの対処方法として、溶射用マスキング治具の内面をショットブラスト処理等により凹凸面に形成すると、溶射用マスキング治具の内面へ付着した溶射皮膜を剥がすことが難しく、該溶射用マスキング治具の再利用が困難になる。
【0005】
また、溶射用マスキング治具の内面に付着した溶射皮膜を剥がし易くするために、溶射付着を防止するための塗布材を予め溶射用マスキング治具の内面に塗布しておくと、溶射の際、溶射粒子と共にこの塗布材も溶射用マスキング治具の内面から跳ね返りシリンダボアの内面に付着する現象が発生し、シリンダボア内面の溶射皮膜の品質不良に繋がる。
【0006】
また、特許文献1には、溶射ガンにより溶射皮膜が付着する円筒状の開口の内面を凹凸面に形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−314824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した特許文献1の溶射用マスキング治具では、マスキング面を凹凸面としているが、上述したように、該凹凸面に溶射皮膜が付着すると、該溶射皮膜を剥がすことが難しく、溶射用マスキング治具を再利用することが困難になる。
【0009】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、ワークの所望部位への溶射皮膜の品質を確保した上で、再利用を可能にした溶射用マスキング治具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の溶射用マスキング治具は、溶射粒子が吹き付けられるマスキング面を凹凸面に粗し、該凹凸面をコーティングしたことを特徴としている。
また、本発明の溶射用マスキング治具は、溶射粒子が吹き付けられるマスキング面に凹凸面を有する交換用部材を脱着自在に取り付けて構成することを特徴としている。
これにより、ワークの所望部位への溶射皮膜の品質を確保した上で、溶射用マスキング治具を再利用することができる。
なお、本発明の溶射用マスキング治具の各種態様およびそれらの作用については、以下の発明の態様の項において詳しく説明する。
【0011】
(発明の態様)
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、「請求可能発明」という場合がある。)の態様をいくつか例示し、それらについて説明する。なお、各態様は、請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付して、必要に応じて他の項を引用する形式で記載する。これは、あくまでも請求可能発明の理解を容易にするためであり、請求可能発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載、実施の形態等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要件を付加した態様も、また、各項の態様から構成要件を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得るのである。なお、以下の各項において、(1)項及び(2)項の各々が、請求項1及び2の各々に相当し、(4)項及び(6)項の各々が、請求項3及び4に相当する。
【0012】
(1)ワークに対して溶射皮膜の付着をマスキングする溶射用マスキング治具であって、該溶射用マスキング治具は、溶射粒子が吹き付けられるマスキング面を凹凸面に粗し、該凹凸面をコーティングしたことを特徴とする溶射用マスキング治具。
(2)前記コーティングはDLCコーティングであることを特徴とする(1)項に記載の溶射用マスキング治具。
(1)項及び(2)項の溶射用マスキング治具では、マスキング面が凹凸面となっているために、溶射粒子が凹凸面に吹き付けられても該凹凸面からワークへの跳ね返りが防止されてワークの溶射皮膜の品質が確保される。しかも、凹凸面はDLCコーティングが施されているために凹凸面へ付着した溶射皮膜を容易に剥がすことが可能になり、溶射用マスキング治具の再利用が可能になる。
【0013】
(3)前記マスキング面は粗さRa6以上に設定されることを特徴とする(1)項または(2)項に記載の溶射用マスキング治具。
(3)項の溶射用マスキング治具では、溶射粒子の凹凸面からの跳ね返りが確実に抑制される。
【0014】
(4)前記溶射用マスキング治具のマスキング面に堆積した溶射皮膜を除去する除去手段を備えることを特徴とする(1)項〜(3)項のいずれかに記載の溶射用マスキング治具。
(4)項の溶射用マスキング治具では、除去手段により溶射用マスキング治具のマスキング面に堆積した溶射皮膜を容易に剥がすことができ、溶射皮膜の剥がし作業を効率的に行うことができる。
【0015】
(5)前記ワークがシリンダブロックで、該シリンダブロックのシリンダボアの内面に溶射皮膜を形成する際には、前記溶射用マスキング治具は筒状に形成され、前記マスキング面が前記溶射用マスキング治具の内面となり、前記除去手段は、前記溶射用マスキング治具の内面全周に密着可能な口部を先端に有する円筒体で構成されることを特徴とする(1)項〜(4)項のいずれかに記載の溶射用マスキング治具。
(5)項の溶射用マスキング治具では、該溶射用マスキング治具によりシリンダボアの端面(溶射皮膜の不必要な部位)を容易にマスキングすることができ、除去手段により溶射用マスキング治具の内面に堆積した溶射皮膜を容易に剥がすことができる。
【0016】
(6)ワークに対して溶射皮膜の付着をマスキングする溶射用マスキング治具であって、該溶射用マスキング治具は、溶射粒子が吹き付けられるマスキング面に凹凸面を有する交換用部材を脱着自在に取り付けて構成することを特徴とする溶射用マスキング治具。
(6)項の溶射用マスキング治具では、溶射皮膜が付着された交換用部材を新規に交換することで、溶射用マスキング治具を再利用することができる。
【0017】
(7)前記交換用部材は金網で構成されることを特徴とする(6)項に記載の溶射用マスキング治具。
(7)項の溶射用マスキング治具では、該マスキング治具を構成する構成部材が簡素化される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ワークの所望部位への溶射皮膜の品質を確保した上で、再利用を可能にした溶射用マスキング治具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明の第1の実施形態に係る溶射用マスキング治具を示し、シリンダボアの端部内周面に溶射粒子を吹き付けている様子を示す図である。
【図2】図2は、除去手段により溶射用マスキング治具の内面に堆積した溶射皮膜を剥がしている様子を示す図である。
【図3】図3は、図1のA部拡大図である。
【図4】図4は、本発明の第2の実施形態に係る溶射用マスキング治具の部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態を図1〜図4に基いて詳細に説明する。
車両のエンジン等のシリンダブロック20(ワーク)のシリンダボア21内面には、耐摩耗性に優れた鉄系材料を溶射する金属溶射が施される。金属溶射する際には、図1に示すように、シリンダボア21内に溶射ガン22が挿入されて、該溶射ガン22から金属粒子がシリンダボア21の内面に吹き付けられて該内面に溶射皮膜23が形成される。
【0021】
そして、本発明の実施形態に係る溶射用マスキング治具1a、1bは、シリンダボア21の端面25への溶射皮膜23の付着を防ぐために使用される。
本発明の第1の実施形態に係る溶射用マスキング治具1aは、機械構造炭素鋼(S45C)が採用され、図1及び図2に示すように、円筒状に形成される。また、図3に示すように、本溶射用マスキング治具1aの内面(マスキング面)には、ショットブラスト等により粗さRa6以上の凹凸面5が形成され、該凹凸面5にDLCコーティング6が施されている。凹凸面5及びDLCコーティング6の施す範囲は溶射用マスキング治具1aの内面の全範囲でもよく、端部の所定範囲に限定してもよい。また、本実施の形態では、コーティング処理としてDLCコーティング6を施しているが、例えば、テフロンコーティングを採用してもよい。
なお、DLC(Diamond Like Carbon)コーティング6は、ダイアモンド状の炭素−炭素結合を有する非晶質炭素膜である。該DLCコーティング6の一般的特性は、高硬度で優れた耐摩耗性、無潤滑下での低摩擦係数及び化学的に不活性での安定等の特性を有している。
【0022】
除去手段2は、図2に示すように、円筒体で構成され、周縁が溶射用マスキング治具1aの内周面に密着する大径部8と大径部8より小径となる小径部9とを有する口部10と、口部10の小径部9に接続される円筒本体部11とを備えている。そして、除去手段2の口部10の大径部8を溶射用マスキング治具1aの内面に沿って軸方向に移動させれば、溶射用マスキング治具1aの内面に堆積した溶射皮膜23が該内面から剥がれて、口部10及び円筒本体部11内を通って排出される。
【0023】
次に、第1の実施形態に係る溶射用マスキング治具1aの使用方法及び作用を説明する。
まず、図1に示すように、シリンダボア21の端部に、端面25に溶射粒子が吹き付けられないように溶射用マスキング治具1aを配置する。シリンダボア21の端部内周面に溶射ガン22から溶射粒子が吹き付けられる。すると、図3に示すように、溶射用マスキング治具1aの内面(凹凸面5)にも溶射粒子が吹き付けられ、該内面に溶射皮膜23が付着される。
この時、溶射用マスキング治具1aの内面は凹凸面5に形成されているので、溶射粒子の凹凸面5からシリンダボア21の内面への跳ね返りが抑制され、溶射粒子が凹凸面5に付着した状態となる。
【0024】
次に、シリンダボア21内面への溶射皮膜23の形成が終了した時点で、シリンダボア21の端部から溶射用マスキング治具1aを離脱させて、溶射用マスキング治具1aの内面に付着した溶射皮膜23の取り除き作業を行う。
次に、この取り除き作業では、図2に示すように、溶射用マスキング治具1a内に除去手段2の口部10を挿入して、該口部10の大径部8の周縁を溶射用マスキング治具1aの内面に密着させる。続いて、除去手段2を軸方向に移動させることで、口部10の大径部8の周縁により溶射用マスキング治具1aの内面に付着した溶射皮膜23が剥がされる。これにより、溶射用マスキング治具1aを繰り返り使用することが可能になる。
【0025】
以上説明した第1の実施形態に係る溶射用マスキング治具1aでは、特に、溶射用マスキング治具1aの内面(マスキング面)を凹凸面5に粗しているので、溶射粒子の凹凸面5からシリンダボア21内面への跳ね返りを防ぐことができ、シリンダボア21内面への溶射皮膜23の品質低下を抑制することができる。しかも、凹凸面5に予めDLCコーティング6を施していることにより、凹凸面5に堆積した溶射皮膜23を容易に剥がすことができ、溶射用マスキング治具1aの再利用が可能になる。
また、第1の実施形態では、溶射用マスキング治具1aの内面に堆積した溶射皮膜23を簡単に剥がすことのできる除去手段2を備えているので、溶射皮膜23を剥がす作業を効率的に行うことができる。
【0026】
次に、第2の実施形態に係る溶射用マスキング治具1bを図4に基いて説明する。
該第2の実施形態に係る溶射用マスキング治具1bは、円筒状に形成され、溶射皮膜23が付着される内面(マスキング面)に、凹凸面を有する交換用部材としての金網15を脱着自在に取り付けて構成される。該金網15は、金属線を網目状にして構成され、その表面が凹凸面を呈している。
【0027】
そして、該第2の実施形態に係る溶射用マスキング治具1bでは、シリンダボア21の端部内周面に溶射ガン22から溶射粒子が吹き付けられると(図1参照)、溶射用マスキング治具1bの内面に取り付けた金網15にも溶射粒子が吹き付けられ、図4に示すように、該金網15に溶射皮膜23が付着される。
この時、金網15はその表面が凹凸面を呈しているので、溶射粒子の凹凸面からシリンダボア21の内面への跳ね返りが抑制され、溶射粒子が金網15に付着した状態となる。
次に、シリンダボア21内面への溶射皮膜23の形成が終了した時点で、シリンダボア21の端部から本溶射用マスキング治具1bを離脱させる。続いて、該溶射用マスキング治具1bの内面に取り付けた金網15を取り外し、新しい金網15を取り付け、次のシリンダボア21内面への溶射皮膜23の形成時にこの溶射用マスキング治具1bを再利用する。
【0028】
以上説明した第2の実施形態に係る溶射用マスキング治具1bでは、該溶射用マスキング治具1bの内面に、凹凸面を有する金網15を脱着自在に取り付けて構成するので、溶射粒子の凹凸面からシリンダボア21内面への跳ね返りを防ぐことができ、シリンダボア21内面の溶射皮膜23の品質低下を抑制することができる。また、本溶射用マスキング治具1bでは金網15を取り替えれば、何度でも再利用することができ効率的である。
【0029】
なお、第2の実施形態に係る溶射用マスキング治具1bでは、交換用部材として金網15が採用されているが、凹凸面を有する部材であれば金網15に限定されることなく、他の部材、例えば、鉄板表面にショットブラスト加工を施した部材を採用してもよい。
【符号の説明】
【0030】
1a、1b 溶射用マスキング治具,2 除去手段,5 凹凸面(内面,マスキング面),6 DLCコーティング,8 口部,11 円筒本体部,15 金網(交換用部材),20 シリンダブロック(ワーク),21 シリンダボア,22 溶射ガン,23 溶射皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークに対して溶射皮膜の付着をマスキングする溶射用マスキング治具であって、
該溶射用マスキング治具は、溶射粒子が吹き付けられるマスキング面を凹凸面に粗し、該凹凸面をコーティングしたことを特徴とする溶射用マスキング治具。
【請求項2】
前記コーティングはDLCコーティングであることを特徴とする請求項1に記載の溶射用マスキング治具。
【請求項3】
前記溶射用マスキング治具のマスキング面に堆積した溶射皮膜を除去する除去手段を備えることを特徴とする請求項1または2に記載の溶射用マスキング治具。
【請求項4】
ワークに対して溶射皮膜の付着をマスキングする溶射用マスキング治具であって、
該溶射用マスキング治具は、溶射粒子が吹き付けられるマスキング面に凹凸面を有する交換用部材を脱着自在に取り付けて構成することを特徴とする溶射用マスキング治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−241442(P2011−241442A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−114314(P2010−114314)
【出願日】平成22年5月18日(2010.5.18)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】