説明

無電解Ni−Pめっき液および無電解Ni−Pめっき方法

【課題】VGCF(商標)のような大きなサイズのCNTであっても、めっき皮膜中に良好に取り込むことのできる無電解Ni−Pめっき液およびめっき方法を提供する。
【解決手段】無電解Ni−Pめっき液へのVGCF(商標)(市販の直径150nm前後、長さ10〜20μm程度のサイズの大きなカーボンナノチューブ)の分散剤として、トリメチルセチルアンモニウムクロリドを好適とするトリメチルセチルアンモニウム塩を用いためっき液、及びこのめっき液を用いてNi−Pめっきを施すめっき方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無電解Ni−Pめっき液、無電解Ni−Pめっき方法、および無電解Ni−Pめっき液へのCNT分散剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発明者は、めっき液中に分散剤と微細炭素繊維もしくはその誘導体とを添加して、該分散剤によりめっき液中に微細炭素繊維(カーボンナノチューブ:CNT)もしくはその誘導体(以下、これらをCNTと総称する)を分散させ、めっきを施して、基材表面に、微細炭素繊維もしくはその誘導体が混入しているめっき皮膜を形成するめっき方法を提案している(特許文献1)。
そして、この特許文献1では、無電解Niめっき皮膜中にCNTを混入できることにも言及している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−156074号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に示されるめっき方法は、好適には、分散剤にポリアクリル酸を用いてめっき液中にCNTを分散させ、めっきを施すことによって、めっき皮膜中にCNTを取り込むものである。分散剤にポリアクリル酸を用いることによって、CNTをめっき液中に良好に分散させることができる。
しかしながら、無電解めっきの場合には、電解めっきとはめっきの原理が異なり、電解めっきの場合ほどは、めっき皮膜中にCNTを良好に取り込むことはできなかった。
とりわけ、VGCF(商標)のような、直径150nm前後、長さ10〜20μm程度のサイズの大きなCNTをめっき皮膜中に良好に取り込むことは困難であった。
【0005】
本発明は、上記課題を解決すべくなされたものであり、その目的とするところは、VGCF(商標)のような大きなサイズのCNTであっても、めっき皮膜中に良好に取り込むことのできる無電解Ni−Pめっき液および無電解Ni−Pめっき方法を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る無電解Ni−Pめっき液へのCNTの分散剤はトリメチルセチルアンモニウム塩からなることを特徴とする。
トリメチルセチルアンモニウム塩は、トリメチルセチルアンモニウムクロリドが好適である。
【0007】
本発明に係る無電解Ni−Pめっき液は、CNTと、該CNTを分散させるトリメチルセチルアンモニウム塩を含むことを特徴とする。
トリメチルセチルアンモニウム塩は、トリメチルセチルアンモニウムクロリドが好適である。
【0008】
また本発明に係る無電解Ni−Pめっき方法は、上記いずれかの無電解Ni−Pめっき液を用いて無電解めっきを行い、被めっき物に、表面にCNTの先端が突出した無電解Ni−Pめっき皮膜を形成することを特徴とする。
CNTに、太さが100nm〜200nmで、長さが10μm〜20μmの大きなサイズのものを用いることができる。この場合、長さを3μm〜4μmに調節したCNTを用いると好適である。
また、得られた無電解Ni−Pめっき皮膜の熱処理を行うようにしてもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、VGCF(商標)のような大きなサイズのCNTであっても、めっき皮膜中に良好に取り込むことができ、摺動特性に優れる被めっき物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1(A)〜図1(F)は、添加したCNTがVGCF(商標)の場合の無電解Ni−Pめっき皮膜表面のSEM写真である。
【図2】図2(A)〜図2(F)は、添加したCNTがCUT−VGCF(商標)(長さ3〜4μmにカットしたVGCF(商標)の場合の無電解Ni−Pめっき皮膜表面のSEM写真である。
【図3】図3(A)は、図1(F)の拡大SEM写真、図3(B)は図3(A)の拡大断面図、図3(C)は図2(F)の拡大SEM写真、図3(D)は図3(C)の拡大断面図である。
【図4】図4(A)〜図4(F)は、添加したCNTがVGCF(商標)の場合の、240分無電解Ni−Pめっきをした場合のめっき皮膜をさらに熱処理した場合のめっき皮膜表面のSEM写真である。
【図5】図5は、各種CNTを添加して無電解Ni−Pめっきを240分行った無電解Ni−PのCNT複合めっき膜の、ボールオンプレート法による摺動試験結果を示すグラフである。
【図6】図6(A)〜図6(F)は、図5に示すサンプルの摺動試験後の表面状態のSEM写真である。
【図7】図7は、図5に示すサンプルを、400℃で熱処理した複合めっき膜の、ボールオンプレート法による摺動試験結果を示すグラフである。
【図8】図8(A)〜図8(F)は、図7に示すサンプルの摺動試験後の表面状態のSEM写真である。
【図9】ABS樹脂基板上に無電解Ni−Pめっきを行った際のめっき表面状態の写真を示す。
【図10】低リンタイプNi-P合金−CNT複合めっき膜のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下本発明の好適な実施の形態を添付図面を参照して詳細に説明する。
本実施の形態における無電解Ni−Pめっき液は、CNTと、該CNTを分散させるトリメチルセチルアンモニウム塩を含むことを特徴とする。
トリメチルセチルアンモニウム塩としては、トリメチルセチルアンモニウムクロリドが好適である。
【0012】
トリメチルセチルアンモニウム塩の添加量は、めっき浴中のCNTの濃度によって最適な添加量が異なるが、CNTの濃度2g/Lであれば0.5〜1.0 g/l程度が好適である。
CNTの種類は特に限定されないが、VGCF(商標)のような、太さが100nm〜200nmで、長さが10μm〜20μmの大きなサイズのCNTもめっき皮膜中に取り込むことができる。
このような大きなサイズのCNTは、長さを3〜4μm程度のものに調整したものの方が、めっき皮膜中に良好に取り込むことができた。
なお、本実施の形態において、CNTとは、カーボンナノチューブの他、フッ素化カーボンナノチューブなど、カーボンナノチューブの誘導体も含むものとする。
【0013】
トリメチルセチルアンモニウム塩はカチオン系の界面活性剤である。
このトリメチルセチルアンモニウム塩は、CNTを無電解Ni−Pめっき液中に良好に分散させることができる。
上記のように、トリメチルセチルアンモニウム塩はカチオン系の界面活性剤であって、めっき液中で正に帯電し、直鎖状の長い分子でCNTによく絡みつき、CNTを正に帯電させると考えられる。そして、CNTがこのように正に帯電することから、CNTが無電解Ni−Pめっき皮膜に強く吸着され、この状態でさらにめっき皮膜が積み上がっていくことから、CNTがめっき皮膜中に良好に取り込まれると考えられる。直鎖状の長い分子であることから、VGCF(商標)のような太いCNTであっても、CNTによく絡みつき、CNTが良好にめっき皮膜中に取り込まれる一因となっていると考えられる。なお、VGCF(商標)を3〜4μm程度に短く切断した方が、めっき皮膜中への取り込み性は良好であった。
【0014】
なお、カチオン系界面活性剤は種々あるが、トリメチルセチルアンモニウム塩が、CNTの分散性、CNTのめっき皮膜中への取り込み性において良好であった。
上記のように、正に帯電したCNTは、一端においてめっき皮膜に強く吸着され、この状態でめっき皮膜が積み上がっていくことから、CNTはめっき皮膜中で斜めに取り込まれるものが多く、めっき皮膜の表面では、先端が突出した状態となっている。
【0015】
CNTは、摩擦係数が小さく、上記のように、CNTが無電解Ni−Pめっき皮膜の表面に多数斜めに突出している状態であることから、被めっき物表面の摩擦係数も小さく、摺動特性に優れる被めっき物を得ることができる。
得られた無電解Ni−Pめっき皮膜はアモルファス状で比較的硬度が低いが、300〜400℃程度にまで熱処理をすることによって結晶化し、熱処理しないものに対して約1.5倍程度硬度が高くなる。熱処理をした場合でも、CNTの抜けなどはなく、クラックも発生せず、摩擦係数は小さく維持されて摺動特性は良好であった。
【0016】
また、無電解Ni-Pめっきであることから、被めっき物が複雑な形状のものであっても均一な膜厚が得られる。
また、被めっき物が金属、非金属(樹脂材など)に関わらずめっきが可能である。
【実施例】
【0017】
無電解Ni−Pめっき液の組成の一例(組成例1)を下記に示す。
【表1】

上記のように、界面活性剤(分散剤)として、トリメチルセチルアンモニウムクロリド(TMSAC)を0.6g/L添加した。
【0018】
添加したMWCNT(マルチウォールCNT)のサイズを以下に示す。
【表2】

【0019】
被めっき物(基板)、めっき条件、熱処理条件、膜の評価法、特性評価法等を以下に示す。
基板
銅板(3.3cm×3cm×0.3cm)
前処理
通常法 (感受性化+活性化)
めっき条件
温度: 50℃ 時間: 10〜240分 pH: 9 かく拌 : スターラーかく拌
熱処理条件
温度:300〜400℃ 時間: 60分 (赤外線真空加熱装置)
膜の評価
微細構造:FE−SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)(断面:クロスセクションポリシャー)
相構造:XRD (X線回折装置) 組成:EPMA(電子プローブマイクロアナライザー)
特性評価
摺動試験 : ボールオンプレート法 (日章電機(株)MMS−2419)

【0020】
図1(A)〜図1(F)に、組成例1のめっき液で、添加したCNTがVGCF(商標)の場合の無電解Ni−Pめっき皮膜表面のSEM写真を示す(時間はめっき時間を示す)。
図2(A)〜図1(F)に、組成例1のめっき液で、添加したCNTがCUT−VGCF(商標)(長さ3〜4μmにカットしたVGCF(商標)の場合の無電解Ni−Pめっき皮膜表面のSEM写真を示す(時間はめっき時間を示す)。
図3(A)に図1(F)の拡大SEM写真を、図3(B)に図3(A)の拡大断面図を、図3(C)に図2(F)の拡大SEM写真を、図3(D)に図3(C)の拡大断面図を示す。
【0021】
図1〜図3より明らかなように、いずれの場合も、無電解Ni−Pめっき皮膜にCNTが取り込まれ、かつめっき膜表面にCNTの先端側が突出しているのがわかる。特に、3〜4μm程度の長さにカットしたCNTの場合の方が多くめっき皮膜に取り込まれ、かつめっき皮膜表面に突出しているのがわかる。
【0022】
図4(A)〜図4(D)に、組成例1のめっき液で、添加したCNTがVGCF(商標)の場合の、240分無電解Ni−Pめっきをした場合のめっき皮膜をさらに熱処理した場合のめっき皮膜表面のSEM写真を示す。
熱処理をしても、めっき皮膜表面にクラックが発生したり、CNTが抜け落ちてしまうことはなかった。硬度は、熱処理前に比べて約1.5倍ほど高くなった。
【0023】
図5は、各種CNTを添加して無電解Ni−Pめっきを240分行った無電解Ni−PのCNT複合めっき膜の、ボールオンプレート法による摺動試験結果を示すグラフである。縦軸は摩擦係数を示す。
なお、試験条件は次のとおり。
ボール:直径6mmのアルミナ
荷重:2.0N
擦動距離:4mm
擦動回数:50回(往復)
移動距離:0.5mm/s
サンプリング周期:200ms
図5から明らかなように、各種CNTが取り込まれためっき皮膜の方が摩擦係数が各段に小さく(0.1〜0.2)、摺動特性に優れる。特に、CNTがVGCF(商標)の場合が、摩擦係数が一番小さかった。
【0024】
図6(A)〜図6(F)は、図5に示すサンプルの摺動試験後の表面状態のSEM写真である。
図6(A)のCNT無添加のものは、表面に摺動痕が見られる。CNTを添加したものは、摩擦係数が小さいことから摺動痕はほとんど見られない。
【0025】
図7は、図5に示すサンプルを、400℃で熱処理した複合めっき膜の、ボールオンプレート法による摺動試験結果を示すグラフである。試験条件は図5に示すものの場合と同じである。
図5、図7に示されるように、熱処理を施すことによって、摩擦係数は若干上昇するが、CNTを添加しないものよりは、摩擦係数は格段に小さい。
特に、CUT−CNTの場合、摩擦係数はそれほど上昇せず、優れた摺動特性を維持している。
【0026】
図8(A)〜図8(F)は、図7に示すサンプルの摺動試験後の表面状態のSEM写真である。
図8(A)のCNT無添加のものは、表面に摺動痕が見られる。CNTを添加したものは、摩擦係数が小さいことから摺動痕はほとんど見られない。
【0027】
上記実施例では、被めっき物に銅板を用いたが、ABS樹脂などの樹脂材の表面にも良好にめっきできた。図9に、基板:ABS樹脂基板、CNT:カットVGCF、
厚さ:4μmで無電解Ni−Pめっきを行った際のめっき表面状態の写真を示す。良好なめっきが行えている。
【0028】
なお、カチオン系ではないが、ポリエチレングリコールモノ−p−ノニルフェニルエーテルや、ポリアクリルアミドを分散剤として用いたところ、CNTを無電解Ni−Pめっき液中に良好に分散させることはできなかった。
【0029】
組成例1(段落[0016])の浴からはリン濃度が高い、いわゆる高リンタイプ(P濃度:12〜13mass%)のNi-P合金−CNT複合めっきが得られ、これらの複合めっき膜は低い摩擦係数を示し、硬度も高い。
一方、電磁波シールド特性はリン濃度が低い低リンタイプ(P濃度:2〜4mass%)のNi-P合金にCNTを複合した膜が望まれる。
【0030】
低リンタイプの無電解Ni−Pめっき液の組成の一例(組成例2)を次に示す。
【表3】

めっき条件は次のとおり。
温度:40〜50℃
時間:120分
かく拌:スターラーかく拌
CNT:VGCF(商標)
上記の条件で低リンタイプNi-P合金−CNT複合めっきを作製した。作製した膜のSEM写真を図10に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリメチルセチルアンモニウム塩からなる無電解Ni−Pめっき液へのCNTの分散剤。
【請求項2】
トリメチルセチルアンモニウム塩が、トリメチルセチルアンモニウムクロリドであることを特徴とする請求項1記載の無電解Ni−Pめっき液へのCNTの分散剤。
【請求項3】
無電解Ni−Pめっき液において、
CNTと、
該CNTを分散させるトリメチルセチルアンモニウム塩を含むことを特徴とする無電解Ni−Pめっき液。
【請求項4】
トリメチルセチルアンモニウム塩がトリメチルセチルアンモニウムクロリドであることを特徴とする請求項3記載の無電解Ni−Pめっき液。
【請求項5】
請求項3または4記載の無電解Ni−Pめっき液を用いて無電解めっきを行い、被めっき物に、表面にCNTの先端が突出した無電解Ni−Pめっき皮膜を形成することを特徴とする無電解Ni−Pめっき方法。
【請求項6】
CNTに、太さが100nm〜200nmで、長さが10μm〜20μmのものを用いることを特徴とする請求項5記載の無電解Ni−Pめっき方法。
【請求項7】
長さを3μm〜4μmに調節したCNTを用いることを特徴とする請求項6記載の無電解Ni−Pめっき方法。
【請求項8】
得られた無電解Ni−Pめっき皮膜の熱処理を行うことを特徴とする請求項5〜7いずれか1項記載の無電解Ni−Pめっき方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−215977(P2010−215977A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−65049(P2009−65049)
【出願日】平成21年3月17日(2009.3.17)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】