説明

炎症性腸疾患の予防および/または治療剤

本発明の目的は、腸疾患、特に、炎症性腸疾患に対して有効な薬剤を提供する。上記目的は、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を有効成分として含有する、腸疾患の予防剤および/または治療剤により達成される。具体的には、本発明は、プレニルケトン系化合物である、6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分として含有する、腸疾患の予防剤および/または治療剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症性腸疾患の予防および/または治療剤に係り、より詳細には、潰瘍性大腸炎やクローン病のような炎症性腸疾患の予防および/治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease、以下、単に「IBD」という。)は、大腸および小腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍を引き起こし慢性の経過をたどる炎症性疾患であり、その疾患の病因は知られていない(たとえば、非特許文献1参照)。このIBDは、主として大腸粘膜を侵し、びらんや潰瘍を形成する原因不明のびまん性非特異的炎症である潰瘍性大腸炎や繊維化あるいは潰瘍、さらに非特異性の肉芽腫を伴う炎症性疾患であるクローン病等を含むほか、広義的には腸管型ベーチェット病や虚血性腸炎等も含まれる。現在、日本においては、これらの疾患の患者は増加の一途をたどり、一昨年の厚生労働省難治性腸管障害研究班報告によると潰瘍性大腸炎、クローン病をあわせ10万人におよび、特に、10〜20代の若年者に多く見られており、根治治療がない現在、生涯にわたりこれらの病気と闘い、苦しまなければならない難病の一つである。
【0003】
炎症の作用機序とIBDにおける免疫応答は未だに解明されていないが、腫瘍壊死因子(以下、「TNF」という。)αやマクロファージ遊走阻止因子のような、さまざまな炎症メディエータが病変や悪化に関与していることが明らかになった(たとえば、非特許文献2ないし5を参照)。
【0004】
IBDに対する現代の治療は、5−アミノサリチル酸(5−aminosalicylic acid、単に「5−ASA」という。)、グルココルチコイド、免疫抑制剤や免疫制御剤を、主に使用する。しかし、この治療に対して耐性を有する患者も存在する。最近、新規な治療剤として、抗TNF−αモノクローナル抗体が開発された(たとえば、非特許文献6および7参照)。この抗体は、TNF−αの活性を抑制し、クローン病を罹患した患者における腸炎症を急速に改善させる。しかし、感染および悪性腫瘍のような副作用が、度々発症する(たとえば、非特許文献8および9参照)。これらの副作用が、抗TNF−αモノクローナル抗体による治療の継続を困難にしている。
【0005】
熱ショックタンパク質(以下、単に「HSP」という。)は保護的性質を示し、免疫応答を制御する、ストレス誘導性タンパク質である(たとえば、非特許文献10参照)。HSPの主な機能は、異常に折畳みこまれたまたは変異タンパク質に対する細胞内シャペロンとして作用し、ストレス条件下において、細胞に細胞保護機能を付与する。多くのHSPの一つとして、分子量が約70kDaであることから名づけられたHSP70がある。そのサブファミリーには、胃、肝臓および心臓へのストレスに対して強い細胞保護機能を有するものがある(たとえば、非特許文献11ないし14参照)。HSP70−トランスジェニックマウスは、心臓損傷モデルに対して抵抗性を示す(たとえば、非特許文献15および16参照)。ヒトの腸において、大腸粘膜における非特異的大腸炎と比して、潰瘍性大腸炎では、HSP70の発現が増大する(非特許文献17参照)。しかし、IBDの病態におけるHSPの役割は十分に検討されていない。
【0006】
ところで、ゲラニルゲラニルアセトン(以下、単に「GGA」という。)は、胃を潰瘍などの障害から保護する非環式ポリイソプレノイドである。この化合物は、胃酸分泌に影響を与えることなく、さまざまなストレスに対して胃粘膜を保護するのに有効であることが知られている(たとえば、非特許文献18ないし20参照)。くわえて、GGAは、胃ムチンの合成や分泌だけでなく(たとえば、非特許文献21参照)、糖タンパク質や表面活性リン脂質成分(たとえば、非特許文献22参照)の合成や分泌を増大させることが報告されている。数年前には、GGAは、胃粘膜細胞においてHSP70の発現を誘導することが報告されている(たとえば、非特許文献23参照)。さらに、GGAの経口投与により、インビボにて、多くの局所組織にて、HSP70の発現を誘導し、破壊および炎症に対して組織を保護する(たとえば、非特許文献24ないし26参照)。
【0007】
また、GGAが炎症性腸疾患に有効である旨を記載した特許出願がなされている(特許文献1参照)が、単に請求の範囲に記載されているにすぎず、詳細な説明にはゲラニルゲラニルアセトンが炎症性腸疾患に有効であることを示す実験例は全く記載されていないため、炎症性腸疾患に対して有効であるか否かは不明のままである。
【0008】
腸内炎症や免疫応答を誘導するであろう因子を調査するために、多くの実験動物モデルが利用されている。これらのモデルの中で、モデル自体の信頼性および利便性のため、デキストラン硫酸ナトリウム(以下、単に「DSS」という。)や2,4,6−トリニトロベンゼンスルホン酸(以下、「TNBS」という。)誘導腸炎モデルが、幅広く利用されている(たとえば、非特許文献27ないし29参照)。
【0009】
一方、同様の胃粘膜保護剤としてエカベトナトリウムが知られ、本願発明の如く炎症性腸疾患の予防・治療剤として知られているが(たとえば、特許文献2参照)、エカベトナトリウムは、GGAと化学構造が非類似であり、さらに経口投与によると大腸などの下部消化管までの到達が困難であるため、炎症性腸疾患の治療に用いるためには、前述した特許文献1の数々の実験例でも見られるように少なくとも注腸による投与が必要である。かかる注腸の場合、炎症部位周辺に直接薬剤が投与されるため患者に大きな負担を強いるものである他、下行結腸や横行結腸の一部にまでしか到達することができず治療範囲が限定されるという問題がある。
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【特許文献1】WO02/098398号広報
【特許文献2】特開2002−104962号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、患者に大きな負担を強いることなく、腸管全体における炎症性腸疾患の予防および/または治療において、安全かつ有効な新規な薬剤を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは鋭意検討した結果、特定の非環式ポリイソプレノイド化合物が、腸管にてHSPを誘導し、炎症性腸疾患の予防および/または治療に有効であるという知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明の第一の態様によれば、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を有効成分として含有する、腸疾患の予防および/または治療剤を提供する。
【0013】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療剤の好ましい態様において、前記熱ショックタンパク質誘導剤が、プレニルケトン系化合物である。
【0014】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療剤の好ましい態様において、前記プレニルケトン系化合物が、
【0015】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンである。
【0016】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療剤の好ましい態様において、前記腸疾患は、炎症性腸疾患である。
【0017】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療剤の好ましい態様において、前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管型ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される疾患である。
【0018】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療剤の好ましい態様において、前記熱ショックタンパク質が熱ショックタンパク質70である。
【0019】
また、本発明は、
【0020】

式(I)で表される、6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分とする炎症性腸疾患の予防剤および/または治療剤を提供する。
【0021】
本発明に係る予防剤および/または治療剤における炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される。
【0022】
また、本発明の第二の態様によれば、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を投与する工程を含む、腸疾患の予防および/または治療方法を提供する。
【0023】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療方法の好ましい態様において、前記熱ショックタンパク質誘導剤が、プレニルケトン系化合物である。
【0024】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療方法の好ましい態様において、前記プレニルケトン系化合物が、
【0025】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンである。
【0026】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療方法の好ましい態様において、前記腸疾患は、炎症性腸疾患である。
【0027】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療方法の好ましい態様において、前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管型ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される疾患である。
【0028】
本発明に係る腸疾患の予防および/または治療方法の好ましい態様において、前記熱ショックタンパク質が熱ショックタンパク質70である。
【0029】
また、本発明は、
【0030】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分とする炎症性腸疾患の予防方法および/または治療方法を提供する。
【0031】
本発明に係る予防方法および/または治療方法における炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される。
【0032】
さらに、本発明の第三の態様によれば、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を有効成分として含有する、腸疾患の予防および/または治療剤を製造するための、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物の使用を提供する。
【0033】
本発明による前記使用の好ましい態様において、前記熱ショックタンパク質誘導剤が、プレニルケトン系化合物である。
【0034】
本発明による前記使用の好ましい態様において、前記プレニルケトン系化合物が、
【0035】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンである。
【0036】
本発明による前記使用の好ましい態様において、前記腸疾患は、炎症性腸疾患である。
【0037】
本発明による前記使用の好ましい態様において、前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管型ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される疾患である。
【0038】
本発明による前記使用の好ましい態様において、前記熱ショックタンパク質が熱ショックタンパク質70である。
【0039】
また、本発明は、
【0040】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分として含有する、炎症性腸疾患の予防剤または治療剤を製造するための、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物の使用を提供する。
【0041】
本発明に係る使用における炎症性疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される。
【発明の効果】
【0042】
本発明によれば、本発明に係る化合物である6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンは、腸にて熱ショックタンパク質70を誘導し、腸疾患、より具体的には炎症性腸疾患の予防および/または治療に対して有効である。また、本発明に係る化合物は注腸によることなく経口的に投与が可能であるため、患者に過度の負担を与えることなく、腸疾患を予防および/または治療することはできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0043】
以下の実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施形態にのみ限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、さまざまな形態で実施することができる。
【0044】
本発明は、腸疾患、特に炎症性腸疾患の治療に対して有効である、毒性のない予防剤および/または治療剤を提供するものである。以下、本発明を詳細に説明する。
【0045】
本発明において有効成分である化合物は、式(I)で表されるプレニルケトン系化合物である。
【0046】

本発明に好適に用いられる化合物の化合物名は、6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オン(別名:ゲラニルゲラニルアセトン、一般名:テプレノン、以下、単に「GGA」ともいう。)である。本発明に用いるGGAは、その構造中に4カ所に二重結合を有しており、計8種類の幾何異性体が存在するが、本発明においては特に限定されず、いずれか1つの異性体でもよく、また2種以上の混合物であってもよい。これらの中でも好ましい化合物としては、(5E,9E,3E)−6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オン及び(5Z,9E,13E)−6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ノナデカテトラエン−2−オンを挙げることができる。
【0047】
本発明に用いるGGAは、公知の化合物であり、試薬、工業原料として入手することが可能である。GGAの合成法としては、たとえば、特開昭53−145922号公報に開示されている方法に従って合成することができる。
【0048】
本発明に用いる有効成分であるGGAには結晶多形が存在することもあるが限定されず、いずれかの結晶形が単一であってもよいし、結晶形混合物であってもよい。さらに、本発明に用いるGGAが生体内で分解されて生じる代謝物も本発明の特許請求の範囲に包含される。
【0049】
本発明に係る予防剤および/または治療剤は、GGAをそのまま用いてもよいし、または、公知の薬学的に許容できる担体等、たとえば、賦形剤(具体的には、乳糖、白糖、でんぷん、マンニトールなど)、結合剤(具体的には、α化澱粉、アラビアゴム、カルボキシセルロース、ポリビニルピロリドンなど)、滑沢剤(具体的には、ステアリン酸マグネシウム、タルクなど)、崩壊剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤等、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して慣用される方法により製剤化してもよい。また、必要に応じて、血流促進剤、殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤、等の成分を配合してもよい。
【0050】
本発明に係る予防剤および/または治療剤の製剤化の剤形としては、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、被覆錠剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、坐剤、注射剤、凍結乾燥剤、軟膏剤、眼軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤等が挙げられる。
【0051】
また、本発明においては、GGAの投与形態は、特に限定されないが、経口的に投与することが好ましい。GGAは、商品名「セルベックス」(エーザイ株式会社製)として入手することができる。
【0052】
本発明に係るGGA含有予防剤および/または治療剤は、哺乳類(例:ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ウマ、サル等)の腸疾患の予防および/または治療に有用で、特に、ヒトの腸疾患の治療および/または予防に有用である。
本発明に係るGGA含有予防剤および/または治療剤の投与量は、症状、年齢、体重などの条件により適宜選択されるが、成人一日あたり、20〜2000mg、好ましくは50〜1000mg、さらに好ましくは100〜500mgである。
【0053】
本発明に係るGGA化合物が有効な疾患は腸疾患であり、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管型ベーチェット病、単純性潰瘍、放射線腸炎および虚血性腸炎などが挙げられ、特に、クローン病や潰瘍性大腸炎に対して有効である。
【0054】
本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。本発明の記載に基づき、種々の変更、修飾が当業者には可能であり、これらの変更、修飾も本発明に包含される。
【実施例】
【0055】
実験例1
(実験動物)
マウスは、8−10週齢、体重22〜25gのSPF(specific pathogen free)BALB/c雄性マウス(チャールズリバージャパン(株)製)を使用した。全てのマウスは、標準的実験飼料を与え、自由に摂食飲水させた。本発明は、ヘルシンキ宣言を遵守し、北海道大学医学部の動物実験倫理規定委員会の承認を得て行われた。
【0056】
(統計的解析)
特に断りがない限り、後述する全てのデータは平均値±標準誤差として示す。F検定と、Student t検定(StatView,SAS Institute,Cray,NC)を用い、結果を統計的に解析した。P<0.05は、統計的に有意であるとみなした。
【0057】
(GGAの調製と経口投与)
GGA(商品名「セルベックス」、エーザイ株式会社製)は、5%アラビアゴム溶液と、0.0008%のトコフェロールで混合したものを使用した。1mlシリンジに付いた金属チューブを介して、300mg/kg/回の投与量で、5ml/kg/回の体積のGGAをマウスに経口投与した。コントロール群のマウスは、同量のトコフェロール含有アラビアゴム(以下コントロール試薬)を投与した。各群のマウスは、DSS投与2時間前とDSSの最初の投与後一日おきに7日間、GGAまたはコントロール試薬を投与した(全体で4回)。投与量依存の実験は、DSS大腸炎の臨床的評価において、GGAの異なる投与量(50,100,300,500mg/kg)で評価した。ウエスタンブロット法によるHSP70の誘導に対するGGAの効果を検討するため、マウスは、GGA 300mg/kgの単回の経口投与で処理した。GGAまたはコントロール試薬投与の前後における各マウスから大腸組織のサンプルを集めた。
【0058】
(デキストラン硫酸ナトリウム:DSS大腸炎の誘導と評価)
マウスに3.0%DSS(分子量:40,000;ICN Biochemicals Inc製,米国カリフォルニア州)の水溶液を7日間自由飲水させることにより、腸炎を誘導させた。投与開始日から毎日、マウスの体重を観察し、直腸出血および下痢を、観察した。各マウスの体重を計測した。実験の各段階において、組織学的評価、サイトカイン、HSPおよびミエロペルオキシターゼ(以下、「MPO」という。)活性の測定のため、さまざまな時間間隔で大腸組織を採取した。大腸は使用する直前まで−80℃で保存した。さらに、大腸炎の重症度は、DSS投与開始7日後に、大腸の長さ及び組織学的検査により評価した。
【0059】
図1は、本発明の実施例において、マウスへのコントロール試薬投与群とGGA処理群における、DSS大腸炎誘導時の下痢および直腸出血の頻度を示す図である。図1から明らかなように、300mg/kg/回および500mg/kg/回のGGA処理群は、コントロール試薬投与群に比べ、下痢および直腸出血の頻度は有意に減少していた。また、コントロール試薬投与群では、DSS投与前の体重を100%とすると、DSS投与7日後では、マウスの体重は86.3±2.4%へ減少したが、GGA処理群では、処理群と比して体重の変化は有意に低減している(300mg/kg/回の群では、93.8±4.1%であり、500mg/kg/回の群では、94.7±5.0%である。)。GGAの投与量依存効果の臨床的評価では、GGAの300mg/kg/回の投与量が、疾患を抑制するには十分であることが判明した。
【0060】
大腸の短小化と組織的変化とは十分な相関関係があることが知られており、大腸の長さは、通例、炎症の程度の形態学的パラメータとして利用される。大腸の長さを評価するため、各群におけるマウスを所定の時間にて殺した。図2は、DSS投与7日後における、大腸の長さを示す図である。図2は、GGA処理群における大腸の長さ(6.8±0.3cm)は、コントロール試薬処理群の大腸の長さ(5.1±0.1cm)よりも有意に長いことを示している。
【0061】
(DSS大腸炎の組織学的解析)
大腸組織を長手方向に開き、10%の中性ホルマリン緩衝液で固定化し、パラフィンにて浸漬した。ガラススライド上にて前記組織部分のパラフィンを除いた後、サンプルをヘマトキシリンエオシン(以下、「HE」という。)で染色した。組織損傷の組織学的評価として、炎症性病変の領域を顕微鏡で観察し、Cooperらの手法(Benjamin IJ,McMIllan DR.Stress(heat shock)proteins molecular chaperones.Circ Res.1998 27;83:117−32.)に若干の修正を加えて、二人の病理学専門家により定量化した。大腸損傷を6段階に分類した。すなわち、0:正常の粘膜、1:炎症細胞の浸潤、2:半分以下の腺窩の短小化、3:半分以上の腺窩の短小化、4:腺窩の消失、5:上皮細胞の欠落(潰瘍形成および侵食)である。くわえて、炎症病変の範囲も評価した。大腸全体における病変の範囲を、6段階に分類した。すなわち、0:0%、1:1〜20%、2:21〜40%、3:41〜61%、4:61〜80%、5:81〜100%である。
【0062】
図3は、本発明におけるDSS大腸炎の組織学的解析の結果を示す。DSS処理BALB/cマウスの大腸における組織学は、HE染色を用いて、組織損傷に対するGGAの効果を評価するために検討した。大腸における浸潤細胞の数は、DSS処理前が最小であったが(図3A参照)、浸潤細胞の数は、DSS処理7日後には、腺窩の消失と上皮細胞の破壊とともに増大した(図3B参照)。GGA処理群では、組織損傷は有意に改善され、浸潤炎症細胞の数は、コントロール試薬処理群と比して減少した(図3CおよびD参照)。GGA処理マウスにおいて、組織損傷および病変範囲双方に対する病理組織学的スコアの結果は、未処理およびコントロール試薬処理マウスと比して、有意に減少した(図4参照)。なお、図4は、本発明による3%DSS投与7日後のマウスの大腸の組織学的スコアの結果を示す。
【0063】
(ウエスタンブロット解析)
組織をPolytronホモジナイザー(Kinematica,Lucerne Switzerland)で粉砕した。等量のホモジネートを、2−メルカプトエタノール(1%)、SDS(2%)、グリセリン(20%)およびブロモフェノールブルー(0.04%)を含有する20μlのTris−HCl、50mM(pH6.8)に溶解させ、サンプルを5分間、100℃に加熱した。次いで、そのサンプルをSDS−ポリアクリルアミドゲル(SDS−PAGE)を用いた電気泳動により分離し、ニトロセルロース膜へ電気泳動的に転写した。その膜をPBS中の1%の無脂肪乾燥乳によりブロックし、抗HSP25、40、70、90抗体(Stressgen,Victoria,BC Canada)とβ−アクチン(Sigma,St Loius,MO)を用いてプローブし、その後、西洋ワサビペルオキシダーゼ(以下、「HRP」という。)と結合させたヤギ抗ウサギIgG抗体と反応させた。残存した複合体を製造者プロトコールに基づく検出システムのために処理した。細胞ホモジネートのタンパク質濃度は、Micro BCAタンパク質アッセイ試薬キットを用いて定量化した。
【0064】
(免疫組織化学)
HSP70に対する免疫組織化学的解析は、製造者プロトコールに基づいて、Vectastain ABCキットを用いて行った。パラフィン浸漬大腸組織を、4μ厚に小片に切除した。この小片を、3%Hに、4℃10分間前処理し、次いで、室温で30分間、10%の正常ヤギ血清にて処理し、その後、4℃にて、抗HSP70抗体(1:200に希釈、Stressgen,Victoria,BC,Canada)で一晩インキュベーションした。HSP70陽性染色は、ジアミノベンジジン(diaminobenzidine)にて可視化させた。
【0065】
図5は、3%DSS処理した大腸炎モデルマウスの大腸における、HSP25、40、70、90のウエスタンブロット解析の結果である。HSPの発現を、HSP25、40、70、90に対する抗体を用いて、ウエスタンブロット解析により検討した。HSP70は、GGA添加(300mg/kg)前は弱く検出されたが、GGA処理12時間後では、その発現レベルは増大した。一方、HSP25、40、および90の発現は、GGA処理でも変化しなかった(図5参照)。
【0066】
図6は、本発明による、DSS誘導大腸炎の大腸におけるHSP70の免疫組織化学的解析の結果を示す。DSS誘導大腸炎を患ったマウスの大腸におけるHSP70の発現箇所を確認するために、HSP70の免疫組織学を大腸組織におけるHSP70の特異性抗体を利用して行った。HSP70の免疫反応性は、上皮細胞および正常マウスの腺窩において、弱い陽性であった(図6B参照)。DSS誘導およびコントロール試薬処理マウスにおいては、大腸にてHSP70陽性の染色細胞はほとんど存在しなかった。興味深いことに、GGA処理マウスの大腸組織における染色は、コントロール試薬処理マウスにおけるそれよりも非常に強かった(図6D参照)。これらの知見は、GGAが大腸において内因性HSPを誘導するという仮説を支持するものである。
【0067】
(大腸におけるミエロペルオキシターゼ活性の測定)
組織MPO活性は、Krawiszらの手法(Krawisz JE,Sharon P,Stenson WF.Quantitative assay for acute intestinal inflammation based on myeloperoxidase activity.Assessment of inflammation in rat and hamster models.Gastroenterology 1984;87:1344−50.)を若干修正した方法により求めた。すなわち、組織試料(約300mg)を、各試料ごとに氷上で、Polytron型ホモジナイザーを用いて30秒、3回を、緩衝液(pH6.0、50mMのリン酸カリウム緩衝液中の、0.5%のヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド)中でホモジナイズさせた。そのサンプルを、4℃で20分間、20,000xgにて遠心分離させ、その上澄み液を収集した。そのサンプル(100μl)を、0.167mg/mlのo−ジアニシジン塩酸塩と0.0005%の過酸化水素を含有する50mMのリン酸緩衝液(pH6.0)の2.9mlへ添加し、25℃にて分光器を用いて測定した。上澄み液のタンパク質濃度は、補正のため、Bradford assay kit(Bio−rad laboratories,Hercules,CA)を用いて決定し、その値は、ヒト白血球(Sigma,St.Loius,MO)から精製したMPOを用いて標準化した。
【0068】
炎症の別のパラメータとしては、大腸組織におけるミエロペルオキシターゼ(MPO)活性のレベルがある。MPOは、多形核白血球により主に産生される酵素であって、組織の顆粒球と関連する酵素である。図7は、本発明による、マウスでの3%DSS誘導大腸炎処理7日後、大腸のMPO活性の結果を示す図である。DSS投与のビヒクル処理マウスにおいて、MPO活性のレベルは顕著に増大した(図7参照)。対照的に、ビヒクル処理群におけるMPO活性のレベル(2.8±0.3units/g)と比して、GGA処理マウスでは、MPO活性のレベルは有意に減少した(1.4±0.4units/g、P<0.03)。これらの結果は、GGAが顆粒球浸潤を阻害することを例証した。
【0069】
(サイトカインのための酵素免疫測定法)
大腸組織中のTNF−αは、TNF−α特異性ELISAキット(GT,Minneapolis,MN)により測定した。50mlのリン酸緩衝化生理食塩水(PBS)に溶解させた抗マウスTNF−α IgGモノクローナル抗体を、96ウェルマイクロタイタープレートの各ウェルに加え、室温で30分間放置した。そのプレートを蒸留水で3回洗浄した後、全てのウェルに、ブロックするための0.5%のウシ血清アルブミン(BSA)を含有するPBSを充填し、室温で20分間放置した。ブロック溶液の除去後、血漿または組織サンプルを、個々のウェルに2回添加し、室温で1時間インキュベートした。ヘパリン添加シリンジを用いて、心臓穿刺により血漿を得た。大腸組織サンプルの調製のため、プロテアーゼ阻害剤(製造者プロトコールによる1μl〜20mgの組織)の混合物を含有するPBS中の組織を、Polytronホモジナイザー(Kinematica,Lucerne Switzerland)でホモジナイズし、10分間、12,000xgで遠心分離し、上澄液をアッセイした。マウス組換えTNF−αタンパク質を、標準曲線を得るために利用した。0.05%のTween−20(洗浄緩衝液)を含有するPBSで、3回プレートを洗浄した後、ビオチン結合抗TNF−α抗体の50μlを各ウェルに添加した。室温で1時間インキュベーションした後、プレートを洗浄緩衝液で3回再度洗浄した。次いで、アビジン結合ヤギ抗ウサギIgG抗体を各ウェルに添加し、そのマイクロタイタープレートを室温で15分間インキュベートした。洗浄緩衝液で3回洗浄後、基質溶液(50μl)を各ウェルに添加した。その基質溶液(10μl)は、8μgのo−フェニレンジアミンと、クエン酸リン酸緩衝液(pH5.0)中の30%のHの4μlとを含有した。室温で20分間インキュベーションさせた後、25μlの4N硫酸で反応を終結させた。ELISAプレートリーダ(Bio−rad,Model 3550,Hercules,CA,USA)を用いて、492nmにて吸光度を測定した。
同様に、組織中のマウスIFN−γも、IFN−γ特異的ELISAキットを用いて測定した。
【0070】
GGA処理による大腸におけるサイトカイン産生阻害という観点から作用部位を説明するため、大腸組織におけるTNF−αおよびIFN−γの産生を、ELISAを用いて測定した。図8は、3%DSS処理7日後の、大腸におけるTNF−αおよびIFN−γの産生の結果を示す。大腸組織では、TNF−αおよびIFN−γの含有量は、DSS投与7日後には増大した(それぞれ、7.9±1.0と、9.7±1.2pg/mg protein)。一方、GGA処理マウスにおけるこれらのサイトカインの産生は、ビヒクル処理マウスにおけるそれよりも有意に減少した(それぞれ、4.2±0.8と、4.1±0.8pg/mg protein)。これらの結果は、GGAが、大腸における炎症性促進(proinflammatory)サイトカインの産生を抑制することを示唆している。
【0071】
(2,4,6−トリニトロベンゼンスルホン酸:TNBS大腸炎の誘導と評価)
TNBS大腸炎は、前述したBALB/cマウスにて誘導させた。すなわち、一晩絶食後、ベントバルビタール(70mg/kg)を腹腔内注射により、マウスを麻酔させた。TNBS大腸炎における生存率を評価するため、50%のエタノール中の100μlのTNBS(250mg/kg)を、ポリエチレンカニューレ(intramedic PE−20;Beckton Dicknson社製;カリフォルニア州サンノゼ)を有する1mlシリンジにより、腸管内腔(肛門縁から約3cm)へ注いだ。初日との比較により体重の変化を測定するため、マウスは、50%のエタノール中における投与量100mg/kg TNBSで処理した。
【0072】
異なる大腸炎モデルにおけるGGAの効果を評価するため、TNBS誘導大腸炎における生存率および体重損失に対する、GGAの効果を検討した。本モデルでは、270mg/kgのTNBS投与量が重症な炎症応答を誘導するので、多くのマウスがTNBS投与7日後には死亡した。
【0073】
図9は、本発明による、TNBS誘導の重症な大腸炎における生存率に対するGGAの効果の結果を示す。コントロール試薬処理とTNBS処理マウスでは、生存率は23.3±8.8%まで減少した(図9参照)。対照的に、GGAの経口投与により、TNBS誘導大腸炎における生存率は、56.7±3.3%まで有意に上昇した。
【0074】
図10は、TNBS誘導大腸炎における体重損失のGGAによる予防効果の結果を示す。生存率と同様に、体重損失も、コントロール試薬処理マウスよりも(22.1±3.3%)、GGA処理マウスでは最小であった(−5.6±1.2%)(図10参照)。
【0075】
実験例2
(DSSモデルによる大腸炎の発症)
デキストラン硫酸ナトリウム(以下「DSS」という)3.0%水溶液を生後8週齢のマウス(Balb/cマウス、チャールスリバー、静岡)(n=10)に7日間自由飲水させ腸炎を発症させた。マウスはDSS水溶液を投与後5〜6日目より下痢、血便、体重減少をきたす。GGA(エーザイ株式会社製)100mg/kgを、DSS投与前とDSS投与3日後にゾンデを用い生理食塩水に混合した状態で投与した。
【0076】
(GGA投与による大腸炎モデルの炎症抑制効果)
DSS投与開始7日後にマウスの腸管を採取し、肉眼的、組織学的所見を評価した。非投与群と投与群の病理組織図をそれぞれ図11および図12に示す。その結果、図11の対照群投与では組織破壊が進んでいるが、一方でGGA投与群では組織破壊がほとんど認められなかった。さらに発明者により作成した6段階のスコアを炎症による組織破壊の程度、炎症の範囲のそれぞれについてスコアリングを行った。スコア基準は以下のとおりである。
【0077】
炎症による組織破壊度
0:炎症なし
1:炎症細胞の浸潤軽度あり
2:腺窩の短小化が軽度
3:腺窩の短小化が高度
4:腺窩が消失
5:上皮細胞の欠落
【0078】
炎症の範囲
0:なし
1:1〜20%
2:21〜40%
3:41〜60%
4:61〜80%
5:81〜100%
【0079】
スコアをGGA投与群と非投与群にて比較し、その結果を表1に示す。表1からも明らかなように、GGAの投与により、組織破壊の程度が抑えられ、また炎症の範囲が小さくなった。さらに、下痢の発症率、血便の発症率、体重減少率、腸管の長さについても同様に比較した。その結果を表2に示す。表2から明らかなように、GGA投与によりDSS腸炎由来の下痢や血便の発症が抑えられ、体重減少や腸管収縮についても抑制効果があった。
以上のことから、GGAが炎症性腸疾患のモデルであるDSS腸炎に対し、極めて有効であることが分かった。
【0080】

【0081】

【0082】
以上の結果から、GGAの経口投与により、DSSにより誘導された下痢および直腸出血、並びに体重損失のような臨床的疾患活動を抑制することが例証された。そして、GGAの経口投与により、大腸において、HSP70の発現が誘導され、MPO活性のレベルと炎症促進性サイトカインの産生を抑制する。さらに、DSS腸炎モデルとは異なる、TNBS誘導大腸炎においてもGGAの効果が確認された。急性TNBS誘導大腸炎は、マウスにおいて、DSS誘導腸炎よりも重症であることは知られている。TNBSの高投与量にて処理したマウスにおける生存率は、GGAの経口投与により改善し、体重損失もGGAにより有意に阻害された。これらの結果から、GGAはHSP70のアップレギュレーションを介した抗炎症性作用を有し、ヒトIBDの治療に有用であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明によれば、GGAを投与することにより大腸にて熱ショックタンパク質を誘導し、腸疾患、特に、炎症性腸疾患の予防および/または治療に有効であり、GGAを有効成分として含有する、腸疾患の予防および/または治療剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0084】
[図1]図1は、本発明における、DSS投与7日後の臨床的知見に対するGGA経口投与の効果の結果を示す図である。下痢と直腸出血のデータは、F検定にて解析した。体重損失の変化に対するデータは、Studentt検定にて解析した。全ての値は、DSSおよびコントロール試薬処理のマウスと比較した。なお、*はP<0.05を、**はP<0.01を、***はP<0.001をそれぞれ示し、aは投与初日を100%としたときの比率を示す。
[図2]図2は、飲料水中の3%のデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)の投与7日後における大腸の短小化の阻害に対する、ゲラニルゲラニルアセトン(GGA)の効果の結果を示す。左の棒は正常なコントロールマウスの結果を示し、中央の棒はコントロール試薬投与マウスの結果を示し、右の棒は300mg/kgのGGAで処理したマウスの結果を示す。コントロール試薬投与マウス(n=10)とGGA処理マウス(n=10)との差異は、統計的に有意であった(P<0.05)。同様な結果は、3回の独立した実験でも確認された。
[図3]図3が、BALB/cマウスにおけるDSS誘導組織損傷に対するGGAの効果の組織学的検討の結果を示す図である。大腸組織を長手方向に開き、10%の中性緩衝ホルマリンで固定し、パラフィンに浸漬させた。ガラススライド上の薄い組織小片からパラフィンを除した後、サンプルをHEで染色した。(A)飲料水のみを与えたマウス大腸の顕微鏡写真を示す。(B)7日間3%DSS溶液で処理したマウスの大腸の顕微鏡写真を示す。重症な炎症性細胞浸潤と上皮細胞破壊が観測された。(C)3%DSS溶液が投与されたマウスにて一日おきにコントロール試薬を投与したマウスの大腸の顕微鏡写真を示す。(B)と同様な組織学的外観を呈した。(D)3%DSS溶液が投与されたマウスにて、一日おきに(計4回)、300mg/kgのGGAで処理したマウスの大腸の顕微鏡写真を示す。GGAは、粘膜と粘膜下組織における炎症性細胞浸潤を抑制し、大腸粘膜における上皮細胞の破壊に対して保護を示した。なお、本図中の倍率は100倍である。
[図4]図4は、3%DSS投与7日後のマウスの大腸の組織学的スコアの結果を示す。組織損傷の組織学的評価では、炎症性病変の度合は顕微鏡で評価し、本明細書の実施例に記載された手法にて定量化した。細かい点を有する棒は、コントロール試薬投与マウス(n=10)の結果を示し、黒棒はGGA処理したマウス(n=10)の結果を示す。組織損傷および病変の度合の双方とも、コントロール試薬投与マウス(n=10)の結果と比較して、GGA処理したマウス(n=10)においては、有意に抑制された。
[図5]図5は、3%DSS誘導大腸炎の大腸における、HSP25、40、70、90のウエスタンブロット解析の結果を示す。大腸ホモジネート全体は、GGA投与前と投与12時間後のマウスから調製した。タンパク質をSDS−PAGEにより分離し、ニトロセルロースに転写し、HSPまたはβ−アクチン特異抗体を用いて、HSP25、40、70、90の発現を免疫ブロットした。HSP70の発現は、コントロール試薬投与マウスと比して、GGA処理マウスにて顕著に増大した。同様の結果は、3回の独立した実験でも確認された。
[図6]図6は、DSS誘導大腸炎の大腸におけるHSP70の免疫組織化学的解析の結果を示す。抗HSP70抗体またはヤギIgGで処理したマウスの大腸の写真を示す(50倍)。(A)ヤギIgGで処理した正常マウスからの大腸粘膜の小片の写真を示す。(B)抗HSP70抗体で処理した正常マウスからの大腸の小片の写真を示す。(C)抗HSP70抗体で処理したビヒクル処理マウスの大腸の小片の写真を示す。(D)DSSおよびGGAで処理したマウスからの大腸の小片の写真を示す。表面上皮膚細胞と浸潤単核細胞におけるHSP70発現は、未処理およびコントロール試薬投与マウスと比して増大した。顕微鏡写真は、実験から得られた代表的な小片を示す。同様な外観は、すべての試料にて観測された。
[図7]図7は、マウスにおける3%DSS誘導大腸炎処理7日後での、大腸のミエロペルオキシターゼ(MPO)活性の結果を示す図である。左の棒は正常なコントロールマウスの結果を示し、中央の棒はビヒクル処理マウスの結果を示し、黒棒は300mg/kgのGGAで処理したマウスの結果を示す。GGAの経口投与により、DSS投与により上昇したMPO活性が抑制された。コントロール試薬投与マウス(n=10)とGGA処理マウス(n=10)との差異は、統計的に有意であった。
[図8]図8は、3%DSS処理7日後の、大腸におけるTNF−αおよびIFN−γの産生の結果を示す。サイトカイン含有量は、本明細書の実施例に記載したELISAにより解析した。左の棒は正常なコントロールマウスの結果を示し、中央の棒はビヒクル処理マウスの結果を示し、黒棒は300mg/kgのGGAで処理したマウスの結果を示す。GGA処理マウス(n=10)の大腸におけるTNF−αおよびIFN−γの産生は、コントロール試薬投与マウス(n=10)と比して有意に減少した。
[図9]図9は、TNBS誘導の重症な大腸炎における生存率に対するGGAの効果の結果を示す。TNBS(270mg/kg)で処理したBALB/cマウスの生存率に対するGGAの効果は、7日後に評価した。左の棒は正常なコントロールマウスの結果を示し、中央の棒はTNBSおよびビヒクル処理マウスの結果を示し、黒棒はTNBSおよび300mg/kgのGGAで処理したマウスの結果を示す。3回の独立した実験から得られた結果は、平均±SEとして示す。
[図10]図10は、TNBS誘導大腸炎における体重損失のGGAによる予防の結果を示す。GGAは、7日後のTNBS誘導による体重損失に対する保護効果を示した。白い棒は未処理マウス(n=10)の結果を示し、斜線の入った棒はTNBSおよびビヒクル処理マウス(n=6)の結果を示し、黒棒はTNBSおよび300mg/kgのGGAで処理したマウス(n=6)の結果を示す。結果は、平均±SEとして示す。
[図11]図11はDSS腸炎モデルマウスの対照群の病理組織図である。
[図12]図12はDSS腸炎モデルマウスのGGA投与群の病理組織図である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を有効成分として含有する、腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項2】
前記熱ショックタンパク質誘導剤が、プレニルケトン系化合物である、請求項1に記載の腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項3】
前記プレニルケトン系化合物が、

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンである、請求項2に記載の腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項4】
前記腸疾患は、炎症性腸疾患である、請求項1ないし3のうち何れか一項に記載の腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項5】
前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される、請求項4に記載の腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項6】
前記熱ショックタンパク質が熱ショックタンパク質70である、請求項1ないし5のうち何れか一項に記載の腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項7】

式(I)で表される、6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分とする炎症性腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項8】
前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される、請求項7に記載の炎症性腸疾患の予防剤および/または治療剤。
【請求項9】
熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を投与する工程を含む、腸疾患の予防方法および/または治療方法。
【請求項10】
前記熱ショックタンパク質誘導剤が、プレニルケトン系化合物である、請求項9に記載の腸疾患の予防方法および/または治療方法。
【請求項11】
前記プレニルケトン系化合物が、


式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンである、請求項10に記載の腸疾患の予防方法および/または治療方法。
【請求項12】
前記腸疾患は、炎症性腸疾患である、請求項9ないし11のうち何れか一項に記載の腸疾患の予防方法および/または治療方法。
【請求項13】
前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される、請求項12に記載の予防方法および/または治療方法。
【請求項14】
前記熱ショックタンパク質が熱ショックタンパク質70である、請求項9ないし13のうち何れか一項に記載の腸疾患の予防方法および/または治療方法。
【請求項15】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分とする炎症性腸疾患の予防方法および/または治療方法。
【請求項16】
前記炎症性腸疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される、請求項15に記載の予防方法および/または治療方法。
【請求項17】
熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物を有効成分として含有する、腸疾患の予防剤および/または治療剤を製造するための、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物の使用。
【請求項18】
前記熱ショックタンパク質誘導剤が、プレニルケトン系化合物である、請求項17に記載の使用。
【請求項19】
前記プレニルケトン系化合物が、


式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンである、請求項18に記載の使用。
【請求項20】
前記腸疾患は、炎症性腸疾患である、請求項17ないし19のうち何れか一項に記載の使用。
【請求項21】
前記炎症性疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される、請求項20に記載の使用。
【請求項22】
前記熱ショックタンパク質が熱ショックタンパク質70である、請求項17ないし21のうち何れか一項に記載の使用。
【請求項23】

式(I)で表される6,10,14,18−テトラメチル−5,9,13,17−ナノデカテトラエン−2−オンを有効成分として含有する、炎症性腸疾患の予防剤または治療剤を製造するための、熱ショックタンパク質誘導剤もしくはその塩またはそれらの水和物の使用。
【請求項24】
前記炎症性疾患は、クローン病、潰瘍性大腸炎、腸管ベーチェット病および虚血性腸炎からなる群から選択される、請求項23に記載の使用。

【国際公開番号】WO2005/002558
【国際公開日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【発行日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511396(P2005−511396)
【国際出願番号】PCT/JP2004/009657
【国際出願日】平成16年7月7日(2004.7.7)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【出願人】(503243988)
【Fターム(参考)】