説明

熱型赤外線検出器を用いた放射温度計

【課題】 コストアップや大型化を招くことなく、周囲温度の急変及び継続的な変化のいずれの場合も、測定誤差の発生を低減し測定精度の向上を実現することができる熱型赤外線検出器を用いた放射温度計を提供すること。
【解決手段】 測定対象から放射される赤外線を検出してその測定対象の温度を測定するサーモパイル7を導電性容器6内に設けた熱型赤外線検出器1を用いた放射温度計において、熱型赤外線検出器1の近傍に設けた測温体16による測定温度を微分処理する一次フィルタ18と、その微分演算出力を、熱型赤外線検出器1の出力から減算処理する減算回路20とを備えて構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種物体の温度を非接触で測定する温度計の一つで、測定対象物から放射される赤外線の吸収に伴って変化する温接点の温度と冷接点の温度との温度差によって発生するサーモパイルの熱起電力を検出することによって、測定対象の温度を測定するように構成されている熱型赤外線検出器を用いた放射温度計に関し、特に、熱型赤外線検出器の周囲温度が変動するときに発生する誤差を低減する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
この種の放射温度計において、熱型赤外線検出器の感温素子であるサーモパイルは、周囲温度が上昇あるいは下降など変動すると、該検出器が有する熱時定数の関係により内部の受光用検出部の温度変化が周囲温度の変化に対して遅れるために、過渡的な電圧が発生する。殊に、周囲温度が時間とともに一定の割合で継続的に変化する場合は、その過渡的な電圧が定常的に発生し続け、これが測定誤差となる。
【0003】
このような周囲温度の変動に伴う測定誤差の低減対策として、従来一般には、熱型赤外線検出器周りの熱容量を大きくしたり、外装ケースと内部の受光用検出部との間に断熱材を介在させて両者間の熱伝導を低くしたりする対策が採られていた。
【0004】
また、サーモパイルの冷接点近傍に抵抗温度特性が負相関するサーミスタを形成し、このサーミスタに定電圧供給装置により定電圧を印加し、可変抵抗を用いてサーミスタの通電発熱量を制御することにより、周囲温度の変動によるサーモパイルの熱起電力の変化を相殺するようにしたサーモパイルの冷接点の温度補償手段を採用したものも従来より提案されていた(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平9−126896号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記した従来一般の誤差低減対策は、外装ケースの外形寸法や熱型赤外線検出器自体の構造上の制約により、実用化には自ずと限界があった。
また、特許文献1等で提案されているようなサーモパイルの冷接点の温度補償手段の場合は、サーミスタの他に定電圧供給装置、可変抵抗など温度補償のために多くの部材や装置を用いる必要があって、コストアップを招くだけでなく、計器全体が大型化しやすく、さらに、この手段はあくまでもスタチックな温度補償であるから、周囲温度が継続的に変化する場合は、サーミスタの通電発熱量の制御遅れにより測定誤差が発生することは避けられないという問題があった。
【0007】
本発明は上述の実情に鑑みてなされたもので、その目的は、コストアップや大型化を招くことなく、周囲温度の急変及び継続的な変化のいずれの場合も、測定誤差の発生を低減し測定精度の向上を実現することができる熱型赤外線検出器を用いた放射温度計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、赤外線透過窓を有する導電性容器内に測定対象から放射される赤外線を検出して温度測定するサーモパイルを設けた熱型赤外線検出器を用いた放射温度計(以下、単に放射温度計という)において、
前記熱型赤外線検出器の温度を測定する測温体と、この測温体による測定温度の変化分を演算する手段と、その変化分演算出力を前記熱型赤外線検出器の出力から減算処理する手段とを備えていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
上記構成を有する本発明に係る放射温度計によれば、熱型赤外線検出器の温度を測温体により測定し、その測定温度を、例えば微分演算するなどしてその変化分を求め、この変化分演算値を熱型赤外線検出器の出力から減算することにより、熱型赤外線検出器の周囲温度が急変する、あるいは、周囲温度が時間とともに一定の割合で継続的に変化するいずれの場合であっても、サーモパイル特性による過渡的な電圧の発生をキャンセルすることができ、したがつて、どのような温度変化のある環境下での使用においても、測定誤差の発生を大幅に低減し測定精度の向上を実現することができる。しかも、従来一般的に採用されていた誤差低減対策に比べて、外装ケースの外形寸法や熱型赤外線検出器自体の構造上の制約をなんら受けることがなく、どのような形態の放射温度計に対しても容易に実用化することができ、また、サーモパイルの冷接点の温度補償手段に比べて、コスト面で有利であるとともに、計器全体を小型化しやすいという効果を奏する。
【0010】
本発明に係る放射温度計において、測温体による測定温度の変化分演算手段としては、請求項2に記載のように、熱型赤外線検出器と同一の熱時定数を有する一次フィルタを用いることが望ましい。この場合は、熱時定数の違いによる応答速度の差に起因する出力変動をなくすることができ、測定精度の一層の向上が図れる。ただし、熱型赤外線検出器の熱時定数が放射温度計自体の仕様上の応答時間に比して十分に小さい場合は、特に、一次フィルタの熱時定数を熱型赤外線検出器と同一とする必要はなく、また、ゲイン調整によって両者の熱時定数を合わせてもよい。
【0011】
また、本発明に係る放射温度計において、測温体による測定温度の変化分演算手段として、請求項3に記載のように、移動平均と差分演算の組み合わせ演算または一次回帰で温度変化率を求める演算を用いてもよい。このような演算手段の場合は、一次フィルタによる微分演算において熱時定数が小さくて処理速度が速いときに起きるノイズの影響をなくして、測定精度をより一層向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明に係る放射温度計の主要部である熱型赤外線検出器1の断面図である。この熱型赤外線検出器1は、例えばコバール等の鉄系金属で形成され、その上面中央部にはシリコンやゲルマニウム等の熱伝導性に優れた半導体を母材とする赤外線透過窓2が形成されている筒状のキャン3と、信号取出し用のリードピン4が上下貫通状態に設けられ前記キャン3の下方開口部を閉塞するように接合された板状のステム5とにより形成される導電性容器6内に、測定対象から放射される赤外線を検出して温度測定するサーモパイル7を設けて構成されている。
【0013】
前記サーモパイル7は、図2に示すように、二種の熱電材料8,9からなる複数の熱電対を直列に接続してなり、前記ステム5の上面に、例えばエポキシ樹脂等の熱伝導性に優れた接着剤を介して接着の支持部材12により支持された、例えばポリエチレンテレフタレート等のポリエチレン系樹脂よりなる絶縁膜10上に、冷接点7cが外側、温接点7hが内側にそれぞれ位置するように形成されており、このサーモパイル7の温接点7hを含む絶縁膜10上の領域に、例えばカーボンブラック膜で構成される受光部Rが形成されている。
【0014】
前記絶縁膜10上には、サーモパイル7の冷接点7cを熱的に接続させる状態でヒートシンク13が接着されており、このヒートシンク13の中央部で前記サーモパイル7の受光部Rに対応する位置には孔14が形成されている。この孔14上部のヒートシンク13上には、前記キャン3における赤外線透過窓2に臨むように、例えばシリコンやゲルマニウム等の熱伝導性に優れた半導体を母材とし、その母材の両面に波長選択性多層膜を形成してなる赤外線透過窓15が保持されており、これによって、前記赤外線透過窓2を通過した赤外線のうち特定波長の赤外光のみを受光部Rに透過させるように構成している。
【0015】
上記のような基本的構成を有する放射温度計において、導電性容器6を構成するステム5の裏側には、白金(Pt)あるいはサーミスタ等の抵抗発熱体の発熱量から温度を測定する測温体16が取り付けられている。
【0016】
図3は、前記測温体16により測定された温度を用いて熱型赤外線検出器1の周囲温度の変動により生じる誤差電圧を補正する補正回路の構成を示すブロック図であり、前記測温体16による発熱量を温度に変換する温度演算回路17と、この演算回路17から出力される温度を微分演算処理する一次フィルタ18と、この一次フィルタ18による微分演算出力を、サーモパイル7による起電力をプリアンプ19により増幅した前記熱型赤外線検出器1の出力から減算処理する減算回路20と、この減算回路20の出力を測定対象の温度に演算処理して表示器(図示省略する)に送出する対象温度演算処理回路21とを備えている。
【0017】
このように構成された放射温度計においては、前記キャン3における赤外線透過窓2を通過した入射赤外線のうち、特定波長の赤外光のみが赤外線透過窓15を透過して受光部Rに至って、サーモパイル7の温接点7hの温度が上昇し、この温度上昇した温接点7hと冷接点7cとの温度差によってサーモパイル7に発生する熱起電力を検出することによって、測定対象の温度が測定されるものであるが、周囲温度が変動すると、サーモパイル7による熱起電力も変化して測定温度に誤差を生じることになり、この周囲温度の変動に伴う測定誤差は、図3に示す補正回路によってキャンセルされる。以下その誤差補正動作について説明する。
【0018】
すなわち、測定対象から放射された赤外線が熱型赤外線検出器1における受光部Rに入射されない場合、該検出器1における容器6の温度Tsと受光部Rの温度Thとの関係はラプラス変換を用いて次式(1)で表される。
Th=Ts/(1+τ・s)……(1)
【0019】
熱型赤外線検出器1におけるサーモパイル7の出力電圧は、受光部Rの温度Th(温接点7hの温度)と容器6の温度Ts(≒冷接点7cの温度)の差に比例するので、周囲温度が変動したときの誤差電圧Verは、(1)式から、
Ver=k・(Th−Ts)
=−Ts・k・τ・s/(1+τ・s)……(2)
となる。
つまり、誤差電圧Verは、容器6の温度Ts(≒冷接点7cの温度)の一次フィルタ18による微分演算で求めることが可能である。したがって、その一次フィルタ18による微分演算出力を、減算回路20において熱型赤外線検出器1の出力から減算処理することによって、周囲温度の変動に伴う過渡的な出力誤差をキャンセルして測定対象の温度を高精度に測定することができる。
【0020】
また、周囲温度の変動に伴い容器6の温度Ts(≒冷接点7cの温度)が、例えば図4に示すように、時間tと共に一定の割合で上昇する場合、Ts=a/s2t なるので、受光部Rの温度Th(温接点7hの温度)は、
Ts=a/{(1−s・τ)s2
=a・{τ2 /(1-s・τ)+1/s2 +τ/s}……(3)
となる。
ここで、τ:熱型赤外線検出器1の熱時定数、a:単位時間当たりの容器温度変化
【0021】
熱型赤外線検出器1におけるサーモパイル7の出力電圧は、上述のとおり、受光部Rの温度Th(温接点7hの温度)と容器6の温度Ts(≒冷接点7cの温度)の差に比例するので、周囲温度が時間tと共に一定の割合で変動したときに定常的に発生する誤差電圧Verは、
Ver=k・(Th−Ts)
=k(Th−a・t)
=k・a・{τ2 ・exp(−t/τ)+τ}……(4)
となる。
ここで、t》τでは、Ver≒k・a・τと一定の値となる。つまり、容器6の温度Ts(≒冷接点7cの温度)が上昇または下降すると、誤差電圧Verが定常的に発生することになるが、この誤差電圧Verも、前述のとおり、一次フィルタ18により微分演算し、その出力を減算回路20において熱型赤外線検出器1の出力から減算処理することによって、キャンセルして測定対象の温度を高精度に測定することができる。
【0022】
上記したように、熱型赤外線検出器1の周囲温度が急変する、あるいは、周囲温度が時間とともに一定の割合で継続的に変化するいずれの場合であっても、サーモパイル特性による過渡的あるいは定常的な誤差電圧の発生をキャンセルすることが可能で、どのような温度変化のある環境下での使用においても、測定誤差の発生を大幅に低減し測定精度の向上を実現することができる。
【0023】
なお、測温体16による測定温度の微分演算手段としては、熱型赤外線検出器1と同一の熱時定数を有する一次フィルタ18を用いることが望ましい。この場合は、熱時定数の違いによる応答速度の差に起因する出力変動をなくすることができ、測定精度の一層の向上が図れる。ただし、熱型赤外線検出器1の熱時定数が放射温度計自体の仕様上の応答時間に比して十分に小さい場合は、特に、一次フィルタ18の熱時定数を熱型赤外線検出器1と同一とする必要はなく、また、ゲイン調整によって両者の熱時定数を合わせてもよい。
【0024】
また、熱型赤外線検出器1としては、サーモパイル7を用いて放射赤外線を検出するものであれば、上記実施の形態で説明したものに限らず、どのような構造のものに適用してもよい。
【0025】
また、上記実施の形態では、測温体16による測定温度の微分演算手段として一次フィルタ18を用いたもので説明したが、これに代えて、移動平均と差分演算の組み合わせ演算または一次回帰で温度変化率(ΔTs/Δt)を求める演算を用いてもよい。このような演算手段の場合は、一次フィルタによる微分演算において熱時定数が小さくて処理速度が速いときに起きるノイズの影響をなくして、測定精度のより一層の向上を図ることができる。
【0026】
さらに、上記実施の形態では、誤差電圧の補正手段として、温度演算回路や一次フィルタ、減算回路等のハード構成を採用したもので説明したが、これらを一括してソフトウェアで演算処理する手段を採用しても、同様な効果を奏することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る放射温度計の主要部である熱型赤外線検出器の断面図である。
【図2】熱型赤外線検出器に用いるサーモパイルの構成を概略的に示す平面図である。
【図3】熱型赤外線検出器の周囲温度の変動により生じる誤差電圧を補正する補正回路の構成を示すブロック図である。
【図4】熱型赤外線検出器の周囲温度の変動に伴う容器温度と受光部温度との関係を説明する図である。
【符号の説明】
【0028】
1 熱型赤外線検出器
2 赤外線透過窓
6 導電性容器
7 サーモパイル
16 測温体
18 一次フィルタ(微分演算処理手段の一例)
20 減算回路(減算処理手段の一例)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線透過窓を有する導電性容器内に測定対象から放射される赤外線を検出して温度測定するサーモパイルを設けた熱型赤外線検出器を用いた放射温度計において、
前記熱型赤外線検出器の温度を測定する測温体と、この測温体による測定温度の変化分を演算する手段と、その変化分出力を前記熱型赤外線検出器の出力から減算処理する手段とを備えていることを特徴とする熱型赤外線検出器を用いた放射温度計。
【請求項2】
前記測定温度の変化分演算手段として、熱型赤外線検出器と同一の熱時定数を有する一次フィルタを用いる請求項1に記載の熱型赤外線検出器を用いた放射温度計。
【請求項3】
前記測定温度の変化分演算手段として、移動平均と差分演算の組み合わせ演算または一次回帰で温度変化率を求める演算を用いる請求項1に記載の熱型赤外線検出器を用いた放射温度計。
【請求項4】
前記測定温度の変化分演算手段が、微分演算手段である請求項1〜3のいずれかに記載の熱型赤外線検出器を用いた放射温度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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