説明

炭素材料の製造方法

【課題】高度に構造が制御された高品質なカルビン系炭素材料を、高収率で、安全かつ環境汚染を生じることなく、さらに高い量産性で工業的に製造しうる新しい方法を提供することを主な目的とする。
【解決手段】炭素材料の製造方法であって、一般式CX≡CX (1)
(式中、Xは、FClBrまたはIを表す;Xは、それぞれ、同一でも或いは2つ以上が相異なっていてもよい。)で表されるアセチレン誘導体を、非プロトン溶媒中でLi塩および/または金属ハロゲン化物の存在下にMgまたはMg合金を作用させることにより、一般式(-C≡C-)n (2)
(式中、nは2〜1000000である)で示されるポリイン構造、または一般式(=C=C=)n (3)
(式中、nは、2〜1000000である)で示されるキュムレン構造を主鎖骨格の一部または全部に有する炭素材料を形成させることを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、主鎖骨格の一部または全部にポリイン構造またはキュムレン構造を有する炭素材料(いわゆるカルビン系炭素材料)の製造方法に関する。
【0002】
【従来技術とその問題点】主鎖骨格の一部または全部にカルビン構造を有する炭素材料は、大出力高温エレクトロニクス用半導体などの電子材料、航空宇宙用・核融合用超高温複合材料向けの耐熱性超高強度繊維などの耐熱材料、フラーレン或いはカーボンナノチュ−ブなどの前駆体としての適用が期待されている。
【0003】カルビン系炭素材料の製造方法は、物理的な方法と化学的な方法に大別される。物理的な方法としては、(a)グラファイトのイオンスパッタリング或いはアーク放電によってカルビンを含む炭素材料を製造する方法(Y. P. Kudryavtsey, et al., Carbon, 30 (1992) 213、Y. P. Kudryavtsev, et al., Carbon, 30 (1992) 213);(b)ポリ塩化ビニル膜に真空中でレーザーを照射し、カルビン状炭素材料を得る方法(M. Shimoyama, et al., Makromol. Chem., 193 (1992) 569)などが知られている。
【0004】また、化学的な方法としては、以下のような方法が知られている。
(c)アセチレンの脱水素反応をCuCl2溶液中で行う方法(V. I. Kasatochikin,et al., Carbon, 11 (1973) 70);
(d)ポリアセチレンを塩素化(CHCl)xし、立体規則性に優れたハロゲン化ポリアセチレンを作り、その脱ハロゲン化水素を行う方法。(K. Akagi, et al., Synth. Metal, 17 (1987) 557);
(e)アセチレンを酸素存在下で、第一銅塩と配位子としての第三級アミンからなる触媒を用いて合成する方法(特公平3-44582号);
(f)ポリテトラフルオロエチレン膜をLiの水銀アマルガム中で脱フッ素化を行う方法(L. Kavan, Synth. Metal, 58 (1993) 63);
(g)ポリフッ化ビニリデン(PVDF)のN,N-ジメチルホルムアミド溶液から作ったPVDF単結晶膜をアセトンを混ぜたエタノールの10%カリウムエチレート溶液で室温40分間処理し、脱フッ化水素化する方法(Y. P. Kudryavtsev, et al., Carbon, 30 (1992) 213);
(h)ジヨードアセチレンのNi触媒存在下での電極還元による方法(H.Shirakawa,et al.,Chem.Lett.,2011(1994);
(i)ポリオレフィン誘導体をMg、Zn、Alまたはそれらの金属を主成分とする合金を陽極として用いる電極還元反応に供する方法(特開平9-249404号公報);
(j)アセチレン誘導体をMg、Zn、Alまたはそれらの金属を主成分とする合金を陽極として用いる電極還元反応に供する方法(特開平9-249405号公報)。
【0005】しかしながら、物理的な方法は、例えば2700K以上の高温で反応させるため、多様な反応活性種が生成し、高度な構造制御が難しいという問題点がある。また、物理的な方法は、収率や反応規模の面からも、カルビン系炭素材料を工業的に大量生産するには不適切な方法である。
【0006】一方、化学的な方法については、(c)、(e)および(f)は、安全性や環境汚染の面で工業的製法としては採用が困難である。また、(d)(g)および(h)では、ハロゲンが残存するなど、品質や収率の面で問題がある。さらに、(i)および(j)は、高度に制御された高品質のカルビン系材料を高収率で、安全かつ環境汚染を生じることなく、工業的に製造しうる新しい方法を提供するものであるが、製造に際しては特殊な電解槽を必要とする。また、原料として用いるポリオレフィン或いはアセチレン誘導体が電極近傍に存在しない場合には、反応が効率的に進行しないので、量産性の点でさらに改良の余地がある。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】従って、本発明は、高度に構造が制御された高品質なカルビン系炭素材料を、高収率で、安全かつ環境汚染を生じることなく、さらに高い量産性で工業的に製造しうる新しい方法を提供することを主な目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者は、上記の如き従来技術の現状に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、ハロゲンを有するアセチレン誘導体に対し、特定のLi塩および/または特定の金属ハロゲン化物の存在下にMgまたはMg合金を作用させる場合には、従来技術の問題点が実質的に解消されるか乃至は大幅に軽減されることを見い出した。
【0009】すなわち、本発明は、下記のカルビン系炭素材料の製造方法を提供するものである。
1.炭素材料の製造方法であって、一般式CX≡CX (1)
(式中、Xは、FClBrまたはIを表す;Xは、それぞれ、同一でも或いは2つ以上が相異なっていてもよい。)で表されるアセチレン誘導体を、非プロトン溶媒中でLi塩および/または金属ハロゲン化物の存在下にMgまたはMg合金を作用させることにより、一般式(-C≡C-)n (2)
(式中、nは、2〜1000000である)で示されるポリイン構造または一般式(=C=C=)n (3)
(式中、nは、2〜1000000である)で示されるキュムレン構造を主鎖骨格の一部または全部に有する炭素材料を形成させることを特徴とする方法。
2.Li塩と金属ハロゲン化物を併用する上記項1に記載の方法。
3.Li塩として、LiClを使用する上記項1または2に記載の方法。
4.金属ハロゲン化物として、FeCl2、FeCl3、FeBr2、FeBr3、CuCl2、AlCl3、AlBr3、ZnCl2、SnCl2、SnCl4、CoCl2、VCl2、TiCl4、PdCl2、SmCl2およびSmI2から選ばれた少なくとも1種を用いる上記項1〜3のいずれかに記載の方法。
5.金属ハロゲン化物として、FeCl2を用いる上記項4に記載の方法。
【0010】
【発明の実施の形態】本発明において、出発原料として用いるハロゲンを有するアセチレン誘導体は、一般式、CX≡CX (1)
(式中、Xは、I、F、ClまたはBrを表す。Xは、同一でもあるいは2つ以上が相異なっていてもよい。)で示されるものである。Xとしては、Iがより好ましい。
【0011】また、本発明における反応生成物は、一般式(-C≡C-)n (2)
(式中、nは2〜1000000である)で示されるポリイン構造、または一般式(=C=C=)n (3)
(式中、nは2〜1000000である)で示されるキュムレン構造を主鎖骨格の一部または全部に有する炭素材料である。この様な炭素材料は、高度に多重結合が発達したポリマーとそのクロスリンクした3次元の高度に多重結合が発達している。
【0012】一般式(1)の原料は、1種を単独で使用しても良く、或いは2種以上を併用使用しても良い。
【0013】反応に際しては、一般式(1)で示されるアセチレン誘導体を溶媒に溶解して反応容器内に収容し、反応に供する。
【0014】溶媒としては、非プロトン性の溶媒が広く使用でき、具体的にはプロピレンカーボネート、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルホルムアミド、ホルムアミド、エチレンジアミン、ジメチレンスルホキシド、1,2−ジメトキシエタン、ビス(2−メトキシエチル)エーテル、p−ジオキサン、テトラヒドロフラン、塩化メチレンなどが例示される。これらの溶媒は、単独でも或いは2種以上の混合物としても使用できる。更に、これらの非プロトン性溶媒の少なくとも1種を10%以上含む混合溶媒を用いてもよい。これらの溶媒中では、1,2−ジメトキシエタンおよびテトラヒドロフランがより好ましい。
【0015】溶媒中のアセチレン誘導体の濃度は、通常0.01〜20mol/l程度、より好ましくは0.05〜10mol/l程度、最も好ましくは0.1〜5mol/l程度である。
【0016】本発明で使用するLi塩としては、LiCl、LiNO3、Li2CO3、LiClO4などが例示される。Li塩は、単独で使用してもよく、あるいは2種以上を併用しても良い。これらのLi塩の中では、LiClが最も好ましい。
【0017】Li塩の濃度は、低すぎる場合には、反応が良好に進行しないのに対し、高すぎる場合には、還元されて析出したリチウムイオンの量が多すぎて、反応を阻害するなどの問題が生じる。従って、溶媒中のLi塩の濃度は、通常0.05〜5mol/l程度であり、より好ましくは0.1〜4mol/l程度であり、特に好ましくは0.15〜3mol/l程度である。
【0018】本発明で使用する金属ハロゲン化物としては、FeCl2、FeCl3、FeBr2、FeBr3、CuCl2、AlCl3、AlBr3、ZnCl2、SnCl2、SnCl4、CoCl2、VCl2、TiCl4、PdCl2、SmCl2、SmI2などが例示される。これらの金属ハロゲン化物の中でも、FeCl2、CuCl2、ZnCl2などがより好ましく、FeCl2が最も好ましい。これらの金属ハロゲン化物は、単独で使用しても良く、あるいは2種以上を併用しても良い。溶媒中の金属ハロゲン化物の濃度は、低すぎる場合には、反応が十分に進行しなくなり、一方、高すぎる場合には、反応に関与しなくなる。従って、溶媒中の金属ハロゲン化物の濃度は、通常、0.01〜6mol/l程度であり、より好ましくは0.02〜4mol/l程度であり、特に好ましくは0.03〜3mol/l程度である。
【0019】本発明において使用するMgまたはMg系合金の形状は、反応を行いうる限り特に限定されないが、粉体、粒状体、リボン状体、切削片体、塊状体、棒状体、平板などが例示され、これらの中でも、表面積の大きな粉体、粒状体、リボン状体、切削片体などがより好ましい。MgまたはMg系合金の使用量は、通常アセチレン誘導体に対して等モル(Mgとして)以上であり、より好ましくは3倍モル以上であり、最も好ましくは5倍モル以上である。MgまたはMg系合金は、一般式(1)で示されるアセチレン誘導体を還元して、一般式(2)で示されるカルビン系炭素材料を形成させるとともに、それ自身は酸化されて、脱離したハロゲンと化合物を形成する。
【0020】本発明は、例えば、密閉可能な反応容器に一般式(1)で表されるアセチレン誘導体、Li塩および/または金属ハロゲン化物およびMg(またはMg系合金)を溶媒とともに収容し、好ましくは機械的もしくは磁気的に撹拌しつつ、反応を行わせる方法により、実施することができる。反応容器は、密閉できる限り、形状および構造についての制限は、特にない。
【0021】反応容器内は、乾燥雰囲気であればよいが、乾燥した窒素または不活性ガス雰囲気であることがより好ましく、さらに脱酸素し、乾燥した窒素雰囲気あるいは不活性ガス雰囲気であることが特に好ましい。
【0022】攪拌を行う場合には、一般の反応の場合と同様に、攪拌速度が大きいほど、反応時間が短縮される。攪拌状態は、反応装置により異なるが、例えば、100mlナスフラスコを使用する場合には、長さ10mm以上の攪拌子を使用し、攪拌子の回転数を20回/分以上とすることにより、反応がより円滑に進行する。
【0023】反応時間は、原料アセチレン誘導体の量、Li塩、金属ハロゲン化物、Mg(および/またはMg系合金)の量、必要に応じて行う攪拌速度などによって異なるが、10分程度以上であり、通常0.5〜100時間程度である。反応時間を調整することにより、カルビン系炭素材料の分子量の制御が可能となる。
【0024】反応時の温度は、通常−20℃から使用する溶媒の沸点までの温度範囲にあり、より好ましくは−10〜50℃程度の範囲内にあり、もっとも好ましくは、-5〜35℃程度の範囲内にある。
【0025】
【発明の効果】本発明によれば、下記のような顕著な効果が達成される。
(a)高度に構造が制御された高品質なカルビン系炭素材料を高収率で製造できる。
(b)反応方法は、化学的手法であり、かつ特殊な装置などを必要としないので、カルビン系炭素材料を安価にかつ高い量産性で製造することができる。
(c)危険な材料や金属を用いず、また室温以下の温和な条件下で反応が行えるので、安全にかつ環境を汚染する危険性なしにカルビン系炭素材料を製造することができる。
【0026】
【実施例】以下に実施例を示し、本発明の特徴とするところをより一層明確にする。
【0027】実施例1三方コックを装着した内容積100mlのナスフラスコ(以下反応器という)に粒状のMg10.0g、無水塩化リチウム(LiCl)2.66g、無水塩化第一鉄(FeCl2)1.60gおよびスターラーチップを収容し、50℃で1mmHgに加熱減圧して、LiClとFeCl2とを乾燥した後、乾燥アルゴンガスを反応器内に導入し、さらにジヨードアセチレン4.9g(18mmol)と予めナトリウム−ベンゾフェノンケチルで乾燥したテトラヒドロフラン(THF)44mlを加え、室温でマグネティックスターラーにより約3時間撹拌した。
【0028】撹拌終了後、反応物中から黒色の沈殿を分別し、乾燥THF20mlで2回洗浄し、真空乾燥した。
【0029】得られた黒色粉末をKBrで錠剤化し、FT-IRを用いて分析すると、C≡Cの吸収バンド(2100cm-1)が明瞭に観測された。また、C-Iの吸収バンド(1200cm-1)の吸収は、観察されなくなった。
【0030】これらのことから、本実施例により、高収率でカルビン系炭素材料が得られたことがわかる。
【0031】実施例2Mgに代えてMg合金(Mg中にAlを5%含有)を用いる以外は、実施例1と同様にして反応を行った。
【0032】生成物のFT-IR分析においては、C≡Cの吸収バンドが観測され、一方、C-Iの吸収バンドが著しく減少した。これらのことは、カルビン系炭素材料が合成されたことを示している。
【0033】実施例3溶媒として1,2-ジメトキシエタンを用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0034】実施例4溶媒としてジオキサンを用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0035】実施例5溶媒としてTHFとエチレングリコールジエチルエーテルの等容量混合物を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0036】実施例6溶媒としてTHF(10vol%)とエチレングリコールジエチルエーテル(90vol%)の混合物を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0037】実施例7Li塩としてLiNO3を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0038】実施例8Li塩としてLiClO4を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0039】実施例9金属ハロゲン化物FeCl3を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。の結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0040】実施例10金属ハロゲン化物としてAlCl3を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0041】実施例11金属ハロゲン化物としてPdCl2を用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1とほぼ同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0042】実施例12出発原料として二塩化アセチレンを用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1と同様のカルビン系炭素材料が得られた。
【0043】実施例13出発原料として二臭化アセチレンを用いる以外は実施例1と同様にして反応を行った。その結果、実施例1と同様のカルビン系炭素材料が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】炭素材料の製造方法であって、一般式CX≡CX (1)
(式中、Xは、FClBrまたはIを表す;Xは、それぞれ、同一でも或いは2つ以上が相異なっていてもよい。)で表されるアセチレン誘導体を、非プロトン溶媒中でLi塩および/または金属ハロゲン化物の存在下にMgまたはMg合金を作用させることにより、一般式(-C≡C-)n (2)
(式中、nは、2〜1000000である)で示されるポリイン構造または一般式(=C=C=)n (3)
(式中、nは、2〜1000000である)で示されるキュムレン構造を主鎖骨格の一部または全部に有する炭素材料を形成させることを特徴とする方法。
【請求項2】Li塩と金属ハロゲン化物とを併用する請求項1に記載の方法。
【請求項3】Li塩として、LiClを使用する請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】金属ハロゲン化物として、FeCl2、FeCl3、FeBr2、FeBr3、CuCl2、AlCl3、AlBr3、ZnCl2、SnCl2、SnCl4、CoCl2、VCl2、TiCl4、PdCl2、SmCl2およびSmI2から選ばれた少なくとも1種を用いる請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】金属ハロゲン化物として、FeCl2を用いる請求項4に記載の方法。

【公開番号】特開2000−53407(P2000−53407A)
【公開日】平成12年2月22日(2000.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平10−219188
【出願日】平成10年8月3日(1998.8.3)
【出願人】(000000284)大阪瓦斯株式会社 (2,453)
【Fターム(参考)】