説明

焼鈍分離剤

【課題】鋼板をコイル状に巻き取った際にコイル内径部に発生するバックリングを抑制する焼鈍分離剤を提供する。
【解決手段】マグネシアを含む焼鈍分離剤であって、該マグネシアとして、粒径が25μm以上75μm未満のマグネシア:0.05質量%以上20質量%以下を少なくとも含有し、かつ粒径75μm以上のマグネシアを0.01質量%以下に抑制し、体積収縮率が20%以上80%以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼鈍分離剤であって、特に、方向性電磁鋼板をコイル状に巻き取った際に発生するコイル内径部のバックリングの発生を抑制するのに有効な、焼鈍分離剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、方向性電磁鋼板の製造工程は、所定の成分組成に調整した鋼スラブに、熱間圧延、焼鈍および冷間圧延を施し、再結晶焼鈍、仕上焼鈍、そして平坦化焼鈍を行うのが一般的である。これらの工程のうち、再結晶焼鈍では、続く仕上焼鈍中に鋼板コイルが融着するのを防止するために、焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布するのが通例である。
【0003】
この焼鈍分離剤は、鋼板表面に形成されたシリカと反応させて、鋼板表面にフォルステライト質被膜を形成させるために、マグネシア(MgO)を主体とするものが多い。焼鈍分離剤が塗布された鋼板は、次いでコイル状に巻き取られる。その際、通常の冷延鋼板の場合と同等の巻き取り張力で巻き取ると、縦置き状態(アップエンド状態)で仕上焼鈍する間に、コイルの下部が自重で変形してしまうため、通常の冷延鋼板よりも高い張力で巻き取るのが一般的である。
【0004】
しかしながら、高い張力で巻き取られているために、コイルがゆるんだ際に、コイル内径部に座屈(バックリング)が発生することが問題であった。即ち、バックリングが生じた部分をスクラップにする必要があるため歩留まりが低下し、また、平坦化焼鈍時にコイルを横置き状態(ダウンエンド状態)でペイオフリールに挿入する際に、バックリング部分を予め除去する必要が生じることも問題であった。
【0005】
これらの問題に対し、特許文献1では、コイルの巻き取り張力を適正化するとともに、コイルにゆるみが生じないように焼鈍分離剤の線収縮率を適正化し、また、スラリー化後の焼鈍分離剤中の粒径40μm以上の粒子を低減することにより、つぶれやバックリングを防止する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3885463号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の技術により、形状不良が大きく低減され、歩留まりは改善するものの、圧延条件などの変動により鋼板表面の性状が変化し、鋼板と焼鈍分離剤との界面の摩擦係数が変化した際に、バックリングが依然として発生する点に問題を残していた。
そこで、本発明の目的は、鋼板をコイル状に巻き取った際のコイル内径部のバックリングの発生を抑制する焼鈍分離剤に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題を解決するための方途について鋭意究明した結果、焼鈍分離剤中に適正範囲径の粗大粒を適正量含有させることにより、ロール状に巻き取られた鋼板間にグリップ効果を生じさせ、鋼板間の滑りを機械的に抑制させることによりバックリングを防止できることを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0009】
即ち、本発明の要旨構成は以下のお通りである。
(1)マグネシアを含む焼鈍分離剤であって、該マグネシアとして、粒径が25μm以上75μm未満のマグネシア:0.05質量%以上20質量%以下を少なくとも含有し、かつ粒径75μm以上のマグネシアを0.01質量%以下に抑制し、体積収縮率が20%以上80%以下であることを特徴とする焼鈍分離剤。
(2)前記マグネシアの全含有量が60質量%以上であることを特徴とする、(1)に記載の焼鈍分離剤。
(3)前記マグネシアの全含有量が80質量%以上であることを特徴とする、(1)に記載の焼鈍分離剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、コイル状に巻き取った際に生じるコイル内径部に発生するバックリングを防止することができる。その結果、スクラップコイルの発生が防止されるため製品の歩留まりが向上し、コイルを抜き取ることができない等のライントラブルを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】焼鈍分離剤中に粗大粒を含む場合および含まない場合に対する、引き抜き荷重の時間変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について具体的に説明する。
鋼板をコイル状に巻き取った際に、コイル内径部にバックリングが発生する問題は、電磁鋼板に限った問題ではなく、冷延鋼板においても発生する問題である。コイル内径部にバックリングが発生する原因は、コイルを巻き取る際の巻き取り張力が過大なために、コイルがゆるんだ際にコイル内径部が圧縮応力に耐えられないことにある。このバックリングは、鋼板間の摩擦係数が小さい場合、コイルの真円度が低い場合、または鋼板が薄い場合に起こりやすいことが知られている。そのため、従来は、例えば特許文献1に記載されているように、含有する粗大粒を低減することにより最大静止摩擦係数を高めた焼鈍分離剤が提案されてきた。
【0013】
しかしながら、発明者らは、バックリングが発生するか否かは、鋼板間の最大静止摩擦係数によって必ずしも決定されず、粗大粒を含んで最大静止摩擦係数が小さいにもかかわらず、バックリングが発生しない焼鈍分離剤が存在することを見出したのである。以下に、この知見を得るに至った実験結果について説明する。
【0014】
標準篩で390メッシュ以上、330メッシュ未満(即ち、38μm以上45μm未満)の粒径を有するマグネシアの粗大粒を1.0質量%含み、残部が標準篩で500メッシュ未満(即ち、25μm未満)のマグネシアからなる焼鈍分離剤と、上記粗大粒を含まない同組成の焼鈍分離剤とを、それぞれ塗布した、150mm×80mm×0.27mm厚のサイズの鋼板をそれぞれ3枚用意し、これらを積層して、2.9×10N/m(3.0kgf/cm)の面圧を付与し、2枚目(即ち、真ん中)の鋼板を0.2mm/sの速度で引き抜いた。その際の引き抜き荷重の時間変化を図1に示す。
【0015】
この図から明らかなように、引き抜き荷重の最大値は、粗大粒を含まない場合には400Nであるのに対し、粗大粒を含む場合には390Nとなった。これは、最大静止摩擦係数は、粗大粒を含む場合の方が小さいことを示している。しかし、コイル状鋼板のバックリングは、焼鈍分離剤が粗大粒を含まない場合に発生し、粗大粒を含む場合には発生しなかったのである。
【0016】
この理由は明らかではないが、おおよそ次のメカニズムによるものと考えられる。即ち、粗大粒を含まない焼鈍分離剤では、最大静止摩擦力を超える応力が付与されると、摩擦力は減少する一方である。これに対して、粗大粒が存在する場合には、最大静止摩擦力は粗大粒を含まない場合よりも小さいものの、最大静止摩擦力を超える応力が付与されると、滑りが徐々に発生することにより応力を緩和しつつ、粗大粒により鋼板間にグリップ効果が生じて動摩擦力が上昇して滑りが止まったためと考えられる。
【0017】
以上の実験結果および粗大粒の粒径範囲や含有量を鋭意検討した結果、発明者らは、コイル内径部に発生するバックリングを防止するためには、適正範囲径の粗大粒を適正量だけ焼鈍分離剤に含有させることが有効であることを見出したのである。
【0018】
以下に、本発明について、各構成要件の限定理由について説明する。
まず、焼鈍分離剤中のマグネシアの含有率は任意であるが、優れた被膜性状を得る点から、60%以上とすることが好ましい。これは、マグネシアの含有率を60%以上とすることにより、鋼板表面のシリカと反応させてフォルステライト質被膜を形成させることが容易になるためである。より好ましくは80%以上である。
【0019】
また、マグネシアとして、粒径が25μm以上75μm未満のマグネシア:0.05質量%以上20質量%以下を少なくとも含有するようにする。ここで、粒径を上記範囲に限定する理由は、マグネシアの粒径が25μmよりも小さい場合には、粒径が小さいために鋼板間のグリップ効果が小さいためである。また、75μmよりも大きい場合には、粗大粒がコロとなって最大静止摩擦力の低下が大きくなり、逆にバックリングが生じやすくなるためである。以下、25μm以上の粒径を有する粒子を「粗大粒」と称する。
【0020】
上記範囲径のマグネシアの含有率は、0.05質量%以上20質量%以下とする。即ち、0.05質量%未満では、粗大粒による鋼板間のグリップ効果が小さいためであり、また、20質量%よりも大きい場合には、鋼板表面に形成されたフォルステライト質被膜の表面がざらつきやすくなるためである。
【0021】
一方、粒径が75μm以上のマグネシアを0.01質量%以下に抑制する。これは、含有率が0.01質量%を超えると、鋼板表面に押し疵が生じやすくなるためである。
尚、粒径の制御は、一般的なレーザー散乱方式の粒径分布測定装置では、正確な粒径管理が困難である。そこで、本発明においては、篩残渣によりマグネシアの粒径を規定する。
具体的には、標準篩で200メッシュを通過しない粒子の粒径を75μm以上、通過する粒子の粒径を75μm未満と規定する。また、標準篩で500メッシュ、635メッシュを通過しない粒子の粒径をそれぞれ25μm以上、20μm以上と規定し、標準篩で500メッシュ、635メッシュを通過する粒子の粒径をそれぞれ25μm未満、20μm未満と規定する。本発明においては、上記の方法により篩い分けされたマグネシアを、粒径が25μm未満に予め調整された焼鈍分離剤に適正量添加することにより、所定の粒径を有するマグネシアの含有率を制御する。
【0022】
また、焼鈍分離剤の体積収縮率は、20%以上、80%以下であることが好ましい。これは、体積収縮率が80%以下であれば、次工程の通板時におけるペイオフリール挿入が容易なためであり、また、20%以上であれば、焼鈍中におけるコイル層間への雰囲気ガスの流通性が良好となり、フォルステライト質被膜の外観が良好となるからである。
【0023】
ここで、焼鈍分離剤の体積収縮率(%)は、
(焼成前の体積−焼成後の体積)÷(焼成前の体積)×100
で算出する。
また、体積収縮率を求めるに当たり、焼鈍分離剤2.0gを圧力200kgf/cm(19.6MPa)で外径20mmにプレス成形したものを測定に供した。そして、焼成は、1200℃×20hで窒素雰囲気下にて実施した。
【0024】
なお、焼鈍分離剤の体積収縮率を調整するには様々な手法が存在するが、例えばマグネシアを主体とする場合は、窯業協会誌70〔2〕1962 P335「MgOとFeとの反応とそのマグネシアの焼結に対する影響」に記載があるように、Feの含有量を制御することにより調整でき、同様にFe以外の微量元素の含有量制御によっても調整できる。
また、マグネシアの焼成温度が高いほうが、鋼板塗布後の焼鈍に於ける体積収縮率が低くなる。
【0025】
さらに、マグネシアの粒径分布を制御することによっても、体積収縮率を調整することができる。これは、単一分散粒子よりも複数の粒径の粒子を混合したほうが充填率は上昇し、焼鈍による体積収縮率が低下するためである。このことに関して、例えば化学工学論文集11,433(1985)において、最密充填を得る粒径分布を計算するアルゴリズムが公開されている。マグネシアの粒径分布制御のみにて体積収縮率を適切な範囲に調整できない場合は、シリカ、珪酸化合物、アルミナなどを混合して調整することができる。
【実施例1】
【0026】
C:0.045質量%、Si:3.25質量%、Mn:0.070質量%、Al:80ppm、N:40ppm、S:20ppmを含有し、残部がFeと不可避的不純物からなる電磁鋼板用スラブを1200℃の温度に加熱後、熱間圧延し、2.2mm厚の熱延板とした。この熱延板に1000℃×30秒間の熱延板焼鈍を施し、鋼板表面のスケールを除去した。次に、タンデム圧延機により冷間圧延し、最終冷延板厚を0.30mmとした。その後、均熱温度850℃で90秒間保持する脱炭焼鈍を施して、マグネシア(MgO)90gに対してTiOを10g添加した焼鈍分離剤を鋼板表面に塗布し、内径500mm、外径1000mmのコイル状に巻き取った。このコイルを縦置き(軸を鉛直に)して、1200℃まで25℃/hで昇熱を行う仕上焼鈍を施した後、平坦化焼鈍を施した。ここで、MgOは、粒径が20μm未満のMgOに、表1に記載の粒径に篩い分けした粗大粒のMgOを添加して90gに調整した。尚、焼鈍分離剤の体積収縮率は40%であった。また、焼鈍分離剤中のMgOの含有率は、全て90%以上である。
【0027】
【表1】

【0028】
表1から、25μm以上、75μm未満の粒子を0.05質量%以上、20質量%以下だけ含み、且つ75μm以上の粒子の割合が0.01質量%以下であるときに、バックリングの発生率が1%以下となり、フォルステライト質被膜外観が良好となることが分かる。
尚、被膜外観は目視で観察し、模様または欠陥があるものを不均一、ないものを均一と判定した。
【実施例2】
【0029】
C:0.06質量%、Si:2.95質量%、Mn:0.07質量%、Se:0.015質量%およびCr:0.03質量%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる珪素鋼スラブを、1350℃で40分だけ加熱後、熱間圧延して2.6mm厚の板厚にした後、900℃×60Sの熱延板焼鈍を施した後、1050℃×60Sの中間焼鈍を挟んで冷間圧延し、0.23mmの最終冷延板厚に仕上げ、次いで、均熱温度850℃で90秒間保持する脱炭焼鈍を施して、MgOと粒径が20μm未満のTiOを、表2の割合で混合した焼鈍分離剤を塗布し、内径1000mm、外径2000mmのコイル状に巻き取った。ここで、MgOは、表2に示す割合の粗大粒を含有し、残部は粒径が25μm未満となるように調整した。続いて、コイルを縦置きし、1200℃まで25℃/hで昇熱を行う仕上焼鈍を施した後、平坦化焼鈍を施した。このとき、MgOの活性を変化させ、焼鈍分離剤の体積収縮率を表2のように変化させた。
【0030】
【表2】

【0031】
表2から、焼鈍分離剤中のMgOが60%以上(つまりMgOが主体)であれば、被膜均一性に優れ、体積収縮率が20%以上であれば、被膜均一性に優れ、80%以下であれば、ペイオフリールへの挿入も非常に容易な焼鈍分離剤となることが分かる。
【0032】
尚、被膜外観は目視で観察し、模様、欠陥があるものを不均一、ないものを均一と判定した。ペイオフリールへの挿入の難易判定は、コイルを横置き状態にして挿入準備ができてから変形によってコイル内径が980mm以下になる時間が10分以上の場合に容易と判定し、10分未満の場合に困難と判定した。ただし、挿入はいずれの条件でも可能であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシアを含む焼鈍分離剤であって、該マグネシアとして、粒径が25μm以上75μm未満のマグネシア:0.05質量%以上20質量%以下を少なくとも含有し、かつ粒径75μm以上のマグネシアを0.01質量%以下に抑制し、体積収縮率が20%以上80%以下であることを特徴とする焼鈍分離剤。
【請求項2】
前記マグネシアの全含有量が60質量%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の焼鈍分離剤。
【請求項3】
前記マグネシアの全含有量が80質量%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の焼鈍分離剤。

【図1】
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【公開番号】特開2012−177148(P2012−177148A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−40143(P2011−40143)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】