説明

炎症部位特異的物質送達用バイオナノカプセル

【課題】セレクチンに対する抗体またはルイス様糖鎖による標的化機構をBNCに搭載し、新しい標的化機構を有するBNCを提供する。
【解決手段】セレクチンに対する抗体またはルイス様糖鎖を提示した、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質を構成要素とするバイオナノカプセル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症部位特異的物質送達用バイオナノカプセルに関する。
【背景技術】
【0002】
心筋梗塞、脳梗塞、リューマチ、感染症、癌等、炎症を伴う重篤な疾患は数多い。そこで、炎症部位特異的に各種物質(薬物、遺伝子、タンパク質)を送達できれば、上記疾患の治療において非常に有用となりえる。また、蛍光物質や量子ドットなどの蛍光・発光物質、放射標識物質等を同様に送達できれば、上記疾患の診断、特に非侵襲的バイオイメージングにおいて非常に有用となる。現在、リポソーム等の合成ナノカプセルやウイルスの表面を、糖鎖や抗体で修飾して投与し、炎症部位特異的に内包した各種物質を送達する方法が開発されている。しかし、前者はただのカプセルであり、細胞や組織への取り込みはエンドサイトーシスという遅く効率の悪い経路で行われる。また後者は、広い範囲の細胞や組織に感染するウイルスをベースにしているので、生体内で思うように標的部位のみ感染する事ができず、また送達できる物質は遺伝子のみである。
【0003】
このような状況から、静脈注射で投与するだけで目的部位に到達し、あらゆる物質の送達が可能で、さらにウイルスの感染機構のように積極的に細胞や組織に取り込まれるキャリアーの開発が求められていた。
【特許文献1】特開2001-316298
【特許文献2】特開2003-286189
【特許文献3】特開2003-286198
【特許文献4】特開2004-002313
【特許文献5】特開2006-265152
【特許文献6】特開2007-106752
【特許文献7】特開2007-209307
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、炎症部位に特異的に物質を送達できるバイオナノカプセル(BNC)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下の物質送達用バイオナノカプセルを提供するものである。
項1.セレクチンに対する抗体またはルイス様糖鎖を提示した、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質を構成要素とするバイオナノカプセル。
項2.セレクチンに対する抗体が、HBsAgタンパク質の導入されたZZ領域に結合され、かつ、架橋構造を有する項1に記載のバイオナノカプセル。
項3.ルイス様糖鎖が、ビオチン−多価アビジン物質−ビオチン構造を介してHBsAgタンパク質に結合されている、項1に記載のバイオナノカプセル。
項4.セレクチンがE-セレクチンまたはP-セレクチンである、項1に記載のバイオナノカプセル。
項5.ルイス様糖鎖がシアリルルイスXである、項1に記載のバイオナノカプセル。
【発明の効果】
【0006】
本発明の炎症部位特異的BNCは、炎症を伴う幅広い疾患(リューマチ、感染症、脳梗塞、心筋梗塞等)治療及び診断に使用できる。また、バイオイメージング剤(従来では同定できなかった炎症(梗塞)部位を近赤外蛍光色素で非侵襲的に可視化できるBNC 等)としても応用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明では、特に臨床における需要が高いと考えられる炎症部位特異的に物質送達を可能にするセレクチン(PもしくはE)抗体提示型ZZ-BNCの具体的な作製方法、実験動物(網膜のぶどう膜炎モデルマウス及び関節リューマチモデルマウス)において遺伝子、蛍光ビーズを送達させる方法、そして、その臨床領域での応用を開示する。
【0008】
本明細書において、導入物質を内包する、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質またはその改変体を含むバイオナノカプセル(BNC)としては、HBsAgタンパク質粒子などが例示される。なお、HBsAgタンパク質は、B型肝炎ウイルス内部コア抗原(HBcAg)タンパク質と組み合わせて粒子を形成してもよい。
【0009】
本明細書において、BNC、導入物質(核酸、タンパク質、薬物等)の大きさは、電子顕微鏡により測定してもよく、ゼーターサイザーナノ-ZS(Malvern Instruments)などにより光学的に測定してもよい。
【0010】
本発明で導入物質を内包するためのBNC は、B型肝炎ウイルスタンパク質を主成分として包含し、該タンパク質は糖鎖を有していてもよい。また、BNCには脂質成分が含まれていてもよい。
【0011】
1つの好ましい実施形態において、BNC は、70〜90重量部のB型肝炎ウイルスタンパク質またはその改変体、5〜15重量部の脂質、5〜15重量部の糖鎖から構成される。本願の実施例で使用されているBNC は、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質80重量部、糖鎖10重量部、脂質10重量部からなる(J Biotechnol. 1992 Nov;26(2-3):155-62. Characterization of two differently glycosylated molecular species of yeast-derived hepatitis B vaccine carrying the pre-S2 region. Kobayashi M, Asano T, Ohfune K, Kato K.)。
【0012】
本発明の好ましい実施形態において、BNCへの物質の導入は、導入される物質を内部に含むリポソームとBNCを融合することにより実施できる。
【0013】
なお、本明細書において、「BNC」とは、導入物質を内包する前の粒子と内包した後の粒子の両方の意味で使用される。ここで、「内包」とは導入物質が完全にBNCに封入される場合だけでなく、導入物質の一部がBNC内にあるか、BNCを構成する膜内にあってもよく、標的細胞に導入物質が導入される限り特に限定されない。
【0014】
HBsAgに包含され、S粒子 の構成要素であるSタンパク質(226アミノ酸)は、粒子形成能を有している。S粒子に55アミノ酸からなるPre-S2を付加したのがMタンパク質(M粒子の構成蛋白)であり、M蛋白に108アミノ酸(サブタイプy)または119アミノ酸(サブタイプd)からなるPre-S1を付加したものがLタンパク質(L粒子の構成蛋白)である。
【0015】
なお、本願明細書では特に断らない限り、Pre-S1領域のアミノ酸位置の番号付けは、108アミノ酸のサブタイプyに基づいて行う。
【0016】
Lタンパク質、Mタンパク質はSタンパク質と同様に粒子形成能を有している。従って、PreS1およびPreS2の2つの領域は任意に置換、付加、欠失、挿入を行ってもよい。例えばPre-S1領域の3-77位(サブタイプy)に含まれる肝細胞認識部位を欠失させた改変タンパク質を用いることで、肝細胞認識能を失った中空のBNCを得ることができる。また、PreS2領域にはアルブミンを介して肝細胞を認識する部位が含まれているので、このアルブミン認識部位を欠失させることもできる。一方、S領域(226アミノ酸)は粒子形成能を担っているので、S領域の改変は、粒子形成能を損なわないように行う必要がある。例えば、S領域の107-148は削除しても粒子形成能を保持するので(J. Virol. 2002 76 (19), 10060-10063)、置換、付加、欠失、挿入等を行ってもよく、C末端部の疎水性の154-226残基も同様に置換、付加、欠失、挿入などを行っても粒子形成能を保持し得る。一方、S領域の8-26残基部(TM1)および80-98残基部(TM2)は膜貫通helix(transmembrane配列)であり、この領域は変異を行わないか、欠失、付加、置換等は、膜貫通特性を維持するように疎水性の残基を残して行うのが望ましい。
【0017】
1つの好ましい実施形態において、B型肝炎ウイルスタンパク質の改変体としてはBNCを形成する能力を有する限り種々の改変体が広く包含され、HBsAgを例に取ると、PreS1とPreS2領域に関しては任意の数の置換、欠失、付加、挿入が挙げられ、S領域に関しては、1又は数個もしくは複数個、例えば1〜120個、好ましくは1〜50個、より好ましくは1〜20個、さらに好ましくは1〜10個、特に1〜5個のアミノ酸が置換、付加、欠失又は挿入されていてもよい。置換、付加、欠失、挿入などの変異を導入する方法としては、該タンパク質をコードするDNAにおいて、例えばサイトスペシフィック・ミュータジェネシス(Methods in Enzymology, 154, 350, 367-382 (1987);同 100, 468 (1983);Nucleic Acids Res., 12, 9441 (1984))などの遺伝子工学的手法、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などの化学合成手段(例えばDNA合成機を使用する)(J. Am. Chem. Soc., 89, 4801(1967);同 91, 3350 (1969);Science, 150, 178 (1968);Tetrahedron Lett.,22, 1859 (1981))などが挙げられる。コドンの選択は、宿主のコドンユーセージを考慮して決定できる。Q129Rおよび/またはG145RのHBsAg改変体を発現させて得られる粒子(BNC(Q129R,G145R))は、抗原性が低いため好ましいものである。
【0018】
本発明において、抗セレクチン抗体は、E-セレクチン、P-セレクチン、L-セレクチンのいずれかに対する抗体が好ましく、好ましくはE-セレクチン及び/又はP-セレクチンを認識可能な抗体である
本明細書において、ルイス様糖鎖としては、シアリルルイスX、シアリルルイスAなどが挙げられ、シアリルルイスXが好ましく例示される。
【0019】
本発明のBNCにおいて、抗セレクチン抗体及びルイス様糖鎖は、Lタンパク質、Mタンパク質などの肝細胞を認識可能なタンパク質に連結されても良く、Pre-S1領域の3から77アミノ酸残基に含まれる肝細胞認識部位を欠失させた改変タンパク質、或いはPreS1とPreS2の両方の領域を欠失させた、細胞認識能を欠くタンパク質に連結してもよい。このような特定の細胞を認識する細胞認識部位として、本発明では抗セレクチン抗体、ルイス様糖鎖を導入する。ZZドメイン提示型BNCはビオチン用のLys残基提供のためだけでなく、本来の抗体提示用に使用することもできる。
細胞認識部位がルイス様糖鎖の場合、BNCに化学修飾によりビオチンを付加し、アビジン、ストレプトアビジン、ニュートラアビジンなどを介してビオチン標識糖鎖などを提示する方法が挙げられる。
【0020】
BNCの大きさは、50〜500nm、好ましくは80〜130nm程度である。BNCは、特に封入される導入物質が大きい場合にはある程度以上の大きさであるのが望ましい。BNCを大きくするためには、例えばS領域のN末端に付加しているPre-S領域のサイズを大きくすると(Pre-S1+Pre-S2を足した163残基(サブタイプy)よりも大きくすると)粒子 のサイズが大きくなることが本発明者により確認されている。
【0021】
本発明において、ビオチン結合部位は、特に限定されないが、ビオチン導入に適したリシン(Lys)残基を有するZ領域と呼ばれるprotein Aのもつ「抗体Fc領域との結合部位」がタンデムにならんだZZ領域(ZZタグ)と呼ばれるポリペプチドもしくはその変異体をHBsAgタンパク質又はその変異体に導入し、このZZ領域にビオチン残基を導入することができる。
【0022】
ZZ領域(ZZタグ)は、次のような繰返し配列もしくはその変異体である。VDNKFNKEQQNAFYEILHLPNLNEEQRNAFIQSLKDDPSQSANLLAEAKKLNDAQAPKVDNKFNKEQQNAFYEILHLPNLNEEQRNAFIQSLKDDPSQSANLLAEAKKLNDAQAPK
ZZタグは、Lys(K)が豊富であり、後でビオチン化する際に側鎖のアミノ基がビオチン化できるため、ビオチンを数多く結合させることができるために好ましい。ZZタグ以外にも、Lys(K)残基の豊富なペプチドを導入したB型肝炎ウイルスタンパク質改変体は、ビオチン化の効率が高くなるために好ましい。なお、ビオチン化されたアミノ酸(位置)の検出は、必要であればB型肝炎ウイルスタンパク質またはその改変体をトリプシンなどのプロテアーゼで消化し、LC-MS、MS/MSなどで解析することにより決定できる。
【0023】
本発明のビオチン化BNCは、B型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質またはその改変体を真核細胞で発現することにより得ることができる非ビオチン化BNCを適当なビオチン化剤でビオチン化することにより得ることができる。
【0024】
ビオチン化剤としては、ビオチンを直接あるいは適当なスペーサーを介して結合するものであればよく、特に限定されない。好ましいビオチン化剤は、-NH-(CH2)n-CO- (n=1〜6)などの脂肪族アミド構造あるいはポリアルキレングリコール構造を有するスペーサーを介して結合される。ポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール(PPG)、ポリブチレングリコール(PBG)、(PEG)-(PPG)-(PEG)ブロック共重合体、(PPG)-(PEG)-(PPG)ブロック共重合体、(PEG)-(PBG)-(PEG)ブロック共重合体、(PBG)-(PEG)-(PBG)ブロック共重合体などがあげられ、好ましくは、PEG、PPG、(PEG)-(PPG)-(PEG)ブロック共重合体、(PPG)-(PEG)-(PPG)ブロック共重合体、より好ましくはPEGがあげられる。好ましいPEG構造は、下記式で表される:
-(CHCHO)-
(式中、nは2〜500、好ましくは2〜100、より好ましくは2〜50、さらに好ましくは4〜10の整数を示す。)
1つの好ましい実施形態において、本発明のビオチン化剤の好ましいスペーサーはポリアルキレングリコール構造を有する。該ポリアルキレングリコール構造は、エステル、アミドまたはチオエーテル結合を介して、好ましくはアミド結合を介してビオチンおよびB型肝炎ウイルスタンパク質またはその改変体と各々結合するのが好ましい。
【0025】
他の1つの好ましい実施形態において、ビオチン化剤としては、たとえば下記の構造のものが使用できる:
X-(CH2)m1-NH-{CO(CH2)nNH}m2-(ビオチニル)
(式中、Xはスルホコハク酸イミドオキシカルボニル基、コハク酸イミドオキシカルボニル基、テトラフルオロフェノキシカルボニル、シアノメチルオキシカルボニル、p-ニトロフェニルオキシカルボニル、I, Br, Clなどのアミノ基と反応してアミド(NHCO)またはアミノアルキル基を形成可能な活性エステル残基、ハロゲン原子を表す。m1は2〜6の整数を表し、m2は0〜50、好ましくは1〜10、より好ましくは0〜5、さらに好ましくは0〜3の整数を示す。)
具体的なビオチン化剤としては、たとえばPierce製のEZ-Link Sulfo-NHS-Biotin、EZ-Link Sulfo-NHS-LC-Biotin、EZ-Link Sulfo-NHS-LC-LC-Biotin、EZ-Link-NHS-PEO4-Solid Phase Biotinylation Kitなどの各種ビオチン化剤が例示される。
【0026】
ビオチン化剤は、上記のようなビオチン化剤とBNCを1〜37℃、好ましくは室温で反応させればよい。本発明のビオチン化BNCを構成するB型肝炎ウイルスタンパク質またはその改変体は、B型肝炎ウイルスタンパク質またはその改変体あたりビオチン残基が0.1〜20個、好ましくは2〜10個、より好ましくは3〜8個結合している。本発明者は、ビオチン残基がB型肝炎ウイルスタンパク質またはその改変体のほぼすべてのLys残基に導入された場合でも、物質の導入活性が損なわれないことを見出した。多くのLys残基はBNC外表面に存在し、細胞認識に関わっていると考えられ、この知見は意外なものであった。
【0027】
本発明で使用する多価アビジン物質は、ビオチン化B型肝炎ウイルス表面抗原タンパク質またはその改変体とビオチン化ルイス様糖鎖ないしビオチン化抗セレクチン抗体などのビオチン化生体認識分子を連結できるものであればよく、アビジン、ストレプトアビジン、ニュートラアビジンが好ましく例示されるが、それ以外にもストレプトアビジン、ニュートラアビジン(NeutrAvidin)やアビジンが複数個結合した融合蛋白質(リンカーで化学的に結合されていてもよい)などの、複数のビオチンと結合可能な多価アビジン物質は広く包含される。多価アビジン物質は、中性または弱酸性下で中性か弱陰性であるのが良い。
【0028】
細胞に導入される物質としては、特に限定されず、例えば細胞内に導入されて生理作用を生じる各種薬物、例えばホルモン、リンホカイン、酵素などの生理活性蛋白質;ワクチンとして作用する抗原性蛋白質;細胞内で発現する遺伝子、プラスミド等のポリヌクレオチド、又は発現を誘発もしくは誘導する特定の遺伝子発現に関与するポリヌクレオチド;さらに遺伝子治療のために導入される各種遺伝子及びアンチセンスDNA/RNA等、さらにはRNA干渉を利用するRNAi及びSiRNAなどを挙げることができる。なお、導入される「遺伝子」には、DNAだけでなくRNAも含まれる。また、導入される物質は蛋白質、遺伝子などの高分子の生理活性物質が好ましく例示できるが、低分子量の各種薬物に適用しても好ましい結果を得ることができる。また、遺伝子、タンパク質などは天然のものでも合成されたものでもよく、改変された遺伝子、タンパク質であってもよい。
【0029】
本発明のバイオナノカプセルの適応症を以下に示す。
E, P-セレクチンの発現が病態に関与している疾患全般
具体例としては、炎症性疾患全般(感染性・非感染性問わず:脳炎、肺炎、肝炎、腎炎、腸炎、胃炎、関節炎、眼炎症など)、自己免疫疾患(リウマチ、SLEなどの膠原病)、虚血性疾患全般(脳梗塞、心筋梗塞)、動脈硬化、糖尿病が挙げられる。
【0030】
封入可能な薬剤
副腎皮質ホルモン、抗炎症薬、免疫抑制剤、抗菌薬、抗ウイルス薬、血管新生抑制剤、血管新生促進剤、サイトカインやケモカイン、抗サイトカイン抗体や抗ケモカイン抗体、抗サイトカイン・ケモカイン受容体抗体、siRNAやDNAなどの遺伝子治療関連の核酸製剤が挙げられる。
【0031】
本発明のBNCの対象疾患を以下に示す。
【0032】
【表1】

【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例を用いてより詳細に説明する。
実施例1
セレクチン抗体提示蛍光標識ZZ-BNCの作製法
(1)Cy7蛍光標識ZZ-BNCの作製
ZZ-BNC 1 mg にml NHS-Rhodamin(PIERCE)若しくはNHS-Cy7(GE Healthcare, 1.0 mg/ml)を添加して室温で1時間反応させる。Sephadex G-25 Fine (GE Healthcare)を充填したEcono-Pac Disposable Chromatography Columns(BIO-RAD)に、反応させたサンプルを投入し、フラクションを分取、蛍光色のあるフラクションをまとめサンプルとした。次にAmicon Ultra-4 Ultracel-100k(MILLIPORE)を用いて2380Gで10分遠心し、限外濾過によりサンプル量を1mlまで濃縮した。濃縮したSampleのタンパク質量を測定し、100 μgずつに分注、0.25g/ml スクロースを20 μl加えて(Final 5%)凍結乾燥し、−20度で保存した。
【0034】
(2)Cy7蛍光標識ZZ-BNC表面への抗セレクチン抗体提示
Cy7蛍光標識ZZ-BNC(凍結乾燥品)を500μLの滅菌蒸留水に溶かす。セレクチン抗体を添加(P-セレクチン抗体[BD Pharmingen カタログNo. 553741] 20 μgまたは(同時も可能)E-セレクチン抗体[BD Pharmingen カタログNo. 550290] 1 μg)を添加し、室温で15分インキュベートする。架橋剤BS3(PIERCE)を終濃度が50 μMになるように添加し、室温で40分〜1時間反応させる。最後にグリシンを終濃度100 μMになるように添加し、架橋反応を停止する。
【0035】
実施例2
蛍光ビーズ封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNCの作製方法
(1)蛍光ビーズ封入ZZ-BNCの作製
Fluosphere(平均直径100 nm, 2% solution, Molecular Probes)0.2 mlに1.8 ml DW(脱イオン水)を加えA液とする。A液2 mlでCoatsome EL-01-A(日本油脂) 1vial (脂質量:61mg)を溶かしB液とする。B液6μlに94μlのDWを加えC液とする。C液100μlでZZ-BNC100μg(凍結乾燥品)を溶解し、室温で10分間インキュベートすることで蛍光ビーズ封入ZZ-BNCを作製する。
【0036】
(2)蛍光ビーズ封入ZZ-BNC表面への抗セレクチン抗体提示
蛍光ビーズ封入ZZ-BNC(1)100 μgにセレクチン抗体を添加(P-セレクチン抗体[BD Pharmingen カタログNo. 553741] 20 μgまたは(同時も可能)E-セレクチン抗体[BD Pharmingen カタログNo. 550290] 1 μg)し、室温で15分インキュベートする。架橋剤BS3(PIERCE)を終濃度が50 μMになるように添加し、室温で40分〜1時間反応させる。最後にグリシンを終濃度100 μMになるように添加し、架橋反応を停止する。
【0037】
実施例3
DNA封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNCの作製方法
(1)DNA封入ZZ-BNCの作製
DNA溶液(250 μg/ml、ここではCLONTECH社のEGFP発現ベクターを使用)1mlを用でCoatsome EL-01-D(日本油脂)1vial(脂質量:1.51 mg)を溶解し室温で15分インキュベートし、これをA液とする。A液66.7μl に脱イオン水 33.3μlを加え、全量で100μlとし、B液とする。B液100 μlでZZ-BNC100μg(凍結乾燥品)を融解し、室温で15分インキュベートすることでDNA封入ZZ-BNCを作製する。
【0038】
(2)DNA封入ZZ-BNC表面への抗セレクチン抗体提示
DNA封入ZZ-BNC(1)100 μgにセレクチン抗体を添加(P-セレクチン抗体[BD Pharmingen カタログNo. 553741] 20 μgまたは(同時も可能)E-セレクチン抗体[BD Pharmingen カタログNo. 550290] 1 μg)し、室温で15分インキュベートする。架橋剤BS3(PIERCE)を終濃度が50 μMになるように添加し、室温で40分〜1時間反応させる。最後にグリシンを終濃度100 μMになるように添加し、架橋反応を停止する。
【0039】
実施例4
シアリルルイスX提示型蛍光標識ZZ-BNCの作製法
(1)ビオチンおよび蛍光標識ZZ-BNCの作製
ZZ-BNC 1 mg に1 mg/ml NHS-Rhodamin(PIERCE)若しくはNHS-Cy7(GE Healthcare) 100μl(100μg,0.1μmol)及び 6.7 mg/ml EZ-Link Sulfo-NHS-LC-LC-Biotin(PIERCE) 100μl(0.67 mg 1.34μmol)を混和して室温で1時間 反応させた。Sephadex G-25 Fine (GE Healthcare)を充填したEcono-Pac Disposable Chromatography Columns(BIO-RAD)に、反応させたサンプルを投入し、フラクションを回収し、蛍光色のあるフラクションをまとめ、サンプルとして回収した。
【0040】
回収サンプルをAmicon Ultra-4 Ultracel-100k(MILLIPORE)を用いて2380Gで10分遠心し、限外濾過により1mlまで濃縮した。濃縮したSampleを吸光度測定及びEZ Biotin Quantitation Kit(PIERCE)を用いて定量した(濃度:0.3〜0.4 mg/ml、NHS-Rhodamine若しくはNHS-Cy7提示量:220〜330個/BNC、EZ-Link Sulfo-NHS-LC-LC-Biotin提示量:440〜770個/BNC)。サンプルを100 μgずつ分注し、0.25g/ml スクロースを20 μl加えて(Final 5%)凍結乾燥し、−20度で保存した。
【0041】
(2) シアリルルイスXの蛍光標識ZZ-BNC表面への提示
(2-1) Sialyl Lex-PAA-biotin提示型ZZ-BNC作製
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Sialyl Lex-PAA-biotin (GlycoTech)をmol比で4:1若しくは4:2若しくは4:4の割合で混和し、室温で30分反応させた。NeutrAvidin Biotin Binding Proteinの2倍モル量のビオチン及び蛍光標識ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。
(2-2) Sialyl Lex-sp-biotin提示型ZZ-BNC作製
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Sialyl Lex-sp-biotin (GlycoTech)をmol比で1:1若しくは1:2若しくは1:4の割合で混和し、室温で30分反応させた。NeutrAvidin Biotin Binding Proteinの2倍モル量のビオチン及び蛍光標識ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。
【0042】
(2-3) BNC表面に提示されたシアリルルイスXの確認
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Lewis B-Tetrasaccharide BP-probe (GlycoTech)をmol比で1:1の割合で混和し、室温で30分反応させた。混和したサンプルにL-proteinのmol比で換算してNeutrAvidin Biotin Binding Proteinの0.2〜4倍モル量のビオチン及び蛍光標識ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。これらの溶液に、Lewis B-Tetrasaccharid中のフコースを特異的に認識する、ヒイロチャワンタケレクチン結合アガロースビーズ溶液を加えて10分間反応させた後、低速遠心にてビーズを回収した。得られたビーズを洗浄し、Laemmli’s sample bufferで処理した後、Western Blotに供した。Anti-BNC抗体を用いて、ブロットを行ったところ、zzタンパク質のバンドが観察された。このことからLewis B-Tetrasaccharide BP-probeは、BNC表面に提示されていることが明らかとなった。
【0043】
実施例5
蛍光ビーズ封入シアリルルイスX提示型ZZ-BNCの作製方法
(1)ビオチン標識蛍光ビーズ封入ZZ-BNCの作製
Fluosphere(100 nm, 2% solution, Molecular Probes)0.2 mlに1.8 ml DW(脱イオン水)を加えA液とする。A液2 mlでCoatsome EL-01-A(日本油脂) 1vial (脂質量:61mg)を溶かしB液とする。B液6μlに94μlのDWを加えC液とする。C液100μlでビオチン標識ZZ-BNC100μg(凍結乾燥品:実施例4の方法に準じて作製)を溶解し、室温で10分間インキュベートすることでビオチン標識蛍光ビーズ封入ZZ-BNCを作製する。
【0044】
(2)蛍光ビーズ封入ZZ-BNC表面へのシアリルルイスX提示
(2-1) 蛍光ビーズ封入Sialyl Lex-PAA-biotin提示型ZZ-BNC作製
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Sialyl Lex-PAA-biotin (GlycoTech)をmol比で4:1若しくは4:2若しくは4:4の割合で混和し、室温で30分反応させた。NeutrAvidin Biotin Binding Proteinの2倍モル量のビオチン標識蛍光ビーズ封入ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。
(2-2) 蛍光ビーズ封入Sialyl Lex-sp-biotin提示型ZZ-BNC作製
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Sialyl Lex-sp-biotin (GlycoTech)をmol比で1:1若しくは1:2若しくは1:4の割合で混和し、室温で30分反応させた。NeutrAvidin Biotin Binding Proteinの2倍モル量のビオチン標識蛍光ビーズ封入ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。
【0045】
実施例6
DNA封入シアリルルイスX提示ZZ-BNCの作製方法
(1)ビオチン標識DNA封入ZZ-BNCの作製
DNA溶液(250 μg/ml、ここではCLONTECH社のEGFP発現ベクターを使用)1mlを用でCoatsome EL-01-D(日本油脂)1vial(脂質量:1.51 mg)を溶解し室温で15分インキュベートし、これをA液とする。A液66.7μl に脱イオン水 33.3μlを加え、全量で100μlとし、B液とする。B液100 μlでビオチン標識ZZ-BNC100μg(凍結乾燥品:実施例4の方法に準じて作製)を融解し、室温で15分インキュベートすることでビオチン標識DNA封入ZZ-BNCを作製する。
(2)DNA封入シアリルルイスX提示型ZZ-BNC表面へのシアリルルイスX提示
(2-1) DNA封入Sialyl Lex-PAA-biotin提示型ZZ-BNC作製法
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Sialyl Lex-PAA-biotin (GlycoTech)をmol比で4:1若しくは4:2若しくは4:4の割合で混和し、室温で30分反応させた。NeutrAvidin Biotin Binding Proteinの2倍モル量のビオチン標識DNA封入ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。
(2-2) DNA封入Sialyl Lex-sp-biotin提示型ZZ-BNC作製法
1 mg/ml NeutrAvidin Biotin Binding Protein(PIERCE)と1 mg/ml Sialyl Lex-sp-biotin (GlycoTech)をmol比で1:1若しくは1:2若しくは1:4の割合で混和し、室温で30分反応させた。NeutrAvidin Biotin Binding Proteinの2倍モル量のビオチン標識DNA封入ZZ-BNC(BNCタンパク質量を基準に計算)を加えて、室温で30分反応させた。
【0046】
実施例7
セレクチンを発現する培養ヒト細胞へのセレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型蛍光標識ZZ-BNCの送達、及びセレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型ZZ-BNCによるDNA・蛍光ビーズの送達
(1)セレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型Cy7標識ZZ-BNCのセレクチンを発現する培養ヒト細胞への集積
10%FBS含有EMEMで培養したA549(ヒト肺癌細胞株)をPlateにまいて24時間インキュベートした。同じくA549をPlateにまいて11時間インキュベートした後、Recombinant Human IL-1beta(BioVision)を終濃度1ng/mlになるよう添加して13時間インキュベートすることで、Sialyl Lexの標的となるセレクチンを細胞表面に発現誘導させた。各々の培養細胞に、セレクチン抗体提示型Rhodamin標識ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとしてRhodamin標識ZZ-BNC、Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型Rhodamin標識BNCおよびその陰性コントロールとしてビオチン及びRhodamin標識ZZ-BNCを、それぞれ粒子量として2μg若しくは5μg添加して37度で1時間、3時間、6時間、12時間、24時間インキュベートした。各時間インキュベートした細胞にHoechst 33342(invitrogen)を終濃度0.5μg/mlになるように添加して37度で30分間インキュベートした。PBS(-)で細胞を洗浄後、4%PFAを添加して室温で10分間インキュベートした後、封埋剤(90% グリセリン、100mM Tris-HCl pH8.0、0.1% p-Phenylendiamine)を加え、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。
【0047】
その結果、Recombinant Human IL-1betaを添加したA549細胞において、陰性コントロールであるRhodamine標識ZZ-BNCおよびビオチン化Rhodamine標識ZZ-BNCに比べ、セレクチン抗体提示型Rhodamin標識ZZ-BNC およびSialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型Rhodamine標識ZZ-BNCは特異的に細胞表層に集積していた。
【0048】
(2)セレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型ZZ-BNCによるDNA・蛍光ビーズのセレクチンを発現する培養ヒト細胞への送達
10%FBS含有EMEMで培養したA549(ヒト肺癌細胞株)をPlateにまいて24時間インキュベートした。同じくA549をPlateにまいて11時間インキュベートした後、Recombinant Human IL-1beta(BioVision)を終濃度1ng/mlになるよう添加して13時間インキュベートすることで、Sialyl Lexの標的となるセレクチンを細胞表面に発現誘導させた。各々の培養細胞に、蛍光ビーズ封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとして蛍光ビーズ封入抗体未提示型ZZ-BNC、蛍光ビーズ封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型BNCおよびその陰性コントロールとして蛍光ビーズ封入ビオチン標識ZZ-BNC、DNA封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとしてDNA封入抗体未提示型ZZ-BNC、DNA封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとしてDNA封入ビオチン標識ZZ-BNCそれぞれ粒子量として2μg若しくは5μg添加して37度で48時間インキュベートした。それぞれの細細胞溶解液を調製した後、蛍光光度計を用いて蛍光ビーズもしくはDNAより合成されたGFP由来の蛍光を測定し、同時に蛋白質定量も行って遺伝子導入効率を解析した。
【0049】
その結果、陰性コントロールに比べ、セレクチン抗体およびSialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCは、標的細胞への高い蛍光ビーズ及びDNA送達効率を示していた。
【0050】
実施例8
炎症モデル動物におけるセレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型蛍光標識ZZ-BNCの炎症部位特異的送達、及びセレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型ZZ-BNCによるDNA・蛍光ビーズの炎症部位特異的送達
(1)関節炎モデルマウス
(1-1)関節炎モデル(Collagen-induced arthritis:CIA)マウスの作製
ウシ・タイプ2コラーゲン(Cosmo-Bio, Tokyo, Japan)を0.1M酢酸に溶解(4mg/mL)し、50 μlを同量の完全H37Raアジュバンド(Difco, Detroit, MI)に懸濁させたもの(計100 μl)を、9週齢のDBA/1Jマウスの皮下に投与した。3週後に同様に調整したものを皮下に投与し、ブーストをかける事によりCIAマウスを作成した。
【0051】
(1-2)CIAマウスでの蛍光イメージング
CIAマウスに、抗P−セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとしてCy7標識ZZ-BNC、Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型Cy7標識BNCおよびその陰性コントロールとしてビオチン化Cy7標識ZZ-BNCを、粒子量として10μg静脈内投与し、0時間〜48時間の間1時間ごとにマウス関節炎症部位をOV100 In vivo imaging system(Olympus)で観察した。その結果、陰性コントロールであるZZ-BNCに比べて抗P−セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ-BNCの方がマウス関節炎症部位へ特異的に集積した(図1)。また同様に, Sialyl Lex -PAA(若しくはsp)提示型Cy7標識ZZ-BNCの方も陰性コントロールと比べて有意にマウス関節炎症部位へ特異的に集積した。さらに、CIAマウスの替りにエールリッヒ担癌ラット(Wister系)に粒子量として500μg静脈内投与し観察した場合にも、炎症部位特異的なBNCの集積が担癌部位において観察された。
【0052】
(1-3)CIAマウスでの炎症部位特異的物質送達
CIAマウスに、抗P−セレクチン抗体提示型蛍光ビーズ封入ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとして抗体未提示型蛍光ビーズ封入ZZ-BNC、Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型蛍光ビーズ封入BNCおよびその陰性コントロールとしてビオチン化蛍光ビーズ封入ZZ-BNCを、粒子量として10μg静脈内投与した。4時間、マウス関節炎症部位をIV 100 Intravital Laser Scanning Microscope(Olympus)を用いて観察し、蛍光ビーズ由来の蛍光の存在を評価した。その結果、陰性コントロールに比べ、セレクチン抗体およびSialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCは、マウス関節炎症部位への高い蛍光ビーズ送達効率を示した。同様に、CIAマウスに、抗P−セレクチン抗体提示型DNA封入ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとして抗体未提示型DNA封入ZZ-BNC、Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型DNA封入BNCおよびその陰性コントロールとしてビオチン化DNA封入ZZ-BNCを、粒子量として500μg静脈内投与した。1週間後、マウス関節炎症部位をIV 100 Intravital Laser Scanning Microscope(Olympus)を用いて観察し、DNAより生成したGFP由来の蛍光の存在を評価した。その結果、陰性コントロールに比べ、セレクチン抗体およびSialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCは、マウス関節炎症部位への高いDNA送達効率を示した。さらに、エールリッヒ担癌ラット(Wister)においても同じ量のBNCを静脈注射したところ、炎症を呈している担癌部位特異的に蛍光ビーズ(投与4時間後)およびGFP由来の蛍光(投与1週間後)が観察された。
【0053】
(2)心筋梗塞モデルラット
(2-1)心筋梗塞ラットの作製
心筋梗塞ラットの作製法は、Bulardら(Basic Res. Cardiol., 2005)の方法に従った。9週齢の Wister系ラットにペントバルビタール(大日本製薬)を腹腔投与(50mg/kg)し麻酔した。気管内挿管を行い人工呼吸を行い、鼠径静脈にカニューレーションを行い静脈路を確保した。開胸後左冠動脈左前下行枝(LAD)を結紮し虚血心を作成した。拘束中は心電図をモニターし、心室細動発症時には心臓をリングピンセットにて直接マッサージし、回復をさせた。拘束30分後、結紮を開放し再灌流した。
【0054】
(2-2)心筋梗塞ラットでの蛍光イメージング
再還流5分前からセレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ-BNC、およびSialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型Cy7標識ZZ-BNCを、粒子量として各500 μgを生理食塩水で1mlとし、鼠径静脈のカニューレ部位よりインジェクターを用いて100ul/minの速度で10分間(1ml)投与した。再還流1時間後に再度ペントバルビタールを腹腔投与(50mg/kg)麻酔し屠殺した。生理食塩水で冠動脈を還流洗浄後、心臓摘出、心臓の長軸に垂直な横断スライス(心臓の全長を四分割)を作成、各心筋組織断面をOV100 In vivo imaging system(Olympus)を用いて観察した。(陰性コントロールにはシャムオペラット(同時間開胸するが冠動脈の結紮は行わない)に等量の抗体未提示型Cy7標識ZZ-BNC、ビオチン化Cy7標識ZZ-BNCを投与したラットの心臓を用いた)。その結果、拘束した冠動脈左前下行枝が支配する心筋組織特異的に、セレクチン抗体およびシアリルルイスX提示型Cy7標識ZZ-BNCの強い集積が観察された(図2上パネル左下段:抗P-及びE-セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ-BNCの例)。また、セレクチン抗体およびシアリルルイスX提示型Cy7標識ZZ-BNCの集積は、梗塞による虚血が強く生じる心尖部(結紮部位より遠位)で強く観察された(図2下パネル左)。他の主要冠動脈である右冠動脈および左冠動脈回旋枝の支配する心筋組織には、この様な集積化は観察されなかった(図2上パネル左下段)。また、陰性コントロールのシャムオペラットの心筋組織にはセレクチン抗体およびシアリルルイスX提示型Cy7標識ZZ-BNCの集積化は観察されなかった(図2上パネル左上段)。一方、脾臓及び肝臓には同程度の非特異的な、セレクチン抗体またはシアリルルイスX提示型Cy7標識ZZ-BNCの集積化が観察されることから、BNCの投与量は梗塞ラットおよびシャムオペラット間で一定だったと考えられる。以上の結果から、心筋の梗塞部位特異的に、セレクチン抗体およびシアリルルイスX提示型Cy7標識ZZ-BNCが標的化したと考えられる。コントロール抗体よび糖鎖を提示したCy7標識ZZ-BNCでは、このような梗塞部位へ集積化が弱いことから、梗塞部位へのZZ-BNCの標的化は、セレクチン抗体およびシアリルルイスX抗原の提示によって特異的に増加していると考えられる。実際に、梗塞部位の冠動脈血管内皮細胞にはE-セレクチンの強い発現が確認されている。
【0055】
(2-3)心筋梗塞ラットへの物質導入
再還流5分前から蛍光ビーズ封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNC、蛍光ビーズ封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNC、DNA封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNC、およびDNA封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCを、粒子量として各500 μgを生理食塩水で1mlとし、鼠径静脈のカニューレ部位よりインジェクターを用いて100ul/minの速度で10分間(1ml)投与した。再還流7日後に再度ペントバルビタールを腹腔投与(50mg/kg)麻酔し屠殺した。生理食塩水で冠動脈を還流洗浄後、心臓摘出、心臓の長軸に垂直な横断スライス(心臓の全長を四分割)を作成、各心筋組織断面をOV100 In vivo imaging system(Olympus)を用いて観察した。(陰性コントロールにはシャムオペラット(同時間開胸するが冠動脈の結紮は行わない)に等量の蛍光ビーズ封入抗体未提示型ZZ-BNC、蛍光ビーズ封入ビオチン化ZZ-BNC、DNA封入抗体未提示型ZZ-BNC、およびDNA封入ビオチン化ZZ-BNCを を投与したラットの心臓を用いた)。その結果、蛍光ビーズ封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNC、蛍光ビーズ封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNC、DNA封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNC、およびDNA封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCを投与したラットの、拘束した冠動脈左前下行枝が支配する心筋組織特異的に、蛍光ビーズもしくはDNAより生成したGFP由来の蛍光が観察された。特に、梗塞による虚血が強く生じる心尖部(結紮部位より遠位)で強い蛍光が観察された。他の主要冠動脈である右冠動脈および左冠動脈回旋枝の支配する心筋組織には、この様な蛍光は観察されなかった。また、陰性コントロールのシャムオペラットの心筋組織には全く蛍光は観察されなかった。以上の結果から、心筋の梗塞部位特異的に、セレクチン抗体およびシアリルルイスX提示型ZZ-BNCにより、蛍光ビーズもしくはDNAが特異的に送達されたと考えられる。
【0056】
(3)ぶどう膜炎モデルマウス
(3-1)ぶどう膜炎モデル(Experimental Autoimmune Uveoretinitis: EAU)マウスの作成
M. tuberculosis(DIFCO)を終濃度6.0 mg/mlで添加し、完全フロイントアジュバント(CFA, Sigma)でエマルジョン化(100%, v/v)したヒトIRBPペプチド(GPTHLFQPSLVLDMAKVLLD)200 μgをC57BL/6マウスに皮下免疫した。追加のアジュバントとして同様にCFAでエマルジョン化(0.1%, v/v)した百日咳毒(PTX)0.1 μgを腹腔内投与した。細隙燈顕微鏡で観察し、グレード2 EAU(Namba K, Ogasawara K, 2000, Thurau SR, Chan CC 1997)のマウスを実験に供した。実際にこのグレードのマウスに於いて、網膜全域の血管内皮細胞にE-セレクチンの強い発現が確認されている(図3)。
【0057】
(3-2)ぶどう膜炎モデルマウスへのイメージング
EAUマウスに抗セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとして抗体未提示型Cy7標識ZZ-BNC、Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型Cy7標識BNCおよびその陰性コントロールとしてビオチン化Cy7標識ZZ-BNCを、粒子量として10μg静脈内投与した。4時間後に2% (wt/vol) エバンスブルー色素(Sigma) 100μlを静脈投与し、10分後に屠殺した。網膜全載(retinal wholemounts)をChan-Lingら(Chan-Ling, Microsc. Res. Techn., 1997)の方法に従い調製した。全網膜組織を4%(v/w)パラホルムアルデヒドで60分間固定後スライドガラスへマウントし、共焦点レーザー顕微鏡(FV1000, Olympus)で観察した。その結果、抗体未提示型Cy7標識ZZ-BNCに比べて、抗セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ-BNC、または、ビオチン化Cy7標識ZZ-BNCに比べてSialyl Lex -PAA(若しくはsp)提示型Cy7標識ZZ-BNCの方が網膜血管内皮細胞周囲の炎症部位へ特異的に集積した。
【0058】
(3-3)ぶどう膜炎モデルマウスへの物質導入
EAUマウスに、蛍光ビーズ封入セレクチン抗体提示型ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとして蛍光ビーズ封入抗体未提示型ZZ-BNC、蛍光ビーズ封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとして蛍光ビーズ封入ビオチン化ZZ-BNC、DNA封入セレクチン抗体提示ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとしてDNA封入抗体未提示型ZZ-BNC、DNA封入Sialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCおよびその陰性コントロールとしてDNA封入ビオチン化ZZ-BNCを、粒子量として10μg静脈内投与した。7日後に2% (wt/vol) エバンスブルー色素(Sigma) 100μlを静脈投与し、10分後に屠殺した。網膜全載(retinal wholemounts)をChan-Lingら(Chan-Ling, Microsc. Res. Techn., 1997)の方法に従い調製した。全網膜組織を4%(v/w)パラホルムアルデヒドで60分間固定後スライドガラスへマウントし、共焦点レーザー顕微鏡(FV1000, Olympus)で遺伝子発現を観察した。
【0059】
その結果、陰性コントロールに比べ、セレクチン抗体およびSialyl Lex-PAA(若しくはsp)提示型ZZ-BNCは、網膜血管内皮細胞周囲の炎症部位への高い蛍光ビーズ送達効率および遺伝子導入効率を示した(図4(抗P−セレクチン抗体提示型蛍光ビーズ封入ZZ−BNCの例)および図5(抗P−セレクチン抗体提示型DNA封入ZZ−BNCの例))。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】抗P-セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ−BNCの関節炎マウス内における関節炎症部位へ特異的な集積。CIAマウス尾静脈からCy7.0 色素標識P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCを投与し、24時間後にOV-100 (Olympus, Tokyo, Japan)にて観察した。陰性コントロール(図1左)にはCy7.0標識抗体未提示型ZZ−BNCを用いた。抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCは、陰性コントロールと比較して関節炎部位に有意に集積した(左右矢印を比較)。炎症部位以外では、膀胱に集積像が認められた。
【図2】抗P-及びE−セレクチン抗体提示型Cy7標識ZZ−BNCの心筋梗塞ラット内における心筋梗塞部位特異的な集積。再還流1時間後に生理食塩水で冠動脈を還流洗浄後、心臓摘出、心臓の長軸に垂直な横断スライス(心臓の全長を四分割)を作成、各心筋組織断面をオリンパスOV-100を用いて観察した。梗塞ラット(上パネル下段)では、拘束した冠動脈左前下行枝が支配する心筋組織特異的に、Cy7由来の強い蛍光が観察された。蛍光は梗塞による虚血が強く生じる心尖部(結紮部位より遠位)で強く観察された(下パネル左)。他の主要冠動脈である右冠動脈および左冠動脈回旋枝の支配する心筋組織には、Cy7由来の蛍光は観察されなかった。また、陰性コントロールのシャムオペラットの心筋組織には、Cy7由来の蛍光は観察されなかった(上パネル上段)。
【図3】EAUマウスにおける網膜全域の血管内皮細胞炎症部位でのP-セレクチンの強い発現。P-セレクチン発現は、EAUマウスにおけるエバンスブルー色素(血管を可視化)に沿って観察されるが、正常マウスでは観察されない。A :正常マウス(倍率 X10)。B: EAUマウス(倍率 X10)。C: EAUマウス(倍率 X20)、バー=50μm。
【図4】蛍光ビーズ封入抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCによる、EAUマウス網膜血管内皮細胞周囲炎症部位への特異的な蛍光ビーズ送達。蛍光ビーズは、抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCが注射されたEAUマウスでのみエバンスブルー色素(血管を可視化)の周辺領域で観察された。A: 蛍光ビーズ封入抗体未提示型ZZ−BNCを注射されたEAUマウス(倍率 X10)。B: 蛍光ビーズ封入抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCが注射されたEAUマウス(倍率 X10)。C: 蛍光ビーズ封入抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCが注射されたEAUマウス(倍率 X20)、バー=50μm。
【図5】DNA封入抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCによる、EAUマウス網膜血管内皮細胞周囲炎症部位への特異的なDNA送達(GFP遺伝子の発現)。GFP プラスミドは、抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCによってのみ、炎症を呈する網膜静脈内皮細胞に導入された。図Cの矢印は網膜静脈内皮細胞の細胞質内でのGFP発現を示す。A: DNA封入抗体未提示型ZZ−BNCを注射されたEAUマウス(倍率 X10)。 B: DNA封入抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCを注射されたEAUマウス(倍率 X10) C: DNA封入抗P-セレクチン抗体提示型ZZ−BNCを注射されたEAUマウス (倍率 X20)、バー=50μm。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セレクチンに対する抗体またはルイス様糖鎖を提示した、B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)タンパク質を構成要素とするバイオナノカプセル。
【請求項2】
セレクチンに対する抗体が、HBsAgタンパク質の導入されたZZ領域に結合され、かつ、架橋構造を有する請求項1に記載のバイオナノカプセル。
【請求項3】
ルイス様糖鎖が、ビオチン−多価アビジン物質−ビオチン構造を介してHBsAgタンパク質に結合されている、請求項1に記載のバイオナノカプセル。
【請求項4】
セレクチンがE-セレクチンまたはP-セレクチンである、請求項1に記載のバイオナノカプセル。
【請求項5】
ルイス様糖鎖がシアリルルイスXである、請求項1に記載のバイオナノカプセル。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−120533(P2009−120533A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−296136(P2007−296136)
【出願日】平成19年11月14日(2007.11.14)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(503100821)株式会社ビークル (12)
【Fターム(参考)】