説明

燃焼煙中のカルボニル類含量が低減されたタバコ属植物およびその作製法

【課題】植物の燃焼煙中のカルボニル類含量が低減された形質転換タバコ属植物を提供する。
【解決手段】デンプン生合成に関与する、特定のアミノ酸配列からなる4種のタンパク質の中、いずれかのタンパク質をコードする遺伝子の発現が抑制され、燃焼煙中のホルムアルデヒド、アクロレイン等のカルボニル類含量が低減される、タバコ属植物。および、該目的のために用いられるアンチセンス鎖等を含むベクター、それから得られるタバコ製品、さらにカルボニル類含量の低減方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃焼煙中のカルボニル類含量が低減されたタバコ属植物およびその作製法に関する。
【背景技術】
【0002】
タバコの燃焼煙中には様々な成分、例えばタール、ニコチン、カルボニル類などが含まれている。タール、ニコチンなどは、喫煙の満足感や香喫味に関連し、カルボニル類は、煙の刺激性に関連すると考えられている。従って、タール、ニコチンなどの量を相対的に高いレベルに保ったまま、カルボニル類の量を低減することか望まれる。
【0003】
煙中カルボニル類を生成する原因物質の1つが、糖類である可能性が示唆されている。乾燥処理により葉タバコ中のデンプンは分解されて、糖類が生成することが知られている。植物のデンプン合成に関与する遺伝子は、例えばADP−glucose pyrophosphorylase small subunit(AGPS)遺伝子、葉緑体型Fructose−1,6−bisphosphatase(FBPase)遺伝子、葉緑体型Phosphoglucose isomerase(PGI)遺伝子、isoamylase遺伝子、Soluble starch synthase(SSS)遺伝子、Granule bound starch synthase(GBSS)遺伝子、Branching enzyme(BE)遺伝子などが知られている。
【0004】
ADP−glucose pyrophosphorylase small subunit(AGPS)遺伝子は、デンプン合成の基質であるADP−glucoseを合成する反応を触媒する酵素:ADP−glucose pyrophosphorylase(AGPase)を構成するサブユニットの一つをコードしている。1988年Tsan−Piao Linらによって、シロイヌナズナのadg1変異体では葉のデンプン含量が対照の1/40以下に低下し、AGPase large subunit(AGPL)、AGPS両方のタンパク質の発現とADP−glucose pyrophosphorylase(AGPase)活性が検出限界以下であることが報告された(非特許文献1)。1998年Shue−Mei Wangらによってadg1変異体はAGPS遺伝子の1アミノ酸置換変異によることが報告された(非特許文献2)。AGPS遺伝子を用いた遺伝子組換え実験例としては、1995年K.Leidreiterらによって、35SプロモーターあるいはST−LS1プロモーター制御下でアンチセンスAGPS遺伝子を発現させた形質転換ポテトにおいて、葉のAGPase活性を1/10−1/15に低下させることにより葉のデンプン含量が1/2−1/3に低下したことが報告された(非特許文献3)。1988年Schuch Wolfgang Walterらによって、AGPaseをコードする遺伝子のアンチセンスmRNAを発現させることにより、デンプン合成を抑制する植物を請求項に含む出願がなされている(特許文献1)。
【0005】
葉緑体型Fructose−1,6−bisphosphatase(FBPase)は、植物の炭酸固定経路であるカルビン回路においてFructose−1,6−bisphosphate(FBP)をFructose−6−phosphate(F6P)に不可逆的に変換する反応を触媒することが知られており、1988年にRaines CAらによって小麦から初めて葉緑体型FBPaseのcDNAが単離された(非特許文献4)。1994年にJ.Kossmannらによって、35Sプロモーター制御下においてアンチセンスFBPase cDNAを導入したポテトの活性が野生株の12%に低下した個体では、葉面積当たりのグルコース、フルクトース、ショ糖、デンプンの含量が低下したことが報告された(非特許文献5)。2004年にM.Sahrawyらによって、35Sプロモーター支配下でアンチセンス葉緑体型FBPase cDNAを導入したシロイヌナズナでは、活性が最大41%低減したが葉の炭水化物含量(グルコース+フルクトース+ショ糖+デンプン)は大きな低減はしなかったことが報告された(非特許文献6)。
【0006】
葉緑体型PGIは、FBPaseによりできたF6PをGlucose−6−phosphate(G6P)に可逆的に変換する反応を触媒することが知られている。これまで葉緑体型PGIの欠損変異体は、Clarkia Xantiana(1986年、非特許文献7)とシロイヌナズナ(2000年、非特許文献8)について報告がある。前者の報告では葉緑体型PGI活性が半減し、葉のデンプン含量が野生株の60%に低減し、後者では各々野生株の2%、1.5%に低減した。遺伝子組換えにより葉緑体型PGIの発現を増減させた文献、特許等の報告はこれまでのところない。
【0007】
isoamylase遺伝子については、1995年にM.G.Jamesらによってトウモロコシsugary1変異体の原因遺伝子として植物のisoamylase遺伝子(isoamylase1)が初めて単離された(非特許文献9)。2004年R.Bustosらによって、35Sプロモーター制御下でアンチセンスisoamylase(isoamy1)cDNAを導入したポテトの塊茎のデンプン含量が10−20%低下することが報告された(非特許文献10)。2005年T.Delatteら(非特許文献11)及びF.Wattebledら(非特許文献12)によってシロイヌナズナのisoamy1欠損変異体では、葉のデンプンと可溶性グルカンを合わせた含量が野生株に比べて30%程度減少したことが報告された。Isoamy1はデンプン(アミロペクチン)のα−1,6結合の枝分かれを切断する反応を触媒するとともに、アミロペクチンの合成に重要であることが知られている。
【0008】
一方、特許文献2〜8には、タバコ燃焼煙中のカルボニル類をフィルター等で除去する技術が開示されているが、これらのフィルターはタールやニコチンも除去するので好ましくない。
【0009】
また、他の特許文献には、タバコ煙中のアルデヒド類を除去するためのアミノ酸の使用(特許文献9)、ホルムアルデヒドを選択除去するハイロドタルサイト類化合物を添加したフィルター(特許文献10)、特異な吸着特性をもつ結晶性ゼオライトの利用(特許文献11)、塩基性ポリペプチドを添加したフィルター(特許文献12)が開示されており、たばこ製品の燃焼煙中に含まれる低級アルデヒドを特異的に低減する方法として、特異的吸着剤を添加したフィルターの利用が有効であると考えられる。
【0010】
しかし、これらのような選択性の高い高機能フィルターは通気抵抗が増大してしまうという欠点がある。
【0011】
従って、フィルターによらず、燃焼煙中のカルボニル類を低減すること、例えば燃焼煙中のカルボニル類を低減可能な葉タバコ原料の開発が望まれる。また、そのような葉たばこ原料を提供可能なタバコ新品種の開発は、たばこ産業上重要である。
【0012】
非特許文献13には、従来のタバコの燃焼煙中のカルボニル類の研究において、糖類をタバコ刻みに添加した場合にカルボニル類の発生量が増加することが報告されている。しかし、葉タバコ中の糖類の含量を減少させた場合、または糖類ではなく葉タバコ中のもうひとつの主要な非構造性炭水化物であるデンプン含量を低減させた場合、あるいは葉タバコ中の糖類とデンプンの総量つまり非構造性炭水化物含量(以下、「炭水化物」という。)を減少させた場合に、燃焼煙中のカルボニル類含量が減少するかどうかは未知である。
【0013】
また、原料葉タバコ中の炭水化物含量には、収穫時の葉タバコ中の炭水化物含量と収穫後の乾燥法の両者が影響を及ぼす。前者では、タバコ品種、栽培時の気候条件、施肥条件、収穫時期などの違いによって、後者では、黄色種を中心に用いられる風火力乾燥を行うか、バーレー種を中心に用いられる自然乾燥を行うかによって、葉タバコ原料中の炭水化物含量が異なってくることが知られている。一般に、紙巻タバコの主要原料でありかつ香味原料である黄色種の原料葉タバコで糖やデンプンといった炭水化物含量が高く、バーレー種の原料葉タバコなどで葉タバコ中の炭水化物含量が低いことが知られている。また、黄色種の原料葉タバコは、バーレー種の原料葉タバコと比較して、煙中カルボニルの発生が多いことが知られている。
【0014】
また、タバコの葉のデンプン、糖含量等を低減させた形質転換タバコについては、葉緑体型Transketolase(非特許文献14)、Rubisco small subunit(RbcS)(非特許文献15)の発現を抑制させた例などが報告されている。前者では標的遺伝子発現を抑制することにより、生葉重当たりの葉中グルコース、ショ糖、デンプンが最大でコントロールの20〜25%程度に低減し、後者では、生葉重当たりの葉中デンプン、グルコース、フルクトース、ショ糖が各々コントロールの5〜30%程度に減少したことが開示されている。
【0015】
しかしながら、前者ではシュートの生葉重、長さが減少し、後者では強く生育が阻害され、葉タバコの原料になり得る形質転換植物ではないと考えられる。
【0016】
【特許文献1】英国特許出願第19880026356号
【特許文献2】特開昭59−088078号公報
【特許文献3】特開昭59−151882号公報
【特許文献4】特開昭60−054669号公報
【特許文献5】特開平09−168736号公報
【特許文献6】特表2002−528105号公報
【特許文献7】特表2002−528106号公報
【特許文献8】特表2003−505618号公報
【特許文献9】米国特許第2968306号明細書
【特許文献10】国際公開第2003/056947号パンフレット
【特許文献11】米国特許出願公開第2005/0133047号明細書
【特許文献12】特開2006−34127号
【非特許文献1】Tsan−Piao Lin et al.“A Starch Deficient Mutant of Arabisopsis thaliana with Low ADP−glucose Pyrophosphorylase Activity Lacks One of the Two Subunits of the Enzyme”Plant Physiol 88.1175−1181(1988)
【非特許文献2】Shue−Mei Wang et al.“Characterization of ADG1, an Arabidopsis locus encoding for ADPG pyrophoshorylase small subunit, demonstrates that the presence of the small subunit is required for large subunit stability”Plant J.13(1)63−70(1998)
【非特許文献3】Kirsten Leidreiter et al.“Leaf−Specific Antisense Inhibition of Starch Biosynthesis in Transgenic Potato Plants Leads to an Increase in Photoassimilate Export from Source Leaves during the Light Period”Plant Cell Physiol.36(4):615−624(1995)
【非特許文献4】Raines CA,Lloyd JC,Longstaff M,Bradley D and Dyer TA“Chloroplast fructose−1,6−bisphosphatase: the product of a mosaic gene”Nucleic Acids Res.16:7931−7942(1988)
【非特許文献5】J.Kossmann,U.Sonnewald and L.Willmitzer“Reduction of the chloroplastic fructose−1,6−bisphosphatase in transgenic potato plants impairs photosynthesis and plant growth”Plant J.6(5),637−650(1994)
【非特許文献6】M.Sahrawy,C.Avila,A.Chueca,F.M.Canovas and Julio Lopez−Gorge“Increased sucrose level and altered nitrogen metabolism in Arabidopsis thaliana transgenic plants expressing antisense chloroplastic fructose−1,6−bisphosphatase”J.Exp.Bot.55(408):2495−2503(2004)
【非特許文献7】T.W.A.Jones,L.D.Gottlieb and E.Pichersky“Reduced Enzyme Activity and Starch Level in an Induced Mutant of Chloroplast Phoshoglucose Isomerase”Plant Physiol 81:367−371(1986)
【非特許文献8】T−S.Yu,W−L Lue,S−M.Wang and J.Chen“Mutation of Arabidopsis plastid phosphoglucose isomerase affects leaf starch synthesis and floral initiation”Plant Physiol 123:319−325(2000)
【非特許文献9】M.G.James,D.S.Robertson and A.M Meyers“Characterization of the Maize Gene sugary1, a Determinant of Starch Composition in Kernels”Plant Cell 17:417−429(1995)
【非特許文献10】R.Bustos,B.Fahy,C.M.Hylton,R.Seale,N.M.Nebane,A.Edwards,C.Martin and A.M.Smith“Starch granule initiation is controlled by a heteromultimeric isoamylase in potao tubers”PNAS 101(7):2215−2220(2004)
【非特許文献11】Thierry Delate,Martine Trevisan,Mary L.Parker and Samuel C.Zeeman“Arabidopsis mutants Atisa1 and Atisa2 have identical phenotypes and lack the same multimeric isoamylase, which influences the branch point distribution of amylopectin during starch synthesis”Plant J.41:815−830(2005)
【非特許文献12】F.Wattebled,Y.Dong,S.Dumez,D.Delvalle,V.Planchot,P.Berbezy,D.Vyas,P.Colonna,M.Chatterjee,S.Ball and C.D’Hulst“Mutant of Arabidopsis Lacking a Chloroplastic Isoamylase Accumulate Phytoglycogen and an Abnormal Form of Amylopectin”Plant Physiol.138(1):184−195(2005)
【非特許文献13】Food and Chemical Toxicology 44,(2006)1789−1798,1799−1822
【非特許文献14】Plant Cell vol13,535−551(2001)
【非特許文献15】Plant J.30(6),663−677(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の目的は、タバコ属植物の乾燥葉の燃焼煙中のカルボニル類含量を低減させたタバコ属植物およびその作製法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、通常タバコ栽培ではデンプンを成熟葉に蓄積させるが、これとは逆に、成熟葉のデンプンの蓄積量を例えば遺伝子組み換えにより低減させると、黄色乾燥した葉タバコ原料においてもタバコ煙中のカルボニル類の発生量が減少することを見出し、本発明を完成した。
【0019】
本発明の特徴は、要約すると以下の通りである。
(1)以下の(a)〜(c)に示すいずれかのタンパク質をコードするデンプン生合成に関与する遺伝子の発現が抑制され、燃焼煙中のカルボニル類含量が低減された、タバコ属植物。
(a)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
(c)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列に対して85%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
(2)前記遺伝子が、
(d)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列に対して85%以上の同一性を有し、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、または
(g)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
を含む、(1)に記載のタバコ属植物。
(3)前記カルボニル類が、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトン、アクロレイン、プロピオンアルデヒド、クロトンアルデヒド、メチルエチルケトンおよびブチルアルデヒドからなる群から選択される、(1)または(2)に記載のタバコ属植物。
(4)前記カルボニル類が、ホルムアルデヒドまたはアクロレインである、(3)に記載のタバコ属植物。
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載のタバコ属植物の組織または細胞。
(6)前記組織が葉である、(5)に記載の組織または細胞。
(7)配列番号4に示す塩基配列、配列番号7に示す塩基配列、配列番号8に示す塩基配列、配列番号12に示す塩基配列、それらの配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列、およびそれらの塩基配列の20塩基以上の部分配列からなる群から選択される塩基配列を含む、遺伝子発現抑制用ベクター。
(8)前記塩基配列の連続した20塩基以上からなる塩基配列をアンチセンス方向に含む、(7)に記載のベクター。
(9)前記塩基配列のセンス鎖および該センス鎖に対合するアンチセンス鎖を含む、(7)に記載のベクター。
(10)前記センス鎖およびアンチセンス鎖が、前記塩基配列の連続した20塩基以上からなる、(9)に記載のベクター。
(11)前記センス鎖とアンチセンス鎖の間にスペーサーを有する、(9)または(10)に記載のベクター。
(12)植物細胞内で作動可能なプロモーターを有する、(9)〜(11)のいずれかに記載のベクター。
(13)タバコ属植物の細胞または組織を、RNA干渉法、アンチセンス法、遺伝子破壊法、人為的突然変異法、リボザイム法、共抑制法及び転写因子を用いた方法から選択されるいずれかの方法を用いて、(1)および(2)に定義された(a)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現を抑制し、植物体を再生することを含む、(1)〜(4)のいずれかに記載のタバコ属植物を作製する方法。
(14)(7)〜(12)のいずれかに記載のベクターを、植物細胞または組織に導入し、植物体を再生する、(13)に記載の方法。
(15)前記植物体を母本として後代を作出する、(14)に記載の方法。
(16)(1)〜(4)のいずれかに記載のタバコ属植物の後代であって、(1)または(2)に定義された(a)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現が抑制されたことを特徴とする、後代。
(17)(1)〜(4)のいずれかに記載のタバコ属植物または(16)に記載の後代の葉から作製されたタバコ製品。
(18)タバコ属植物において、(1)または(2)に定義された(a)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現を抑制することを含む、タバコ属植物の燃焼煙中のカルボニル類含量を低減する方法。
(19)前記遺伝子の発現の抑制を、RNA干渉法、アンチセンス法、遺伝子破壊法、人為的突然変異法、リボザイム法、共抑制法及び転写因子を用いた方法からなる群から選択される方法によって行うことを含む、(18)に記載の方法。
(20)(7)〜(12)のいずれかに記載のベクターを植物細胞または組織に導入する、(18)または(19)に記載の方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、葉たばこの原料となりうるタバコ植物および乾燥葉たばこにおいて、タバコの成熟葉のデンプンの蓄積を減少させて、乾燥葉の燃焼煙中のカルボニル類含量を低減するという格別の作用効果を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
1.本発明のタバコ属植物
本発明のタバコ属植物は、
(a)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質、または
(c)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列に対して85%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
をコードする遺伝子の発現が抑制されるか、または
(d)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列に対して85%以上の同一性を有し、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、または
(g)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
を含む遺伝子の発現が抑制されることを特徴とする。
【0022】
配列番号53で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、AGPS(ADP−glucose pyrophosphorylase small subunit、完全長塩基配列:配列番号4)である。AGPSは、デンプン合成の基質であるADP−glucoseを合成する反応を触媒する酵素:ADP−glucose pyrophosphorylase(AGPase)を構成する大、小のサブユニットのうち小サブユニットであり、AGPaseはデンプン合成の基質であるADP−glucoseを供給する働きをしている。
【0023】
配列番号54で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、葉緑体型FBPase(Fructose−1,6−bisphosphatase、塩基配列:配列番号7)である。FBPaseは、炭酸同化回路であるカルビン回路に必須の酵素であり、Fructose−1,6−bisphosphate(FBP)を、デンプン合成への代謝経路の初発反応の基質であるFructose−6−phosphate(F6P)に不可逆的に変換する反応を触媒する。
【0024】
配列番号55で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、葉緑体型PGI(Phosphoglucose isomerase、完全長塩基配列:配列番号8)である。PGIは、大気中の二酸化炭素を固定するカルビン回路からデンプン合成への代謝経路の初発反応である、FBPaseによりできたF6PをGlucose−6−phosphate(G6P)に可逆的に変換する反応を触媒する。
【0025】
配列番号56で示されるアミノ酸配列を有するタンパク質は、isoamy1(Isomerase1、完全長塩基配列:配列番号12)である。isoamy1は、デンプンのうち、分枝を多く持つグルコースポリマーであるアミロペクチンのα−1,6結合の枝分かれを切断する反応を触媒するとともに、アミロペクチンの合成に重要であることが知られている。
【0026】
上記4つのタンパク質をコードする遺伝子の少なくとも1つの発現を抑制すれば、デンプンおよび糖類(例えばショ糖、グルコースおよびフルクトース)の合成または蓄積が抑制され、炭水化物の総量が低減されることによって、タバコ燃焼煙中のカルボニル類を低減させることが可能である。また、AGPS、FBPase、PGIおよびisoamy1に限らず、カルビン回路からデンプン合成への代謝経路に関与する少なくとも1つの遺伝子の発現を低減させることによっても、タバコ燃焼煙中のカルボニル類を低減させることが可能であると考えられる。
【0027】
上記4つのタンパク質をそれぞれコードする遺伝子は、
(a)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
(c)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列に対して85%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
をコードする遺伝子を含み、デンプンを合成する代謝経路のうち、炭酸固定回路、炭酸固定回路からデンプン合成への代謝経路につながる分岐点、デンプン合成の基質合成、デンプンの構造修飾を含むアミロペクチンの合成にわたる一連のデンプン合成経路を代表している。
【0028】
ここで、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列とは、配列番号53、54、55または56のアミノ酸配列の1〜10個、好ましくは1〜5個のアミノ酸が変異により欠失、または他のアミノ酸に置換、あるいは付加された配列をいう。変異は、人為的に導入された変異または天然に存在する変異でもよい。
【0029】
また、配列番号53、54、55または56のアミノ酸配列に対して85%以上の同一性を有するアミノ酸配列は、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上、99%以上の同一性であることが望ましい。配列の同一性は、FASTA検索やBLAST検索により決定することができる。
【0030】
また、上記遺伝子は、
(d)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列からなるポリヌクレオチド
(e)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列に対して85%以上の同一性を有し、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(f)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(g)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
を含む。
【0031】
ここで、1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列とは、配列番号4、7、8または12に示す塩基配列の1〜10個、好ましくは1〜5個の塩基が変異により欠失、または他の塩基に置換、あるいは付加された配列をいう。変異は、人為的に導入された変異または天然に存在する変異でもよい。
【0032】
配列番号4、7、8または12に示す塩基配列に対して85%以上の同一性を有する塩基配列は、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上、99%以上の同一性であることが望ましい。配列の同一性は、FASTA検索やBLAST検索により決定することができる。
【0033】
ハイブリダイゼーション条件は、ハイブリダイズ可能であれば特に限定されないが、例えば、0.25M NaHPO、pH7.2、7%SDS、1mM EDTA、1×デンハルト溶液からなる緩衝液中で60℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で16〜24時間ハイブリダイズさせ、さらに20mM NaHPO、pH7.2、1%SDS、1mM EDTAからなる緩衝液中で60℃、好ましくは65℃、さらに好ましくは68℃の条件下で15分間の洗浄を2回実施する条件が好ましい。
【0034】
上記4つのタンパク質をそれぞれコードする遺伝子の発現の抑制には、該遺伝子の転写の抑制およびタンパク質への翻訳の抑制が含まれ、遺伝子の発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。遺伝子が人為的または天然に変異、破壊されたり、あるいは各種遺伝子工学的手法、例えばRNA干渉法、アンチセンス法、リボザイム法、共抑制法、転写因子を用いた方法などを用いることにより、発現不能または抑制される。
【0035】
上記4つのタンパク質をそれぞれコードする遺伝子の発現を抑制してもしなくても、結果的に活性を抑制することになれば、遺伝子の発現を抑制したことと同じ効果が達成される。例えば、人工的あるは自然に変異が生じた変異体を選抜することにより、活性に重要なアミノ酸部位が欠損あるいは置換した変異体を得ることができる。これらの変異体は遺伝子配列に欠損あるいは置換が生じているが、遺伝子発現及びタンパク質発現は正常である場合がある(Shue−Mei Wang et al.,The Plant Journal 1997,11(5),1121−1126、Scheible WR et al.,Planta 1997,203(3),304−319)。遺伝子組換えの手法を用いるとすれば、活性に重要なアミノ酸部位が欠損あるいは置換されるように配列を改変した遺伝子を植物内で高発現させることによって達成可能である。タンパク質が複数個で高次構造を形成することによって活性を持つ場合は、配列を改変した遺伝子から作られたタンパク質が内生タンパク質と高次構造を形成することにより、内生タンパク質同士の高次構造形成が阻害され、活性低下を引き起こすことが可能である(Joanna M. Cross et al.,The Plant Journal 2005,Plant J.41,501−511)。
【0036】
本発明のタバコ属植物は、植物、特に乾燥された葉の燃焼煙中のカルボニル類が低減することを特徴とする。
【0037】
たばこ製品の燃焼煙中には多種多様な成分が存在することが知られており(Green CR. et al.,1996,Recent Adv. Tobacco Sci.22:131−304)、これら燃焼煙中の成分は複雑に関係しながら喫煙の満足感や香喫味に繋がると考えられている。特にカルボニル類は、煙の刺激性と関連すると考えられ、具体的には、例えばホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトン、アクロレイン、プロピオンアルデヒド、クロトンアルデヒド、メチルエチルケトン、ブチルアルデヒドが挙げられる。本発明では、これらのカルボニル類、特にホルムアルデヒドとアクロレインの含量を有意に低減することができた。また、カルボニル類以外にも、炭素骨格を持つ化合物が低減する可能性が考えられ、そのような化合物として、例えばHydroquinone、Resorcinol、Catechol、Phenol、m,p−Cresol、o−Cresolといった煙中フェノール化合物やベンツピレン、COが挙げられる。
【0038】
また、煙中のカルボニル類の起源となる物質の1つに、タバコ属植物に含まれるデンプンがある。
【0039】
タバコ属植物のデンプンは、葉の成熟過程において多量に蓄積されるが、そのデンプンは、一般的な植物に確認されている、日中一時的に葉に蓄えられ、夜間に分解される同化デンプンとは異なり、夜間に分解されないデンプンである(N.K.Mathesonら、1962年、1963年、Aust.J.Biol.Sci.15,445−458、Aust.J.Biol.Sci.16.70−76)。特にタバコ栽培においては花部を切除することから、葉における光合成産物の花部への転流が抑制されるために、成熟葉においては多量のデンプンが蓄積される。
【0040】
タバコの葉は、乾燥(黄色種の場合は黄色乾燥)されて、製品の原料として使用されるが、この乾燥過程で、葉の内容成分が大きく変化し、例えばデンプンはショ糖、グルコース、フルクトースといった糖に分解されることが知られている。
【0041】
本発明においては、デンプン+ショ糖+グルコース+フルクトースの総量として低下していれば、個々のどの成分が低下してもタバコ燃焼煙中のカルボニル類を低減させることが可能である。デンプンと3糖(ショ糖+グルコース+フルクトース)に限らず、それ以外の糖を含めて非構造性炭水化物についても低減させることができればタバコ燃焼煙中のカルボニル類を低減させることが可能と考えられる。
【0042】
一般に、たばこの燃焼煙中の成分の測定は、刻んだ乾燥葉たばこを巻紙で巻いたものをISO準拠の喫煙条件等で自動喫煙させた煙を捕集して行うことができる。より簡便に、より少量のサンプルから燃焼煙中の成分を捕集、測定する方法として、熱分解による方法が報告されており(Food Chemical Toxicology.;42,1409−1417)、その方法によりカルボニル類の測定が可能であるが(Food Chemical Toxicology 43,559−568.)、これに限定されない。
【0043】
なお、本発明には、本発明のタバコ属植物の組織または細胞(例えば根、茎、葉、花、種子、胚、胚珠、子房、茎頂、約、花粉、カルス、プロトプラスト、懸濁培養細胞など)も包含される。
【0044】
2.遺伝子発現抑制用ベクター
本発明の遺伝子発現抑制用ベクターは、
(a)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列からなるタンパク質、
(b)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質、または
(c)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列に対して85%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
をコードする遺伝子、あるいは
(d)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列に対して85%以上の同一性を有し、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、または
(g)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
の発現を抑制するための核酸分子を適当なベクターに挿入したものである。
【0045】
本発明のベクターは、例えば、配列番号4に示す塩基配列、配列番号7に示す塩基配列、配列番号8に示す塩基配列、配列番号12に示す塩基配列、それらの配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列、およびそれらの塩基配列の20塩基以上の部分配列からなる群から選択される塩基配列を含む。このようなベクターとして、アンチセンスベクターまたはRNA干渉誘導ベクターなどがある。
【0046】
アンチセンスベクターとは、アンチセンス法にて上記4つのタンパク質(AGPS、FBPase、PGI、isoamy1)のいずれかをコードする遺伝子、その変異体または相同体の発現を抑制する核酸分子を含むベクターをいう。相同体とは、上記4つのタンパク質のいずれかをコードする遺伝子に対応する遺伝子であって、タバコ属植物品種間で、またはタバコ属植物以外の植物で、異なる塩基配列を有する遺伝子をいう。
【0047】
アンチセンス法とは、目的遺伝子から転写されたmRNAと相補的なアンチセンスRNAを発現させて、該アンチセンスRNAを目的遺伝子と相補的に結合させ、目的遺伝子の転写を妨げ、その結果として該遺伝子の発現を抑制する方法をいう。具体的には、植物で機能するプロモーターの下流に、上記4つのタンパク質のいずれかをコードする遺伝子、その変異体または相同体、あるいはそれらの断片をアンチセンス方向につないで植物細胞または組織に導入すると、上記mRNAと相補的なアンチセンスRNAを産生することができる。
【0048】
アンチセンスベクターに導入する上記4つのタンパク質のいずれかをコードする遺伝子、その変異体または相同体の発現を抑制する核酸分子は、例えば、上記4つのタンパク質のいずれかをコードする遺伝子の塩基配列(配列番号4、7、8または12)の全長のアンチセンス核酸分子であってもよいが、それらの塩基配列に対して90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上、99%以上の同一性を有する配列のアンチセンス核酸分子でもよく、これらの核酸分子の塩基配列中の連続した20塩基以上から全長未満、好ましくは100塩基以上から全長未満、より好ましくは500塩基以上から全長未満からなる塩基配列を有するアンチセンス核酸分子でもよい。通常用いられるアンチセンスDNAの長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い(参考文献:特開昭60−232092、特開2000−23685)。
【0049】
RNA干渉誘導ベクターは、RNA干渉の引き金となるdsRNA(2本鎖RNA、double−strand RNA)の鋳型となるDNA(以下トリガーという)を含むベクターである。該ベクターを用いて細胞内で形成されたdsRNAは、2本鎖RNA特異的なRNase(Dicer)により約21〜25塩基のsiRNA(small interfering RNA)に切断され、その後、RISC(RNA−induced silencing complex)の一部として複合体を形成し、標的mRNAを相同性により認識・分解する。
【0050】
植物のRNA干渉では、ヘアピン型dsRNAとして発現するベクターが好適に利用される。これは例えば十数〜数十塩基または数十〜数百塩基のリンカー(スペーサー)配列の両端にIR(inverted repeat:逆位反復)となるようにRNA干渉トリガーを配置し、植物体内で高発現するプロモーターによりヘアピン型dsRNAを転写し、細胞内でsiRNAを産生するシステムである。また、siRNA発現システムには上記のようなヘアピンタイプのほか、タンデムタイプもある。タンデムタイプでは、2つのプロモーターからセンスRNAとアンチセンスRNAが転写され、細胞内でハイブリダイズしてsiRNAが産生される。トリガーの配列は、例えば、配列番号4、7、8または12の塩基配列またはそれらの配列に対して90%以上、より好ましくは95%以上、更に好ましくは98%以上、99%以上の同一性を有する配列の連続した20塩基以上、好ましくは100塩基以上、さらに好ましくは200塩基以上を含む塩基配列およびその相補配列が用いられる(参考文献:WO1999/53050、WO1999/32619A、WO2001/75164A、Chuang CF&Meyerowitz EM:Proc Natl Acad Sci USA 97:4985,2000)。
【0051】
本発明において用いるRNA干渉誘導ベクターとしては、配列番号4、7、8または12に示す塩基配列のセンス鎖とそのセンス鎖に相補的なアンチセンス鎖を、スペーサー(ループを形成する配列)をはさんでIR(inverted repeat:逆位反復)となるように同一のベクターに含むものが好ましい。例えば、配列番号14および3(AGPS)、配列番号17および7(FBPase)、配列番号19および22(PGI)、配列番号25および11(isoamy1)の塩基配列を、それぞれベクターに含めることができる。
【0052】
ここで、ベクターとしては、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる、pBI系、pPZP系、pSMA系のベクターなどが好適に用いられる。特に、バイナリーベクター系(pBI121、pBI101、pBI221、pBI2113、pBI101.2等)、または中間ベクター系(pLGV23Neo、pNCAT等)のプラスミドが好ましい。バイナリーベクターはT−DNA領域の右側ボーダー(RB)と左側ボーダー(LB)を含み、両ボーダー間に目的遺伝子とともにプロモーターや植物選抜マーカーなどのエレメントを含むことができ、通常、大腸菌(Escherichia coli)およびアグロバクテリウムにおいて複製可能なシャトルベクターで、バイナリーベクターを保持するアグロバクテリムを植物に感染させると、ベクター上にあるLB配列とRB配列より成るボーダー配列で囲まれた部分のDNAを植物核DNAに組み込むことが可能である(EMBO Journal,10(3),697−704(1991))。一方、pUC系のベクターは、植物に遺伝子を直接導入することができ、例えば、pUC18、pUC19、pUC9等が挙げられる。また、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等の植物ウイルスベクターも用いることができる。
【0053】
バイナリーベクター系プラスミドを用いる場合、上記のバイナリーベクターの境界配列(LB、RB)間に、目的遺伝子を挿入し、この組換えベクターを大腸菌中で増幅する。次いで、増幅した組換えベクターをアグロバクテリウム・ツメファシエンスC58、LBA4404、EHA101、EHA105等に、凍結融解法、エレクトロポレーション法等に導入し、該アグロバクテリウムを植物の形質転換に用いる。
【0054】
また、上記の方法以外にも、三者接合法(Nucleic Acids Research,12:8711(1984))によって、目的遺伝子を含む植物感染用アグロバクテリウムを調製することができる。すなわち、目的遺伝子を含むプラスミドを保有する大腸菌、ヘルパープラスミド(例えば、pRK2013等)を保有する大腸菌、およびアグロバクテリウムを混合培養し、リファンピシリンおよびカナマイシンを含む培地上で培養することにより植物感染用の接合体アグロバクテリウムを得ることができる。
【0055】
ベクターに目的遺伝子を挿入するには、まず、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターDNAの制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0056】
また、ベクターには、目的遺伝子のほかに、例えばプロモーター、ターミネーター、ポリA付加シグナル、選抜マーカー遺伝子などを配置することができる。
【0057】
プロモーターとしては、植物体内または植物細胞において機能し、植物の特定の組織内あるいは特定の発育段階において発現を導くことのできるDNAであれば、植物由来のものでなくてもよい。具体例としては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。
【0058】
ターミネーターとしては、植物体内または植物細胞において機能し、プロモーターにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよく、例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35S ターミネーター等が挙げられる。
【0059】
選抜マーカー遺伝子としては、例えば、薬剤耐性遺伝子(テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子など)、蛍光または発光レポーター遺伝子(ルシフェラーゼ、β−ガラクトシダーゼ、β−グルクロニターゼ(GUS)、グリーンフルオレッセンスプロテイン(GFP)など)、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)、ジヒドロ葉酸レダクターゼなどの酵素遺伝子が挙げられる。
【0060】
また、選抜マーカー遺伝子は、上記のように目的遺伝子とともに同一のプラスミドに連結させて組換えベクターを調製してもよいが、あるいは、選抜マーカー遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターと、目的遺伝子をプラスミドに連結して得られる組換えベクターとを別々に調製してもよい。別々に調製した場合は、各ベクターを宿主にコトランスフェクト(共導入)する。
【0061】
本発明で使用可能なバイナリーベクターの構築例は、後述の実施例1に示されている。即ち、2個のloxPを含むプラスミドpDNR−1(CLONTECH社)のloxP間に35Sプロモーター、NOSターミネーターを挿入したプラスミドpSP102(図3)を作製し、NOSターミネーターと35Sプロモーターの間にRNAiのトリガーとなる2種の目的DNA断片を間にスペーサーを挟んで互いに逆向きに配置するようにトリガーを挿入し(図4、プラスミドpSP102_AGPS)、このRNAiヘアピン型dsRNA発現カセットを、Cre−lox組換え(米国特許第6,410,317号)によって、プラスミドpSP106(図5)に組み換えて、バイナリーベクターpSP106_AGPS(図6)を作製することができる。同様に、プラスミドpSP102_FBP(図17)、pSP102_PGI(図25)およびpSP102_isoamy1(図34)を作製することができる。
【0062】
2個のトリガーは、互いに向き合う方向でもよいし、あるいは互いに背を向け合う方向でもよい。またスペーサーの配列は、ヘアピンを形成する配列であればいかなるものでもよいが、例えばras遺伝子配列、イントロン配列を例示することができ、そのサイズは例えば数十〜数百ベース程度である。
【0063】
3.本発明のタバコ属植物の作製方法
本発明のタバコ属植物の作製方法は、タバコ属植物の細胞または組織を、RNA干渉法、アンチセンス法、遺伝子破壊法、人為的突然変異法、リボザイム法、共抑制法及び転写因子を用いる方法から選択されるいずれかの方法を用いて、上記(a)〜(c)のタンパク質をコードする遺伝子および(d)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現を抑制し、植物体を再生することを含む。
【0064】
タバコ属植物は、例えば、ニコチアナ・トメントシフォルミス(Nicotiana tomentosiformis)、ニコチアナ・シルベストリス(Nicotiana sylvestris)、ニコチアナ・ルスティカ(Nicotiana rustica)、ニコチアナ・タバカム(Nicotiana tabacum)、ニコチアナ・プルムバギニフォリア(Nicotiana plumbaginifolia)、ハナタバコ(Nicotiana x sanderae)、マルバタバコ(Nicotiana rustica)などが挙げられ、特に限定されないが、ニコチアナ・タバカムが好ましい。また品種については、紙巻製品の主原料となる黄色種、紙巻製品の緩和料となるバーレー種、葉巻たばこの原料に用いられる葉巻種、オリエント地域で栽培され独自の香気を持つオリエント種、たばこ種子が日本に伝来して以来、各地の気候風土に適応し分化した在来種を含む。
【0065】
また本発明のタバコ属植物を作製するための植物材料としては、植物体および植物組織(例えば根、茎、葉、種子、胚、胚珠、子房、茎頂、葯、花粉等)やその切片、細胞、カルス、それを酵素処置して細胞壁を除いたプロプラスト、懸濁培養細胞等の植物培養細胞が挙げられる。
【0066】
上記遺伝子の発現を抑制するには、種々の遺伝子工学的手法を用いることができ、特に限定されないが、たとえばRNA干渉法、アンチセンス法、遺伝子破壊法、人為的突然変異法、リボザイム法、共抑制法及び転写因子を用いる方法を挙げることができる。
【0067】
RNA干渉法は、上記RNA干渉誘導ベクター、または、例えば配列番号4、7、8もしくは12に示されるポリヌクレオチドあるいは配列番号4、7、8もしくは12と90%以上同一性を有するポリヌクレオチドに相同な2重鎖RNA(その中の連続した例えば約15〜35塩基の2重鎖RNAが好ましい)を植物細胞または組織に導入して行うことができる。
【0068】
また、アンチセンス法は、例えば上記アンチセンスベクターを植物細胞または組織に導入することにより、行うことができる。
【0069】
これらのベクターを導入するには、例えばアグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、PEG−リン酸カルシウム法、リポソーム法、マイクロインジェクション法が挙げられ、特に限定されないが、アグロバクテリウム法が好ましい。アグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合、培養細胞を用いる場合、組織片(葉片、カルスなど)を用いる場合がある。
【0070】
プロトプラストを用いる場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウムと共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウムと融合する方法(スフェロプラスト法)、培養細胞を用いる場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウムと共存培養する方法、組織片を用いる場合は、対象植物の無菌培養葉片(リーフディスク)に感染させる方法やカルスに感染させる等により行うことができる。
【0071】
遺伝子が植物体に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法、ウェスタンブロッティング法等により行うことができる。例えば、形質転換植物体からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物について電気泳動を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出し、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光または酵素反応等により増幅産物を確認したり、リアルタイムPCRで比較Ct法を用いて増幅率に基づいたDNAの定量を行ってもよい。
【0072】
あるいは、上述の種々のレポーター遺伝子を目的遺伝子の下流域に連結したベクターを作製し、該ベクター導入したアグロバクテリムを用いて上記と同様にして植物を形質転換させ、該レポーター遺伝子の発現を測定することにより確認してもよい。
【0073】
遺伝子破壊法は、各種トランスポゾン、T−DNAなどを用いて行うことができる。
トランスポゾンを利用した遺伝子破壊は、トランスポゾンのゲノムへの遺伝子挿入機構を利用した方法である。特に内在性のトランスポゾンを用いる方法は、非組換え体として、一度に多数の遺伝子破壊系統を作出することができる点で優れている。タバコ属植物のトランスポゾンの例はレトロトランスポゾン(LTR−retrotransposon)Tto1が知られており、Tto1を用いた遺伝子破壊法が報告されている(Plant J.28,307−317,2001.、WO00/071699)。
【0074】
T−DNAを利用した遺伝子破壊は、標的遺伝子の中に薬剤耐性遺伝子などの外来遺伝子を組込み、これを右ボーダー(RB)と左ボーダー(LB)の間に挿入したT−DNAベクターを作製し、アグロバクテリウム法にてタバコ属植物を形質転換する方法である。
【0075】
人為的突然変異法は、例えば、各種放射線(電磁波、紫外線、X線、γ線、粒子線、中性子線、α線、β線など)を植物に照射することにより、また各種変異原性化学物質(アルキル化剤、核酸塩基アナログ、アジ化ナトリウムなど)で処理することにより、行うことができる。
【0076】
共抑制法は、アンチセンス法が標的とする遺伝子のアンチセンス配列を導入、発現させるのに対し、センス配列を導入、発現させることにより、センス配列に相同な遺伝子の発現を抑制する方法である(Smyth DR:Curr Biol 7:R793,1997,Martienssen R:Curr Biol 6:810,1996)。一般的に、アンチセンス法に比べて遺伝子発現抑制程度が高く、RNA依存型RNAポリメラーゼで導入遺伝子の2本鎖RNAが形成された後は、RNAiと同様のメカニズムでRNAの分解が起こると考えられている。共抑制に用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を有する。また、配列の同一性は上述した手法により決定できる。
【0077】
リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子の総称であるが、特に本明細書ではRNAを部位特異的に切断するよう設計されたRNA分子のことを指す。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子:蛋白質核酸酵素,35:2191,1990)。標的を切断できるように設計されたリボザイムは、植物細胞中で転写されるように、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどのプロモーターおよび転写終結配列に連結される。このとき、転写されたRNAの5’端や3’端に余分な配列が付加されていると、リボザイムの活性が失われることがあるが、こういった場合は、転写されたリボザイムを含むRNAからリボザイム部分だけを正確に切り出すために、リボザイム部分の5’側や3’側にシスに働く別のトリミングリボザイム を配置させることも可能である(Taira K,et al:Protein Eng 3:733,1990、Dzianott AM & Bujarski JJ:Proc Natl Acad Sci USA 86:4823,1989、Grosshans CA & CechTR:Nucl Acids Res 19:3875,1991、Taira K, et al:Nucl Acids Res 19:5125,1991)。また、このような構成単位をタンデムに並べ、標的遺伝子内の複数の部位を切断できるようにすることで、より効果を高めることもできる(Yuyama N, et al:Biochem Biophys Res Commun 186:1271,1992)。このように、リボザイムを用いて本発明における標的遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を抑制することができる。
【0078】
転写因子を用いる方法は、標的遺伝子の発現を調節する転写因子の発現を増減させることにより、間接的に標的遺伝子の発現を増減させる方法である。転写因子は標的遺伝子のプロモーター領域の特定配列(シスエレメント)に結合することにより、当該遺伝子の発現をコントロールする。例えば、転写因子を発現させることによって、代謝遺伝子の遺伝子発現を抑制することが可能である(Plant Molecular Biology 2006 62:809−823)。
【0079】
上記遺伝子工学的手法において植物組織または細胞を材料とした場合は、得られた植物組織または細胞から既知の組織培養法により器官または個体を再生させればよい。このような操作は、植物細胞から植物体への再生方法として一般的に知られている方法により、当業者であれば容易に行うことができる。植物細胞から植物体への再生については、例えば、以下のように行うことができる。
【0080】
まず、形質転換の対象とする植物材料として植物組織またはプロトプラストを用いた場合、これらを無機要素、ビタミン、炭素源、エネルギー源としての糖類、植物生長調節物質(オーキシン、サイトカイニン等の植物ホルモン)等を加えて滅菌したカルス形成用培地中で培養し、不定形に増殖する脱分化したカルスを形成させる(以下「カルス誘導」という)。このように形成されたカルスをオーキシン等の植物生長調節物質を含む新しい培地に移しかえて更に増殖(継代培養)させる。
【0081】
カルス誘導は寒天等の固型培地で行い、継代培養は例えば液体培養で行うと、それぞれの培養を効率良くかつ大量に行うことができる。次に、上記の継代培養により増殖したカルスを適当な条件下で培養することにより器官の再分化を誘導し(以下、「再分化誘導」という)、最終的に完全な植物体を再生させる。再分化誘導は、培地におけるオーキシンやサイトカイニン等の植物生長調節物質、炭素源等の各種成分の種類や量、光、温度等を適切に設定することにより行うことができる。かかる再分化誘導により、不定胚、不定根、不定芽、不定茎葉等が形成され、更に完全な植物体へと育成させる。
【0082】
なお、本発明の方法により作製されたタバコ属植物は、形質転換処理を施した再分化当代である「T0世代」のほか、T0世代の植物を母本として、その植物の種子から得られた後代である「T1世代」、薬剤選抜あるいはサザン法等による解析によりトランスジェニックであることが判明した「T1世代」植物の花を自家受粉して得られる次世代(T2世代)などの後代植物をも含むものとする。
【0083】
これらのタバコ属植物、またはその葉をタバコ製品の原料として、シガレット、パイプタバコ、葉巻などの各種タバコ製品を製造することができる。
【0084】
また、本発明のタバコ属植物でタバコ製品を製造することにより、シガレット製造に関わる重要な因子である葉たばこ原料の膨こう性に係る効果も期待できる。膨こう性とは、填充効果を表す刻みの圧縮特性であって、紙巻たばこの製造作業においては原料使用量を左右する重要な性質である。1g当たりの容積で表される、試料の物性を示す一つの指標であり、一定の試料重量に対して、一定の時間及び負荷条件を与えた場合の容積である。例えば、膨こう性が高ければ、1本のシガレットを製造するために必要な原料使用量が少なくて済む。1本当たりに充填する原料が少なければ、1本当たりに発生する燃焼煙中成分の低減も期待できる。タバコの乾物重に占める炭水化物の割合は高いため、炭水化物を低減させたタバコは膨こう性が高いと考えられる。
【0085】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0086】
[実施例1]ADP−glucose pyrophosphorylase small subunit (AGPS)
(1)遺伝子の単離
全RNAおよびPCRクローニングに用いる鋳型の調製は以下の通り行った。
【0087】
鉢上げ後約二ヶ月のタバコ品種(つくば1号)から、直径約10mmのリーフディスクをポンチで打ち抜き、RNAlater(Ambion社)中で保存したものをRNA調製の材料とした。全RNAはRNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN社)を用いて抽出し、さらに、Omniscript RT Kit(QIAGEN社)を用いてPCRクローニングの鋳型となる逆転写反応産物を得た。
【0088】
ADP−glucose pyrophosphorylase small subunit(AGPS)をコードする既知のmRNA(Accession No.L41126、X61186)を基に、配列番号1(AGPS_F3)および配列番号2(AGPS_R1)に示す特異的なオリゴプライマーを設計して化学合成した。
【0089】
AGPS遺伝子断片のクローニングは、配列番号1のプライマーと配列番号2のプライマーの組み合わせを用いて、上述の逆転写反応産物を鋳型にし、95℃2分の後、95℃30秒、65℃2分で35サイクル、72℃でさらに10分反応させるPCR増幅により得た。PCRには、PfuUltraTM High−Fidelity DNA Polymerase (stratagene社)およびGeneAmpTM PCR System 9700(Applied Biosystems社)を用いた。PCR産物を1.5%アガロースゲルで電気泳動したところ、約500bpのバンドが確認できた。
【0090】
次に、PCR産物をクローニングベクターpCR 4Blunt−TOPO(登録商標、Invitrogene社)に挿入し、大腸菌TOP10に形質転換してLB(50mg/lアンピシリンを含む)寒天培地上で培養した。さらに、得られたコロニーの約10個をLB(50mg/lアンピシリンを含む)液体培地中で終夜培養し、QIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN社)を用いてプラスミドDNAを精製し、シークエンス解析の鋳型とした。シークエンス解析は,BigDyeTM Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems社)および3700 DNA Analyzer(Applied Biosystems社)を用いて、キットおよび装置の指示書に従って行った。このようにして配列番号3(AGPS_F3R1)に示す515塩基からなるDNA断片を含むプラスミドpCR4_AGPS_F3R1を得た。また、AGPS遺伝子の完全長クローンも出願人保有のcDNAライブラリーから相同性検索により得ることができた。完全長cDNAクローンNGRL0078_1_B04は、上述の配列番号3の完全長と考えられる配列番号4に示すcDNAを含んでいた。
【0091】
(2)ベクター構築
逆向反復配列を含むDNA構造物の構築には、pUC18のHindIII−EcoRI間を改変し、マルチクローニングサイト2(MCS2)、スペーサー配列、マルチクローニングサイト1(MCS1)の順で配置したpSP104(図1)を利用した。すなわち、図1に示す様にして、pSP104のMCS1にフラグメント1を挿入し、次に、MCS2にフラグメント1と相補なフラグメント2を導入することにより、行った。AGPS遺伝子に相同であるフラグメント1(配列番号14)は、まず、BamHI認識配列を付与した配列番号15(AGPS_F_BamHI)と配列番号16(AGPS_R_SphI)に示すプライマーを用いて、95℃2分の後、95℃30秒、60℃2分で30サイクル、72℃でさらに10分反応させることによって得たPCR産物を制限酵素BamHIおよびSphIを用いて消化することによって調製した(図2)。フラグメント2は、配列番号3(AGPS_F3R1)と同一の配列を含んでおり、プラスミドpCR4_AGPS_F3R1を制限酵素NotIおよびPstIを用いて消化することによって調製した(図2)。このようにして作製したフラグメント1(配列番号14)およびフラグメント2(配列番号3)を、制限酵素BamHIおよびSphIで二重消化したpSP104のMCS1に挿入し、さらに、フラグメント2を制限酵素NotIおよびPstIで二重消化したMCS2に挿入することによって、AGPS遺伝子の部分配列が逆向反復となるDNA構造物を含むプラスミドpSP104_AGPS_FRを構築した。
【0092】
上記のようにして構築した逆向反復配列を含むDNA構造物を植物で発現させるための発現カセットの構築は、Cre−loxP組換えのためのドナーベクターpDNR−1(Clontech社)のHindIII認識部位およびEcoRI認識部位の間に、35Sプロモーター、マルチクローニングサイト(XhoI、NaeI、SphI、SacI)、NOSターミネーターの順で挿入したpSP102(図3)を用いて行った。すなわち、プラスミドpSP104_AGPS_FRを制限酵素XhoIおよびSphIで二重消化することによって得た、逆向反復配列を含むDNA構造物をpSP102のXhoI−SphI間に挿入し、プラスミドpSP102_AGPS(図4)を作製した。
【0093】
上記のようにして構築した、プラスミドpSP102_AGPS上の発現カセットを含む2個のloxP間の断片を、Cre−lox組換え(Saue,1994,Curr.Opin.Biotechnol.5:521−527;Abremski et al.,1984,J.Biol.Chem.259:1509−1514)を利用してバイナリーベクターpSP106(図5)上のloxP部位に載せ替えることにより、バイナリーベクターpSP106_AGPSを作製した(図6)。前記バイナリーベクターpSP106(図5)は、pBI121(Clontech社)のHindIII認識部位にproK−loxP断片(Creator Acceptor Vector Construction Kit、Clontech社)を導入し、さらに、GUS遺伝子をGFP遺伝子に置換して作製したものである。また、Cre−lox組換えはCre Recombinase kit(Clontech社)を用い、その指示書に従って行った。
【0094】
(3)形質転換および閉鎖系温室での栽培
1) アグロバクテリウム法を用いた形質転換
温室で4号素焼き鉢に移植してから約10日目のつくば1号の最上位展開葉より採取した葉を、有効塩素1%の次亜塩素酸ナトリウム溶液(Tween 20を数滴/L加える)で約5分間表面殺菌を行い、滅菌水で3回洗浄した後、メスを用いて約5mm角の葉片を調製した。この葉片と各コンストラクトを導入したAgrobacterium tumefaciens約10細胞とをMurashige and Skoogの無機塩類とシュークロース30g/Lから成る液体培地中で約48時間共存培養を行った。なお、コントロール(トリガーとスペーサーを含まず、GFP遺伝子とnpt II遺伝子のみ発現させるベクターを使用)も同時並行して共存培養を行う。その後、葉片をセフォタキシム250mg/L及びカルベニシリン250mg/Lを含む滅菌水で3回洗浄し、Murashige and Skoogの無機塩類、シュークロース30g/L、インドール酢酸0.3mg/L、6−(γ,γ−dimetylallyl−amino)purine 10mg/L、カナマイシン100mg/L、セフォタキシム250mg/L、カルベニシリン250mg/L、及びゲランガム0.3%を含む一次選抜培地(pH5.8)に置床した。
【0095】
培養約2週間後、カナマイシン耐性を示すカルス様の細胞塊をMurashige and Skoogの1/2無機塩類、シュークロース15g/L、カナマイシン100mg/L、セフォタキシム250mg/L及びゲランガム0.3%を含む二次選抜培地(pH 5.8)に置床した。
【0096】
2) GFPタンパク質発現個体の選抜・順化
二次選抜培地にてカナマイシン耐性を示すカルス様の細胞塊を約3週間培養した後、再分化した茎葉のGFP蛍光をアマシャム社Flour Imagerで測定した。GFP蛍光が観察された個体を再び二次選抜培地(プラントボックス)に置床した。培養3週間後、発根した形質転換タバコを閉鎖系温室内で4号素焼き鉢に移植し、1週間ビニール袋をかけて順化を行った。
【0097】
3) 閉鎖系温室内での栽培
形質転換タバコは、4号素焼き鉢(約0.5リットル鉢用肥土/鉢)に移植後、自然光のもと冷房装置およびボイラー装置を用いて昼夜温度が約23℃に調節された閉鎖系温室内で栽培した。鉢用肥土は土:堆肥:赤玉土(大)、赤玉土(小):バーミキュライト=3:4:1:1:1の組成の肥土100リットル当たりバーレーS625(肥料)1kgを混合したものを使用した。また、夏季期間中(8月〜9月)は自然日長条件では花芽誘導が大幅に遅れるため短日処理を行った。短日処理は、22℃、8時間日長条件に設定された短日処理室内に植物体を移動し、そこで約1ヶ月間栽培して行った。
【0098】
4) 閉鎖系温室内で栽培中の形質転換体のGFP蛍光測定
閉鎖系温室にて約1ヶ月間栽培を行った形質転換タバコの最上位展開葉から、内径14mmの金属パンチを用いて葉片のサンプリングを行い、アマシャム社Flour Imagerを用いてGFP蛍光の測定を行った。
【0099】
以上の操作により、GFP蛍光タンパク質が発現している14個体(32A−01〜14)の形質転換タバコ(T0世代)を得た。コントロールとしてトリガーとスペーサーを含まないベクターを形質転換したタバコを6個体(32C−1〜6)得た。これらの個体は以下の解析に用いた。
【0100】
(4)T0世代の解析
1) AGPS形質転換体のヨード染色
閉鎖系温室に移植後79日目の形質転換タバコ2個体(32A−1、32A−2)及びコントロール(32C−1、2)の、下から数えて9枚目の葉から15枚目の葉までを内径12mm金属パンチを用いてサンプリングを行い、80%エタノール中で約2時間脱色を行った。脱色後、ヨード染色溶液(lugol solution:sigma社)中で5日間染色を行った後、水で葉片を洗浄し観察を行った。ヨード染色を行った結果、下から9〜15枚目の葉のラミナにおいて32A−1、2の両者ともコントロールに比べて着色程度が弱く、アミロース含量が低下していることが示唆された(図7)。
【0101】
2) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
リアルタイムPCR(Wong et al.(2005)Biotechniques 39:75−85)により標的遺伝子の発現確認を行った。
【0102】
鉢上げ後約1ヶ月後の形質転換タバコの緑葉から直径約10mmのリーフディスクを打ち抜き、RNAlater(Ambion社)中で保存したものを用いて以下の通り解析を行った。RNAはRNeasy Plant Mini Kit(QIAGEN社)を用いて抽出し、さらに、Omniscript RT Kit(QIAGEN社)を用いて逆転写反応を行った。この逆転写反応液の一部をリアルタイムPCRに供試した。リアルタイムPCRに用いるTaqMan(登録商標、Roche Molecular Systems)primerとProbeはPrimerExpress(Applied Biosystems)を用いて設計し、シグマアルドリッチジャパン株式会社ライフサイエンス事業部に受託合成を依頼した。β−actinに対してはprimer(配列番号37、38)とProbe(配列番号39)、AGPSに対してはprimer(配列番号40、41)とProbe(配列番号42)を用いた。AGPSリアルタイムPCRはQuantiTect Multiplex PCR Kit(QIAGEN社)を用いて行い、キット添付の「TaqManプローブを用いたDuplexリアルタイム定量PCR」プロトコールに従い、7500リアルタイムPCRシステム(Applied Biosystems社)上で95℃15分の後、94℃1分、60℃1分で45サイクル反応させることによって行った。比較Ct法(User Bulletin #2,ABI PRISM 7700 Sequence Detection System,Applied Biosystems)により解析した。リアルタイムPCRによりAGPSのmRNA発現量を調査したところ、14個体のうち10個体はコントロールの20%以下に低減していることが確認できた(図8)。
【0103】
3) ADP−glucose pyrophosphorylase(AGPase)活性測定
(i)タンパク質抽出
予め生重量(FW)を測定したラミナ(鉢上げ後約1ヶ月半後の形質転換タバコから採取)を液体窒素で粉砕した。FW1g当たり2〜3mlの抽出バッファーA(50mM Hepes−KOH;pH7.5、5mM MgCl、0.1%Triton X−100、1mM EDTA)に最終濃度2mM DTT、4%(W/V)PVP−40、1x complete(ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を添加して乳鉢と乳棒で磨砕抽出した。磨砕液を2mlエッペンチューブに回収し、15000rpm(20000g)で10分間4℃の条件で遠心した。上清を回収して抽出液とした。それを氷上に置き、すぐに活性測定を行った。
(ii)タンパク質定量
牛血清アルブミン(FractionV、sigma社)をスタンダードとして、Bradford法によりプロテインアッセイ染色液(BioRad社)を用いて行った。
(iii)AGPase活性測定
抽出液を用いて1mlの反応系で活性を測定した。Plant Cell 14,2191−2213,2002を参考に、以下の通り行った。
【0104】
最終濃度が50mM Hepes−KOH;pH7、5mM MgCl、1mM β−Nicotinamide adenine dinucleotide(β−NAD)、10μM Glucose−1,6−bisphosphate(G1,6P)、2.5mM Sodium pyrophosphate(NaPPi)、1U phoshoglucomutase(PGM)、1U glucose−6−phosphate dehydrogenase(G6PDH;from L.mesenteroides)、5mM DTTとなるようにプレミックスを調製し、340nmの吸光度(A340)をブランクとした。抽出液を50μl添加して25℃でA340を測定、最終濃度2mMとなるようにADP−glucoseを添加して再度25℃でA340を測定した。ADP−glucose添加前後のA340の差を活性とし、NADHのモル吸光係数6220から活性を算出した。
【0105】
形質転換タバコ9個体とコントロール3個体のAGPase活性を測定したところ、コントロール3個体の平均で0.113U/mg proteinに対して、形質転換タバコ9個体のうち7個体で活性は検出限界以下にまで低減したことが確認された(表1)。
【0106】
【表1】

【0107】
4) 抗AGPS抗体を用いたウエスタンブロットによるタンパク質発現確認
(i)抗AGPS抗体の作製
N末端−Cys Asp Asn Val Lys Ile Ile Asn Ser Asp Asn Val Gln Glu Ala−C末端(配列番号52)の合成ペプチドの合成、KLHキャリアコンジュケーション、ウサギを用いたポリクローナル抗体の作製は日本バイオサービスに委託して行った。抗血清の一部は合成ペプチドを用いたアフィニティーカラムで精製し、精製抗体を得た。
(ii)ウエスタンブロット
活性測定用に抽出したタンパク質8μgをアクリルアミド濃度10%のe−パジェル(株式会社アトー)を用いて、常法によりSDS−PAGEを行った。SDS−PAGEしたゲルはトランスファーバッファー(48mM Tris、39mM glycine、1.3mM SDS)で、20分間室温で振とうして平衡化した。セミドライブロッティング装置:トランスブロットSD(BioRad社)でトランスファーバッファーを用いて電圧15Vで30分間PVDF膜にブロットした。ブロッティング以後の操作はバンドの検出までECLプラス(アマシャムバイオサイエンス社)のマニュアルに従って行った。バンドの検出はECLミニカメラを用いて行った。1次抗体は精製抗体を用い、TBSバッファー(20mM Tris・Cl、150mM NaCl)に0.01%Tween20、0.5−1%スキムミルクとなるように加えたTBSバッファー(以下TBS−T−SKという)で1000倍に希釈して4℃、一晩反応した。2次抗体はヤギ抗ウサギHRP標識抗体(Stressgen社)もしくはAnti−IgG(H+L)Rabit、Goat−poly、HRP(KPL社)をTBS−T−SKで10000〜50000倍に希釈して室温で2時間反応させた。形質転換タバコ9個体とコントロール3個体のAGPSタンパク質発現を調査したところ、コントロールでは発現が確認されたが、形質転換タバコ9個体すべてにおいて検出限界以下であった(図9)。活性測定の結果と合わせて、AGPSの遺伝子発現抑制した個体においては、AGPSタンパク質の発現が低減するとともに、AGPase活性として低減していることが確認された。
【0108】
5) 炭水化物含量の定量
(i)サンプル調製、粉砕
鉢上げ後約2ヶ月後の形質転換タバコから、少し色落ちを開始した中位葉の半葉(中骨を含まないラミナ)を午後に採取し、70℃で熱風乾燥した。この試料をマルチビーズショッカー専用チューブ(安井機器)に入れ、マルチビーズショッカー(安井機器MB301)を用いて3,000rpm、30sec粉砕した。
(ii)可溶性糖抽出、デンプン可溶化
粉砕したラミナ粉末20mgを量って15mlチューブに入れ、80%エタノール(v/v)1mlに懸濁した後、遠心分離(1,780g、5min、TOMY LX−130)により上清を回収し可溶性糖画分とした。遠心分離後の残渣を60℃で乾燥後、3mlジメチルスルホキシドおよび0.75ml塩酸(8N)を加え、ウォーターバスにより80℃、30min加水分解を行った。空冷後、0.75ml水酸化ナトリウム(8N)および0.5ml酢酸ナトリウム(2N、pH4.5)を加え懸濁した後、遠心分離(1,780g、5min、TOMY LX−130)により上清を回収しデンプン画分とした。
(iii)定量
可溶性糖およびデンプンの測定は、F−kit(Roche社、No.10207748035およびNo.10716260035)を用いて、添付のマニュアルに従って行った。吸光度(A340)の測定は96穴プレート対応のプレートリーダー(Wako社、SPECTRA FLUOR)を用いた。測定は2反復実施し、2回の平均値をデンプンおよび3糖含量(Glc、Fru、Sucの合計量)とした。デンプンおよび3糖含量の評価は、乾物重量あたりの百分率で行った。形質転換タバコの6個体とコントロール6個体についてデンプン+3糖(ショ糖+グルコース+フルクトース)を炭水化物として含量を定量したところ、形質転換タバコの6個体全てにおいてコントロール比15%以下となった(図10)。つまり、AGPSの遺伝子発現、タンパク質発現およびAGPSase活性が低減した形質転換タバコでは、炭水化物(デンプン+3糖)が大きく低減することが確認された。図10のコントロールの値は6個体の平均値、エラーバーはその標準偏差(SD)で示した。また棒グラフのバーの白の部分はデンプン、斜線部分は3糖を示す。
【0109】
(5)T1世代の解析
1)Homo、Hemi、Null接合体の選抜
T0世代の形質転換タバコを自家受粉してT1種子を得た。得られたT1種子をMurashige and Skoogの1/2無機塩類、シュークロース15g/Lおよびゲランガム0.3%を含む播種培地(pH5.8)に無菌播種し、播種後9日目に幼苗から葉片を切り出して一次選抜培地に置床した。約2週間後、葉片からカナマイシン耐性のカルス様細胞塊が誘導されたか否かによって、カナマイシン分離比検定を行った。カナマイシン耐性:カナマイシン感受性が3:1に分離した系統は導入遺伝子が1遺伝子座に挿入された候補として、再び播種培地に無菌播種を行った。播種後9日目にアマシャム社のFlour Imagerを用いて幼苗のGFP蛍光を測定し、GFP蛍光が観察される個体:GFP蛍光が観察されない個体が3:1に分離する事を確認し、導入遺伝子が1遺伝子座に挿入されたとみなした。一方、GFP蛍光強度でもってGFP遺伝子に関してHomo接合体(導入遺伝子を両方の相同染色体上に持つ)、Hemi接合体(導入遺伝子を相同染色体の片方のみに持つ)、あるいはNull接合体(導入遺伝子を染色体上に持たない)であるかが判別できる事が知られている。そこで今回GFP蛍光が観察された系統(T1植物)の内、GFP蛍光強度が2パターンに明確に分離し、かつ、GFP蛍光強度が強い個体:GFP蛍光強度が弱い個体が1:2に分離した系統を選抜した。そして、GFP蛍光が強い個体を導入遺伝子に関してHomo接合体(以下、AGPS−Hoとする)とみなし、GFP蛍光が弱い個体を導入遺伝子に関してHemi接合体(以下、AGPS−Heとする)とみなし、GFP蛍光が観察されない個体を導入遺伝子に関してNull接合体(以下、AGPS−Nuとする)とみなした。T1世代の形質転換タバコの解析には、上記で選抜した系統の内、T0世代においてAGPS遺伝子発現、タンパク質発現、AGPase活性及び炭水化物含量の低減程度が高かった3系統(32A−2、32A−3、32A−7)のAGPS−Ho、AGPS−He、AGPS−Nuを用いた。尚、T1世代においてHomo、Hemi、Null接合体とみなしたそれぞれの個体から自家受粉を行ったT2種子を採種し、T1世代と同様にカナマイシンおよびGFP蛍光による分離比検定も行った。その結果、T1世代における判別結果は全て正しかった事を確認している。
【0110】
2) 栽培
播種培地上で選抜されたそれぞれのAGPS−Ho、AGPS−He、AGPS−Nuを再び播種培地に移植して約1ヵ月後、閉鎖系温室で4号素焼き鉢に移植して栽培を行った。尚、栽培条件はT0世代の形質転換タバコと同様である。
【0111】
3) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
上記で選抜を行った3系統(32A−2、32A−3、32A−7)について、AGPS−Ho、AGPS−He、AGPS−Nu各3個体をT0世代と同様に解析を行った。調査した3系統ともAGPS−Nuに比べてAGPS−Ho、AGPS−Heでは20%以下の発現量であり、T1世代においても遺伝子発現抑制効果が確認された(図11)。つまり、遺伝子発現抑制効果は後代に遺伝することが確認された。図11の値は各々3個体の平均値であり、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
【0112】
4) 炭水化物含量の定量
T1世代において遺伝子発現抑制程度が高かった32A−7のAGPS−Ho、AGPS−Nu各3個体について、下位から16葉位〜27葉位の12枚について調査した。発蕾期の生殖生長期の個体を用い、下位の白化した過熟葉から上位の未熟な緑葉までを午後に一斉採取し、70℃で熱風乾燥した試料を用いて、炭水化物の定量を行った。定量方法はT0世代の解析と同様に行った。下位から16枚目〜27枚目の12葉位について調査したところ、AGPS−Ho、AGPS−Heでは全葉位において炭水化物(デンプン+3糖)含量がAGPS−Nuに比べて大きく低減していた(図12)。よって、形質転換タバコでは葉位を問わず炭水化物含量が低下することが確認された。図12の各値は一部欠損データがある場合を除き、3個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
【0113】
5) 煙中ホルムアルデヒドおよびアクロレインの解析
(i)サンプル調製
炭水化物含量の定量に用いた熱風乾燥後の試料の一部を、40℃、95%相対湿度(RH)で2時間調湿し、シュレッダーを用いてタバコ刻の調製を行った。最後にタバコ刻を25℃、60%RHの部屋で1週間以上調湿し、熱分解試験に用いるサンプルとした。
(ii)熱分解装置
熱分解装置として、石英管をリアクターとする赤外線イメージ炉(Ulvac−Riko Inc.)を用いた。キャリヤーガスとしては100%の窒素ガスを用いて、流量はSEC−B40 mass flow controller(Horiba Stec Inc.)を用いて1000ml/minに調製した。サンプルとしてはタバコ刻150mgを用いて、石英管の中央に12.5mmの幅に詰めた。1分間キャリアーガスで石英管内の空気を置換した後、室温から16.7℃/sの割合で温度を800℃まで上昇させ、800℃で5秒間温度を固定した。この温度制御に関しては、TPC−1000 program temperarure controller(Ulvac−Riko Inc.)を用いた。熱分解により生成した煙は、100mlの2,4−dinitrophenylhydrazine溶液を含むインピンジャーと44nmフィルター(Heinr.Borgwaldt Technik)に捕集した。上記の手法は鳥飼ら(K.Torikai,S.Yoshida and H. Takahashi“Effects of temperature, atmosphere and pH on generation of smoke compounds during tobacco pyrolysis” Food and Chemical Toxicology 42:1409−1417(2004))の方法に従った。なお2,4−dinitrophenylhydrazine溶液は、2,4−dinitrophenylhydrazine(水分50%含有品)9.5107gを秤量し、アセトニトリル500mLに溶解させ、60%過塩素酸2.8mLを加えて混合した後、超純水を加えて1Lの水溶液とした。
(iii)煙中ホルムアルデヒドおよびアクロレインの定量
煙を捕集した2,4−dinitrophenylhydrazine溶液(インピンジャー)を70分間室温で静置した。また、煙を捕集した44nmフィルターは40分間室温で静置した後、30mlの2,4−dinitrophenylhydrazineを加えて30分間振とうさせた。そして最後に両者を混合し、2,4−dinitrophenylhydrazine混合溶液を調製した。この2,4−dinitrophenylhydrazine混合溶液とTrizma base溶液を2:3の割合で混合し、0.45μm polytetrafluoroethyleneメンブレンフィルターでろ過した後、高速液体クロマトグラフィーによる分析を行った。上記手法は鳥飼ら(2004)の方法に従った。また高速液体クロマトグラフィーによる分析方法は、Health Canada法(Official Methods made by Department of Health(Canada)、1999年12月31日、Method of No.T−104)に準拠した。なおTrizma base溶液は、Trizma baseを0.4g秤量し、超純水40mLに溶解させ、アセトニトリルを加えて200mLの水溶液とした。
【0114】
炭水化物低減効果のみられた3系統(32A−2、32A−3、32A−7)について、各3個体の上位葉(下位から18〜24枚目)を用いて測定した。調査した3系統とも、AGPS−HoにおいてAGPS−Nuに比べてホルムアルデヒドとアクロレインの両方の有意な減少が確認された(図13のAおよびB)。ホルムアルデヒドはAGPS−Nuの25〜30%程度に、アクロレインはAGPS−Nuの55〜70%程度に減少した。よって、タバコ燃焼煙中のホルムアルデヒド、アクロレインといった煙中カルボニル類が低減することが確認された。図13の各値は32A−2AGPS−Hoのみ2個体、それ以外は3個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差を示す。
【0115】
6) 植物体の形態
過去に報告のある、タバコの葉のデンプン、糖含量等を低減させた形質転換タバコ(非特許文献2,3)では生育異常が報告されている。それに対して、鉢上げ約1ヶ月後において、AGPS−Ho、AGPS−He(T1世代)はAGPS−Nuと同様な生育を示した(図41)。収穫期においてもAGPS−Ho、AGPS−He(T1世代)はAGPS−Nuと同様な生育を示したことから、本形質転換タバコは、生育異常を伴わずに特異的に炭水化物を低減できる点で、優れていると考えられる。
【0116】
(6)T2世代の解析
1) 栽培
T1世代の解析に用いた1系統について、AGPS−HoとAGPS−Nuを栽培した。温室において市販の播種用肥土に播種し、20日後に仮植用肥土に移植した。肥土は土:堆肥:赤玉土(小):バーミキュライト=3:4:2:1の組成の肥土100リットル当たり、苗床専用肥料500gと過リン酸石灰350gを混合したものを使用した。温室で自然光のもと空調装置を用いて23℃で栽培を行った。仮植19日後に6号鉢(外径200mm、高さ160mm)に移植し、12時間日長、温度は明期26℃/暗期18℃、相対湿度60%で収穫まで人工光形グロースキャビネット:コイトトロン(KGBH−2416SHL P1型)内で栽培した。鉢用肥土は土:堆肥:赤玉土(大):赤玉土(小):桐生砂:バーミキュライト=2.5:4:1:1:1.5:1の組成の肥土110リットル当たりバーレーS625(肥料)1kgを混合したものを使用した。発蕾が確認された時期に心止め(花部の切除)を行った。2枚の子葉を含めて下から数えて24枚目と25枚目の間で心止めを行った。
【0117】
2) 黄色乾燥
SPADメーター(コニカミノルタ社)の測定値が10〜20の収穫適期に葉を収穫し、プログラム乾燥機で黄色乾燥を行った。この黄色乾燥を行った試料は、以下の炭水化物定量、煙中ホルムアルデヒド及びアクロレインの解析に用いた。黄色乾燥条件は表2に示した。
【0118】
【表2】

【0119】
3) 炭水化物定量
方法はT1世代の解析と同様に行った。下位から13枚目の葉位のラミナを用いて、32A−7(T2世代)のAGPS−Ho2個体、AGPS−Nu5個体について測定したところ、AGPS−HoではAGPS−Nuに比べて炭水化物(デンプン+3糖)含量が顕著に低減することが確認された(図14)。T1世代の解析結果と比べると、黄変乾燥を行ったことによりデンプンの割合が減少して3糖の割合が増加した。これは黄変乾燥により、AGPS−Ho、AGPS−Nuともデンプンが分解して3糖が生成したからと考えられる。
【0120】
4) 煙中ホルムアルデヒドおよびアクロレインの解析
方法はT1世代の解析と同様に行った。炭水化物定量を行った試料について調査したところ、AGPS−HoにおいてAGPS−Nuに比べてホルムアルデヒドとアクロレインの両方に有意な減少が確認された(図15のAおよびB)。ホルムアルデヒドはAGPS−Nuの23%、アクロレインはAGPS−Nuの55%であった。黄変乾燥の有無に依らず、AGPase活性を低減させた形質転換タバコではホルムアルデヒド、アクロレインといった煙中カルボニル類の低減が確認された。図15のAGPS−Hoは2個体の平均値、AGPS−Nuは4個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
【0121】
[実施例2]葉緑体型Fructose−1,6−bisphosphatase (FBPase)
(1)遺伝子の単離
葉緑体型 Fructose−1,6−bisphosphatase(FBPase)をコードする既知のmRNA(Accession No.AF134051.1)を基に、配列番号5(FBP_F2)および配列番号6(FBP_R1)に示す特異的なオリゴプライマーを設計して化学合成した。FBPase遺伝子の部分長DNA断片は、AGPS遺伝子断片のクローニングと同様にして行い、配列番号7(FBP_F2R1)に示すDNA断片を含むプラスミドpCR4_FBP_F2R1を得た。
【0122】
(2)ベクター構築
FBPase遺伝子に相同であるフラグメント1(配列番号17)は、まず、SphI認識配列を付与した配列番号18(FBP_F_SphI)と配列番号6(FBP_R1)に示すプライマーを用いて得たPCR産物を制限酵素SphIおよびpSP104のMCS1の制限酵素BamHIと同一の粘着末端を生成する制限酵素BglIIを用いて消化することによって調製した(図16)。フラグメント2は、配列番号7(FBP_F2R1)と同一の配列を含んでおり、プラスミドpCR4_FBP_F2R1を制限酵素NotIおよびPstIを用いて消化することによって調製した(図16)。このようにして作製したフラグメント1(配列番号17)およびフラグメント2をAGPS遺伝子の場合と同様にして、FBPase遺伝子の部分配列が逆向反復となるDNA構造物を含むプラスミドpSP104_FBP_FRを構築した。さらに、AGPS遺伝子の場合と同様にして、発現カセットのドナーベクターpSP102_FBP(図17)およびバイナリーベクターpSP106_FBPを構築した。
【0123】
(3)形質転換および閉鎖系温室での栽培
方法は実施例1と同様に行った。
GFP蛍光タンパク質が発現している20個体(29A−1〜16、29P−1〜4)の形質転換タバコ(T0世代)を得た。コントロールとしてトリガーとスペーサーを含まないベクターを形質転換したタバコを6個体(29C−1〜6)得た。これらの個体は以下の解析に用いた。
【0124】
(4)T0世代の解析
1) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
リアルタイムPCRに用いたFBPaseのprimer(配列番号43、44)とProbe(配列番号45)は別途設計したが、それ以外の方法は実施例1と同様に行った。リアルタイムPCRによりFBPaseのmRNA発現量を調査したところ、形質転換タバコ20個体のうち15個体はコントロール6個体平均の2%以下に低減していることを確認した(図18)。
【0125】
2)FBPase活性測定
(i)タンパク質抽出
予め生重量(FW)を測定したラミナ(鉢上げ後約1ヶ月後の形質転換タバコの緑葉から採取)を液体窒素で粉砕した。FW1g当たり3mlの抽出バッファーA(50mM Hepes−KOH;pH7.5、5mM MgCl、0.1%Triton X−100、1mM EDTA)に最終濃度2mM DTT、4%(W/V)PVP−40、1x complete(ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を添加して乳鉢と乳棒で磨砕抽出した。磨砕液を2mlエッペンチューブに回収し、15000rpm(20000g)で10分間4℃の条件で遠心した。上清を回収し、予めカラムバッファーA(50mM Hepes−KOH:pH7.5、5mM MgCl、1mM EDTA、2mM DTT)25mlで平衡化したPD10カラムに2.5mlアプライし、3.5mlのカラムバッファーAで溶出して脱塩を行った。
(ii)タンパク質定量
牛血清アルブミン(FractionV、sigma社)をスタンダードとして、Bradford法によりプロテインアッセイ染色液(BioRad社)を用いて行った。
(iii)活性測定
Plant Physiol.(1984)76:49−54を参考にし、脱塩抽出液を用いて1mlの反応系で以下の通り測定した。最終濃度が100mM Hepes−KOH;pH7.5、5mM MgCl、0.5mM β−Nicotinamide adenine dinucleotide phosphate(β−NADP)、2U hexoseP isomerase、1U Glucose−6−phosphate dehydrogenase(G6PDH;from yeast)となるようにプレミックスを調製し、脱塩抽出液50μlを加えて25℃でA340を測定した。最終濃度0.5mMとなるようにFructose−1,6−bisphosphate(F1,6P)を添加して再度25℃でA340を測定し、F1,6P添加前後のA340の差を活性とした。NADPHのモル吸光係数6220から活性を算出した。
【0126】
形質転換タバコ4個体とコントロール3個体のFBPase活性を測定したところ、形質転換タバコ4個体の平均はコントロール3個体の平均の1/2以下であった(表3)。緑葉のFBPase活性は細胞質型と葉緑体型の両方からなり、細胞質型の活性が全体の約半分を占めているという報告(Plant Physiol.1988 86,667−671)があることから、葉緑体型の活性はほとんどないことが推測された。
【0127】
【表3】

【0128】
3) 抗FBPase抗体を用いたウエスタンブロットによるタンパク質発現確認
(i)抗FBPase抗体の作製
抗原の作製に向けて、キット:pMAL Protein Fusion and Purification System(New England Biolabs社)のpMAL−c2X Vectorへの各遺伝子断片の挿入することにより、maltose−binding protein(MBP)と各遺伝子産物との融合タンパク質を生産するベクターを構築した。
【0129】
pMAL−c2X Vectorへ挿入するFBPase遺伝子の断片は、上述のプラスミドpCR4_FBP_F2R1を鋳型として、SacI認識配列を付与した配列番号28(FBP_pMAL_F_ScaI)に示すプライマーと、MluI認識配列を付与した配列番号29(FBP_pMAL_R_MunI)に示すプライマーの組み合わせを用いて得たPCR産物を制限酵素ScaIおよびMluIを用いて消化することによって調製した。このようにして得た断片をpMAL−c2X VectorのScaI認識部位と制限酵素MluIと同一の粘着末端を形成する制限酵素EcoRIの認識部位に挿入することによって、maltose−binding protein(MBP)と配列番号30に示すFBPase部分アミノ酸配列との融合タンパク質を生産するpMAL_FBPを作製した。
【0130】
DH5α−T1 Maxeffiency chemically competent cells(Invitrogen社)を用いて、pMAL_FBPをヒートショック法により形質転換した。アンピシリン耐性大腸菌から、キットマニュアルに従って、IPTGによりMBP融合タンパク質を誘導発現した。ただし、25℃で8〜9時間発現誘導を行った。超音波ホモジナイザー(BRANSON/SONIFIER250)を用い、Output control:8−10、Duty cycle:90で1分間処理−1分間氷上のサイクルで5〜10回行って溶菌させた。キットマニュアルに従って、アミロース樹脂を用いてMBP融合タンパク質を精製した。精製したMBP融合タンパク質を抗原として、(株)シバヤギに委託してウサギの抗血清を得た。
【0131】
(ii)ウエスタンブロット
活性測定用に抽出したタンパク質10μgを用い、1次抗体として抗血清をTBS−T−SKで10000倍に希釈して使用した以外は実施例1と同様に行った。
【0132】
形質転換タバコ10個体とコントロール3個体のFBPaseタンパク質発現を調査したところ、コントロールでは発現が確認されたが、形質転換タバコ9個体では検出限界以下であった(図19)。活性測定結果と合わせて考えると、形質転換タバコではFBPaseタンパク質発現が大きく低減することによって、葉緑体型FBPase活性が大きく低減したと考えられた。
【0133】
4) 炭水化物含量の定量
方法は、鉢上げ後約1ヶ月後の形質転換タバコの葉を使用した点を除き、実施例1と同様に行った。形質転換タバコ6個体とコントロール6個体についてデンプン+3糖(ショ糖+グルコース+フルクトース)を炭水化物として含量を定量したところ、形質転換タバコ6個体全てにおいてコントロールに比べて顕著に減少していた(図20)。つまり、FBPの遺伝子発現、タンパク質発現、活性が低減したタバコでは、炭水化物(デンプン+3糖)の含量が大きく低減することが確認された。図20のコントロールの値は6個体の平均値、エラーバーはその標準偏差(SD)を示す。棒グラフのバーの白部分はデンプン、斜線の部分は3糖を示す。
【0134】
(5)T1世代の解析
1) Homo、Hemi、Null接合体の選抜
方法は実施例1と同様に行った。導入遺伝子に関してHomo接合体を以下FBP−Hoとし、Hemi接合体を以下FBP−Heとし、Null接合体を以下FBP−Nuとした。T1世代の形質転換タバコの解析には、T0世代においてFBP遺伝子発現、タンパク質発現、FBP活性及び炭水化物含量の低減程度が高かった3系統(29A−5、29A−7、29A−10)のFBP−Ho、FBP−He、FBP−Nuを用いた。尚、T1世代においてHomo、Hemi、Null接合体とみなしたそれぞれの個体から自家受粉を行ったT2種子を採種し、T1世代と同様にカナマイシンおよびGFP蛍光による分離比検定も行った。その結果、T1世代における判別結果は全て正しかった事を確認している。
【0135】
2) 栽培
方法は実施例1と同様に行った。
【0136】
3) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
上記で選抜した3系統(29A−5、29A−7、29A−10)について、FBP−Ho、FBP−He、FBP−Nu各2個体をT0世代と同様に解析を行った。調査した3系統ともFBP−NuFBP−Ho、FBP−He、ではFBP−Nuの10%以下の発現量であり、T1世代においても遺伝子発現抑制効果が確認された(図21)。つまり、遺伝子発現抑制効果は後代に遺伝することが確認された。図21の各値は2個体の平均値で示した。
【0137】
4) 炭水化物含量の定量
方法は実施例1と同様に行った。29A−7について、各2個体の下位から18枚目〜29枚目の12葉位(コントロールとしては大きさが遺伝子組換え体と同程度の非形質転換体を用い、同様な葉位の12枚)について調査したところ、FBP−Ho、FBP−Heでは全葉位において炭水化物(デンプン+3糖)含量が非形質転換体に比べて大きく低減していた(図22)。よって、葉位を問わず炭水化物含量が低下することが確認された。図22の各値は欠損データを除き、2個体の平均値で示した。
【0138】
5) 煙中ホルムアルデヒドおよびアクロレインの解析
方法は実施例1と同様に行った。29A−5、29A−7、29A−10のT1世代、各2個体について上位葉(下位から23から27枚目)を用いて調査したところ、FBP−Hoにおいて非形質転換体に比べてホルムアルデヒドとアクロレインの減少が確認された(図23)。3系統の平均でホルムアルデヒド、アクロレインは各々非形質転換体の38%、74%に減少した。よって、形質転換タバコにおいては燃焼煙中のホルムアルデヒド、アクロレインといった煙中カルボニル類が低減することが確認された。図23の各値は2個体の平均値で示した。
【0139】
[実施例3]葉緑体型Phosphoglucose isomerase (PGI)
(1)遺伝子の単離
葉緑体型 phosphoglucose isomerase(PGI)遺伝子の完全長cDNAクローンは出願人保有のcDNAライブラリーから相同性検索により得ることができた(NGRL0015_1_B11)。配列番号8に完全長cDNA配列を示す。
【0140】
(2)ベクター構築
フラグメント1は、PGI遺伝子に相同な同一の配列であり(配列番号19)、完全長PGI遺伝子をコードするNGRL0015_1_B11クローンを鋳型として、下記に示すPGI_F_BamIプライマー(配列番号20)とPGI_R_SphIプライマー(配列番号21)の組み合わせを用いて得たPCR産物を制限酵素BamHIおよびSphIを用いて消化することによって調製した(図24)。フラグメント2(配列番号22)は、フラグメント1はと同様に、PGI_F_NotIプライマー(配列番号23)とPGI_R3プライマー(配列番号24)の組み合わせを用いて得たPCR産物をプライマーに付与したNotI認識部位および完全長cDNA配列の1229塩基目に存在するPstI認識部位を制限酵素消化することによって調製した(図24)。このようにして作製したフラグメント1(配列番号19)およびフラグメント2(配列番号22)を、AGPS遺伝子の場合と同様にして、PGI遺伝子の部分配列が逆向反復となるDNA構造物を含むプラスミドpSP104_PGI_FRを構築した。さらに、AGPS遺伝子の場合と同様にして、発現カセットのドナーベクターpSP102_PGI(図25)およびバイナリーベクターpSP106_PGIを構築した。
【0141】
(3)形質転換および閉鎖系温室での栽培
方法は実施例1と同様に行った。GFP蛍光タンパク質が発現している20個体(34A−01〜09、34P−01〜11)の形質転換タバコ(T0世代)を得た。コントロールとしてトリガーとスペーサーを含まないベクターを形質転換したタバコを6個体(34C−01〜06)得た。これらの個体は以下の解析に用いた。
【0142】
(4)T0世代の解析
1) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
リアルタイムPCRに用いたPGIのprimer(配列番号46、47)とProbe(配列番号48)は別途設計したが、それ以外の方法は実施例1と同様に行った。リアルタイムPCRによりPGIのmRNA発現量を調査したところ、形質転換タバコ20個体のうち10個体はコントロール6個体平均の10%以下であった(図26)。
2) PGI活性測定
(i)タンパク質抽出
予め生重量(FW)を測定したラミナ(鉢上げ後約1.5ヶ月後の形質転換タバコの緑葉から採取)を液体窒素で粉砕した。FW1g当たり3mlのPGI用抽出バッファー:0.1M Bicine−NaOH:pH8.5、5mM MgCl、1mM EDTA、2mM DTT、1x complete(ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)、4% PVPP(poly(vinylpolyprrolidone))を添加して乳鉢と乳棒で磨砕抽出した。磨砕液を2mlエッペンチューブに回収し、15000rpm(20000g)で10分間4℃の条件で遠心した。上清を回収して、氷上に置き、すぐに活性測定を行った。
(ii)タンパク質定量
牛血清アルブミン(FractionV、sigma社)をスタンダードとして、Bradford法によりプロテインアッセイ染色液(BioRad社)を用いて行った。
(iii)活性測定
Planta(1994)194:95−101を参考にし、1mlの反応系で、最終濃度50mM Bicine−NaOH:pH8.5、10mM MgCl、0.5mM β−Nicotinamide adenine dinucleotide(β−NAD)、1U/ml Glucose−6−phosphate dehydrogenase(G6PDH;from L.mesenteroides)となるようにpremixを調製し、サンプル25μl加え、+/−1mM Fructose−6−phosphate(F6P)でA340を25℃で測定し、NADHのモル吸光係数6220から活性を算出した。形質転換タバコ8個体とコントロール3個体のPGI活性を測定したところ、形質転換タバコ8個体の平均はコントロール3個体の平均の40%程度であった(表4)。
【0143】
【表4】

【0144】
(iv)PGI活性染色
可溶性タンパク質30μgをアクリルアミド濃度7.5%のe−パジェル(株式会社アトー)を用いて、常法によりNative−PAGEを行った。PGI活性染色はIsozymes in Plant Genetics and Breeding、PartA p495−496を参考に行った。電気泳動後のゲルを、最終濃度50mM Bicine−NaOH:pH8.5、10mM MgCl、5mM F6P、0.2mg/ml MTT(3−(4,5−dimethyl−2−thiazolyl)2,5−diphenyl−2H−tetrazoilum bromide)、50mg/ml Phenazine methosulfate(PMS)、1mM β−NAD、0.6U/ml G6PDH(from L.mesenteroides)の反応液中で37℃、60分間暗所で振とうした。
【0145】
活性染色の結果、形質転換タバコ8個体ではコントロールでは検出された葉緑体型PGIバンドはほとんど検出されないが、細胞質型PGIバンドはコントロールと同様に検出された(図27)。これらの結果から、形質転換タバコでは葉緑体型PGI活性が特異的に抑制されていることが示された。
【0146】
3) 炭水化物含量の定量
方法は、鉢上げ後約1.5ヶ月後の形質転換タバコの葉を使用した点を除いて、実施例1と同様に行った。PGIのmRNA発現レベルがコントロールの1/8以下に減少した5個体とコントロール6個体についてデンプン+3糖(ショ糖+グルコース+フルクトース)を炭水化物として含量を定量したところ、形質転換タバコ5個体全てにおいてコントロールに比べて顕著に減少していた(図28)。つまり、PGIの遺伝子発現、活性が低減したタバコでは炭水化物(デンプン+3糖)の含量が大きく低減することが確認された。図28のコントロールは6個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。棒グラフのバーの白の部分はデンプン、斜線の部分は3糖を示す。
【0147】
(5)T1世代の解析
1)Homo、Hemi、Null接合体の選抜
方法は実施例1と同様に行った。導入遺伝子に関してHomo接合体を以下PGI−Hoとし、Hemi接合体を以下PGI−Heとし、Null接合体を以下PGI−Nuとした。T1世代の形質転換タバコの解析には、T0世代においてPGI遺伝子発現、PGI活性及び炭水化物含量の低減程度が高かった2系統(34A−6、34A−8)のPGI−Ho、PGI−He、PGI−Nuを用いた。尚、T1世代においてHomo、Hemi、Null接合体とみなしたそれぞれの個体から自家受粉を行ったT2種子を採種し、T1世代と同様にカナマイシンおよびGFP蛍光による分離比検定も行った。その結果、T1世代における判別結果は全て正しかった事を確認している。
【0148】
2) 栽培
方法は実施例1と同様に行った。
【0149】
3) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
上記で選抜した2系統(34A−6、34A−8)について、PGI−Ho、PGI−He、PGI−Nu各3個体をT0世代と同様に解析を行った。調査した2系統ともPGI−Ho、PGI−HeではPGI−Nuの10%以下の発現量であり、T1世代においても遺伝子発現抑制効果が確認された(図29)。つまり、遺伝子発現抑制効果は後代に遺伝することが確認された。図29の各値は3個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
【0150】
4) 抗PGI抗体を用いたウエスタンブロットによるタンパク質発現確認
(i)抗PGI抗体の作製
pMAL−c2X Vectorへ挿入するPGI遺伝子の断片は、上述の完全長クローン0015_1_B11を鋳型として、ScaI認識配列を付与した配列番号31(PGI_pMAL_F_ScaI)に示すプライマーとEcoRI認識配列を付与した配列番号32(PGI_pMAL_R_EcoRI)に示すプライマーの組み合わせを用いて得たPCR産物を制限酵素HpaIおよびHindIIIを用いて消化することによって調製した。このようにして得た断片をpMAL−c2X VectorのScaI認識部位とEcoRIの認識部位に挿入することによって、maltose−binding protein(MBP)と配列番号33に示すPGI部分アミノ酸配列との融合タンパク質を生産するpMAL_PGIを作製した。
【0151】
実施例2と同様に大腸菌で発現させ、MBP融合タンパク質を精製した。このMBP融合タンパク質を抗原として旭テクノグラス株式会社に委託した。
(ii)タンパク質抽出
緑葉のラミナから直径約10mmのリーフディスク2〜3枚を打ち抜き、予め抽出バッファーAを200〜300μl分注したマルチビーズショッカー専用2mlチューブに入れて液体窒素で凍結させた。メタルコーンを入れて2200rpm、30〜60秒間マルチビーズショッカー処理を行った。10000rpm、4℃、5分間遠心した上清を新しいチューブにとり、再度15000rpm、4℃、5分間遠心した上清をウエスタンブロット、タンパク質定量に用いた。
【0152】
(iii)ウエスタンブロット
実施例2と同様に行った。
【0153】
調査した2系統(34A−6、34A−8)ともPGI−Nuにおいては確認されたタンパク質の発現はPGI−Ho、PGI−Heでは確認できなかった(図30)。T0世代の解析において、葉緑体型PGI活性が特異的に低減したのは、葉緑体型PGIタンパク質の発現が低減したことによることが確認された。
【0154】
5) 炭水化物含量の定量
方法は実施例1と同様に行った。34A−8(T1世代)について、下位から16枚目〜27枚目の12葉位について調査したところ、PGI−Ho、PGI−Heでは全葉位において炭水化物(デンプン+3糖)含量がPGI−Nuに比べて大きく低減していた(図31)。よって、形質転換タバコでは葉位を問わず炭水化物含量が低下することが確認された。図31の各値は一部欠損データがある場合を除き、3個体の平均値、エラーバーは標準偏差(SD)で示した。
【0155】
6) 煙中ホルムアルデヒドおよびアクロレインの解析
方法は実施例1と同様に行った。34A−6、34A−8(T1世代)の各3個体について上位葉(下位から19〜23枚目)を用いて調査したところ、PGI−HoはPGI−Nuに比べて燃焼煙中のホルムアルデヒドが有意に低減し、アクロレインもPGI−HoではPGI−Nuに比べて低い傾向が確認された(図32)。平均値としては最大で、各々PGI−Nuの70%、78%に低減した。よって、PGIの遺伝子発現、タンパク質発現、活性が低減したタバコ燃焼煙中のホルムアルデヒド、アクロレインといった煙中カルボニル類が低減することが確認された。図32の各値は3個体の平均値、エラーバーは標準偏差(SD)で示した。
【0156】
7) 植物体の形態
過去に報告のある、タバコの葉のデンプン、糖含量等を低減させた形質転換タバコ(非特許文献2、3)では生育異常が報告されている。それに対して、鉢上げ約1ヶ月後において、PGI−Ho、PGI−He(T1世代)はPGI−Nuと同様な生育を示した(図42)。収穫期においてもPGI−Ho、PGI−He(T1世代)はPGI−Nuと同様な生育を示したことから、本形質転換タバコは、生育異常を伴わずに特異的に炭水化物を低減できる点で、優れていると考えられる。
【0157】
[実施例4]isoamylase 1
(1)遺伝子の単離
Isoamylase 1(isoamy1)をコードする既知のmRNA(Accession No.AY132996)を基に、配列番号9(isoamy1_F1)および配列番号10(isoamy1_R2)に示す特異的なオリゴプライマーを設計して化学合成した。isoamy1遺伝子断片のクローニングは、配列番号9のプライマーと配列番号10のプライマーの組み合わせを用いて、AGPS遺伝子断片のクローニングと同様にして行い、配列番号11(isoamy1_F1R2)に示す1197塩基からなるDNA断片を含むプラスミドpCR4_isoamy1_F1R2を得た。
【0158】
また、isoamy1遺伝子の2種の完全長クローンも出願人保有のcDNAライブラリーから相同性検索により得ることができた。出願人保有のcDNAライブラリーとは、つくば1号の完全長cDNAクローンを個別に単離し、末端配列情報とともに整理したものである。完全長cDNAクローンGR0076_3_F11は、上述の配列番号11の完全長と考えられる、配列番号12に示すcDNAを含んでおり、Accession No.AY132996と92%の相同性が認められた。このほかに、配列番号12およびAccession No.AY132996と97%および91%の相同性を持つ、配列番号13に示す配列を含む完全長cDNAクローンGR0016_2_E01も得ることができた。
【0159】
(2)ベクター構築
isoamy1遺伝子に相同であるフラグメント1(配列番号25)は、まず、pCR4_isoamy1_F1R2を鋳型としてSphI認識配列を付与した配列番号26(isoamy1_F_BamHI)と配列番号27(isoamy1_R_SphI)に示すプライマーを用いて増幅したPCR産物を制限酵素BamHIおよびSphIを用いて消化することによって調製した(図33)。フラグメント2は、配列番号11(isoamy1_F1R2)と同一の配列を含んでおり、プラスミドpCR4_isoamy1_F1R2を制限酵素NotIおよびPstIを用いて消化することによって調製した(図33)。このようにして作製したフラグメント1(配列番号25)およびフラグメント2を、AGPS遺伝子の場合と同様にして、isoamy1遺伝子の部分配列が逆向反復となるDNA構造物を含むプラスミドpSP104_isoamy1_FRを構築した。さらに、AGPS遺伝子の場合と同様にして、発現カセットのドナーベクターpSP102_isoamy1(図34)およびバイナリーベクターpSP106_isoamy1を構築した。
【0160】
(3)形質転換および閉鎖系温室での栽培
方法は実施例1と同様に行った。GFP蛍光タンパク質が発現している20個体(25A−1〜20)の形質転換タバコ(T0世代)を得た。コントロールとしてトリガーとスペーサーを含まないベクターを形質転換したタバコを6個体(25C−1〜6)得た。これらの個体は以下の解析に用いた。
【0161】
(4)T0世代の解析
1) リアルタイムPCRによる遺伝子発現確認
リアルタイムPCRに用いたisoamy1のprimer(配列番号49、50)とProbe(配列番号51)は別途設計したが、それ以外の方法は実施例1と同様に行った。リアルタイムPCRによりisoamy1のmRNA発現量を調査したところ、形質転換タバコ20個体のうち17個体はコントロール6個体平均の10%以下と顕著な低減が確認された(図35)。
2) 抗isoamy1抗体を用いたウエスタンブロットによるタンパク質発現確認
(i)抗isoamyl1抗体の作製
pMAL−c2X Vectorへ挿入するisoamy1遺伝子の断片は、上述のプラスミドpCR4_ isoamy1_F1R2を鋳型として、HpaI認識配列を付与した配列番号34(isoamy1_pMAL_F_HpaI)に示すプライマーとHindIII認識配列を付与した配列番号35(isoamy1_pMAL_R_HindIII)に示すプライマーの組み合わせを用いて得たPCR産物を制限酵素HpaIおよびHindIIIを用いて消化することによって調製した。このようにして得た断片をpMAL−c2X VectorのHpaI認識部位とHindIIIの認識部位に挿入することによって、maltose−binding protein(MBP)と配列番号36に示すisoamy1部分アミノ酸配列との融合タンパク質を生産するpMAL_isoamy1を作製した。
実施例2と同様に大腸菌発現、MBP融合タンパク質の精製を行い、精製タンパク質を抗原として、(株)シバヤギに委託してウサギの抗血清を得た。
(ii)タンパク質抽出、(iii)タンパク質定量
実施例3と同様に行った。
(iv)ウエスタンブロット
タンパク質30μgを用いて、1次抗体として抗血清をTBS−T−SKで5000倍に希釈して用いた点を除き、実施例1と同様に行った。
【0162】
mRNA発現量がコントロールの10%以下に低減したことが確認された形質転換タバコ7個体とコントロール2個体のisoamy1タンパク質発現を調査したところ、形質転換タバコ7個体ではほとんど検出限界以下であり、コントロールに比べて顕著に発現レベルが低かった(図36)。遺伝子組換えタバコではmRNAに加えてタンパク質の発現量も低減していることが確認された。
【0163】
3) 炭水化物含量の定量
方法は実施例1と同様に行った。形質転換タバコ6個体とコントロール6個体についてデンプン+3糖(ショ糖+グルコース+フルクトース)を炭水化物として含量を定量したところ、形質転換タバコ6個体全てにおいてコントロールに比べて有意に減少していた(図37)。つまり、isoamy1遺伝子発現、タンパク質発現が低減した形質転換タバコでは炭水化物(デンプン+3糖)の含量が大きく低減することが確認された。図37のコントロールは6個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。棒グラフのバーの白の部分はデンプン、斜線の部分は3糖を示す。
【0164】
(5)T1世代の解析
1)Homo、Hemi、Null接合体の選抜
方法は実施例1と同様に行った。導入遺伝子に関してHomo接合体を以下isoamy1−Hoとし、Hemi接合体を以下isoamy1−Heとし、Null接合体を以下isoamy1−Nuとした。T1世代の形質転換タバコの解析には、T0世代においてisoamy1遺伝子発現、タンパク質発現、及び炭水化物含量の低減程度が高かった3系統(25A−6、25A−15、25A−16)のisoamy1−Ho、isoamy1−He、isoamy1−Nuを用いた。尚、T1世代においてHomo、Hemi、Null接合体とみなしたそれぞれの個体から自家受粉を行ったT2種子を採種し、T1世代と同様にカナマイシンおよびGFP蛍光による分離比検定も行った。その結果、T1世代における判別結果は全て正しかった事を確認している。
【0165】
2) 栽培
方法は実施例1と同様に行った。
【0166】
3) 抗isoamy1抗体を用いたウエスタンブロットによるタンパク質発現確認
抽出タンパク質を10μg用いた以外はT0世代の解析と同様に行った。2系統(25A−6、25A−15)のisoamy1−Ho、isoamy1−Nu各2個体についてisoamy1タンパク質の発現確認を行ったところ、isoamy1−Hoではほとんど検出限界以下であり、isoamy1−Nuに比べて顕著な発現レベルの低減が確認された(図38)。タンパク質発現抑制効果は後代に遺伝することが確認された。
【0167】
2) 炭水化物含量の定量
方法は、鉢上げ後約1.5ヶ月後の形質転換タバコの葉を使用した点を除き、実施例1と同様に行った。25A−15(T1世代)について、下位から12枚目〜22枚目の11葉位について調査したところ、isoamy1−Ho、isoamy1−Heでは全葉位において炭水化物(デンプン+3糖)含量がisoamy1−Nuに比べて低減していた(図39)。よって、形質転換タバコでは葉位を問わず炭水化物含量が低下することが確認された。図39の各値は一部欠損データがある場合を除いて各3個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
【0168】
3) 煙中ホルムアルデヒドの解析
方法は実施例1と同様に行った。25A−6、25A−15、25A−16(T1世代)の各3個体について上位葉(下位から19〜22枚目)を用いて調査したところ、isoamy1−Hoにおいてisoamy1−Nuに比べてホルムアルデヒドの有意な減少が確認された(図40)。最も低減がみられた系統ではisoamy1−Nuの50%以下であった。よって、形質転換タバコでは燃焼煙中のホルムアルデヒドといった煙中カルボニル類が低減することが確認された。図40の各値は3個体の平均値で示し、エラーバーは標準偏差(SD)を示す。
【0169】
4) 植物体の形態
過去に報告のある、タバコの葉のデンプン、糖含量等を低減させた形質転換タバコ(非特許文献2、3)では生育異常が報告されている。それに対して、鉢上げ約1ヶ月後において、isoamy1−Ho、isoamy1−He(T1世代)はisoamy1−Nuと同様な生育を示した(図43)。収穫期においてもisoamy1−Ho、isoamy1−He(T1世代)はisoamy1−Nuと同様な生育を示したことから、本形質転換タバコは、生育異常を伴わずに特異的に炭水化物を低減できる点で、優れていると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0170】
本発明は、燃焼煙中のカルボニル類が低減された葉タバコを提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0171】
【図1】ベクターpSP104の構造を示す。
【図2】PCR増幅されたフラグメント1および2を示す。
【図3】ベクターpSP102の構造を示す。
【図4】プラスミドpSP102_AGPSの構造を示す。
【図5】バイナリーベクターpSP106の構造を示す。
【図6】バイナリーベクターpSP106_AGPSの構造を示す。
【図7】AGPS発現抑制形質転換体のヨード染色を示す。
【図8】AGPS発現抑制形質転換体のT0世代のAGPSのmRNA発現量を示す。
【図9】AGPS発現抑制形質転換体のT0世代のAGPSタンパク質の発現を示す。
【図10】AGPS発現抑制形質転換体のT0世代の炭水化物含量を示す。
【図11】AGPS発現抑制形質転換体のT1世代のAGPSのmRNA発現量を示す。
【図12】AGPS発現抑制形質転換体のT1世代の炭水化物含量を示す。
【図13】Aは、AGPS発現抑制形質転換体のT1世代の煙中ホルムアルデヒド量を示す。Bは、AGPS発現抑制形質転換体のT1世代の煙中アクロレイン量を示す。
【図14】AGPS発現抑制形質転換体のT2世代の炭水化物含量を示す。
【図15】Aは、AGPS発現抑制形質転換体のT2世代の煙中ホルムアルデヒド量を示す。Bは、AGPS発現抑制形質転換体のT2世代の煙中アクロレイン量を示す。
【図16】PCR増幅されたフラグメント1および2を示す。
【図17】ドナーベクターpSP102_FBPの構造を示す。
【図18】FBPase発現抑制形質転換体のT0世代のFBPaseのmRNA発現量を示す。
【図19】FBPase発現抑制形質転換体のT0世代のFBPaseタンパク質の発現を示す。
【図20】FBPase発現抑制形質転換体のT0世代の炭水化物含量を示す。
【図21】FBPase発現抑制形質転換体のT1世代のFBPaseのmRNA発現量を示す。
【図22】FBPase発現抑制形質転換体のT1世代の炭水化物含量を示す。
【図23】Aは、FBPase発現抑制形質転換体のT1世代の煙中ホルムアルデヒド量を示す。Bは、FBPase発現抑制形質転換体のT1世代の煙中アクロレイン量を示す。
【図24】PCR増幅されたフラグメント1および2を示す。
【図25】ドナーベクターpSP102_PGIの構造を示す。
【図26】PGI発現抑制形質転換体のT0世代のPGIのmRNA発現量を示す。
【図27】PGI発現抑制形質転換体のT0世代のPGI活性染色を示す。
【図28】PGI発現抑制形質転換体のT0世代の炭水化物含量を示す。
【図29】PGI発現抑制形質転換体のT1世代のPGIのmRNA発現量を示す。
【図30】PGI発現抑制形質転換体のT1世代のPGIタンパク質の発現を示す。
【図31】PGI発現抑制形質転換体のT1世代の炭水化物含量を示す。
【図32】Aは、PGI発現抑制形質転換体のT1世代の煙中ホルムアルデヒド量を示す。Bは、PGI発現抑制形質転換体のT1世代の煙中アクロレイン量を示す。
【図33】PCR増幅されたフラグメント1および2を示す。
【図34】ドナーベクターpSP102_isoamy1の構造を示す。
【図35】isoamy1発現抑制形質転換体のT0世代のisoamy1のmRNA発現量を示す。
【図36】isoamy1発現抑制形質転換体のT0世代のisoamy1タンパク質の発現を示す。
【図37】isoamy1発現抑制形質転換体のT0世代の炭水化物含量を示す。
【図38】isoamy1発現抑制形質転換体のT1世代のisoamy1タンパク質の発現を示す。
【図39】isoamy1発現抑制形質転換体のT1世代の炭水化物含量を示す。
【図40】isoamy1発現抑制形質転換体のT1世代の煙中ホルムアルデヒド量を示す。
【図41】AGPS発現抑制形質転換体のT1世代の形態を示す。
【図42】PGI発現抑制形質転換体のT1世代の形態を示す。
【図43】isoamy1発現抑制形質転換体のT1世代の形態を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)に示すいずれかのタンパク質をコードするデンプン生合成に関与する遺伝子の発現が抑制され、燃焼煙中のカルボニル類含量が低減された、タバコ属植物。
(a)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
(c)配列番号53、配列番号54、配列番号55および配列番号56からなる群から選択されたアミノ酸配列に対して85%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質
【請求項2】
前記遺伝子が、
(d)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列からなるポリヌクレオチド、
(e)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列に対して85%以上の同一性を有し、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、
(f)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列からなり、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、または
(g)配列番号4、配列番号7、配列番号8および配列番号12からなる群から選択された塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつデンプン生合成に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
を含む、請求項1に記載のタバコ属植物。
【請求項3】
前記カルボニル類が、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アセトン、アクロレイン、プロピオンアルデヒド、クロトンアルデヒド、メチルエチルケトンおよびブチルアルデヒドからなる群から選択される、請求項1または2に記載のタバコ属植物。
【請求項4】
前記カルボニル類が、ホルムアルデヒドまたはアクロレインである、請求項3に記載のタバコ属植物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のタバコ属植物の組織または細胞。
【請求項6】
前記組織が葉である、請求項5に記載の組織または細胞。
【請求項7】
配列番号4に示す塩基配列、配列番号7に示す塩基配列、配列番号8に示す塩基配列、配列番号12に示す塩基配列、それらの配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列、およびそれらの塩基配列の20塩基以上の部分配列からなる群から選択される塩基配列を含む、遺伝子発現抑制用ベクター。
【請求項8】
前記塩基配列の連続した20塩基以上からなる塩基配列をアンチセンス方向に含む、請求項7に記載のベクター。
【請求項9】
前記塩基配列のセンス鎖および該センス鎖に対合するアンチセンス鎖を含む、請求項7に記載のベクター。
【請求項10】
前記センス鎖およびアンチセンス鎖が、前記塩基配列の連続した20塩基以上からなる、請求項9に記載のベクター。
【請求項11】
前記センス鎖とアンチセンス鎖の間にスペーサーを有する、請求項9または10に記載のベクター。
【請求項12】
植物細胞内で作動可能なプロモーターを有する、請求項9〜11のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項13】
タバコ属植物の細胞または組織を、RNA干渉法、アンチセンス法、遺伝子破壊法、人為的突然変異法、リボザイム法、共抑制法及び転写因子を用いた方法から選択されるいずれかの方法を用いて、請求項1および2に定義された(a)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現を抑制し、植物体を再生することを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載のタバコ属植物を作製する方法。
【請求項14】
請求項7〜12のいずれか1項に記載のベクターを、植物細胞または組織に導入し、植物体を再生する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記植物体を母本として後代を作出する、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のタバコ属植物の後代であって、請求項1または2に定義された(a)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現が抑制されたことを特徴とする、後代。
【請求項17】
請求項1〜4のいずれか1項に記載のタバコ属植物または請求項16に記載の後代の葉から作製されたタバコ製品。
【請求項18】
タバコ属植物において、請求項1または2に定義された(a)〜(g)のいずれかの遺伝子の発現を抑制することを含む、タバコ属植物の燃焼煙中のカルボニル類含量を低減する方法。
【請求項19】
前記遺伝子の発現の抑制を、RNA干渉法、アンチセンス法、遺伝子破壊法、人為的突然変異法、リボザイム法、共抑制法及び転写因子を用いた方法からなる群から選択される方法によって行うことを含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
請求項7〜12のいずれか1項に記載のベクターを植物細胞または組織に導入する、請求項18または19に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【公開番号】特開2010−136623(P2010−136623A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−83231(P2007−83231)
【出願日】平成19年3月28日(2007.3.28)
【出願人】(000004569)日本たばこ産業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】