説明

燃料電池スタックのメンテナンス方法

【課題】電極からの高分子電解質の溶出を防止し、燃料電池スタックの出力低下を抑制する手段を提供する。
【解決手段】電極材料に高分子電解質を含む、例えば、高分子電解質からなる膜を一対の触媒層で挟んで構成されている燃料電池スタックのメンテナンス方法であって、所定期間経過毎、例えば、1ヶ月から5年毎に、前記電極を前記高分子電解質のガラス転移温度以上、例えば、100℃から180℃に加温する燃料電池スタックのメンテナンス方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極材料に高分子電解質材料を含む燃料電池スタックのメンテナンス方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高分子電解質膜の両面に触媒層をそれぞれ配置することで水素極と酸素極とを構成し、水素極側に例えば水素ガス等の燃料ガスを供給する一方で、酸素極側に例えば空気等の酸化ガスを供給し、燃料ガス及び酸化ガス(以下、反応ガスともいう)の酸化還元反応による化学エネルギーを電気エネルギーとして直接取り出すことのできる燃料電池スタックの開発が進められている。
【0003】
このような燃料電池スタックにおいては、長期使用による電極の経時劣化が問題となる。例えば、特許文献1には、電位印加なしで高分子電解質膜を加温及び加湿することで、高分子電解質膜のイオン導電性を改質、再生させることが開示されている。
【特許文献1】特開2005−294173号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、本発明者は燃料電池スタックの電極材料として含まれる高分子電解質が長時間の使用によって電極から溶出していってしまう現象を確認した。
【0005】
しかしながら、上記従来の方法では、このような高分子電解質の溶出による電極の経時劣化を防止することは困難である。そして、高分子電解質の溶出は、電極のプロトン運搬能力の低下を招き、結果として燃料電池スタックの出力を低下させてしまう。
【0006】
そこで、本発明は、上記従来技術の課題に鑑みてなされたものであり、電極からの高分子電解質の溶出を防止し、燃料電池スタックの出力低下を抑制する燃料電池スタックのメンテナンス方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明においては、上記課題を解決するために、以下の手段を採用した。すなわち、本発明は、電極材料に高分子電解質を含む燃料電池スタックのメンテナンス方法であって、前記燃料電池スタックの使用から所定期間経過毎に、前記電極を前記高分子電解質のガラス転移温度以上に加温するようになっている。
【0008】
この構成により、長時間使用により分子鎖の絡み状態が弱くなった高分子電解質の分子鎖を再配列させ結合を強くすることができる。これにより電極からの高分子電解質の溶出を防止し、燃料電池スタックの出力低下を抑制することができ、ひいては燃料電池スタックの長寿命化を実現することができる。
【0009】
また、上記構成において、前記電極は、高分子電解質からなる膜を一対の電極用の触媒層で挟んで構成されているようにしてもよい。
【0010】
上記構成により、電極のプロトン運搬能力に大きく寄与する膜からの高分子電解質の溶出を抑制することができる。
【0011】
また、上記構成において、前記触媒層は、高分子電解質を含むようにしてもよい。
【0012】
触媒層中の高分子電解質は、溶液状態から形成されて分子鎖の絡み状態が低いことが多く、高分子電解質が溶出し易いため、高分子電解質の分子鎖を再配列させて結合を強くすることのできる本発明の構成の有用性が高い。
【0013】
また、上記構成において、前記所定期間は、1ヶ月から5年の間で設定されるようにしてもよい。
【0014】
上記構成により、1ヶ月から5年という期間の度に高分子電解質の分子鎖を再配列させて結合を強くすることのできるので、長期にわたり高分子電解質の溶出を抑制でき、燃料電池スタックの長寿命化を実現できる。
【0015】
また、上記構成において、前記加温は、100℃から180℃の間で行われるようにしてもよい。
【0016】
上記構成により、燃料電池スタックに一般に用いられる高分子電解質に対して、該高分子電解質膜のガラス転移温度以上かつ融解温度未満の加温が実現できる。
【0017】
また、上記構成において、前記加温は、前記燃料電池スタック全体に外部から熱を加えることで行うようにしてもよい。
【0018】
上記構成により、燃料電池スタック全体に熱を加えることで加温が実現できるので、燃料電池スタックのメンテナンスが容易になる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、電極からの高分子電解質の溶出を防止し、燃料電池スタックの出力低下を抑制する燃料電池スタックのメンテナンス方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態に係る燃料電池スタックのメンテナンス方法について以下の順番で説明する。
1.燃料電池スタックの構成
2.燃料電池スタックの単セルの構造
3.燃料電池スタックのメンテナンス方法
4.変形例
【0021】
本実施形態においては、車両に好適な固体高分子型の燃料電池スタックを例に説明する。もちろん、燃料電池スタックを備えた燃料電池システムは、車両のみならず、例えば、ロボット、船舶、航空機等といった自走式の移動体に搭載することもできるし、建物(住宅、ビル等)用の発電設備として用いられる定置用発電システムとしても用いることが可能である。尚、各図面において、同一の部品には同一の符号を付している。
【0022】
1.燃料電池スタックの構成
はじめに、図1を用いて、本実施の形態にかかる燃料電池スタックの全体構成を示す。ここで、図1は、本発明の実施の形態に係る燃料電池の側面図である。
【0023】
本実施形態における燃料電池スタック1は、複数の単セル2を積層してなるセル積層体3を備え、セル積層体3の両端に位置する単セルの積層方向外側に順次、出力端子4a付のターミナルプレート4、インシュレータ(絶縁板)5およびエンドプレート6をさらに備えた構成となっている。セル積層体3に対しては、両エンドプレート6をつなぐように架け渡されたテンションプレート7によって積層方向への所定の圧縮力が加えられている。
【0024】
さらに、セル積層体3の一端側のエンドプレート6とインシュレータ5との間にはプレッシャプレート8とばね機構8aとが設けられており、単セル2に作用する荷重の変動が吸収されるようになっている。
【0025】
ターミナルプレート4は集電板として機能する部材であり、例えば鉄、ステンレス、銅、アルミニウム等の金属で板状に形成されている。ターミナルプレート4の剛性は、単セル2の剛性(特に、後述するようにセパレータ)よりも高い。
【0026】
インシュレータ5は、ターミナルプレート4とエンドプレート6等とを電気的に絶縁する機能を果たす部材である。このような機能を果たすため、かかるインシュレータ5は例えばポリカーボネートなどの樹脂材料により板状に形成されている。
【0027】
エンドプレート6は、ターミナルプレート4と同様、各種金属(鉄、ステンレス、銅、アルミニウム等)で板状に形成されている。例えば本実施形態では銅を用いてこのエンドプレート6を形成しているがこれは一例に過ぎず、他の金属で形成されていても構わない。
【0028】
テンションプレート7は両エンドプレート6、6間を架け渡すようにして設けられているもので、例えば一対がセル積層体3の両側に対向するように配置される。テンションプレート7は、各エンドプレート6.6にボルト等で固定され、単セル2の積層方向に所定の締結力(圧縮力)を作用させた状態を維持する。このテンションプレート7の内側面(セル積層体3を向く面)には漏電やスパークが生じるのを防止すべく絶縁膜が形成されている。絶縁膜は、具体的には例えば当該テンションプレート7の内側面に貼り付けられた絶縁テープ、あるいは当該面を覆うように塗布された樹脂コーティングなどによって形成されている。
【0029】
2.燃料電池スタックの単セルの構造
次に、図2を用いて上記単セル2の詳細な構造を説明する。ここで図2は、本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックの単セルの断面図である。
【0030】
図2に示すように、単セル2は、膜・電極・拡散層接合体(以下、「MEGA」ともいう)20及び一対のセパレータ22A、22Bを備える。MEGA20、セパレータ22A及びセパレータ22Bは、例えば接着により一体化される。
【0031】
MEGA20は、高分子電解質膜30、高分子電解質膜30を両面から挟むかたちで配置される触媒層36及び拡散層38で構成されている。
【0032】
高分子電解質膜30は、高分子材料のイオン交換膜からなり、本実施の形態では、テフロン(登録商標)骨格にスルフォン酸基を末端につけた側鎖がぶら下がった構造のパーフルオロスルホン酸ポリマで構成されている。
【0033】
触媒層36は、触媒担持炭素と高分子電解質が混合しマトリクス状になっている。そして、触媒担持炭素上の触媒と高分子電解質との界面において電極反応が行われ、触媒層30は、アノード(水素極)及びカソード(酸素極)として機能する。触媒としては、例えば白金が用いられる。触媒層36は、例えば、触媒担持炭素と高分子電解質溶液を適量ずつ混ぜてペースト状態にしたものを固めることにより形成される。
【0034】
拡散層38は、例えば、カーボン布やカーボンペーパ等の多孔質の素材から構成され、セパレータ22A、22Bを介して供給された反応ガスを拡散させて触媒層30に流す機能を有している。また、拡散層38は、触媒層36とセパレータ22A、22Bとを導通させる導電機能をも有している。
【0035】
セパレータ22A,22Bは、ガス不透過の導電性材料で構成される。導電性材料としては、例えばカーボンや導電性を有する硬質樹脂のほか、アルミニウムやステンレス等の金属(メタル)が挙げられる。セパレータ22Aは、表面に燃料ガス流路40を有し、裏面に冷媒流路44Aを有する。セパレータ22Bは、表面に酸化ガス流路42を有し、裏面に冷媒流路44Bを有する。
【0036】
燃料ガス流路40が燃料ガスをMEGA20のアノード側に供給し、酸化ガス流路42が酸化ガスをMEGA20のカソード側に供給することにより、MEGA20内で電気化学反応が生じる。これにより、単セル2の起電力が得られる。また、この電気化学反応により、カソード側に水が生成される。冷媒は、電気化学反応で発生した単セル2の熱を低減し、燃料電池スタック1の温度上昇を抑制する。
【0037】
3.燃料電池スタックのメンテナンス方法
次に、本発明の実施形態に係る燃料電池スタックのメンテナンス方法について説明する。
【0038】
燃料電池スタック1は、使用にあたり経年劣化を起こすため、定期的にメンテナンスを行う必要がある。本実施の形態におけるメンテナンス方法は、特に電極材料の劣化のメカニズムに着目している。
【0039】
このメカニズムについてより具体的に述べる。電極を構成する高分子電解質膜30や触媒層36に含まれる高分子電解質は、燃料電池スタック1の運転中に、膨張や収縮を繰り返す。そのため、長期間の使用によって高分子電解質を構成する分子間の鎖が徐々に弱くなってしまい、高分子電解質膜30や触媒層36から、徐々に抜け出ていってしまう。これにより、高分子電解質膜30や触媒層36のプロトン運搬能力が低下し、燃料電池スタック1の出力電圧が低下してしまう。
【0040】
本発明の実施の形態では、上記電極材料の劣化のメカニズムに基づき、次のようなメンテナンスを行う。
【0041】
はじめに、燃料電池スタック1を当該燃料電池スタック1が搭載される車両等から取り出す。取り出すタイミングは、燃料電池スタック1を使用してから1ヶ月から5年、メンテナンス性を考慮してより好ましくは1から3年に一度である。
【0042】
次に、外部のヒーター等の熱源で燃料電池スタック1全体に100℃以上180℃未満の熱を数分から1時間程度加える。この温度は、電極を構成する高分子電解質膜30や触媒層36に含まれる高分子電解質が、ガラス転移温度以上融解温度未満となるように設定されている。尚、このとき加湿は行わない。100℃以上で加湿を行う場合は、圧力を高める必要があるが、高圧化で加湿を行えば、高分子電解質の溶出がむしろ促進されてしまうからである。
【0043】
次に、加温後の燃料電池スタック1を冷却し、車両に再度搭載する。これにより、メンテナンスを終了する。尚、加温前または加温後に必要に応じて他のメンテナンス作業を実施してもよい。
【0044】
以上の加温及び冷却により、高分子電解質膜30や触媒層36に含まれる高分子電解質の分子鎖の再配列が生じ、分子鎖の絡みが増加する(結晶化が進む)。これにより高分子電解質膜30や触媒層36からの高分子電解質の溶出を防止し、燃料電池スタック1の出力低下を抑制することができ、ひいては燃料電池スタックの長寿命化を実現することができる。
【0045】
(実施例)
図3に、一定時間経過毎に電極材料の加温を行った場合と行わない場合との電圧低下量の経時変化を示す。実施例1は、100時間毎に130度の加温を行った場合の単セルあたりの電圧低下量(%)を示し、比較例1は、加温を行わない場合の単セルあたりの電圧低下量を示す。いずれも0.6A/cm2と無負荷(OCV)との交互の発電サイクルで燃料電池スタックを運転したものである。加温の間隔、温度等は、もちろん燃料電池スタック毎に異なるが、同図からも、定期的に加温した場合のほうが、単セルあたりの電圧低下量並びにその時間変化量が小さくなっていることが分かる。
【0046】
4.変形例
以上本発明の実施形態を示したが、本発明はこの実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において様々な態様での実施が可能である。例えば以下のような変形例が可能である。
【0047】
上記実施の形態では、膜・電極・拡散層接合体(MEGA)20を備えた単セル2を挙げたが、これに限定されるものではなく、例えば、拡散層がない膜・電極接合体(MEA)でもかまわない。本発明は、電極材料として高分子電解質を含んでいる燃料電池スタックに広く適用可能である。
【0048】
また、上記実施の形態では、定期的に燃料電池スタック1を車両から取り出して、加温するようにしているが、これに限定されるものではない。例えば、車両内または燃料電池スタック内に熱源を準備して、定期的に燃料電池スタック1を加温するようにしてもよい。また、例えば、燃料電池スタック1内の冷媒流路44A、44B内に100℃から180℃未満に加熱した液体(例えば油)を流して、燃料電池スタック1の単セル2を直接加温するようにしてもよい。また、メンテナンスのタイミングに関しても、例えば、車両において燃料電池スタック1の使用時間や電圧低下量を検知して、ユーザに通知したりまたは自動的に上記メンテナンスを実行したりするようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施の形態に係る燃料電池スタックの側面図。
【図2】同実施の形態に係る燃料電池スタックの単セルの断面図。
【図3】燃料電池スタックの電圧低下量の経時変化を示す図。
【符号の説明】
【0050】
1 ……燃料電池スタック
2 ……単セル
3 ……セル積層体
4 ……ターミナルプレート
4a ……出力端子
5 ……インシュレータ
6 ……エンドプレート
7 ……テンションプレート
8 ……プレッシャプレート
8a ……ばね機構
20 ……MEGA
22A……セパレータ
22B……セパレータ
30 ……高分子電解質膜
36 ……触媒層
38 ……拡散層
40 ……燃料ガス流路
42 ……酸化ガス流路
44A……冷媒流路
44B……冷媒流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極材料に高分子電解質を含む燃料電池スタックのメンテナンス方法であって、
所定期間経過毎に、前記電極を前記高分子電解質のガラス転移温度以上に加温する燃料電池スタックのメンテナンス方法。
【請求項2】
前記電極は、高分子電解質からなる膜を一対の触媒層で挟んで構成されている請求項1に記載の燃料電池スタックのメンテナンス方法。
【請求項3】
前記触媒層は、高分子電解質を含む請求項2に記載の燃料電池スタックのメンテナンス方法。
【請求項4】
前記所定期間は、1ヶ月から5年の間で設定される請求項1から請求項3いずれかに記載の燃料電池スタックのメンテナンス方法。
【請求項5】
前記加温は、100℃から180℃の間で行われる請求項1から請求項4のいずれかに記載の燃料電池スタックのメンテナンス方法。
【請求項6】
前記加温は、前記燃料電池スタック全体に外部から熱を加えることで行う請求項1から請求項5いずれかに記載の燃料電池スタックのメンテナンス方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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