説明

球面収差補正装置および球面収差補正方法

【課題】設計が容易で、且つ、六回非点収差も補正可能な荷電粒子線装置の球面収差補正装置及び球面収差補正方法を提供する。
【解決手段】相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子とを配置する。第1の一対の多極子と第2の一対の多極子は、それぞれ、光軸を中心軸として相互に30°回転した六回非点収差を発生する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、球面収差補正装置及び球面収差補正方法に関するものであり、特に、三回対称場を利用することで六回非点収差も補正可能な球面収差補正装置及び球面収差補正方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透過電子顕微鏡(TEM)や走査透過電子顕微鏡(STEM)等の荷電粒子線装置において、収差補正は高い空間分解能を得るための必須の技術である。特に、軸対称レンズである対物レンズが生じる正の球面収差は空間分解能の向上を制限する主要な要因である。
【0003】
現在、この正の球面収差は、六極子等によって生じる負の球面収差を用いて補正できることが広く知られている(非特許文献1、2参照)。非特許文献2は、この六極子を用いた球面収差補正装置を提案するものであり、同文献の装置は2つの六極子を備えている。
【0004】
非特許文献2の球面収差補正装置100は透過電子顕微鏡に搭載され、対物レンズ101の前段(照射系)或いは後段(投影系)に設置される。なお、図5は球面収差補正装置100を対物レンズ101の前段(照射系)に設置した例を示している。この装置100は、光軸120上に設置された六極子102及び六極子103と、六極子102と六極子103との間及び六極子103と対物レンズ101との間に設置された一対の転送レンズ104、105を備える。2段の六極子102、103は、光軸120から見て一致するように配置している。即ち、六極子102、103で生成される各三回対称場は光軸120の周りで回転関係をもたない。また、一対の転送レンズ104、105は2つの軸対称レンズで構成され、六極子102と六極子103との間にある転送レンズ104、105は、六極子102で形成される像と共役な像を他方の六極子103に形成し、六極子103と対物レンズ101との間にある転送レンズ104、105は、六極子103で形成される像と共役な像を対物レンズ101のコマフリー面101aに形成する。コマフリー面101aに入射した電子線121は試料面101bで集束する。
【0005】
2段の六極子102、103は、電子線121に対して互いに直交する方向に負の球面収差を生じさせる。従って、2段の六極子102、103および一対の転送レンズ104、105によって、光軸120に対して等方的な負の球面収差が生じ、2段の六極子102、103は所謂凹レンズとして機能する。この負の球面収差によって、正の球面収差を有する(所謂凸レンズである)対物レンズ101の正の球面収差は抑制される。
【0006】
一般的に、六極子は二次の収差である三回非点収差を発生することが知られている。そこで、非特許文献2の装置100では、六極子103の三回非点収差が六極子102の三回非点収差を相殺している。
【0007】
しかしながら、上述の収差補正技術は三回非点収差を抑制できるものの、四次の収差までの補正が限界であり、更に高次の収差に対しては補正が完全ではない。上述の球面収差補正装置では、各三回対称場で生じた三回非点収差が相殺される代わりに、五次の収差の1つである六回非点収差が現れてしまう。これが収差補正の制限要因となっているため、更なる空間分解能の向上が期待できない。
【0008】
この問題に対して、特許文献1は、六回非点収差が補正可能な球面収差補正装置を開示している。特許文献1の球面収差補正装置では、3つの三回対称場を生成する三段の多極子を光軸の周りに所定の角度で回転させて配置することにより、六回非点収差を抑制している。
【0009】
また、非特許文献3は、六回非点収差が補正可能な球面収差補正装置の理論的解析結果を示している。非特許文献3は、非特許文献2と同様に、二段の六極子及び転送レンズ対が設けられた球面収差補正装置を提案しており、この解析結果によれば、三次の球面収差が一定になるような励磁電流を各六極子に加えた場合、六回非点収差は各六極子の光軸方向に沿った長さが特定の値になったときに最小になるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−054565号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】A. V. Crewe and D. Kopf, Optik, vol. 55 (1980) p.1-10
【非特許文献2】H. Rose, Optik, vol. 85 (1990) p.19-24
【非特許文献3】H. Muller et al., Microsc. Microanal., vol. 12 (2006) p. 442-455
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述の通り、特許文献1及び非特許文献3に示された球面収差補正装置は、何れも三回対称場を用いて六回非点収差を抑制している。しかしながら、非特許文献2ような、2つの三回対称場を用いた従来の球面収差補正装置とは異なる設計思想に基づいているため、励磁電流や六極子の寸法等の設定値を新たに模索する必要があるため、その調整は複雑である。
【0013】
本発明は上記の問題を鑑み、設計が容易で、且つ、六回非点収差も補正可能な荷電粒子線装置の球面収差補正装置及び球面収差補正方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の態様は、荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、第1の一対の多極子の後段に配置され、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子とを備え、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差は、光軸を中心軸として相互に30°回転していることを特徴とする。
【0015】
本発明の第2の態様は、荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、第1の一対の多極子の後段に配置され、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子と、前記第1及び前記第2の一対の多極子の間に設置され、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差が、光軸を中心軸として相互に30°回転した関係をもつように、前記第1の一対の多極子を通過した荷電粒子線を回転させる回転レンズとを備えることを特徴とする。
【0016】
本発明の第3の態様は、荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、第1の一対の多極子の後段に配置され、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子と、前記第1及び前記第2の一対の多極子の間に設置され、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差が、光軸を中心軸として相互に30°回転した関係をもつように、前記第1および前記第2の一対の多極子のうちの少なくとも一方を回転させる回転機構とを備えることを特徴とする。
【0017】
上記第1乃至第3の態様に係る球面収差補正装置は、更に、隣接する前記多極子の間に設置され、その一方の多極子に形成される像と共役な像を他方の多極子に形成する一対の転送レンズを備えることが好ましい。
【0018】
また、上記球面収差補正装置は、各前記多極子のうちの最も対物レンズに近い多極子と前記対物レンズとの間に設置され、前記最も対物レンズに近い多極子に形成される像と共役な像を前記対物レンズのコマフリー面に形成する一対の転送レンズを備えることが好ましい。
【0019】
上記各多極子は、六極子又は十二極子であることが好ましい。
上記第1乃至第3の態様に係る球面収差補正装置において、各前記第1および第2の一対の三回対称場は、一対の静磁場、一対の静電場、若しくは一対の静磁場及び一対の静電場の重畳場のうちの何れか1つであることが好ましい。
【0020】
本発明の第4の態様は、荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を生成する工程と、第1の一対の多極子の後方で、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を生成する工程とを備え、前記一対の三回対称場と前記第2の一対の三回対称場が生じる各六回非点収差は、光軸を中心軸として相互に30°回転していることを特徴とする。
【0021】
本発明の第5の態様は、荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を生成する工程と、第1の一対の多極子の後方で、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を生成する工程と、前記第1及び前記第2の一対の多極子の間に設置され、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差が、光軸を中心軸として相互に30°回転した関係をもつように、前記第1の一対の多極子を通過した荷電粒子線を回転させる工程とを備えることを特徴とする。
【0022】
上記第4又は第5の態様に係る荷電粒子線装置の球面収差補正方法は、更に、隣接する前記三回対称場の間に、その一方の三回対称場に形成される像と共役な像を他方の三回対称場に形成するための場を生成する工程を備えることが好ましい。
【0023】
上記球面収差補正方法は、更に、前記三回対称場のうちの最も対物レンズに近い三回対称場に形成される像と共役な像を前記対物レンズのコマフリー面に形成する場を、前記最も対物レンズに近い三回対称場と前記対物レンズとの間に生成する工程を備えることが好ましい。
【0024】
上記球面収差補正方法において、各前記第1および第2の一対の三回対称場は、一対の静磁場、一対の静電場、若しくは一対の静磁場及び一対の静電場の重畳場のうちの何れか1つであることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
第1及び第2の一対の多極子は、それぞれが負の球面収差を発生すると共に、相互に発生する六回非点収差を相殺する。このとき、各対の多極子において三回非点収差も相殺されるので、三回非点収差および六回非点収差を除去しつつ対物レンズの正の球面収差を補正できるため、荷電粒子線装置の空間分解能が向上する。
【0026】
また、一対の多極子を用いた球面収差補正装置を二段用いた構成であるため、一対の多極子のみを用いた球面収差補正装置の動作や形状及び寸法等を参考にできる。従って、開発コストを削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態に係る球面収差補正装置を示す構成図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る球面収差補正装置における三回非点収差と六回非点収差の回転関係の一例を示す図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る球面収差補正装置における二対の六極子の配置を示す図であり、(a)は一方の一対の六極子と他方の一対の六極子が光軸を中心軸として相互に30°回転した配置、(b)は二対の六極子が光軸からみて一致した配置を示す。
【図4】本発明の一実施形態に係る球面収差補正装置において回転レンズを設置した構成図である。
【図5】従来の球面収差補正装置を示す構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。以下、本実施形態の球面収差補正装置を、走査透過電子顕微鏡(STEM)に搭載した例を挙げて説明するが、走査電子顕微鏡(SEM)、透過電子顕微鏡(TEM)、集束イオンビーム装置(FIB)等の荷電粒子線装置にも搭載可能である。同様に、本発明の球面収差補正方法も、透過電子顕微鏡だけでなく、上記の荷電粒子線装置にも適用可能である。
【0029】
図1は本実施形態の球面収差補正装置10を示す構成図である。本実施形態の球面収差補正装置10は、照射側の収差補正光学系として対物レンズ11の前段に、或いは投影側の収差補正光学系として対物レンズ11の後段に設置される。図1は、球面収差補正装置10を照射側の収差補正光学系として設置した例である。球面収差補正装置10は、光軸20を中心軸とした一対の三回対称場(第1の一対の三回対称場)を生成する一対の多極子A、Bと、一対の多極子A、Bの後段に設置され、光軸20を中心軸とした一対の三回対称場(第2の一対の三回対称場)を生成する一対の多極子C、Dとを備える。即ち、本実施形態では、四段の多極子A、B、C、Dが光軸20に沿って一列に配列し、各多極子が個別に三回対称場を生成する。各多極子A、B、C、Dは、三回対称の静磁場、静電場、静磁場と静電場の重畳場の何れか1つを生成する六極子または十二極子である。
【0030】
図1に示すように、各多極子A、B、C、Dは光軸20に沿った厚みtを有する。なお、厚みtはそれぞれ異なってもよい。各多極子が生成する3回対称場はその多極子によって生成される場のプライマリー項と称される。一般的に多極子は、僅かであるがプライマリー項以外の高次項による場が発生する。通常の厚みを持たない(所謂「薄い」) 多極子においては、プライマリー項以外の高次項による場は多極子の使用目的に対して無視されるか又は単なる寄生要因に過ぎない。しかし、多極子の厚みを増していくと、プライマリー項以外の高次項による効果が現れる。この効果は色収差補正に用いることができる。即ち、本実施形態における、光軸20に沿った厚みtを有する多極子とは、プライマリー項以外の色収差補正に適用可能な高次項による場を生成する多極子である。
【0031】
図1に示すように、本実施形態の球面収差補正装置10は、更に、隣接する多極子の間、即ち多極子A、Bの間、多極子B、Cの間、多極子C、Dの間のそれぞれに設置される一対の転送レンズ14、15を備えることが好ましい。一対の転送レンズ14、15は、隣接する二段の多極子の一方に形成される像と共役な像を他方の多極子に形成する。即ち、一対の転送レンズ14、15の倍率は−1倍である。換言すると、隣接する二段の多極子A、B(C、D)のうちの一方の多極子A(C)は、その主面が転送レンズ14の物側焦点に位置し、他方の多極子B(D)は、その主面が転送レンズ15の像側焦点に位置する。
【0032】
なお、図1に示すように、一対の転送レンズ14、15は、各多極子A、B、C、Dのうちの最も対物レンズに近い多極子(即ち、図1に示す例では多極子D)と対物レンズ11との間にも設置することが好ましい。この一対の転送レンズ14、15は、多極子Dに形成される像と共役な像を対物レンズ11のコマフリー面11aに形成する。なお、コマフリー面11aは、対物レンズ11の前方焦点面に略等しい。コマフリー面11aに入射した電子線21は、試料面11bに集束する。
【0033】
多極子A、Bは、一対の三回対称場を生成する。この一対の三回対称場は光軸20に直交し且つ相互に直交する二方向に負の球面収差を発生する。従って、この負の球面収差は、対物レンズがもつ正の球面収差を減少させる。また、多極子A、Bは、それぞれ相互に逆向きで同じ量(強さ)の三回非点収差を発生する。従って、多極子Aによって発生した三回非点収差は、多極子Bによって発生した三回非点収差によって相殺される。
【0034】
ところが、多極子A、Bが生成する一対の三回対称場によって三回非点収差を相殺することで、従来の球面収差補正装置において問題であった、五次の収差である六回非点収差が新たに発生する。
【0035】
この六回非点収差について具体的に説明する。各多極子A、Bの単位長さ当たりの三回非点収差係数(以下、単に三回非点収差係数と称する)A3は、
【数1】

と表される。ここで、a3は定数、θa3は所定の方向(例えば、光軸20に直交するX軸方向)を基準として三回非点収差収差の特定の方位(例えば最も強く三回非点収差が現れる方向)を示す角度(方位角)である(図2参照)。一方、多極子A、Bによる単位長さ当たりの六回非点収差係数(以下、単に六回非点収差係数と称する)A6_ABは、上記の三回非点収差係数A3を用いると、
【数2】

と表される。ここで、tは各多極子A、Bの光軸20に沿った厚み、Mは対物レンズ11の縮小率(即ち、多極子A又はBの主面における像に対する対物レンズのコマフリー面における像の倍率)、fは対物レンズの焦点距離である。この(2)式に(1)式を代入すると、六回非点収差係数A6_ABについて、
【数3】

という関係が得られる。従って、多極子A、Bを通過した電子線による像には六回非点収差が現れることになる。
【0036】
一方、多極子C、Dの基本的な機能は多極子A、Bと同様であり、一対の三回対称場を生成して、光軸20に直交し且つ相互に直交する二方向に負の球面収差を発生させる。また、多極子C、Dは、それぞれ相互に逆向きで同じ量(強さ)の三回非点収差を発生する。従って、多極子A、Bと同様に、多極子Cの三回非点収差は、多極子Dの三回非点収差によって相殺され、その代わりに六回非点収差が発生する。ただし、多極子C、Dによって発生する各三回非点収差の方位は、多極子A、Bによって発生する各三回非点収差の方位に対し、光軸20を中心軸として30°回転しているだけで、その強度は多極子A、Bに等しい。即ち、多極子A、Bによって生じる六回非点収差と多極子C、Dによって生じる六回非点収差は、光軸20を中心軸として相互に30°回転する関係を有する。次式から理解されるように、この回転関係から、多極子A、Bの六回非点収差は、多極子C、Dの六回非点収差によって相殺される。
【0037】
即ち、多極子C、Dによる一対の三回対称場の単位長さ当たりの六回非点収差係数A6_CDは、(3)式の導出の類推により、次の(4)式で表される関係を有する。
【数4】

ここで、φa3は前述の所定の方向を基準とした方位角である(図2参照)。
【0038】
一対の多極子A、Bおよび一対の多極子C、Dによるトータルの六回非点収差A6_Totalは、
【数5】

と表されるので、これに(3)式及び(4)式を代入すると、次の(6)式が得られる。
【数6】

【0039】
上述の通り、θa3とφa3は30°相互にずれた回転関係を有する。即ち、θa3−φa3=30°なので、(6)式から
【数7】

という関係が得られる。つまり、(7)式から、多極子A、Bによって生じた六回非点収差は、多極子C、Dによって生じた六回非点収差によって相殺されることが判る。
【0040】
上記の三回非点収差と六回非点収差の回転関係の例を図2に示す。各三角形TA、TB、TC、TDは、それぞれ、光軸20に垂直な面内において多極子A、B、C、Dによって生じる三回非点収差の強さを模式的に表したものである。同様に、各六角形HAB、HCDは、それぞれ、光軸20に垂直な面内において一対の多極子A、Bおよび一対の多極子C、Dによって生じる六回非点収差の強さを模式的に表したものである。図2の三角形TAで示すように、多極子Aの三回非点収差が、+Y軸方向を含む120°毎の三方向に三回非点収差の影響が最も強く現れているとすると、多極子Bは多極子Aに対して逆向きで同じ量(強さ)の三回非点収差を発生するので、その非点収差を表す三角形TBは、三角形TAを60°回転させた(或いはX軸に対して折り返した)形になる。これらの合成による三回非点収差は0であり、その代わりに図2の六角形HABで示す六回非点収差が現れる。
【0041】
三角形TC、TDの回転関係も、三角形TA、TBと同様であり、多極子Dは多極子Cに対して逆向きで同じ量(強さ)の三回非点収差を発生するので、三角形TDは、三角形TCを60°回転させた形になる。ただし、多極子AおよびCによる三回非点収差の各方位角θa3、φa3の差は30°に設定されているので、三角形TCは三角形TAに対して30°回転しており、三角形TDは、Y軸に対して折り返した形になるとも言える。これらの合成による三回非点収差は0であり、その代わりに図2の六角形HCDで示す六回非点収差が現れる。各方位角θa3、φa3の差から、六角形HCDは六角形HABに対して30°回転している。
【0042】
図2から理解されるように、一対の多極子A、Bと一対の多極子C、Dによる各六回非点収差は、光軸を中心軸として相互に30°回転している。従って、上記の(7)式にも示した通り、各六回非点収差の和は0になる。このとき、各対の多極子において三回非点収差も相殺される。従って、三回非点収差および六回非点収差を除去しつつ対物レンズの正の球面収差を補正できることから、例えば本実施形態の球面収差補正装置10をSTEMの照射系側に設置した場合には、プローブビームとして許容される電子線の最大入射角を拡大させ、且つ回折収差を低減させることが可能になる。これにより、STEM等の荷電粒子線装置の空間分解能を向上させることができる。
【0043】
また、本実施形態の球面収差補正装置10は、一対の多極子を二段用いた構成である。一対の多極子のみを用いた球面収差補正装置は広く知られており、本実施形態の球面収差補正装置10を設計する際には、その動作や形状及び寸法等を参考にできる。従って、開発コストを削減することができる。
【0044】
なお、上記の各六回非点収差を相殺するためには、これらが等しい強度で且つ相互に光軸を中心軸として相互に30°回転していれば十分である。従って、各対の多極子A、B(C、D)において生じる三回非点収差の回転関係は図2に限定されない。即ち、多極子Aにおいて三角形TBで示されるような三回非点収差が生じ、多極子Bにおいて三角形TAで示されるような三回非点収差が生じても良い。また、多極子C、Dについても同様である。更には、多極子A、Bで生じる各三回非点収差と多極子C、Dで生じる各三回非点収差が相互に入れ替わっても良い。
【0045】
また、上述の通り、本実施形態の各多極子A、B、C、Dは六極子又は十二極子である。各多極子A、B、C、Dとして六極子A′、B′、C′、D′を用いた場合、各六回非点収差間の30°の回転関係を得るため、図3(a)に示すように一対の六極子A′、B′の各極Pと一対の六極子C′、D′の各極Qは、光軸20からみて相互に30°回転するように配置される。
【0046】
或いは、図3(b)に示すように、一対の六極子A′、B′の各極Pと一対の六極子C′、D′の各極Qを光軸20からみて一致するように配置してもよい。この場合、六極子B′と六極子C′との間には、六極子B´を通過した電子線21(六極子B´で形成された像)を、光軸20を中心軸として30°回転させる回転レンズ16が設置される。
【0047】
なお、各多極子A、B、C、Dとして十二極子A″、B″、C″、D″を用いた場合にも、この回転レンズ16を設置することが好ましい。十二極子A″、B″、C″、D″は、これらの各極が光軸20からみて一致するように配置されることが好適であるため、原理的には各極の極性を制御することで上述の30°の回転関係が得られる。しかしながら、組立精度等によって上述の回転関係の誤差が生じる場合がある。回転レンズ16が設置されていれば、その誤差を補償することができる。
【0048】
また、本実施形態の球面収差補正装置10は、一対の多極子A、Bと一対の多極子C、Dの少なくとも一方を回転させる回転機構(図示せず)を有してもよい。この回転機構は、例えば、多極子C、Dを固定する支持部材(図示せず)を光軸20の周りで回転させることで、上述の30°の回転関係を得る。この場合、一対の多極子A、Bと一対の多極子C、Dを設置する際に求められる各極の相互の厳密な位置関係が緩和されるので、加工コストを抑えることができる。
【符号の説明】
【0049】
10・・・球面収差補正装置 A、B、C、D・・・多極子 A′、B′、C′、D′・・・多極子(六極子) A″、B″、C″、D″・・・多極子(十二極子) 11・・・対物レンズ 14、15・・・転送レンズ 20・・・光軸 21・・・荷電粒子線(電子線)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、
相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、
第1の一対の多極子の後段に配置され、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子と
を備え、
前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差は、光軸を中心軸として相互に30°回転していることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項2】
荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、
相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、
第1の一対の多極子の後段に配置され、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子と、
前記第1及び前記第2の一対の多極子の間に設置され、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差が、光軸を中心軸として相互に30°回転した関係をもつように、前記第1の一対の多極子を通過した荷電粒子線を回転させる回転レンズとを備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項3】
荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、
相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を発生する第1の一対の多極子と、
第1の一対の多極子の後段に配置され、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を発生する第2の一対の多極子と、
前記第1及び前記第2の一対の多極子の間に設置され、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差が、光軸を中心軸として相互に30°回転した関係をもつように、前記第1および前記第2の一対の多極子のうちの少なくとも一方を回転させる回転機構とを備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、更に、隣接する前記多極子の間に設置され、その一方の多極子に形成される像と共役な像を他方の多極子に形成する一対の転送レンズを備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項5】
請求項4に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、更に、各前記多極子のうちの最も対物レンズに近い多極子と前記対物レンズとの間に設置され、前記最も対物レンズに近い多極子に形成される像と共役な像を前記対物レンズのコマフリー面に形成する一対の転送レンズを備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか一項に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、
各前記多極子は六極子であることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項7】
請求項1乃至5の何れか一項に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、
前記各多極子は十二極子であることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか一項に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正装置であって、
各前記第1および第2の一対の三回対称場は、一対の静磁場、一対の静電場、若しくは一対の静磁場及び一対の静電場の重畳場のうちの何れか1つであることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正装置。
【請求項9】
荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、
相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を生成する工程と、
第1の一対の多極子の後方で、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を生成する工程と
を備え、
前記一対の三回対称場と前記第2の一対の三回対称場が生じる各六回非点収差は、光軸を中心軸として相互に30°回転していることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正方法。
【請求項10】
荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、
相互に生じる三回非点収差が相殺される第1の一対の三回対称場を生成する工程と、
第1の一対の多極子の後方で、相互に生じる三回非点収差が相殺される第2の一対の三回対称場を生成する工程と、
前記第1及び前記第2の一対の多極子の間に設置され、前記第1の一対の多極子と前記第2の一対の多極子の各六回非点収差が、光軸を中心軸として相互に30°回転した関係をもつように、前記第1の一対の多極子を通過した荷電粒子線を回転させる工程と
を備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正方法。
【請求項11】
請求項9または10に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、更に、隣接する前記三回対称場の間に、その一方の三回対称場に形成される像と共役な像を他方の三回対称場に形成するための場を生成する工程を備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正方法。
【請求項12】
請求項11に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、更に、前記三回対称場のうちの最も対物レンズに近い三回対称場に形成される像と共役な像を前記対物レンズのコマフリー面に形成する場を、前記最も対物レンズに近い三回対称場と前記対物レンズとの間に生成する工程を備えることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正方法。
【請求項13】
請求項9乃至12の何れか一項に記載の荷電粒子線装置の球面収差補正方法であって、
各前記第1および第2の一対の三回対称場は、一対の静磁場、一対の静電場、若しくは一対の静磁場及び一対の静電場の重畳場のうちの何れか1つであることを特徴とする荷電粒子線装置の球面収差補正方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−243409(P2011−243409A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−114373(P2010−114373)
【出願日】平成22年5月18日(2010.5.18)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】