説明

無機系肥料および無機系肥料の製造方法

【課題】植物に対する複数の必須元素の効能を長期にわたり持続する肥料を提供する。
【解決手段】無機系肥料において、ゼオライトは、窒素およびカリウムの少なくとも一方の元素を含む。リン酸カルシウム系化合物は、ゼオライトの表面の少なくとも一部を覆う。窒素はアンモニウムイオンとしてゼオライトの内部に置換された状態で存在する。ゼオライトは、平均径が0.1〜10μmの結晶である。リン酸カルシウム系化合物は、平均径が30〜500nmの微結晶である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウム系化合物で表面が覆われた無機系肥料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、無機物を主成分とした肥料が知られている。例えば、特許文献1には、無機物であるゼオライトに石灰窒素残渣を混合させた土壌改良材が開示されている。このような土壌改良材を始め、市販されている無機系化学合成肥料は、多くのものが水に溶けやすく、即効性はあるものの持続性の観点から更なる改良の余地があった。そこで、例えば、特許文献2には、ゼオライトなどの多孔質鉱物を被担持物質として、その表面若しくは細孔内にリン酸塩を担持させたことで緩効性を付与したとされる緩効性リン酸肥料が開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−281477号公報
【特許文献2】特開2000−233987号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、植物の成長因子として三大必須元素である窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)は、それぞれ葉肥、花肥(実肥)、根肥として重要な役割を果たすため、これらが適切に配合された肥料が求められている。
【0005】
しかしながら、上述の土地改良材や肥料においては、これら複数の必須元素を含むものではなく、要求される用途に応じて別途他の成分を含む肥料を混合して用いる必要があるため、作業が煩雑になる。また、ゼオライトに担持されていない必須元素については、仮に他の肥料で代替したとしても効果の長期的な持続は困難である。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、植物に対する複数の必須元素の効能を長期にわたり持続する肥料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の無機系肥料は、窒素およびカリウムの少なくとも一方の元素を含むゼオライトと、ゼオライトの表面の少なくとも一部を覆うリン酸カルシウム系化合物と、を有する。
【0008】
この態様によると、ゼオライトは植物の成長に重要な役割を果たす窒素やカリウムを細孔内に含有できるため、例えば土壌に混ぜた状態で水溶液に触れると、これらの元素やその元素を含むイオンを水溶液を介して土壌中に徐々に放出することができる。つまり、肥料として植物に必要な元素を供給するという効能を長期にわたり発揮することができる。加えて、ゼオライトの表面がリン酸カルシウム系化合物で覆われているため、水溶液に対する溶解性が抑えられることで肥料としての効能をより長期にわたり発揮することができる。一方、植物の成長に重要な役割を果たすリンについても、ゼオライトの表面にリン酸カルシウム系化合物という状態で付与されている。しかも、リン酸カルシウム系化合物は一般的には水溶液に対して溶解性が低いため、リンについても土壌中に徐々に放出することが可能となる。
【0009】
ここで、「ゼオライト」とは、例えば、IUPACで定義されるミクロ細孔の直径の分布が0.5〜2nmを中心とした結晶性の多孔体であり、主に下記一般式
(M1,M21/2(AlSi2(m+n))・XH
〔式中,M1:Na、K等の1価陽イオン、M2:Ca2+、Sr2+等の2価陽イオン、m≦n〕
で示される組成を有するアルミノシリケートに代表される物質である。
【0010】
窒素はアンモニウムイオンとしてゼオライトの内部に置換された状態で存在してもよい。これにより、ゼオライトの内部に窒素が蓄えやすくなるとともに、窒素を含むイオンとして土壌中に溶出することが可能となる。
【0011】
ゼオライトは、平均径が0.1〜10μmの結晶であってもよい。このようなゼオライトは、結晶性が高く一つの粒子が大きいため、リン酸カルシウム系化合物による被覆効果と相まって水溶液に対する溶解性をより抑えることができる。
【0012】
リン酸カルシウム系化合物は、平均径が30〜500nmの微結晶であってもよい。これにより、ゼオライトの表面に緻密な膜を形成することができ、水溶液に対する溶解性をより抑えることができる。
【0013】
本発明の別の態様は、無機系肥料の製造方法である。この方法は、カルシウムを含むゼオライトを、窒素、カリウムおよびリンのうち少なくとも2種の元素を含むアルカリ水溶液に浸漬する浸漬工程を有する。
【0014】
この態様によると、窒素、カリウムおよびリンのうち少なくとも2種の元素を含むアルカリ水溶液に浸漬するという簡便な方法で、ゼオライトの内部に窒素やカリウムを含ませるとともに、ゼオライトの表層に例えばリン酸カルシウム系化合物という状態でリンを担持させることができる。
【0015】
アルカリ水溶液は、リン酸アンモニウムを含む溶液であってもよい。これにより、ゼオライトに含まれるカルシウムとのイオン交換という形で簡便にゼオライトに窒素を含ませることができる。
【0016】
アルカリ水溶液は、水酸化カリウムを含む溶液であってもよい。これにより、ゼオライトに含まれるカルシウムとのイオン交換という形で簡便にゼオライトにカリウムを含ませることができる。
【0017】
ゼオライトをアルカリ水溶液に浸漬する際の反応温度は、25〜120℃の範囲であってもよい。これにより、ゼオライトの表層に効率よくリン酸カルシウム系化合物を形成することができる。
【0018】
浸漬工程は、ゼオライトをアルカリ水溶液に対して複数回浸漬してもよい。これにより、浸漬回数を適切に制御することで植物に必要な元素の溶出速度を制御できる。
【0019】
浸漬工程の後に、150℃〜800℃の温度範囲で焼成する焼成工程を含んでもよい。これにより、リン酸カルシウム系化合物の結晶化が促進され溶出速度を更に低下させることができるため、更に長期にわたり肥料としての効能を発揮し続けることができる。
【0020】
なお、上述した各要素を適宜組み合わせたものも、本件特許出願によって特許による保護を求める発明の範囲に含まれうる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、植物に対する複数の必須元素の効能を長期にわたり持続する肥料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
はじめに、本発明者等が本願発明なすに至った経緯について説明する。本発明者等は、無機系肥料の一つであるゼオライトが、アンモニウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの植物の成長因子として重要な陽イオン種を細孔中に含有することができる点に着目し、これら陽イオン種を水との接触を利用してゆっくりと土壌中に放出することで肥料としての用途がある点に想到した。その一方で、このようなゼオライトは、植物の三大必須元素の陰イオンであるリン酸イオンを含まないため、これを改善する必要がある点にも想到していた。
【0023】
一方で、アパタイトを主とするリン酸カルシウム系化合物は、低溶解性の性質を持ち、その緻密固化体については、放射性物質長期固定化材料としての技術開発が進められている。このような性質からアパタイトを肥料として用いた場合、ほとんど溶解しないため、その効果は著しく遅いという先入観があった。しかしながら、上述のような状況の下、本発明者等は、アパタイトを主とするリン酸カルシウム系化合物を用いることにより、ゆっくりとリン酸イオンの溶解が進む肥料として有用な材料になり得るのではないかと考えて鋭意検討を行った。本願発明はその成果であり、以下に実施の形態として、植物の三大必須元素を担持し得るゼオライトを主成分とする無機系肥料およびその製造方法について説明する。
【0024】
(ゼオライト)
本実施の形態に係るゼオライトとしては、ゼオライト系化合物中の陽イオン、例えばナトリウムイオン等をカルシウムイオン(Ca2+)で置換することによって十分な量のカルシウムが含有されたゼオライト系化合物が好適である。そして、このCa2+で置換したゼオライト系化合物と、リン酸またはリン酸塩の溶液とを反応させ、表層にアパタイト系化合物を生成させることで、表層にアパタイト系化合物が被覆されたゼオライト系化合物を製造する。
【0025】
ここで、「ゼオライト系化合物」は、「結晶性の多孔質アルミノシリケート」として定義することができるもので、少なくともこの定義に含まれる各種の化合物が本実施の形態に係るゼオライトとして用いることができる。例えば、一般式としては、
(M1,M21/2(AlSi2(m+n))・XH
〔式中,M1:Na、K等の1価陽イオン、M2:Ca2+、Mg2+、Sr2+等の2価陽イオン、m≦n〕
で表わされるゼオライト化合物である。具体的には、Na12(Al12Si1248)・27HOで表わされるゼオライトA等が知られている。
【0026】
また、ゼオライト系化合物の形態としては、例えば、粉粒状、破砕物状、繊維状、板状、ブロック状等であってよい。より好ましくは、IUPACで定義されるミクロ細孔の直径の分布が0.5〜2nmであるとよい。また、ゼオライトを含むゼオライト系化合物は、平均径が0.1〜10μmの結晶であるとよい。このようなゼオライトは、結晶性が高く一つの粒子が大きいため、リン酸カルシウム系化合物による被覆効果と相まって水溶液に対する溶解性をより抑えることができる。
【0027】
なお、粒子径の測定は、沈降重量法や遠心沈降光透過法、レーザー回折・光散乱法などの測定法が可能である。流動相中における凝集などを区別できない可能性があるので、透過型電子顕微鏡、走査型電子顕微鏡により直接観察し、個々の粒子の長短径の平均値を求め、個数基準による各フラクションの対数正規分布から平均粒子径を求めることが好ましい。
【0028】
また、本実施の形態に好適な「アパタイト系化合物」には、一般式として、Ca10(PO(Xはハロゲン原子や水酸基を示す)で表わされるリン酸カルシウム系アパタイト等、各種のものが含まれる。例えば、水酸アパタイト:Ca10(PO(OH)や、フッ素アパタイト:Ca10(PO等が例示される。また、「リン酸塩」としては、リン酸カルシウム、リン酸アンモニウム、リン酸ナトリウム等の各種のものであってよい。なお、リン酸カルシウム系化合物は、平均径が30〜500nmの微結晶であるとよい。これにより、ゼオライトの表面に緻密な膜を形成することができ、水溶液に対する溶解性をより抑えることができる。
【0029】
本実施の形態に係る肥料の製造方法の概略は、カルシウムを含むゼオライトをビーカーに入れ、所定pH、所定濃度のリン酸アンモニウム水溶液と水酸化カリウムを含む混合溶液を加え、所定温度、所定時間反応させる。この場合、その混合溶液はリン酸アンモニウム水溶液と水酸化カリウム水溶液でなくても、リン酸イオン、アンモニウムイオン、カリウムイオンのうち、いずれか2種を含んでいればいかなるイオンや分子を含んでいてもよい。また混合溶液の温度は0℃から沸点までの任意の温度でよく、その反応時間と濃度も任意でよく、そのpHは7〜12が好ましい。
【0030】
次に生成物を洗浄・ろ過分離し、凍結乾燥することで、植物三大必須元素のうち少なくとも2種の元素を含み、ゼオライト粒子表面の全面あるいは一部がリン酸カルシウム系化合物で覆われた無機系肥料を得る。この場合、凍結乾燥法以外の乾燥器による乾燥、真空乾燥法などいかなる乾燥法でもよい。
【0031】
反応時の圧力と温度は、溶液の沸点以下であれば任意の条件でよい。例えば、ゼオライトをアルカリ水溶液に浸漬する際の反応温度は、25〜120℃の範囲が好ましい。これにより、ゼオライトの表層に効率よくリン酸カルシウム系化合物を形成することができる。また、アパタイト系化合物の生成には、中性あるいはアルカリ性の溶液、つまりpH7以上の溶液が好適である。なお、アルカリ水溶液は、リン酸アンモニウムを含む溶液が好ましい。これにより、ゼオライトに含まれるカルシウムとのイオン交換という形で簡便にゼオライトに窒素を含ませることができる。また、アルカリ水溶液は、水酸化カリウムを含む溶液であることが好ましい。これにより、ゼオライトに含まれるカルシウムとのイオン交換という形で簡便にゼオライトにカリウムを含ませることができる。
【0032】
ゼオライトのカルシウム置換については、その反応条件や方法については特に制限はないが、例えば、塩化カルシウム溶液にゼオライトを入れて10〜40時間程度浸漬することによってイオン交換する。そして、試料を十分洗浄した後、再び塩化カルシウム溶液にゼオライトを入れる。このような操作を3〜10回繰り返してナトリウムイオンをカルシウムイオンで置換することができる。
【0033】
このイオン交換において使用するカルシウム塩は水に溶解するものであればいかなるカルシウム塩でもよく、また濃度も特に制限されるものではない。そして、イオン交換する時のカルシウム塩溶液の温度についても0℃から沸点までの任意の温度でよい。このようなイオン交換はアルカリ性で行うことが望ましく、この時のpH調整液としては例えばアンモニア水が好ましいが、これらに特に限定されることはない。
【0034】
また、ゼオライトを被覆するリン酸カルシウム系化合物は、浸漬するリン酸塩の水溶液の濃度や反応温度、反応時間を適宜調整することで、所望の被覆率や膜厚で形成されることが可能となる。以下、ゼオライトを被覆するリン酸カルシウム系化合物の形成工程について各実施例を参照して詳述する。なお、各実施例の説明において、それより先の実施例と同様の作用や効果の説明については適宜省略する。
【実施例1】
【0035】
前述の方法によりNa−P1型ゼオライト(Na(AlSi1032)・12HO)をCa2+型にイオン交換した生成物0.5gを、リン酸でpH9に調整した0.5Mリン酸アンモニウム/水酸化カリウム混合溶液(NH/K モル比:1)50mLに浸漬し、40℃、8時間反応させた。反応後の試料は蒸留水でよく洗い凍結乾燥機で、24時間乾燥した。
【0036】
図1は、反応前後の試料の粉末X線回折結果を示す図である。図2(a)は、実施例1における反応前の試料の走査電子顕微鏡での観察結果を示す図、図2(b)は、図2(a)における試料表面の拡大図、図2(c)は、実施例1における反応後の試料の走査電子顕微鏡での観察結果を示す図、図2(d)は、図2(c)における試料表面の拡大図である。
【0037】
図1に示すように、反応前後の試料のX線回折での結晶相の同定の結果、反応後の試料ではゼオライトのピーク(◆)の他に、反応前に認められなかった水酸アパタイトの回折線のピーク(●)が26度と32度の位置に認められた。また、図2(c)、図2(d)に示すように、走査電子顕微鏡での観察の結果、反応後の試料においてゼオライト表面に平均径が30〜500nmの針状リン酸カルシウム微結晶(水酸アパタイト)が生成していることが確認された。これにより、表面に緻密な膜が形成され、水溶液に対する溶解性がより抑えられたゼオライトが生成されたことがわかる。つまり、ゼオライトの内部に含まれている元素(例えば窒素やカリウム)の溶出速度を抑えることができるとともに、リン酸イオン自体の溶出速度も抑えることができるため、従来よりも長期間にわたり土壌や植物に対して植物三大必須元素を供給することが可能な肥料を実現できる。
【0038】
図3(a)は、反応後の試料の透過型電子顕微鏡像(TEM像)に見られる電子回折パターンを示す図、図3(b)は、図3(a)の写真中央部の四角領域のエネルギー分散型X線分析(EDX分析)の結果を示す図である。図3(a)のTEM像に見られるゼオライト表面の針状結晶の電子線回折パターンは水酸アパタイトであることを示している。また、その針状物質のEDS分析結果からCa/P比が1.60であることが示されており、水酸アパタイトのCa/P比(1.66)と近いことからも水酸アパタイトの生成が示唆される(図3(b)参照)。
【0039】
図4(a)は、実施例1に係る試料のSEM像、図4(b)は、図4(a)に示す試料におけるリン(P)をEDX分析を用いてマッピングした図、図4(c)は、図4(a)に示す試料におけるカリウム(K)をEDX分析を用いてマッピングした図である。この結果から、試料中にリンとカリウムが存在していることが確認された。図5は、実施例1に係る試料のフーリエ変換赤外分光法による解析結果を示した図である。図5に示すように、1400cm−1にN−H変角振動が認められたことから、ゼオライト中にアンモニウムイオンが置換された状態で存在することが確認された。これにより、ゼオライトの内部に窒素が蓄えやすくなるとともに、窒素を含むイオンとして土壌中に溶出することが可能となる。
【0040】
表1は、実施例1に係る試料の化学組成分析値(wt%)を示したものである。なお、測定は、粉末融解後の蒸留−水和滴定法(NH)およびICP発光分析法により行われた。
【表1】

【0041】
表1に示すように、定量分析の結果から、アンモニウム、リン、カリウムがそれぞれ、1.74,2.41,5.46wt%存在していることが確認された。以上の結果は、植物三大必須元素を含むゼオライト/アパタイト複合体が合成できたことを示している。つまり、実施例1に示す工程のように、カルシウムを含むゼオライトを、リン酸アンモニウム/水酸化カリウム混合アルカリ水溶液に浸漬という簡便な方法により、ゼオライトの表層にリン酸カルシウム系化合物を形成するとともに、ゼオライトの内部にアンモニウムおよびカリウムを担持する肥料を生成することができる。換言すれば、実施例1に示す工程により、窒素およびカリウムの少なくとも一方の元素を含むゼオライトと、ゼオライトの表面の少なくとも一部を覆うリン酸カルシウム系化合物と、を有する肥料が生成されることが分かる。
【実施例2】
【0042】
次に、実施例1で得られたゼオライト複合体からなる肥料の効能について説明する。実施例1で得られた試料0.1gを浸透管に入れ、100mLの純水を0.5mL/minの滴下速度で浸透滴下しながら試料に接触させる操作を一サイクルとして、この操作を10回(1000mL)繰り返した。その際、各サイクル後に、試料に接触してから落下して貯留された水溶液中のカリウム、リン酸イオン濃度を誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP−OES)により、アンモニウムイオン濃度をフローインジェクション分析装置(FIA)により測定した。
【0043】
図6は、各サイクル後の溶液中に含まれている各元素(イオン)の溶出量の変化を示す図である。図6に示すように、アンモニウム、リン、カリウムが、同様な溶出挙動を示していることが分かる。また、接触回数が増加するにしたがって、一サイクルの接触においてそれぞれの元素が溶出(放出)する量は減少している。しかし、10回目の接触試験においてもアンモニウム、リン、カリウムの放出が確認され、市販の化成肥料には見られない徐放効果が認められた。
【0044】
図7は、表1の複合体の化学組成分析値を用いて、アンモニウム、リン、カリウム、カルシウム、ケイ素、アルミニウムの溶出率を算出した結果を示す図である。図7より、1Lの蒸留水との接触によるアンモニウム(●)、リン(■)、カリウム(◆)の溶出率がそれぞれ73%、57%、27%であることが分かり、複合体中の植物三大必須元素が継続して溶出することが示唆された。同時に、アパタイト中からのリンの溶出は認められたが、カルシウム(▲)の溶出率が低いことが分かる。この結果から、アパタイト中から溶出したカルシウムイオンがゼオライト中にイオン交換吸着され、カリウムやアンモニウムの溶出を促進することが考えられる。
【0045】
図8は、アパタイト合成前後のゼオライトの骨格構造であるケイ素とアルミニウムの溶出率を示す図である。アパタイト合成後の試料(複合体)は、合成前と比較してゼオライトの骨格構造のケイ素とアルミニウムの溶出が1.1wt%以下と少なくなっており、ゼオライト表面にアパタイトを合成することによりゼオライト構造を安定に保持する効果があることが分かった。
【0046】
以上、実施例2による検証実験により以下の点が明らかになった。実施例1に係る試料によれば、ゼオライトは植物の成長に重要な役割を果たす窒素やカリウムを細孔内に含有できるため、例えば土壌に混ぜた状態で水溶液に触れると、これらの元素やその元素を含むイオンを水溶液を介して土壌中に徐々に放出することができる。つまり、肥料として植物に必要な元素を供給するという効能を長期にわたり発揮することができる。加えて、ゼオライトの表面がリン酸カルシウム系化合物で覆われているため、水溶液に対する溶解性が抑えられることで肥料としての効能をより長期にわたり発揮することができる。一方、植物の成長に重要な役割を果たすリンについても、ゼオライトの表面にリン酸カルシウム系化合物という状態で付与されている。しかも、リン酸カルシウム系化合物は一般的には水溶液に対して溶解性が低いため、リンについても土壌中に徐々に放出することが可能となる。
【実施例3】
【0047】
実施例1と同様の実験を、ゼオライトを浸漬するアルカリ水溶液の種類を変えて行った。一つのアルカリ水溶液は、カリウムイオンを含まない0.5Mリン酸アンモニウム水溶液(NH:K=1:0)であり、もう一つのアルカリ水溶液は、アンモニウムイオンを含まない0.5Mリン酸/水酸化カリウム混合溶液(NH:K=0:1)である。そして、得られたゼオライト複合体の溶出試験を実施例2と同様の方法で行った。
【0048】
図9は、リン酸アンモニウム水溶液を用いて合成した複合体の溶出挙動を示す図である。図10は、0.5Mリン酸/水酸化カリウム混合溶液を用いて合成した複合体の溶出挙動を示す図である。図9ではアンモニウムイオンの溶出が、図10ではカリウムイオンの溶出が実施例2(図6)と比較して増加していることが分かる。このようにゼオライトのイオン交換容量の範囲内で、窒素、カリウム溶出量(ゼオライト中の含有量)を制御することができる。
【実施例4】
【0049】
実施例1と同様に、Na−P1型ゼオライト(Na(AlSi1032)・12HO)をCa2+型にイオン交換した生成物0.5gを、リン酸でpH9に調整した0.5Mリン酸アンモニウム水溶液50mLに浸漬し、40℃、8時間反応させた。反応後の試料を蒸留水でよく洗いろ過分離し、再び前述の水溶液に浸漬する操作を行った。その後、0.5Mリン酸アンモニウム/水酸化カリウム混合溶液(NH/K モル比:1)50mLに浸漬し、40℃、8時間反応させた。(アパタイト合成操作:計3回)。
【0050】
表2は、実施例4の浸漬工程で得られた試料の化学組成分析値(wt%)を示したものである。
【表2】

【0051】
実施例1で示した表1の結果と比較して、実施例4の試料ではリン含有量が2倍以上増加していることが分かる。同時にカルシウム含有量も増加していることからゼオライト表面の水酸アパタイト量が増加したことを示唆している。このようにアパタイト合成回数(浸漬回数)を増やすことにより、リン含有量を増加させることができる。つまり、このような試料を用いた肥料の製造工程において浸漬回数を適切に制御することで植物に必要な元素の溶出速度を制御できる。
【0052】
得られた複合体(試料)の溶出試験を実施例2と同様の方法で行った。図11は、実施例4に係る試料の溶出量の変化を実施例2の結果と比較した図である。図12は、実施例4に係る試料の溶出率の変化を実施例2の結果と比較した図である。アパタイト合成3回の試料とアパタイト合成1回の試料のサイクル1回ごとの溶出量を比較すると、わずかにアパタイト合成3回の試料が高い値を示すが、大きな差は見られない(図11参照)。しかし、表2の結果に示されるように実施例4の試料は、実施例2の試料と比較して約2倍のリンを含有しているため、試料が蒸留水1Lと接触した時の溶出率は半分に減少していることが分かる(図12参照)。以上の結果より、アパタイト合成3回の試料は、リン放出の効果が長く持続することを示している。
【実施例5】
【0053】
実施例5では、用いるゼオライトの種類を上述の各実施例で用いていたNa−P1型ゼオライトから合成ゼオライト(LTA型とFAU型)と天然ゼオライト(クリノプチロライト型)に変更して実施例1の方法で試料を合成し、得られた試料の溶出試験を実施例2と同様の方法で行った。図13は、LTA型合成ゼオライトからのイオン種の溶出量の変化を示す図である。図14は、FAU型合成ゼオライトからのイオン種の溶出量の変化を示す図である。図15は、天然ゼオライトからのイオン種の溶出量の変化を示す図である。いずれの種類のゼオライトを用いても、それぞれNa−P1型ゼオライトと同様に、窒素、リン、カリウムの持続的放出が認められた。なお、溶出量については、ゼオライトの陽イオン交換容量の高い順(LTA型ゼオライト>FAU型ゼオライト>天然ゼオライト)に大きいことが分かった。したがって、肥料の用途や肥料が用いられる環境(例えば土壌や天候)に応じて肥料の母材となるゼオライトの種類を使い分けることで、植物必須元素の適切な供給が可能となる。
【実施例6】
【0054】
実施例1で得られた試料0.1gを電気炉で200℃、400℃、800℃で1時間焼成した。焼成後、実施例2と同様の操作を行い複合体からのイオン種の溶出量を測定した。図16は、実施例6に係る試料を200℃で焼成した複合体からのイオン種の溶出量の変化を示す図である。図17は、実施例6に係る試料を400℃で焼成した複合体からのイオン種の溶出量の変化を示す図である。図18は、実施例6に係る試料を800℃で焼成した複合体からのイオン種の溶出量の変化を示す図である。
【0055】
図16〜図18に示すPの初期の溶出量は実施例2の図6と比較して少なく、焼成温度が高温になるに従って溶出量が減少していることが分かる。これはアパタイトの結晶化による安定性の向上に起因していると考えられる。またアパタイトの安定性の向上により、Caの溶出量も減少するため、ゼオライト中のカリウム、アンモニウムイオンとの交換量も減少するため、K、及びNH(200℃のみ、400℃、800℃ではNHとして大気中へ放出)の溶出量も減少した。このような焼成工程により、リン酸カルシウム系化合物の一つであるアパタイトの結晶化が促進され溶出速度を更に低下させることができるため、更に長期にわたり肥料としての効能を発揮し続けることができる。なお、焼成工程における焼成温度は、150℃以上であることが好ましい。これ以上の温度であればアパタイトの結晶化の促進が期待できるからである。
【0056】
以上、本発明を上述の実施の形態や各実施例を参照して説明したが、本発明は上述の実施の形態や各実施例に限定されるものではなく、実施の形態や各実施例の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて実施の形態や各実施の形態における組合せや工程の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態や各実施例も本発明の範囲に含まれうる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明は、農業分野における無機系肥料として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】反応前後の試料の粉末X線回折結果を示す図である。
【図2】図2(a)は、実施例1における反応前の試料の走査電子顕微鏡での観察結果を示す図、図2(b)は、図2(a)における試料表面の拡大図、図2(c)は、実施例1における反応後の試料の走査電子顕微鏡での観察結果を示す図、図2(d)は、図2(c)における試料表面の拡大図である。
【図3】図3(a)は、反応後の試料の透過型電子顕微鏡像(TEM像)に見られる電子回折パターンを示す図、図3(b)は、図3(a)の写真中央部の四角領域のエネルギー分散型X線分析(EDX分析)の結果を示す図である。
【図4】図4(a)は、実施例1に係る試料のSEM像、図4(b)は、図4(a)に示す試料におけるリン(P)をEDX分析を用いてマッピングした図、図4(c)は、図4(a)に示す試料におけるカリウム(K)をEDX分析を用いてマッピングした図である。
【図5】実施例1に係る試料のフーリエ変換赤外分光法による解析結果を示した図である。
【図6】各サイクル後の溶液中に含まれている各元素(イオン)の溶出量の変化を示す図である。
【図7】表1の複合体の化学組成分析値を用いて、アンモニウム、リン、カリウム、カルシウム、ケイ素、アルミニウムの溶出率を算出した結果を示す図である。
【図8】アパタイト合成前後のゼオライトの骨格構造であるケイ素とアルミニウムの溶出率を示す図である。
【図9】リン酸アンモニウム水溶液を用いて合成した複合体の溶出挙動を示す図である。
【図10】0.5Mリン酸/水酸化カリウム混合溶液を用いて合成した複合体の溶出挙動を示す図である。
【図11】実施例4に係る試料の溶出量の変化を実施例2の結果と比較した図である。
【図12】実施例4に係る試料の溶出率の変化を実施例2の結果と比較した図である。
【図13】LTA型合成ゼオライトからのイオン種の溶出量の変化を示す図である。
【図14】FAU型合成ゼオライトからのイオン種の溶出量の変化を示す図である。
【図15】天然ゼオライトからのイオン種の溶出量の変化を示す図である。
【図16】実施例6に係る試料を200℃で焼成した複合体からのイオン種の溶出量の変化を示す図である。
【図17】実施例6に係る試料を400℃で焼成した複合体からのイオン種の溶出量の変化を示す図である。
【図18】実施例6に係る試料を800℃で焼成した複合体からのイオン種の溶出量の変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素およびカリウムの少なくとも一方の元素を含むゼオライトと、
前記ゼオライトの表面の少なくとも一部を覆うリン酸カルシウム系化合物と、
を有することを特徴とする無機系肥料。
【請求項2】
前記窒素はアンモニウムイオンとして前記ゼオライトの内部に置換された状態で存在することを特徴とする請求項1に記載の無機系肥料。
【請求項3】
前記ゼオライトは、平均径が0.1〜10μmの結晶であることを特徴とする請求項1に記載の無機系肥料。
【請求項4】
前記リン酸カルシウム系化合物は、平均径が30〜500nmの微結晶であることを特徴とする請求項1に記載の無機系肥料。
【請求項5】
カルシウムを含むゼオライトを、窒素、カリウムおよびリンのうち少なくとも2種の元素を含むアルカリ水溶液に浸漬する浸漬工程を有することを特徴とする無機系肥料の製造方法。
【請求項6】
前記アルカリ水溶液は、リン酸アンモニウムを含む溶液であることを特徴とする請求項5に記載の無機系肥料の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ水溶液は、水酸化カリウムを含む溶液であることを特徴とする請求項5または6に記載の無機系肥料の製造方法。
【請求項8】
前記ゼオライトをアルカリ水溶液に浸漬する際の反応温度は、25〜120℃の範囲であることを特徴とする請求項5乃至7のいずれか1項に記載の無機系肥料の製造方法。
【請求項9】
前記浸漬工程は、前記ゼオライトを前記アルカリ水溶液に対して複数回浸漬することを特徴とする請求項5乃至8のいずれか1項に記載の無機系肥料の製造方法。
【請求項10】
前記浸漬工程の後に、150℃〜800℃の温度範囲で焼成する焼成工程を含むことを特徴とする請求項7または8に記載の無機系肥料の製造方法。

【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−116284(P2010−116284A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−289607(P2008−289607)
【出願日】平成20年11月12日(2008.11.12)
【出願人】(593165487)学校法人金沢工業大学 (202)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】