説明

無電解めっきの前処理方法及び無電解めっき方法

【課題】生物や自然環境に対する負荷を軽減し得る還元剤を用いた無電解めっきの前処理方法及び無電解めっき方法を提供する。
【解決手段】めっき対象物の無電解めっきの前処理として、表面に無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物を吸着しためっき対象物を、前記化合物の触媒金属成分を還元してめっき対象物の表面に前記触媒金属を析出する還元剤を含有する前処理液に浸漬する際に、還元剤として、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液を用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無電解めっきの前処理方法及び無電解めっき方法に関し、更に詳細には表面に無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物を吸着しためっき対象物を、前記化合物の触媒金属成分を還元してめっき対象物の表面に前記触媒金属を析出する還元剤を含有する溶液に浸漬する無電解めっきの前処理方法、及びこの無電解めっきの前処理方法で得ためっき対象物に無電解めっきを施す無電解めっき方法に関する。
【背景技術】
【0002】
配線基板では、樹脂基板の一面側にパターンを形成する際に、樹脂基板の一面側全面に、無電解めっきによって薄い金属層を形成することが行われている。
かかる無電解めっきの際には、予め樹脂基板等のめっき対象物に前処理が施される。この前処理工程には、めっき対象物の表面に付着している油脂等の汚れを除去する脱脂処理工程と、脱脂処理しためっき対象物の表面を化学エッチング等によって粗面化するエッチング工程と、無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物、例えばPd錯体、Pd−Sn錯体或いは有機パラジウムコロイドを粗面化されためっき対象物の表面に吸着させるキャタリスト工程と、吸着した化合物の触媒金属成分を還元し、めっき対象物の表面に触媒金属、例えばPdを析出するアクセラレータ工程とが含まれる。
このアクセラレータ工程では、めっき対象物の表面に吸着した化合物の触媒金属成分を還元する還元剤として、従来、ジメチルアミンボラン、ホウフッ化水素酸或いは次亜リン酸塩を用いていた。
【0003】
しかし、かかる還元剤は、劇薬であったり、環境保全の観点から好ましくない物質である。
下記特許文献1には、無電解めっきの前処理工程のアクセラレータ工程において、還元剤としてアスコルビン酸を用いることが提案されている。
【特許文献1】特開平11−61425号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この特許文献1で提案された無電解めっきの前処理工程のアクセラレータ工程で還元剤として用いるアスコルビン酸は、いわゆるビタミンCとして知られているものであり、生物及び環境に悪影響を与えることがない。
しかし、本発明者の検討によれば、アスコルビン酸の呈する還元力が弱いため、めっき対象物に吸着した化合物の触媒金属成分を充分に還元できない。
【0005】
そこで、本発明の課題は、充分な還元力を呈することができ、廃棄の際には、簡単な処理で済み、且つ生物環境等に対する負荷を充分に軽減し得る還元剤を用いた無電解めっきの前処理方法及び無電解めっき方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、前記課題を解決するには、生物及び環境にも悪影響を与えることのないアスコルビン酸の呈する還元力を向上することが有利であると考え検討した結果、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液は、アスコルビン酸単体よりも強い還元力を呈することを知り、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、めっき対象物の無電解めっきの前処理として、表面に無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物を吸着しためっき対象物を、前記化合物の触媒金属成分を還元してめっき対象物の表面に前記触媒金属を析出する還元剤を含有する前処理液に浸漬する際に、該還元剤として、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液を用いることを特徴とする無電解めっきの前処理方法にある。
【0007】
また、本発明は、めっき対象物の無電解めっきの前処理として、表面に無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物を吸着しためっき対象物を、前記化合物の触媒金属成分を還元してめっき対象物の表面に前記触媒金属を析出する還元剤を含有する前処理液に浸漬する際に、該還元剤として、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液を用い、前記アルカリ性の水溶液を還元剤として用いた前処理液が前記触媒金属成分を還元する還元力を喪失したとき、前記前処理液に再度の電気分解を施して得られるアルカリ性電解水を前処理液として用いることを特徴とする無電解めっきの前処理方法でもある。
かかる本発明において、還元剤として、アスコルビン酸塩が溶解された水溶液を電気分解して得られたアルカリ性電解水を好適に用いることができる。
更に、本発明は、浸漬されためっき対象物の表面に、溶出している金属イオンを還元して金属を析出する無電解めっき液に、前記めっき対象物を浸漬して無電解めっきを施す際に、該めっき対象物として、前述した前処理を施しためっき対象物を用いることを特徴とする無電解めっき方法にある。
【0008】
これらの本発明において、電解質水溶液として、電解質としての硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、塩化カルシウム、クエン酸ナトリウム、水酸化カルシウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウムおよびクエン酸ナトリウムからなる群から選ばれた少なくとも1種が溶解された電解質水溶液を用いることができる。
また、触媒金属成分を含有する化合物としては、パラジウム成分を含有する化合物を用いることができる。
【発明の効果】
【0009】
アスコルビン酸又はその塩が溶解された水溶液の還元力は弱く、めっき対象物の表面に吸着した化合物の触媒金属成分を還元することができず、めっき対象物の表面に触媒金属を充分に析出できない。
同様に、表面に充分な触媒金属成分が吸着されためっき対象物を、アスコルビン酸又はその塩を還元剤として用いた無電解めっき液に浸漬しても、めっき対象物の表面に目的の金属を充分に析出することができない。
この点、本発明で用いる、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液は、原水溶液よりも還元力が著しく向上される。このため、かかるアルカリ性の水溶液を還元剤として用いた本発明に係る無電解めっきの前処理では、めっき対象物の表面に触媒金属を析出でき、前処理後のめっき対象物の表面には、市販されている無電解めっき液を用いて所望の金属を析出できる。
ところで、この様に、アスコルビン酸又はその塩とアルカリ性電解水とから成るアルカリ性の水溶液を還元剤として用いた無電解めっきの前処理液では、触媒金属成分を還元する還元力の寿命は短いが、この還元力を喪失した前処理液でも、その前処理液を再度電気分解して得られるアルカリ性電解水によれば、充分な還元力を呈し、前処理液として再使用できる。
この様に、本発明に係る無電解めっきの前処理方法或いは本発明に係る無電解めっき方法で用いるめっき対象物の前処理では、還元剤として、生物環境等に対する負荷を殆ど無視できるアスコルビン酸又はその塩とアルカリ性電解水とから成るアルカリ性の水溶液を用いる結果、廃棄の際には、簡単な処理で済み、且つ生物環境等に対する負荷を充分に軽減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明においては、還元剤として、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液を用いることが必要である。
アスコルビン酸又はその塩が溶解された水溶液では、その還元力が弱い。このことは、かかる水溶液に酸化還元指示薬であるメチレンブルーを添加したとき、メチレンブルーの色彩が殆ど変化しないことからも明らかである。このため、アスコルビン酸又はその塩が溶解された水溶液を用いた前処理液では、めっき対象物の表面に触媒金属を充分に析出することができない。
これに対し、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液では、その還元力を著しく向上できる。このことは、かかるアルカリ性の水溶液に、酸化還元指示薬であるメチレンブルーを添加したとき、メチレンブルーの色彩が無色になることからも明らかである。
【0011】
このアルカリ性電解水は、図1に示す電解装置によって得ることができる。図1に示す電解装置には、電解槽10が隔膜12によって、一端部が直流電源18に接続されたチタン板が白金皮膜で覆われた陽極13の他端部が挿入された陽極室14と、一端部が直流電源18に接続されたチタン板が白金皮膜で覆われた陰極15の他端部が挿入された陰極室16とに区画されている。
この隔膜12は、電気分解の際に、陽極室14及び陰極室16で生成したイオンが透過できるものの、水が透過できない隔膜、例えばイオン交換膜を用いることができる。
【0012】
図1に示す電解装置の電解槽10に、水道水をイオン交換膜等に通過して、水道水中に含まれている塩素イオンや金属イオン等を除去した水に、所定量の電解質を添加した電解質水溶液を注水し、直流電源18から陽極13及び陰極15に直流電流を流して電解槽10内の水に電気分解を施す。
この電気分解の際に、陽極室14内の水は酸性を呈する酸性電解水となる。一方、陰極室16内の水はアルカリ性を呈するアルカリ性電解水となる。
かかる電気分解によって得られた電解水のうち、陰極室16から採取したアルカリ性電解水を、無電解めっきの前処理液の還元剤の成分として用いる。
【0013】
この際に使用する電解質は、環境等に無害な塩であって、その水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水が、pH11以上で、ORP(酸化還元電位)が−600mV(vs.SHE)以下となるものが好適である。(「vs.SHE」は、標準水素電極に対する電位であることを示す。)
かかる電解質としては、硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、塩化カルシウム、クエン酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、クエン酸ナトリウムを挙げることができる。これらの電解質のうち、少なくとも1種を電解質として使用することが好ましく、特にアルカリ金属塩を電解質として用いることが好ましい。
この様にして電解質水溶液を電気分解して得られたアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解したアルカリ性の溶液を、無電解めっきの前処理液の還元剤として用いる。
このアスコルビン酸塩としては、アスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸カリウム、アスコルビン酸アンモニウム、アスコルビン酸カリウム等が挙げられるが、このなかでもアスコルビン酸ナトリウムが好適である。
かかるアスコルビン酸又はその塩の添加量は、5.0×10-4mol/l以上、特に好ましくは0.001mol/l以上であることが好ましい。
また、アルカリ性電解水に添加するアスコルビン酸の水溶液は酸性を呈するため、アルカリ性電解水にアスコルビン酸を溶解させると還元剤のpH値が酸性側に変化して還元力が低下する場合がある。この場合には、アルカリ性を呈するアルカリ剤を加えて、アルカリ性を示す還元剤が得られるようにpH調整することが好ましい。アルカリ剤としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を挙げることができる。
【0014】
得られたアルカリ性の溶液を還元剤として用いた無電解めっきの前処理液に浸漬するめっき対象物は、その表面に付着している油脂等の汚れを除去する脱脂処理を施した後、表面を化学エッチング等によって粗面化し、次いで、無電解めっきの核となる触媒金属成分を含む化合物として、Pd−Sn錯体等を粗面化した表面に吸着しためっき対象物である。
かかるめっき対象物を室温〜60℃程度に保持されている前処理液に10分程度浸漬することによって、めっき対象物の表面にPd等の触媒金属を析出できる。
この様に、電解質水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を添加して溶解したアルカリ性の水溶液を還元剤として用いた前処理液に浸漬して、表面にPd等の触媒金属が析出されためっき対象物を、従来から市販されている無電解めっき液に所定時間浸漬することによって、めっき対象物の表面に所望の金属層を形成できる。
【0015】
この前処理液には、生物や自然環境に大きな負荷を与えるジメチルアミンボランやホルムアルデヒド等の還元剤に代えて、電解質水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を添加して溶解した水溶液を用いるため、その取扱いは容易である。
しかも、めっき対象物に前処理を所定回数施した前処理液を廃棄処分する際に、前処理液中には、ジメチルアミンボランやホルムアルデヒド等の生物や環境に大きな負荷を与える還元剤が配合されていないため、その廃棄処理を容易に行なうことができる。
但し、錯化剤等が含有されている前処理液の場合には、錯化剤等を無害化するための処理を施すことを要するが、その処理は簡単であって、前処理液の廃棄処分を行なう前処理としての無害化処理を簡素化できる。
【0016】
ところで、電解質水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を添加して溶解したアルカリ性の溶液を還元剤として用いた無電解めっきの前処理液は、その還元力が徐々に低下し、触媒金属成分を還元する還元力が1日乃至数日で喪失する。
例えば、電解質水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を添加して溶解したアルカリ性の溶液を生成した直後では、酸化還元電位(ORP)が−600mV(vs.SHE)であったが、1日経過後の酸化還元電位(ORP)が−100mV(vs.SHE)に低下する。
この様に触媒金属成分を還元する還元力を喪失した無電解めっきの前処理液であっても、この前処理液を電気分解して得られたアルカリ性電解水では、その還元力を再生できる。
このことは、酸化還元電位(ORP)が−100mV(vs.SHE)に低下した無電解めっきの前処理液を、図1に示す電解装置を用いて電気分解したアルカリ性電解水の酸化還元電位(ORP)が−600mV(vs.SHE)に戻っていることからも明らかである。
【0017】
無電解めっきの前処理液としては、アスコルビン酸塩が溶解された水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水を還元剤として用いることができる。
しかし、この前処理液でも、触媒金属成分を還元する還元力が1日乃至数日で喪失する。このため、同様にして、触媒金属成分を還元する還元力が喪失した前処理液を図1に示す電解装置を用いて電気分解したアルカリ性電解水を前処理液として用いることができる。
この様に、触媒金属成分を還元する還元力が喪失した前処理液を電気分解して得たアルカリ性電解水で還元力が再生している理由は、前処理液中に含有されているアスコルビン酸又はその塩が触媒金属イオンを還元することによって消費された発生期の水素(水素ラジカル)を、電気分解によって再生されたことに因るものと考えられる。
【0018】
触媒金属成分を還元する還元力が喪失した前処理液を図1に示す電解装置を用いて電気分解する際に、還元力を喪失した前処理液と、この前処理液に用いた還元剤を生成するための電気分解で生成された陽極室14側の酸性電解水とを再び混合し、この混合水を電解槽10に投入して電気分解を施してもよい。
また、電解装置の陰極室16に還元力を喪失した前処理液を投入し、この前処理液に用いたアルカリ性電解水を生成するための電気分解で生成された陽極室14側の酸性電解水を陽極室14に投入して電気分解を施してもよい。
この様に、還元力を喪失した前処理液に用いたアルカリ性電解水を生成するための電気分解で生成された酸性電解水を用いることによって、前処理液が次第に減少することを防止できる。
かかる電気分解を繰り返すことによって、還元力を喪失した前処理液を繰り返し使用できる。
但し、電気分解を繰り返すと、前処理液中のアスコルビン酸又はその塩の濃度が次第に低下する。このため、必要に応じてアスコルビン酸又はその塩を、電気分解して得られたアルカリ性電解水に加えること、或いは還元力を喪失した前処理液にアスコルビン酸又はその塩を添加してから電気分解を行い、得られたアルカリ性電解水を前処理液として用いることが好ましい。
【実施例1】
【0019】
電解質水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を添加して溶解したアルカリ性の溶液では、アスコルビン酸又はその塩を水に溶解した溶液よりも還元力が増大し、めっき対象物にパラジウム触媒核を形成できる還元剤として作用することを検証すべく、ボルタンメトリーによる測定(アノード分極曲線の測定)を行った。
つまり、めっき対象物にパラジウム触媒核を定常的に形成するには、金属イオンのカソード析出反応と還元剤のアノード酸化反応との並列反応において、アノードに析出した析出金属が還元剤のアノード酸化に対して触媒活性を有していることが必要である。
このアノード分極曲線の測定は、アノードの電位を負から正に印加して、電流が流れ始める電位(アノード酸化開始電位)と電流量から、アノードに析出した析出金属が還元剤のアノード酸化反応に対する触媒活性の有無が測定できる。通常、アノード酸化開始電位が負方向に大きいほど触媒活性が高い。
【0020】
ここでは、リン酸水素ニナトリウム(50g/L)と水酸化ナトリウム(2.33g/L)を水に溶解した水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水に、0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウムの水溶液を加えて得られた水溶液[以下、(a)水溶液と称する]について、アノード分極曲線の測定を行った。
硫酸ナトリウムや塩化ナトリウム等の電解質を用いた場合には、得られるアルカリ性電解水中の電解質濃度が低いため、アノード分極曲線の測定は困難だからである。
尚、リン酸水素ニナトリウムと水酸化ナトリウムとを水に溶解した水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水は、硫酸ナトリウムや塩化ナトリウム等の電解質を添加した電解質水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水と同程度の負の酸化還元電位(ORP)とアルカリ性とを呈する。
更に、リン酸水素ニナトリウム(50g/L)と水酸化ナトリウム(2.33g/L)を水に溶解した水溶液に、0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウムの水溶液を加えた水溶液[以下、(b)水溶液と称する]、及びリン酸水素ニナトリウム(50g/L)と水酸化ナトリウム(2.33g/L)を水に溶解した水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水[以下、(c)アルカリ性電解水と称する]についても、アノード分極曲線の測定を行った。
【0021】
この電気分解は、図1に示す構成の隔膜式電解装置(MIZ(株)製JED−007)を用いて行った。この電解装置の陽極室14、陰極室16の各容積は、700mlである。陽極13と陰極15とには、白金皮膜によって覆われたチタン板を用い、その寸法は74mm×113mmである。電気分解は、0.6A、100Vの直流電流を15分流して行った。
また、アノード分極曲線の測定は、電気化学測定システムHZ−3000(北斗電工)を用いて電流−電位曲線を測定して行った。
ここで、作用電極には白金製の表面積0.196cm2の回転電極、参照電極には飽和カロメル電極、対極には白金電極、作用電極には白金電極を用いた。測定範囲は−1.0V(vs.SCE)から0Vの電位まで正方向に0.01V/sの走査速度で掃引した。
【0022】
得られた(a)水溶液、(b)水溶液及び(c)アルカリ性電解水について、各特性値(pH、ORP、自然電位)を下記表1に示す。
【表1】

表1において、電位の単位として記載した「vs.SCE」は、飽和カロメル電極に対する電位であることを示し、「vs.Ag/AgCl」は、Ag/AgCl標準電極に対する電位であることを示す。
ここで、自然電位は、電位が掃引されていない状態の液の平衡反応、すなわちこの物質の酸化還元電位であって、電位が掃引されれば電流が流れ始めるため、アノード酸化開始電位とほぼ同じ値をとると考えられる。このため、自然電位の値が負側に大きいほど触媒活性が大きく、(a)水溶液及び(c)アルカリ電解水は、(b)水溶液に比べて還元力が大きい。
尚、ORPと自然電位とに差があるが、これは測定条件が異なるためである。
【0023】
次に、(a)水溶液、(b)水溶液、及び(c)アルカリ性電解水の各々について測定したアノード分極曲線を図2に示す。
図2に示すアノード分極曲線から明らかなように、アノード酸化反応は、(a)水溶液では−0.8V以下の電位で開始し、(b)水溶液では約−0.6Vで開始する。また、(c)アルカリ性電解水では、アノード酸化反応が約−0.8Vで開始している。従って、アノード酸化開始電位の値が負側に大きい順序は、(a)水溶液、(c)アルカリ性電解水、(b)水溶液の順となり、触媒活性、すなわち還元力の大きい順序は、(a)水溶液、(c)アルカリ性電解水、(b)水溶液となる。
また、一定量の電流が流れたとみなすことができる電流密度10mA/dm2に達した時の電位は、(a)水溶液が−0.8Vであるのに対し、(b)水溶液は−0.3Vである。パラジウム触媒核が形成されるためには、この電流密度値に到達したときの電位が負側に大きいほどよく、アスコルビン酸ナトリウム単体ではパラジウム触媒核が形成できないのは、この電位が負側で比較的小さい値であるからと考えられる。
また、(c)アルカリ性電解水では、図2に示す様に、アノード分極曲線が(a)水溶液のものと比べて、−0.3V付近からの立ちあがりが緩慢である。このため、(c)アルカリ性電解水では、電子の放出が緩慢であって、パラジウム触媒核が形成できないものと考えられる。
【実施例2】
【0024】
10.9g/lの濃度の硫酸ナトリウムの水溶液を電気分解し、得られたアルカリ性電解水に、0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウムの水溶液を加えたpH11の水溶液を還元剤として用いた無電解めっきの前処理液を準備した。
先ず、ポリイミドフィルム(Kapton100EN)を水酸化カリウムと界面活性剤とから成るエッチング液に室温下で8分間浸漬して表面を粗面化した後(コンディション工程)、このポリイミドフィルムを40℃に保持しているパラジウム有機錯体の含有溶液(商品名「PFPキャタリスト」奥野製薬工業(株)製)に6分間浸漬し、ポリイミドフィルムの表面にパラジウム有機錯体を吸着した(キャタリスト工程)。
次いで、ポリイミドフィルムの表面に吸着したパラジウム有機錯体の触媒金属成分であるPd成分を還元して触媒金属であるPdを析出すべく、準備した前処理液を60℃に維持しつつ、表面にパラジウム有機錯体を吸着したポリイミドフィルムを10分間浸漬した(アクセラレータ工程)。
かかる一例の前処理を施したポリイミドフィルムに、市販の無電解ニッケルめっき液を用いてめっきを行った。使用した無電解ニッケルめっき液は、奥野製薬工業(株)製のものである。
無電解ニッケルめっきを施したポリイミドフィルムの表面全面には、ニッケル層が形成されており、還元剤として用いた上記溶液によってポリイミドフィルムの表面に触媒金属としてのパラジウム触媒核が充分に析出されたものと判断される。
【比較例1】
【0025】
実施例2において、表面にパラジウム有機錯体を吸着させたポリイミドフィルムを浸漬する前処理液として、0.5g/lの濃度の硫酸ナトリウム水溶液を電気分解して得たアルカリ性電解水を用いた他は、実施例2と同様の方法により、ポリイミドフィルムに前処理と無電解ニッケルめっきを施した。
無電解ニッケルめっきを施したポリイミドフィルムの表面には、ニッケルの析出が確認されず、ポリイミドフィルムの表面に触媒金属としてのパラジウム触媒核が殆ど析出されなかったものと判断できる。
【比較例2】
【0026】
実施例2において、表面にパラジウム有機錯体を吸着させたポリイミドフィルムを浸漬する前処理液として、0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウムの水溶液を用いた他は、実施例2と同様の方法により、ポリイミドフィルムに前処理と無電解ニッケルめっきを施した。
無電解ニッケルめっきを施したポリイミドフィルムの表面には、ニッケルの析出が確認されず、ポリイミドフィルムの表面に触媒金属としてのパラジウム触媒核が殆ど析出されなかったものと判断できる。
【実施例3】
【0027】
実施例3において、表面にパラジウム有機錯体を吸着したポリイミドフィルムを浸漬する前処理液として、下記に示す前処理液を用いた他は、実施例2と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した。
この前処理液は、1.0g/lの濃度の硫酸ナトリウム水溶液を実施例1と同様にして電気分解し、得られたアルカリ性電解水に0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液を加えたものである。
【0028】
こうして前処理を行ったポリイミドフィルムに、無電解銅めっきを施した。この無電解銅めっきは、シプレイ・ファーイースト(株)製の商品名「キューポジット」を無電解銅めっき液として用い、この無電解銅めっき液に室温下でポリイミドフィルムを4分間浸漬して行った。
無電解銅めっきを施したポリイミドフィルムの表面全面には銅層が形成されており、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出していたものと判断できる。
【実施例4】
【0029】
実施例3において、硫酸ナトリウムに代えて、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム又は炭酸カリウムの各々を用いた電解質水溶液を電気分解した他は、実施例3と同様にして無電解めっきの前処理液を得た。
次いで、実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
無電解銅めっきを施したポリイミドフィルムのいずれも、その表面全面に銅層が形成されており、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出していた。
【実施例5】
【0030】
0.5g/lの濃度の硫酸ナトリウムの水溶液を実施例1と同様の方法により電気分解し、得られたアルカリ性電解水に、0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸の水溶液を加えると共に、水酸化ナトリウムを加えてpHが10〜11となるように調整した水溶液を還元剤として用いた無電解めっきの前処理液を準備した。
この前処理液を用いて、実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。無電解銅めっきを施したポリイミドフィルムは、その表面全面に銅層が形成されており、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出していた。
【比較例3】
【0031】
実施例5において、アルカリ性電解水に添加するアスコルビン酸に代えて、抗酸化物質として知られている、0.1mol/lのカテコール(カテキン)、0.01mol/lのタンニン酸、0.1mol/lの没食子酸、或いは還元剤として知られている0.1mol/lの亜硫酸ナトリウム、0.1mol/lのチオ硫酸ナトリウムを用いると共に、水酸化ナトリウムを加えてpHが10〜11となるように調整した他は、実施例5と同様にして無電解めっきの前処理液を得た。
次いで、実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
無電解銅めっきを施したポリイミドフィルムのいずれも、その表面全面に銅層が形成されておらず、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出していなかったと考えられる。
【実施例6】
【0032】
0.5g/lの濃度の硫酸ナトリウムの水溶液を、実施例1と同様にして電気分解し、アルカリ性電解水を得た。このアルカリ性電解水に、0.1mol/l(19.8g/l)の濃度のアスコルビン酸ナトリウムの水溶液を加えて還元剤(前処理液)を得た。この還元剤を用いて実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。得られたポリイミドフィルムの表面全面には銅層が形成されており、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出されたと考えられる。
次いで、この還元剤を60℃で約3時間放置した。放置した還元剤を用いて実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
しかし、無電解銅めっきを施したポリイミドフィルムの表面全面には、銅層が形成されておらず、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出していない。このことから、この還元剤では、その還元力が喪失したものと判断される。
【0033】
かかる還元力を喪失した還元剤を、図1に示す電解装置の陰極室16に戻し、先にアルカリ性電解水を作成したときに採取した酸性電解水を陽極室14に戻して電気分解を行って、陰極室16からアルカリ性電解水を採取した。この際の電気分解は、実施例1と同様な条件とした。
次いで、このアルカリ性電解水を用いて得た無電解めっきの前処理液を使用し、実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
得られたポリイミドフィルムの表面全体には銅層が形成されており、再び電気分解して得られたアルカリ性電解水は、ポリイミドフィルムにパラジウム触媒核を析出させる還元力を有していたことが判る。
【実施例7】
【0034】
0.1mol/lの濃度のアスコルビン酸ナトリウムを添加して溶解したpH7.45の水溶液を、図1に示す電解装置によって電気分解した。この電気分解の条件は実施例1と同様であった。
得られたアルカリ性電解水を還元剤として用いた無電解めっきの前処理液を使用し、実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
得られたポリイミドフィルムの表面全体には銅層が形成されており、電気分解して得られたアルカリ性電解水は、ポリイミドフィルムにパラジウム触媒核を析出させる還元力を有していたことが判る。
【0035】
次いで、この還元剤を60℃で約3時間放置した。この前処理液を用いて実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
しかし、無電解銅めっきを施したポリイミドフィルムの表面全面には、銅層が形成されておらず、無電解めっきの前処理によってポリイミドフィルムの表面にパラジウム触媒核が充分に析出していない。このことから、この前処理液では、その還元力が喪失したものと判断される。
かかる還元力を喪失した前処理液を、図1に示す電解装置の陰極室16に戻し、先にアルカリ性電解水を作成したときに採取した酸性電解水を陽極室14に戻して電気分解を行って、陰極室16からアルカリ性電解水を採取した。この際の電気分解は、実施例1と同様な条件とした。
その後、このアルカリ性電解水を用いて得た無電解めっきの前処理を使用し、実施例3と同様にポリイミドフィルムに無電解めっきの前処理を施した後、実施例3と同様にして無電解銅めっきを施した。
得られたポリイミドフィルムの表面全体には銅層が形成されており、再び電気分解して得られたアルカリ性電解水は、ポリイミドフィルムにパラジウム触媒核を析出させる還元力を有していたことが判る。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】電解装置の構成を説明する概略図である。
【図2】アノード分極曲線のグラフである。
【符号の説明】
【0037】
10 電解槽
13 陽極
14 陽極室
15 陰極
16 陰極室
18 直流電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
めっき対象物の無電解めっきの前処理として、表面に無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物を吸着しためっき対象物を、前記化合物の触媒金属成分を還元してめっき対象物の表面に前記触媒金属を析出する還元剤を含有する前処理液に浸漬する際に、
該還元剤として、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液を用いることを特徴とする無電解めっきの前処理方法。
【請求項2】
めっき対象物の無電解めっきの前処理として、表面に無電解めっきの核となる触媒金属を成分として含む化合物を吸着しためっき対象物を、前記化合物の触媒金属成分を還元してめっき対象物の表面に前記触媒金属を析出する還元剤を含有する前処理液に浸漬する際に、
該還元剤として、電解質水溶液を電気分解して得られるアルカリ性電解水に、アスコルビン酸又はその塩を溶解して得られるアルカリ性の水溶液を用い、
前記アルカリ性の水溶液を還元剤として用いた前処理液が前記触媒金属成分を還元する還元力を喪失したとき、前記前処理液に再度の電気分解を施して得られるアルカリ性電解水を前処理液として用いることを特徴とする無電解めっきの前処理方法。
【請求項3】
前記還元剤として、アスコルビン酸塩が溶解された水溶液を電気分解して得られたアルカリ性電解水を用いる請求項2記載の無電解めっきの前処理方法。
【請求項4】
触媒金属成分を含有する化合物として、パラジウム成分を含有する化合物を用いることを特徴とする請求項1〜3のうちのいずれか一項記載の無電解めっきの前処理方法。
【請求項5】
前記電解質水溶液は、電解質としての硫酸ナトリウム、塩化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、塩化カルシウム、クエン酸ナトリウム、水酸化カルシウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウムおよびクエン酸ナトリウムから成る群から選ばれた少なくとも1種が溶解された電解質水溶液であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の無電解めっきの前処理方法。
【請求項6】
浸漬されためっき対象物の表面に、溶出している金属イオンを還元して金属を析出する無電解めっき液に、前記めっき対象物を浸漬して無電解めっきを施す際に、
該めっき対象物として、請求項1〜5のいずれか一項記載の前処理を施しためっき対象物を用いることを特徴とする無電解めっき方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−206940(P2006−206940A)
【公開日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−18551(P2005−18551)
【出願日】平成17年1月26日(2005.1.26)
【出願人】(000190688)新光電気工業株式会社 (1,516)
【Fターム(参考)】