説明

熱膨張性黒鉛およびその製造方法ならびに当該熱膨張性黒鉛を備える難燃材

【課題】優れた特性を有するハロゲンフリー難燃材の成分となる熱膨張性黒鉛およびその製造方法を提供する
【解決手段】膨張開始温度が260℃以上で1000℃での膨張度が180cc/g以上である熱膨張性黒鉛。かかる熱膨張性黒鉛は、原料黒鉛に対する重量比で、2以上の硫酸と、60重量%過酸化水素換算で3重量%以上の過酸化水素を含む酸化剤とを備える処理液により原料黒鉛を酸化する工程を備える製造方法により製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膨張開始温度が高く、かつ1000℃における膨張度が大きな熱膨張性黒鉛(以下、Thermally Expandable Graphiteの略称として「TEG」ともいう。)およびこのTEGを備える難燃材に関する。
【背景技術】
【0002】
熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂などの重合体(以下、「樹脂」という。)は、電化製品、自動車部品、建築材料、日常用品などに広く使用されている。これらの製品は、安全性の観点から高度な難燃性を有することが要求される。
【0003】
樹脂に難燃性を付与する方法として、ハロゲン化合物および/またはアンチモン化合物を添加することが広く行われている。しかしながら、これらの化合物が配合された樹脂組成物は難燃性を有するものの、環境負荷物質を容易に形成しうるため、廃棄することが困難である。このため、欧州を中心に使用を規制する動きが広がっている。
【0004】
このような従来の難燃性を付与する材料(以下、「難燃材」)の代替手段として、TEGを備える難燃材が採用されはじめている。かかる難燃材を備える難燃性樹脂組成物は、高温に曝されるとその中のTEGが膨張して樹脂表面を覆い、樹脂の揮発物と酸素との反応による樹脂組成物の燃焼を防止することができる。また、このTEGの膨張は吸熱反応であるから、周囲の熱を奪い、燃焼を沈静化させることができる。しかも、熱膨張によりTEGに発生した黒鉛結晶間の空隙部に熱によって溶融した樹脂を引き込むことが可能である。この空隙部に引き込まれた樹脂は酸素不足となって燃焼しにくくなる。
【0005】
このように優れた難燃材であるTEGの基本特性は、膨張度および膨張開始温度で評価することができる。
膨張度とは、TEGが十分に膨張しうる温度に(例えば1000℃)加熱した場合の膨張体積を定量的に示したものであり、cc/gが慣用的に使用される。この膨張度はTEGを難燃材として備える樹脂組成物(以下、特に断りがない「樹脂組成物」はTEGを難燃材として備えるものを意味する。)の難燃性および他の特性に強く影響を及ぼす。例えば、TEGの膨張度が低い場合には、樹脂組成物は所定の難燃性を得るためにTEGを多量に含有する必要がある。この場合には、樹脂組成物の機械特性(引張強度、伸びなど)が低下したり、樹脂組成物の表面性状が低下したりする。
【0006】
膨張開始温度とは、TEGを一定条件で加熱させたときに元の体積の1.1倍以上となる温度である。現在、市場に流通しているTEGは、膨張開始温度が200℃前後のものが多いため、樹脂組成物として適用可能な樹脂の種類が限定されている。
【0007】
樹脂組成物は、混練機および/または成形機を用いて加熱状態でその材料調整および/または形状加工が行われる場合が多く、このときの加熱温度は樹脂の熱的機械的特性に依存する。このため、膨張開始温度が200℃程度では、樹脂の種類(例えばエンジニアリングプラスチック)によっては、材料調整および/または形状加工における加熱によって熱膨張性黒鉛の膨張が開始してしまう。つまり、樹脂との混練時などに一部の黒鉛の層間剥離が発生し、熱膨張性黒鉛はその熱膨張性が低下する。このような熱膨張性黒鉛が配合された樹脂組成物は、当初の難燃性を発揮することができなくなってしまう。
【0008】
また熱膨張性黒鉛が膨張する際にガスが放出されるため樹脂内部で発泡して、混練、成形などを十分に行うことができなくなることが懸念される。
以上のような理由により、従来のTEGを備える難燃材は、融点が200℃以下のポリエチレン、ポリプロピレン、常温で液状のポリウレタン等に対してしか適用できず、高融点のエンジニアリングプラスチック、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン樹脂(ABS樹脂)などには適用できていなかった。
【0009】
高融点の樹脂を備える樹脂組成物に配合しうる難燃材を構成するTEGとして、本発明者らは、1000℃の膨張度が150cc/g超250cc/g以下であり、かつ膨張開始温度が270℃以上であって、硫黄分の含有量が3重量%以上7重量%以下であることを特徴とする熱膨張性黒鉛を提案した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】WO2009/013931
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
近時、難燃性を求める樹脂組成物にエンジニアリングプラスチックなどの高融点(例えば200℃超)の樹脂が含まれる場合が多くなってきている。このような高融点の樹脂組成物に対して工業的レベルで安定的に難燃性を付与するためには、特許発明1において開示されるTEGよりもさらに優れた特性を備えるTEGが求められる可能性がある。
【0012】
そこで、本発明は、エンジニアリングプラスチックなどの高融点の樹脂を含む樹脂組成物に対しても安定的に難燃性を付与することができるハロゲンフリー難燃材の主成分となりうる熱膨張性黒鉛およびその製造方法、さらにその熱膨張性黒鉛を備える難燃材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決すべく本発明者らが鋭意検討した結果完成された本願発明は次のとおりである。
(1)膨張開始温度が260℃以上で1000℃での膨張度が180cc/g以上であることを特徴とする熱膨張性黒鉛。
【0014】
(2)上記(1)に記載される熱膨張性黒鉛を備える難燃材。熱膨張性黒鉛のかさ密度は0.50g/cc以上であることが好ましい。
(3)中和剤をさらに備える上記(2)記載の難燃材。
【0015】
(4)上記(1)に記載される熱膨張性黒鉛の製造方法であって、硫酸および酸化剤を含む処理液に原料黒鉛を接触させて原料黒鉛を酸化する酸化工程、前記酸化工程を経た黒鉛を洗浄する洗浄工程、および前記洗浄工程により得られた洗浄後の黒鉛を乾燥し、熱膨張性黒鉛を含む乾燥物を回収する乾燥工程を備え、前記処理液における硫酸の含有量は前記原料黒鉛に対する重量比で2以上であって、前記酸化剤は過酸化水素を含み、前記処理液における過酸化水素の含有量は、原料黒鉛に対して60重量%過酸化水素換算で3重量%以上であることを特徴とする熱膨張性黒鉛の製造方法。品質の低下および生産性の低下を安定的に抑制する観点から、前記処理液における硫酸の含有量が前記原料黒鉛に対する重量比で6以下であること、および前記処理液における過酸化水素の含有量が原料黒鉛に対して60重量%過酸化水素換算で9重量%以下であることの少なくとも一つを満たすことが好ましい。
【0016】
(5)前記洗浄工程および前記乾燥工程の少なくとも一つの工程において前記酸化工程を経た黒鉛と中和剤とを接触させることにより、前記乾燥工程において熱膨張性黒鉛を含む中性の乾燥物を回収する上記(4)記載の方法。
【0017】
(6)前記処理液における硫酸の含有量は前記原料黒鉛に対する重量比で8以下であって、膨張性黒鉛は難燃材の成分として使用されるものである上記(4)または(5)記載の方法。
【0018】
本発明において、熱膨張性黒鉛の特性を示す「膨張開始温度」とは、熱膨張性黒鉛を150℃から毎分5℃の速度で昇温し、5℃毎にその体積を読み取り、元の体積の1.1倍以上に膨張したときの温度をいい、「1000℃での膨張度」とは、熱膨張性黒鉛を1000℃で10秒間保持したときの単位g当たりの容積(cc)をいう。
【0019】
「難燃性樹脂組成物」における「難燃性」とは、UL94燃焼試験(1/8”)において少なくともV−2と判定される特性を意味する。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るTEGを用いることにより、ハロゲンフリーの難燃性樹脂組成物を工業的なレベルで提供することが実現される。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係るTEG、難燃材および樹脂組成物を実施するための形態を説明する。
1.熱膨張性黒鉛(TEG)
本発明に係る熱膨張性黒鉛は、膨張開始温度が260℃以上、1000℃の膨張度が180cc/g以上である。以下にこれらの熱膨張性黒鉛の特性およびその製造方法等について詳細に説明する。
【0022】
(1)特性
(a)膨張開始温度
本発明に係るTEGの膨張開始温度は260℃以上である。この温度は、ABS樹脂など融点が200℃超の樹脂を含む樹脂組成物の混連作業・成型作業における一般的な加熱温度220−240℃よりも十分に高い温度である。したがって、本発明に係るTEGは樹脂組成物、特に融点が200℃超の樹脂を含む樹脂組成物(以下、「高融点樹脂組成物」と称する場合もある。)に難燃性を付与する難燃材として好ましい。なお、TEGの膨張開始温度は、黒鉛内に導入され加熱されたときにTEGを膨張させる物質(以下、「膨張性物質」ともいう。)における水分濃度を低下させる(換言すれば、硫酸分など膨張開始温度の高い成分の濃度を高める)ことにより高めることが可能である。
【0023】
(b)膨張度
本発明に係るTEGの膨張度は1000℃の膨張度として180cc/g以上である。かかる膨張度を有するTEGを備える難燃材を用いた樹脂組成物は、樹脂組成物におけるTEGの含有量を高めることなく十分な難燃性(すなわち、UL94燃焼試験で少なくともV−2レベル)を得ることが実現される。樹脂組成物、特に高融点樹脂組成物の調製および加工のし易さを高度に実現する観点から、本発明に係るTEGの1000℃における膨張度は185cc/g以上であることが好ましい。
【0024】
本発明に係るTEGの1000℃における膨張度の上限は特に設定されないが、次の理由により240cc/g以下であることが好ましい。すなわち、膨張度が高いTEGを得るためには、黒鉛内に導入される膨張性物質量を増やす必要がある。ここで、膨張性物質として硫酸またはその関連物質が用いられることが多いため、膨張度が過度に高いTEGは酸性度が高い場合が多い。そのような酸性度が高いTEGを樹脂組成物の難燃材として用いると、このTEGの高い酸性度を低下させるためにより多くの中和剤が必要となる。樹脂組成物が中和剤を含む場合には、このとき、樹脂組成物に含有させうるTEGの含有量が少なくなって、樹脂組成物が所望の難燃性を得ることが困難となることが懸念される。したがって、本発明に係るTEGの1000℃における膨張度は240cc/g以下であることが好ましい。
【0025】
なお、上記の膨張度の範囲を安定的に確保する観点から、本発明に係るTEGは次のような粒度分布を備えることが好ましい。
22メッシュオン:5%以下(単位:TEG全体に対する質量%、以下同じ。) 粗大な粒子は樹脂組成物における異物となるため、樹脂組成物の成型品においてクラック発生の原因となり、成型品の強度低下をもたらす傾向が見られる。
【0026】
60メッシュパス:15%以下 過度に微細な粒子は黒鉛粒子の結晶がゆがんでいるものが含まれる可能性が相対的に高いため、微細な粒子の含有量が多い場合には膨張度が低くなる傾向がある。
【0027】
(c)かさ密度
本発明に係るTEGのかさ密度は、0.30g/cc以上とすることが好ましく、TEGを難燃材の成分とする場合には0.50g/cc以上とすることが好ましい。TEGのかさ密度が過度に低い場合には、TEGの機械的強度が低下し、その製造過程や使用時(特に難燃材として樹脂組成物に添加される場合には混練作業や成型作業)において、TEGが破壊され、所定の膨張度が得られなくなることが懸念される。
【0028】
(2)黒鉛
本発明に係る熱膨張性黒鉛は原料となる黒鉛の種類に限定されない。天然黒鉛、熱分解黒鉛、キッシュ黒鉛など一般的に入手可能ないずれの原料黒鉛を用いてもよい。その形状は特に限定されないが、前述の理由により、過度に粗大な粒子や過度に微小な粒子の含有量は相対的に少ないことが好ましい。
【0029】
3.熱膨張性黒鉛の製造方法
本発明に係るTEGは、上記の特徴(膨張開始温度が260℃以上、かつ膨張度が180cc/g以上)を有していれば、いかなる製造方法によって製造されてもよい。ただし、次の製造方法によって製造すれば、本発明に係るTEGを、効率的に、かつ安定して製造できる。
【0030】
その製造方法は、硫酸および酸化剤を含む処理液に原料黒鉛を接触させて原料黒鉛を酸化する酸化工程、酸化工程を経た黒鉛を洗浄する洗浄工程、および洗浄工程により得られた洗浄後の黒鉛を乾燥し、熱膨張性黒鉛を含む乾燥物を回収する乾燥工程を備え、さらに、酸化工程を経た黒鉛を中和する中和処理を必要に応じ備える。以下に詳細に説明する。
【0031】
(1)酸化工程
本発明に係る製造方法における酸化工程で使用される処理液は、硫酸、および過酸化水素を含む酸化剤を含有する。
【0032】
(a)硫酸
硫酸としては、濃硫酸、無水硫酸、発煙硫酸などが使用される。その硫酸濃度は、通常95重量%以上、好ましくは98重量%以上である。処理液中の硫酸の含有率は、90重量%以上、好ましくは95重量%以上、特に好ましくは97重量%の範囲とする。90重量%未満では反応速度の低下が顕著になる可能性がある。また、前述のように、水分は熱膨張性黒鉛の膨張開始温度を低下させる働きをするため、処理液における水分濃度は可能な限り低いほうがよい。
【0033】
硫酸と原料黒鉛との関係は、硫酸/原料黒鉛の重量比で2以上とし、6以下であることが好ましく、3前後であることが特に好ましい。この重量比が2未満の場合には反応速度が低下して生産性が低下する。一方、6を超えても効果は飽和するため、経済的観点から不都合となる可能性がある。
【0034】
(b)酸化剤
本発明に係る処理液は、過酸化水素を含む酸化剤を備える。
過酸化水素は、一般に入手可能な30重量%以上60重量%以下の水溶液を用いればよい。濃度が高い方が処理液内の水分が少なくなるため60重量%のものを用いることが好ましい。水分はTEGの膨張開始温度を低下させる働きをするため、処理液における水分濃度は可能な限り低いほうがよい。
【0035】
酸化剤に含まれる過酸化水素の使用量は60重量%過酸化水素換算で、原料黒鉛に対して3重量%以上とする。この使用量が3重量%未満の場合には膨張性物質の黒鉛結晶層内への挿入量が少なくなり、十分な膨張度が得られない可能性がある。一方、この使用量の上限は9重量%以下であることが好ましく、8重量%であることがより好ましい。上記の使用量が過度に高い場合には、得られたTEGのかさ密度が特に低下し、製造過程または使用時に必要とされる強度を安定的に確保できなくなることが懸念される。膨張度および強度を高度に両立し、さらに高い生産性を維持する観点から、上記の使用量を5重量%以上7重量%以下とすることが特に好ましい。
【0036】
処理液の調製は硫酸に酸化剤を添加することで行われ、この添加時の硫酸の温度は20℃以下にすることが好ましい。さらに好ましいのは10℃であり、特に好ましいのは5℃以下である。
【0037】
(c)処理条件
本発明に係る酸化工程では、原料黒鉛と処理液とを接触させることで黒鉛の層間に膨張性物質を導入する。その接触方法に制限はないが、処理液が入った反応槽に原料黒鉛を投入することが最も簡便で、かつ安全である。この場合には、安全性の観点から、反応が制御不能にならないように、処理液を攪拌しながら原料黒鉛を少量ずつ投入することが好ましい。また、適切な冷却手段を用いて、処理液の温度が原料黒鉛の投入前後で過剰に上昇しないようにすることが好ましい。投入前の処理液温度は、処理液の調整段階と同様に20℃以下とすることが好ましく、5℃以下とすることが特に好ましい。また、投入後の処理液温度は80℃を超えないようにすることが好ましく、さらに好ましいのは60℃以下、特に好ましいのは50℃以下である。投入後の反応時間、すなわち接触時間は、60分間以下とすることが好ましく、特に好ましいのは、20分間以上40分間以下の範囲とすることである。
【0038】
(2)洗浄工程、乾燥工程
(a)洗浄工程
上記のように処理液と原料黒鉛とを反応させたら、反応後の黒鉛を処理液から取り出し、洗浄する。黒鉛の取り出し方法としては、例えばろ過を行なえばよい。
【0039】
洗浄に用いる洗浄剤としては、水、有機溶剤などが挙げられる。有機溶剤としては、エステル系、エーテル系、アルコール系、ハロゲン系、ケトン系溶剤などが使用される。エステル系溶剤としては、例えば、酢酸メチル、酢酸エチル等、エーテル系溶剤としては、エチルエーテル、ブチルエーテル等、アルコール系溶剤としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等、ハロゲン系溶剤としては、ジクロロメタン、トリクロロエタン等、ケトン系溶剤としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。
【0040】
水による洗浄は、反応後の黒鉛を水中に加えて攪拌することにより行うことが好ましい。ここで、反応後の黒鉛には相当量の濃硫酸が付着しているため、直接水と接触させると濃硫酸の希釈熱による急激な温度上昇が懸念される。そこで、処理液から取り出した反応後の黒鉛を一旦希硫酸溶液に投入して濃硫酸を希釈した後、あらためてろ過し、その後、水と接触させて洗浄することが好ましい。水による洗浄時間は、通常10〜60分間、好ましくは20分間以上30分間以下であって、水温は通常20℃以下、好ましくは10℃以下である。
【0041】
なお、有機溶剤による洗浄の場合も、有機溶剤が濃硫酸と反応して、不要な副生成物を生成する恐れがあるため、やはり希硫酸で一旦洗浄することが好ましい。
また、洗浄工程における処理条件(洗浄時間など)を変更することにより、TEGの上記の特性を調整することが可能である。
【0042】
(b)乾燥工程
こうして洗浄が終了したら、ろ過などで液相を分離して固形分を得る。得られた固形分は、常圧または減圧下で、オーブン乾燥、棚段乾燥、気流乾燥、流動乾燥など公知の乾燥手段によって乾燥する。そして、この得られた乾燥物を熱膨張性黒鉛として回収する。
【0043】
好ましい乾燥温度の下限は、洗浄剤の沸点、乾燥条件(常圧/減圧)によっても変動するため、適宜設定すればよい。一方の上限は、乾燥中のTEGが膨張しないように設定すればよい。通常は常圧の場合には80℃以上120℃以下の範囲内で行われる。本発明に係るTEGは、膨張開始温度が高いため、常圧の場合には250℃程度まで加熱して乾燥してもよい。このように高温で乾燥を行うことによって、偶発的に膨張開始温度が低いものをスクリーニングすることも可能である。こうして熱的にスクリーニングされたTEGを使用することによって、樹脂組成物の製造段階での問題発生、例えばTEGの膨張によるガス発生がより確実に防止される。
【0044】
(3)中和工程
(a)中和の目的
上記の製造方法により回収された乾燥物に含まれるTEGは、洗浄工程を経ても、酸化工程において使用した硫酸成分がまだ表面に吸着している場合がある。そのようなTEGをそのまま樹脂組成物の原料として用いると、得られた樹脂組成物の調製・加工において、混練機および射出成型機を腐食したり、組成物内の樹脂分を分解したりするおそれがある。そこで、本発明では、好ましい一態様として、酸化工程を経た黒鉛を中和剤と接触させることで乾燥工程において回収される乾燥物を中性とする。
【0045】
(b)中和剤
本発明に係る中和剤は、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物、および両性金属化合物から選ばれる一種または二種以上を含有することが好ましい。
【0046】
中和剤として使用するアルカリ金属化合物としては、アルカリ金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩、有機酸塩が例示される。アルカリ金属の酸化物としては、酸化リチウム、酸化ナトリウム、酸化カリウム等が例示される。アルカリ金属の水酸化物としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が例示される。アルカリ金属の炭酸塩としては、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が例示される。アルカリ金属の有機酸塩としては、オクチル酸リチウム、オクチル酸ナトリウム、オクチル酸カリウム、ナフテン酸リチウム、ナフテン酸ナトリウム、ナフテン酸カリウム、その他のフタル酸、ピロメリット酸、トリメリツト酸などのリチウム、ナトリウム、カリウム塩が例示される。
【0047】
また、アルカリ土類金属化合物としては、アルカリ土類金属の酸化物、水酸化物、炭酸塩、有機酸塩などが例示される。アルカリ土類金属の酸化物としては、酸化ベリリウム、酸化マグネシウム、酸化カルシウム等が例示される。アルカリ土類金属の水酸化物としては、水酸化ベリリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等が例示される。アルカリ土類金属の炭酸塩としては、炭酸ベリリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等が例示される。アルカリ土類金属の有機酸塩としては、オクチル酸ベリリウム、オクチル酸マグネシウム、オクチル酸カルシウム、ナフテン酸ベリリウム、ナフテン酸マグネシウム、ナフテン酸カルシウム、その他のフタル酸、ピロメリット酸、トリメリツト酸などのベリリウム、マグネシウム、カルシウム塩が例示される。
【0048】
また、両性金属化合物としては、アルミニウムの酸化物、水酸化物、炭酸塩、有機酸塩などが例示される。アルミニウムの有機酸塩としては、オクチル酸アルミニウム、ナフテン酸アルミニウム、その他のフタル酸、ピロメリット酸、トリメリツト酸などのアルミニウムの塩等が例示される。
【0049】
(c)中和方法
上記の中和剤による中和方法は特に制限されない。洗浄工程および乾燥工程の少なくとも一つの工程において酸化工程を経た黒鉛と中和剤とを接触させることが好ましい。次にその接触方法の具体例を列記する。
【0050】
i)酸化工程を経た黒鉛に中和剤を直接接触させてもよい。あるいは、洗浄工程の際に、中和剤を含む液体を洗浄剤として用いてもよく、この場合には中和処理は洗浄工程に含まれている。このように洗浄工程以前に中和がなされる場合には、中和により生じた塩も洗浄によっておおむね除去されるため、その後の乾燥工程により回収される乾燥物はほぼ中性であって、実質的にTEGからなる。
【0051】
ii)洗浄剤による洗浄を終えた黒鉛と中和剤を含む液体とを接触させたり、乾燥前の黒鉛を中和剤と混合して乾燥したりしてもよい。これらの場合には中和処理は洗浄工程と乾燥工程との間にある独立の工程として位置づけることもできる。このように洗浄工程と乾燥工程との間に中和処理を行う場合には、乾燥工程により回収される乾燥物はほぼ中性であって、TEGおよび中和剤からなる。
【0052】
iii)乾燥後の黒鉛に中和剤を直接混合させてもよいし、中和剤を含む溶液に乾燥後の黒鉛を接触させ、その後あらためて乾燥させてもよい。これらの場合には、最終的に回収される乾燥物はほぼ中性であって、TEGおよび中和剤からなる。
【0053】
生産性を考慮すると、洗浄の際に中和剤を含む溶液を洗浄剤として用いること、すなわち中和処理を洗浄工程中に実施することが好ましい。ただし、中和熱による悪影響を回避するため、前述のように、希硫酸での洗浄および水洗を行った後、この洗浄剤による洗浄を行い、最後に再度水洗することが好ましい。
【0054】
4.難燃材
本発明に係る難燃材は上記の特性を備えるTEGを有することから、優れた燃焼停止能力を有している。したがって、本発明に係る難燃材は、臭素または臭素化合物などのハロゲン系材料を用いることなく、つまりハロゲンフリーで、樹脂組成物に難燃性を付与することができる。
【0055】
本発明に係る難燃材は、上記の本発明に係るTEGのみから構成されていてもよいが、次の成分の少なくとも一つを備えてもよい。
(1)リン酸エステル
リン酸エステルは、これをTEGとともに備える樹脂組成物が加熱されたときにリンの酸化物からなる無機高分子を形成し、この無機高分子が膨張したTEGの粒子間に配置されて、TEGによる燃焼防止機能を補助し、樹脂組成物の難燃性を確実なものとする。すなわち、リン酸エステルは難燃助剤の位置づけである。
リン酸エステルの含有量およびその種類は、求める難燃性、難燃材が添加される樹脂組成物における樹脂組成などを考慮して適宜設定されるべきものである。
【0056】
(2)中和剤
本発明に係る難燃材はTEGを備えるところ、この難燃材は、樹脂組成物を構成するために樹脂と混練されたときに樹脂に変質・分解等の悪影響を与える可能性を抑制するために、ほぼ中性であることが好ましい。
【0057】
本発明に係るTEGの製造方法に応じて、この中性の難燃材の具体的な構成を複数例示することができる。第一に、TEGの製造段階で必要量の中和剤を用いて中和されたTEGを製造し、難燃材がこの中和されたTEGを備えることによりほぼ中性となっていてもよい。第二に、TEGの製造段階で必要量の中和剤を用いることによって、乾燥物をTEGと中和剤とからなる中性のものとして回収し、難燃材がこの中性の乾燥物を備えることによりほぼ中性となっていてもよい。第三に、TEGの製造段階で若干量の中和剤を用いること、または中和剤を用いないことによって、TEGを備える酸性のものとして乾燥物を回収し、難燃材の調製にあたりこの酸性の乾燥物に中和剤を備えることにより難燃材としてほぼ中性となっていてもよい。上記の第二および第三の構成では、難燃材はTEGおよび中和剤を備える。
【0058】
5.難燃性樹脂組成物
本発明に係る難燃材は樹脂組成物に添加されることで、その樹脂組成物に優れた難燃性を付与することができる。
【0059】
樹脂組成物の種類は特に限定されないが、本発明に係るTEGは膨張開始温度が260℃以上であるから、従来技術に係るTEGに対する優位性を確実にする観点からは、融点が200℃を超える材料であることが好ましい。そのような材料として、ポリアセタール(POM)、ポリアミド(PA)、ポリイミド(PI)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)やポリエチレンテレフタレート(PET)などのポリエステル、ポリカーボネート(PC)、ポリエーテル、およびポリスルホン(PSF)、ならびにこれらのブレンドが例示されるエンジニアリングプラスチックや、ABS樹脂、HIPSなどのスチレン系樹脂材料が例示される。
【実施例】
【0060】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
1.TEGの調製
熱膨張性黒鉛は、容量1Lの容器に98重量%硫酸(以下「98%硫酸」と略記する。)を450g仕込み、5℃に冷却した。そこに室温に保たれた60重量%過酸化水素水溶液(以下「60%過酸化水素」と略記する。)9.0gを5分間かけて投入し、温度が18℃の処理液を得た。
【0061】
黒鉛粒度は22メッシュオンが1重量%、22〜30メッシュが10重量%、30〜60メッシュが80重量%、60メッシュパスが9重量%の天然鱗片状黒鉛150gを、上記の処理液を攪拌しながら2分間かけて投入し、投入後、30分間保持して反応させた。この間、液温は最高42℃まで上昇した。なお、98%硫酸/原料黒鉛の重量比および60%過酸化水素/原料黒鉛の重量比は表1に示したとおりであった。
【0062】
得られた黒鉛−処理液からなる分散液を濾過して硫酸分を除去し、回収部された固形分を105℃で2時間乾燥することにより酸処理黒鉛を回収した。この回収した酸処理黒鉛に、酸処理黒鉛の10%の質量の水酸化マグネシウムを混合させ、これを攪拌することにより中和処理を実施して、熱膨張性黒鉛(TEG)とアルカリ土類金属化合物との混合物(以下、「TEG混合物」という。)を得た。
【0063】
なお、処理液中に黒鉛を投入し攪拌させる作業については、作業性を次の評価基準により評価した。「○」および「△」を合格と判定した。
○:攪拌に支障なく、黒鉛は処理液中に均一に分散した、
△:黒鉛を処理液中に均一に分散させることはできたが、攪拌の負荷が大きく作業性は低かった、
×:攪拌の作業性が特に低く、黒鉛を処理液中に均一に分散させることはできなかった。
【0064】
得られたTEGに対して次に記載される方法で評価を行った。
(1)1000℃の膨張度
容積250ccの石英ビーカーを1000℃に保持した電気炉内に5分以上放置し、これを炉外に取り出し、TEG分が0.5gであるTEG混合物からなる試料を直ちにビーカー内に投入した。TEG混合物が投入されたビーカーを1000℃に保持した電気炉内に直ちに戻し、そのまま10秒間保持した。この保持時間が終了したらビーカーを炉外に取り出し、室温まで放冷した。ビーカーおよびTEG混合物が室温になったことを確認して、ビーカーの目盛りによって膨張後のTEG混合物の容積を読みとった。膨張度は、加熱前の試料重量に対する膨張後の容積(単位:cc/g)として評価した。なお、TEG混合物の調製のために添加された水酸化マグネシウムは中和処理の過程で十分に反応するため、TEG混合物の体積測定に対してアルカリ土類金属化合物が与える影響は軽微であり、膨張度、膨張開始温度およびかさ密度の測定のいずれについても、測定された容積は実質的にTEGに由来するものと考えてもよい。
【0065】
(2)膨張開始温度
目盛りのついた容器12mlのガラスシリンダーにTEG分が1.0gであるTEG混合物からなる試料を投入し、電気炉に入れて150℃から毎分5℃の速度で昇温し、5℃毎にシリンダーの容積を読みとった。加熱前のTEG混合物の容積の1.1倍以上に膨張したときの温度を膨張開始温度とした。
【0066】
(3)かさ密度
目盛りのついた容器200mlのガラスシリンダーにTEG分が100gであるTEG混合物からなる試料を投入し、シリンダーの容積を読み取ることによりかさ密度を得た。
【0067】
評価結果を表1に示す。なお、表1において、空欄は評価を行わなかったことを意味し、「−」は評価不能であったことを意味する。
【0068】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
膨張開始温度が260℃以上で1000℃での膨張度が180cc/g以上であることを特徴とする熱膨張性黒鉛。
【請求項2】
請求項1に記載される熱膨張性黒鉛を備える難燃材。
【請求項3】
中和剤をさらに備える請求項2記載の難燃材。
【請求項4】
請求項1に記載される熱膨張性黒鉛の製造方法であって、
硫酸および酸化剤を含む処理液に原料黒鉛を接触させて原料黒鉛を酸化する酸化工程、
前記酸化工程を経た黒鉛を洗浄する洗浄工程、
および前記洗浄工程により得られた洗浄後の黒鉛を乾燥し、熱膨張性黒鉛を含む乾燥物を回収する乾燥工程を備え、
前記処理液における硫酸の含有量は前記原料黒鉛に対する重量比で2以上であって、
前記酸化剤は過酸化水素を含み、前記処理液における過酸化水素の含有量は、原料黒鉛に対して60重量%過酸化水素換算で3重量%以上である
ことを特徴とする熱膨張性黒鉛の製造方法。
【請求項5】
前記洗浄工程および前記乾燥工程の少なくとも一つの工程において前記酸化工程を経た黒鉛と中和剤とを接触させることにより、前記乾燥工程において熱膨張性黒鉛を含む中性の乾燥物を回収する請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記処理液における硫酸の含有量は前記原料黒鉛に対する重量比で8以下であって、膨張性黒鉛は難燃材の成分として使用されるものである請求項4または5記載の方法。

【公開番号】特開2012−193053(P2012−193053A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−56434(P2011−56434)
【出願日】平成23年3月15日(2011.3.15)
【出願人】(000126115)エア・ウォーター株式会社 (254)
【Fターム(参考)】