説明

燃料蒸気に対する耐食性を有するパイプ製造用ニッケルめっき鋼板、その鋼板を用いたパイプおよび給油パイプ

【課題】ガソリン、軽油、バイオエタノール、バイオディーゼル燃料などの燃料蒸気に対する耐食性を有するパイプ製造用ニッケルめっき鋼板、パイプおよび給油パイプの提供。
【解決手段】
鋼板の表面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層を設けられ、燃料蒸気に対する耐食性を有することを特徴とするパイプ製造用ニッケルめっき鋼板。
鋼板からなるパイプの内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられ、燃料蒸気に対する耐食性を有することを特徴とするパイプおよび給油パイプ。
燃料を燃料タンク23に給油するための鋼板からなる給油パイプ20であって、燃料が通過する太径パイプ部21と、太径パイプ部の上部と下部とを通気する細径パイプ部22と、を有し、少なくとも前記細径パイプ部の内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料蒸気に対して耐食性を有する表面処理鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、温室効果ガス削減のため、カーボンニュートラルとされるバイオエタノールをガソリンに混合したいわゆるバイオエタノール混合ガソリンを使用する動きが活発化している。しかしながら、ガソリンにエタノールを添加すると、ガソリンが吸湿しやすくなり、燃料タンク内に水が混入することが考えられる。
さらに、エタノール混合ガソリンを長期間放置したままであると、ガソリンが劣化しガソリン内に有機酸が形成される。
このように、吸湿状態とガソリンの劣化が発生した場合、エタノールは水とガソリンの両方に混合できるため、ガソリン内部に水と有機酸が含まれた状態になり、ガソリン表面から水と有機酸の混合物が気化することがある。その場合には、通常は腐食性の殆ど無いガソリン蒸気にしか接触しないパイプの内面が、強い腐食環境下にさらされる。
よって、バイオエタノール混合ガソリンの雰囲気下に置かれるパイプにも、腐食環境を想定した耐食性が求められる。
これらの腐食環境に対応するものとして、例えば、特許文献1には、めっき付着量が10〜70g/m、Sn−1〜50%ZnであるSn−Zn合金めっき面に、付着量がCr換算で100mg/m以下であるクロム酸、シリカ、無機リン酸や有機リン酸からなるクロメート被膜を処理、或いは更に有機樹脂を含有した樹脂クロメート被膜を処理した鋼板を用い、フランジを有する一対の椀型成型体のフランジ部を連続的にシーム溶接して一体とした耐食性に優れた自動車用燃料容器が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−17450号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記特許文献1記載の自動車用燃料容器に用いられる素材は、ガソリンなどの自動車用燃料に浸漬され、直接自動車燃料と接触する燃料タンクのような部分の耐食性であり、蒸気に対する耐食性ではない。
例えば給油パイプのように燃料タンクに接続するパイプは、実際の使用環境として、自動車用燃料に直接暴露されることよりも、揮発性の高い自動車燃料の蒸気に暴露されるケースの方が圧倒的に多い。
また、国際的に化石燃料の枯渇化が深刻化しており、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料などの普及が広まっている。
このように、従来の自動車燃料であるガソリンに加え、バイオエタノールやバイオディーゼル燃料及びその蒸気の両方に対して十分な特性を有する素材が求められていた。
そこで、本発明の目的は、上記の従来の課題を解決することであり、燃料特にガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料などの燃料蒸気に対して十分な耐食性を有するパイプ製造用ニッケルめっき鋼板を提供することである。
また、本発明の他の目的は、そのニッケルめっき鋼板を用いたパイプを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
(1)本発明のパイプ製造用ニッケルめっき鋼板は、鋼板の少なくとも片方の表面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層を設けられ、燃料蒸気に対する耐食性を有することを特徴とする。
(2)本発明のパイプ製造用ニッケルめっき鋼板は、前記(1)において、前記燃料が、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする。
(3)本発明のパイプは、
鋼板からなるパイプの内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられ、燃料蒸気に対する耐食性を有することを特徴とする。
(4)本発明のパイプは、前記(3)において、前記燃料が、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする。
(5)本発明の給油パイプは、燃料を燃料タンクに給油するための鋼板からなる給油パイプであって、
燃料が通過する太径パイプ部と、
太径パイプ部の上部と下部とを通気する細径パイプ部と、を有し、
少なくとも前記細径パイプ部の内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられていることを特徴とする。
(6)本発明の給油パイプは、前記(5)において、前記燃料が、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の、パイプ製造用ニッケルめっき鋼板、そのニッケルめっき鋼板を用いたパイプおよび給油パイプは、燃料であるガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料などの燃料蒸気に暴露されても、発錆を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明のニッケルめっき鋼板のバイオエタノール混合ガソリンに対する耐食性試験の方法を示す概略説明図である。
【図2】本発明のニッケルめっき鋼板を用いた給油パイプの概略説明図であり、(a)は燃料が通過する太径パイプ部と太径パイプ部の上部と下部とを通気する細径パイプ部とを有する給油パイプを示し、(b)は燃料が通過する太径パイプ部と細径パイプ部とが独立して形成されている給油パイプを示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
<鋼板>
パイプ製造用ニッケルめっき鋼板の原板としては、通常低炭素アルミキルド熱延コイルが用いられる。
また、炭素0.003重量%以下の極低炭素鋼、または更にこれにニオブ、チタンを添加し非時効連続鋳造鋼から製造されたコイルも用いられる。
【0009】
<めっき前処理>
ニッケルめっきの前処理としては、通常苛性ソーダを主剤としたアルカリ液に電解、または浸漬による脱脂を行い、冷延鋼板表面のスケール(酸化膜)を除去する。除去後、冷間圧延工程にて製品厚みまで圧延する。
【0010】
<焼鈍>
圧延で付着した圧延油を電解洗浄した後、焼鈍する。焼鈍は、連続焼鈍あるいは箱型焼鈍のどちらでもよく特にこだわらない。焼鈍した後、形状修正する。
【0011】
<ニッケルめっき>
次に、鋼板上にニッケルめっきを施す。一般に、ニッケルめっき浴としてはワット浴と称される硫酸ニッケル浴が主と用いられるが、この他、スファミン酸浴、ほうフッ化物浴、塩化物浴なども用いることができる。これらの浴を用いてめっきする場合のニッケルめっきの厚みは、0.5〜10μmの範囲とする。その理由は、以下の評価方法の欄で述べる。
当該めっき厚みを得るには、代表的なワット浴を用いた場合は、硫酸ニッケル200〜350g/L、塩化ニッケル20〜50g/L、ほう酸20〜50g/Lの浴組成で、pH3.6〜4.6、浴温50〜65℃の浴にて、電流密度5〜50A/dm、クーロン数約30〜3000c/dmの電解条件によって得られる。安定剤として添加するほう酸はクエン酸でもよい。
ここで、ワット浴で形成されるニッケルめっきとしては、ピット抑制剤以外に有機化合物を添加しない無光沢ニッケルめっき、めっき層の析出結晶面を平滑化させたレベリング剤と称する有機化合物を添加した半光沢ニッケルめっき、さらにレベリング剤に加えニッケルめっき結晶組織を微細化することにより光沢を出すための硫黄成分を含有した有機化合物を添加した光沢ニッケルめっきがあるが、本発明においてはすべて用いることができる。
【0012】
<評価方法>
各めっき厚のニッケルめっき鋼板から評価試験片を作製し、バイオエタノール混合ガソリンに浸漬させることにより耐食性を調査した。耐食性は発錆の有無で確認した。
バイオエタノール混合ガソリンを試験的に模した腐食液を使用した。
腐食液は、JIS K2202に規定されているレギュラーガソリンに、ギ酸10ppm、酢酸20ppmを添加し、JASO M361に規定されているバイオエタノールを10%添加し、模擬的な劣化ガソリンを精製した。
これに、更に腐食性を高めることを目的に、純水にギ酸100ppm、酢酸200ppm、塩素100ppmを添加した腐食水を作製し、これを上記劣化ガソリンに10%添加して腐食液とした。
腐食液は、上層が劣化ガソリン、下層が腐食水の2層に分かれた状態となる。
この腐食液に評価試験片(ニッケルめっき鋼板)が半分浸漬するように密閉容器中に配置し、45℃の恒温槽にて経時した。
これにより、図1に示すように、評価試験片は、上部より、劣化ガソリンの燃料蒸気(気相)と接触した気相部11、劣化ガソリン(液相)と接触した液相部12、腐食水(水相)と接触した水相部13に分離されることになる。
そして、評価試験片の気相部11の腐食を調査することにより、評価試験片の燃料蒸気に対する耐食性を評価した。
多くの実験結果から、ニッケルめっき厚が0.5〜10μmの範囲にすることにより、気相部への発錆が抑制されることが分かった。
すなわち、実験結果から、ニッケルめっき厚が0. 5μm以下の場合、気相部における十分な耐食性が得られなかった。
また、ニッケルめっき厚が10μm以上では、ニッケルめっき鋼板をスリットする際に端面にバリが生じやすくなる。このバリはニッケルめっき被膜がスリットの刃に追従して延びるために生じると考えられ、バリが存在すると高周波誘導溶接などにより端面を溶接しパイプを製造する時に、パイプ溶接部が不均一な形状となるため、好ましくない。
【0013】
<パイプ加工>
当該ニッケルめっきを施した鋼板を使用し、レベラーにより形状修正し、スリッターで所定の外寸径にスリットした後、成形機によりパイプ状に造管し、長手方向の端面同士を高周波誘導溶接によりシーム溶接することによりパイプを製造する。
パイプとしては燃料をタンクに導入する給油パイプや、タンクからエンジンに燃料を導入するパイプや、通気を行うパイプがある。
図2(a)に示すように、給油パイプ20の燃料タンク23への取り付けは、燃料タンク23の上部から斜め上方向へ延出させた。
また、給油パイプ20には、燃料が通過する太径パイプ部21の途中から分岐をさせて、太径パイプ部21の上部と下部とを通気する細径パイプ部22を接続した。
このような給油パイプ20を分岐させた細径パイプ部22は、燃料蒸気に対する耐食性が特に要求されるので、細径パイプ部22の内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられていることが好ましい。
なお、本発明で規定する給油パイプ20は、図2(a)に示すような形状に限らず、例えば、図2(b)に示すように、燃料が通過する太径パイプ部21とは、独立した形状で細径パイプ部22が燃料タンク23に取り付けられているものであっても、燃料蒸気に対する耐食性が特に要求されることに変わりはないので、これらの形態のものも含む。
【実施例】
【0014】
以下に実施例を用いて、本発明を更に詳細に説明する。
<実施例1>
板厚0.70mmの、冷延、焼鈍済みの低炭素アルミキルド鋼板をめっき原板とした。
めっき原板である鋼板の成分は以下のとおりである。
C:0.045%、Mn:0.23%、Si:0.02%、P:0.012%、S:0.009%、Al:0.063%、N:0.0036%、残部:Fe及び不可避的不純物。この鋼板を、アルカリ電解脱脂、硫酸浸漬の酸洗を行った後、ワット浴無光沢めっきの条件で、めっき厚0.5μmのニッケルめっきを行ってニッケルめっき鋼板を得た。
なお、めっき厚は蛍光X線分析(リガク製 ZSX 100e)により測定した。
【0015】
<実施例2〜8>
ニッケルめっき厚を、表1に示す値に変更した以外は、実施例1と同様にしてニッケルめっき鋼板を得た。
【0016】
<比較例>
表1に示すニッケルめっき厚のニッケルめっき鋼板を作製して比較例1〜2とした。
【0017】
<評価>
次に、実施例、比較例の各ニッケルめっき鋼板から、評価試験片を作製し、45℃の恒温槽にて2000時間経時させた後に、各めっき厚の評価試験片の気相部の外観を観察し、錆発生を調査した。この結果を表1の「気相部の発錆結果」に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
本発明の実施例1〜8のニッケルめっき鋼板は、表1から明らかなように、錆の発生が無く、燃料蒸気に対して耐食性を有するパイプ用の素材として優れていた。
上記腐食液はガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料よりも腐食性が強い蒸気を発生するのでこの腐食液での試験で錆の発生が無ければ、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料に対しても錆の発生が無いものと考えられる。
一方、比較例1〜2のニッケルめっき鋼板は、赤錆が発生し、燃料蒸気に対して耐食性を有するパイプ製造用の素材として実用性に乏しい。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明のパイプ製造用ニッケルめっき鋼板は、燃料であるガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料などの燃料蒸気への暴露において発錆を抑えることが可能である。
また、本発明のパイプ製造用ニッケルめっき鋼板を用いたパイプおよび給油パイプは、燃料蒸気に対する耐食性が優れており、産業上の利用可能性が極めて高い。
【符号の説明】
【0021】
11:気相部
12:液相部
13:水相部
20:給油パイプ
21:太径パイプ部
22:細径パイプ部
23:燃料タンク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板の少なくとも片方の表面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層を設けたことを特徴とする、燃料蒸気に対する耐食性を有するパイプ製造用ニッケルめっき鋼板。
【請求項2】
前記燃料が、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする請求項1に記載の燃料蒸気に対する耐食性を有するパイプ製造用ニッケルめっき鋼板。
【請求項3】
鋼板からなるパイプの内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられていることを特徴とする、燃料蒸気に対する耐食性を有するパイプ。
【請求項4】
前記燃料が、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする請求項3に記載の燃料蒸気に対する耐食性を有するパイプ。
【請求項5】
燃料を燃料タンクに給油するための鋼板からなる給油パイプであって、
燃料が通過する太径パイプ部と、
太径パイプ部の上部と下部とを通気する細径パイプ部と、を有し、
少なくとも前記細径パイプ部の内面に、めっき厚0.5〜10μmのニッケルめっき層が設けられていることを特徴とする、燃料蒸気に対する耐食性を有する給油パイプ。
【請求項6】
前記燃料が、ガソリン、軽油、バイオエタノール、又はバイオディーゼル燃料を含むことを特徴とする請求項5に記載の燃料蒸気に対する耐食性を有する給油パイプ。

【図1】
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【図2】
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