説明

燃料電池構成部品及びその製造方法

【課題】アルミ基材の表面の少なくとも一部に、アルマイト層及びポリイミド樹脂層を含む耐食性被膜を有する燃料電池構成部品を提供する。アルマイト層の上方に十分な膜厚のポリイミド樹脂層をほぼ均一に形成可能な燃料電池構成部品の製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム系材料からなるアルミ基材に対し陽極酸化を施してアルマイト層を形成する。次に、亜鉛めっきを施して前記アルマイト層の上に亜鉛めっき層を形成する。次に、ニッケル主体のめっきを施して前記亜鉛めっき層の上にニッケルを主要成分として含む中間金属層を形成する。次に、金めっきを施して前記中間金属層の上に金めっき層を形成する。最後に、ポリイミド電着塗料を用いた電着塗装を施して前記金めっき層の上にポリイミド(PI)樹脂層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に耐食性被膜を有する燃料電池構成部品と、そのような燃料電池構成部品の製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に燃料電池は、電池セルとセパレータとを交互に配置・積層したものを端子板及び絶縁板を介して一対のエンドプレート間に挟着保持してなる燃料電池スタックから構成されている。固体高分子型燃料電池の場合、電池セルは、プロトン透過性の高分子材料からなる固体高分子膜を、ガス透過性及び導電性を兼備した空気側電極及び水素側電極の間に挟んで構成されている。また、燃料電池スタック内には、セパレータ等によってガス流通路が区画形成されている。燃料電池の運転に伴って、電池セルから腐食性物質(例えばフッ化水素)が揮発し又はその一部が水分に溶け込むことにより、腐食ガスや腐食液(酸性を帯びた水)が発生し、それらがガス流通路を構成する金属製部品を腐食させることが知られている。このため、燃料電池を構成する金属製部品においてガス等との接触部位の耐食性を向上させることが、重要な技術的課題となっている。
【0003】
従来、燃料電池を構成する金属製部品の基材(母材)として、例えばステンレス鋼のような一定の耐食性を有する鉄系材料が検討されてきた。しかし、一般に鉄系材料は比重が大きいため、車載用燃料電池のように軽量化を図りたい場合には本質的に不利である。それ故、アルミニウムのような比較的安価な軽金属を用いて燃料電池構成部品を作製することが検討されているが、アルミニウムには一般に酸などに侵されやすく耐食性が低いという欠点がある。アルミ材の耐食性を改善する手法としてアルマイト処理(陽極酸化処理)が知られているが、アルマイト層(即ちアルミニウムの酸化膜)単独では、燃料電池内部の過酷な腐食性環境に耐えるだけの十分な耐食性を確保できない。このため、アルミニウム系材料を基材とする燃料電池構成部品にあっては、基材の陽極酸化で得られたアルマイト層の上に更に高分子被膜を形成することが提案されている。
【0004】
特許文献1は、アルミニウム又はその合金からなるセパレータ基材の表面に陽極酸化法等によってアルマイト被膜を形成し、更にそのアルマイト被膜上に高分子耐熱性被膜(例えばビニル樹脂やポリイミド)を形成してなる燃料電池用セパレータを開示する。特許文献1によれば、アルマイト被膜上に高分子耐熱性被膜を形成することで、水蒸気等によるアルマイト被膜の劣化が抑制され、セパレータの耐食性が向上するとのことである。
【0005】
特許文献2は、アルミニウム表面のアルマイトの上にポリイミド被膜を電着により形成する「ポリイミド被膜を有する被覆アルマイト」を開示する。特許文献2によれば、アルマイトにその多孔の中まで侵入したポリイミド膜を構成したものを提供することにより、耐食性及び絶縁性に優れたアルマイト製品を提供できるとのことである。
【0006】
【特許文献1】特許第3387046号公報(第0019〜0029段落)
【特許文献2】特開2004−59997号公報(要約、発明の効果の欄)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2は、アルマイトの上にポリイミド樹脂層を電着によって形成することを提案するが、アルマイト自体の導電性が非常に悪いため、電着法によってアルマイト上に必要な膜厚のポリイミド樹脂層を均一に形成することがそもそも難しい。ちなみに本願発明者らの実験によれば、アルマイトの表面に電着によってポリイミド樹脂層を直接形成した場合に得られるポリイミドの膜厚は10μmにも満たなかった(後記比較例1参照)。従って、特許文献2に準じてアルマイト層及びポリイミド樹脂層からなる耐食性被膜をアルミ基材上に形成したとしても、ポリイミド樹脂層はその膜厚や均一性が不十分なものしか得られず、実際には所期の目的を達成することが難しいという根本的な問題がある。本発明はかかる事情に鑑みてなされたものである。
【0008】
本発明の目的は、アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に、アルマイト層及びポリイミド樹脂層を含む耐食性被膜を有する燃料電池構成部品を製造する方法であって、アルマイト層の上方に十分な膜厚のポリイミド樹脂層をほぼ均一に形成可能な燃料電池構成部品の製造方法を提供することにある。また、アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に、燃料電池内部の過酷な腐食性環境に耐え得るだけの十分な耐食性を持った耐食性被膜を有してなる燃料電池構成部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に耐食性被膜を有する燃料電池構成部品を製造する方法であって、前記アルミ基材に対し陽極酸化を施すことにより、そのアルミ基材の表面にアルマイト層を形成する陽極酸化工程と、陽極酸化が施されたアルミ基材に対し亜鉛めっきを施すことにより、前記アルマイト層の上に亜鉛めっき層を形成する亜鉛めっき工程と、亜鉛めっきが施されたアルミ基材に対しニッケル主体のめっきを施すことにより、前記亜鉛めっき層の上にニッケルを主要成分として含む中間金属層を形成する中間金属層形成工程と、ニッケル主体のめっきが施されたアルミ基材に対し貴金属のめっき又はスパッタリングを施すことにより、前記中間金属層の上に貴金属層を形成する貴金属層形成工程と、貴金属のめっき又はスパッタリングが施されたアルミ基材に対しポリイミド電着塗料を用いた電着塗装を施すことにより、前記貴金属層の上にポリイミド樹脂層を形成するポリイミド電着工程とを順次実行することを特徴とする燃料電池構成部品の製造方法である。
【0010】
なお、この製造方法において、前記貴金属層形成工程は、ニッケル主体のめっきが施された前記アルミ基材に対して金(Au)めっきを施すことにより、前記中間金属層の上に金めっき層を形成する金めっき工程であることは好ましい。また、前記ポリイミド電着工程では、膜厚が少なくとも20μmのポリイミド樹脂層を形成することが望ましい。
【0011】
更に本発明は、アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に耐食性被膜を有する燃料電池構成部品であって、前記耐食性被膜は、陽極酸化によって前記アルミ基材の表面に形成されたアルマイト層と、前記アルマイト層の上に形成された亜鉛めっき層と、前記亜鉛めっき層の上に形成された、ニッケルを主要成分として含む中間金属層と、前記中間金属層の上に形成された貴金属層と、前記貴金属層の上に形成された、膜厚が少なくとも20μmのポリイミド樹脂層とを積層したものであることを特徴とする燃料電池構成部品である。なお、前記貴金属層が金めっき層であることは好ましい。
【0012】
なお、本発明における各構成要件の意義、本発明の更に好ましい態様や追加的構成要件については、後記「発明を実施するための最良の形態」の欄で更に説明する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の燃料電池構成部品の製造方法によれば、陽極酸化によってアルミ基材の表面に形成されたアルマイト層の上層に、亜鉛めっき層、ニッケルを主要成分として含む中間金属層及び貴金属層からなる複層の金属層を形成した後、ポリイミド電着塗料を用いた電着塗装を施している。即ち、ポリイミド電着時には、前記複層の金属層によってアルミ基材表面の導電性が十分に確保され、ポリイミド電着塗料の電着が円滑且つ確実に行われる。従って、本発明の方法によれば、アルマイト層の上方に十分な膜厚のポリイミド樹脂層をほぼ均一に形成することができ、その結果、アルミ基材の表面の少なくとも一部に、アルマイト層及び十分な膜厚のポリイミド樹脂層を含む耐食性被膜を有する燃料電池構成部品を確実に製造することができる。
【0014】
本発明の燃料電池構成部品によれば、陽極酸化によってアルミ基材の表面に形成されたアルマイト層の上に更に、亜鉛めっき層、ニッケルを主要成分として含む中間金属層及び貴金属層からなる複層の金属層、並びに、膜厚が少なくとも20μmのポリイミド樹脂層を積層して耐食性被膜を構成している。つまり、アルミ基材表面の耐食性被膜は、最上層に位置する十分な膜厚のポリイミド樹脂層、その直下の複層の金属層(これらの中でも特に貴金属層)、更にはその下のアルマイト層といった三重の耐食性バリヤーを具備する。従って、本発明の燃料電池構成部品によれば、燃料電池内部の過酷な腐食性環境に耐え得るだけの十分な耐食性を発揮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の燃料電池構成部品は、アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に耐食性被膜を有するものである。燃料電池構成部品としては、燃料電池スタックを構成するためのセパレータ、ターミナルプレート(端子板)、エンドプレート、あるいは、燃料電池用のガス等の配管部品を例示することができる。なお、「アルミ基材の表面の少なくとも一部」とは、アルミ基材表面の一部又は全部をいう。
【0016】
アルミ基材を構成するアルミニウム系材料としては、純アルミニウム(Al)、Al−Mg系、Al−Si系、Al−Mg−Si系、Al−Mn系、Al−Zn系を例示することができる。なお、アルミ基材は、アルミニウム系材料の圧延材はもちろんのこと、鋳物であってもよい。また、アルミ基材は、その形状が限定されるものではなく、平板状、湾曲板状、円盤状、環状、筒状あるいはパイプ状等どのような形状であってもよい。
【0017】
アルミ基材の表面の少なくとも一部を占める耐食性被膜は、陽極酸化工程と、複層の金属層を形成する工程(亜鉛めっき工程、中間金属層形成工程及び貴金属層形成工程)と、ポリイミド電着工程とを順に経て形成される。
【0018】
陽極酸化工程:アルミ基材に対する陽極酸化は、アルミ基材及び対向電極を酸又はアルカリの溶液中に浸漬した状態で、アルミ基材を陽極とし対向電極を陰極とする電解処理を行うことで達成される。陽極酸化を施すことでアルミ基材の表面における酸化膜(アルマイト層)の形成が促進される。陽極酸化によりアルミ基材の表面に平均膜厚が1〜20μm(マイクロメートル)のアルマイト層を形成することが好ましい。アルマイト層の平均膜厚が1μm未満では、大気下で自然形成されるアルミ基材表面の酸化膜の膜厚との有意差がなく、基材構成金属の溶出防止にあまり貢献できない。他方、アルマイト層の平均膜厚が20μmを超えても、陽極酸化に時間を要するばかりで、基材構成金属の溶出防止効果は20μm以下の場合と比べて大差ない。
【0019】
なお、前記アルマイト層は、アルミ基材の陽極酸化によって作られたものであるため、陽極酸化に特有の表面の粗さ(つまり微細な孔構造)を伴っている。この段階でアルマイト層に対する封孔処理は行わず、微細な細孔が残されたままのアルマイト層が、次の工程に提供される。
【0020】
亜鉛めっき工程:陽極酸化が施されたアルミ基材に対し亜鉛めっきを施すことにより、前記アルマイト層の上に亜鉛めっき層が形成される。この亜鉛めっき層は、アルマイトの上に金属層の積層を可能とするための介在層又は密着強化層である。即ち、アルミ基材の表面に形成された酸化膜(アルマイト層)は、無電解めっき又は電解めっきによって金属めっき層を積層形成する際の疎外要因になる。このため例えば、亜鉛めっき用処理液で基材表面を処理してアルミニウム酸化物と亜鉛(Zn)との間で置換反応を誘発することにより、亜鉛めっき層をアルマイト層の表面に形成する。かかる亜鉛めっき層(亜鉛置換めっき層)ができることで、その上に各種の金属層を無電解めっき又は電解めっきによって容易に形成することができる。
【0021】
中間金属層形成工程:亜鉛めっきが施されたアルミ基材に対しニッケル主体のめっきを施すことにより、前記亜鉛めっき層の上にニッケルを主要成分として含む中間金属層が形成される。
【0022】
亜鉛めっき層上の中間金属層はニッケル(Ni)を主要成分として含む層である。「ニッケルを主要成分として含む」とは、中間金属層がニッケル若しくはその合金又はニッケル固溶体で形成されている場合はもちろんのこと、中間金属層がニッケル層と他金属の層との多層構造からなる場合をも含む意味である。かかる中間金属層の基本的役割は、その直下の亜鉛めっき層と、直上の貴金属層との間に介在して、両層間の密着強度を改善することにある。即ち、亜鉛めっき層の上に直接、貴金属層を積層しても、両層の境界又は界面で層間剥離が生じ易く、十分な密着強度が得られないという事情がある。このため、亜鉛及び貴金属の双方に対して一定の密着力を発揮するニッケルを主要成分として含む中間金属層を介在させている。また、ニッケルは他の金属に比べてレベリング性が良好であるため、ニッケルを主要成分として含む層を電気めっきにより形成した場合には、硬くて平滑度の高い表面を形成することができる。中間金属層の上面の硬度及び平滑度が高いと、中間金属層の上に形成される貴金属層の膜厚を必要最小限度にとどめることができ、貴金属の使用量を減らして製造コストの低減を図ることが容易になる。
【0023】
なお、上記中間金属層を、亜鉛めっき層の上に形成された銅層と、その銅層の上に形成されたニッケル層との二層構造とすることは好ましい。つまり、亜鉛めっき層とニッケル層との間に銅層を介在させるのである。銅(Cu)は亜鉛(Zn)及びニッケル(Ni)の双方に対する親和性が高いため、亜鉛めっき層の上に直接ニッケル層を形成する場合に比べてZn/Cu/Niの積層構造とする方が、亜鉛めっき層と中間金属層との間の密着強度がより高まる。中間金属層を銅層及びニッケル層の二層構造とする場合、銅層及びニッケル層の各々を電気めっきの一種であるストライクメッキによって形成することは好ましい。ストライクメッキによれば、金属イオンの無電解めっき的な付着が抑制され、電解めっき的な付着の割合が増大するため、各めっき層の金属純度が高まる。
【0024】
また、中間金属層がニッケル層を含む場合、ニッケル層は、金属拡散を抑制するバリアー層としても機能し得る。即ち、ニッケル層よりも下の層では亜鉛や銅の金属原子の拡散が生じ得るが、ニッケル層には亜鉛や銅の拡散を阻止するバリヤー性があるため、下層の亜鉛や銅がニッケル層を超えて上層の貴金属層に拡散することが防止される。このため、貴金属層を構成する貴金属の純度又は金属組成が拡散金属によって乱されることがほとんどなく、貴金属層は期待された耐食効果を長期にわたり維持可能となる。
【0025】
なお、上記中間金属層がニッケル層からなる場合の当該ニッケル層、並びに、上記中間金属層が銅層及びニッケル層の二層からなる場合の当該ニッケル層については、硫黄(S)含有量の異なるニッケル皮膜を複数重ねた「多層ニッケルめっき層」で構成されてもよい。この多層ニッケルめっき層の構成形態としては、第1層(下層)にほとんど硫黄を含まない半光沢ニッケルの層を配置すると共にその上の第2層(上層)に少量の硫黄を含む光沢ニッケルの層を配置してなる二層構造のニッケルめっき層と、半光沢ニッケルの第1層(下層)と光沢ニッケルの第2層(上層)との間に高硫黄含有ニッケルストライク層を介在させた三層構造のニッケルめっき層とを例示できる。ちなみに、高硫黄含有ニッケルストライクの硫黄含有量は0.1%のオーダーであり、光沢ニッケルの硫黄含有量は0.01%のオーダーであり、半光沢ニッケルの硫黄含有量は0.001%のオーダー以下である。
【0026】
一般にニッケル皮膜にあっては、硫黄含有量が多くなるほど自然電位が低くなる傾向にある。このため、二層構造のニッケルめっき層の場合、仮に腐食領域が下層の半光沢ニッケルに達したとしても、光沢ニッケルと半光沢ニッケルとの間の電位関係により、下層の半光沢ニッケルは光沢ニッケルによるアノード防食をうけ、素地方向への腐食が緩和される。また、三層構造のニッケルめっき層の場合、三層間の自然電位は、中層(高硫黄含有ニッケルストライク)<上層(光沢ニッケル)<下層(半光沢ニッケル)の関係にあるため、仮に腐食領域が下層の半光沢ニッケルに達したとしても、最も卑な高硫黄含有ニッケルストライクの優先腐食によって下層(半光沢ニッケル)の腐食が大幅に緩和される。このように、中間金属層を構成するニッケル層を多層ニッケルめっき層として構成することで、耐食性能を更に向上させることができる。
【0027】
貴金属層形成工程:ニッケル主体のめっきが施されたアルミ基材に対し貴金属のめっき又はスパッタリングを施すことにより、前記中間金属層の上に貴金属層が形成される。なお、めっき方法としては、無電解めっき又は電解めっき(電解めっきの一種であるストライクめっきを含む)があげられる。
【0028】
貴金属層を構成する貴金属としては、金(Au)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)等があげられる。貴金属層を構成する貴金属としては特に、金(Au)又は白金(Pt)が好ましく、中でも金(Au)が最も好ましい。これらの貴金属は、酸などの腐食性物質に侵されにくい耐食性金属である。このため、ポリイミド樹脂層の直下に位置する貴金属層は、ポリイミド樹脂の有する耐食性能とあいまって更に優れた耐食性を燃料電池構成部品に付与する。更に、金(Au)又は白金(Pt)から選択される貴金属のめっき層は良導電体であるため、ポリイミド樹脂層を電着によって形成する際に非常に好都合な電着環境を提供し、ポリイミド樹脂層の厚膜化に大きく貢献する。
【0029】
ちなみに、陽極酸化により形成されるアルマイト層の平均膜厚が1〜20μmの場合、亜鉛めっき層の膜厚は、好ましくは0.005〜0.1μm(5〜100nm)であり、中間金属層の膜厚は、好ましくは0.1〜10μmであり、貴金属層の膜厚は、好ましくは0.001〜0.1μm(1〜100nm)である。
【0030】
なお、前述のように前記アルマイト層は陽極酸化に特有の表面の粗さ(つまり微細な孔構造)を伴っているが、かかるアルマイト層に対して上記亜鉛めっき及びニッケル主体のめっきを施すことで、アルマイトの微細な孔内には、亜鉛めっき層及びニッケルを主要成分として含む中間金属層が進入・形成され、このことが、複層金属層のアルマイト層に対するアンカー効果を生み出す。それ故、アルマイト層の上に、亜鉛めっき層、ニッケルを主要成分として含む中間金属層及び貴金属層の三層を段階的に積層することによる化学的なアプローチに基づく密着強化に加えて、上記アンカー効果による物理的(又は機械的)な密着強化が図られるため、アルマイト層に対する複層の金属層の密着性は非常に高い。この意味で、アルミ基材の陽極酸化後に一連のめっき処理によって複層の金属層を形成することは非常に合理的といえる。
【0031】
ポリイミド電着工程:貴金属のめっき又はスパッタリングが施されたアルミ基材に対しポリイミド電着塗料を用いた電着塗装を施すことにより、前記貴金属層の上にポリイミド樹脂層が形成される。
【0032】
電着塗装の方法として、貴金属のめっき又はスパッタリングが施されたアルミ基材(被塗物)に負電圧を印加し、正に分極したポリイミド電着塗料を前記貴金属層の表面に析出させるカチオン電着塗装法を採用することは非常に好ましい。
【0033】
電着塗装に使用するポリイミド電着塗料としては、化学式1に示すような化学構造のポリイミドを主成分とするカチオン型ポリイミド電着塗料が最も好ましい。化学式1中、Rはアルキル鎖を、Arは芳香族構造をそれぞれ意味する。このカチオン型ポリイミド電着塗料の絶縁破壊電圧は約1000Vであり、極めて高い電気絶縁性を有している。また、このカチオン型ポリイミド電着塗料のガラス転移温度は約200℃(DSC測定)、5%質量減少温度は約400℃(TGA測定)であり、有機ポリマーとしては極めて高い耐熱性を有するものである。
【0034】
【化1】

【0035】
貴金属のめっき又はスパッタリングが施されたアルミ基材に対しカチオン型ポリイミド電着塗料を用いてカチオン電着塗装を施した後、そのポリイミド電着塗料を被塗物(基材)に加熱定着させることは好ましい。なお、電着塗装の条件や、被塗物の前処理及び後処理の方法、電着塗料の加熱定着条件等は、使用する電着塗料の種類や性質に応じて適宜選択される。
【0036】
ポリイミド(PI)樹脂はそれ自体で高い耐食性を有するものであるが、ポリイミド樹脂層とその直下の貴金属層とが協働することで耐食性が更に高められる。ましてや本発明では、ポリイミド電着時の被塗物であるアルミ基材の表面には比較的導電性に優れた複層の金属層が予め形成され、この金属層の存在によりポリイミド電着が円滑且つ確実に行われて十分な膜厚のポリイミド樹脂層がほぼ均一に形成されるので、アルミ基材の耐食性は従来に比べて飛躍的に高められる。
【0037】
なお、ポリイミド樹脂層の膜厚は少なくとも20μm必要である。その一方で、ポリイミド樹脂層の膜厚の実用上の上限値は40μmであり、好ましくは35μm以下である。即ちポリイミド樹脂層の膜厚は20〜40μm(好ましくは20〜35μm)である。
【0038】
上記一連の工程(陽極酸化工程、亜鉛めっき工程、中間金属層形成工程及び貴金属層形成工程)を経て作られる燃料電池構成部品の耐食性被膜は、陽極酸化によってアルミ基材の表面に形成されたアルマイト層と、そのアルマイト層の上に形成された亜鉛めっき層と、その亜鉛めっき層の上に形成されたニッケルを主要成分として含む中間金属層と、その中間金属層の上に形成された貴金属層と、その貴金属層の上に形成された膜厚が少なくとも20μmのポリイミド樹脂層とを積層してなるものである。つまり、アルミ基材表面の耐食性被膜は、最上層に位置する十分な膜厚のポリイミド樹脂層、その直下の複層の金属層(これらの中でも特に貴金属層)、更にはその下のアルマイト層といった三重の耐食性バリヤーを具備するものであるから、燃料電池内部の過酷な腐食性環境に耐え得るだけの十分な耐食性を発揮することができる。
【実施例】
【0039】
本発明の具体例である実施例1を比較例1及び2と対比しながら説明する。なお、以下に述べる板状アルミ基材は、燃料電池構成部品を想定した耐食試験片である。
【0040】
[実施例1]
JIS:A1100系アルミニウムの圧延材である板状アルミ基材(縦90mm×横50mm×厚さ1mm)を準備し、この板状アルミ基材に対し、以下に述べるような条件で陽極酸化、多層金属めっき及びポリイミド電着を順次施すことにより、実施例1の耐食試験片を得た。
【0041】
(1)陽極酸化
15%硫酸水溶液に少量の界面活性剤を加えてなる電解浴を準備し、その浴温を約20℃に調整した。この電解浴中に上記板状アルミ基材とカーボン製対向電極とを浸漬した。そして、板状アルミ基材を直流電源の陽極(+極)に、対向電極を直流電源の陰極(−極)にそれぞれ接続し、両極間に15ボルトの電圧を25分間印加することで陽極酸化を行った。この陽極酸化により、板状アルミ基材の表面に膜厚が5μmの酸化被膜(アルマイト層)を形成した。なお、陽極酸化後の基材は、イオン交換水で十分に水洗したのみであり、アルマイト層の封孔処理などは行っていない。
【0042】
(2)多層金属めっき
第1のめっき工程として、表面にアルマイト層が形成された板状アルミ基材を、亜鉛めっき処理液(酸化亜鉛、水酸化ナトリウム、ロッシェル塩などを含有する水溶液)に浸漬することにより、前記アルマイト層の表面に亜鉛置換めっきを施してZnめっき層を形成した。第2のめっき工程として、亜鉛置換めっきを施した板状アルミ基材を、ニッケルめっき処理液(スルファミン酸ニッケル、塩化ニッケル、硼酸などを含有する水溶液)に浸漬することにより、前記Znめっき層の上にニッケルめっきを施してNiめっき層を形成した。第3のめっき工程として、ニッケルめっきを施した板状アルミ基材を、金めっき処理液(シアン化金、シアン化ナトリウム、炭酸カリウムなどを含有する水溶液)に浸漬することにより、前記Niめっき層の上に金めっきを施してAuめっき層を形成した。こうして、板状アルミ基材の酸化被膜(アルマイト層)の表面に、Zn(膜厚:50nm)/Ni(膜厚:5μm)/Au(膜厚:10nm)の三層からなる多層金属めっき層を形成した(図1及び図2参照)。なお、多層金属めっき完了後の基材は、イオン交換水で十分に水洗した。
【0043】
(3)ポリイミド電着
電着槽にカチオン型ポリイミド電着塗料(株式会社シミズ製商品:エレコートPI)をイオン交換水で適度な濃度に希釈した水浴を準備し、その浴温を約25℃に調整した。このポリイミド電着塗料水浴中に上記多層金属めっき後の板状アルミ基材を浸漬し、板状アルミ基材を直流電源装置の負極(−極)に接続すると共に、水浴中に浸したカーボン製対向電極を直流電源装置の正極(+極)に接続し、電流密度:5mA/cm2、電圧:200ボルトにて約2分間、電着を施した。その後、電着槽から取り出した板状アルミ基材を水洗し、エアーブロー後に予備乾燥(約110℃で15分間)を行った。そして、それを加熱装置に移し、ポリイミド電着塗料の焼付け処理(約210℃で30分間)を行った。こうして、前記多層金属めっきの最上層にあたるAuめっき層の上にポリイミド(PI)樹脂層(膜厚:30μm)を形成した(図1参照)。
【0044】
このようにして得られた実施例1の耐食試験片は、アルミ基材の表面に、アルマイト層(膜厚:5μm)、Znめっき層、Niめっき層、Auめっき層及びポリイミド樹脂層(膜厚:30μm)が積層形成されたものである。
【0045】
[比較例1]
実施例1と同じA1100系アルミニウム製の板状アルミ基材を準備し、この板状アルミ基材に対して実施例1と同条件にて陽極酸化を施した。そして、この陽極酸化が施された板状アルミ基材に対し、実施例1と同様にしてポリイミド電着を施した。なお、実施例1と同じ電着条件の下で、膜厚が8μmのポリイミド樹脂層が基材の酸化被膜(アルマイト層)上に形成された。このようにして得られた比較例1の耐食試験片は、アルミ基材の表面に、アルマイト層(膜厚:5μm)及びポリイミド樹脂層(膜厚:8μm)が積層形成されたものである。
【0046】
[比較例2]
実施例1と同じA1100系アルミニウム製の板状アルミ基材を準備し、この板状アルミ基材に対して直接、実施例1と同様にしてポリイミド電着を施した。なお、実施例1と同じ電着条件の下で、膜厚が28μmのポリイミド樹脂層が基材上に形成された。このようにして得られた比較例2の耐食試験片は、アルミ基材の表面に、ポリイミド樹脂層(膜厚:28μm)が単層で形成されたものである。
【0047】
[酸腐食耐久試験]
実施例1並びに比較例1及び2の各試験片に対して、次のような試験を行った。即ち、透明な試験用水槽中に低濃度フッ酸水溶液を準備し、フッ酸水溶液の温度が80℃に保たれるように温度管理を行った。そして、各試験片をフッ酸水溶液中に浸漬してから試験片の表面被膜にブリスター(膨れ)の発生が目視で認められるまでの時間を測定した。ブリスターとは、アルミ基材とポリイミド樹脂層との間にフッ酸水溶液が進入して水素ガスが発生した結果生ずる被膜の膨れである。そして、比較例2におけるブリスター発生までの時間を基準値「1」として、実施例1及び比較例1の各々におけるブリスター発生までの時間が比較例2の何倍にあたるかを数字で示す相対評価を行った。その相対評価の結果をポリイミド樹脂層の膜厚の測定値とともに表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1中の比較例1と比較例2の膨れの相対評価を比べてわかるように、ポリイミド樹脂層の膜厚の大小にかかわらず、アルミ基材の表面にポリイミド樹脂層を単層形成した場合よりも、アルミ基材の表面にアルマイト層及びポリイミド樹脂層を積層形成した場合の方が、明らかにフッ酸に対する耐食性が高い。更に、実施例1と比較例1の膨れの相対評価を比べてわかるように、アルミ基材の表面にアルマイト層及びポリイミド樹脂層の二層を積層形成した場合よりも、アルマイト層とポリイミド樹脂層との間に複層の金属層(Zn/Ni/Au)を追加形成した場合の方が、フッ酸に対する耐食性が更に向上している。実施例1が比較例1よりも優れた耐食効果を示したのは、アルマイト層の上に導電性の高い複層の金属層(Zn/Ni/Au)を形成したことで電着によって形成されるポリイミド樹脂層の膜厚が比較例1の場合よりも大幅に厚膜化したこと、及び、ポリイミド樹脂層の直下に位置するAuめっき層が耐食性能の向上に役立っていることの二つの要因の相乗効果によるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】実施例1における耐食性被膜の積層構造の概要を示す概略断面図。
【図2】図1の一部分を拡大して示す概略断面図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に耐食性被膜を有する燃料電池構成部品を製造する方法であって、
前記アルミ基材に対し陽極酸化を施すことにより、そのアルミ基材の表面にアルマイト層を形成する陽極酸化工程と、
陽極酸化が施されたアルミ基材に対し亜鉛めっきを施すことにより、前記アルマイト層の上に亜鉛めっき層を形成する亜鉛めっき工程と、
亜鉛めっきが施されたアルミ基材に対しニッケル主体のめっきを施すことにより、前記亜鉛めっき層の上にニッケルを主要成分として含む中間金属層を形成する中間金属層形成工程と、
ニッケル主体のめっきが施されたアルミ基材に対し貴金属のめっき又はスパッタリングを施すことにより、前記中間金属層の上に貴金属層を形成する貴金属層形成工程と、
貴金属のめっき又はスパッタリングが施されたアルミ基材に対しポリイミド電着塗料を用いた電着塗装を施すことにより、前記貴金属層の上にポリイミド樹脂層を形成するポリイミド電着工程と
を順次実行することを特徴とする燃料電池構成部品の製造方法。
【請求項2】
前記貴金属層形成工程は、ニッケル主体のめっきが施された前記アルミ基材に対して金めっきを施すことにより、前記中間金属層の上に金めっき層を形成する金めっき工程であることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池構成部品の製造方法。
【請求項3】
前記ポリイミド電着工程では、膜厚が少なくとも20μmのポリイミド樹脂層を形成することを特徴とする請求項1又は2に記載の燃料電池構成部品の製造方法。
【請求項4】
アルミニウム系材料からなるアルミ基材の表面の少なくとも一部に耐食性被膜を有する燃料電池構成部品であって、前記耐食性被膜は、
陽極酸化によって前記アルミ基材の表面に形成されたアルマイト層と、
前記アルマイト層の上に形成された亜鉛めっき層と、
前記亜鉛めっき層の上に形成された、ニッケルを主要成分として含む中間金属層と、
前記中間金属層の上に形成された貴金属層と、
前記貴金属層の上に形成された、膜厚が少なくとも20μmのポリイミド樹脂層と
を積層したものであることを特徴とする燃料電池構成部品。
【請求項5】
前記貴金属層は、金めっき層であることを特徴とする請求項4に記載の燃料電池構成部品。

【図1】
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【図2】
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