説明

玉軸受用保持器およびその製造方法

【課題】 玉に付着するグリース量を減少させ、軸受からのグリース漏れを防止できる玉軸受用保持器およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 この玉軸受用保持器5は、環状体12の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケット11を、前記環状体12の円周方向複数箇所に有する。各ポケット11の開放側に、円周方向に対面する一対の爪14,14が軸方向に突出して設けられた冠形状とされる。各ポケット11の一対の爪14,14の保持器内径側の先端間の間隔よりも、保持器外径側の先端間の隙間を狭くしている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、環状体の一側面に一部が開放されて内部に転動体を保持するポケットを円周方向複数箇所に有する冠形状の玉軸受用保持器およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種回転装置、とりわけ自動車補機に使用される密閉型玉軸受には、耐高温,耐高速,耐泥水,耐ダスト,耐グリース漏れ,長寿命化および低トルクが要求され、耐泥水および耐ダスト対策として軸受内外輪間の空間の両端部に接触シールが設けられる。
このような構造の密閉型玉軸受において、接触シールのシールリップ部分にグリースが存在した状態で軸受温度が上昇すると、軸受内部の空気の膨張によって軸受内部の圧力が上昇するため、軸受外部との圧力差によりシールリップ部分が開いて軸受内のグリースや空気が軸受外部へ漏洩する現象(以下、呼吸と称する)が生じる(特許文献1)。
【0003】
この呼吸現象を防止する対策を施したものとして、上記シールリップ部分の一部に通気用の切欠部を設けたものが提案されている(特許文献1)。しかし、切欠部にグリースが付着すると、上記した玉軸受と同様のグリース漏れが起きる(特許文献2)。
上記した通気用の切欠部を設けず、例えば内輪回転の玉軸受において、前記接触シールのシールリップ部分が押し付けられる内輪外径面のシール溝へのシールリップ押し付け圧力(以下、緊迫力と言う)を強め、上記した呼吸対策とすることが考えられるが、これではトルクの増大を招くのみで、緊迫力以上の内圧を招く大きな温度上昇時には、グリース漏れを防ぎ切れない。また、軸受温度が低下した場合には、軸受内部の空気の収縮によって内圧が低下することから、シールリップ先端の吸着現象が起こり、更なるトルクの増大を招く要因となる(例えば特許文献3)。
このような理由により、接触シールとして上述した各種の構造のものを用いたとしても、内輪シール溝にグリースが付着すると、グリース漏れを防止することは難しい。
【0004】
そこで、鉄板波形保持器の形状を変更して、グリース漏れ対策を行なった玉軸受用保持器(以下、この保持器を改良鉄板保持器と称する)も提案されている(特許文献4)。この保持器では、ポケットのある円周方向部分の内径の保持器中心からの半径を、ポケット間の円周方向部分の内径の保持器中心からの半径よりも大きくして、この内径の大きい部分で玉に付着した余分なグリースを掻き取り、内輪肩部にグリースが付着するのを防ぐようにしている。
【0005】
しかし、図26に部分拡大斜視図で示すような一般的な冠形保持器35に対して、上記した改良鉄板保持器のグリース漏れ対策の構造を採用すると、冠形保持器35において最も小断面積となるポケット41の中央部をさらに縮小させることになるため、冠形保持器への採用は困難である。さらに、冠形保持器では、そのポケット開放側の側面に玉が露出しており、上記した改良鉄板保持器のグリース漏れ対策の構造を付加することは不可能である。
【0006】
また、潤滑剤のミスト飛散対策を施した冠形保持器として、図26におけるポケット開放側に突出する爪44に羽根を付けた形状のものが提案されている(特許文献5)。この冠形保持器では、爪44に付けた羽根により玉軸受内に気流を発生し、潤滑剤のミストの飛散方向を制御する。
【0007】
しかし、この冠形保持器の場合、玉軸受の回転方向が制限され、羽根の存在により、玉軸受の回転抵抗が増加する。また、流動による直接的なグリース漏洩を抑制する効果はない。
【0008】
このほか、回転の高速化を図るために、ポケット開放側に突出する爪において、保持器内径側の爪部を保持器外径側の爪部よりも保持器円周方向に延長させた冠形保持器も提案されている(特許文献6)。
【0009】
しかし、このような形状の冠形保持器では、グリース漏洩防止効果は得られない。また,冠形保持器の爪は、保持器に玉を組み込むときに、爪の付け根部分に無理な力が加わって白化したり、爪の破損が生じない形状とされており、特許文献6に開示のように爪を一定以上に延長すると、保持器に玉を組み込むことが困難になる。
【特許文献1】特開2000−257640号公報
【特許文献2】特開2005−308117号公報
【特許文献3】特開2005−069404号公報
【特許文献4】特開2007−271078号公報
【特許文献5】特開2006−322594号公報
【特許文献6】特開2000−291662号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、密閉型玉軸受におけるグリース漏れ対策として、特許文献1〜3に開示されるような、シールリップの緊迫力、シールリップ形状および切欠等があるが、これらの対策では、回転により内輪外径部やシール溝にグリースが存在すると、軸受内部の温度上昇でグリース漏れが生じる。
また、特許文献4に開示される改良型鉄板保持器はグリース漏れ対策に有効であるが、このグリース漏れ対策の構造を冠形保持器へ適用する場合には、強度面での制約を受けるので難しい。
【0011】
また、図26に示すような一般的な冠形保持器35では、ポケット41の開放側において、玉が覆われずに露出しているため、玉の表面に付着したグリースは、玉の回転に伴ってそのまま内外両輪へ運ばれ付着する。とくに、内輪外径に付着したグリースはいずれ内輪外径面のシール溝へ至り、軸受外部に漏洩する。
【0012】
一般的な冠形保持器35を組み込んだ単列玉軸受におけるグリースの挙動の詳細を、図27および図28を参照して以下に説明する。図27では、内輪に紙面垂直方向にアキシアル荷重がかかった状態で、外輪が矢印方向に回転し、それに伴って玉(転動体)も矢印方向へ自転する状態を表している。
図27(A)は、外輪から内輪へのグリース挙動を示す。回転初期において、内外輪の軌道面に封入されたグリースは、軸受の回転に伴って公転する玉に踏まれる。玉に踏まれたグリースは、軌道面の径と玉の径の隙間に沿って押しのけられるが、ある程度のグリースが玉に付着する。玉に付着したグリースは、軸受の回転に従って外輪から内輪へと移動する。外輪から玉へ付着したグリースは、直接、内輪外径部へと付着する。
図27(B)は、内輪から外輪へのグリース挙動を示す。内輪から移動するグリースは、玉の回転軸の近傍(回転の極)へと集まり、玉の表面に残る(その残ったグリースを、以下、グリースの帽子と称する。)。玉の回転軸は、図28のようにアキシアル荷重によって傾くため、内外輪のいずれかに偏った自転の極部にグリースの帽子が形成される。内外輪から移動するグリースが徐々に蓄積されることで、グリースの帽子は大きくなり、内輪の外径部や外輪の内径部へグリースが付着することとなる。図28は、グリースの帽子の形成箇所と軸受内輪との位置関係の模式図を示す。同図では、軸受中心の断面図から、保持器35をY軸中心に90度回転させた状態を示す。同図より、玉に付着したグリースの帽子は、保持器35のポケット41における爪44の先端を介することなく、直接、内輪外径部へと付着することがわかる。
【0013】
この発明の目的は、玉に付着するグリース量を減少させ、軸受からのグリース漏れを防止できる玉軸受用保持器およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明の第1の構成にかかる玉軸受用保持器は、環状体の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケットを、前記環状体の円周方向複数箇所に有し、前記各ポケットの開放側に、円周方向に対面する一対の爪が軸方向に突出して設けられた冠形状の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間の間隔よりも、保持器外径側の先端間の間隔を狭くしたことを特徴とする。
この構成によると、各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間の間隔よりも、保持器外径側の先端間の間隔を狭くしたことにより、玉に付着したグリースを、外輪側から内輪の外径部に近付けず、内輪側からのグリースも、内輪の外径部から離れた爪の保持器外径側で掻き取ることができ、結果として玉軸受からのグリース漏れを防止できる。
【0015】
この発明の第2の構成にかかる玉軸受用保持器は、環状体の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケットを、前記環状体の円周方向複数箇所に有し、前記各ポケットの開放側に、円周方向に対面する一対の爪が軸方向に突出して設けられた冠形状の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間を開放し、保持器外径側の先端間を連結したことを特徴とする。
この構成によると、各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間を開放し、保持器外径側の先端間を連結したことにより、玉に付着したグリースを、外輪側から内輪の外径部に近付けず、内輪側からのグリースも、内輪の外径部から離れた爪の保持器外径側で掻き取ることができ、結果として玉軸受からのグリース漏れを防止できる。
【0016】
上記第1の構成の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の先端間の間隔を、保持器内径側から保持器外径側に向けて段階的に狭くしてもよい。
【0017】
上記第1の構成の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の先端間の間隔を、保持器内径側から保持器外径側に向けて無段階に狭くしてもよい。
【0018】
上記第1の構成の玉軸受用保持器において、ポケットにおける保持器円周方向の中心を通る保持器半径方向の直線に投影した前記爪の全幅をIt としたとき、前記直線に投影した前記爪における保持外径側の爪部の幅が2/3It 以下となるように、保持器外径側の前記爪部の幅を設定するのが、グリース漏洩防止効果を上げるうえで好ましい。
【0019】
この発明の上記各構成の玉軸受用保持器において、前記爪の保持器円周方向に沿う断面でのポケット中心相当位置から保持器内径側の爪先端および保持器外径側の爪先端の保持器円周方向に対する角度を、保持器外径側の爪先端の角度が保持器内径側の爪先端の角度の1.5倍以上となるように設定するのが、グリース漏洩防止効果を上げるうえで好ましい。
【0020】
この発明の上記各構成の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの内面に、保持器内径側のポケット開口縁から保持器外径側へ延びる凹み部を設けてもよい。この構成の場合、玉に付着しているグリースを保持器の内径面で掻き取る量が減少する。これにより、内輪外径部へのグリース付着を防止することができるので、内輪のシール溝へのグリースの流動を防止でき、結果として玉軸受からのグリース漏れを防止できる。
【0021】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記ポケットの凹み部の軸方向位置が、保持器を軸受に組み込んだ状態で、内輪の軌道面の肩部と略一致する位置とするのがよい。なぜなら、保持器の内径面に堆積するグリースが多量となるのは、玉と内輪軌道面の接触により、軌道面肩部と一致する軸方向位置の近傍となるからである。
【0022】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記ポケットの内面が凹球面状であり、前記凹み部の内面の保持器円周方向に沿う断面形状が、ポケットの内面となる凹球面の曲率半径よりも小さな曲率半径の円弧状であってもよい。
【0023】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記凹み部が、前記ポケットの開口縁における保持器円周方向の中心の両側に位置して複数箇所に設けられ、各凹み部の内面形状が、保持器の半径方向の直線を中心とする各仮想円筒の表面に略沿う円筒面状の形状であり、この凹み部は、保持器内径側の開口縁から玉配列ピッチ円の付近まで延びていて、保持器内径縁から玉配列ピッチ円に近づくに従って徐々に浅くかつ幅狭となる形状であってもよい。
【0024】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記凹み部が、前記ポケットの開口縁における保持器円周方向の中心の両側に位置して2箇所に設けられて、保持器外径縁付近まで延び、これら2箇所の凹み部の内面形状が、一つの仮想リングの表面に略沿った形状であり、前記仮想リングは、ポケット内に収まるリング外径で、任意周方向位置の断面形状が円形であり、リング中心が保持器中心軸に対して傾きを持つものとしてもよい。
【0025】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記凹み部の内面の保持器円周方向に沿う断面形状が、多角形状であってもよい。
【0026】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記凹み部が、前記ポケットの開口縁における保持器円周方向の中心から両側に広がって1箇所に設けられ、ポケットの保持器円周方向の幅の半分よりも大きな幅を有し、前記凹み部の内面形状が、保持器の半径方向の直線を中心とする仮想円筒の表面に略沿う円筒面状の形状であり、この凹み部は、保持器内径側の開口縁から玉配列ピッチ円の付近まで延びていて、保持器内径縁から玉配列ピッチ円に近づくに従って徐々に浅くかつ幅狭となる形状であってもよい。
【0027】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記ポケットの内面が凹球面状であり、前記凹み部の深さを、ポケット内面の凹球面の中心から前記凹み部の最深位置までの距離が、玉の半径の1.05倍以上となる深さとしてもよい。
【0028】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記ポケットの内面が凹球面状であり、隣合うポケット間の連結部の保持器円周方向の中央位置での断面における保持器内径面上のポケット開放側とは反対側の端点の軸方向位置が、内輪の軌道面の肩部よりもその軌道面の中央側の位置であってもよい。これにより、連結部の内径面からグリースが軸受外に漏れるのを防ぐことができる。
【0029】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記連結部の保持器円周方向の中央位置での断面における保持器外径側での軸方向厚さを、保持器内径側での軸方向厚さよりも厚くしてもよい。これにより、連結部の内径面の面積を低減しつつ、保持器の強度も確保できる。
【0030】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記各ポケットの背面における保持器内径縁から保持器外径側へ延びる凹み部を設けてもよい。これにより、ポケットでの内径面の面積を低減できて、グリース漏れ防止の効果を上げることができる。
【0031】
前記凹み部を有する玉軸受用保持器において、前記各ポケットにおける保持器外径側での軸方向厚さを、保持器内径側での軸方向厚さよりも厚くしてもよい。これにより、ポケットでの内径面の面積を低減しつつ、保持器の強度も確保できる。
【0032】
この発明にかかる玉軸受用保持器の製造方法は、この発明の第1または第2の構成の玉軸受用器の製造方法であって、前記爪における保持器外径側の爪部の、少なくとも保持器内径側の爪部よりも突出する爪先端部分を有する爪部品を保持器本体と別体に形成し、玉軸受の内外輪および玉に前記保持器本体を組み込んだ後に、前記爪部品を前記保持器本体に接着、溶着、または嵌合することを特徴とする。
この構成によると、保持器の組み込み時に、爪の付け根で白化や破損が生じるのを避けることができる。
【0033】
この発明の玉軸受用保持器の製造方法において、前記爪部品を、複数のポケットに跨がって連続する円環状の部品としても良い。この構成の場合、ポケット数よりも少ない部品点数で保持器外径側の部分をまかなうことができ、組立が容易となり、製造コストも低減できる。
【0034】
この発明における他の構成にかかる玉軸受用保持器の製造方法は、この発明の第1または第2の構成の玉軸受用保持器の製造方法であって、前記爪における保持器外径側の爪部の保持器内径側の爪部よりも突出する爪先端部分を、完成時よりもポケット中心から離反する開放姿勢とした保持器半製品を製作し、玉軸受の内外輪および玉に前記保持器半製品を組み込んだ後に、前記爪先端部分を玉の表面に沿う閉鎖姿勢に熱変形もしくは二次加工することを特徴とする。
この構成によると、保持器の組み込み時に、爪の付け根で白化や破損が生じるのを避けることができる。
【発明の効果】
【0035】
この発明の第1の構成にかかる玉軸受用保持器は、環状体の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケットを、前記環状体の円周方向複数箇所に有し、前記各ポケットの開放側に、円周方向に対面する一対の爪が軸方向に突出して設けられた冠形状の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間の間隔よりも、保持器外径側の先端間の間隔を狭くしたため、玉に付着するグリース量を減少させ、軸受からのグリース漏れを防止できる。
【0036】
この発明の第2の構成にかかる玉軸受用保持器は、環状体の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケットを、前記環状体の円周方向複数箇所に有し、前記各ポケット11の開放側に、円周方向に対面する一対の爪が軸方向に突出して設けられた冠形状の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間を開放し、保持器外径側の先端間を連結したため、玉に付着するグリース量を減少させ、軸受からのグリース漏れを防止できる。
【0037】
この発明発明にかかる玉軸受用保持器の製造方法は、この発明の玉軸受用保持器の製造方法であって、前記爪における保持器外径側の爪部の、少なくとも保持器内径側の爪部よりも突出する爪先端部分を有する爪部品を保持器本体と別体に形成し、玉軸受の内外輪および玉に前記保持器本体を組み込んだ後に、前記爪部品を前記保持器本体に接着、溶着、または嵌合することとしたため、保持器の組み込み時に、爪の付け根で白化や破損が生じるのを避けることができる。
【0038】
この発明における他の構成にかかる玉軸受用保持器の製造方法は、この発明の玉軸受用保持器の製造方法であって、前記爪における保持器外径側の爪部の保持器内径側の爪部よりも突出する爪先端部分を、完成時よりもポケット中心から離反する開放姿勢とした保持器半製品を製作し、玉軸受の内外輪および玉に前記保持器半製品を組み込んだ後に、前記爪先端部分を玉の表面に沿う閉鎖姿勢に熱変形もしくは二次加工することとしたため、保持器の組み込み時に、爪の付け根で白化や破損が生じるのを避けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
この発明の実施形態を図面と共に説明する。図1は、この実施形態の玉軸受用保持器が適用される玉軸受の部分拡大断面図である。この玉軸受1は密閉型の深溝玉軸受であり、内輪2と外輪3の軌道面2a,3aの間に複数の玉4を介在させ、これら玉4を保持する保持器5を設け、内外輪2,3間に形成される環状空間の両端をそれぞれ接触シール6で密封したものである。玉4は鋼球からなる。接触シール6は、環状の芯金7とこの芯金7に一体に固着されたゴム状部材8とで構成され、外輪3の内周面に形成されたシール取付溝9に外周部が嵌合状態に固定される。内輪2は各接触シール6の内周部に対応する位置に、円周溝からなるシール溝10が形成され、接触シール6の内周側端に形成されたシールリップ6aが内輪2のシール溝10に摺接する。
【0040】
保持器5は、図2および図3に斜視図で示すように、内部に玉4を保持するポケット11を、環状体12の円周方向の複数箇所に有する冠形状のものである。各ポケット11は、環状体12の一側面に一部が開放されている。各ポケット11の内面は、玉4の外面に沿った凹球面状の曲面形状とされている。環状体12の隣合うポケット11,11間の部分は連結部13となる。各ポケット11の開放側には、保持器円周方向に対面する一対の爪14,14が軸方向に突出して設けられている。具体的には、各爪14は、ポケット11の内部に保持される玉4(図1)の表面に沿うように軸方向に突出している。なお、この明細書において、軸受軸方向のポケット開放側をポケット側と呼び、その反対側を背面側と呼ぶ。
【0041】
図3のように、各ポケット11の一対の爪14,14の間では、保持器内径側の爪部14a,14aの先端間の間隔よりも、保持器外径側の爪部14b,14bの先端間の間隔が狭く設定されている。この例では、一対の爪14,14の先端間の間隔が、保持器内径側から保持器外径側に向けて段階的に狭くされている。保持器内径側の爪部14aの突出長は、一般的な冠形状の保持器における爪の突出長と同じにされており、保持器外径側の爪部14bの突出長は保持器内径側の爪部14aよりも長くされている。具体的には、爪14の保持器円周方向に沿う断面(玉配列のピッチ円PCDに沿う断面)を示す図6のように、ポケット中心O11から保持器内径側の爪部14a先端および保持器外径側の爪部14bの先端を臨む保持器円周方向に対する角度θa ,θb を、保持器外径側の爪部14bの先端を臨む角度θb が、保持器内径側の爪部14aの先端を臨む角度θa の1.5倍以上(θb ≧1.5θa )となるように設定するのが好ましい。
【0042】
また、保持器外径側の爪部14bの保持器径方向の幅は、図7のように設定するのが望ましい。すなわち、ポケット11における保持器円周方向の中心を通る保持器半径方向の直線Nに投影した爪14の全幅(ポケット幅)をIt としたとき、前記直線Nに投影した保持器外径側の爪部14bの幅Ie が、前記全幅It の2/3以下(Ie ≦2/3It )となるように設定するのが好ましい。
【0043】
一般的に冠形状の保持器を用いた玉軸受の組立は、内外輪内に玉を入れた後、保持器を組み込むことで行なわれる。冠形状の保持器が樹脂製である場合、ポケットにおける一対の爪の先端間の間隔が玉の径の90%よりも狭いと、玉に保持器を組み込む際、爪に無理な力が加わり、爪の付け根で白化や破損が生じる可能性が高くなる。この実施形態では、保持器外径側の爪部14bの先端間の間隔が、玉4の径の90%よりも狭くなる。このため、玉軸受1に玉4を入れた後に、保持器5の完成品を組み込むことは難しい。
【0044】
そこで、この実施形態では、図4や図5に示す工程で玉軸受用保持器5を製造する。図4の製造方法は、同図(A)のように、爪14における保持器外径側の爪部14bの、保持器内径側の爪部14aよりも突出する爪先端部分からなる爪部品14baを、保持器本体5Aと別体に形成する。そして、玉軸受1の内外輪2,3(図1)および玉4に前記保持器本体5Aを組み込んだ後に、同図(B)のように、前記爪部品14baを保持器本体5Aに、接着、あるいはホットプレス等による溶着、あるいは嵌合する。これにより、組み込み時に、爪14の付け根で白化や破損が生じるのを避けることができる。なお、前記爪部品14baは、保持器内径側の爪部14aよりも突出する爪先端部分だけでなく、保持器外径側の爪部14bの大部分あるいは全体であってもよい。
【0045】
図5の製造方法は、同図(A)のように、爪14における保持器外径側の爪部14bの、保持器内径側の爪部14aよりも突出する爪先端部分14baを、完成時よりもポケット中心O11から離反する開放姿勢とした保持器半製品5Bを製作する。そして、玉軸受1の内外輪2,3(図1)および玉4に前記保持器半製品5Bを組み込んだ後に、同図(B)のように、前記爪先端部分14baを玉4の表面に沿う閉鎖姿勢に、熱を加えながら折り曲げて熱変形させたり、あるいは二次加工する。これにより、組み込み時に、爪14の付け根で白化や破損が生じるのを回避することができる。
【0046】
この実施形態の玉軸受用保持器5を用いた玉軸受でのグリース挙動を、図8により説明する。同図(A)のように、外輪3からのグリースは、爪14における保持器外径側の爪部14bの外径部分で掻き取られ、グリースが内輪2に付着しないようにされる。内輪2からのグリースも、同図(B)のように、保持器外径側の爪部14bの内径部分で掻き取られ、玉4に付着するグリース量が少なくなり、グリースの帽子の形成が抑制される。掻き取られたグリースは、内輪2の外径面から遠い位置にあるため、掻き取られたグリースが内輪2の外径面に付着することはない。
【0047】
図9および図10は、この実施形態の玉軸受用保持器5について、その爪14における保持器外径側の爪部14bの角度θb (図6)および幅Ie (図7)を変化させてグリース漏洩試験を行なった結果を示すグラフである。この場合の試験条件を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
図9において、縦軸はグリース漏洩の割合を表し、横軸は保持器内径側の爪部14a(従来の爪に相当)の角度θa に対する保持器外径側の爪部14bの角度θb の割合を表している。この試験では、保持器外径側の爪部14bの図7における幅Ie を、爪14の全幅(ポケット幅)It の1/2(Ie =1/2It )としている。
図9に示す試験結果から、保持器外径側の爪部14bの突出長が短いと、玉4に付着するグリースを十分に掻き取ることができないことがわかる。
【0050】
図10において、縦軸はグリース漏洩の割合を表し、横軸は爪14の全幅(ポケット幅)It に対する保持器外径側の爪部14bの幅Ie の割合を表している。この試験では、保持器外径側の爪部14bの図6における角度θb を、保持器内径側の爪部14aの角度θa の1.67倍(θb =1.67θa )としている。
図10に示す試験結果から、保持器外径側の爪部14bの幅Ie が大きいほど、その爪部14bの内径部分が内輪2(図1)の外径面に近づくために、図8(B)のように内輪2側から掻き取ったグリースが内輪2の外径面に直接付着してしまうことがわかる。
【0051】
以上の試験結果から、グリース漏洩の抑制に効果のある爪14の形状として、前記したように、図6における保持器外径側の爪部14bの角度θb を、保持器内径側の爪部14aの角度θa の1.5倍以上とするのが好ましい。また、図7における保持器外径側の爪部14bの幅Ie を、爪14の全幅(ポケット幅)It の2/3以下とするのが好ましい。
【0052】
図11および図12は、グリース付着状態の確認を行なった試験結果を示す。この試験では、前記実施形態の玉軸受用保持器5を組み込んでグリースを封入した玉軸受と、一般的な冠形状の保持器を組み込んでグリースを封入した玉軸受とを、同一条件で運転して比較した。この場合の運転条件として、内輪に対して紙面垂直方向にアキシアル荷重を負荷し、外輪を図8に示す矢印方向に回転させた。図11は実施形態の玉軸受用保持器5を用いた玉軸受のグリース付着状態を示し、図12は一般的な冠形状の保持器を用いた玉軸受のグリース付着状態を示す。
【0053】
図11および図12の試験結果から、一般的な冠形状の保持器を組み込んだ玉軸受(図12)では、内輪の外径部にグリースが付着し、玉の表面にもグリースが付着することで、グリースの帽子が形成されていることがわかる。実施形態の保持器5を組み込んだ玉軸受(図11)では、爪14における保持器外径側の爪部14bでグリースが掻き取られることで、内輪の外径部にグリースが付着せず、玉の表面にグリースの帽子が形成されていない。
【0054】
これらの試験結果からわかるように、この実施形態の玉軸受用保持器5では、各ポケット11の一対の爪14の保持器内径側の爪部14aの先端間の間隔よりも、保持器外径側の爪部14bの先端間の間隔を狭くしたことにより、玉4に付着したグリースを、外輪側から内輪の外径部に近付けず、内輪側からのグリースも、内輪の外径部から離れた保持器外径側の爪部14bで掻き取ることができ、結果として玉軸受1からのグリース漏れを防止できる。
【0055】
上記した実施形態では、爪14の形状として、保持器内径側の爪部14aと保持器外径側の爪部14bの突出長が段階的に変化する例を示したが、保持器内径側の爪先端よりも保持器外径側の爪先端の突出長が長ければ、爪14の形状は、内外輪2,3や接触シール6(図1)に非接触である限り、どのような形状でもよい。
図13は、この実施形態の玉軸受用保持器5における爪14の他の形状例を示す。この例では、各ポケット11の一対の爪14,14の先端間の間隔を、保持器内径側から保持器外径側に向けて無段階に狭くしている。
【0056】
図14は、この実施形態の玉軸受用保持器5における爪14のさらに他の形状例を示す。この例では、各ポケット11の一対の爪14,14の保持器内径側の先端間を開放し、保持器外径側の先端間を連結している。すなわち、この例では、図3に示す保持器5の一対の爪14,14において、対向する保持器外径側の爪部14b,14b同士をさらに延ばして互いに連結した形状としたものである。
【0057】
図15は、図14の爪形状とした玉軸受用保持器5の製造方法を示す。この製造方法では、図15(A)のように、一対の爪14,14間で連結される保持器外径側の爪部14bと、この爪部14bの両端から保持器円周方向に沿って延びる連結部14cと、この連結部14cから保持器背面側に向けて突出する嵌合突部14dとを有する爪部品14Aを、保持器本体5Aと別体に形成する。爪部品14Aは、複数のポケット11に跨がって連続する円環状で、複数のポケット11に対応する複数の爪部14bを有する。保持器本体5Aは、その環状体12の連結部13に、爪部品14Aの嵌合突部14dが嵌合する嵌合孔13aが形成されている。そして、玉軸受1の内外輪2,3(図1)および玉4に前記保持器本体5Aを組み込んだ後に、図15(B)のように、前記爪部品14Aの嵌合突部14dを保持器本体5Aの嵌合孔13aに嵌合する。このように、1つの爪部品14Aが、複数のポケット11に対応する複数の爪部14bを有する形状であると、ポケット数よりも少ない部品点数で保持器外径側の爪部14bをまかなうことができ、組立が容易となり、製造コストも低減できる。
【0058】
図16および図17は、この発明の他の実施形態を示す。この玉軸受用保持器5では、図3に示す実施形態において、さらに、ポケット11の内面に保持器内径側のポケット開口縁から保持器外径側へ延びる複数の凹み部16が設けられている。この凹み部16を設けることにより、玉4に付着しているグリースが保持器5の内径面で掻き取られる量を減少させ、内輪2の外径部へのグリース付着を防止する。この例では、図17(A)のように、凹み部16を、ポケット11の開口縁における保持器円周方向の中心OW11の両側に位置する2箇所としている。各凹み部16の内面形状は、保持器円周方向に沿う断面形状(すなわち保持器中心軸に垂直な平面で断面した断面形状)が、ポケット11の内面となる凹球面の曲率半径Raよりも小さな曲率半径Rbの円弧状であり、詳しくは同図(B)に示すように、保持器5の半径方向の直線Lを中心とする各仮想円筒Vの表面に略沿う円筒面状の形状である。この凹み部16は、保持器半径方向につき、保持器内径側のポケット開口縁から玉配列ピッチ円PCDの付近まで延びていて、保持器内径縁から玉配列ピッチ円PCDに近づくに従って徐々に小さく、つまり徐々に浅くかつ幅狭となる形状である。なお、玉配列ピッチ円PCDはポケットPCDとも呼ぶ。
2個の凹み部16の位置は、例えば、ポケット11の開口縁における保持器円周方向の中心OW11に対する周方向の配向角度を40°±15°とした対称な2箇所である。凹み部16の深さは、ポケット内面の凹球面の中心O11から凹み部16の最深位置までの距離Rcが、玉4の半径の1.05倍以上となる深さであることが好ましい(丁度1.05倍であってもよい)。
なお、この実施形態では凹み部16を2箇所としたが、3箇所以上としてもよい。
【0059】
図18は、保持器5のポケット11の内面のさらに他の形状例を示す。この例は、図17の実施形態において、凹み部16の断面形状(保持器円周方向に沿う断面形状)を円弧状とする代わりに、多角形状としたものである。詳しくは、図18(B)に示すように、保持器5の半径方向の直線LAを中心とする各多角形柱(図示の例では正10角形柱)VAの表面に略沿う多角形状の形状である。この凹み部16は、保持器半径方向につき、保持器内径側の開口縁から玉配列ピッチ円PCDの付近まで延びていて、保持器内径縁から玉配列ピッチ円PCDに近づくに従って徐々に小さく、つまり徐々に浅くかつ幅狭となる形状である。この実施形態におけるその他の構成は、図4の例と同様である。
【0060】
図19は、保持器5のポケット11の内面のさらに他の形状例を示す。この例は、ポケット11の内面に設けられる凹み部16が、ポケット11の開口縁における保持器円周方向の中心OW11の両側に位置して2箇所に設けられていることでは図17の実施形態と同様であるが、各凹み部16が、保持器外径縁付近まで延びている。これら凹み部16の内面の保持器円周方向に沿う断面形状は、ポケット11の内面となる凹球面の曲率半径Raよりも小さな曲率半径RBbの円弧状であり、詳しくは図19(B)に示すように、一つの仮想リングVBの表面に略沿った形状である。この仮想リングVBは、凹み部16を加工する砥石の外周面であってもよい。前記仮想リングVBは、ポケット11内に収まるリング外径であって、任意周方向位置の断面形状が円形となるドーナツ状であり、図20のように、リング中心OVBが保持器中心軸Oに対して傾きを持つ。
【0061】
なお、この発明において、凹み部16の保持器円周方向に沿う断面形状は、図17〜図19の各例の形状に限らず、部分楕円状や、矩形溝状、台形溝状や、その他任意の断面形状としてもよい。また、凹み部16の上記断面形状は、凹み部中心に対して非対称の形状であってもよい。
ポケット11における内面形状は、球面状に限らず、玉配列ピッチ円PCDよりも内径側の部分が、保持器内径側開口縁に近づくに従って小径となる形状であればよく、例えば玉配列ピッチ円PCDよりも外径側の部分が円筒面状、内径側の部分が円すい面状であってもよい。
【0062】
図21はさらに他の実施形態を示す。この玉軸受用保持器5は、図17〜図19に示す実施形態において、連結部13の内径面の背面側を削除したものである。これにより、ポケット11では、その背面側が円弧状の殻部11aで囲まれた形状となる。
図17〜図19に示す実施形態では、前記凹み部16により、玉4に付着したグリースを保持器5の内径面で掻き取る量を減らすことができるものの、わずかに付着する場合には、その堆積量が増加するとグリース漏れに繋がってしまう。つまり、この場合、連結部13の内径面にもグリースが付着し、この部分のグリースが軸方向にしか移動できない。この連結部13の軸方向の範囲が、内輪2の外径部の存在領域と重なる場合、すなわち連結部13の内径面が内輪2の軌道面2aよりも軸受端面側に位置する場合には、連結部13の内径面からグリースが軸受外に漏れてしまうことになる。そこで、図21のように、連結部13の内径面の背面側を削除すると、連結部13の内径面からグリースが軸受外に漏れるのを防ぐことができる。
【0063】
なお、図21の実施形態では、前記連結部13の背面側において、内径面から外径面にわたって削除した例を示しているが、保持器5の強度を考えた場合は、その削除量は少ないことが望ましい。内輪2の外径部へのグリース付着の抑制には、内輪2の外径面と保持器5の内径面との距離を長くすることも有効であることから、連結部13の内径側のみを一部削除し、外径側に従来のような壁面を残すようにしてもよい。すなわち、隣合うポケット11,11間の連結部13の円周方向中央位置における断面において、連結部13の削除されずに残された内径面の背面側の端点の軸方向位置を、内輪2の軌道面2aの肩部よりも軌道面2a中央側に位置させることが、グリース漏れ防止の上で重要である。このことを、図21の保持器5に仮想線で示す内輪2の断面図を重ねて、軸方向Yの位置関係の模式図として図24に示す。つまり、同図において、連結部13の軸方向位置Ybが、内輪2の軌道面2aの肩部の軸方向位置Yaよりも軌道面2aの中央側(Yb<Ya)であればよい。
また、同図におけるYbの位置は、連結部13の内径面が存在してよい背面側の位置であり、その外径側にポケット11の中央部の背面側の軸方向位置と同じ位置まで延びる外壁面が存在してもよい。同様に、Ybの位置から外径側に向けて連結部13の軸方向厚さが、背面側へと徐々に、あるいは段階的に厚くなるような形状としてもよい。
【0064】
上記実施形態において、ポケット11の殻部11aの厚さを厚くすると保持器5の内径面の面積増加を招くため、グリース漏れを助長する傾向になる。とりわけ、保持器5の内径面において、堆積するグリースが多量になる位置は、図24における内輪2の軌道面2aの肩部と一致する軸方向位置の近傍(符号Pで示す)となるので、この軸方向位置の近傍での保持器5の内径面の面積低減が重要である。そこで、この実施形態では、そのポケット11の殻部11aの外面にも凹み部26を設け、ポケット11の内径面の面積を低減している。これにより、保持器5の内径面へのグリース堆積量の減少と、保持器単体の強度向上とを両立させることができる。
【0065】
なお、保持器5の内径面の面積を低減するには、図22に部分拡大斜視図で示すように、ポケット11の内面に設ける前記凹み部16を大きくしてもよい。
また、図23に部分拡大斜視図で示すように、保持器5を構成する環状体12を、内径側の軸方向厚さが薄く、外径側に向かって徐々に厚くなる形状とすることで、保持器5の内径面の面積を低減するようにしてもよい。同様に、環状体12の軸方向厚さを、内径側から外径側へと段階的に増加させるようにしてもよい。
【0066】
図16〜図23の実施形態の玉軸受用保持器5では、各ポケット11の内面に、保持器内径側のポケット開口縁から保持器外径側へ延びる凹み部16を設けたことにより、玉4に付着しているグリースを保持器5の内径面で掻き取る量が減少する。この作用効果と、上記した爪形状の作用効果とが相まって、内輪2の外径部へのグリース付着を効果的に防止することができる。
ポケットのある円周方向部分の内径の保持器中心からの半径を、ポケット間の円周方向部分の内径の保持器中心からの半径よりも大きくした従来例(特許文献4に開示)の保持器のグリース漏れ防止構造を、冠形状の保持器に適用した場合は、ポケットの中央底部の形状を一部削除する必要がある。このため、保持器の強度低下が大きく、実用に供することは困難である。具体的には、保持器の自転による遠心力が作用すると、ポケットの中央底部での歪みが大きく、この部分が破断に至ったり、あるいは隣合うポケット間の連結部の外径側への変位量が増加し、外輪との接触を招き好ましくない。
これに対して、この実施形態の保持器5における前記凹み部16は、ポケット11の底に位置しないので、保持器5の強度低下を小さくすることができ、実用に耐えうる。
【0067】
前記各実施形態において、ポケット11の内面の凹み部16の好ましい位置は、図24に符号Pで示す位置である。つまり、凹み部16の軸受軸方向位置が、保持器5を玉軸受1に組み込んだ際の内輪軌道面2aの肩部と概ね一致する場所である。なぜなら、保持器5の内径面に堆積するグリースが多量となるのは、玉4と内輪軌道面2aの接触により、軌道面肩部と一致する軸方向位置の近傍となるからである。
【0068】
図25はさらに他の実施形態を示す。この玉軸受用保持器5は、図17〜図19の実施形態において、ポケット11の内面に設ける2つの凹み部16を、1つの凹み部16に置き換えたものである。この凹み部16の場合も、保持器内径側の開口縁から保持器外径側に延びるものとし、この凹み部16の内面の保持器円周方向に沿う断面形状(すなわち保持器中心軸に垂直な平面で断面した断面形状)を、ポケット11の内面となる凹球面の曲率半径Raよりも小さな曲率半径RCbの円弧状としている。
この凹み部16は、ポケット11の開口縁における保持器円周方向の中心OW11から両側に広がって1箇所に設けられ、凹み部16の幅W16は、ポケット11の保持器円周方向の幅W11の略全体にわたる幅としている。凹み部13の幅W16は、ポケット11の幅W11の半分よりも大きいことが好ましく、2/3以上、あるいは3/4以上であることがより好ましい。
凹み部16の内面形状は、同図(B)に示すように、保持器5の半径方向の直線LCを中心とする仮想円筒VCの表面に略沿う円筒面状の形状である。上記仮想円筒VCは、凹み部16を加工する砥石の表面であってもよい。この凹み部16は、保持器半径方向につき、保持器内径側の開口縁から玉配列ピッチ円PCDまで延びていて、保持器内径縁から玉配列ピッチ円PCDに至るに従って、徐々に小さく、つまり徐々に浅くかつ幅が狭くなる形状とされている。凹み部16は、この実施形態では、丁度、玉配列ピッチ円PCDまで延びているが、玉配列ピッチ円PCDよりも保持器外径側まで若干延びていても、また玉配列ピッチ円PCDに若干達しないものであってもよい。
【0069】
凹み部16の深さは、ポケット内面の凹球面の中心O11から凹み部16の最深位置までの距離RCcが、玉4の半径の1.05倍以上となる深さ(丁度1.05倍であって良い)であることが好ましい。ポケット11の内面となる凹球面の曲率半径Raは、玉4の半径よりも僅かに大きくし、玉4の半径の1.05未満としている。
【0070】
このように、図16〜図25に示す各実施形態では、図1〜図15に示す実施形態における爪形状によるグリース漏洩対策と、ポケット11の内面に形成した凹み部16によるい保持器背面側のグリース漏洩対策とが組み合わされているので、単列玉軸受において、グリース漏洩が生じない軸受とすることができる。また、保持器5の形状によりグリース漏洩を防止できるため、シール設計において、耐グリース漏洩性に配慮する必要がなくなり、低トルクあるいは低コストのシールを採用できる。その結果、軸受全体のトルクや摩擦による発熱を抑えることができる。また、グリースが漏れないことにより、運転による内部グリース量の低下がなく、相対的に軸受寿命を長寿命化できる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】この発明の一実施形態にかかる玉軸受用保持器を組み込んだ玉軸受の部分拡大断面図である。
【図2】同玉軸受用保持器の斜視図である。
【図3】同玉軸受用保持器の部分拡大斜視図である。
【図4】同玉軸受用保持器の製造方法の説明図である。
【図5】同玉軸受用保持器の他の製造方法の説明図である。
【図6】同玉軸受用保持器の爪先端のポケット中心からの角度の説明図である。
【図7】同玉軸受用保持器の爪の幅の説明図である。
【図8】同玉軸受用保持器によるグリース挙動の説明図である。
【図9】同玉軸受用保持器の保持器外径側の爪部先端のポケット中心からの角度とグリース漏洩率との関係の試験結果を示すグラフである。
【図10】同玉軸受用保持器の保持器外径側の爪部の幅とグリース漏洩率との関係の試験結果を示すグラフである。
【図11】同玉軸受用保持器を組み込んだ玉軸受のグリース漏れ試験の結果の説明図である。
【図12】一般的な冠形状の保持器を組み込んだ玉軸受のグリース漏れ試験の結果の説明図である。
【図13】玉軸受用保持器の爪の他の形状例を示す側面図である。
【図14】玉軸受用保持器の爪のさらに他の形状例を示す側面図である。
【図15】図14の玉軸受用保持器の製造方法の説明図である。
【図16】この発明の他の実施形態の玉軸受用保持器の斜視図である。
【図17】(A)は同保持器の一例の部分拡大斜視図、(B)は同斜視図に仮想円筒を加えた状態を示す斜視図である。
【図18】(A)は同保持器の他の一例の部分拡大斜視図、(B)は同斜視図に仮想多角柱を加えた状態を示す斜視図である。
【図19】(A)は同保持器のさらに他の一例の部分拡大斜視図、(B)は同斜視図に仮想リングを加えた状態を示す斜視図である。
【図20】同保持器のポケットと仮想リングの関係を断面で示す説明図である。
【図21】この発明のさらに他の実施形態にかかる玉軸受用保持器の斜視図である。
【図22】この発明のさらに他の実施形態にかかる玉軸受用保持器の部分拡大斜視図である。
【図23】この発明のさらに他の実施形態にかかる玉軸受用保持器の部分拡大斜視図である。
【図24】玉軸受用保持器のポケットと内輪軌道面の間での軸方向位置の関係の説明図である。
【図25】(A)はこの発明のさらに他の実施形態にかかる玉軸受用保持器の部分拡大斜視図、(B)は同斜視図に仮想円筒を加えた状態を示す斜視図である。
【図26】従来例の部分拡大斜視図である。
【図27】従来例によるグリース挙動の説明図である。
【図28】従来例によるグリース挙動の他の説明図である。
【符号の説明】
【0072】
5…玉軸受用保持器
5A…保持器本体
5B…保持器半製品
11…ポケット
12…環状体
13…連結部
14…爪
14a…保持器内径側の爪部
14b…保持器外径側の爪部
14ba…爪部品
14A…爪部品
16…凹み部
26…凹み部
O…保持器中心軸
PCD…玉配列ピッチ円
Ra:凹球面の曲率半径
Rb:凹み部内面の曲率半径
Rc:距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状体の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケットを、前記環状体の円周方向複数箇所に有し、前記各ポケットの開放側に、円周方向に対面する一対の爪が軸方向に突出して設けられた冠形状の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間の間隔よりも、保持器外径側の先端間の間隔を狭くしたことを特徴とする玉軸受用保持器。
【請求項2】
環状体の一側面に一部が開放されて内部に玉を保持するポケットを、前記環状体の円周方向複数箇所に有し、前記各ポケットの開放側に、円周方向に対面する一対の爪が軸方向に突出して設けられた冠形状の玉軸受用保持器において、前記各ポケットの一対の爪の保持器内径側の先端間を開放し、保持器外径側の先端間を連結したことを特徴とする玉軸受用保持器。
【請求項3】
請求項1において、前記各ポケットの一対の爪の先端間の間隔を、保持器内径側から保持器外径側に向けて段階的に狭くした玉軸受用保持器。
【請求項4】
請求項1において、前記各ポケットの一対の爪の先端間の間隔を、保持器内径側から保持器外径側に向けて無段階に狭くした玉軸受用保持器。
【請求項5】
請求項2または請求項3において、ポケットにおける保持器円周方向の中心を通る保持器半径方向の直線に投影した前記爪の全幅をIt としたとき、前記直線に投影した前記爪における保持外径側の爪部の幅Ie が2/3It 以下となるように、保持器外径側の前記爪部の幅を設定した玉軸受用保持器。
【請求項6】
請求項1または請求項3ないし請求項5のいずれか1項において、前記爪の保持器円周方向に沿う断面でのポケット中心相当位置から保持器内径側の爪先端および保持器外径側の爪先端の保持器円周方向に対する角度を、保持器外径側の爪先端の角度が保持器内径側の爪先端の角度の1.5倍以上となるように設定した玉軸受用保持器。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項において、前記各ポケットの内面に、保持器内径側のポケット開口縁から保持器外径側へ延びる凹み部を設けた玉軸受用保持器。
【請求項8】
請求項7において、前記各ポケットの背面における保持器内径縁から保持器外径側へ延びる凹み部を設けた玉軸受用保持器。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の玉軸受用保持器を製造する製造方法であって、前記爪における保持器外径側の爪部の、少なくとも保持器内径側の爪部よりも突出する爪先端部分を有する爪部品を保持器本体と別体に形成し、玉軸受の内外輪および玉に前記保持器本体を組み込んだ後に、前記爪部品を前記保持器本体に接着、溶着、または嵌合することを特徴とする玉軸受用保持器の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の玉軸受用保持器を製造する製造方法であって、前記爪における保持器外径側の爪部の保持器内径側の爪部よりも突出する爪先端部分を、完成時よりもポケット中心から離反する開放姿勢とした保持器半製品を製作し、玉軸受の内外輪および玉に前記保持器半製品を組み込んだ後に、前記爪先端部分を玉の表面に沿う閉鎖姿勢に熱変形もしくは二次加工することを特徴とする玉軸受用保持器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【公開番号】特開2009−228793(P2009−228793A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−74964(P2008−74964)
【出願日】平成20年3月24日(2008.3.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】