説明

生体物質通信方法及び生体状態生成方法

【課題】荷物分子の構造が不明でも復号が効率的に行なえる生体物質通信方法を提供する。
【解決手段】生体細胞物質140、142の間には、生物分子モータ12の移動経路144がある。この方法は、生体細胞物質140に刺激150を与えるステップと、刺激150に起因して生体細胞物質140内のシグナル伝達ネットワーク154により生成するシグナル伝達たんぱく質158を、生体細胞物質140内の生物分子モータ12と結合させるステップと、生物分子モータ12が移動経路144を移動して生体細胞物質142に到達することでたんぱく質158に起因して生体細胞物質142内のシグナル伝達ネットワーク180によって生成するシグナル伝達たんぱく質182を検出するステップと、検出されたたんぱく質182に基づき、コードブックによって生体細胞物質140に与えられた刺激150を復号するステップとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は生体物質を用いたコミュニケーション方法に関し、特に、モータたんぱく質を用いたコミュニケーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナノバイオテクノロジーの発達に伴い、いわゆるユビキタス社会においてナノバイオテクノロジーを活用しようとする研究が盛んになっている。ナノバイオテクノロジーには、従来の通信技術はそのままでは適用できず、細胞内に存在する物質を利用することが必要になる。
【0003】
特許文献1には、モータたんぱく質であるキネシンを固定化した基板流路上に、モータたんぱく質と相互作用する微小管又はアクチンフィラメント等のキャリア分子をその流路上に沿って滑走運動させることができることを利用し、荷物分子をキャリア分子に積載して搬送した上で、所望の個所で荷物分子をキャリア分子から自律的に分離する技術が開示されている。
【0004】
特許文献1はさらに、伝送したい情報を予め荷物分子に符号化し、荷物分子を積みおろす受信側で、符号化された情報を復号することにより、分子通信システムを実現することが示唆されている。
【特許文献1】特開2007−111004号公報(段落7、8、及び49)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に開示された技術では、荷物分子とキャリア分子との双方に一本鎖ヌクレオチドを結合しておき、これら一本鎖ヌクレオチド間で生じる二本鎖ヌクレオチド生成反応によって荷物分子をキャリア分子に積載する。この反応を起こすためには荷物分子がキャリア分子の近傍になければならず、効率よく荷物分子を受信側に搬送することができないという問題がある。また、受信側でも、荷物分子がキャリア分子からおろされた後、この荷物分子を抽出する必要がある。さらに、仮に荷物分子を抽出した後にも、荷物分子に符号化された情報を復号するためには荷物分子の構造を調べる必要があり、復号が効率的に行なえないという問題がある。
【0006】
また、単に情報を伝達するだけではなく、荷物分子を用いて、生体物質の状態そのものを所望の状態に設定できれば好ましい。しかし従来は、そのような方法は提案されていない。
【0007】
それゆえに本発明の目的は、荷物分子の構造が不明でも、復号が効率的に行なえる、生体物質通信方法を提供することである。
【0008】
本発明の別の目的は、荷物分子を用いて、生体物質の状態を所望の状態に設定できるような生体状態生成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の局面に係る方法は、第1の生体細胞物質から第2の生体細胞物質に情報を伝達する生体物質通信方法である。第1の生体細胞物質と第2の生体細胞物質の間には、第1の生体細胞物質内に存在する生物分子モータの移動経路が形成されている。この方法は、第1の生体細胞物質に、予め定められた一群の化学物質のうちの任意のものを与える刺激付与ステップと、刺激付与ステップにおいて第1の生体細胞物質に与えられた化学物質に起因して第1の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークにより生成する標的因子である第1のシグナル伝達たんぱく質を、第1の生体細胞物質内の生物分子モータと結合させる結合ステップと、結合ステップにおいて第1のシグナル伝達たんぱく質と結合した生物分子モータが移動経路を移動して第2の生体細胞物質に到達することにより、第1のシグナル伝達たんぱく質に起因して第2の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークによって生成する第2のシグナル伝達たんぱく質を検出する検出ステップと、検出するステップにおいて検出された第2のシグナル伝達たんぱく質に基づき、予め準備したコードブックによって第1の生体細胞物質に与えられた刺激を復号する復号ステップとを含む。
【0010】
第1の生体細胞物質に刺激を与えると、その刺激に起因したシグナル伝達ネットワークにより、標的因子である第1のシグナル伝達たんぱく質が生成する。このたんぱく質を生物分子モータと結合させ、第2の生体細胞物質に搬送させる。第2の生体細胞物質にこのたんぱく質が到達すると、そのたんぱく質に起因して第2の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークによって第2のシグナル伝達たんぱく質が生成する。このシグナル伝達たんぱく質を検出し、それが何かを判定し、コードブックと比較することにより、第1の生体細胞物質に与えられた刺激が判明する。すなわち、第2の生体細胞物質側では、第1の生体細胞物質に与えられた刺激が何かを知ることができる。第1の生体細胞物質に与えられた刺激は、送信すべき情報を符号化したものと考えることができ、結局、第2の生体細胞物質側で、第1の生体細胞物質から送信された情報を復号することができる。
【0011】
好ましくは、この方法は、送信対象の情報列にしたがい、刺激付与ステップで第1の生体細胞物質に与える刺激を変化させながら、刺激付与ステップ、結合ステップ、検出ステップ、及び復号ステップを繰返し行なうことにより、送信対象の情報列を第2の生体細胞物質に送信するステップをさらに含む。
【0012】
送信対象の情報列にしたがって第1の生体細胞物質に与える刺激を変化させながら、上記したステップを繰返し行なうことにより、送信対象の情報列がシグナル伝達たんぱく質のシーケンスの形で第2の生体細胞物質側で検出できる。このシーケンスは送信対象の情報列を符号化したものと見ることができ、これをコードブックと比較することにより、送信された情報列を復号することができる。
【0013】
本発明の第2の局面に係る方法は、第1の生体細胞物質に刺激を与えることにより、第2の生体細胞物質内に所望の状態を生成するための生体状態生成方法である。第1の生体細胞物質と第2の生体細胞物質の間には、第1の生体細胞物質内に存在する生物分子モータの移動経路が形成されている。第2の生体細胞物質のシグナル伝達ネットワークを使用して第2の生体細胞物質に所望の状態を生成するために、第2の生体細胞物質にどのようなシグナル伝達たんぱく質をどのようなシーケンスで与えればよいかが予め知られているものとする。この方法は、上記したシーケンスに応じ、第1の生体細胞物質内にシグナル伝達たんぱく質を標的因子として生成させるために与えるべき化学物質のシーケンスを特定するステップと、特定された化学物質のシーケンスにしたがい、第1の生体細胞物質に化学物質を刺激として与える刺激付与ステップと、刺激付与ステップにおいて第1の生体細胞物質に与えられた化学物質のシーケンスにより第1の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークにより順次生成する標的因子であるシグナル伝達たんぱく質を、第1の生体細胞物質内の生物分子モータと結合させる結合ステップと、結合ステップにおいて標的因子であるシグナル伝達たんぱく質と結合した生物分子モータにより、移動経路を経由して標的因子であるシグナル伝達たんぱく質を第2の生体細胞物質に順次移動させるステップとを含む。
【0014】
第2の生体細胞物質に所望の状態を生成するために、第2の生体細胞物質にどのようなシグナル伝達たんぱく質をどのようなシーケンスで与えればよいかは予め知られている。そして、第1の生体細胞物質において、シグナル伝達ネットワークの標的因子としてシグナル伝達たんぱく質を生成させるためにどのような刺激を与えればよいかが分かれば、その刺激を特定のシーケンスで第1の生体細胞物質に与えることで、第1の生体細胞物質内に第2の生体細胞物質に与えるべきシグナル伝達たんぱく質を、所望の状態を生成するようなシーケンスで生成できる。それらシグナル伝達たんぱく質を生物分子モータによって順次第2の生体細胞物質内に搬送させれば、第2の生体細胞物質には、所望の状態を生成するために必要なシーケンスにしたがってシグナル伝達たんぱく質が与えられるため、第2の生体細胞物質内に、所望の状態を生成させることができる。
【0015】
例えば第2の生体細胞物質内の特定の最近等を死滅させたり、特定の物質を破壊したりするように、第2の生体細胞物質の状態を変化させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について説明する。以下の説明では、同一の部品又は同一種類の分子等には基本的に同じ参照番号を付してある。それらの名称、構成、及び機能も同一である。したがってそれらについての詳細な説明は繰返さない。
【0017】
ナノバイオテクノロジーの発達に伴い、生物分子モータと呼ばれる、たんぱく質からなる物質が注目されている。生物分子モータは、生体内での化学物質の搬送の役割を担うたんぱく質であり、ダイニン、ミオシン、キネシン等が知られている。これら生物分子モータは、ATP(アデノシン3リン酸)等をエネルギ源として動作し、エネルギ効率が極めて高いことが知られている。
【0018】
図1は、生物分子モータの一例として、ミオシン分子12の動作を説明する図である。図1を参照して、ミオシン分子12は、分子量約50万程度のたんぱく質で、微小管10に結合する頭部と、荷物分子14が結合する尾部と、頭部と尾部とをつなぐ細長い胸部とからなっており、その全長は約160nmである。ミオシン分子12はATPを加水分解する触媒でもあり、ATPの分解時のエネルギを動作エネルギ源としている。なお、ミオシン分子12だけではATPの分解速度が遅く、分解エネルギが無駄になってしまうが、アクチンと呼ばれるたんぱく質が微小管10に存在することによってATPの分解速度が非常に速くなり、ミオシン分子12が効率よくATP分解時のエネルギを利用することが可能になる。アクチンはまたミオシン分子12の移動時のレールの役目も果たす。
【0019】
本実施の形態では、このミオシン分子12による荷物分子の搬送を使用して情報を伝達するという点では特許文献1に記載の技術と共通の原理を使用するが、送信側での荷物分子14の作成及び受信側での荷物分子14の検出に、以下に説明するシグナル伝達の原理を使用する点、及び種々の荷物分子の搬送を時系列で行なうことにより、全体として一連の情報を搬送する点で特許文献1に記載の技術と異なっている。
【0020】
本実施の形態では、情報は、情報を担うのに適した性質を持つタンパク質分子を荷物分子として使用することにより符号化される。そして、情報の送信側でこのたんぱく質分子を生成するときと、受信側でこのたんぱく質分子を検出するときとで、シグナル伝達と呼ばれる生体細胞物質内での連鎖的な反応を利用する。
【0021】
生体細胞物質内で生ずる様々な現象は、必ず何らかの物質分子の働きをきっかけとして生ずる。例えば特定の遺伝子の発現により細胞の機能が分化したり、細胞の受容体への刺激に反応して、特定の物質が体内で産生されたりする。つまり、何らかの原因からある結果が生じる。この因果関係の間には、原因と結果とをつなぐ情報の伝達機構が存在する。生体内では、そうした情報の伝達は、化学物質によって行なわれる。生体内での化学物質によるそのような情報の伝達をシグナル伝達と呼ぶ。すなわち、シグナル伝達とは、様々な生命現象を生じさせる分子間の相互関係のネットワークシステムのことをいう。
【0022】
シグナル伝達に用いられる物質には様々なものがあるが、最もよく知られているものにGTP(グアノシン5‘−3リン酸)アーゼと呼ばれるたんぱく質がある。GTPアーゼには、GDP(グアノシン5’−2リン酸)と結合した不活性な状態と、GTPと結合した活性化状態とがある。GTPアーゼは、普段は不活性状態にある。特有の刺激を受けると、GTPアーゼのGDPがGTPと置換わる。するとGTPアーゼの物理的構造又は分子構造が変化する。この変化の結果、GTPアーゼの一部の位置が変化したり、一部が解離したりして他の分子(標的因子と呼ぶ。)に働きかける。
【0023】
標的因子は、この働きかけに応じて同様の反応を示し、さらに後段のシグナル伝達因子に働きかける。こうしたシグナル伝達が複数段階にわたって行なわれ、その結果、最終目的の物質が活性化し、所定の機能を発現する。
【0024】
シグナル伝達には、前述したGTPアーゼが用いられるだけではなく、例えばキナーゼ、フォスファターゼ等、たんぱく質のリン酸化・脱リン酸化を制御する分子も重要である。同様に、分子の酸化・還元等も重要な役割を果たすと考えられる。シグナル伝達には、このように多様なたんぱく質を用いた様々な経路が用いられている。これらたんぱく質をシグナル伝達たんぱく質(以下「SPK」と呼ぶ。)と呼ぶ。
【0025】
そうした経路のうち、例えばあるGTPアーゼの結合状態の変化と、あるキナーゼ・フォスファターゼとの間に何らかの関係があることを実験で確認することはできる。その関係を定量化することも可能である。
【0026】
以上の説明から明らかなように、GTPアーゼには不活性な状態と活性状態との2つの状態がある。例えばこれらがデジタル情報の0及び1をそれぞれ表すものとすれば、1つのGTPアーゼを送信側で生成し、生物分子モータで受信側に搬送し、受信側で検出すれば、0又は1の情報を伝送することができる。GTPアーゼには複数種類が存在するので、GTPアーゼの種類を変えることにより、より多くの情報を一度の搬送で送信することができる。
【0027】
情報の送信側では、培養基内に生体細胞物質を準備し、最終的な標的因子として活性状態又は不活性状態の、特定のGTPアーゼを生成するような外的刺激を与える。その結果、シグナル伝達により培養基内のシグナル伝達ネットワークにより、標的因子のGTPアーゼが生成される。生成したGTPアーゼをミオシン分子12で受信側の生体細胞物質の培養基に搬送する。受信側でミオシン分子12からおろされたGTPアーゼが新たな刺激となり、受信側内でシグナル伝達ネットワークにより種々の反応が引起こされる。これら反応で生成される物質のうち、外部から容易に検出可能なものを検出することによって、受信側ではその物質の原因物質、すなわち送信されてきたGTPアーゼが何であるかを知ることができ、送信されてきた情報を復号することができる。これを繰返すことによって、所望ビットの情報をGTPアーゼの形で生物分子モータで送信することができる。
【0028】
シグナル伝達は、上記したGTPアーゼの結合状態の変化をもたらす反応(この反応を以下「GTPアーゼ反応」と呼ぶ。)、SPKのリン酸化・脱リン酸化をもたらす反応(以下この反応を「SPK反応」と呼ぶ。)、及びこれらたんぱく質の酸化・還元をもたらす反応(以下この反応を「酸化・還元反応」と呼ぶ。)により実現される。
【0029】
図2に、上記したGTPアーゼ反応、SPK反応、及び酸化・還元反応の概略を図示する。図2(A)を参照して、GTPアーゼ反応20では、GTPアーゼが、GDP32と結合した不活性状態のGTPアーゼ30と、GTP42と結合した活性状態のGTPアーゼ40との間で状態を変える。不活性状態のGTPアーゼ30にGEF(グアニンヌクレオチド交換因子)36を与えることで、不活性状態のGTPアーゼ30と結合していたGDP32がGTP34と置き換わり、GTP42と結合した活性状態のGTPアーゼ40が得られる。この際、GDP38が解離する。
【0030】
GTPアーゼが活性化したままでは不都合なので、GTPアーゼを不活性化する反応も存在する。GTPアーゼ自体が自身を不活性化する性質を持っている。しかし、基本的には図2(A)に示すように、活性化したGTPアーゼ40にGAP(GTPアーゼ活性化たんぱく質)46を与えることにより、GTPアーゼ40と結合していたGTP42がGDP44と置換される。GTP42はGTPアーゼ40と解離してGTP48となる。
【0031】
このようにして、外部からの刺激に対して不活性状態のGTPアーゼ30が活性化することでシグナル伝達経路の下流の標的因子を活性化し、刺激の消失に応じて活性状態のGTPアーゼ40が不活性化することで元の状態に戻る。このように、GTPアーゼに関する反応は、活性化・不活性化という一組の反応からなる。この性質は、シグナル伝達機構を実現する上で重要である。以下に述べるSPKに関する反応、たんぱく質の酸化・還元反応等、別種の反応においても、順方向と逆方向との一組の反応によりシグナル伝達の経路の一部が構成される。
【0032】
シグナル伝達を担う他の重要な要因であるSPK60に関するSPK反応22の機構を図2(B)に示す。図2(B)を参照して、SPK60は、特定のキナーゼ64の存在下でATP(アデノシン5’−3リン酸)62から供給されるリン(P)と反応し、リン原子70と結合したSPK68となる。この際、リンを供給したATP62はリンを失ってADP(アデノシン5’−2リン酸)66となる。
【0033】
この逆の反応は以下の通りである。すなわち、リン原子70と結合したSPK68は、フォスファターゼ74及びADP72の存在下でリン原子70との結合を解き、SPK60に戻る。ADP72はSPK68から供給されるリン原子と結合し、ATP76となる。
【0034】
図2(C)に、一般的な酸化・還元反応24の機構を示す。図2(C)を参照して、たんぱく質90は、酸化作用94により、いずれかの供給元分子から得られる酸素原子92と反応し、酸素原子98と結合したたんぱく質96となる。酸素原子98と結合したたんぱく質96に対する還元作用100により、酸素原子98と結合したたんぱく質96から酸素原子102が解離し、元のたんぱく質90が得られる。
【0035】
以上の3種類の反応は、シグナル伝達でも最も重要と思われるものである。
【0036】
図3は、シグナル伝達の概念を説明するための図である。図3を参照して、シグナル伝達ネットワークは、生体細胞物質に刺激110(特定の化学物質等)が与えられることにより活性化する。この刺激により、不活性だったシグナル伝達たんぱく質112が複数個活性化して活性化シグナル伝達たんぱく質114が生成する。活性化シグナル伝達たんぱく質114により、さらに複数の不活性シグナル伝達たんぱく質116が活性化し、活性化シグナル伝達たんぱく質118が生成する。同様にこの活性化シグナル伝達たんぱく質118によって不活性シグナル伝達たんぱく質120が活性化し活性化シグナル伝達たんぱく質122が生成する。以下同様に、シグナル伝達ネットワークを介して多数の反応が同時並行的に進行し、標的因子が活性化される。
【0037】
図4に、本実施の形態に係る情報送信方法を示す。図4を参照して、予め送信側培養基140と受信側培養基142とを準備しておく。送信側培養基140と受信側培養基142とには、生体細胞物質を満たしておく。そして、両者の間にミオシン分子12の移動する経路としてアクチンと微小管とからなる経路144を形成する。経路144は、例えばガラス基板上にパターンを形成し、アクチン及び微小管を固定することで形成できる。送信側培養基140と受信側培養基142との中にはミオシン分子12が含まれている。
【0038】
シグナル伝達の結果、所望の種類の活性又は不活性荷物分子158を生成するために必要な刺激150を決定しておき、情報の送信時にこの刺激150を送信側培養基140に与える。すると、刺激150によって直接活性化されるSPK152が活性化し、その活性化により生ずるシグナルが送信側培養基140内のシグナル伝達ネットワーク154を介して伝達され、最終的に所望の荷物分子158が生成され、これがミオシン分子12の尾部に結合する。
【0039】
荷物分子158が結合したミオシン分子12は、矢印162により示されるように、経路144上を移動し、受信側培養基142に到達し、そこで、荷物分子158をおろす。受信側培養基142内では、この荷物分子158が新たな刺激となり、シグナル伝達ネットワーク180を介してこのシグナルが伝達され、最終的に検出対象のシグナル伝達たんぱく質分子182が生成する。生成するシグナル伝達たんぱく質は検出が容易なものとなっているため、これを外部検出信号184として検出することにより、送信側培養基140から刺激150に相当する信号が受信側培養基142に送信されたことが分かる。
【0040】
図5は、図4に示す情報伝達を繰返し行なうことにより、一連の情報が送信側培養基140から受信側培養基142に送信されることを説明するための図である。図5(A)を参照して、送信側培養基140に刺激200を与えることにより、図4に示したものと同様の伝達経路で荷物分子202が生成され、ミオシン分子12により経路144を経由して受信側培養基142に搬送される。受信側培養基142では、この荷物分子202を新たな刺激とするシグナル伝達ネットワークにより、検出対象のシグナル伝達たんぱく質が生成され、外部検出信号204として検出される。
【0041】
以下、図5(B)では、刺激210により生成する荷物分子212がミオシン分子12により受信側培養基142に搬送され、受信側培養基142において外部検出信号214として検出される。図5(C)では、刺激220により生成する荷物分子222がミオシン分子12により受信側培養基142に搬送され、受信側培養基142において外部検出信号224として検出される。図5(D)では、刺激230により生成する荷物分子232がミオシン分子12により受信側培養基142に搬送され、外部検出信号234として検出される。
【0042】
今、刺激200,210,220及び230によりそれぞれ情報A1,A2,A3及びA4が表されるものとすると、送信側培養基140から受信側培養基142に送信される情報250は「A1A2A3A4」となる。一方、受信側培養基142側で検出される信号により表される情報252は「B1B2B3B4」となる。予め、送信側の刺激と受信側の検出信号との間の対応関係をコードブックとして準備しておくことにより、受信側で検出された情報「B1B2B3B4」が情報「A1A2A3A4」を表すものであることが分かる。
【0043】
すなわち、送信側培養基140に対し、送信しようとする情報に対応した刺激を順次与えることにより、所望の情報を受信側培養基142に送信することができる。
【0044】
なお、本実施の形態に係る方法によれば、単に情報を送信側培養基140から受信側培養基142に送信することができるだけではない。受信側培養基142内に生成されるのは、あくまで所望のシグナル伝達たんぱく質である。仮にこれらシグナル伝達たんぱく質を、あるシーケンスにしたがって生体細胞に与えることにより、生体細胞内を特定の状態にすることができることが判明すれば、そのシーケンスでシグナル伝達たんぱく質が受信側培養基142中に生成するようなシーケンスで送信側培養基140に刺激を与えれば、受信側培養基142中の生体細胞物質を上記した特定の状態にすることができる。すなわち、この手法により、生体内に特定の薬品を配送したときと同様の状態を生成できる可能性がある。
【0045】
以上のように本実施の形態によれば、生体細胞物質に対し、受信側に伝送しようとする情報にしたがったシーケンスで刺激を与えることによって、送信しようとする情報が符号化され、受信側の生体細胞物質内に所望のシグナル伝達たんぱく質を生成することができる。そのシグナル伝達たんぱく質を検出することにより、送信される情報を復号することができる。
【0046】
今回開示された実施の形態は単に例示であって、本発明が上記した実施の形態のみに制限されるわけではない。本発明の範囲は、発明の詳細な説明の記載を参酌した上で、特許請求の範囲の各請求項によって示され、そこに記載された文言と均等の意味および範囲内でのすべての変更を含む。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】生物分子モータの一例であるミオシン分子12の動作を説明する図である。
【図2】GTPアーゼ反応、SPK反応、及び酸化・還元反応の概略を示す図である。
【図3】図3は、シグナル伝達の概念を説明するための図である。
【図4】本発明の一実施の形態に係る情報送信方法を示す図である。
【図5】図4に示す情報伝達を繰返し行なうことにより、一連の情報が送信側培養基140から受信側培養基142に送信されることを説明するための図である。
【符号の説明】
【0048】
10 微小管
12 ミオシン分子
14 荷物分子
110 刺激
112,114,116,118,120,122,152,158,182 シグナル伝達たんぱく質
140 送信側培養基
142 受信側培養基
150,200,210,220,230 刺激
154,180 シグナル伝達ネットワーク
204,214,224,234 外部検出信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の生体細胞物質から第2の生体細胞物質に情報を伝達する生体物質通信方法であって、
前記第1の生体細胞物質と前記第2の生体細胞物質の間には、前記第1の生体細胞物質内に存在する生物分子モータの移動経路が形成されており、
前記第1の生体細胞物質に、予め定められた一群の化学物質のうちの任意のものを与える刺激付与ステップと、
前記刺激付与ステップにおいて前記第1の生体細胞物質に与えられた化学物質に起因して前記第1の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークにより生成する標的因子である第1のシグナル伝達たんぱく質を、前記第1の生体細胞物質内の生物分子モータと結合させる結合ステップと、
前記結合ステップにおいて前記第1のシグナル伝達たんぱく質と結合した前記生物分子モータが前記移動経路を移動して前記第2の生体細胞物質に到達することにより、前記第1のシグナル伝達たんぱく質に起因して前記第2の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークによって生成する第2のシグナル伝達たんぱく質を検出する検出ステップと、
検出するステップにおいて検出された第2のシグナル伝達たんぱく質に基づき、予め準備したコードブックによって前記第1の生体細胞物質に与えられた前記刺激を復号する復号ステップとを含む、生体物質を用いる通信方法。
【請求項2】
送信対象の情報列にしたがい、前記刺激付与ステップで前記第1の生体細胞物質に与える刺激を変化させながら、前記刺激付与ステップ、前記結合ステップ、前記検出ステップ、及び前記復号ステップを繰返し行なうことにより、前記送信対象の情報列を前記第2の生体細胞物質に送信するステップをさらに含む、請求項1に記載の生体物質を用いる通信方法。
【請求項3】
第1の生体細胞物質に刺激を与えることにより、第2の生体細胞物質内に所望の状態を生成するための生体状態生成方法であって、
前記第1の生体細胞物質と前記第2の生体細胞物質の間には、前記第1の生体細胞物質内に存在する生物分子モータの移動経路が形成されており、
前記第2の生体細胞物質のシグナル伝達ネットワークを使用して前記第2の生体細胞物質に前記所望の状態を生成するために、前記第2の生体細胞物質にどのようなシグナル伝達たんぱく質をどのようなシーケンスで与えればよいかが予め知られており、
前記方法は、
前記シーケンスに応じ、前記第1の生体細胞物質内に前記シグナル伝達たんぱく質を標的因子として生成させるために与えるべき化学物質のシーケンスを特定するステップと、
前記特定された化学物質のシーケンスにしたがい、前記第1の生体細胞物質に化学物質を刺激として与える刺激付与ステップと、
前記刺激付与ステップにおいて前記第1の生体細胞物質に与えられた化学物質のシーケンスにより前記第1の生体細胞物質内のシグナル伝達ネットワークにより順次生成する標的因子であるシグナル伝達たんぱく質を、前記第1の生体細胞物質内の生物分子モータと結合させる結合ステップと、
前記結合ステップにおいて前記標的因子であるシグナル伝達たんぱく質と結合した前記生物分子モータにより、前記移動経路を経由して前記標的因子であるシグナル伝達たんぱく質を第2の生体細胞物質に順次移動させるステップとを含む、生体状態生成方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−183159(P2009−183159A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−23541(P2008−23541)
【出願日】平成20年2月4日(2008.2.4)
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【Fターム(参考)】