説明

炭酸エステルの製造方法

【課題】穏和な反応条件でもアルコールから直接炭酸エステルを得ることができる製造方法を提供する。
【解決手段】アルカリ金属の炭酸塩及びアルカリ金属のR−CO−Z塩(式中、Zは酸素原子、硫黄原子等を表す。)のうちの1種又は2種以上から選択されるアルカリ金属塩、並びに下式(1−1)〜(1−4)で表される化合物の1種又は2種以上の存在下、一価アルコールと二酸化炭素とを反応させる下式(2)で示される炭酸エステルの製造方法。


(式中、R及びR’は同一又は異なり、上記一価アルコールに含まれる一価の炭化水素基を表し、Xはハロゲン原子を表し、Yは水素原子又はアルコキシ基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコールと二酸化炭素とを反応させる炭酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭酸エステルは、ポリカーボネート等の製造原料、ガソリン添加剤、ディーゼル燃料添加剤、アルキル化剤、カルボニル化剤、溶剤、及び電解液に利用されている。炭酸エステルの製造方法として、ホスゲンとアルコールとを反応させる方法が知られている。しかし、この方法は、毒性が強く腐食性を有するホスゲンを用いる点で問題がある。そのため、従来より、他の方法で炭酸エステルを製造する方法が開発されている。
【0003】
特許文献1には、アルカリ金属の炭酸塩とアルコールとを反応させて炭酸エステル塩を得て、この炭酸エステル塩と有機ハロゲン化合物とを反応させて、炭酸エステルを製造する方法が記載されている(下記反応式(1))。特許文献2には、アルカリ金属炭酸塩を用いて、一価アルコールと炭酸エステルとのエステル交換反応により、炭酸エステルを製造する方法が記載されている(下記反応式(2))。
【0004】
特許文献3及び4には、金属アルコキシド及びハロゲン化物の存在下、二酸化炭素とアセタール化合物又はカルボン酸オルトエステルとを反応させて、炭酸エステルを製造する方法が記載されている(下記反応式(3)及び(4))。特許文献5には、DMF中、アルコール、有機ハロゲン化合物、二酸化炭素及び炭酸セシウムを用いて、炭酸エステルを製造する方法が記載されている(下記反応式(5))。特許文献6には、特定の有機スズ化合物を触媒として用い、アルコールと二酸化炭素とを反応させて、炭酸エステルを製造する方法が記載されている。
【0005】
【化1】

【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭54−41819号公報
【特許文献2】特開平6−166660号公報
【特許文献3】特開平11−199546号公報
【特許文献4】特開平11−35521号公報
【特許文献5】特表2002−536426号公報
【特許文献6】特開平6−262085号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
有機ハロゲン化合物を基質として用いる従来の製造方法(例えば、特許文献1及び6の方法)において、通常、有機ハロゲン化合物はアルコールから合成される。よって、この従来の方法では、二酸化炭素との反応の前に、アルコールから有機ハロゲン化合物を合成する過程が別途必要となる。しかし、有機ハロゲン化合物の合成過程では、当量のリン化合物の塩等の別の廃棄物が副生し、経済的観点及び環境への影響の観点から問題がある。また、この従来の方法では、有機ハロゲン化合物の合成と、有機ハロゲン化合物と二酸化炭素との反応という2段階合成が必要となる。よって、この従来の方法では、2段階、2種類の装置が必要となり、非効率的である。
【0008】
原理的に、二酸化炭素1分子とアルコール2分子との反応により、炭酸エステル1分子と水1分子が生成する。しかし、室温(25℃)以上におけるこの反応のギブスエネルギー変化(ΔG)は、大きくプラスである。よって、この反応の化学平衡を炭酸エステル側に寄らせることは、熱力学的に極めて不利である。適当な触媒の存在下、この反応で炭酸エステルを得る場合、アセトンのジメチルアセタール等の脱水剤を加えて水を除く必要がある。また、平衡を炭酸エステルの生成へ偏らせるために、この反応は高温及び高圧を必要とする場合が殆どである。
【0009】
本発明の目的は、穏和な反応条件でもアルコールから直接炭酸エステルを得る製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、アルカリ金属の炭酸塩及びアルカリ金属のR−CO−Z塩(式中、ZはO、S又はNRである。R及びRは水素原子又は一価の炭化水素基である。)のうちの1種又は2種以上から選択されるアルカリ金属塩、並びに式(1−1)〜(1−4)で表される化合物(以下、「化合物(1)」という。)の1種又は2種以上の存在下、一価アルコールと二酸化炭素とを反応させて、式(2)で表される炭酸エステル(以下、「炭酸エステル(2)」という。)を得る炭酸エステルの製造方法である。下記式中、R及びR’は上記一価アルコールに含まれる一価の炭化水素基である。R及びR’は同一の基でもよく、異なる基でもよい。Xはハロゲン原子である。Yは水素原子又はアルコキシ基である。
【0011】
【化2】

【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法では、アルコールと二酸化炭素とを反応させることにより、炭酸エステルを得ることができる(即ち、得られる炭酸エステル中の炭化水素基は、いずれもアルコールに由来する。)。有機ハロゲン化合物を基質として用いる従来の製造方法と比べ、経済的・効率的に炭酸エステルを得ることができ、廃棄物の副生による環境への負荷を抑えることができる。本発明の製造方法は、従来の方法と比べて、有機ハロゲン化合物を、生成物である炭酸エステルに導入される基質として用いずとも、穏和な反応条件でもアルコールから直接炭酸エステルを得ることができる。本発明の製造方法は、種々の一価アルコールを用いることができ、基質の一般性が従来法と比べて大幅に広がっている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
上記アルカリ金属の炭酸塩の種類には特に限定はない。該炭酸塩として具体的には、例えば、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、及び炭酸セシウムが挙げられる。上記炭酸塩として炭酸セシウム(CsCO)を用いると、収率及び選択性に優れるので好ましい。上記アルカリ金属の炭酸塩は1種単独で用いてもよく、2種以上を用いてもよい。例えば、上記アルカリ金属の炭酸塩として、炭酸セシウムと他の上記アルカリ金属の炭酸塩とを併用することができる。本発明では、上記アルカリ金属の炭酸塩は、少なくとも炭酸セシウムを含むことが好ましい。
【0014】
上記アルカリ金属のR−CO−Z塩〔(R−CO−Z)A,A;アルカリ金属〕の種類には特に限定はない。該塩を構成するアルカリ金属は、リチウム、ナトリウム、カリウム、及びセシウムのいずれでもよい。上記アルカリ金属として好ましくはセシウムである。上記塩は1種単独で用いてもよく、2種以上を用いてもよい。例えば、上記塩として、セシウム塩と他のアルカリ金属の塩とを併用することができる。本発明では、上記塩は、少なくともセシウムのR−CO−Z塩を含むことが好ましい。
【0015】
上記式中、ZはO、S又はNRである。Zとして好ましくはOである。上記式中、R及びRは水素原子又は一価の炭化水素基である。R及びRは同じ基でもよく、それぞれ異なる基でもよい。例えば、R及びRは共に水素原子又は一価の炭化水素基でもよい。また、R及びRはのうちの一方が水素原子であり、他方が一価の炭化水素基でもよい。上記一価の炭化水素基の種類及び内容は、後述のRの説明が妥当する。上記一価の炭化水素基の炭素数は通常1〜10、好ましくは1〜8、更に好ましくは1〜6、より好ましくは1〜4である。上記一価の炭化水素基として具体的には、例えば、C1〜10アルキル基(好ましくはC1〜8アルキル基、更に好ましくはC1〜6アルキル基、より好ましくはC1〜4アルキル基)が挙げられる。
【0016】
上記塩として具体的には、例えば、アルカリ金属のカルボン酸塩(R−CO−O塩)が挙げられる。アルカリ金属のカルボン酸塩として具体的には、例えば、RがC1〜10アルキル基(好ましくはC1〜8アルキル基、更に好ましくはC1〜6アルキル基、より好ましくはC1〜4アルキル基)であるアルカリ金属のカルボン酸塩が挙げられる。上記アルカリ金属のカルボン酸塩としては、アルカリ金属(例えばセシウム)のギ酸塩及び酢酸塩が好ましい。
【0017】
本発明では、アルカリ金属塩として、アルカリ金属の炭酸塩及びアルカリ金属のR−CO−Z塩のうちの1種又は2種以上を用いる。本発明では、1種又は2種以上のアルカリ金属の炭酸塩を用いてもよく、1種又は2種以上のアルカリ金属のR−CO−Z塩を用いてもよい。また、本発明では、1種又は2種以上のアルカリ金属の炭酸塩と1種又は2種以上のアルカリ金属のR−CO−Z塩とを併用してもよい。
【0018】
式(1−1)〜(1−4)中、Xはハロゲン原子である。該ハロゲン原子として具体的には、例えば、Cl、Br及びIが挙げられる。上記ハロゲン原子として好ましくはCl又はBrである。Xが2以上存在する場合(式(1−2)〜(1−4))、各Xは同じハロゲン原子でもよく、異なるハロゲン原子でもよい。例えば、Xが2以上存在する場合、全てのXをCl又はBrとすることができる。
【0019】
式(1−1)〜(1−4)中、Yは水素原子又はアルコキシ基(−OR,R;一価の炭化水素基)である。Yが2以上存在する場合(式(1−1)〜(1−3))、各Yは同じ基又は原子でもよく、異なる基又は原子でもよい。例えば、Yが2以上存在する場合、全てのYが水素原子でもよく、一方が水素原子で他方がアルコキシ基でもよい。アルコキシ基が2以上存在する場合、各アルコキシ基は同じアルコキシ基でもよく、異なるアルコキシ基でもよい。
【0020】
上記アルコキシ基の構造には特に限定はない。Rは、鎖状構造でもよく、環状構造でもよい。Rは、直鎖状でもよく、側鎖を有していてもよい。Rは、飽和結合のみで構成されていてもよく、不飽和結合を含んでいてもよい。Rは、構造中に他の置換基を1種又は2種以上有していてもよい。例えば、Rは、構造中に炭素原子及び水素原子以外の原子を含む置換基を有していてもよい。Rは、構造中に、炭素原子及び水素原子以外の原子を1個又は2個以上含んでいてもよい。上記炭素原子及び水素原子以外の原子としては、例えば、ケイ素原子、酸素原子及び窒素原子の1種又は2種以上が挙げられる。
【0021】
上記アルコキシ基として具体的には、例えば、メトキシ基、エトキシ基、n−プロポキシ基、及びi−プロポキシ基が挙げられる。また、炭素原子及び水素原子以外の原子を含む上記アルコキシ基として、例えば、アルコキシシリル基(RSi−(CH−O−,n;1以上の整数、R;アルキル基)が挙げられる。該アルコキシシリル基に含まれるアルキル基の構造には特に限定なない。通常、メチル基又はエチル基である。
【0022】
化合物(1)として具体的には、例えば、テトラハロゲン化メタン、トリハロゲン化メタン、並びにジハロゲン化メタン及びその誘導体(Y−CHX)が挙げられる。化合物(1)としてより具体的には、四塩化炭素、クロロホルム、ジクロロメタン、ジブロモメタン、ジヨードメタン、及びメトキシクロロメタンが挙げられる。本発明では、化合物(1)として、式(1−1)〜(1−4)で表される化合物の1種又は2種以上を用いることができる。即ち、本発明では、式(1−1)〜(1−4)で表される化合物の1種のみを用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0023】
上記一価アルコール(R−OH,R;一価の炭化水素基)の種類及び構造には特に限定はない。上記一価アルコールは、第一級アルコール、第二級アルコール、及び第三級アルコールのいずれでもよい。上記一価アルコールとして好ましくは、第一級アルコールである。上記一価アルコールは通常1種用いるが、2種以上を用いてもよい。
【0024】
は、一価の炭化水素基であればその構造に限定はない。Rは、鎖状構造でもよく、環状構造でもよい。Rは、直鎖状でもよく、側鎖を有していてもよい。Rは、飽和結合のみで構成されていてもよく、不飽和結合を含んでいてもよい。Rは、構造中に他の置換基を1種又は2種以上有していてもよい。例えば、Rは、構造中に炭素原子及び水素原子以外の原子を含む置換基を有していてもよい。Rは、構造中に炭素原子及び水素原子以外の原子を1個又は2個以上含んでいてもよい。上記炭素原子及び水素原子以外の原子としては、例えば、酸素原子及び窒素原子の1種又は2種以上が挙げられる。
【0025】
上記一価の炭化水素基として具体的には、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、アリールアルキル基、アリールアルケニル基、及びアリールアルキニル基が挙げられる。
【0026】
上記アルキル基、アルケニル基、及びアルキニル基の炭素数には特に限定はない。上記アルキル基の炭素数は、通常1〜15、好ましくは2〜10、更に好ましくは3〜10、より好ましくは3〜8である。また、上記アルケニル基及びアルキニル基の炭素数は、通常2〜15、好ましくは2〜10、更に好ましくは3〜10、より好ましくは3〜8である。上記アルキル基、アルケニル基、及びアルキニル基が環状構造の場合(シクロアルキル基、シクロアルケニル基、シクロアルキニル基)、その炭素数は、通常4〜10、更に好ましくは5〜8、より好ましくは6〜8である。
【0027】
上記アルキル基として具体的には、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、i−ブチル基、sec−ブチル基、t−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、及び2−エチルヘキシル基が挙げられる。上記シクロアルキル基として具体的には、例えば、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、及び2−メチルシクロヘキシル基が挙げられる。上記アルケニル基としては、例えば、ビニル基、アリル基、及びイソプロペニル基が挙げられる。上記シクロアルケニル基として具体的には、例えば、シクロヘキセニル基が挙げられる。
【0028】
上記アリール基、アリールアルキル基、アリールアルケニル基、及びアリールアルキニル基(以下、「アリール基等」と総称する。)の炭素数には特に限定はない。この炭素数は通常6〜15、好ましくは6〜12、更に好ましくは6〜10である。
【0029】
上記アリール基等は、他の置換基を1種又は2種以上有していてもよい。例えば、上記アリール基等に含まれる芳香環は、他の置換基を1種又は2種以上有していてもよい。例えば、上記アリール基は、無置換のアリール基だけでなく、置換アリール基でもよい。芳香環に位置する置換基の位置は、o−、m−、及びp−のいずれでもよい。上記置換基として具体的には、例えば、ハロゲン原子(F、Cl、Br及びI等)、アルキル基、及びアルコキシ基の1種又は2種以上が挙げられる。
【0030】
上記アリール基として具体的には、例えば、フェニル基、トリル基、エチルフェニル基、キシリル基、クメニル基、メシチル基、ハロゲン化フェニル基(o−、m−、及びp−)、メトキシフェニル基(o−、m−、及びp−)、エトキシフェニル基(o−、m−、及びp−)、1−ナフチル基、2−ナフチル基、並びにビフェニリル基が挙げられる。上記アリールアルキル基として具体的には、ベンジル基、メトキシベンジル基(o−、m−、及びp−)、エトキシベンジル基(o−、m−、及びp−)、並びにフェネチル基が挙げられる。上記アリールアルケニル基として具体的には、例えば、スチリル基及びシンナミル基が挙げられる。
【0031】
上記一価アルコールとしてより具体的には、例えば、式(3−1)又は(3−2)で表される一価アルコールが挙げられる。式(3−1)中、Rはアリール基である。mは1以上の整数である。式(3−2)中、R〜Rは水素原子又は一価の炭化水素基である。R〜Rは同一の基又は原子でもよく、異なる基又は原子でもよい。更に、R及びRは互いに結合して環状構造を形成していてもよい。
【0032】
【化3】

【0033】
式(3−1)中、Rは、ベンゼン系芳香族化合物由来のアリール基でもよく、非ベンゼン系芳香族化合物由来のアリール基でもよい。上記ベンゼン系芳香族化合物由来のアリール基として具体的には、例えば、フェニル基、縮合環芳香族化合物由来のアリール基(ナフチル基等)、並びに複素芳香族化合物(フラン、チオフェン、ピロール、及びイミダゾール等)由来のアリール基が挙げられる。
【0034】
上記アリール基に含まれる芳香環は、他の置換基を1種又は2種以上有していてもよい。例えば、上記フェニル基は、無置換のフェニル基(C−)を有する場合だけでなく、置換フェニル基も含む。上記置換基の位置は、o−、m−、及びp−のいずれでもよい。上記置換基として好ましくは、ハロゲン原子(Cl、Br及びI等)又は電子供与性基である。該電子供与性基の種類及び構造には特に限定はない。該電子供与性基としては、例えば、アルキル基及びアルコキシ基が挙げられる。
【0035】
式(3−1)中、mは1以上の整数、好ましくは1〜5の整数、更に好ましくは1〜3の整数、特に好ましくは1又は2である。
【0036】
式(3−2)中、R〜Rを構成する上記一価の炭化水素基の種類及び構造には特に限定はない。上記一価の炭化水素の内容は、Rの説明が妥当する。R〜Rの具体的組み合わせには特に限定はない。R及びRを上記一価の炭化水素基とし、Rを水素原子とすることができる。また、R及びRを水素原子とし、Rを上記一価の炭化水素基とすることができる。更に、R〜Rのうち少なくとも1つはアリール基が好ましい。該アリール基の内容は、Rの説明が妥当する。
【0037】
上記二酸化炭素を反応系に存在させる方法には特に限定はない。上記二酸化炭素は固体状で反応系に添加してもよい。また、本発明では、反応雰囲気を二酸化炭素ガス雰囲気下とすることにより、上記二酸化炭素を反応系に存在させてもよい。本発明では、例えば、反応容器内に二酸化炭素ガスを充填して反応を行うことができる。
【0038】
本発明により得られる炭酸エステル(2)は、式(2)で表される。式(2)中、R及びR’は上記一価アルコールに含まれる一価の炭化水素基である(即ち、炭酸エステル(2)のR及びR’は、いずれも基質である上記一価アルコールに由来する。)。従って、R及びR’の内容は、上記一価アルコールの一価の炭化水素基の説明が妥当する。R及びR’は同一の基でもよく、異なる基でもよい。通常、R及びR’は同一の基である。
【0039】
本発明では、上記アルカリ金属塩及び化合物(1)の存在下、一価アルコールと二酸化炭素とを反応させる。ここで、「存在下」とは、上記アルカリ金属塩及び化合物(1)が反応過程の少なくとも一部の段階で存在していればよく、反応過程の全ての段階で常に存在している必要はない。即ち、本発明では、上記アルカリ金属塩及び化合物(1)を反応系に加えれば、「存在下」の要件を満たす。例えば、本発明では、上記アルカリ金属塩及び化合物(1)を反応系に加えた後、反応過程で上記アルカリ金属塩及び化合物(1)に何らかの変化が生じたとしても、上記アルカリ金属塩及び化合物(1)の「存在下」に含まれる。
【0040】
本発明の製造方法は、通常、溶媒中で行う。該溶媒の種類には特に限定はない。該溶媒は極性溶媒でもよく、非極性溶媒でもよい。該極性溶媒はプロトン性極性溶媒でもよく、非プロトン性極性溶媒でもよい。また、上記溶媒は1種の溶媒でもよく、2種以上の混合溶媒でもよい。上記溶媒として好ましくは極性溶媒であり、より好ましくは非プロトン性極性溶媒である。
【0041】
上記極性溶媒として具体的には、例えば、THF、アニソール、1,4−ジオキサン、シクロペンチルメチルエーテル、及びエステル化合物(例えば、酢酸エチル)が挙げられる。また、上記非プロトン性極性溶媒として具体的には、例えば、DMSO、アミド系溶媒(DMF、DMA、DMI及びNMP等)、ウレア系溶媒(DMPU等)、リン酸アミド系溶媒(HMPA等)、ニトリル系溶媒(プロピオニトリル等)、及びニトロアルカン系溶媒(ニトロメタン及びニトロエタン等)が挙げられる。上記非プロトン性極性溶媒として好ましくは、アミド系溶媒である。
【0042】
本発明の製造方法では、反応系に他の物質を添加してもよい。該他の物質としては、例えば、クラウンエーテルが挙げられる。反応系にクラウンエーテルを添加すると、炭酸エステル(2)の収率を高めることができるので好ましい。上記クラウンエーテルとして具体的には、例えば、12−クラウン−4、15−クラウン−5、及び18−クラウン−6が挙げられる。上記クラウンエーテルとして18−クラウン−6が好ましい。
【0043】
本発明の製造方法の反応条件には特に限定はない。本発明の製造方法は、従来の方法と比べて穏和な条件で反応を進めることができる。例えば、反応時間は1〜48時間、好ましくは8〜36時間とすることができる。反応温度は20〜200℃、好ましくは40〜150℃とすることができる。また、反応圧力は0.5気圧以上(例えば、1気圧以上、より詳細には1〜3気圧)とすることができる。反応圧力が上記範囲であると、穏和な条件で反応を進めることができるので好ましい。反応雰囲気にも特に限定はない。本発明の製造方法は、例えば、二酸化炭素ガス雰囲気下で行うことができる。より具体的には、例えば、本発明の製造方法は、二酸化炭素ガス雰囲気下、0.5気圧以上(例えば、1気圧以上、より詳細には1〜3気圧)の反応圧力で行うことができる。
【0044】
本発明では、反応過程で反応条件を適宜変更することができる。例えば、本発明では、反応過程で反応温度を変更することができる。変更前後の反応温度の具体的範囲には特に限定はない。本発明では、反応過程で反応温度を昇温させると、炭酸エステル(2)の収率及び選択性が向上するので好ましい。炭酸エステル(2)の収率及び選択性が向上する理由は以下の通りと考えられる。本発明では、反応により炭酸エステル(2)の他、下記化合物(B)が副成する。反応過程で反応温度を昇温させると、下記化合物(B)を炭酸エステル(2)に変換することができる。その結果、炭酸エステル(2)の収率及び選択性を高めることができる(本説明は、発明の理解のための説明である。本説明は、本発明の内容を何ら定義又は限定する趣旨の説明ではない。)。
【0045】
【化4】

【0046】
反応過程で反応温度を昇温させる場合、昇温前後の温度(a;昇温前の温度、b;昇温後の温度。a<b)の関係には特に限定はない。上記aは通常80〜110℃、好ましくは90〜110℃であり、上記bは通常110℃以上、好ましくは120℃以上、更に好ましくは120〜140℃である。また、上記aとbの比(b/a)は通常1.1〜1.5、好ましくは1.2〜1.4である。
【0047】
上記アルカリ金属塩及び化合物(1)の量は、炭酸エステル(2)を製造できる限り特に限定はない。上記化合物(1)の量は、上記一価アルコール2mmolに対して1.0mmol以上、好ましくは1.5mmol以上、更に好ましくは2.0mmol以上とすることができる。また、上記アルカリ金属塩の量は、上記一価アルコールに対して通常20mol%以上、好ましくは40mol%以上、更に好ましくは100mol%以上、より好ましくは200mol%以上である。上記アルカリ金属塩の量が上記範囲であると、炭酸エステル(2)の収率が高いので好ましい。尚、上記アルカリ金属塩の量の上限は特に限定はないが、通常は300mol%である。
【0048】
本発明の製造方法では、従来の方法で用いられていた各種遷移金属触媒、有機スズ触媒、及び脱水剤を必ずしも用いる必要がない。従って、本発明の製造方法は、各種遷移金属触媒、有機スズ触媒、及び脱水剤を用いずに行うことができる。これにより、従来の方法と比べてより効率的に炭酸エステルを得ることができる。勿論、本発明の製造方法では、脱水剤を用いてもよい。
【0049】
本発明の製造方法では、上記のように、穏和な反応条件でもアルコールから直接炭酸エステルを得ることができる。本発明の製造方法は、種々の一価アルコールを用いることができ、基質の一般性が従来法と比べて大幅に広がっている。また、本発明の製造方法において、上記一価アルコールがシス−トランス異性体(例えば、式(3−2)で表される一価アルコール)である場合、立体構造を保持した状態で収率を向上させることができるので好ましい。これは、穏和な反応条件により立体構造の変化を抑制されるためと考えられる(本説明は、発明者の推測である。本説明は、本発明の内容を何ら定義又は限定する趣旨の説明ではない。)。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。尚、本発明は、実施例に示す形態に限られない。本発明の実施形態は、目的及び用途等に応じて、本発明の範囲内で種々変更することができる。
【0051】
(1)実験例1
以下に記載の方法により、種々のアルコールを用いて、炭酸エステルを製造した。反応スキームを以下に示す。
【0052】
【化5】

【0053】
ヒートガンで加熱しながら減圧脱水した反応容器をアルゴンガスで満たした。次いで、アルゴンガスを吹付けながら反応容器を開け、固体のCsCO(1303.3mg、4mmol)を加えた。この反応容器にNMP(1ml)を加え、CsCOの懸濁溶液を調製した。この溶液に、CHCl(400μl、6.2mmol)とベンジルアルコール(207μl、2mmol)を加えた。反応容器を液体窒素で冷却して凍結脱気し、COで満たした1リットルの集気袋を取り付け、反応容器内をCOで満たした。
【0054】
続いて、この溶液を100℃で12時間攪拌した。その後、この溶液に飽和NHCl水溶液を加え、この水溶液を酢酸エチルで3回抽出した。全ての抽出液を集め、有機層をNaSOで乾燥した。この固体と液体の混合液をろ過し、得られたろ液を減圧留去して濃縮し、粗生成物を得た。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:酢酸エチル/n−ヘキサン)により精製し、目的生成物であるジベンジルカーボネートを得た(232mg)。単離重量を電子天秤で測定し、単離収率を求めた(96%)。
【0055】
アルコール及び反応時間を、以下の表1及び表2に記載のアルコール及び反応時間とする他は、上記と同様の方法により、各種炭酸エステルを得た。その単離収率を以下の表1及び表2に示す。表1及び表2中、「NMR yield」とは、生成物を単離後、生成物に0.1mmolの1,1,2,2−テトラクロロエタン(標準物質)を加え、CDClにこれらを溶解させ、H−NMRを測定し、そのスペクトルの積分値から換算して求めた単離収率である(以下の実験例の「yield」及び「単離収率」も同じ方法で求めた結果である。)。また、表1及び表2中、「Conversion(%)」とは、基質であるアルコールの消費割合を表した値である。即ち、未反応のアルコールと標準物質のH−NMRスペクトルの積分値の比から未反応のアルコールのモル量を計算し、得られた値から逆算して消費されたアルコールのモル量を求め、アルコールのモル量に占める消費されたアルコールのモル量の割合として算出した値である。
【0056】
【表1】

【0057】
【表2】

【0058】
表1及び表2より、エントリー1〜18のいずれも、炭酸エステル(A)を得ることができた。アリール基を含むアルコールを用いた場合(エントリー1〜7)、炭酸エステル(A)の収率が高かった。特に、無置換のアリール基又は置換基としてメトキシ基又はハロゲン原子を含むアリール基を含むアルコールを用いた場合(エントリー1〜4、6及び7)、炭酸エステル(A)の収率が高かった。アリール基を含むアルコールを用いた場合(エントリー11)は、類似構造でアリール基を含まないアルコールを用いた場合(エントリー8)と比べて、炭酸エステル(A)の収率が高かった。
【0059】
(2)実験例2
実験例1と同じ手順(但し、反応時間は12時間とした。)で、ジクロロメタンに代えて四塩化炭素を用いて炭酸エステルを製造した。その結果、炭酸エステル(A)の収率は40.3%であった。
【0060】
一方、実験例1と同じ手順(但し、反応時間は23時間とした。)で、ジクロロメタンに代えて1−ジクロロ−2−ジクロロエタン(CHCl−CHCl)及び1−クロロ−2−トリクロロエタン(CHCl−CCl)を用いて反応を行った。しかし、炭酸エステル(A)は得られなかった。また、ジクロロメタンを無添加とする他は、実験例1と同じ手順で反応を行った。しかし、炭酸エステル(A)は得られなかった。
【0061】
(3)実験例3
実験例1と同じ手順(但し、CsCOの量は0.8mmol、反応時間は23時間とし、溶媒はDMFを用いた。反応温度は表3記載の温度とした。)で、種々の有機ハロゲン化合物を用いて、炭酸エステルを製造した。反応スキーム及び結果を以下の表3に示す。
【0062】
【表3】

【0063】
表3より、ジクロロメタン、ジブロモメタン、及びジヨードメタンのいずれを用いても、穏和な条件で炭酸エステルが得られた。
【0064】
(4)実験例4
実験例1と同じ手順(但し、反応時間は12時間とした。)で、種々のアルカリ金属の炭酸塩を用いて、炭酸エステルを製造した。反応スキーム及び結果を以下の表4に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
表4より、アルカリ金属の炭酸塩としてCsCO以外の炭酸塩を用いた場合でも、炭酸エステルを得ることができた。また、クラウンエーテルを添加することにより、炭酸エステルの収率が向上した。
【0067】
(5)実験例5
アルカリ金属塩として、炭酸セシウムに代えて、酢酸セシウム又はギ酸セシウムを用いる他は、実験例1と同じ手順(但し、反応時間及びアルカリ金属塩の量は表5の記載に変更した。)で炭酸エステルを製造した。反応スキーム及び結果を表5に示す。尚、炭酸セシウムに代えて、水酸化セシウムを用いる他は、実験例1と同じ手順で炭酸エステルの製造を試みた。
【0068】
【表5】

【0069】
表5より、アルカリ金属のR−CO−Z塩(酢酸セシウム及びギ酸セシウム)を用いた場合でも、穏和な条件で炭酸エステルを得ることができた。一方、アルカリ金属塩として水酸化セシウムを用いた場合には、炭酸エステルを得ることができなかった。
【0070】
(6)実験例6
ヒートガンで加熱しながら減圧脱水した反応容器をアルゴンガスで満たした。次いで、アルゴンガスを吹付けながら反応容器を開け、固体のCsCO(1303.3mg、4mmol)を加えた。この反応容器にNMP(1ml)を加え、CsCOの懸濁溶液を調製した。この溶液に、CHCl(400μl、6.2mmol)とアルコール((E)−1l)(2mmol)を加えた。反応容器を液体窒素で冷却して凍結脱気し、COで満たした1リットルの集気袋を取り付け、反応容器内をCOで満たした。続いて、この溶液を100℃で12時間攪拌した(1段階反応)。その後、反応容器内のCOをアルゴンガスに置換した。次いで脱水剤(無水NaSO;142mg,1mmol)を反応溶液に加え、反応溶液を125℃で6時間攪拌した(2段階反応)。
【0071】
その後、この溶液に飽和NHCl水溶液を加え、この水溶液を酢酸エチル(10ml)で3回抽出した。全ての抽出液を集め、有機層をNaSOで乾燥した。この固体と液体の混合液をろ過し、得られたろ液を減圧留去して濃縮し、粗生成物を得た。これをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:酢酸エチル/n−ヘキサン=10/1)により精製し、目的生成物である炭酸エステル(A)を得た。
【0072】
1段階反応終了時点で炭酸エステル(A)及び化合物(B)の単離収率を測定した。また、2段階反応終了時点で炭酸エステル(A)の単離収率を測定し、この結果に基づいて、2段階反応におけるアルコール(1)の回収率(%)を求めた(2段階反応により、化合物(B)から炭酸エステル(A)及びアルコール(1)が生じる。)。反応スキーム及び結果を以下の表6に示す。また、アルコール((E)−1l)に代えて、アルコール(1b)、(1i)〜(1p)を用いる他は、上記と同様の方法により、炭酸エステル(A)を得た。そして、上記の方法により、1段階反応終了時点での炭酸エステル(A)及び化合物(B)の単離収率、並びに2段階反応におけるアルコール(1)の回収率(%)を求めた。その結果を表6に示す。尚、2段階反応の段階で脱水剤(無水NaSO)を加えない他は、上記と同様の方法により、炭酸エステル(A)を製造した。2段階反応終了時点での炭酸エステル(A)の単離収率は70%であった。
【0073】
【表6】

【0074】
表6より、実験例1と同様に、種々の構造のアルコールを基質として用いても、炭酸エステル(A)を得ることができた。アルコール(1)としてシス−トランス異性体を用いた場合((E)−1l,(Z)−1l)、立体構造を保持した状態で収率を向上させることができることが確認された。更に、表6より、2段階反応後の炭酸エステル(A)の単離収率及びアルコール(1)の回収率の合計は100%近い値であった。即ち、1段階反応終了時点で副生した化合物(B)が炭酸エステル(A)及びアルコール(1)へと変換されることが分かる。この結果、炭酸エステル(A)の収率が更に向上すると共に、生成物(炭酸エステル(A))の選択性にも優れることが分かる。
【0075】
(7)実験例7
基質アルコールとして(R)−フェネチルアルコール(1q)を用いる他は、実験例1と同じ手順で炭酸エステル(2q)を製造した。上記の方法により、炭酸エステル(2q)の単離収率(%)を測定した。
【0076】
得られた炭酸エステル(2q)を単離(0.36mmol)し、NMP(0.36ml)に溶解した。次いでKCO(0.036mmol)及びd−バリノール(0.36mmol)を加え、125℃で12時間反応させることにより、炭酸エステル(2q)を分解して、(R)−フェネチルアルコール(1q)(0.58mmol)を得た。上記の方法により、(R)−フェネチルアルコール(1q)の単離収率(%)を測定した。また、キラルHPLC分析により、(R)−フェネチルアルコール(1q)のエナンチオマー過剰率(%ee)を測定した。反応スキーム及び結果を以下に示す。
【0077】
【化6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属の炭酸塩及びアルカリ金属のR−CO−Z塩(式中、ZはO、S又はNRである。R及びRは水素原子又は一価の炭化水素基である。)のうちの1種又は2種以上から選択されるアルカリ金属塩、並びに式(1−1)〜(1−4)で表される化合物の1種又は2種以上の存在下、一価アルコールと二酸化炭素とを反応させて、式(2)で表される炭酸エステルを得る炭酸エステルの製造方法。
【化1】

(式中、R及びR’は上記一価アルコールに含まれる一価の炭化水素基である。R及びR’は同一又は異なる基である。Xはハロゲン原子である。Yは水素原子又はアルコキシ基である。)
【請求項2】
R及びR’は同一の基である請求項1記載の炭酸エステルの製造方法。
【請求項3】
XはCl、Br又はIである請求項1又は2記載の炭酸エステルの製造方法。
【請求項4】
上記アルカリ金属の炭酸塩は、少なくともCsCOを含む請求項1乃至3のいずれかに記載の炭酸エステルの製造方法。
【請求項5】
上記アルカリ金属のR−CO−Z塩は、少なくともアルカリ金属のカルボン酸塩を含む請求項1乃至3のいずれかに記載の炭酸エステルの製造方法。
【請求項6】
上記反応は極性溶媒中で行う請求項1乃至5のいずれかに記載の炭酸エステルの製造方法。
【請求項7】
更にクラウンエーテルを反応系に存在させる請求項1乃至6のいずれかに記載の炭酸エステルの製造方法。

【公開番号】特開2011−98949(P2011−98949A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295911(P2009−295911)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】