説明

焼結磁性体の加工方法

【課題】焼結体粒子の脱落によるむしれを抑制するとともに、工具寿命の向上を実現する焼結磁性体の切削加工方法を提供する。
【解決手段】浸漬前の密度が6.5g/cm3以上7.7g/cm3以下の焼結磁性体1を油容器52中の粘度5mm2/s以上〜10mm2/s以下の油60に浸漬させ、その油容器52を減圧容器51内に配置し、ポンプ53で減圧容器51内を減圧させて焼結磁性体1の脱ガスを行いつつ、油を充分に染み込ませた後、該焼結磁性体切削加工をする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結磁性体の加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
焼結磁性体のうち特に鉄系の焼結合金は、製造コストが低廉であり、しかも、強度や耐摩耗性などの機械的特性が優れているため、種々の技術分野で多用されている。たとえばプランジャーソレノイド、電磁弁、モーターなどに用いられる磁性部品として焼結磁性体が利用されている。このような焼結合金およびその製造方法は、たとえば、特開2002−353056号公報(特許文献1)、特開平10−298607号公報(特許文献2)などに開示されている。
【0003】
特開2002−353056号公報には、フェライト磁性材料によって構成された焼結磁性体を基板として、その基板の一面に機械切削加工によってリング状凹部とその中心部に立設する凸部とを形成する方法が開示されている。
【0004】
特開平10−298607号公報には、炭素を含む鉄系焼結合金用粉末の粉末成形体またはこの粉末成形体に炭素の拡散温度以下の温度で加熱して得た仮焼結体の表面に、硼素の化合物を含むペースト状の上塗剤を塗布した後に炭素の拡散温度以上の温度で焼結する方法が開示されている。また、この焼結により上塗剤が溶融して粉末成形体の表面から内部の粒子間隙間に浸透することで、被削性の良いフェライト組織が生成されるので、焼結後の切削加工時の被削性が改善されると開示されている。
【特許文献1】特開2002−353056号公報
【特許文献2】特開平10−298607号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記2つの公報に開示された焼結合金は、焼結合金用粉末などの粒子が焼結で焼き固められることにより粒子が有する凹凸の噛み合わせによって接合されたりして形成されている。このため、焼結磁性体は、複数の粒子が比較的小さい結合力で集合し構成された複合体であると言える。
【0006】
よって、金属などを加工する通常の加工方法を用いて焼結磁性体を加工しようとすると、焼結磁性体を構成する粒子が加工面から脱落してむしれが生じるという問題がある。
【0007】
また、特開平10−298607号公報に開示された方法では、被削性の良いフェライト組織の生成により被削性を改善させるものであるため、鉄系の焼結合金以外に適用することができない。また、上塗剤を焼結により溶融させて粉末成形体の表面から内部の粒子間隙間に浸透させると記載されているが、上塗剤を粉末成形体の内部深くまで浸透させることは困難である。このため、鉄系の焼結合金以外を切削する場合や、粉末成形体の内部深くまで切削する場合には、被削性は改善されず、上述のむしれが顕著に生じるという問題や、一定の加工精度が維持できないといった問題や、工具寿命が短くなるという問題が発生する。
【0008】
そこで本発明の目的は、上記の課題を解決することであり、むしれを抑制するとともに、工具寿命の向上を実現する焼結磁性体の加工方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の焼結磁性体の加工方法は、焼結磁性体を大気圧よりも減圧した状態で油に浸漬した後に切削加工をすることを特徴とするものである。
【0010】
上記の焼結磁性体の加工方法において好ましくは、焼結磁性体を大気圧よりも減圧した状態で油に浸漬する工程は、油を入れた容器を減圧容器内に配置し、油内に焼結磁性体を浸漬させた状態で減圧容器内を減圧する工程を含む。
【0011】
上記の焼結磁性体の加工方法において好ましくは、油に浸漬する前の焼結磁性体の密度が6.5g/cm3以上7.7g/cm3以下である。
【0012】
上記の焼結磁性体の加工方法において好ましくは、焼結磁性体を浸漬させる油の粘度は5mm2/s以上10mm2/s以下である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の焼結磁性体の加工方法によれば、焼結磁性体が大気圧よりも減圧した状態で油に浸漬されるため、焼結磁性体の内部に十分に油を染み込ませることができる。この状態で、切削加工が行われると、切削工具による加工点に、染み込んだ油が存在することとなる。この油はその機械加工時において潤滑およびクーラントの役割をなすため、切削加工をスムーズに行うことが可能となり、これによりむしれを抑制することができるとともに工具寿命を向上させることができる。
【0014】
また油を入れた容器を減圧容器内に配置し、油内に焼結磁性体を浸漬させた状態で減圧容器内を減圧することにより、焼結磁性体内のガスの圧力に対して減圧容器内の圧力が低くなる。このため、焼結磁性体内のガスが、ガス圧力の低い焼結磁性体の外部へ引き抜かれ、ガスの引き抜かれた焼結磁性体の内部へ油が染み込む。これにより、焼結磁性体の内部へ十分に油を染み込ませることが可能となる。
【0015】
また油に浸漬する前の焼結磁性体の密度が6.5g/cm3以上で特に減圧による油を染み込ませる効果がより大きくなる。また、7.7g/cm3以下で減圧により油を焼結磁性体の内部に染み込ませることが十分にできる。
【0016】
また焼結磁性体を浸漬させる油の粘度が40℃で5mm2/s以上で焼結磁性体に入った油が真空容器外へ取り出した際に抜け出し難くなり焼結磁性体中に保持される。一方、油に浸漬時の温度条件で油の粘度が10mm2/s以下で減圧下にて焼結磁性体からガスが出て行き易くなるとともに焼結磁性体へ油が入り易くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について図に基づいて説明する。
【0018】
図1は、本発明の実施の形態における加工方法によって加工される焼結磁性体の表面を示した模式図である。図1を参照して、焼結磁性体は、複数の金属磁性粒子10により構成されている。複数の金属磁性粒子10の間には隙間20とが介在している。複数の金属磁性粒子10の各々は、互いに拡散接合によって接合されていたり、金属磁性粒子10が有する凹凸の噛み合わせによって接合されている。
【0019】
金属磁性粒子10は、金属単体でも合金でもよく、また金属酸化物磁性材料、金属磁性材料、合金磁性材料および複合磁性材料の各々の単独よりなっていてもよく、またこれらの任意の組合せよりなっていてもよい。金属磁性粒子10は、たとえば、純鉄(Fe)から形成することができ、またニッケル(Ni)、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、銅(Cu)および炭素(C)をそれぞれ単独でまたは任意の組合せで含む鉄(Fe)系合金から形成することもでき、また上記以外の元素が含まれていてもよい。また金属磁性粒子10は鉄系以外の材料から構成されていても良い。
【0020】
次に、本実施の形態における焼結磁性体の加工方法について説明する。
【0021】
図2は、本発明の一実施の形態における焼結磁性体の加工方法を説明するためのフローチャートである。図3〜図6は、図2中に示す製造方法の各工程を説明するための図である。
【0022】
図2を参照して、準備された原料粉末が混合され(ステップS1)、その後に成形される(ステップS2)。この成形は、図1中に示す金属磁性粒子10を単独で、または他の金属粒子や潤滑材と混合して金型に入れ、たとえば700MPaから1500MPaまでの圧力で加圧成形して圧縮することにより行われる。これにより、図3に示すような例えば円筒状または円盤状の粉末成形体1が形成される。
【0023】
この後、粉末成形体1に図2に示す焼結が施される(ステップS3)。この際、粉末成形体1の溶融点以下の高温(たとえば1150℃〜1250℃)で一定時間加熱することにより金属磁性粒子10の拡散接合が進み合金化が行われる。この焼結は、真空炉で行われることが好ましい。開放炉にて焼結を行うと、浸炭が生じたり、不純物が入り易くなり、磁気特性が劣化し易いからである。この焼結によって、図3に示すような例えば円筒状または円盤状の焼結磁性体1が形成される。
【0024】
この後、焼結磁性体1は、大気圧よりも減圧された状態で油に浸漬される(ステップS4)。このステップは、たとえば図4を参照して、ポンプ53(たとえばロータリーポンプ)が接続された減圧容器51内に、油60を満たした油容器52を配置し、その油60内に焼結磁性体1を浸漬させた状態で、ポンプ53により減圧容器51内を減圧することにより行われる。
【0025】
減圧時の減圧容器51内の温度はたとえば60℃±10℃であり、減圧時の減圧容器51内の圧力はロータリーポンプで引ける程度の圧力(たとえば130Pa(1Torr)以下)であり、その130Pa以下の減圧下での浸漬時間はたとえば20分であることが好ましい。また、油60の種類としては、たとえばラスファイターJ36(登録商標)を用いることが好ましい。
【0026】
焼結磁性体1が油60に浸漬された状態で減圧容器51内を減圧すると、焼結磁性体1内のガスの圧力に対して減圧容器51内の圧力が低くなる。このため、焼結磁性体1内のガスが、ガス圧力の低い焼結磁性体1の外部へ引き抜かれ、ガスの引き抜かれた焼結磁性体1の内部へ油60が染み込む。これにより、焼結磁性体1の内部へ十分に油を染み込ませることが可能となる。
【0027】
上記の減圧処理が完了した後、減圧容器51内が大気圧に戻される。この際、減圧容器51内に急激に空気を入れると油が飛ぶため、減圧容器51の内部を確認しながらゆっくりと減圧容器51内に空気を入れる必要がある。
【0028】
この後、焼結磁性体1に図2に示す切削加工が施される(ステップS5)。図5を参照して、この切削加工は焼結磁性体1を切削工具70の刃先で削り取ることにより行われる。この切削加工においては、潤滑およびクーラントとして作用させるために油を外部から加工部位に供給することが一般的に行われている。しかし、この外部から供給された油は加工点100に到達しがたく、潤滑およびクーラントとしての作用を十分に発揮できず、このことが切削加工においてむしれを生じさせる要因および工具寿命の短命化の要因の1つとなっている。
【0029】
本実施の形態では、焼結磁性体1の内部に十分に油が染み込んでいるため、この加工点100にも内部に染み込んだ油が存在する。このため、内部に染み込んだ油が潤滑およびクーラントとして作用するため、上記のむしれの発生を抑制でき、かつ工具寿命を向上させることができる。
【0030】
この切削加工により、たとえば図6に示すように円筒状または円盤状の焼結磁性体1の端面に凹部1aが形成される。
【0031】
以上に説明した工程により、焼結磁性体1の加工物が完成する。
【0032】
本実施の形態によれば、焼結磁性体1が油60に浸漬された状態で減圧容器51内を減圧するため、焼結磁性体1内のガスの圧力に対して減圧容器51内の圧力を低くすることができる。このため、焼結磁性体1内のガスが、ガス圧力の低い焼結磁性体1の外部へ引き抜かれ、ガスの引き抜かれた焼結磁性体1の内部へ油60が染み込む。これにより、焼結磁性体1の内部へ十分に油を染み込ませることが可能となる。焼結磁性体1の内部に十分に油が染み込んでいるため、切削加工における加工点100にも内部に染み込んだ油が存在する。よって、内部に染み込んだ油が潤滑およびクーラントとして作用するため、むしれの発生を抑制でき、かつ工具寿命を向上させることができる。
【0033】
なお、本実施の形態の加工方法により得られた焼結磁性体の加工物をソレノイド、電磁バルブ、モーターコアなどの製品とした場合、表面性状に優れているため、ばらつきが小さい安定した回転力や吸引力を得ることができる。また、破壊起点となる欠陥が少ないため、製品の強度を向上させることができる。さらに、むしれ等が発生する際に生じる加工歪みが少ないため、優れた磁気的特性を示す製品を実現することができる。
【実施例1】
【0034】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0035】
まず、加工対象となる焼結磁性体を準備するために、金属磁性粒子10としてのアトマイズ純鉄粉を得た。その金属磁性粒子10を圧力686MPa(=7ton/cm)の圧力で加圧成形することによって、密度7.10g/cmの粉末成形体を形成した。その後、真空中において、粉末成形体を1150℃から1300℃ほどの温度条件下で1時間加熱することにより焼結を行って焼結磁性体を得た。
【0036】
この後、本発明例の焼結磁性体については減圧下で油浸漬を行った後に切削加工を行ない、比較例の焼結磁性体については直接、切削加工を行なった。
【0037】
本発明例における減圧下での油浸漬の条件としては、減圧時の減圧容器内の温度を60℃±10℃、減圧時の減圧容器内の圧力を真空度130Pa(1Torr)以下、その減圧下での浸漬時間を20分とし、浸漬に用いる油をラスファイターJ36(登録商標)とした。
【0038】
本発明例および比較例の各切削加工の条件としては、切削速度を150m/min、送りを0.03mm/rev、切り込みを0.48mmとした。
【0039】
この切削加工において比較例では50個加工した時点で工具の刃先にチッピングが発生したのに対し、本発明例では300個加工した時点においても工具の刃先は摩耗してはいるがチッピングを生じていなかった。このことから、本発明例では比較例よりも工具寿命が向上したことがわかる。
【0040】
また本発明例の焼結磁性体では加工面にむしれが発生していなかったのに対して、比較例の焼結磁性体では加工面にむしれが発生していた。
【0041】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明は、切削加工により焼結磁性体を加工する方法に特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施の形態における加工方法によって加工される焼結磁性体の表面を示した模式図である。
【図2】本発明の一実施の形態における焼結磁性体の加工方法を説明するためのフローチャートである。
【図3】図2中に示す製造方法の成形工程によって得られた焼結磁性体の構成を示す概略斜視図である。
【図4】図2中に示す製造方法の減圧下での油浸漬の工程を説明するための図であり、減圧容器内の様子を示す断面図である。
【図5】図2中に示す製造方法の切削加工の工程を説明するための図であり、焼結磁性体が切削工具により切削されている様子を示す断面図である。
【図6】図2中に示す製造方法の切削加工の工程によって得られた焼結磁性体の構成を示す概略斜視図である。
【符号の説明】
【0044】
1 焼結磁性体(または粉末成形体)、1a 凹部、10 金属磁性粒子、20 隙間、51 減圧容器、52 油容器、53 ポンプ、60 油、70 切削工具、100 加工点。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結磁性体を大気圧よりも減圧した状態で油に浸漬した後に切削加工をすることを特徴とする、焼結磁性体の加工方法。
【請求項2】
前記焼結磁性体を大気圧よりも減圧した状態で油に浸漬する工程は、油を入れた容器を減圧容器内に配置し、前記油内に前記焼結磁性体を浸漬させた状態で前記減圧容器内を減圧する工程を含むことを特徴とする、請求項1に記載の焼結磁性体の加工方法。
【請求項3】
油に浸漬する前の前記焼結磁性体の密度は6.5g/cm3以上7.7g/cm3以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の焼結磁性体の加工方法。
【請求項4】
前記焼結磁性体を浸漬させる油の粘度は5mm2/s以上10mm2/s以下であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の焼結磁性体の加工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−952(P2006−952A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−178036(P2004−178036)
【出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(593016411)住友電工焼結合金株式会社 (214)
【Fターム(参考)】