説明

潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法

【課題】 微量の潤滑剤、粘稠性物質を用いて、前処理無しで潤滑剤、粘稠性物質の劣化状態を診断することにある。
【解決手段】 各種機器の可動部、摺動部及び摺動通電部の何れかに使用されている相関関係の強い潤滑剤及び粘稠性物質を微量採取し、この採取した潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性及び動的特性のデータを測定し、この測定データと過去に蓄積された潤滑剤及び粘稠性物質の正常群の中心及び劣化群の中心までのマハラノビス汎距離を算出し、この算出されたマハラノビス汎距離から潤滑剤及び粘稠性物質の劣化状況を評価する劣化診断方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電路用開閉器や機構構造物の操作構構部などの機器を構成する可動部、摺動部及び摺動通電部などに使用される潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、多くの回転機構部、電路用開閉器や機構構造物の操作機構部の可動部、摺動部及び摺動通電部には潤滑剤や粘稠性物質が使用されている。これら潤滑剤や粘稠性物質は、使用年数とともに、経年劣化及び通電による酸化劣化や離油、設置環境中の腐食性ガスや環境紫外線、さらに塵埃や砂塵の付着等によって性状が変化し、徐々に潤滑性能が低下していく。因みに、グリース等の粘稠性物質は、劣化や離油によって粘性が増加してくると、例えば操作機構部の摺動部や回転機構の回転部の駆動力に対する抵抗や摩擦力が増大し、機器の動作特性に影響が出てくる。
【0003】
そこで、潤滑剤や粘稠性物質の潤滑性の機能維持や動作特性に支障が出るまでに至らない早期の段階で、潤滑剤や粘稠性物質の劣化の兆候を把握する必要がある。そのためには、定期点検時などに潤滑剤,粘稠性物等の試料を採取し、その試料の劣化度合いの状況や寿命を予測し、予め潤滑剤や粘稠性物質の交換時期を計画する,いわゆる予防保全が必要不可欠であり、さらには潤滑剤や粘稠性物質の劣化診断法を確立することが重要となる。
【0004】
ところで、従来、エンジンオイル,作動油,潤滑油などの劣化診断方法としては、硫酸基,硝酸基,カルボル酸,レジン分,固形スラッジ,水分,全酸価,酸化防止剤,色,pH,酸性度,塩基性度,汚濁度,酸の電気抵抗,油の低分子量成分などの増加量を測定したり、レーザ光の照射による透過光量の測定結果から、劣化度を診断する方法が提案されている(特許文献1)。
【0005】
また、劣化診断方法の中の1つとして、潤滑剤及び粘稠性物質であるグリースのちょう度測定方法は、JIS K 2220に規定される針入法が一般的に利用されている。針入法は、試料であるグリースの面部に針を押し当て、そのときの針の下がり具合を見て劣化を診断する方法である。
【0006】
しかし、この針入法は、少なくとも5gの試料を採取する必要があり、測定の前処理として約60回の攪拌処理を行う必要があることから、非常に測定が煩雑となる。また、針入法から得られる測定結果は、針を進入させた時の停止位置を見ていることから、実機の一般的な動的特性の動きと異なる一種の静的特性と考えることができ、劣化の程度を的確に把握し難い。
【0007】
針入法以外の測定方法としては、2枚の板で試料を挟んだときの当該試料の拡がり面積を測定する方法や試料を挟んだ2枚の透明板に対して、上方から荷重を与えた後、光源から光を照射し、下方に配置される受光体により試料の拡がりに対する未受光面積を測定する方法がある(特許文献2,特許文献3)。
【0008】
また、他の劣化測定方法としては、シリンダー内に試料であるグリースを充填した後、ピストンによってグリースを押し出す圧力を測定することにより、グリースの見掛け上の粘度を測定する方法やシリンダー内に試料を挿入した後、当該試料内にスクリュー状の回転羽を入れ、この回転羽を所定のトルクで回転させたときの回転羽に付設させた抵抗検知センサの検知抵抗から劣化を測定し、あるいは適宜な容器に試料を入れた後に感知レバーを挿入し、回転速度を測定する方法の提案がある(特許文献4,特許文献5)。
【0009】
さらに、他の劣化測定方法としては、赤外線を利用してグリース中の基油の酸化生成物の波数(例…ペルオキシド:3500cm-1とカルボニル基:1710cm-1)の吸光度比を測定することにより、基油の種類や添加物の有無に依らず、劣化度を定量的に評価する方法やグリース中の基油の波数(例…メチル基:1250cm-1と増稠剤(グリース保持剤)の波数(例…リチウム石鹸基:1578cm-1と1561cm-1)との赤外線の吸光度比を測定し、少量のグリースの劣化の程度を測定する方法がある(特許文献6,特許文献7)
その他、本発明提案に類似した提案としては、磁気線輪を用いた荷重増減装置により試料に任意の荷重を加えるとともに、差動変圧器を用いた変位測定装置によって荷重に対応して生じる試料の変位量を測定し、その変位量からちょう度を判定する方法がある。この測定方法は、事前に規格に準じて測定したちょう度と変位量との関係を規定する検量線が必要である(特許文献8)。
【特許文献1】特開平07−057985号公報
【特許文献2】特開昭58−055838号公報
【特許文献3】特開昭61−223631号公報
【特許文献4】特開昭62−119432号公報
【特許文献5】特開2000−241330号公報
【特許文献6】特開昭63−263451号公報
【特許文献7】特開昭63−053445号公報
【特許文献8】特開昭60−161545号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、本発明による劣化診断方法は、数mg程度の微量な潤滑剤や粘稠性物質から劣化を診断することを目的とするものであるが、通常,劣化診断の対象となる電路用開閉器や機構構造物の操作構構部に使用される潤滑剤や粘稠性物質の量は微量であることが多く、ちょう度を測定するために必要な量(最低5g)を採取できない場合が多い。
【0011】
また、実際の機構操作部などで最初に操作した際にグリースの硬さなどから正常に動作しない,いわゆる初期動作不良などの動的特性は、針入法や拡がり面積によるちょう度の測定値には反映されない。その理由は実際の機構操作部の中のグリースの状態を見ることができない為である。
【0012】
また、従来の針入法や拡がり面積によるちょう度測定方法は、人為的な寸法読み取り誤差や異物,砂塵などの混入による粘稠性物質の密度に応じて面積が変わるなど、測定データにバラツキが大きく、十分な攪拌や不純物の除去などの前処理が必要となる。
【0013】
さらに、赤外線の吸光度比による方法は、不純物の除去や基油と増稠剤とを分別するなどの前処理が必要である。また、粘稠性物質の酸化程度は把握できるものの、粘稠性物質の動的特性について直接的に把握するのが難しい。
【0014】
一方、ピストン機構を用いて粘稠性物質を押し出したり、試料中に回転羽を挿入して回転させる方法は、粘稠性物質の動的特性を捕らえていると推測できるが、採取すべき試料の量がある程度必要となり、微量試料の測定には不向きである。
【0015】
さらに、従来の測定方法の大半は事前に規格に準じて測定したちょう度と拡がり面積との関係を表す検量線が必要となる問題がある。
【0016】
従って、従来の診断方法は、潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性(色調,針入法,拡がり稠度,カルボニル吸光度比)を評価する方法が主であり、実際の初動動作などの動的特性を反映させたものではない。また、潤滑剤及び粘稠性物質の良否について、1つの静的項目だけで判定していることから、例えば、劣化している潤滑剤及び粘稠性物質に給油することにより見せかけのちょう度が回復した劣化(給油しても再び離油しやすく動作不良につながる)やちょう度が低下しているが粘性抵抗が低いために動作不良に至らない劣化などを的確に判別できない問題がある。
【0017】
本発明は以上のような実状を考慮してなされたもので、微量の潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性と実機の動きに近い動的特性との組み合わせデータや複数の動的特性の組み合わせデータから判別分析し、的確に劣化状況を診断する潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために、本発明に係る潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法は、各種機器の可動部、摺動部及び摺動通電部の何れかに使用されている相関関係の強い潤滑剤及び粘稠性物質を微量採取し、この採取した潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性及び動的特性のデータを測定し、この測定データと過去に蓄積された潤滑剤及び粘稠性物質の正常群の中心及び劣化群の中心までのマハラノビス汎距離を算出し、この算出されたマハラノビス汎距離から前記微量の潤滑剤及び粘稠性物質の劣化状況を診断する方法である。
【0019】
なお、潤滑剤や粘稠性物質の静的特性及び動的特性のデータに代わり、異なる項目(粘性率とせん断力)の動的特性どうしの測定データを用い、前述と同様の要領でマハラノビス汎距離を算出し、この算出されたマハラノビス汎距離から前記微量の潤滑剤及び粘稠性物質の劣化状況を診断することもできる。
【0020】
また、本発明は、以上のような潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法において、前記過去に蓄積された潤滑剤及び粘稠性物質の正常群及び劣化群からなる基準空間から、前記潤滑剤や粘稠性物質の静的特性データ、動的特性データの劣化群を識別するが、その際の具体的な劣化群を識別する閾値としては、前記正常群と劣化群の各中心からの距離の中間点とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、前処理無しで微量の潤滑剤、粘稠性物質を用いて、これら潤滑剤、粘稠性物質の静的特性測定データと動的特性測定データとを組み合わせ、あるいはある項目の動的特性測定データと異なる項目の動的特性測定データとを組み合わせ、これら測定データと正常群、劣化群の各中心とのマハラノビス汎距離から的確に劣化状況を診断できる潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明に係る潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法の実施の形態について図面を参照して説明する。
本発明に係る潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法は、現在使用中の潤滑剤及び粘稠性物質を微量(例えば数10mg以下)を採取し、この微量の潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性の項目(例えば、色調,針入法,拡がりちょう度、カルボニル吸光度比)の測定データと実機の動きに近い動的特性の項目(例えば、弾性率,粘性率,せん断力,粘度,手ちょう度)の測定データとを組み合わせ、あるいは潤滑剤や粘稠性物質の異なる項目の動的特性の測定データを組み合わせることにより、これら測定データに対するマハラノビス汎距離から潤滑剤や粘稠性物質の劣化状況を診断するものである。
【0023】
(1) 潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性及び動的特性のデータ収集について。
【0024】
電路用開閉器並びに機構構造物の操作機構部等の機器稼動後に可動部,摺動部,摺動通電部等に使用されている潤滑剤及び粘稠性物質を採取し、静的特性の測定項目となる例えば拡がりちょう度、動的特性の測定項目となる例えば粘性率及びせん断力を測定し、両特性の測定データを収集する。
【0025】
(イ) 潤滑剤及び粘稠性物質の拡がりちょう度の測定方法(図1参照)。
【0026】
先ず、清浄な2枚のガラス板(φ30×0.8t)1a,1bを用意した後、例えば機器稼動後の定期検査時などに当該機器である電路用開閉器や操作機構部に使用される約2mgのグリース2を秤量採取し、下側のガラス板1aの中央部分に載せ、残りの1枚のガラス板1bでグリース2を挟むように重ね合わせる。このように約2mgのグリース2を2枚のガラス板1a,1bで挟んだ後、上側のガラス板1bの上部に50gの分銅3を載せて3分間にわたって加圧する。
【0027】
以上の加圧状態のままで3分間経過したところで、上側のガラス板1bから分銅3を取り除き、ガラス板1a,1bの間に拡がったグリース2の平均直径を測定する。
【0028】
そして、予め測定済みの既知の拡がりちょう度とグリース2の拡がり直径との相関関係を表すグラフ(検量線)に基づき、今回測定のグリース2の平均直径におけるJIS法の拡がりちょう度に換算する。同図おいて、Aは拡がったグリース2の直径を示す図である。
【0029】
(ロ) 潤滑剤及び粘稠性物質の粘性率の測定方法(図2参照)。
【0030】
この測定法は、動的粘弾性測定装置を用いて、所定量のグリース2の粘性率を測定する。
【0031】
動的粘弾性測定装置は、例えば下部冶具11に取り付けられた試料受け用円盤11aと上部冶具12に取り付けられた試料押圧用円盤12aとが対向配置され、そのうち下部冶具11は、トルクセンサ13を内蔵した支持台14に回転可能に設けた受動子15に支持され、一方、上部冶具12は、作動子16を介して例えばアクチュエータドライバなどの駆動制御系17に接続されている。なお、トルクセンサ13の出力側には信号変換処理部18が接続されている。
【0032】
以上のような動的粘弾性測定装置において、電路用開閉器や操作機構部に使用されている試料であるグリース2を適宜な量を採取し、例えば約5mm直径の試料受け用円盤11aに載せる。
【0033】
この状態で駆動ボタンを操作し駆動制御系17を駆動制御し、作動子16及び上部冶具12を介して試料押圧用円盤12aを、グリース2の厚さが約0.5mm(グリース19の比重が0.9g/cm3とすると、試料量約9mgに相当する)になるまで下げる。このとき、試料受け用円盤11aの外周からはみ出たグリース2を拭き取り、測定を開始する。
【0034】
測定に際しては、対象とする試料の種類によって異なるが、例えばグリース2の場合には駆動制御系17または信号変換処理部18からの回転制御指示のもとに、上部冶具12の円盤12aまたは下部冶具11の円盤11aを、例えば1Hz周波数の一定振幅で交互に200s前後にわたって繰り返し回転させる。ここで、1Hz周波数とした理由は、試料受け用円盤11aを所定の周期で交互に繰り返し回転させたとき、当該周期ごとにグリース2である試料のちょう度に応じた曲げ変形応力(回転トルク)が持続的に同期して追従変化する状態を維持することができる為であり、例えば周波数が大きくなると、試料のちょう度による曲げ変形応力の変化が繰り返し周期に全く追従できなくなり、曲げ変形応力が得られなくなる。
【0035】
そして、1Hz周波数で、かつ、一定振幅で繰り返し回転させつつ、約200sに達したとき、トルクセンサ13で測定されたトルク信号を信号変換部18に送出し、グリース2の動的粘性率に変換する。動的粘性率は、粘稠性物質中の粘性応力が変形速度(ひずみ)の1次関数に相当するものと仮定でき、そのときの速度勾配に対する比例係数で表すことができ、ひいては潤滑剤及び粘稠性物質の初期動作不良を含む動的特性の測定結果を得ることができる。
【0036】
(ハ) 潤滑剤及び粘稠性物質のせん断力の測定方法(図3参照)。
【0037】
せん断力測定機を用いて、グリース2のせん断力を測定する。このせん断力測定機は、下側に固定設置される下部試料台21と、上側に可動可能に設置される例えばガラス作用板などの上部試料台22とを配置し、上部試料台22を図示矢印で示すせん断方向B,つまり水平方向に移動させる構成とする。
【0038】
測定の具体例としては、下部試料台21における上部試料台22と重ね合う中心部に約2mgのグリース2を塗布した後、下部試料台21及び上部試料台22の何れか一方または両方を対向側試料台に近づけつつグリース2の拡がり径約φ10mm(厚さ)を調整する。しかる後、上部試料台22を50mm/minの速度で水平方向の力(せん断力)を加え、このときのグリース2に生ずる抵抗力を測定し、グリース2のせん断力を求める。
【0039】
正常群と劣化群グループの作成について(図4参照)。
【0040】
前述した潤滑剤及び粘稠性物質の静的特性や動的特性の測定データに基づき、ママハラノビス汎距離を計算し、判別分析を行うが、この判別分析を行う前に正常群と劣化群のグループを作成する。
【0041】
先ず、前述した(1)項で求めたせん断力及び粘性率に関し、変量x1をせん断力、変量x2を粘性率として散布図を作成し、拡がりちょう度(長年蓄積したトラブル品データに基づく経験値とする)での正常群と劣化群との母集団を生成する。正常群と劣化群とのせん断力、粘性率については、各々の平均(中心)値μ1,μ2、標準偏差値σ1,σ2、せん断力と粘性率との相関関数ρを求めておく。
【0042】
(3) ママハラノビス汎距離を用いた潤滑剤及び粘稠性物質の判別分析(図5参照)について。
【0043】
ママハラノビス汎距離を用いた判別分析は、概略,図5を用いて説明できる。なお、ママハラノビス汎距離とは、2つまたはそれ以上の相関がある変数で定義される空間内での距離の測度を意味する。
【0044】
従って、ママハラノビス汎距離を用いた判別分析とは、X1とX2の変量を持ったデータについて、品質の評価基準に従ってA,Bのグループ集団に分け、対象試料の変量X1,X2からグループAとBそれぞれの確立分布の中心(平均)までのママハラノビス汎距離DA2、DB2を算出し、距離の短い方のグループを劣化と判別する方法である。
【0045】
そこで、潤滑剤及び粘稠性物質の判別分析についても、ママハラノビス汎距離を用いた判別分析方法を用いて、正常と劣化とを判別できる。
【0046】
この判別分析方法は、判別分析の対象とする潤滑剤及び粘稠性物質を採取し、前述する(1)項に記載する測定方法により、動的特性であるせん断力x1,粘性率x2を測定し、下記式を用いて、ママハラノビス汎距離DA2、DB2を求める。
【0047】
先ず、初めに前記(1)項及び(2)項に基づき、正常群A、劣化群Bのグループに対して、標準化値u1,u2を求める。
* 試料x1,x2の正常群A(μ1A,μ2A)に対する標準化値u1A,u2A
1A=(x1−μ1A)/σ1A …(1)
2A=(x2−μ2A)/σ2A …(2)
* 試料x1,x2の劣化群B(μ1B,μ2B)に対する標準化値u1B,u2B
1B=(x1−μ1B)/σ1B …(3)
2B=(x2−μ2B)/σ2B …(4)
次に、下記(5)式,(6)式により、試料x1,x2から正常群A,劣化群B中心までのママハラノビス汎距離DA2、DB2を求める。
* 試料x1,x2から正常群A中心までのママハラノビス汎距離DA2は、
A2=(u1A2+u2A2−2ρA1A2A)/(1−ρA2) …(5)
* 試料x1,x2から劣化群B中心までのママハラノビス汎距離DB2は、
B2=(u1B2+u2B2−2ρB1B2B)/(1−ρB2) …(6)
から求まる。以上のようにして求めた正常群A,劣化群B中心までのママハラノビス汎距離DA2、DB2が短い方のグループに属する。
A2<DB2 :正常群
A2>DB2 :劣化群
(4) 潤滑剤及び粘稠性物質の判別結果
判定試料となる潤滑剤及び粘稠性物質FG1〜FG4について、前記(1)項の測定方法により粘性率、せん断力、拡がりちょう度のデータを測定し、(3)項の方法でママハラノビス距離を算出すると、表1のような結果が得られる。
【表1】

【0048】
この表1から明らかなように、判定試料FG1、FG2、FG4がDA2>DB2の関係から劣化群と判別され、判定試料FG2がDA2<DB2の関係から正常群と判別される。つまり、正常群Aの中心までのママハラノビス汎距離DA2が劣化群B中心までのママハラノビス汎距離DB2よりも小さくなり、正常と判定される。
【0049】
なお、判定試料FG1〜FG4におけるせん断力と粘性率について、各判定試料FG1〜FG4から正常群A中心▲、劣化群B中心▲までのママハラノビス汎距離DA2、DB2を実線矢印で表したグラフが図6に示している。
【0050】
すなわち、判定試料FG1は、拡がりちょう度が「寿命領域」に達しており、また粘性率及びせん断力が高い値を示している。判定試料FG2は、拡がりちょう度が「劣化領域」に達しているとともに、粘性率及びせん断力がそれ相応に高い値を示している。その結果、判定試料FG1,FG2は「劣化群」と判別される(図7参照)。
【0051】
判定試料FG3は、拡がりちょう度が「劣化領域」に達しているが、粘性率及びせん断力が低い。その結果、拡がりちょう度だけで判断すると、「劣化」と判別されるが、粘性率及びせん断力が低いために「正常群」に判別され、機器の操作機構部の動作不良に至らない良い劣化の傾向を有する試料と言える。
【0052】
一方、判定試料FG4は、拡がりちょう度が高く、拡がりちょう度だけで判断すれば「正常」と判別できるが、粘性率及びせん断力が判定試料FG2と同様に同じ桁数で高いことから、「劣化」と判別される。判定試料FG4の拡がりちょう度が高い理由は、当該試料FG4は劣化した試料に給油をした結果であり、一時的に拡がりちょう度が回復しているためであり、離油したときに動作不良につながる恐れがある。
【0053】
(5) 劣化の閾値について。
【0054】
以上の結果を検討すると、劣化の閾値は、図6からも明らかように正常群Aと劣化群Bの各中心からの中間点にあり、せん断力の閾値としては5.61N、粘性率の閾値としては6199Paにあると言える。
【0055】
従って、以上のような実施の形態によれば、操作機構部の定期点検時などに当該操作機構部で使用されている潤滑剤や粘稠性物質を微量(数10mg以下)を採取し、この微量な潤滑剤や粘稠性物質の静的特性の測定データ及び動的特性の測定データとを適宜組み合わせ、これら測定データと過去に蓄積された潤滑剤及び粘稠性物質の正常群の中心及び劣化群の中心までのマハラノビス汎距離を算出し、潤滑剤や粘稠性物質の劣化状況を診断するので、微量のサンプルを採取して診断でき、また劣化した潤滑剤及び粘稠性物質に給油だけを実施し、粘性抵抗が高いままだが見せかけのちょう度が回復した劣化現象やちょう度は低下しているが、粘性抵抗が低いために動作不良にならない劣化現象も容易に判別できる。
【0056】
また、潤滑剤や粘稠性物質の静的特性及び動的特性の測定に際し、十分な攪拌や不純物の除去などの前処理を行う必要が無く、測定処理の煩雑さが無くなる。
【0057】
さらに、測定データと過去に蓄積された潤滑剤や粘稠性物質の正常群及び劣化群の各中心とのマハラノビス汎距離から劣化を診断するので、事前に規格に準じて測定したちょう度と拡がり面積との関係を表す検量線が必要とせず、統計的に正確に分析することができ、る。
【0058】
その他、本発明は、上記実施の形態に限定されるものでなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明に係る潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法における潤滑剤及び粘稠性物質の拡がりちょう度の測定方法を説明する図。
【図2】本発明に係る潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法における潤滑剤及び粘稠性物質の粘性率の測定方法を説明する図。
【図3】本発明に係る潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法における潤滑剤及び粘稠性物質のせん断力の測定方法を説明する図。
【図4】潤滑剤及び粘稠性物質の正常群と劣化群の分布図。
【図5】試料の正常群と劣化群とのママハラノビス汎距離による判別分析の概略説明図。
【図6】各判定試料におけるママハラノビス汎距離を説明する図。
【図7】判定試料における劣化判別結果を示す図。
【符号の説明】
【0060】
1a,1b…ガラス板、2…グリース(試料)、3…分銅、11…下部冶具、11a…試料受け用円盤、12…上部冶具、12a…試料押圧用円盤、13…トルクセンサ、15…受動子、16…作動子、17…駆動制御系、18…信号変換処理部、21…下部試料台、22…上部試料台。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各種機器の可動部、摺動部及び摺動通電部の何れかに使用される潤滑剤及び粘稠性物質の劣化を診断する劣化診断方法において、
前記可動部、摺動部及び摺動通電部の何れかに使用されている相関関係の強い潤滑剤や粘稠性物質を微量採取し、この採取した潤滑剤や粘稠性物質の静的特性及び動的特性のデータを測定し、これら測定データと過去に蓄積された潤滑剤や粘稠性物質の正常群の中心及び劣化群の中心までのマハラノビス汎距離を算出し、この算出されたマハラノビス汎距離から前記微量の潤滑剤や粘稠性物質の劣化状況を診断することを特徴とする潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法。
【請求項2】
各種機器の可動部、摺動部及び摺動通電部の何れかに使用される潤滑剤及び粘稠性物質の劣化を診断する劣化診断方法において、
前記可動部、摺動部及び摺動通電部の何れかに使用されている相関関係の強い潤滑剤や粘稠性物質を微量採取し、この採取した潤滑剤や粘稠性物質の異なる項目の動的特性のデータを測定し、これら異なる項目の動的特性の測定データと過去に蓄積された潤滑剤や粘稠性物質の正常群の中心及び劣化群の中心までのマハラノビス汎距離を算出し、この算出されたマハラノビス汎距離から前記微量の潤滑剤や粘稠性物質の劣化状況を診断することを特徴とする潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法において、
前記潤滑剤や粘稠性物質の静的特性の項目としては、色調、針入法ちょう度、拡がりちょう度、カルボニル吸光度比、摩耗粉の含有量の何れかを測定することを特徴とする潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載の潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法において、
前記潤滑剤や粘稠性物質の動的特性の項目としては、弾性率、粘性率、せん断力、粘度、手ちょう度の何れかを測定することを特徴とする潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法において、
前記過去に蓄積された潤滑剤及び粘稠性物質の正常群及び劣化群の基準空間から、前記潤滑剤や粘稠性物質の静的特性データ、動的特性データの劣化群を識別することを特徴とする潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法。
【請求項6】
請求項5に記載の潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法において、
前記潤滑剤や粘稠性物質の静的特性データ、動的特性データの劣化群を識別する閾値は、前記正常群と劣化群の各中心からの距離の中間点とすることを特徴とする潤滑剤及び粘稠性物質の劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−133788(P2010−133788A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−308666(P2008−308666)
【出願日】平成20年12月3日(2008.12.3)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【出願人】(595019599)芝府エンジニアリング株式会社 (40)
【出願人】(598076591)東芝電機サービス株式会社 (1)