説明

熱硬化性樹脂組成物、およびそれを用いたモールドコイル、スイッチギヤ、プリント基板、回転電機

【課題】温度変化に伴う応力の発生を低減する熱硬化性樹脂組成物を提供する。
【解決手段】実施形態の熱硬化性樹脂組成物は、熱硬化性樹脂と、リグニン誘導体と、無機充填剤とを必須成分として含む熱硬化性樹脂組成物であって、リグニン誘導体を熱硬化性樹脂に対する質量比で61質量%から110質量%の範囲で含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、熱硬化性樹脂組成物、およびそれを用いたモールドコイル、スイッチギヤ、プリント基板、回転電機に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばエポキシ樹脂や不飽和ポリエステル樹脂などの熱硬化性樹脂は、導体を巻回して形成したコイルを備えたモールドコイルなどに用いられる。このような熱硬化性樹脂は、一般的に熱伝導率が低いことから、導体に通電されたとき、導体に接触している部位の温度が高くなる一方、導体から離れるに従って温度の上昇が鈍化する。このため、導体の温度が熱硬化性樹脂のガラス転移温度を超えるような運転が行われた場合、モールドコイルの内部では、熱硬化性樹脂のガラス転移した部位とガラス転移していない部位との間で応力の発生が繰り返される。このような応力の発生の繰り返しは、熱硬化性樹脂の内部に例えばクラックなどが生じる要因となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−100726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、温度変化に伴う応力の発生を低減する熱硬化性樹脂組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態の熱硬化性樹脂組成物は、熱硬化性樹脂と、リグニン誘導体と、無機充填剤とを必須成分として含む熱硬化性樹脂組成物であって、リグニン誘導体を熱硬化性樹脂に対する質量比で61質量%から110質量%の範囲で含んでいる。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【図1】一実施形態のモールドコイルの構成を模式的に示す図
【図2】一実施形態のモールドコイル内の温度分布を模式的に示す図
【図3】一実施形態の樹脂組成物の製造工程を模式的に示す図
【図4】一実施形態の樹脂組成物のリグニン含有量とガラス転移温度差ΔTgとの関係を示す図
【図5】一実施形態の樹脂組成物の動的粘弾性と温度との関係を示す図で、(A)はリグニン誘導体を含む樹脂組成物のガラス転移領域を示す図、(B)はリグニン誘導体を含まないエポキシ樹脂のガラス転移領域を示す図
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下本発明の一実施形態による熱硬化性樹脂組成物、およびそれを用いたモールドコイルについて図1から図5を参照して説明する。
図1に示すように、一実施形態のモールドコイル1は、導体2と、その導体2をモールドする熱硬化性樹脂組成物(以下、単に樹脂組成物3と称する)とを備えている。モールドコイル1は、導体2を略円環状あるいは略矩形状に巻回したコイル4を樹脂組成物3で注型することにより、全体として略円筒状又は略角筒状に形成されている。モールドコイル1は、その中心孔部が例えば変圧器の鉄心脚部あるいはリアクトルの鉄心等に嵌合されて使用される。導体2は、銅やアルミニウムなどの導電材料で形成されており、その表面に絶縁物の被覆が設けられている。なお、導体2は、図1に示すような断面が円形状の線材だけでなく、断面が矩形状の薄板状であってもよい。また、銅やアルミニウム以外の導電材料で形成してもよい。
【0008】
樹脂組成物3は、エポキシ樹脂、リグニン誘導体、および無機充填剤を必須成分として含んでいる。本実施形態では、エポキシ樹脂の主材としてビスフェノールA型ジグリルエーテルを用いている。なお、主材はビスフェノールA型ジグリルエーテルに限定されない。リグニン誘導体は、植物由来のいわゆるバイオマスであり、後述するように溶媒存在下で高温高圧処理を行うことにより抽出されたものである。無機充填剤は、例えばいわゆるシリカやアルミナなどの無機材料であり、コイル4の注型時にコイル4と樹脂組成部との線膨張率の差を緩和するために添加される。本実施形態の場合、樹脂組成物3は、エポキシ樹脂100phr(Parts per Hundred epoxy Resin)に対し、リグニン誘導体を質量比で約80phrの割合、反応促進剤を1phrの割合で含んでいる。また、無機充填剤は、用途に応じた適切な割合で含まれている。なお、樹脂組成物3には、後述する特性を阻害しない範囲で硬化触媒や難燃剤などの添加物も含まれている。
【0009】
次に、運転(通電)中のモールドコイル1の内部に生じる状態について説明する。モールドコイル1は、運転時に導体2即ちコイル4が発熱する。例えばJIS C 4003−1998「電気絶縁の耐熱クラス及び耐熱性評価」における耐熱クラスFに分類されるモールド変圧器(モールドトランス)に用いられるモールドコイル1の場合、運転時における導体2の温度は約155℃にもなる。このとき、樹脂組成物3は、図1に点P1で示すような導体2に接触あるいは導体2の近傍に位置する部位の温度が高くなる。一方、点P2で示すような導体2から離れた部位は、温度の上昇が鈍化する。具体的には、図2に示すように、図1の線分L1上における点P1は、導体2の温度に近い約150℃程度にまで温度が上昇する一方、点P2は、一般的に樹脂材料の熱伝導率が低いことから約110℃程度までしか温度が上昇しない。つまり、運転時のモールドコイル1の内部には、図2に樹脂層(樹脂組成物3の領域)として示しているように、導体2の近傍の部位と離間した部位との間で温度分布が生じている。
【0010】
さて、樹脂材料は、温度が上昇すると弾性率が急激に変化するいわゆるガラス転移が発生する。一般的な樹脂材料の場合、ガラス転移温度が120℃付近にあることから、図1に示す点P1においてはガラス転移温度を超過した状態になり、点P2においてはガラス転移温度に達していない状態になる。すなわち、モールドコイル1の内部では、樹脂材料のガラス転移温度を跨ぐような大きな温度分布が生じている。このとき、モールドコイル1の運転状況によっては、外部の振動や樹脂材料自身の熱膨張などにより、ガラス転移した部位(ゴム状態になった部位)とガラス転移していない部位(ゴム状態になっていない部位)との間に応力の発生が繰り返される。そして、このような応力の発生は、熱硬化性樹脂に例えばクラックなどが発生する要因となる。
【0011】
そこで、発明者らは、樹脂材料の組成に着目して研究を重ねた結果、樹脂材料にリグニン誘導体を含有させることによって過大な応力の発生を低減できることを見いだした。以下、リグニン誘導体の抽出工程と併せて、樹脂組成物3の製造工程について説明する。
【0012】
図3に示すように、リグニン誘導体の抽出工程では、植物由来の木質素材であるリグノセルロースを、分解反応促進剤としてのエタノールとともに硫酸アルミニウム水溶液に投入して懸濁液とする懸濁工程(S1)がまず実施される。続いて、懸濁液を数100℃程度に加熱および数MPa程度に加圧しながら撹拌し、リグノセルロースを分解する分解処理工程(S2)が実施される。その後、溶媒であるメチルエチルケトンを加え、有機相と水相とに分離する相分離工程(S3)が実施される。この相分離工程では、有機相にリグノセルロースから抽出されたリグニン誘導体が溶解し、水相にセルロースや金属酸化物が溶解する。
【0013】
続いて、有機相溶液のみを回収する有機相回収工程(S4)、および、有機相溶液を乾燥する乾燥工程(S5)を経て、リグニン誘導体が抽出される。その後、メチルエチルケトン溶媒中でビスフェノールA型ジグリルエーテルと抽出したリグニン誘導体とイミダゾール系硬化触媒を混合し、脱溶媒した後、加熱硬化して樹脂組成物3が製造される。この場合、リグニン誘導体は、硬化剤として機能する。
【0014】
このように製造された樹脂組成物3は、リグニン誘導体の含有量によってガラス転移温度差ΔTgが変化する。ここで、ガラス転移温度差ΔTgとは、本実施形態の場合、ガラス転移開始温度とガラス転移終了温度との温度差である。尚、本実施形態の場合、ガラス転移開始温度とは、温度が上昇するときにガラス転移(相転移)が始まる温度であり、ガラス転移終了温度とは、温度が上昇した結果相転移が終了してゴム状態になる温度としている。具体的には、樹脂組成物3は、図4に示すように、リグニン誘導体の含有量が概ね85prh前後まで増加するに従ってガラス転移温度差ΔTgが上昇していき、リグニン誘導体の含有量が概ね85prhを超えると徐々にガラス転移温度差ΔTgが下降する。なお、図4に示す弾性率は、サンプルの熱の出入りに基づいて樹脂のガラス−ゴム状態の転移挙動を測定するDSC(示唆走査型熱量測定)により測定した結果である。
【0015】
ここで、樹脂組成物3に対する比較例としてのエポキシ樹脂単体のガラス転移温度差について説明する。エポキシ樹脂単体の場合、ガラス転移温度差は一般的に概ね10℃程度であるものの、エポキシ樹脂にシリカなどの無機充填物を含有させたエポキシ樹脂組成物の場合、ガラス転移温度差は概ね20℃程度である。
【0016】
このため、樹脂組成物3では、リグニン誘導体を概ね61〜110phr程度の割合で含有させることにより、ガラス転移温度差ΔTgがエポキシ樹脂組成物のガラス転移温度差(約20℃)よりも大きな概ね25℃以上としている。このため、樹脂組成物3の内部では、ガラス状態とゴム状態とが混在する温度範囲が大きくなる。これにより、熱伝導率が低いことから局所的(例えば点P1と点P2との間)に大きな温度差が生じる場合であっても、応力の発生を低減することができる。このとき、本実施形態のように耐熱クラスFに適用可能なモールドコイル1を想定している場合、リグニン誘導体を69〜101phrの割合で含有させ、ガラス転移温度差ΔTgを約30℃以上とすることが好ましい。これは、詳細は後述するが、ガラス転移温度差ΔTgが概ね30℃を超えるようにすれば、図1に示す点P2の温度が110℃程度までしか上昇しない場合であっても、点P2において樹脂組成物3の一部がガラス転移を開始することが可能になるためである。
【0017】
このように、熱硬化性樹脂にリグニン誘導体を含有させることにより、ガラス転移温度差ΔTgが増大するという優れた特性を示す樹脂組成物3を得ることができる。なお、リグニン誘導体は様々な分子量を有するフェノール類が混在しているため反応性も様々であり、これを硬化剤として用いることにより緩やかなガラス転移挙動を有する熱硬化性樹脂を製造することができる。また、樹脂組成物3は、ガラス転移温度(本実施形態では、ガラス転移開始温度とガラス転移終了温度との中点をガラス転移温度としている)がリグニン誘導体を含まない場合に比べて上昇するという特性も示す。
【0018】
図5は、樹脂組成物3をサンプルの弾性率に基づくDMA(動的粘弾性測定)により測定した動的粘弾性の変化を示している。樹脂組成物3は、図5(A)に示すように、ガラス転移開始温度とガラス転移終了温度との差であるガラス転移温度差ΔTgが、図5(B)に示すリグニン誘導体を含まない樹脂材料(例えばノボラック硬化エポキシ樹脂)のガラス転移温度差ΔTg0に比べて増大する。また、樹脂組成物3は、動的粘弾性E’の変化率がリグニン誘導体を含まない樹脂材料の動的粘弾性E’0の変化よりも緩やかになる。
【0019】
つまり、リグニン誘導体を含む樹脂組成物3は、リグニン誘導体を含まない場合に比べて、ガラス転移開始温度が低下する一方ガラス転移終了温度が上昇し、温度変化に対する動的粘弾性の変化(相転移)が緩和されるという優れた特性を示すようになる。本実施形態の樹脂組成物3の場合、動的粘弾性E’に基づくガラス転移温度差ΔTgは、概ね50℃を超える程度まで増大する。そのため、樹脂組成物3のガラス転移領域(ガラス転移開始温度からガラス転移終了温度までの領域)は、運転時における導体2の最高温度あるいは許容最高温度を含んだ状態になっている。
【0020】
そして、この樹脂組成物3でコイル4を注型することにより、モールドコイル1は形成されている。なお、コイル4の注型は周知の含浸工程などにより行うことが可能であるので、詳細な説明は省略する。モールドコイル1の内部では、図1に示す点P1においては温度が約150℃であることからガラス転移がほぼ終了し(図5(A)参照)、樹脂組成物3がゴム状態になっている。そして、点P2(約110℃)においては、一般的な樹脂材料単体を用いた場合と異なり、樹脂組成物3は一部がガラス転移を開始し(図5(A)参照)、ガラス状態とゴム状態とが混在した状態になる。
【0021】
その結果、点P2において樹脂組成物3の一部がゴム状態になり、点P1において線膨張や弾性率の変化が生じた場合であっても、点P2においてはその変化に追従することができるようになる。換言すると、樹脂組成物3は、ガラス転移温度差ΔTgが増大することにより、その内部においてガラス状態およびゴム状態が混在する領域がより増加する。これにより、ガラス状態の部位とゴム状態の部位との間に発生する応力が緩和される。したがって、運転時にコイル4が温度上昇および温度低下を繰り返すような場合であっても、本実施形態のように樹脂組成物3でモールドコイル1を注型することにより、運転時の温度変化に伴う応力の発生を低減でき、樹脂組成物3の内部にクラックなどが生じるおそれを抑制することができる。もって、モールドコイル1の信頼性を向上させることができる。
【0022】
(その他の実施形態)
一実施形態ではエポキシ樹脂を主材とした樹脂組成物3の例を示したが、不飽和ポリエステル樹脂を主成分とする熱硬化性樹脂においても、リグニン誘導体を含有させることにより応力の発生を低減可能な熱硬化性樹脂組成物を得ることができる。
また、リグニン誘導体として、反応基を導入したリグニン二次誘導体を用いてもよい。リグニン二次誘導体を用いた場合、反応基によって架橋密度が高くなる。その結果、熱硬化性樹脂組成物の弾性率をさらに向上させることができ、もって温度変化による応力の発生をより低減することができる。
一実施形態では樹脂組成物3をJIS C 4003−1998における耐熱クラスFに分類されるモールドトランスに用いるモールドコイル1に適用した例を示したが、これに限定されない。例えば耐熱クラスBのモールドトランスに用いるモールドコイルに適用してもよい。勿論、他の規格による分類であってもよい。
【0023】
また、樹脂組成物3は、例えばスイッチギヤ、プリント基板並びに回転電機などにも適用することができる。例えばスイッチギヤの場合、樹脂組成物3を絶縁材として用いることにより、一実施形態と同様に応力を低減することができる。また、プリント基板の基材あるいはいわゆるレジスト剤として用いることができる。また、回転電機の場合、コイルエンドを成形するワニスとして用いることができる。さらに、樹脂組成物3は、いわゆるモールドICのような、例えば電源回路や電力回路に用いられる半導体装置にも適用することできる。換言すると、樹脂組成物3は、ガラス転移温度の近傍まで温度が上昇する導体2を例えば封止あるいは絶縁するような様々な用途に用いることができる。
【0024】
以上のように、実施形態の熱硬化性樹脂組成物(樹脂組成物3)は、熱硬化性樹脂と、リグニン誘導体と、無機充填剤とを必須成分として含み、リグニン誘導体を熱硬化性樹脂に対する質量比で61質量%から110質量%の範囲で含んでいる。これにより、ガラス転移温度差ΔTgの増大、相転移の緩和、およびガラス転移温度の上昇という特性を示す熱硬化性樹脂組成物を得ることができる。
【0025】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0026】
図面中、1はモールドコイル、3は樹脂組成物(熱硬化性樹脂組成物)、4はコイルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱硬化性樹脂と、リグニン誘導体と、無機充填剤とを必須成分として含む熱硬化性樹脂組成物であって、
前記リグニン誘導体を、前記熱硬化性樹脂に対する質量比で61質量%から110質量%の範囲で含むことを特徴とする熱硬化性樹脂組成物。
【請求項2】
前記リグニン誘導体を、前記熱硬化性樹脂に対する質量比で69質量%から101質量%の範囲で含むことを特徴とする請求項1記載の熱硬化性樹脂組成物。
【請求項3】
前記熱硬化性樹脂は、エポキシ樹脂であることを特徴とする請求項1または2記載の熱硬化性樹脂組成物。
【請求項4】
前記熱硬化性樹脂は、不飽和ポリエステル樹脂であることを特徴とする請求項1または2記載の熱硬化性樹脂組成物。
【請求項5】
前記リグニン誘導体は、反応基を導入したリグニン二次誘導体であることを特徴とする請求項1から4の何れか一項記載の熱硬化性樹脂組成物
【請求項6】
請求項1から5の何れか一項記載の熱硬化性樹脂組成物でコイルを注型したことを特徴とするモールドコイル。
【請求項7】
請求項1から5の何れか一項記載の熱硬化性樹脂組成物を絶縁材として用いたことを特徴とするスイッチギヤ。
【請求項8】
請求項1から5の何れか一項記載の熱硬化性樹脂組成物を絶縁材として用いたことを特徴とするプリント基板。
【請求項9】
請求項1から5の何れか一項記載の熱硬化性樹脂組成物でコイルエンドを成型したことを特徴とする回転電機。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−233130(P2012−233130A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−104284(P2011−104284)
【出願日】平成23年5月9日(2011.5.9)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】