説明

燃料電池用セパレータの製造方法

【課題】高温高湿の環境試験を実施しても機械的特性の劣化を招くことがなく、試験後の曲げ強度を初期値の95%以上にできる燃料電池用セパレータの製造方法を提供する。
【解決手段】黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂が混合した成形材料を金型に充填して型締めすることにより、燃料電池用セパレータ1を圧縮成形し、高温高湿の環境試験により成形した燃料電池用セパレータ1の機械的特性を検査・確認する製造方法であって、ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量(Mn)を10,000〜30,000の範囲とし、ポリフェニレンスルフィド樹脂の重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比、すなわち分子量分散値(Mw/Mn)を5.0以下とする。燃料電池用セパレータ1の曲げ強度を初期値の95%以上にでき、組立時の締め付け力で長期間運転されても、燃料電池用セパレータ1に亀裂や破壊等が生じてしまうおそれを防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンスルフィド樹脂を含む成形材料を使用して成形される燃料電池用セパレータの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止や省エネルギ等に資する燃料電池が注目されているが、この燃料電池、特に固体高分子形の燃料電池は、出力密度が高く、小型化・軽量化が可能で、かつ低温作動が可能であること等の特徴を有することから、自動車用、あるいは携帯電話やノートパソコンのような携帯電子機器用の電源、さらには住宅用の小型発電装置として期待されている。この燃料電池の構成部品には、イオン交換膜、燃料極、空気極等の他、燃料電池用セパレータがあげられる。
【0003】
係る燃料電池用セパレータは、図示しないが、黒鉛粒子と所定の樹脂とが混合した成形材料を使用して燃料と酸素用の流路とを備えたプレートに成形され、ガス流路を形成する役割等を発揮する(特許文献1参照)。
この燃料電池用セパレータの所定の樹脂としては、例えばフェノール、エポキシ、ポリブタジエンからなる熱硬化性樹脂、あるいはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミドからなる熱可塑性樹脂があげられる。
【0004】
ところで、燃料電池用セパレータは、定置形の燃料電池が製品寿命10年を目標に製造されている関係上、少なくとも10年の製品寿命が要求され、特に燃料電池のシステムを維持する観点から曲げ強度を含む機械的特性が重要視されている。
係る要求を満たすため、燃料電池用セパレータは、製造後、10年の寿命に匹敵する高温高湿の環境試験に供され、機械的特性等の品質の適否が検査・確認されている。この環境試験は、150℃、湿度100%、1500Hの加速劣化条件で実施され、80℃の環境下で10年間の品質保証を指標に行われている。
【特許文献1】特開2003−68333号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来における燃料電池用セパレータは、以上のように熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂を用いて単に成形されているので、高温高湿の環境試験により機械的特性が劣化したり、分解物が分散し、試験後の曲げ強度を初期値の95%以上とすることができない。この結果、組立時の締め付け力で長期間運転された場合、亀裂や破壊等が生じる可能性が指摘されている。
【0006】
本発明は上記に鑑みなされたもので、高温高湿の環境試験を実施しても機械的特性の劣化を招くことがなく、試験後の曲げ強度を初期値の95%以上とすることができる燃料電池用セパレータの製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明においては上記課題を解決するため、少なくとも棒形の黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂とが混合した成形材料を金型に充填して型締めすることにより燃料電池用セパレータを成形し、この燃料電池用セパレータを高温高湿の環境試験に供して機械的特性の適否を検査する燃料電池用セパレータの製造方法であって、
ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量を10,000〜30,000の範囲とし、重量平均分子量と数平均分子量の比を5.0以下とすることを特徴としている。
【0008】
なお、ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量を10,900、重量平均分子量を36,000とすることができる。
また、環境試験を、150℃、湿度100%、及び1500Hの加速劣化条件で実施すると良い。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量を10,000〜30,000の範囲とし、重量平均分子量と数平均分子量の比を5.0以下とするので、例え高温高湿の環境試験を実施しても、燃料電池用セパレータの機械的特性の劣化を招くことが少なく、試験後の曲げ強度を初期値の95%以上にすることができるという効果がある。また、黒鉛粒子を球形ではなく、棒形とするので、燃料電池用セパレータの強度保持が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の好ましい実施形態を説明すると、本実施形態における燃料電池用セパレータの製造方法は、黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂(PPS樹脂)とが混合した成形材料を金型に充填して型締めすることにより、燃料電池用セパレータ1を圧縮成形し、環境試験により燃料電池用セパレータ1の品質を確認する製造方法であって、ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量(Mn)を10,000〜30,000の範囲とし、ポリフェニレンスルフィド樹脂の重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比を5.0以下とするようにしている。
【0011】
成形材料は、例えばポリフェニレンスルフィド樹脂が溶融しないよう、黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂とが混合されることにより調製される。
【0012】
黒鉛粒子は、天然タイプではなく、人造タイプ、具体的にはタールやコークス等を高温で焼成し、10〜500μmの大きさに粉砕したタイプ、フェノール等の有機材料を焼成したタイプ等が使用され、強度を維持する観点から球形ではなく、粉末で棒形の形状とされており、導電剤として機能する。
【0013】
黒鉛粒子が天然タイプではなく、人造タイプが使用されるのは、天然タイプの場合には、各種の不純物が混入しているので、燃料電池用セパレータ1として使用するため、鉄分、ケイ素分、灰分等からなる残留物、ナトリウム、塩素等の溶出イオン分を除去しなければならず、結果的に製造コストが嵩むからである。この黒鉛粒子の全体における重量比は、燃料電池用セパレータ1の強度と導電性を両立させる観点から60〜95%が好ましい。
【0014】
ポリフェニレンスルフィド樹脂は、例えば優れた流動性を得るため、粉砕して微細化されたリニアタイプが使用される。このポリフェニレンスルフィド樹脂が選択されるのは、実用上の便宜の他、ポリプロピレンの場合には、機械的な強度が不足したり、酸化防止剤の影響による溶出イオンの問題が発生するからである。また、ポリエーテルイミドの場合には、黒鉛粒子の充填不足に伴う靭性不足の問題が生じるからである。
【0015】
ポリフェニレンスルフィド樹脂の流動性の指標としては、メルトフローレート(MFR:溶液指数)で把握した場合に、融点+100℃、圧力100kg/cm、ダイス径1mm、ランド長さ10mmでのメルトフローレートが300cc/10分〜1200cc/10分、好ましくは400cc/10分〜1000cc/10分が良い。これは、300cc/10分未満の場合には、流動性が小さく、精度の良い良好な成形が期待できないという理由に基づく。逆に、1200cc/10分を超える場合には、十分な機械特性を得ることができないという理由に基づく。
【0016】
ポリフェニレンスルフィド樹脂は、溶出イオン防止の観点から酸や水等により洗浄して使用されることが好ましい。これは、ポリフェニレンスルフィド樹脂を洗浄して使用すれば、燃料電池の作動中に熱水中に溶出するイオンを低減し、燃料電池の劣化を防止することができるという理由に基づく。イオンの溶出は、ポリフェニレンスルフィド樹脂1gを純水4gに浸し、121℃のプレッシャークッカー中に100HR放置後、純水の導電率を測定することにより評価することができる。純水の導電率は、100μS(ジーメンス)以下が好ましい。
【0017】
ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量(Mn)は10,000〜30,000の範囲とされる。これは、ポリフェニレンスルフィド樹脂の高温高圧高湿下での変形を防ぐためには、数平均分子量の大きいほうが有利であるものの、余り大きくなると、成形時の流動性が悪化するからである。
【0018】
ポリフェニレンスルフィド樹脂の重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比、すなわち分子量分散値(Mw/Mn)は0.0〜5.0以下、好ましくは3.0〜3.5以下、より好ましくは3.3とされる。これは、低分子量のポリフェニレンスルフィド樹脂が多く含まれていると、低分子量のポリフェニレンスルフィド樹脂が集中的に破壊され、最終的に全体の強度劣化へと発展するので、分子量分布の小さいポリフェニレンスルフィド樹脂が好ましいからである。
【0019】
ポリフェニレンスルフィド樹脂の分子量測定は、特に限定されるものではないが、例えばSEC法とも呼ばれるGPC法(ゲル浸透クロマトグラフィー法)やGFC法(ゲルろ過クロマトグラフィー法)等が採用される。また、分子量分散値は、値が小さいほど分子量のバラツキが少なく、全てが同一の場合には1.0となる。
【0020】
なお、GPC法は、樹脂の種類にとらわれず、比較的簡単に分子量を測定することができる他、樹脂特有の分子量分布をも求めることができるが、質量分析装置のように直接分子量を求めることができない。そこで、分子量を求めるため、溶出時間と分子量との関係を予め求めておき、これに基づいて溶出時間を分子量に置き換える必要がある。
【0021】
圧縮成形の成形温度は、ポリフェニレンスルフィド樹脂の融点及び熱分解温度を考慮して300℃〜500℃の範囲で、できるだけ低い温度が好ましい。また、圧縮成形の成形圧力は、黒鉛粒子の配合割合が非常に多く、成形が困難である関係上、少なくとも200kg/cm以上が良い。さらに、圧縮成形の成形時間は、特に厳しく管理する必要はないが、ポリフェニレンスルフィド樹脂を高温で放置すると樹脂劣化を招くので、可能な限り短時間であることが好ましい。
【0022】
燃料電池用セパレータ1は、図1に示すように、燃料と酸素用の複数の流路2とを備えた平面略矩形の平坦なプレートに圧縮成形され、平面略矩形の空気極あるいは燃料極に積層されてガス流路を形成するよう機能する。この燃料電池用セパレータ1の複数の流路2は、特に限定されるものではないが、例えば流速が向上するよう、複雑に屈曲したサーペンタイン形に形成され、各流路2が断面略U字形に凹み形成される。また、燃料電池用セパレータ1の周縁部の一部分には、取付や接続用等の貫通口3が複数並べて穿孔される。
【0023】
このような燃料電池用セパレータ1は、圧縮成形され、金型から脱型された後、高温高湿の環境試験に供され、品質、すなわち機械的特性の適否が検査・確認される。環境試験は、高温高湿の環境設定が可能な試験装置により、150℃、湿度100%、1500Hの加速劣化条件で実施され、80℃の環境下で10年間の品質保証を指標に行われる。
【0024】
なお、燃料電池用セパレータ1は、ガス流路を形成する役割の他、燃料と酸素とを分離する役割、ガスマニホールドの役割、水分を給排出する役割、冷却剤を流す役割、電気エネルギを集電する役割、反応ガスを電池の外部に漏らさないためのシールする役割等を発揮する。
【0025】
上記によれば、ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量(Mn)を10,000〜30,000の範囲とし、かつ分子量分散値(Mw/Mn)を5.0以下とするので、高温高湿の環境試験により圧縮成形した燃料電池用セパレータ1の機械的特性が劣化したり、分解物が分散することがない。したがって、環境試験後の燃料電池用セパレータ1の曲げ強度を初期値の95%以上にすることができるので、組立時の締め付け力で長期間運転された場合、燃料電池用セパレータ1に亀裂や破壊等が生じてしまうおそれを有効に抑制防止することができ、燃料電池のシステムに致命的な障害の生じることがない。
【実施例】
【0026】
以下、本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の実施例を比較例と共に説明するが、本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0027】
実施例1
黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂とを所定の比率で混合して成形材料を調製し、この成形材料により燃料電池用セパレータを297×210×3mmのサイズ(A4サイズ)に圧縮成形し、この燃料電池用セパレータをカットして70×20×3mmのサイズの試験片を形成した。こうして試験片を形成したら、試験片の品質を高温高湿の環境試験により確認して表1にまとめるとともに、試験片の環境試験前後の曲げ強度をグラフ1にまとめた。
【0028】
黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂との配合比は、5.34:1.0とした。黒鉛粒子は、8020S〔東海カーボン社製 商品名〕を用いた。また、ポリフェニレンスルフィド樹脂は、トレリナE2180〔東レ社製 商品名〕を用いた。このポリフェニレンスルフィド樹脂は、重量平均分子量(Mw)が36,000、数平均分子量(Mn)が10,900、分子量分散値(Mw/Mn)が3.3であった。また、環境試験は、150℃、100%RH、1500Hの条件下で実施した。
【0029】
実施例2
基本的には実施例1と同様であるが、ポリフェニレンスルフィド樹脂をトレリナE2080〔東レ社製 商品名〕とし、このポリフェニレンスルフィド樹脂の重量平均分子量(Mw)を31,600、数平均分子量(Mn)を7,700、分子量分散値(Mw/Mn)を4.1とした。実施例1と同様にして試験片を形成したら、試験片の品質を高温高湿の環境試験により確認して表1にまとめるとともに、試験片の環境試験前後の曲げ強度をグラフ2にまとめた。
【0030】
比較例1
黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂とを所定の比率で混合して成形材料を調製し、この成形材料により燃料電池用セパレータを297×210×3mmのサイズ(A4サイズ)に圧縮成形し、この燃料電池用セパレータをカットして70×20×3mmのサイズの試験片を形成した。試験片を形成したら、試験片の品質を高温高湿の環境試験により確認して表1にまとめるとともに、試験片の環境試験前後の曲げ強度をグラフ3にまとめた。
【0031】
ポリフェニレンスルフィド樹脂は、フォートロンW214A[ポリプラスチック社製 商品名〕を用いた。このポリフェニレンスルフィド樹脂は、重量平均分子量(Mw)が67,500、数平均分子量(Mn)が7,400、分子量分散値(Mw/Mn)が9.1であった。その他は、実施例と同様とした。
【0032】
比較例2
基本的には比較例1と同様であるが、ポリフェニレンスルフィド樹脂は、フォートロンW203A〔ポリプラスチック社製 商品名〕を用いた。このポリフェニレンスルフィド樹脂は、重量平均分子量(Mw)が26,800、数平均分子量(Mn)が7,000、分子量分散値(Mw/Mn)が3.8であった。試験片を形成したら、試験片の品質を高温高湿の環境試験により確認して表1にまとめ、試験片の環境試験前後の曲げ強度をグラフ4にまとめた。
【0033】
【表1】

【0034】
実施例1の燃料電池用セパレータの場合には、試験片の曲げ強度が僅かに−4.1%程度で曲げ強度を初期値の95%以上にすることができ、ポリフェニレンスルフィド樹脂の変質や機械的特性の劣化が殆どなく、安定し、かつ優れた曲げ強度、曲げ歪み、弾性率を得ることができるのを確認した。実施例2の燃料電池用セパレータの場合にも、良好な結果を得ることができた。
【0035】
これに対し、比較例1の燃料電池用セパレータの場合には、試験片の曲げ強度が−10.3%にもなり、曲げ強度、曲げ歪み、弾性率が大幅に劣化した。特に弾性率の劣化が顕著で、樹脂自体の柔軟化を招いた。比較例2の燃料電池用セパレータの場合にも、良い結果を得ることができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の実施形態を模式的に示す平面説明図である。
【図2】本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の実施例1を示すグラフ1である。
【図3】本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の実施例2を示すグラフ2である。
【図4】本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の比較例1を示すグラフ3である。
【図5】本発明に係る燃料電池用セパレータの製造方法の比較例2を示すグラフ4である。
【符号の説明】
【0037】
1 燃料電池用セパレータ
2 流路
3 貫通口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも棒形の黒鉛粒子とポリフェニレンスルフィド樹脂とが混合した成形材料を金型に充填して型締めすることにより燃料電池用セパレータを成形し、この燃料電池用セパレータを高温高湿の環境試験に供して機械的特性の適否を検査する燃料電池用セパレータの製造方法であって、
ポリフェニレンスルフィド樹脂の数平均分子量を10,000〜30,000の範囲とし、重量平均分子量と数平均分子量の比を5.0以下とすることを特徴とする燃料電池用セパレータの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate