説明

熱間圧延工具用潤滑剤および熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法

【課題】作業性がよく、耐焼付き性に優れた熱間圧延工具用潤滑剤、およびこの潤滑剤を使用する熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法を提供する。
【解決手段】カリウム四珪素マイカ、ナトリウム四珪素マイカや、バーミキュライト、ベントナイト等の酸化物系層状化合物、硼酸、硼酸カリウム、硼酸ナトリウムなどの硼酸化合物、および黒鉛を水に分散溶解させた熱間圧延工具用潤滑剤であって、前記酸化物系層状化合物と硼酸化合物との配合比率が質量比で10:90〜70:30であり、前記黒鉛の含有量が1.0〜4.5%である熱間圧延工具用潤滑剤。マンドレルミル圧延時に、マンドレルバー表面にこの潤滑剤を塗布すれば、バー表面に潤滑性皮膜を生成させ、優れた耐焼付き性を発揮させることができる。管内面に潤滑剤が残存することもない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間圧延工具用潤滑剤、およびこの潤滑剤をマンドレルバーの表面に塗布してマンドレルバー表面に潤滑性に優れた皮膜を生成させる熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法に関する。
【0002】
なお、別に規定がない限り、本明細書における用語は次の意味で用いる。
「硼酸−マイカ系潤滑剤」:層状構造をもつ天然または人工のマイカの酸化物系層状化合物と、硼酸または/および硼酸化合物を配合した潤滑剤をいう。
「黒鉛系潤滑剤」:黒鉛を基材とする潤滑剤をいう。
【背景技術】
【0003】
マンネスマン・マンドレルミル製管機により継目無管を製造する際、マンドレルミル圧延の延伸圧延においては、素管外面を拘束しながら軸方向に送りを与える多スタンドの孔型ロールと、素管内面を拘束するマンドレルバーとによって圧延が行われる。
【0004】
この延伸圧延の際には、通常、マンドレルバーの表面に黒鉛等の固体潤滑剤を主成分とする潤滑皮膜を予め形成させておくが、マンドレルバーと素管内面は厳しいすべり摩擦状態となるため、完全な潤滑状態を実現するのは容易でなく、繰返し摩耗や、焼付き、肌荒れ、クラック等の表面損傷を生じる。
【0005】
循環して繰り返し使用されるマンドレルバーの表面状態が使用回数にともなって劣化してくると、このマンドレルバーを循環ラインから一旦外して表面手入れを行うこととなるが、特に、高合金鋼やステンレス鋼を素材とする継目無鋼管の圧延ではマンドレルバーの表面手入れの頻度が高く、生産性を低下させる一因となっている。このため、従来から、マンドレルバーの耐用寿命の延長を図り、マンドレルバーの表面手入れの頻度を低減させる対策が行われている。
【0006】
例えば、特許文献1では、中心線平均粗さRaが20μm以下であるマンドレルバー表面に厚さが6〜20μmのスケール層を形成した熱間継目無管圧延用マンドレルバーが提案されている。スケール層の形成は、酸化雰囲気下で600〜650℃に所定時間保持することにより行われる。
【0007】
また、特許文献2では、母材表面に軸方向の中心線平均粗さが0.5〜5.0μmの窒化処理層を有する熱間継目無管製造用マンドレルバーが提案されている。表面に窒化処理層を形成することにより表面強度を高め、しかも窒化処理したマンドレルバーにおける最適な表面粗さを制御することにより、高合金鋼を素材とする継目無鋼管をマンドレルミル圧延する場合においても優れた寿命を有し、かつ製品の内面品質を大幅に向上させることができるとしている。
【0008】
しかし、特許文献1または特許文献2に記載されるスケール層や窒化処理層の形成処理を熱間継目無管製造用マンドレルバーのような長尺、かつ重量物からなる熱間圧延用工具に適用するにはそのための設備が必要であり、必ずしも容易ではない。
【0009】
特許文献3には、母材の表面に、厚さ60〜200μmのCrメッキ被膜を形成した熱間継目無管製造用マンドレルバーが提案されている。メッキ被膜厚を従来よりも厚くすることにより、2重量%以上のCrを含有する高合金製の圧延に供した場合でもマンドレルバーの寿命が飛躍的に向上するとしているが、Crメッキ被膜の形成が必要であり、コストの上昇は避けられない。
【0010】
また、特許文献4では、マンドレルバー表面の磨耗や肌荒れが進行し、使用不可能となったマンドレルバーを再生するにあたり、使用後のマンドレルバーに新作製造時の初期焼戻し温度以下で熱処理を施して表面硬度を均一化し、0.06mm以上研削もしくは切削を行い、次いで研磨を行った後、マンドレルバー表面に耐焼付き用のスケール皮膜を形成させるマンドレルバー寿命向上方法が開示されている。
【0011】
特許文献4の方法によれば、潤滑剤を剥離した後、直径5〜20mm程度外削する従来のマンドレルバー再生方式に比べて外径切削量を大きく減少させ、マンドレルバーの寿命、原単位を大幅に向上させることができるが、マンドレルバーに事前の熱処理を施すなどの工程が必要となる。
【0012】
さらに、特許文献5には、カリウム四珪素マイカ、ナトリウム四珪素マイカなどのうちから選ばれた1種または2種以上の粒子状の酸化物系層状物質と、酸化硼素、アルカリ金属硼酸塩などのうちから選ばれた1種または2種以上の結合剤を所定の重量比で配合してなる高温加熱用潤滑剤組成物が提案されている。この潤滑剤組成物は良好な潤滑性を示し、しかも黒鉛や燐酸を含まないので、被加工材に浸炭層や浸燐層を形成するなどの不都合をもたらすことがないとしている。
【0013】
ところで、従来、マンドレルミルにより高合金鋼やステンレス鋼製の継目無鋼管を製造する際には、マンドレルバーの表面に黒鉛を潤滑剤として塗布し、炭素鋼を素材として、いわゆる卸し圧延を実施する方法が一般に行われている。
【0014】
すなわち、新規に製作したマンドレルバーを使用して高合金鋼等を圧延すると焼付きが発生するので、マンドレルバー使用の初期段階においては、炭素鋼を素材として所定本数の卸し圧延を実施し、表面に密着性の高い黒鉛とスケールからなる皮膜を形成して組織の緻密化を図り、マンドレルバー表面の摩擦係数を低減させ、その後、このマンドレルバーを用いて高合金鋼の鋼管やステンレス鋼管等の圧延を行う方法である。これにより、一般的な黒鉛を潤滑剤として使用し、余分の工程、工数を費やすことなく、高合金鋼やステンレス鋼製の熱間継目無鋼管を製造することが可能である。
【0015】
ところが、近年において、13Cr鋼等の高合金鋼管やステンレス鋼管の需要が高まり、いわゆる卸し圧延用の素材(炭素鋼)の確保が困難になり、新規製作のマンドレルバーについても、その初期段階から摩擦係数を低減させ、耐焼付き性を向上させることが必要になってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2004−344923号公報
【特許文献2】特開平6−262220号公報
【特許文献3】特開2001−1016号公報
【特許文献4】特開平11−226614号公報
【特許文献5】特開平9−78080号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、耐焼付き性に優れた熱間圧延工具用潤滑剤、およびマンドレルミルにより継目無管を製造する際に、この潤滑剤をマンドレルバーの表面に塗布してその表面に潤滑性に優れた皮膜を形成させる熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記の課題を解決するために、本発明者は、黒鉛と同様に層状構造をもつナトリウム四珪素マイカなどの酸化物系層状化合物を潤滑剤の基材として用い、これをマンドレルバーなどの工具表面に強固に付着させるために硼酸カリウムなど(硼酸化合物)を配合した潤滑剤の適用について検討した。
【0019】
具体的には、マンドレルバーを用いるマンネスマン・マンドレルミル方式による継目無管の製造において、SUS304ステンレス鋼を対象とし、ナトリウム四珪素マイカ:15.0%、硼酸カリウム:8.0%、硼酸アミン:8.0%、分散剤:2.5%および水66.5%(ここで、「%」はいずれも「質量%」を意味する)の組成を有する潤滑剤を使用(マンドレルバー表面に手塗り)して、外径54.0mm、肉厚6.55mmの継目無管を製造する場合のマンドレルバー表面における皮膜生成の有無を調査し、さらに摩擦係数を評価した。
【0020】
その結果、前記組成の潤滑剤(以下、ナトリウム四珪素マイカなどの酸化物系層状化合物と、硼酸カリウムなどの硼酸化合物を配合した潤滑剤を、「硼酸−マイカ系潤滑剤」と記す)を使用した場合、マンドレルバー表面に、珪酸とスケールからなる皮膜、および硼酸とスケールからなる皮膜が生成しており、X線分析により、「珪酸+スケール」皮膜中には(Mg,Fe)2SiO4の存在が、また、「硼酸+スケール」皮膜中にはFe3BO5の存在が確認できた。
【0021】
図1は、SUS304ステンレス鋼のマンドレルミル圧延時において、前記組成の硼酸−マイカ系潤滑剤を使用した場合の摩擦係数と圧延パス数の関係を、黒鉛系潤滑剤を使用した場合と対比して示す図である。なお、摩擦係数は、マンドレルミル圧延中、全スタンドに荷重がかかった定常状態時の合計荷重ΣPと、マンドレルバーに働くスラスト力Fとを測定し、下記(i)式により求めた。
【0022】
摩擦係数=F/ΣP ・・・(i)
【0023】
図1に示すように、硼酸−マイカ系潤滑剤を用いた場合(同図中に○印で表示)は、黒鉛系潤滑剤を使用した場合(△印で表示)に比べて圧延時の摩擦係数が著しく低下することが判明した。硼酸−マイカ系潤滑剤を用いた場合は、2パス目以降、さらに摩擦係数が低減している。
【0024】
これは、圧延パスにより、マンドレルバーの表面に、ナトリウム四珪素マイカによる「珪酸+スケール」や、硼酸カリウム、硼酸アミンによる「硼酸+スケール」からなる潤滑性に富んだ皮膜が生成し、また、パスを繰り返すことによりこれらの皮膜がより一層緻密化したことによるものと推定される。
【0025】
さらに、新たに製作したマンドレルバーに前記の硼酸−マイカ系潤滑剤を塗布し、2パスの卸し圧延を行った後、前記SUS304ステンレス鋼を5パス続けて圧延したところ、マンドレルバー表面での焼付きは認められなかった。図1に示すように、摩擦係数がマンドレルバーの使用当初から小さいので、卸し圧延工程をなくすことができると考えられる。
【0026】
しかしながら、その後の調査で、管内面に潤滑剤が泡状を呈して残存し、検査時に中カブレ疵と見間違える恐れがあることが判明した。この潤滑剤の残存は、ステンレス鋼管の場合は酸洗を行うので、その際に残存潤滑剤は除去され、問題はないが、9Cr鋼管や13Cr鋼管の場合は、残存する潤滑剤の除去工程の追加が必要となる。
【0027】
このような問題は潤滑剤として黒鉛を使用する場合には生じない。そこで、本発明者は、試みに、硼酸−マイカ系潤滑剤に黒鉛を種々の比率で添加し、管内面の潤滑剤残存およびマンドレルバー表面における皮膜の生成について調査したところ、黒鉛を添加した場合には、添加量が少なくても潤滑剤は残存せず、良好な結果が得られることを見いだした。
【0028】
また、黒鉛の含有量が所定の比率以下の場合は、前述したマンドレルバー表面の皮膜、すなわち、硼酸−マイカ系潤滑剤を使用した場合に生成する皮膜(珪酸+スケール皮膜・硼酸+スケール皮膜)も良好に生成することも見出した。
【0029】
本発明は、このような知見に基づきなされたものであり、下記(1)の熱間圧延工具用潤滑剤、および下記(2)の熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法を要旨としている。なお、以下において、潤滑剤を構成する各成分(配合物質)の含有量を表す「%」は「質量%」を意味する。
【0030】
(1)酸化物系層状化合物、硼酸化合物および黒鉛を水に分散溶解させた熱間圧延工具用潤滑剤であって、酸化物系層状化合物と硼酸化合物との配合比率が質量比で10:90〜70:30であり、前記黒鉛の含有量が1.0〜4.5%であることを特徴とする熱間圧延工具用潤滑剤。
【0031】
ここで、「酸化物系層状化合物」としては、例えば、天然または人工のマイカが挙げられる。マイカとしては、カリウム四珪素マイカ{KMg2・5(Si410)F2}、ナトリウム四珪素マイカ{NaMg2・5(Si410)F2}、天然金マイカ{KMg3(AlSi310)(OH)2}などが例示される。また、バーミキュライト{(Mg,Fe)3(Si,Al,Fe)410(OH)2・4H2O}、ベントナイト{Si2(Al3.34Mg0.44420(OH)4Na0.44}等も「酸化物系層状化合物」として使用することができる。
【0032】
前記の「硼酸化合物」とは、硼酸または/および硼酸化合物をいう。硼酸化合物としては、硼酸の他、例えば、硼酸カリウム、硼酸ナトリウムなどのアルカリ金属硼酸塩、酸化硼素、さらには、硼酸アミン類などの硼素を含む有機系の化合物が挙げられる。
【0033】
本発明の熱間圧延工具用潤滑剤において、黒鉛の含有量を1.0%以上とすれば、泡状を呈する潤滑剤の残存を効果的に抑制することができる。一方、黒鉛の含有量を4.5%以下とするのは、マンドレルバー表面の皮膜を良好に生成するためである。
【0034】
本発明の熱間圧延工具用潤滑剤(黒鉛の含有量を前記のように規定した潤滑剤を含む)の組成が、酸化物系層状化合物としてマイカ:10〜30%、硼酸化合物として硼酸:10〜30%、黒鉛:1.0〜4.5%、残部が水であれば、潤滑性皮膜が均一に生成し、管内面に潤滑剤が残存することがなく、望ましい。
【0035】
(2)マンドレルミル圧延時に、マンドレルバーの表面に、前記(1)に記載の熱間圧延工具用潤滑剤を塗布することを特徴とする熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明の熱間圧延工具用潤滑剤および熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法は、下記の顕著な効果を発揮する。
(1)熱間圧延用潤滑剤として、耐焼付き性に優れ、作業性も良好である。
(2)マンドレルミルによる継目無管の製造時に、マンドレルバーの表面に潤滑性に優れた皮膜を生成させ、優れた耐焼付き性を発揮させることができる。
(3)マンドレルミルによる継目無管の製造時に、管内面に潤滑剤が残存することもない。
(4)特に、新規に製作したマンドレルバーを用いて高合金鋼やステンレス鋼製の熱間継目無鋼管を製造する際には、従来の黒鉛系潤滑剤を使用する場合に必要な炭素鋼を素材とした卸し圧延工程をなくすことができ、作業効率を著しく向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】SUS304ステンレス鋼のマンドレルミル圧延時において、硼酸−マイカ系潤滑剤を使用した場合の摩擦係数と圧延パス数の関係を、黒鉛系潤滑剤を使用した場合と対比して示す図である。
【図2】マンネスマン・マンドレルミル方式により製造した継目無管の管内面における潤滑剤の残存およびマンドレルバー表面での皮膜生成ならびに摩擦係数に及ぼす硼酸−マイカ系潤滑剤中の黒鉛の影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
本発明の熱間圧延工具用潤滑剤は、前記のように、酸化物系層状化合物、硼酸化合物および黒鉛を水に分散溶解させた熱間圧延工具用潤滑剤であって、酸化物系層状化合物と硼酸化合物との配合比率が質量比で10:90〜70:30であり、前記黒鉛の含有量が1.0〜4.5%であることを特徴とする潤滑剤である。
【0039】
本発明の潤滑剤において、酸化物系層状化合物と硼酸化合物とを所定割合で配合するのは、熱間圧延時、特にマンドレルミル圧延時において、潤滑剤を被潤滑面に強固に付着させ、管素材とマンドレルバーとの摩擦係数を小さくして、潤滑性を向上させるためである。酸化物系層状化合物は管素材とマンドレルバーとの焼き付きを防止する役目を担い、一方、硼酸化合物は、酸化物系層状化合物を工具および被加工材料の摩擦面に均一に分散させ強固に付着させるとともに、それ自体も潤滑皮膜として作用する。
【0040】
本発明の潤滑剤に配合する酸化物系層状化合物で代表的なものは、カリウム四珪素マイカ、ナトリウム四珪素マイカ、天然金マイカなどのマイカである。これらマイカのうちの1種以上を使用することができる。また、マイカに代えて、またはマイカとともに、バーミキュライト、ベントナイト等を使用することもできる。但し、最も望ましいのは、ナトリウム四珪素マイカである。
【0041】
硼酸化合物としては、一般的には、硼酸や、硼酸カリウム、硼酸ナトリウムなどのうちの1種以上を使用すればよい。
【0042】
酸化物系層状化合物と硼酸化合物との配合比率を質量比で10:90〜70:30、すなわち、酸化物系層状化合物1に対して硼酸化合物を9〜0.43の範囲内とするのは、酸化物系層状化合物と硼酸化合物との配合比率がこの範囲から外れると、潤滑性が低下し、例えばマンドレルミル圧延時に、内面疵が発生しやすくなるからである。
【0043】
酸化物系層状化合物として、カリウム四珪素マイカ、ナトリウム四珪素マイカ、天然金マイカや、バーミキュライト、ベントナイト等のうちの1種以上を混合使用する場合、また、硼酸化合物として、硼酸、硼酸カリウム、硼酸ナトリウムや、酸化硼素、さらには、硼酸アミン類などのうちの1種以上を混合使用する場合は、使用した酸化物系層状化合物の合計量と硼酸化合物の合計量との比(質量比)が、前記の10:90〜70:30の範囲内に入るようにすればよい。
【0044】
本発明の潤滑剤において、酸化物系層状化合物および硼酸化合物の他に、黒鉛を含有させることとするのは、熱間圧延時、例えばマンドレルミル圧延時に管内面に潤滑剤が残存するのを抑制するためである。
【0045】
潤滑剤が管内に残存するメカニズムは明らかではないが、マンドレルミル圧延実施中ないしは圧延が終了して再加熱炉で加熱中に、ナトリウム四珪素マイカなどの酸化物系層状化合物や硼酸カリウムなどの硼酸化合物がスケールとともに溶融し、泡状を呈して残存することによるものと推測される。
【0046】
黒鉛としては、人造黒鉛の他、鱗片状、塊状、または土壌形状を呈する天然の黒鉛を使用することができる。
【0047】
本発明の潤滑剤において、硼酸−マイカ系潤滑剤に少量の黒鉛を添加することが重要な構成であり、黒鉛の含有量は1.0〜4.5%とする。すなわち、黒鉛の含有量を1.0%以上とすれば、泡状潤滑剤の残存を抑制でき、一方、4.5%を超えて含有させると、硼酸−マイカ系潤滑剤の特性が低減し、マンドレルバー表面での皮膜生成状態が悪化する。
【0048】
本発明の熱間圧延工具用潤滑剤は、前記の酸化物系層状化合物、硼酸化合物および黒鉛を水に分散溶解させた潤滑剤である。
【0049】
酸化物系層状化合物、硼酸化合物および黒鉛を分散溶解させる水の量は特に規定しない。潤滑剤の工具や被加工材表面への塗布作業が可能な範囲で、用いる酸化物系層状化合物や硼酸化合物の種類、配合比率等に応じて適宜定めればよい。
【0050】
本発明の潤滑剤の望ましい組成は、酸化物系層状化合物としてマイカ:10〜30%、硼酸化合物として硼酸:10〜30%、黒鉛:1.0〜4.5%、残部が水である。マイカとしては、カリウム四珪素マイカ、ナトリウム四珪素マイカ、天然金マイカなどがあるが、前述のように、最も望ましいのは、ナトリウム四珪素マイカである。なお、残部の水には分散剤が含まれていてもよい。
【0051】
このような組成の潤滑剤であれば、後述する実施例からも明らかなように、潤滑性皮膜が均一に生成し、製造した継目無管の内面に潤滑剤が残存することがなく、潤滑性がよいので管内面疵の発生もみられない。
【0052】
本発明の潤滑剤は上記の構成を有するものであるが、必要に応じて、ナトリウム四珪素マイカ、硼酸カリウム、硼酸アミン等を水に分散混合する際の均一分散性を向上させるための分散剤を添加してもよい。
【0053】
本発明の潤滑剤を使用するに際しては、マンドレルバー等の熱間圧延工具の表面に、潤滑剤の状態(酸化物系層状化合物および硼酸化合物の種類や、水分量等)に応じて、はけ塗り、スプレー塗布、その他適宜な方法により塗布すればよい。
【0054】
本発明の熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法は、マンドレルミル圧延時に、マンドレルバーの表面に、前述の本発明の潤滑剤を塗布することを特徴とする方法である。
【0055】
具体的には、マンドレルミル圧延を行う際に、マンドレルバーの表面に前述した本発明の潤滑剤をスプレー塗布、その他の方法により塗布した後、自然乾燥固化させればよい。この表面処理方法を適用することによって、マンドレルバーの表面に、「珪酸+スケール」や「硼酸+スケール」からなる潤滑性に富んだ皮膜が形成される。
【0056】
その結果、マンドレルバー使用の初期段階から摩擦係数を低減させ、耐焼付き性を向上させることが可能となるので、特に、高合金鋼やステンレス鋼製の熱間継目無鋼管を製造する際に、新規に製作したマンドレルバーについて従来行われている炭素鋼を素材とした卸し圧延を実施する必要がなくなり、作業効率を著しく高めることが可能となる。
【0057】
本発明の表面処理方法を施したマンドレルバーを使用すれば、後述する実施例に示すように、圧延終了後に管内面に潤滑剤が残存することがない。また、黒鉛の配合比率が比較的少ないので、浸炭の懸念もない。なお、本発明の表面処理方法は、マンドレルバー以外の熱間圧延工具にも適用可能であり、被処理面に潤滑性に富んだ皮膜を形成させることができる。
【実施例】
【0058】
本発明の潤滑剤(すなわち、硼酸−マイカ系潤滑剤に黒鉛を添加した潤滑剤)の優れた潤滑性能、および管内面における潤滑剤残存抑制効果を確認するため、表1に示す黒鉛が含まれない硼酸−マイカ系潤滑剤Aをベースに、黒鉛含有量を変えた硼酸−マイカ系潤滑剤B〜Gを調整した。
【0059】
硼酸−マイカ系潤滑剤B:黒鉛含有量1.0%
硼酸−マイカ系潤滑剤C:黒鉛含有量2.5%
硼酸−マイカ系潤滑剤D:黒鉛含有量4.5%
硼酸−マイカ系潤滑剤E:黒鉛含有量7.5%
硼酸−マイカ系潤滑剤F:黒鉛含有量10.0%
硼酸−マイカ系潤滑剤G:黒鉛含有量20.0%
【0060】
調整した硼酸−マイカ系潤滑剤を用いて、室内試験(ラボ試験)および実機による試験を行って、管内面における潤滑剤の残存状態、工具表面における皮膜生成状態を調査した。なお、潤滑剤の残存状態および皮膜生成状態については、目視により、また必要に応じてX線分析により調査し、評価した。
【0061】
【表1】

【0062】
〔ラボ試験による評価〕
マンドレルバーに見立てた工具材(SKD6)の表面に、前記の黒鉛含有量を変えた硼酸−マイカ系潤滑剤A〜Gをそれぞれ塗布(手塗り)し、自然乾燥固化させ、圧延材(SUS304材)を1100℃で15分加熱し、熱間加工試験(工具送り速度30mm/s)を実施して工具材表面における潤滑剤の残存の有無および皮膜生成状態を調査した。
【0063】
調査結果を表2に示す。表2において、「潤滑剤残存状態」の欄の○印は潤滑剤の残存が見られないことを、×印は潤滑剤の残存が見られることを表し、○印であれば良好と評価した。
【0064】
また、「皮膜生成状態」の欄の○印は皮膜が均一に生成していることを、△印は皮膜が生成しているが不均一ではあることを、×印は皮膜が生成していないことを表し、○印であれば良好と評価した。「評価」の欄は、「潤滑剤残存状態」および「皮膜生成状態」の両者を勘案して評価した結果で、○印(良好)であれば合格とした。
【0065】
【表2】

【0066】
表2から明らかなように、黒鉛を1.0%以上含有すれば、管内面の潤滑剤残存状態が良好となり、潤滑剤の残存が見られない。また、黒鉛の含有量を4.5%以下にすれば、マンドレルバー表面の皮膜生成状態が良好になる。
【0067】
一方、黒鉛含有量が7.5〜10%の場合に皮膜が生成しているが不均一であり、黒鉛含有量が20%の場合に皮膜は生成しなかったことから、「評価」を×印または△印となり、不合格とした。
【0068】
〔実機試験による評価(1)〕
9%Cr鋼を対象とし、潤滑剤として、前記表2に示した潤滑剤のうち、下記の硼酸−マイカ系潤滑剤をそれぞれ使用してマンネスマン・マンドレルミル方式により、外径45.0mm、肉厚9.57mmの継目無鋼管を製造した。
【0069】
硼酸−マイカ系潤滑剤A:黒鉛含有量0%
硼酸−マイカ系潤滑剤C:黒鉛含有量2.5%
硼酸−マイカ系潤滑剤D:黒鉛含有量4.5%
硼酸−マイカ系潤滑剤F:黒鉛含有量10.0%
【0070】
製造された継目無鋼管の管内面における潤滑剤の残存状態およびマンドレルバー表面における皮膜生成状態を調査するとともに、摩擦係数を評価した。潤滑剤の残存状態の調査は目視により、皮膜生成状態の調査は目視およびX線分析により行い、摩擦係数は、前述の(i)式により求めた。
【0071】
調査結果を図2に示す。図2において、「潤滑剤残存状態」および「皮膜生成状態」の欄の○印、△印および×印の意味は、前記表2におけるそれらの意味と同じである。また、摩擦係数は、複数の圧延パスについてそれぞれ求め、その平均値(○印で表示)とバラツキの範囲を示している。
【0072】
図2に示すように、黒鉛が含まれていない硼酸−マイカ系潤滑剤Aを使用した場合は、管内面に潤滑剤が残存したが、硼酸−マイカ系潤滑剤C(黒鉛含有量2.5%)、硼酸−マイカ系潤滑剤D(黒鉛含有量4.5%)を使用した場合は、いずれも潤滑剤の残存が認められず、皮膜生成状態も良好であった。一方、黒鉛を多く含有する硼酸−マイカ系滑剤F(黒鉛含有量10.0%)を使用した場合は、皮膜が生成しているが不均一であった。図2中では、硼酸−マイカ系潤滑剤を単に「潤滑剤」と記す。
【0073】
一方、黒鉛含有量の増大に伴い摩擦係数が漸増しているが、黒鉛系潤滑剤を使用した場合に比べるとかなり小さく(前記図1参照)、黒鉛を4.5%以下添加した硼酸−マイカ系潤滑剤C、Dはいずれも潤滑剤の残存が認められず、皮膜生成状態も良好であって、優れた潤滑性を有していることが分かる。
【0074】
〔実機試験による評価(2)〕
前記の評価(1)と同じく、各種の硼酸−マイカ系潤滑剤(以下、単に潤滑剤と記す)を用いて、9%Cr鋼を対象とし、マンネスマン・マンドレルミル方式により外径45.0mm、肉厚9.57mmの継目無鋼管を製造し、管内面疵の有無、マンドレルバー表面における皮膜生成状態、および管内面における潤滑剤の残存状態を調査した。使用した潤滑剤の組成を表3に示す(本発明例1〜3、および比較例1〜10)。
【0075】
【表3】

【0076】
調査結果を表3に併せて示す。表3において、「管内面疵」の欄の○印は疵の発生が認められないことを、×印は管内面に疵が発生したことを表す。また、「皮膜生成状態」および「潤滑剤残存状態」の欄の○印、△印、×印の意味は、前記表2においてそれらが意味するところと同じである。
【0077】
表3に示したように、比較例1〜8の潤滑剤を使用した場合は、黒鉛が含まれていないため、特に、「潤滑剤残存状態」に関しては、すべてにおいて×印で、潤滑剤の残存が見られた。また、比較例9、10は、黒鉛を多く含有していることから、「皮膜生成状態」は皮膜が生成しているが不均一であった。
【0078】
これに対し、本発明例1〜3の潤滑剤を使用した場合は、「管内面疵」、「皮膜生成状態」および「潤滑剤残存状態」の調査項目のすべてにおいて○印であった。これにより、本発明の熱間圧延工具用潤滑剤の優れた潤滑性能と管内面における潤滑剤残存抑制効果が確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の熱間圧延工具用潤滑剤は、酸化物系層状化合物、硼酸化合物および黒鉛を水に分散溶解させた潤滑剤であり、耐焼付き性に優れ、作業性も良好である。この潤滑剤をマンドレルバーの表面に塗布する本発明のマンドレルバーの表面処理方法によれば、マンドレルバーの表面に潤滑性皮膜を生成させ、マンドレルミル圧延時に優れた耐焼付き性を発揮させることができる。管内面に潤滑剤が残存することもない。
【0080】
特に、新規に製作したマンドレルバーを用いて高合金鋼やステンレス鋼製の熱間継目無管を製造する際には、従来の黒鉛系潤滑剤を使用する場合に必要な卸し圧延を実施する必要がなくなるので、作業効率を著しく高めることができる。
【0081】
したがって、本発明の熱間圧延工具用潤滑剤、および本発明のマンドレルバーの表面処理方法は、熱間圧延、特に熱間継目無管の製造に有効に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物系層状化合物、硼酸化合物および黒鉛を水に分散溶解させた熱間圧延工具用潤滑剤であって、酸化物系層状化合物と硼酸化合物との配合比率が質量比で10:90〜70:30であり、前記黒鉛の含有量が1.0〜4.5%であることを特徴とする熱間圧延工具用潤滑剤。
【請求項2】
前記潤滑剤の組成が、質量%で、酸化物系層状化合物としてマイカ:10〜30%、硼酸化合物として硼酸:10〜30%、黒鉛:1.0〜4.5%および残部が水であることを特徴とする請求項1に記載の熱間圧延工具用潤滑剤。
【請求項3】
マンドレルミル圧延の際に、マンドレルバーの表面に、請求項1または2のいずれかに記載の熱間圧延工具用潤滑剤を塗布することを特徴とする熱間継目無管製造用マンドレルバーの表面処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−162737(P2011−162737A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−30024(P2010−30024)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】