説明

炭化水素油の脱硫方法

【課題】特定の条件下で炭化水素油をより長期間にわたって安定にかつ経済的に脱硫できる脱硫方法を提供すること。
【解決手段】本発明の炭化水素油の脱硫方法は、予め脱硫剤を還元する工程を経た後、還元された脱硫剤を用いた脱硫工程を経てなる炭化水素油の脱硫方法であって、前記還元する工程を経る前の脱硫剤が、ニッケル及び亜鉛を含み、かつ硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛を用いた共沈法によって調製された後に焼成する工程を経ることによって得られ、前記還元する工程での還元温度が350℃以下であり、かつ前記焼成する工程での焼成温度から前記還元温度を減じた値が0〜140℃であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素油中の硫黄化合物を長期間にわたって安定的に脱硫することのできる脱硫方法に関する。
【背景技術】
【0002】
21世紀の自動車及びその燃料においては環境問題への対応が大きな課題であり、地球温暖化ガスであるCO2排出削減とNOx等のいわゆる自動車排出ガス削減との両方の観点から、燃料の硫黄分低減が益々求められている。具体的には、ガソリンや軽油の硫黄分は、サルファー・フリー(硫黄分10質量ppm以下)に規制され、更に低硫黄分、すなわちゼロ・サルファー(硫黄分1質量ppm以下)の燃料油も求められている。
【0003】
従来、主に用いられてきた脱硫技術である水素化脱硫法(例えば、コバルト、ニッケル、モリブデンを担持したアルミナ触媒を用いて、高温高圧水素雰囲気下で脱硫する方法)を適用してガソリンや軽油などの燃料油に残存する硫黄化合物を除去し、硫黄分を10質量ppm以下、更には1質量ppm以下にするには、高温・高圧の反応である水素化脱硫反応において従来よりも更に高温・高圧での操作が求められるため、エネルギー消費が大きくなり、また、水素消費量なども膨大になる。また、上記水素化脱硫において、空間速度を下げてマイルドな条件で反応させようとすると、膨大な触媒量を要する。そのため、水素化脱硫反応法を適用する場合には、いずれにせよ多大なコストアップとなることは避けられない。更に、上記水素化脱硫を適用した場合、ガソリン基材については、オレフィン分まで水素化されてしまうため、オクタン価のロスが大きい。
【0004】
こうしたオクタン価のロスを抑制しつつ、炭化水素油中の硫黄化合物をより効果的に脱硫すべく、これまでにも種々の脱硫剤が多く開発されている。なかでもニッケルを含む脱硫剤は、予め水素雰囲気下で還元処理を施すことによってニッケルを還元し、脱硫効果を向上させることができることが知られている。例えば、特許文献1には、アルミナを核とした共沈法等により得られたニッケル−銅系脱硫剤が開示されており、アルミナを含むことによって触媒性能の向上を図っている。また、特許文献2〜3には共沈法を活用したニッケル−亜鉛系脱硫剤が開示されており、長期間にわたる安定的な硫黄分の低減効果を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−95817号公報
【特許文献2】特開2008−248195号公報
【特許文献3】国際公開第2008/059821号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記いずれの脱硫剤を用いた場合であっても、共沈法によって得られた沈殿物を焼成する際の温度と、その後の還元処理を施す際の温度との関係が脱硫性能に及ぼす影響については何ら検討されておらず、また1000時間を越えるほど長期間にわたる脱硫剤の寿命を確保し得るか否かも依然として定かではない。
【0007】
そこで、本発明は、特定の条件下で炭化水素油をより長期間にわたって安定にかつ経済的に脱硫できる脱硫方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、炭化水素油を特定の条件のもと特定の脱硫剤を用いて処理する方法により、長期間安定的に硫黄分を低減できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の炭化水素油の脱硫方法は、
予め脱硫剤を還元する工程を経た後、還元された脱硫剤を用いた脱硫工程を経てなる炭化水素油の脱硫方法であって、
前記還元する工程を経る前の脱硫剤が、ニッケル及び亜鉛を含み、かつ硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛を用いた共沈法によって調製された後に焼成する工程を経ることによって得られ、
前記還元する工程での還元温度が350℃以下であり、かつ前記焼成する工程での焼成温度から前記還元温度を減じた値が0〜140℃であることを特徴とする。
前記還元された脱硫剤の比表面積は、60m2/g以上であるのが望ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の炭化水素油の脱硫方法によれば、還元温度と焼成温度を特定の関係を保持するよう制御されてなる脱硫剤を用いるため、1000時間を越えるほどの長期間にわたる炭化水素油の脱硫を安定かつ経済的に実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について、具体的に説明する。
本発明の炭化水素油の脱硫方法は、
予め脱硫剤を還元する工程を経た後、還元された脱硫剤を用いた脱硫工程を経てなる炭化水素油の脱硫方法であって、
前記還元する工程を経る前の脱硫剤が、ニッケル及び亜鉛を含み、かつ硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛を用いた共沈法によって調製された後に焼成する工程を経ることによって得られ、
前記還元する工程での還元温度が350℃以下であり、かつ前記焼成する工程での焼成温度から前記還元温度を減じた値が0〜140℃であることを特徴としている。
【0012】
[脱硫剤]
本発明の脱硫方法に用いる脱硫剤はニッケル及び亜鉛分を含むものであり、かつ硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛を用いた共沈法によって亜鉛やニッケルを沈殿させてろ過、洗浄し、成形、焼成等の工程を経ることによって得ることができる。
【0013】
なお、本明細書において脱硫剤とは、後述する還元する工程を経る前の還元されていない脱硫剤を意味し、単に脱硫剤という場合はこの意味であり、硫黄収着機能を持った脱硫剤をいう。ここでいう硫黄収着機能を持った脱硫剤とは、有機硫黄化合物中の硫黄原子を脱硫剤に固定化するとともに、有機硫黄化合物中の硫黄原子以外の炭化水素残基については有機硫黄化合物中の炭素−硫黄結合が開裂することによって脱硫剤から脱離させる機能をもった脱硫剤をいう。この有機硫黄化合物中の炭化水素残基が脱離する際には、硫黄との結合が開裂した炭素に、系内に存在する水素が付加する。したがって、有機硫黄化合物から硫黄原子が除かれた炭化水素化合物が生成物として得られることになる。ただし、硫黄原子が除かれた炭化水素化合物が、さらに水素化、異性化、分解等の反応を受け、別の化合物になっても構わない。一方、硫黄は脱硫剤に固定化されるため、水素化精製処理とは異なり、生成物として硫化水素などの硫黄化合物を発生しない。そのため、硫化水素を除去する設備が不要となり、経済的に有利である。
【0014】
本発明の脱硫方法に用いる還元工程を経る前の脱硫剤総質量に対するニッケル含有量は、好ましくは1〜30質量%、より好ましくは3〜24質量%、特に好ましくは5〜20質量%である。また、脱硫剤総質量に対する亜鉛含有量は、好ましくは30〜80質量%であり、より好ましくは40〜75質量%、特に好ましくは45〜70質量%である。ニッケル含有量が30質量%を超えたり、亜鉛含有量が30質量%未満の場合、脱硫剤の寿命が短くなるため好ましくない。一方、ニッケル含有量が24質量%以下、亜鉛含有量が40質量%以上の場合、脱硫剤の寿命が長く、また、ニッケル含有量が20質量%以下、亜鉛含有量が45質量%以上の場合、脱硫剤の寿命が特に長くなる。なお、ニッケル及び亜鉛の総含有量は、脱硫剤の総質量に対して35〜85質量%、特には50〜85質量%の範囲が好ましい。
【0015】
上記脱硫剤はニッケル及び亜鉛を酸化物として含有するのが望ましく、ニッケル、亜鉛及び酸素以外の元素を更に含んでもよいが、脱硫剤の寿命の観点からは、ニッケル、亜鉛及び酸素以外の元素の含有量は少ない方が好ましい。なかでもアルミニウムの含有量は、好ましくは2質量%以下、より好ましくは1質量%以下であり、実質的にアルミニウムを含まないのが特に好ましい。アルミニウムが2質量%を超えて含有されていると、ニッケルや亜鉛の含有量が必要以上に低下し、これらに起因する脱硫性能が阻害されるおそれがある。したがって、本発明の脱硫剤において、ニッケル、亜鉛及び酸素の総含有量は、脱硫剤の総質量に対して好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上、さらに好ましくは97質量%以上、特に好ましくは99質量%以上である。
【0016】
また、脱硫剤中のニッケル原子に対する亜鉛原子の質量比(Zn/Ni)は1〜15の範囲が好ましく、3〜12の範囲が更に好ましく、3〜8の範囲が特に好ましい。ニッケル原子に対する亜鉛原子の質量比(Zn/Ni)が1未満であると、脱硫剤の寿命が著しく短くなり好ましくなく、15を超えても脱硫剤の寿命が短くなり好ましくない。
【0017】
本発明の脱硫方法に用いる還元工程を経る前の脱硫剤は、好ましくは比表面積が75〜200m2/gであり、より好ましくは90〜200m2/gである。脱硫剤の比表面積が75m2/g未満であると、脱硫剤の寿命が短く、一方、200m2/gを超えると、脱硫剤の嵩密度が小さくなって一定容量の反応器に充填できる質量が少なくなり寿命が短くなるため好ましくない。
【0018】
本発明の脱硫方法に用いる還元工程を経る前の脱硫剤は、ニッケル原料として硫酸ニッケルを用い、亜鉛原料として硫酸亜鉛を用いた共沈法により調製される。共沈法による調製方法は、アルミナのような多孔質担体に亜鉛やニッケルなどの金属成分を含浸、担持して焼成する製造方法に比べて脱硫に有効なニッケルと亜鉛を脱硫剤中に多く含ませることができるため、脱硫剤の長寿命化を達成できる。また、酸化亜鉛担体にニッケルを含浸する方法は、酸化亜鉛担体の細孔の閉塞により比表面積及び細孔容積が減少し、脱硫活性が低くなるため好ましくない。さらに、ニッケル原料として硫酸ニッケルを用い、亜鉛原料として硫酸亜鉛を用いて脱硫剤を調製することで、脱硫剤の比表面積を増大させ、更に、還元された脱硫剤におけるニッケルの結晶子径及び亜鉛酸化物の結晶子径を小さくすることができる。なお、原料として使用する硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛は、水和物でも無水物でもよい。
【0019】
また、上記脱硫剤は、硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛由来の酸性溶液と、アルカリ溶液とを混合することでも調製できるが、水に、硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛由来の酸性溶液とアルカリ溶液とを同時に滴下して、ニッケルと亜鉛を含有する沈殿を生成させることにより調製することが特に好ましい。ここで、使用する水は、pHが6.0〜8.0であることが好ましい。なお、本発明において、酸性溶液とアルカリ溶液との同時滴下とは、酸性溶液の80容量%以上の量、好ましくは90容量%以上の量を滴下している期間、酸性溶液を滴下しつつアルカリ溶液が滴下されており、且つ、アルカリ溶液の80容量%以上の量、好ましくは90容量%以上の量を滴下している期間、アルカリ溶液を滴下しつつ酸性溶液が滴下されていることを指し、酸性溶液及びアルカリ溶液の滴下の開始と終了が完全に一致していることを要さない。
【0020】
上記ニッケルと亜鉛を含む酸性溶液は、亜鉛やニッケルの硫酸塩を水で溶解することにより得られ、そのpHは好ましくは4.5以下であり、さらに好ましくは0.5〜4.5であり、より好ましくは2.0〜4.0である。酸性溶液のpHが4.5を超えると、溶液中での核の生成速度が遅くなって結晶が成長し易くなり、ニッケルと亜鉛の分散度が低くなるため好ましくない。一方、酸性溶液のpHが低すぎると、特に0.5未満であると、共沈溶液の液量が少なって粘度が高く撹拌しにくくなり均一な物性のものが得られにくいため好ましくない。なお、酸性溶液の調製には、硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛の溶解を促進するために、硫酸を加えてもよい。
【0021】
上記酸性溶液中のニッケル及び亜鉛の総濃度は、0.3〜3.0mol/Lの範囲が好ましく、0.3〜1.0mol/Lの範囲が更に好ましい。酸性溶液中のニッケル及び亜鉛の総濃度を3.0mol/L以下とすることで、ニッケル酸化物の結晶子径及び亜鉛酸化物の結晶子径を充分に小さくすることができる。一方、酸性溶液中のニッケル及び亜鉛の総濃度が0.3mol/L未満であると、脱硫剤の生産性が低下する。なお、酸性溶液の滴下量は、水1Lに対して0.3〜4.0Lの範囲が好ましく、1.0〜3.5Lの範囲が更に好ましい。
【0022】
また、上記アルカリ溶液には、炭酸ナトリウム、炭酸アンモニウム等を用いることができるが、なかでも炭酸ナトリウムを用いることが好ましい。該アルカリ溶液のpHは、11〜13が好ましい。
【0023】
上記アルカリ溶液中の陽イオン濃度は、0.3〜4.0mol/Lの範囲が好ましく、0.6〜1.5mol/Lの範囲が更に好ましい。ここで、アルカリ溶液中の陽イオンとしては、ナトリウムイオン、アンモニウムイオン等が挙げられる。なお、アルカリ溶液中の陽イオン濃度を4.0mol/L以下とすることで、ニッケル酸化物の結晶子径及び亜鉛酸化物の結晶子径を充分に小さくすることができる。一方、アルカリ溶液中の陽イオン濃度が0.3mol/L未満であると、脱硫剤の生産性が低下する。なお、アルカリ溶液の滴下量は、水1Lに対して0.3〜4.0Lの範囲が好ましく、1.0〜3.5Lの範囲が更に好ましい。
【0024】
共沈させる際のpHは、7.0〜9.0が好ましい。共沈させる際のpHが7.0未満であると、ニッケルの一部が沈殿しないため好ましくない。一方、共沈させる際のpHが9.0を超えると、沈殿中にアルカリ成分が残存しやすいため好ましくない。また、酸性溶液とアルカリ溶液を混合した後、並びに、水に酸性溶液及びアルカリ溶液を滴下した後は、1時間以上継続して撹拌することが望ましい。更に、共沈させる際の液温は、アルカリ成分の溶解度の点から50〜70℃の範囲が好ましい。
【0025】
上記の工程で生成した沈殿物は、ろ過後に乾燥する必要があるが、乾燥温度は100〜200℃が好ましい。その後、焼成する工程を経ることによって上記脱硫剤を得る。該工程での焼成温度は、後述するように、該焼成温度から脱硫工程を経る前に予め経る脱硫剤を還元する工程での還元温度を減じた値が0〜140℃であり、好ましくは30〜110℃、より好ましくは80〜110℃である。焼成温度を後工程での還元温度と同じ温度、若しくはそれ以上高い温度にすることにより、後に還元されてニッケルを生成するニッケル酸化物や亜鉛酸化物の結晶子径が必要以上に大きくなって硫黄を取り込む能力が低下するのを効果的に抑制しつつ、還元する工程を経ることによる硫黄を取り込む能力の向上を充分に発揮させることが可能となる。上記焼成温度は、より具体的には、250〜400℃が好ましく、250〜350℃が更に好ましい。焼成温度が250℃未満であると、ニッケル及び亜鉛成分が沈殿した際の塩が完全に分解しないため好ましくない。一方、焼成温度が400℃を超えると、塩が分解してできるニッケルと亜鉛の酸化物の結晶化が進み、ニッケルの亜鉛に対する分散度が低くなるため好ましくない。
【0026】
[脱硫方法]
本発明の脱硫方法では、炭化水素油の脱硫工程を経る前に、予め上記脱硫剤を還元する工程を経る。脱硫工程を経る前に予め脱硫剤を還元する工程を経ることで、上記脱硫剤中のニッケル酸化物を脱硫処理を施す前に充分に還元してニッケルを生成させ、該ニッケルにより硫黄を取り込む能力がさらに向上した還元された脱硫剤を次なる脱硫工程で用いることが可能となる。還元する工程での還元温度は、上記脱硫剤を得るための焼成する工程での焼成温度よりも0〜140℃低く、好ましくは30〜110℃低く、より好ましくは80〜110℃低い。上記還元温度は、より具体的には、200〜350℃が好ましく、250〜300℃が更に好ましい。還元温度が200℃未満であると、ニッケルが還元されないため好ましくない。また、該処理温度が350℃を超えると、ニッケルがシンタリングしてしまって活性が低くなるため好ましくない。なお、上記還元処理は、水素により行うことが望ましい。
【0027】
ここで、上記還元する工程を経た後の脱硫剤(以下、「還元された脱硫剤」ともいう)の比表面積は60m2/g以上であり、好ましくは65〜150m2/g、より好ましくは70〜150m2/gである。脱硫剤は一般に還元されることにより、還元される前と比べて比表面積が減少する傾向にあるが、還元された脱硫剤の比表面積が60m2/g未満であると、脱硫剤の寿命が充分な長さとならず、一方、150m2/gを超えると、脱硫剤の嵩密度が小さくなって一定容量の反応器に充填できる質量が少なくなり、長寿命化を充分に図ることができないため好ましくない。したがって、還元後の脱硫剤の比表面積を還元前の脱硫剤の比表面積で除したものに100を乗じることにより求められる比表面積減少率(%)は、50%以下であるのが好ましく、40%以下であるのがより好ましく、20%以下であるのがさらに好ましい。比表面積減少率を50%以下とすることにより、還元された脱硫剤の比表面積を好適な値に保持しつつ、ニッケルによる硫黄を取り込む能力を充分に発揮させることが可能となる。
【0028】
還元される前の脱硫剤がニッケル及び亜鉛を酸化物として含有する場合、上記還元された脱硫剤は、ニッケル酸化物がニッケルに還元される。この際、ニッケルの結晶子径が好ましくは4.5nm以下、より好ましくは3nm以下である。還元後の亜鉛酸化物の結晶子径が好ましくは12nm以下、より好ましくは10nm以下である。還元された脱硫剤のニッケルの結晶子径が4.5nmを超えると、ニッケルと炭化水素油との接触効率が低下して硫黄を取り込む能力が低下するため好ましくなく、一方、亜鉛酸化物の結晶子径が12nmを超えると、酸化亜鉛が硫黄を固定化する効率が低下するため好ましくない。また、ニッケルの結晶子径が3nm以下であれば、ニッケルと炭化水素油との接触効率が高いため硫黄を取り込む能力が特に高く、一方、還元後の亜鉛酸化物の結晶子径が10nm以下であれば、酸化亜鉛が硫黄を固定化する効率が特に高い。
【0029】
なお、還元された脱硫剤における亜鉛酸化物の結晶子径とニッケルの結晶子径との比は、2以上であることが好ましく、2.5以上であることがより好ましい。亜鉛酸化物の結晶子径とニッケルの結晶子径の比が2未満であると、ニッケルと炭化水素油との接触効率が低下して炭化水素油中の硫黄化合物を脱硫剤中に取り込む能力が低下すると同時に、亜鉛が硫黄を固定化する効率が低下するため好ましくない。
【0030】
次いで、本発明の脱硫方法では、上記還元された脱硫剤を用いて脱硫工程を経る。該脱硫工程における炭化水素油を脱硫剤と接触させる条件としては、反応温度が好ましくは50〜300℃であり、より好ましくは100〜300℃である。反応温度が50℃未満であると、脱硫速度が低下し、効率的に脱硫ができず好ましくない。また、反応温度が300℃を超えると、脱硫剤がシンタリングし、脱硫速度、脱硫容量とも低下し好ましくない。なお、反応温度が100℃以上であれば、脱硫速度が充分に高く、効率的に脱硫を行うことができる。
【0031】
また、反応圧力は、ゲージ圧で好ましくは0.2〜5.0MPa、より好ましくは0.2〜3.0MPa、特に好ましくは0.2〜2.0MPaである。反応圧力が0.2MPa未満だと、脱硫速度が低下し、効率的に脱硫ができず好ましくない。また、反応圧力が5.0MPaを超えると、炭化水素油中に含まれるオレフィン分や芳香族分の水素化等の副反応が進行し好ましくない。なお、反応圧力が3.0MPa以下であれば、オレフィン分や芳香族分の水素化等の副反応を充分に抑制でき、2.0MPa以下であれば、これら副反応を確実に防止できる。
【0032】
更に、好ましい液空間速度(LHSV)は、2.0h-1を超え、より好ましくは2.1h-1以上である。また、LHSVは、好ましくは50.0h-1以下、より好ましくは20.0h-1以下、より一層好ましくは10.0h-1以下である。LHSVが2.0h-1以下であると、通油量が制限されたり、脱硫リアクターが大きくなり過ぎたりするため、経済的に脱硫できず好ましくない。また、LHSVが50.0h-1を超えると、脱硫するのに充分な接触時間が得られず、脱硫率が低下するため好ましくない。なお、LHSVが2.1h-1以上であれば、充分経済的に脱硫を行うことができ、LHSVが20.0h-1以下であれば、接触時間が充分に長いため、脱硫率が向上し、10.0h-1以下であれば、脱硫率が特に高くなる。
【0033】
水素/油比は特に限定されないが、接触分解ガソリンのようにオレフィンを多く含む留分の場合、0.01〜200NL/Lが好ましく、0.01〜100NL/Lが更に好ましく、0.1〜100NL/Lが特に好ましい。水素/油比が0.01NL/L未満であると、充分に脱硫が進行せず好ましくない。また、水素/油比が200NL/Lを超えると、オレフィンの水素化などの副反応が起こる割合が多くなり好ましくない。
【0034】
また、軽油留分のように多環芳香族を含む留分の場合、水素/油比は1〜1000NL/Lが好ましく、10〜500NL/Lが更に好ましく、50〜400NL/Lが特に好ましい。水素/油比が1NL/L未満であると、充分に脱硫が進行せず好ましくない。また、水素/油比が1000NL/Lであると、水素流量が多くなりすぎて、水素コンプレッサーが大きくなり好ましくない。
【0035】
脱硫の際に使用する水素は、メタン等の不純物を含んでいてもよいが、水素コンプレッサーが大きくなり過ぎないよう、水素純度は50容量%以上が好ましく、さらには80容量%以上、特には95%以上が好ましい。なお、水素中に硫化水素などの硫黄化合物が含まれると脱硫剤の寿命が短くなるので、水素中の硫黄分は、1,000容量ppm以下が好ましく、さらには100容量ppm以下、特には10容量ppm以下が好ましい。
【0036】
[炭化水素油]
本発明の脱硫方法の対象となる原料の炭化水素油は、硫黄分を含む炭化水素油であれば特に限定されないが、硫黄分を2質量ppm以上含むものが好ましく、より好ましくは2〜1,000質量ppm、より一層好ましくは2〜100質量ppm、特に好ましくは2〜40質量ppm含むものである。硫黄分が1,000質量ppmを超えると、脱硫剤の寿命が短くなり好ましくない。
【0037】
原料の炭化水素油として、具体的には、製油所などで一般的に生産されるLPG留分、ガソリン留分、ナフサ留分、灯油留分、軽油留分などに相当する基材が挙げられる。LPG留分は、プロパン、プロピレン、ブタン、ブチレンなどを主成分とする燃料ガス及び工業用原料ガスである。該LPG留分は、通常は、LPG(液化石油ガス)と称されるように、加圧下の球状タンクに液相の状態で貯蔵されるか、大気圧近傍の低温下にて、液相の状態で貯蔵される。上記ガソリン留分は、一般に炭素数4〜11の炭化水素を主体とし、密度(15℃)が0.783g/cm3以下、10%留出温度が24℃以上、90%留出温度が180℃以下である。上記ナフサ留分は、ガソリン留分の構成成分(ホールナフサ、軽質ナフサ、重質ナフサ、又はそれらの水素化脱硫ナフサ)あるいはガソリン基材を製造する接触改質の原料(脱硫重質ナフサ)となる成分などの総称であり、沸点範囲がガソリン留分と殆ど同じ範囲か、ガソリン留分の沸点範囲に包含されるものである。したがって、ガソリン留分と同じ意味で用いられることも多い。上記灯油留分は、一般に沸点範囲150〜280℃の炭化水素混合物である。上記軽油留分は、一般に沸点範囲190〜350℃の炭化水素混合物である。
【0038】
また、原料の炭化水素油は、製油所などで生産されるものには限らず、硫黄分を2〜1,000質量ppm含有し、石油化学から生産される石油(炭化水素)ガスや前記と同様な沸点範囲を有する留分でも構わない。好ましく使用できる炭化水素油としては、重質油を熱分解又は接触分解して得られた炭化水素をさらに分留したものが挙げられる。
【0039】
なお、本発明の脱硫方法の対象となる原料の炭化水素油として特に好ましいのは、接触分解ガソリンや軽油留分である。接触分解ガソリンはオレフィンを多く含むため、一般的に行われる水素化脱硫触媒による水素化精製ではオレフィン分が水素化されてオクタン価が大きく低下してしまうが、本発明の脱硫方法ではオレフィン分はほとんど水素化されない。また、軽油留分には芳香族分が多く含まれるため、一般的に行われる水素化脱硫触媒による水素化精製では芳香族分が水素化されるため水素の消費量が多いが、本発明の脱硫方法では芳香族分はほとんど水素化されない。ただし、軽油留分の場合、通常硫黄分が10,000質量ppm程度含まれるため、水素化脱硫触媒による水素化精製で硫黄分をある程度低減、具体的には5〜50質量ppm程度まで低減したのち、本発明の脱硫方法を適用することが好ましい。硫黄分が多いと、脱硫剤の寿命が大きく低下してしまう。
【実施例】
【0040】
以下、本発明について、実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0041】
なお、還元前の脱硫剤におけるニッケル及び亜鉛の含有量はアルカリ融解ICP法で測定し、ニッケル酸化物及び亜鉛酸化物の含有量は酸素気流中燃焼-赤外線吸収法で測定した。また、Ni結晶子径はX線回折のNi(200)面のピーク半値幅から、ZnO結晶子径はX線回折のZnO(100)面のピーク半値幅から、それぞれシェラーの式により求めた。さらに、還元前後の脱硫剤の比表面積は窒素吸脱着法によるBJH法で測定し、比表面積減少率は、還元後の比表面積を還元前の比表面積で除したものに100を乗じて求めた。硫黄分は、ASTM D 5453(紫外蛍光法)に準拠して測定した。これらの結果、及び以下の通油試験の結果を表1に示す。
【0042】
[実施例1]
硫酸亜鉛七水和物517.5g及び硫酸ニッケル六水和物157.8gを水3,000mLに溶解し、硫酸を滴下して酸性溶液Aを調製した。また、炭酸ナトリウム312gを水3,000mLに溶解したアルカリ溶液Bを調製した。pH7.0の蒸留水3,000mLを温度60℃に加温撹拌しながら、まず前記調製したアルカリ溶液Bを滴下した。アルカリ溶液全量の10%を滴下した後、酸性溶液Aも滴下を開始し、溶液A滴下開始から50分で滴下を終了した。その後、1時間継続して撹拌した。得られた沈殿物をろ過した後、水で洗浄した。その後、120℃で16時間乾燥後、350℃で3時間焼成して脱硫剤(I)を得た。
【0043】
リアクターに脱硫剤(I)を充填し、水素気流中250℃で16時間還元処理を行った後、炭化水素油の通油試験を実施した。炭化水素油としては、硫黄分が13質量ppmの重質接触分解ガソリンを用いた。反応温度140℃、反応圧力0.3MPa、水素/油比=10NL/L、LHSV=3.0h-1の条件下、リアクターの入口から炭化水素油の通油を開始した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は2,558時間であった。
【0044】
[実施例2]
実施例1で得られた脱硫剤(I)を用い、水素気流中300℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は1,965時間であった。
【0045】
[実施例3]
焼成温度を280℃とした以外、実施例1と同様にして脱硫剤(II)を得た。得られた脱硫剤(II)を用い、水素気流中250℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は1,882時間であった。
【0046】
[比較例1]
実施例3で得られた脱硫剤(II)を用い、水素気流中300℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は1,387時間であった。
【0047】
[比較例2]
実施例1で得られた脱硫剤(I)を用い、水素気流中140℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は30時間であった。なお、還元処理後の脱硫剤(I)をX線回折で分析したところ、Niに由来するピークは認められず、NiOに由来するピークのみが認められたことから、Niは還元されていないことがわかった。
【0048】
[比較例3]
焼成温度を450℃とした以外、実施例1と同様にして脱硫剤(III)を得た。得られた脱硫剤(III)を用い、水素気流中300℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は1,302時間であった。
【0049】
[比較例4]
比較例3で得られた脱硫剤(III)を用い、水素気流中400℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は921時間であった。
【0050】
[比較例5]
炭酸ナトリウム106gを水に溶かした溶液を60℃に加温し、これに硝酸亜鉛六水和物214gを水に溶かした溶液に硝酸ニッケル六水和物23gを加えたものを滴下した。得られた沈殿物をろ過した後、水で洗浄した。その後、120℃で16時間乾燥後、350℃で3時間焼成して脱硫剤(IV)を得た。得られた脱硫剤(IV)を用い、水素気流中300℃で16時間還元処理を行った後、実施例1と同様にして炭化水素油の通油試験を実施した。その結果、脱硫率50%以上を維持する時間(サイクルレングス)は873時間であった。
【0051】
【表1】

【0052】
表1に示すとおり、本発明の脱硫方法に従った実施例1〜3は、サイクルレングスが1,500時間を充分に超えるほど、長くできることがわかる。一方、比較例1〜5のように、還元温度が焼成温度よりも高かったり、焼成温度から還元温度を減じた値が140℃を超えたり、還元温度が350℃を超えたり、或いは硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛を用いない共沈法により得た脱硫剤を用いたりすると、サイクルレングスを充分に長くできないことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
予め脱硫剤を還元する工程を経た後、還元された脱硫剤を用いた脱硫工程を経てなる炭化水素油の脱硫方法であって、
前記還元する工程を経る前の脱硫剤が、ニッケル及び亜鉛を含み、かつ硫酸ニッケル及び硫酸亜鉛を用いた共沈法によって調製された後に焼成する工程を経ることによって得られ、
前記還元する工程での還元温度が350℃以下であり、かつ前記焼成する工程での焼成温度から前記還元温度を減じた値が0〜140℃であることを特徴とする炭化水素油の脱硫方法。
【請求項2】
前記還元された脱硫剤の比表面積が、60m2/g以上であることを特徴とする請求項1記載の炭化水素油の脱硫方法。

【公開番号】特開2011−195730(P2011−195730A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−64884(P2010−64884)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【出願人】(590000455)一般財団法人石油エネルギー技術センター (249)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】