説明

溶融金属高圧射出成形品の製造方法

【課題】 真空ダイカスト鋳造において、高圧射出前の溶融金属の波立ちによる気体混入を抑制することによって健全な成形品を得ることができる、より簡易な溶融金属高圧射出成形品の製造方法を提供する。
【解決手段】 給湯手段により溶融金属をプランジャー内へ供給する給湯工程、真空吸引手段により所望の空間形状を有する製品キャビティを含む空間内から所定圧力まで大気を吸引する真空吸引工程、プランジャーにより前記製品キャビティ内へ溶融金属を高圧射出する高圧射出工程、を順に経る溶融金属高圧射出成形品の製造方法において、給湯工程から真空吸引工程に移行する間に、大気遮断手段により前記空間を大気から遮断することで前記空間内の残存大気の膨張を得る、給湯手段に連通するプランジャーに有する給湯口を閉鎖、所定時間待機、を順に経る、溶融金属高圧射出成形品の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、アルミニウム合金、亜鉛合金、錫合金、マグネシウム合金などの非鉄金属からなる溶融金属を高圧射出して成形品を鋳造する、溶融金属高圧射出成形品の製造方法に関し、特に高圧射出前の溶融金属への気体混入防止に係る製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金型内に設けた所望形状を有する製品キャビティに溶融金属を高圧射出して成形品を鋳造する、周知のダイカスト鋳造では、生産効率や製造コストが有利であることなどから、プランジャーのスリーブに給湯した溶融金属をプランジャーのチップで押圧して製品キャビティに高圧射出するように構成されたダイカスト鋳造装置は多く採用されている。このようなダイカスト鋳造装置は、上述のプランジャーを概ね水平設置する横型と、概ね垂直設置する竪型に大別され、一般に、横型ダイカスト鋳造装置は装置構成が簡易であって安価となる。
【0003】
また、ダイカスト鋳造には、製品キャビティに空気を残存した状態で溶融金属を高圧射出する場合や、製品キャビティを真空吸引して減圧した状態で溶融金属を高圧射出する場合などがある。製品キャビティの残留気体は、高圧射出された溶融金属に巻き込まれて混入し、冷却凝固する際に内包されて巣やブローホールなどの鋳造欠陥として成形品に残存してしまう。このような成形品から得たダイカスト製品は、引張強さ、伸び、疲労強度などの機械的特性が劣ることになるため、機能部材としての用途には不適なものとされている。
【0004】
一方、製品キャビティを真空吸引する真空ダイカスト鋳造は、製品キャビティを含む閉鎖空間内に充満している空気や水蒸気などの気体を排出後に溶融金属を製品キャビティに高圧射出するため、さらに溶融金属の高圧射出によって残留気体の大半が製品キャビティから押し出されて排気されるため、成形品への気体混入を飛躍的に低減できる利点がある。しかしながら、製品キャビティを含む閉鎖空間内の気体を完全除去できるほどの真空度を実用的に確保することは困難であり、例えば羽根車形状のような薄肉部を伴う複雑形状の成形品では、機能部材としての用途に適用できる程度まで気体混入に起因する鋳造欠陥を低減することが難しかった。
【0005】
上述した従来課題を解決し、気体混入に起因する鋳造欠陥を所望に抑制することができると、優れた生産性を有するダイカスト鋳造の適用対象分野を広げることができるため、上述した気体混入の原因のひとつとされた高圧射出前の溶融金属の波立ちによる気体混入防止に関し、幾多の提案がなされた。例えば特許文献1では、プランジャーのスリーブへ充填される溶融金属に乱流を発生させないようにして波立ちを抑制するために、スリーブへ充填する溶融金属の充填速度を適正パターンで制御する構成が提案されている。また、例えば特許文献2では、溶融金属が波立つための空間をなくすように、プランジャーのスリーブへ充填した溶融金属を両側から押圧してスリーブ内を完全充填状態にするために、スリーブの両側に可動チップを設ける構成が提案されている。
【0006】
あるいは、例えば特許文献3では、波立ちによる溶融金属への気体混入を許すものの、たとえ溶融金属に気体が混入しても酸化物などを生成させることによって巣やブローホールなどの鋳造欠陥として成形品に残存させないために、製品キャビティを含む閉鎖空間内に大気圧を超えて酸素を充満させて空気と置換する構成が提案されている。また、例えば特許文献4では、特許文献3の提案と同様、製品キャビティを含む閉鎖空間内を反応ガスで置換した上で真空吸引する構成が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平07−155927号公報
【特許文献2】特開2000−24767号公報
【特許文献3】特開2000−84648号公報
【特許文献4】WO01/051237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の特許文献1が提案する構成では、乱流を発生させない程度の充填速度を適用して溶融金属をプランジャーのスリーブへ充填することになるため充填時間が長く、ダイカスト鋳造1回の所要サイクル時間が増長してしまい、ダイカスト鋳造のもつ生産効率の優位性を発揮し難いものとなる。また、上述の特許文献2が提案する構成では、両端に可動チップを設置するため、プランジャー自体の増長や可動チップ用の駆動装置の増設などによる鋳造装置の大型化、装置構造の複雑化、さらに制御系の複雑化など、鋳造装置のコンパクト性やコストパフォーマンスの観点では不利である。
【0009】
また、上述の特許文献3が提案する構成では、大気圧を超える製品キャビティに溶融金属を射出することになるため、製品キャビティが羽根車形状などに対応した薄肉部を伴う複雑な空間形状を有するような場合は薄肉部などで溶融金属の湯流れ性が阻害され、不廻りなどの鋳造欠陥を生じることがある。加えて、成形品に混入した酸素によって生成される酸化物は、湯流れ経路などの鋳造条件によっては成形品内部で微細かつ均一に分散して生成されるとは限らないため、例えば上述したような薄肉部などに凝集してしまうと機械的特性が劣ることになって、機能部材としての用途には到底適用することができない。
【0010】
また、上述の特許文献4が提案する構成では、製品キャビティを反応ガスで置換した後に改めて真空吸引することから、製品キャビティにおける湯流れ性は改善される。しかしながら、例えば羽根車形状を有する成形品などでは、特許文献3の場合と同様に、湯流れ経路などの鋳造条件によっては薄肉部などに反応ガスによって生成された金属化合物が凝集してしまうことがあるため、このような成形品から得たダイカスト製品では信頼性の観点で不利である。
【0011】
本発明の目的は、真空ダイカスト鋳造において、高圧射出前の溶融金属の波立ちによる気体混入を、酸化物などの金属化合物の生成を伴うことなく抑制することによって、上述した課題を解決して健全な成形品を得ることができる、より簡易な溶融金属高圧射出成形品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、プランジャーのスリーブに供給した溶融金属の挙動を独自解析し、溶融金属をスリーブへ供給してから製品キャビティを含む空間内を真空吸引して減圧する直前までの間に、前記空間を大気から遮断することで前記空間内の残存大気の膨張を得て、該膨張によるスリーブ内の増圧によって、気体に触れる溶融金属表面(以下、湯面という)を一時的に加圧して溶融金属の湯面の波打ちを抑止できることを見出し本発明に到達した。
【0013】
すなわち本発明は、給湯手段により溶融金属をプランジャー内へ供給する給湯工程、真空吸引手段により所望の空間形状を有する製品キャビティを含む空間内から所定圧力まで大気を吸引する真空吸引工程、前記プランジャーにより前記製品キャビティ内へ溶融金属を高圧射出する高圧射出工程、を順に経る溶融金属高圧射出成形品の製造方法において、前記給湯工程から前記真空吸引工程に移行する間に、大気遮断手段により前記空間を大気から遮断することで前記空間内の残存大気の膨張を得る、前記給湯手段に連通する前記プランジャーに有する給湯口を閉鎖、所定時間待機、を順に経る、溶融金属高圧射出成形品の製造方法である。
【0014】
本発明においては、前記所定時間待機後、前記空間を大気から遮断することを止めて減圧した後に前記真空吸引工程に移行することが望ましい。
【0015】
また、本発明においては、前記プランジャーは、前記給湯口を有して略水平に配置されたスリーブと、該スリーブ内を往復移動可能に配置されたチップと、前記製品キャビティに連通するゲートとを有し、前記チップを前記ゲート側に向かって移動することによって前記給湯口を閉鎖することが望ましい。
【0016】
本発明においては、過給機用羽根車形状に対応する製品キャビティを用いてよい。
【0017】
また、本発明においては、溶融金属は、アルミニウム合金、亜鉛合金、錫合金、およびマグネシウム合金のうちの1種であってよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の溶解金属高圧射出成形品の製造方法によれば、プランジャーのスリーブに供給した溶融金属を湯面に波打ちのない静定な状態になした後に製品キャビティに高圧射出することができるため、溶融金属の湯面の波打ちによる気体混入に起因する巣やブローホールなどの鋳造欠陥が残存しない健全な成形品を得ることができる。よって、得られた成形品すなわち溶解金属高圧射出成形品からなるダイカスト製品は、機能部材としての用途に十分に適用可能な製品になり得る。加えて、本発明は、ダイカスト鋳造1回の所要サイクル時間の増長、鋳造装置の大型化、装置構造や制御系の複雑化、酸化物などの金属化合物の生成などを伴うことのない製造方法であるため、ダイカスト鋳造の生産優位性やコストパフォーマンスを劣化させることのない、より簡易な溶融金属高圧射出成形品の製造方法として期待される技術になり得る。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明における給湯工程から高圧射出工程までの動作過程例を示す流れ図である。
【図2】本発明に適用可能な鋳造装置の主要構成部の一例を模式的に示す構成図である。
【図3】図2に示す流れ図の動作を行った場合の時間経過に従ってプランジャーのチップの位置、速度、および製品キャビティを含む空間内の圧力の関係を模式的に示す動作線図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の溶融金属高圧射出成形品の製造方法は、図1に示す流れ図の通り、給湯手段により溶融金属をプランジャー内へ供給する給湯工程(A)、真空吸引手段により所望の空間形状を有する製品キャビティを含む空間内から所定圧力まで大気を吸引する真空吸引工程(E)、前記プランジャーにより前記製品キャビティ内へ溶融金属を高圧射出する高圧射出工程(F)、を順に経るものである。
【0021】
そして、本発明における重要な特徴は、上述した工程において、前記給湯工程(A)から前記真空吸引工程(E)に移行する間に、大気遮断手段により前記空間を大気から遮断(B)、前記給湯手段に連通する前記プランジャーに有する給湯口を閉鎖(C)、所定時間待機(D)、を順に経る、一連の動作にある。
【0022】
本発明は、上述した一連の工程を順に経る製造方法であるが、給湯工程(A)の実施前に、高温の溶融金属の高圧射出に耐え得るように構成した金型装置内に、製品キャビティを所望の空間形状になるように画成し、すなわち、得ようとする製品形状を含んで鋳造される成形品に対応する空間形状を有するキャビティになるように画成しておく。使用する金型は、製品キャビティに射出された溶融金属の凝固状態を所望に制御すべく、各所を適温に保持する機械的および電気的な制御構成を有するものとすることが望ましい。
【0023】
以下、上述した各工程(A)、(E)、(F)について述べた後に、本発明の特徴である上述した(B)、(C)、(D)の各動作について述べる。
本発明における給湯工程(A)は、金属材料を溶解炉などで溶解して保持炉などで鋳造に適する温度に保持しておいた溶融金属を、例えば取鍋での注ぎ込みや電磁式ポンプでの注送といった給湯手段を用いて、プランジャーに設けた給湯口からのスリーブ内のプランジャーキャビティへ供給する工程である。通常のダイカスト鋳造においては、プランジャーキャビティへの溶融金属の充填率は30%から60%に設定される場合が多い。なお、溶融金属の含有気体量を0.2ml/100gAl以下に調整することが望ましい。
【0024】
また、本発明における真空吸引工程(E)は、金型装置内に画成した製品キャビティを含む空間を大気から遮断した後に、例えば配管経路に適正容量の真空タンクを備えた真空ポンプなどでなる真空吸引手段を用いて、該空間内から所定圧力まで大気を吸引し、該空間内を減圧する工程である。製品キャビティを有する前記金型に対してゲート部を介してプランジャーのスリーブを連結する装置構成などでは、プランジャーの給湯口を閉鎖して製品キャビティを大気から遮断すると、例えば製品キャビティを含む湯道やゲートを経てプランジャーキャビティに至る閉鎖空間が画成される。
【0025】
本発明では、このように画成することができる空間を、製品キャビティを含む空間という。また、該空間内の減圧によって得る所定圧力は、製品キャビティ形状、溶融金属の湯回り性、成形品への気体の残存量や残存分布などを考慮して設定することができる。実際には、型締め時の金型のリークを十分に抑制した上で、減圧によって得る所定圧力を10kPa以下、望ましくは5kPa以下、より望ましくは2kPaとすることである。
【0026】
また、本発明における高圧射出工程(F)は、真空吸引工程(E)によって製品キャビティを含む空間内が所定圧力に至った後に、給湯工程(A)によってプランジャーキャビティへ供給された溶融金属をプランジャーによって製品キャビティ内へ高圧射出する工程である。通常のダイカスト鋳造においては、製品キャビティへの溶融金属の射出圧力は通常1秒以下の短時間で30MPaから90MPaに達するように設定される場合が多い。
【0027】
本発明においては、上述した給湯工程(A)から真空吸引工程(E)に移行する間に、以下の動作を行う。すなわち、大気遮断手段により前記空間を大気から遮断(B)、給湯手段に連通するプランジャーに有する給湯口を閉鎖(C)、所定時間待機(D)、を順に経る動作である。つまり、溶融金属をプランジャーキャビティへ供給後、直ちに前記空間内を真空吸引するのではなく、上述した各動作(B)、(C)、(D)を行う。
【0028】
本発明においては、給湯工程(A)後に直ちに前記空間内を真空吸引するのではなく、製品キャビティを含む前記空間を大気から遮断する動作(B)を行うことによって、供給された高温の溶融金属が前記空間内に残存する大気を加熱して膨張させるため、前記空間内を増圧させることができる。前記空間内の増圧によってプランジャーキャビティ内を加圧状態にすることで、溶融金属の湯面が押圧されることとなって湯面の波立ちを抑制することができる。
【0029】
上述した前記空間内の増圧によるプランジャーキャビティ内の加圧状態は、高温の溶融金属による残存大気の膨張によって得られる他、前記空間の容積を圧縮する側にプランジャーのチップを移動して給湯口を閉鎖する構成によっても作り出すことが可能である。例えば、プランジャーを、給湯口を有して略水平に配置されたスリーブと、該スリーブ内を往復移動可能に配置されたチップと、製品キャビティに連通するゲートとを有するものとし、該チップをゲート側に向かって移動することによって給湯口を閉鎖する構成である。本発明においては、このような構成を適用することもでき、給湯口を閉鎖するためにチップを移動するだけで、前記空間内を大気膨張によるよりも大きく増圧することができるばかりか、チップの移動距離に対応して前記空間内の増圧を所望量に制御することが可能となる。
【0030】
そこで、本発明においては、まず前記空間を大気から遮断する動作(B)によって、給湯で生じる溶融金属の湯面の大きな波立ちを抑制しておき、この後にプランジャーの給湯口を閉鎖する動作(C)を行うことによって、前記空間内を大気膨張によるよりもさらに大きく増圧させる。そして、この後に所定時間待機(D)することで、チップの移動によって生じた新たな湯面の波立ちを得られた大きな増圧によって所望に静定させる。このような一連の動作(B)、(C)、(D)を行うことで、プランジャーキャビティにおける湯面の波立ちによる溶融金属への気体混入を防止することができる。
【0031】
また、本発明においては、上述した所定時間待機(D)後、前記空間を大気から遮断することを止めることができる。このように真空吸引工程(E)に移行する前に、前記空間への大気の遮断を止める、つまり前記空間へ大気を導入すると、プランジャーの給湯口を閉鎖する動作(C)によって増圧していた前記空間内を急激に減圧することができる。このため、真空吸引工程(E)において、大気遮断された増圧状態から真空吸引手段によって減圧することに比べ、より小さい真空吸引能力によって所定圧力に至るまでの所要時間の短縮を図ることができる。
【0032】
以下、図2に本発明に適用可能なダイカスト鋳造装置(以下、鋳造装置という)の主要構成部の一例の構成図を挙げて、図3に示す動作線図、すなわち、図1に示す流れ図の動作を行った場合の時間経過に従ってプランジャーのチップ2の位置、速度、および製品キャビティ10を含む空間内の圧力の関係を用いて、本発明の溶解金属高圧射出成形品の製造方法について具体的に説明する。なお、図2における前記空間は、プランジャーキャビティ3および射出ゲート5を含んで画成されている。また、図3に示す横軸は、記号aで示す給湯工程(A)の開始時点からの経過時間に対応する。
【0033】
まず、図2に示す鋳造装置の構成について説明する。
該鋳造装置は、横型であって概ね水平配置したプランジャーを備えている。該プランジャーは、概ね水平配置したスリーブ1と、駆動装置(図示せず)に連結してスリーブ1内で往復移動することができるチップ2と、スリーブ1内のプランジャーキャビティ3に連通する給湯口4および射出ゲート5を具備している。
【0034】
前記プランジャーの給湯口4は、給湯手段として電磁式ポンプなどを具備する給湯装置(図示せず)に給湯管6を介して連結され、該給湯装置によって溶融金属Mを給湯管6を通して矢印30で示す方向に輸送してプランジャーキャビティ3に供給することができる。一方、前記プランジャーの射出ゲート5は、成形品を形成するための製品キャビティ10に連通されているため、前記プランジャーのチップ2を矢印31で示す方向に前進移動することによって、プランジャーキャビティ3内の溶融金属Mを製品キャビティ10に高圧射出することができる。
【0035】
製品キャビティ10は、溶融金属Mを高圧射出して得た成形品から形成する製品となる羽根車の実形状を含む空間形状を有し、高温の溶融金属Mの高圧射出に耐え得るように構成した金型装置内に画成されている。具体的には、概ね水平に対向配置した固定主型11と可動主型12の間に、さらに対向配置した固定入子13と可動入子14とで製品キャビティ10が画成され、可動主型12と可動入子14は概ね水平に往復移動することで離型と型締めを行うことができる。なお、製品キャビティ10やその周辺部に対し、金型の焼付き防止などのため、鋳造サイクル毎に適量の離型剤などを噴霧することが望ましい。
【0036】
固定主型11と固定入子13の側には、溶融金属Mを製品キャビティ10に高圧射出するためのプランジャーが射出ゲート5を介して連結されている。また、可動主型12と可動入子14の側には、製品キャビティ10内に在る大気を製品キャビティ10外へ排出するためのエアベント15、該エアベント15を矢印32で示す方向に移動して閉鎖するためのシャットバルブ16、離型時に矢印33で示す方向に移動して製品キャビティ10から成形品を押し出すためのエジェクターピン17などが設けられている。なお、製品キャビティ10を画成している固定入子13や可動入子14に限らず、高圧射出前の溶融金属Mを好適状態に保持すべく、高圧射出後の溶融金属Mの凝固過程を所望に制御すべく、金型装置の各所を適温に保持できるように、機械的および電気的に制御するための型温制御装置などを導入することが望ましい。
【0037】
製品キャビティ10に連通するエアベント15にはキャビティ連通配管20が接続され、さらに、製品キャビティ10を含む前記空間から大気を吸引するための真空吸引手段となる真空吸引配管系21と大気連通配管系22に分岐している。真空吸引配管系21は、キャビティ連通配管20への接続または遮断を行うための真空吸引用バルブ23、真空吸引を行うための真空ポンプ24、真空吸引能力を高めるための真空タンク25を具備し、真空吸引用バルブ23の開時に、前記空間内から吸引した大気を矢印34で示す方向へ排出することができる。一方、大気連通配管系22は、開時には外部から矢印35で示すようにキャビティ連通配管20を介して製品キャビティ10を含む前記空間へ大気を導入でき、閉時には外部から前記空間への大気の流入を遮断できる大気遮断用バルブ26を具備している。
【0038】
なお、上述した製品となる羽根車は、ハブ軸部と、該ハブ軸部から半径方向に延在するとともにハブ面とディスク面を有するハブディスク部と、前記ハブ面に配設された複数の羽根部とを有してなる羽根車形状を有している。このため、製品キャビティ10における前記羽根部に対応する箇所は、薄肉部となる前記羽根部を成形するための狭い隙間として画成されている。また、例えば、複数の羽根部が交互に配列された長羽根と短羽根からなる羽根車形状を有する羽根車を得たい場合は、製品キャビティを長羽根と短羽根からなる羽根車形状に対応して画成すればよい。このような羽根車は、例えば、車両、建設機械、船舶などに搭載される過給機や圧縮機などの用途に適用でき、特に、優れた機械的特性が所望される自動車用ターボチャージャーの吸気側羽根車の用途には、気体混入に起因する鋳造欠陥の発生防止が可能な本発明を適用して得た羽根車は好適である。
【0039】
次に、上述した主要構成部を備えた鋳造装置によって実施できる、図1に示す流れ図に従った本発明における上述した一連の動作について、図3に一例として示す動作線図と対比して説明する。
給湯工程(A)の開始前に、例えば、アルミニウム合金、亜鉛合金、錫合金、およびマグネシウム合金から選択した所望の1種からなる溶融金属Mを準備しておくことが望ましい。具体的には、所望の金属材料を溶解炉(図示せず)を用いて溶融し、除滓処理や脱ガス処理などを適宜施し、保持炉(図示せず)に移送して鋳造条件に適するように温度などを調整することによって、所望の溶融金属Mを得ることができる。
【0040】
本発明における動作は、シャットバルブ16および大気遮断用バルブ26を開いて外部と製品キャビティ10を含む前記空間を接続して大気の圧縮抵抗が低減される状態で、まず、給湯工程(A)として、上述のように鋳造に好適に調整しておいた溶融金属Mを、保持炉から給湯装置(図示せず)によって給湯管6へ注送し、給湯開始aから給湯終了bまで、給湯口4からプランジャーキャビティ3内へ供給する。このときプランジャーのチップ2は、前進移動することなく速度0で、給湯待機位置で停止している。また、製品キャビティ10を含む前記空間内の圧力は、大気遮断用バルブ26が開いているため大気圧と同等である。溶融金属Mのプランジャーキャビティ3への充填率は、例えば40%に達すると給湯装置による注送が停止するように予め設定しておくことが望ましい。
【0041】
次いで、本発明においては、直ちに真空吸引工程(E)に移行せず、前記空間を大気から遮断する動作(B)を実施する。この動作は、給湯終了bから大気遮断完了cまで、開いていたシャットバルブ16および大気遮断用バルブ26を閉めるだけの極めて簡易な制御動作のみで実施することができる。このときプランジャーのチップ2は、給湯工程(A)の時と同様に、前進移動することなく速度0で、給湯待機位置で停止している。また、製品キャビティ10を含む前記空間内の圧力は、シャットバルブ16および大気遮断用バルブ26が閉まった大気遮断完了c時は大気圧とほぼ同等であるものの、時間経過とともに前記空間内の残存大気が溶融金属Mからの熱で加熱され、プランジャーの給湯口4が大気に連通していなければ、前記空間内が次第に増圧されることとなる。
【0042】
上述した大気遮断完了cの直後、引き続き、プランジャーの給湯口4を閉鎖する動作(C)を行う。この動作は、上述した前記空間内の残存大気の膨張を待つまでもなく実施でき、該鋳造装置は、チップ2を図3に示す射出待機位置まで前進移動することによって給湯口4を塞いで閉鎖することができる。このときチップ2の前進移動は、実際には、大気遮断完了cから前進移動開始dまで、僅かではあるが応答遅れ時間を生じる。この場合、大気遮断され外部と絶縁された前記空間に残存する大気が高温の溶融金属Mによって熱せられても容積的には膨張できないため、前記空間内の圧力が図3に示す昇温増分だけ大気圧よりも増圧される。この圧力の増分によりプランジャーキャビティ3を含む前記空間内が加圧状態となって、残存大気によって溶融金属Mの湯面を押圧することができるため、給湯で生じた湯面の大きな波立ちを抑制することができる。
【0043】
このようにプランジャーの給湯口4を閉鎖する動作(C)は、つまり給湯口4を閉鎖すべくチップ2が前進移動し始めて停止する動作は、実際には上述した応答遅れ時間だけ経過した前進移動開始dから始まって、チップ2が給湯口を閉鎖する湯切りeまで行われる。このときチップ2は、移動開始時および移動停止時には加速度をもって増速および減速され、その間は通常は湯切り速度で定速移動する。このチップ2の移動に伴って、大気遮断されたプランジャーキャビティ3を含む前記空間内の圧力は圧縮増圧される。
【0044】
なお、上述したチップ2の移動および停止に伴う加速度の作用によって、プランジャーキャビティ3内の溶融金属Mの湯面は再び波立つことがある。しかしながら、本発明においては、前記空間を予め大気遮断しているため、チップ2の移動によってプランジャーキャビティ3を含む前記空間内が大きく圧縮増圧される。この圧縮増圧によって、プランジャーキャビティ3内の溶融金属の湯面を押圧することができるため、湯面に生じた新たな波立ちを抑制することができる。
【0045】
さらに、本発明においては、湯切りeから真空吸引開始fまで、所定時間待機(D)する。この間、先に生じた圧縮増圧によって溶融金属Mの湯面が押圧され続けることになるため、湯面の波立ちを確実に静定することができる。この際、待機時間を調整することで、湯面の波立ちを所望の静定状態にするも可能となる。
【0046】
以上、本発明においては、給湯工程(A)から真空吸引工程(E)に移行する間に、上述した一連の動作(B)、(C)、(D)を行うことにより、プランジャーキャビティ3を含む前記空間の容積を圧縮して前記空間内の圧力を増圧することによって、プランジャーキャビティ3に供給した溶融金属Mの湯面の波立ちを抑制し、これにより溶融金属Mへの気体混入を防止することができる。
【0047】
この後は、通常のダイカスト鋳造の場合と同様、真空吸引工程(E)から高圧射出工程(F)を経て、製品キャビティ10内で溶融金属Mが冷却凝固した後に離型する。
真空吸引工程(E)は、真空吸引開始fから射出開始hまで、大気遮断用バルブ26を閉じたままシャットバルブ16および真空吸引用バルブ23を開き、予め十分に減圧しておいた真空タンク25と必要に応じて作動させる真空ポンプ24とによって、製品キャビティ10を含む前記空間内から大気を吸引する。このとき製品キャビティ10を含む前記空間内の圧力は真空吸引の進捗に従って減圧し、やがて所定圧力に至る。この所定圧力に至ったことを条件として、次の高圧射出工程(F)へ移行する。
【0048】
なお、本発明においては、上述した通常のダイカスト鋳造の場合と同様な真空吸引工程(E)に移行する直前もしくは直後のタイミングで、具体的には真空吸引用バルブ23を開く直前に、もしくは開くと同時に、大気遮断用バルブ26を開くことで前記空間内へ大気を導入することが望ましい。図3に示す動作線図においては、この動作を真空吸引開始fのタイミングで行うことによって、再び大気遮断用バルブ26を閉める大気遮断完了gまで、製品キャビティ10を含む前記空間内の圧力が大気圧程度まで急激に減圧せれている。
【0049】
上述した真空吸引によって製品キャビティ10を含む前記空間内の圧力が所定圧力に至ると、高圧射出工程(F)に入る。高圧射出工程(F)は、プランジャーのチップ2が再び前進移動し始める射出開始hのタイミングで始まり、極短時間でチップ2が射出速度まで増速されて移動し、射出終了位置へ達する射出終了iのタイミングで終了する。この間のチップ2の急激な移動により、プランジャーキャビティ3内の高圧下された溶融金属Mが射出ゲート5を通して製品キャビティ10内へ高圧で射出されることとなって、射出ゲート5を含む製品キャビティ10内に溶融金属Mを充填することができる。
【0050】
以上、本発明においては、上述した一連の動作を順に経ることによって、プランジャーキャビティ3内の溶融金属Mを、湯面の波立ちによって気体を混入させることなく、製品キャビティ10内へ高圧射出することができる。この後は、製品キャビティ10内で溶融金属Mが冷却凝固した後に、可動主型12および可動入子14を開いて離型し、エジャクターピン17を矢印33で示す方向に移動して成形品を取り出すことができる。
【実施例】
【0051】
本発明の溶融金属高圧射出成形品の製造方法を適用し、上述したハブ軸部と、該ハブ軸部から半径方向に延在するとともにハブ面とディスク面を有するハブディスク部と、前記ハブ面に配設された複数の羽根部とを有してなる過給機用羽根車を製造した。なお、以下の鋳造装置および鋳造動作の説明に関し、便宜上、図2および図3を援用する。
【0052】
まず、金型装置において、製品となる過給機用羽根車の羽根車形状を含む製品キャビティ10は、薄肉部である前記羽根部を成形するためにこれに対応する狭い隙間とした。また、製品キャビティ10を画成する固定入子13や可動入子14やその周辺部は、特に、適温制御できるように配慮して構成した。また、製品キャビティ10を含む周辺部には、金型の焼付き防止や離型性を考慮し、鋳造毎に離型剤を適量噴霧するようにした。
【0053】
次に、過給機用羽根車の材質として、広く利用される米国材料試験協会規定の354.0(Al−9%Si−1.8%Cu−0.5%Mg合金)アルミニウム合金を選定した。そして、溶解炉および保持炉を用いて、水素濃度を0.15ml/100gAl以下に脱ガス処理したアルミニウム合金溶湯(以下、溶湯という)を準備し、約680度の溶湯を給湯装置を用いて保持炉からプランジャーキャビティ3へ供給できるように構成した。
【0054】
型締め後、シャットバルブ16および大気遮断用バルブ26を開いた状態で、製品キャビティ10を含む空間の容積とプランジャーキャビティ3の容積の関係に基いて充填率を40%に設定し、給湯装置によってプランジャーキャビティ3へ溶湯を供給した。プランジャーキャビティ3への溶湯供給後、シャットバルブ16および大気遮断用バルブ26を閉めて大気遮断した後に、チップ2を前進移動してプランジャーの給湯口4を閉鎖して湯切りした。
【0055】
湯切り直後に0.5秒待機した後、シャットバルブ16を開き、ほぼ同時に大気遮断用バルブ26を開いて製品キャビティ10を含む空間内に大気を連通させた。そして、再び大気遮断用バルブ26を閉めて大気を遮断し、ほぼ同時に真空吸引用バルブ23を開き、予め十分に減圧しておいた真空タンク25と真空ポンプ24によって、製品キャビティ10を含む空間内から気体を吸引した。該空間内に残存する気体は、大気や溶湯中の水素ガス、離型剤からの蒸発ガスなどが推測される。
【0056】
製品キャビティ10を含む空間内が、真空吸引によって減圧されて5kPaまで低下したとき、ほぼ同時にプランジャーのチップ2を射出終了位置まで0.1秒未満で前進移動させて、プランジャーキャビティ3内の溶湯を射出ゲート5から製品キャビティ10内へ射出した。この後、製品キャビティ10内で溶湯が冷却して凝固するまでの時間を待って、可動主型12および可動入子14を開いて離型し、エジャクターピン17によって羽根車形状を含む成形品を取り出した。
【0057】
上述した製造方法により、羽根車形状を含む成形品を幾つか製造し、総ガス量の測定を行ったところ、成形品に含まれる総ガス量は平均4.3ml/100gAlであった。これと比較するため、本発明における上述した動作(B)、(C)、(D)を行わずに給湯工程(A)、真空吸引工程(E)、高圧射出工程(F)の順で、同様に製造した羽根車形状を含む成形品の場合は、成形品に含まれる総ガス量が7.0ml/100gAlを超えるものが認められた。
【0058】
以上、真空ダイカスト鋳造において、本発明の溶融金属高圧射出成形品の製造方法を適用することにより、高圧射出前の溶融金属の波立ちによる気体混入を抑制でき、鋳造欠陥として発現するほどの気体混入が認められない、健全な過給機用羽根車を含む羽根車形状を有する溶融金属高圧射出成形品を得ることができた。また、このような健全な溶融金属高圧射出成形品であれば、特に、優れた機械的特性が所望される自動車用ターボチャージャーの吸気側羽根車の用途への適用により、優れた性能を発揮するものになると判断することができた。
【符号の説明】
【0059】
1.スリーブ、2.チップ、3.プランジャーキャビティ、4.給湯口、5.射出ゲート、6.給湯管、10.製品キャビティ、11.固定主型、12.可動主型、13.固定入子、14.可動入子、15.エアベント、16.シャットバルブ、17.エジェクターピン、20.キャビティ連通配管、21.真空吸引配管系、22.大気連通配管系、23.真空吸引用バルブ、24.真空ポンプ、25.真空タンク、26.大気遮断用バルブ、30〜35.矢印、M.溶融金属、A.給湯工程、B.空間を大気から遮断する動作、C.プランジャーの給湯口を閉鎖する動作、D.所定時間待機する動作、E.真空吸引工程、F.高圧射出工程、a.給湯開始、b.給湯終了、c.大気遮断完了、d.前進移動開始、e.湯切り、f.真空吸引開始、g.大気遮断完了、h.射出開始、i.射出終了

【特許請求の範囲】
【請求項1】
給湯手段により溶融金属をプランジャー内へ供給する給湯工程、真空吸引手段により所望の空間形状を有する製品キャビティを含む空間内から所定圧力まで大気を吸引する真空吸引工程、前記プランジャーにより前記製品キャビティ内へ溶融金属を高圧射出する高圧射出工程、を順に経る溶融金属高圧射出成形品の製造方法において、前記給湯工程から前記真空吸引工程に移行する間に、大気遮断手段により前記空間を大気から遮断することで前記空間内の残存大気の膨張を得る、前記給湯手段に連通する前記プランジャーに有する給湯口を閉鎖、所定時間待機、を順に経ることを特徴とする溶融金属高圧射出成形品の製造方法。
【請求項2】
前記所定時間待機後、前記空間を大気から遮断することを止めて減圧した後に前記真空吸引工程に移行することを特徴とする請求項1に記載の溶融金属高圧射出成形品の製造方法。
【請求項3】
前記プランジャーは、前記給湯口を有して略水平に配置されたスリーブと、該スリーブ内を往復移動可能に配置されたチップと、前記製品キャビティに連通するゲートとを有し、前記チップを前記ゲート側に向かって移動することによって前記給湯口を閉鎖することを特徴とする請求項1または2に記載の溶融金属高圧射出成形品の製造方法。
【請求項4】
過給機用羽根車形状に対応する製品キャビティを用いることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の溶融金属高圧射出成形品の製造方法。
【請求項5】
溶融金属は、アルミニウム合金、亜鉛合金、錫合金、およびマグネシウム合金のうちの1種であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の溶融金属高圧射出成形品の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−200901(P2011−200901A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−69880(P2010−69880)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(305022598)株式会社日立メタルプレシジョン (69)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)