説明

生体組織の作製方法

【課題】所望の三次元構造を有する生体組織を得る方法を提供する。
【解決手段】細胞非接着性であり、且つ凹凸パターンが形成された内底面を有する培養容器に細胞を含有する培養液を加え、次いで培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力または磁力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成させ、最後に、形成された組織を前記内底面から剥離し回収することにより、凹凸パターンを鋳型とする三次元形状を有する組織を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厚さ方向に複数の細胞が積層された多層構造を有する生体組織の製造に適した生体組織の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲン等の培養担体上で細胞を培養させて製造される生体組織は細胞密度が低いため、医療目的の移植用組織として適したものではない。移植に適した、細胞密度が高い細胞シートなどの組織を製造する技術はテッシュエンジニアリングの分野において重要な技術であるといえる。しかしながら、従来の高細胞密度の生体組織の製造法には幾つかの問題点が存在する。
【0003】
細胞を培養支持体上に播種し、細胞シートを形成することは一般に広く行われている。細胞シートの剥離を容易にする目的で、細胞接着面に温度応答性高分子化合物の層を設け、細胞の剥離を促進させる技術も開発されている。しかしながらこの方法により形成される細胞シートは単層または3層以下の細胞層から構成されることが通常である。このため、多層化を行うには、細胞シートを複数重ね合わせることが必要である。細胞シートは極めて薄く、取り扱いが困難であるため、複数重ね合わせることは容易ではなく手間がかかる。
【0004】
特許文献1および非特許文献1には、多層化された細胞シートを容易に製造するための方法として、磁性微粒子を細胞に保持させ、次いで細胞非接着性の底面を有する培養容器に磁性化された細胞を播種し、磁力により磁性化された細胞を底面に吸引させて細胞培養を行い組織を形成させ、最後に磁力を除去して組織を回収する方法が開示されている。この方法によれば細胞シートの積層操作を必要とせずに細胞の多層化が可能となる。しかしながら引用文献1に記載されている方法では、平板な形状で細胞が多層化されるに過ぎないため、組織の内部に位置する細胞への栄養分の供給および該細胞からの老廃物の排出が十分に行われず細胞壊死が起こり易いという問題があった。
【0005】
一方、細胞培養において細胞に遠心力を作用させる方法は、培養細胞に刺激を与える目的で用いられた例がある。例えば特許文献2には、細胞の脱分化を抑制することを目的として細胞培養の環境下で遠心力による静水圧の付加で力学環境を調節し細胞を刺激する技術が開示されている。しかしながら特許文献2には形成された組織を剥離する方法は何ら言及されていない。また特許文献2に開示されているのは、数週間かけて細胞を増殖させながら断続的に遠心力を作用させる方法であり、この方法ではスフェロイドと呼ばれる球状細胞が弱く接着した組織塊が形成されるため(特許文献2図6)、細胞シートなどの移植片として使用できる組織を製造することはできない。
【0006】
また特許文献3では、骨細胞等から三次元構造体を作製する方法が開示されている。特許文献3の方法では、細胞懸濁液を所定のクローニングリング中で静置し一旦沈降させ、更に静置して沈降した細胞から組織を形成し、次いで組織を形成する細胞を酸素と栄養の拡散効果を高めるように旋回培養することにより、1cmオーダーの大きさを有する骨細胞等の三次元構造体を作製する。しかしながらこの方法には、組織の作製のためには数日を要する、対象となる細胞が骨細胞等に限定される、培養容器から組織を剥離することが容易でない、立体構造を所望の形状に制御することができない、という問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO2004/083412号パンフレット
【特許文献2】特開2004-81090号公報
【特許文献3】特許第4084386号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】AKIRA ITO, et al, Tissue Engineering, Volume 10, Number 5/6, 873-880 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
多層化された細胞層を有する組織には細胞の壊死の可能性があった。また細胞密度が高く所望の三次元構造を有する生体組織を得ることができる方法は従来存在しなかった。
【0010】
本発明は、細胞の壊死を防ぐために組織内に流路を有する等、所望の三次元構造を有する生体組織を得ることができる方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、驚くべきことに、細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能である、凹凸パターンが形成された内底面を有する培養容器に細胞を含有する培養液を加え、細胞に内底面方向への遠心力または磁力を作用させて培養を行うことにより上記の課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は以下の発明を包含する。
【0012】
(1)細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能であり、且つ凹凸パターンが形成された内底面を有する培養容器に細胞を含有する培養液を加える細胞添加工程と、
培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力または磁力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成する細胞培養工程と、
細胞培養工程において得られた組織を前記内底面から剥離し回収する剥離工程と
を含み、
細胞培養工程において磁力を作用させる場合には、細胞添加工程よりも前に行われる、細胞を磁性微粒子により磁性化する磁性化工程を更に含む、
組織の作製方法。
【0013】
(2)作製しようとする組織の厚さ方向の細胞積層数に応じて培養液中の細胞数が調節されている、(1)の方法。
(3)前記培養液が、細胞外マトリクス成分を溶解または分散された状態で含有する、(1)または(2)の方法。
(4)前記細胞外マトリクス成分が、培養される細胞と同一の個体に由来する細胞から調製された細胞外マトリクス成分である、(3)の方法。
【0014】
(5)前記凹凸パターンの形状が、培養容器の内底面に形成された組織を、該組織の形状を維持したまま剥離することが可能な形状である、(1)〜(4)のいずれかの方法。
(6)凹凸パターンが、複数の島状の凸部と、該凸部の周囲に連続して形成された海状の凹部とを含み、
培養液中の細胞数が、作製される組織の厚さが前記凸部の高さを超えないように調節されている、(1)〜(5)のいずれかの方法。
【0015】
(7)細胞培養工程が、培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成する工程である、(1)〜(6)のいずれかの方法。
(8)培養容器の内表面のうち細胞と接触する表面の全てが細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能である、(1)〜(7)のいずれかの方法。
【0016】
(9)(1)〜(8)のいずれかの方法により製造された組織。
(10)厚さ方向に複数の細胞が積層されている、(9)の組織。
(11)厚さ方向に貫通した孔を有する、(10)の組織。
【発明の効果】
【0017】
本発明の組織の作製方法によれば、所望の三次元構造を有する生体組織を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の生体組織製造の手順を示す図である。
【図2】図2は、島状の凸部と海状の凹部とからなる凹凸パターンを有する細胞非接着性の培養容器底面を示す。
【図3】図3は、図2の凹凸パターンを底面に有する培養容器を用いて製造される生体組織を模式的に示す。
【図4】図4は、細胞非接着性基板上に形成された細胞シートの剥離回収方法を示す。
【図5】図5は、細胞外マトリクスについて示す図である。
【図6】図6は、移植用の生体組織の作製において、細胞と細胞外マトリクスとを同一患者から採取し使用する実施形態を示す図である。
【図7】図7は、参考例1において作製された細胞シートを示す。
【図8】図8は、参考例1において作製された細胞シートを示す。
【図9】図9は、参考例1において作製された細胞シートが多層構造を有することを示す。
【図10】図10は、参考例2において作製された細胞シートを示す。
【図11】図11は、凹凸パターンを内底面に有する培養容器を模式的に示す。
【図12】図12は、実施例1において作製された貫通孔を有する細胞シートを示す。
【図13】図13は、実施例2において作製された表面に凹凸パターンを有する細胞シートを示す。
【図14】図14は、凹部の側壁面が傾斜した実施形態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明ではまず、図1Aに示すように、容器部分の内表面のうち少なくとも内底面が細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能であり、且つ内底面に凹凸パターンが形成された培養容器に細胞を含有する培養液を加える。次いで図1Bに示すように、培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力または磁力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成させる。このとき、遠心力または磁力の作用により細胞は底面方向に移動して集積し、細胞同士は互いに接着して組織を形成する。最後に、形成された組織を前記内底面から剥離し回収することにより、凹凸パターンを鋳型とする三次元形状を有する組織を得る。以下、本発明の特徴について説明する。
【0020】
1.培養容器
本発明で使用する培養容器は、細胞含有培養液を収容する容器部分の内表面のうち少なくとも内底面が細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能であればよいが、特に、細胞含有培養液を収容する容器部分の内表面のうち、細胞と接触する表面の全て(例えば容器の内底面および内側面)が細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能であることが好ましい。
【0021】
培養容器内底面の凹凸パターンは、組織が目的とする三次元構造となるように適宜選択することができる。
【0022】
凹凸パターンの形状は、培養容器の内底面に形成された組織(該組織は、凹凸パターンを鋳型として形成されるため、少なくとも一部分に、凹凸パターンの反転パターンを有する)を、該組織の形状を維持したまま剥離することが可能な形状であることが好ましい。このような形状としては、典型的には、培養容器の底面に垂直な面に沿った凹部の断面上において、凹部の側壁面が、凹部内空間を通り且つ培養容器の底面に垂直な軸に対して平行に形成されている(例えば図1に示す形態)か、当該軸と凹部の側壁面との間の距離が、凹部の閉塞側から開放側に向けて拡大するように形成されている(例えば図14に示す形態)か、或いは両者が組み合わされている凹凸パターンが挙げられる。凹部がこのような形状であれば、形成された組織を凹凸パターンから剥離したときに、組織の反転パターンが破壊されることなく剥離可能であるため好ましい。
【0023】
特に好ましい凹凸パターンは、複数の島状の凸部と、該凸部の周囲に連続して形成された海状の凹部とを含む凹凸パターンである。この凹凸パターンの一例を図2に示す。図2に示す凹凸パターンを底に有する培養容器を用いると、遠心力または磁力の作用により細胞は凹部部分に集積し互いに接着する。培養液中の細胞数が、作製される組織の厚さが凸部の高さを超えないように調節されている場合には、図3に示すように厚さ方向に貫通孔を有する格子状の組織が形成される。この貫通孔は組織内部への栄養の供給路および老廃物の排出路として機能する。貫通孔のない細胞シートを単に重ねただけでは細胞の壊死が生じるが、本実施形態により貫通孔を形成すると細胞の壊死が抑制される。また、単層細胞シートに貫通孔を形成することは従来の方法でも可能であったが、それらを多層化するためには貫通孔同士をアライメントさせる必要があった。貫通孔は非常に微細であるためアライメントを行うための実用的な手段は現在のところ存在しない。本実施形態によれば、細胞の多層化と流路形成とを同時に達成することができるため非常に有利である。
【0024】
また図13(実施例2)に示すように、遠心力または磁力を作用させたときに培養容器内底面の凹部だけでなく凸部天面上も細胞により覆われるように培養液中の細胞数を調節することにより、培養容器内底面の凹凸パターンの反転パターンを組織の表面に形成することができる。
【0025】
凹凸パターンの他の実施形態としては、凸条と凹溝とが交互に平行に配置された凹凸パターンが挙げられる。
【0026】
凹凸パターンの形成方法は特に限定されず一般的な微細加工技術を用いて形成することができる。
【0027】
本発明において、細胞非接着性である表面としては、親水性の表面、具体的には20℃で静的水接触角が45°以下である表面が挙げられる。このような表面は、炭素酸素結合を有する有機化合物の皮膜を基材の表面上に形成することにより得ることができる。あるいは基材自体を親水性を有する材料で構成してもよい。
【0028】
親水性被膜を表面上に形成するための基材の材料は特に限定されず、具体的には、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。
【0029】
細胞非接着性表面は、炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される、静的水接触角が45°以下である親水性膜により形成することができる。
【0030】
炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であってもよい。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
【0031】
親水性膜の主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等の親水性有機化合物が挙げられる。これらが相互に物理的または化学的に架橋し、基材と物理的または化学的に結合することにより親水性膜となる。
【0032】
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコールおよびその誘導体、ポリアクリル酸およびその誘導体、ポリメタクリル酸およびその誘導体、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類、等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、およびヘパリンが挙げられるがこれらには限定されない。
【0033】
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、メタクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、アクリルアミドオリゴマーおよびその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物およびその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、アクリルアミドおよびその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピル〕トリメトキシシラン、およびトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオールが挙げられるがこれらには限定されない。
【0034】
親水性膜の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、基板表面の親水性膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
【0035】
基材表面への親水性膜の形成方法としては、基材へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、基材へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、基材へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法、基材への密着性を高めるために多段階式に親水性膜を形成させる方法、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法、基板表面に重合開始点を形成し、次いで親水性ポリマーブラシを重合する方法等を挙げることができる。
【0036】
上記成膜方法のうち特に好ましい方法としては、多段階式に親水性膜を形成させる方法、並びに、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いで親水性有機化合物をコーティングする方法を挙げることができる。これらの方法を用いると、親水性有機化合物の基材へ密着性を高めることが容易だからである。本明細書では「結合層」という用語を用いる。結合層とは、多段階式に親水性有機化合物の皮膜を形成する場合には最表面の親水性膜層と基板との間に存在する層を意味し、基材表面に下地層を設け当該下地層の上に親水性膜層を形成する場合には当該下地層を意味する。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであっても良い。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、基板上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤(エポキシシラン)を例にとると、エポキシシランを付加した基板表面の水接触角が典型的には45°以上、望ましくは47°以上であれば、次に酸触媒存在下エチレングリコール系材料等を付加することによって十分な細胞非接着性を有する表面を得ることができる。
【0037】
本発明で用いられる培養容器の内底面をはじめとする内表面の細胞接触領域は、細胞非接着性であることが、組織の剥離の容易性という観点から好ましいが、細胞培養時には細胞接着性であるが剥離の際に細胞非接着性に変化することが可能である表面であってもよい。このような表面は、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー及びイオン応答性ポリマーからなる群から選択される少なくとも1種の刺激応答性高分子が共有結合を基材の表面に固定化することにより形成することができる。刺激応答性高分子としては特に温度応答性ポリマーが好ましいがこれには限定されない。
【0038】
本発明に好適に使用できる温度応答性ポリマーは細胞培養温度下(通常、37℃程度)において疎水性を示し、培養した細胞シートの回収時の温度下において親水性を示すものである。なお、温度応答性ポリマーが、疎水性から親水性に変化する温度(水に対する臨界溶解温度(T))としては、特に限定されないが、培養後の細胞シートの回収の容易さの観点からは、細胞培養温度よりも低い温度であることが好ましい。このような温度応答性ポリマー成分を含むことで、細胞培養時においては、細胞の足場(細胞接着面)が充分に確保されるため細胞培養を効率よく行うことができる。その一方、培養後の細胞シートの回収時においては、疎水性部分を親水性に変化させ、培養された細胞シートを細胞培養基材から分離させることで、細胞シートの回収をより一層容易にすることができる。特に所定の臨界溶解温度未満の温度で親水性を示し、同温度以上の温度で疎水性を示す温度応答性ポリマーが好ましい。このような温度応答性ポリマーにおける臨界溶解温度を特に下限臨界溶解温度と呼ぶ。
【0039】
本発明に好適に使用できる温度応答性ポリマーは具体的には下限臨界溶解温度Tが0〜80℃、好ましくは0〜50℃であるポリマーが好ましい。Tが80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。またTが0℃より低いと、一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため好ましくない。そのような好適なポリマーとしてはアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられる。好適なポリマーとしては具体的には、例えばポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、及びポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。その他のポリマーとしては、例えばポリ−N−エチルアクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド、ポリ−N−シクロプロピルメタクリルアミド、ポリ−N−アクリロイルピロリジン、ポリ−N−アクリロイルピペリジン、ポリメチルビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のアルキル置換セルロース誘導体や、ポリポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等に代表されるポリアルキレンオキサイドブロック共重合体や、ポリアルキレンオキサイドブロック共重合体が挙げられる。
【0040】
これらのポリマーを形成するためのモノマーとしては、例えばモノマーの単独重合体がT=0〜80℃を有するようなモノマーであって、放射線照射によって重合し得るモノマーが挙げられる。モノマーとしては例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体、及びビニルエーテル誘導体等が挙げられ、これらの1種以上を使用してよい。モノマーが一種類単独で使用された場合、基材上に形成されるポリマーはホモポリマーとなり、モノマーが複数種一緒に使用された場合、基材上に形成されるポリマーはコポリマーとなるが、どちらの形態も本発明に包含される。また、増殖細胞の種類によってTを調節する必要がある場合や、被覆物質と細胞培養支持体との相互作用を高める必要が生じた場合や、細胞支持体の親水・疎水性のバランスを調整する必要がある場合などには、上記以外の他のモノマー類を更に加えて共重合してよい。更に本発明に使用する上記ポリマーとその他のポリマーとのグラフトまたはブロック共重合体、あるいは本発明のポリマーと他のポリマーとの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質が損なわれない範囲で架橋することも可能である。
【0041】
pH応答性ポリマーおよびイオン応答性ポリマーは作製しようとする細胞シートに適したものを適宜選択することができる。
【0042】
2.細胞添加工程
細胞添加工程は、細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能であり、且つ凹凸パターンが形成された内底面を有する培養容器に細胞を含有する培養液を加える工程である。
【0043】
本発明に用いられる細胞としては接着性細胞であれば特に限定されない。そのような細胞としては、例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、平滑筋細胞や心筋細胞などの筋細胞、腎細胞、膵ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨細胞、骨細胞などが挙げられる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞の何れであっても良い。また、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。
【0044】
これらの細胞は、予め通常の方法で培養させ、培養物をトリプシン処理等で処理し、培養液中に懸濁させた状態で培養容器に収容される。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編 組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。最終的に得られる細胞組織体の臨床応用を考えると動物由来成分を含まない培地を使用することが好ましい。
【0045】
3.細胞培養工程
細胞培養工程は、培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力または磁力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成する工程である。図1Bがこの工程に対応する。本工程では、遠心力または磁力により細胞が内底面の形状に応じて内底面に密着した状態で、細胞同士が接着し、所望の形状の組織が形成される。
【0046】
遠心力の大きさは、細胞の機能に悪影響を与えることなく組織の形成が可能な範囲で適宜選択することができる。例えば2G〜1440Gが好ましく、2G〜720Gがより好ましい。細胞含有培養液を収容した培養容器を遠心器に設置し、遠心操作を行うことで遠心力を付与することができる。
【0047】
細胞の磁力を作用させる場合には、磁性微粒子により細胞を磁性化した後に、上述の細胞添加工程を行うことが必要である。細胞を磁性微粒子により磁性化する方法としては、特許文献1に記載の方法を使用することができる。磁性微粒子としては、細胞に保持されるように改変されたマグネタイト等の磁性微粒子が挙げられる。具体的には、特許文献1に記載されている通り、磁性微粒子をリポソームで封入した磁性微粒子封入正電荷リポソーム(MPCL,Magnetic particle cationic liposome)や、抗体を固定化したリポソームで封入した磁性微粒子封入リポソーム(AML,Antibody−immobilized magnetoliposome)の形態で使用することができる。更に、第一化学製品社のMACS(Magnetic Cell Sorting and Separation of Biomolecules)内の磁性マイクロビーズや、ベリタス社の磁性ナノパーティクル(商品名EasySep)なども使用できる。これらの磁性微粒子は、細胞と接触させることにより細胞に固定され、細胞に磁性を付与することができる。
【0048】
培養容器に加えられた細胞に内底面方向への磁力を作用させる方法としては、培養容器の底面外側に磁石を配置する方法が挙げられる。磁力の大きさは、培養容器内の細胞が内底面に引き寄せられるように細胞の種類、磁性微粒子の種類、培養容器の材料等の諸条件に応じて適宜決定することができる。
【0049】
本発明では、細胞に遠心力を作用させて培養を行うことが特に好ましい。磁力を用いる場合磁性微粒子を細胞に導入することが不可欠であるが、磁性微粒子のような異物の混入は、作製された組織を生体への移植に用いる場合には好ましいとは言えない。遠心力を作用させる場合には細胞に異物の添加を行う必要がなく、移植用途に適した組織を得ることができる。
【0050】
「細胞間接着が形成される条件」とは細胞が活動して細胞同士が接着できる条件を指す。培養する細胞の種類に応じて変動するが、例えば温度条件は20〜40℃が好ましく、雰囲気ガス条件としては二酸化炭素濃度が3〜5%であることが好ましく、培養時間としては0.5〜24時間が好ましい。本発明の有利な特徴の一つは培養時間を短くすることができ、細胞へのダメージを小さくすることができる点にある。培養時間は後述する細胞外マトリクスを別途調製し添加する実施形態ではより短縮することが可能あり、培養時間を0.5〜3時間とすることができるため好ましい。細胞外マトリクスを添加しない実施形態では、培養時間を1〜24時間とすることができる。
【0051】
実施例では、細胞懸濁液を収容した培養容器を所望の雰囲気ガス(二酸化炭素濃度5%)で満たされたインキュベータ内で数分間放置したのち、雰囲気ガスが変化しないように培養容器に蓋をして遠心力を作用させ培養を行った。しかしながらこれには限定されず、例えば雰囲気ガスおよび温度が制御されたインキュベータ内であれば培養容器を開放した状態で遠心力を作用させ培養を行うこともできる。
【0052】
細胞培養工程では細胞間接着が形成されれば十分であり、細胞数を増殖により増やすことは必須ではない。培養液中における細胞数を適宜調節することにより、作製される組織の厚さ(すなわち組織の厚さ方向の細胞積層数)を制御することが可能であるためである。細胞培養工程において細胞の増殖を行う必要がないため、比較的短時間で組織を得ることができる。また組織の厚さ、形状を自在に調節することができる。例えば、上述したように、遠心力または磁力を作用させたときに培養容器内底面の凹部のみに細胞が集積するように培養液中の細胞数を調節することにより貫通孔を有する細胞シートが形成できる。更に、図13(実施例2)に示すように、遠心力または磁力を作用させたときに培養容器内底面の凹部だけでなく凸部天面上も細胞により覆われるように培養液中の細胞数を調節することにより、培養容器内底面の凹凸パターンの反転パターンを組織の表面に形成することができる。
【0053】
また本発明の方法によれば、細胞が高密度化された組織を得ることが可能となる。細胞が高密度化された組織は移植用途に好ましい。
【0054】
4.剥離工程
剥離工程は、遠心操作終了後または磁力解除後に、得られた組織を培養容器の内底面から剥離し回収する工程である。例えばピペッティング操作などの物理的な操作よって細胞を剥離することができる。培養容器の内底面が細胞非接着性表面であればこの操作は容易である。培養容器の内底面が刺激応答性高分子などの、細胞非接着性に変化する表面である場合には、細胞非接着性となるような環境(例えば下限臨界温度以下の温度)において剥離操作を行う。
【0055】
組織の形状を維持したまま剥離を行う方法としては、図4に示すような公知の方法を使用しても良い。図4ではまず細胞非接着性基板上に形成された組織の表面上にゼラチンを流してゲル化し、更にペットフィルム等の保持基材によりゼラチンゲルを保持し(図4B)、次いで細胞非接着性基板からゼラチンゲルと共に組織を剥離、回収する(図4C)。こうして剥離回収された組織は、更に、移植対象に密着させ(図4D)、37℃でゼラチンを溶解させる(図4E)ことにより所望の対象に移植することができる。
【0056】
5.本発明のより好ましい実施形態
本発明の上述の細胞培養工程では、遠心力または磁力により細胞同士が密着し、数時間のうちに細胞から分泌される細胞外マトリックスにより細胞同士が接着される(図5)。細胞外マトリックスの培養細胞からの分泌には数時間の時間を要することが通常である。
【0057】
本発明のより好ましい実施形態では、細胞を懸濁してなる培養液中に、別途調製した細胞外マトリクス成分を溶解または分散させて添加する。すなわち培養液が、細胞外マトリクス成分を溶解または分散された状態で含有することが好ましい。別途調製した細胞外マトリクス成分を添加することにより細胞間接着を加速させることが可能となる。この実施形態では細胞培養工程を0.5〜3時間で行うことが可能となり、製造が効率化されるとともに、組織へのダメージを最小化することが可能となる。
【0058】
細胞外マトリクスは細胞から調製される。細胞外マトリクスの調製に用いる細胞は、培養される細胞と同一の個体に由来する細胞であることが好ましい。最終的に製造される組織の生体成分が全て同一個体由来となるため、組織を移植するうえで安全性が高いためである。図6には本発明の方法で組織を作製し、患者に移植するまでの流れを示す。図6に示すように、一人の患者から細胞を採取して培養し、一方の培養物から細胞懸濁液を調製し、他方の培養物から細胞外マトリクス含有液を調製し、両者を用いて上述の細胞添加工程、細胞培養工程、および剥離工程を行って組織を作製し、得られた組織を上記患者に移植することが好ましい。
【0059】
細胞外マトリクスの調製に用いる細胞は、細胞外マトリクスを形成可能な細胞であれば特に限定されない。このような細胞としては、接着性細胞が挙げられ、具体的には、培養される細胞の例として本明細書で例示する具体例と同一の群から選択される細胞が挙げられる。細胞外マトリクスの調製に用いる細胞は、培養される細胞と同一の細胞種である必要はないが、同一の細胞種であることが好ましい。
【0060】
細胞外マトリクス成分は、細胞外マトリクスが精製された状態で使用される必要は無い。細胞外マトリクスにより多数の細胞が接着された組織(例えば細胞接着性の基板上で形成された細胞シート)を磨り潰し、超音波などで破砕し、必要に応じて遠心分離などで固形物を分離して得られる細胞外マトリクス含有液を細胞外マトリクス成分として使用できる。細胞外マトリクス含有液には細胞外マトリクス成分が溶解または分散された状態で含まれる。
【0061】
(参考例1)
1.遠心力による細胞シート作製
1−1.遠心力による細胞シート作製及び回収
底面の直径が2cmのガラスの容器の内表面の全体にポリエチレングリコールを化学的に付与することで内表面の全体を細胞非接着性にしておき、10%ウシ胎児血清入りDMEM培地で懸濁したマウス繊維芽細胞を4×106個含む細胞懸濁液2mlをその容器に播種し、遠心により底面方向に720Gの遠心力を作用させながら温度が37℃でCO濃度が5%の環境で3時間培養した(図7A)。培養後に、遠心を止めてピペッティング等の物理的な力により組織構造を壊すことなく細胞シートを基材から容易かつ速やかに剥離回収することができた(図7B)。一方、遠心力をまったく作用させずにそれ以外は同じ培養を行ったところ細胞シートは作製できず、ピペッティングにより細胞同士が剥がれ組織構造が壊れてしまった。
【0062】
1−2.三次元組織の観察及び生死アッセイ
1−1で回収した細胞シートを観察用の培養皿に移動させ観察したところ、細胞シートの直径は2cmで容器と同じ形状の細胞シートが得られていた(図8)。また細胞をカルセインにより染色し共焦点顕微鏡により断面観察したところ細胞シートの厚みは細胞3,4層程度であった(図9)。得られた細胞シートの細胞生存の有無を調べるために、細胞シートをトリプシン及びEDTAで処理することで細胞を分散させた後に、細胞生死アッセイキット(製品名:細胞二重染色キット、メーカー:同仁化学、製品番号:CS01)により細胞生存率を測定したところ、1−1で遠心力を作用する前の細胞生存率は90%であったのに対し、得られた細胞シートの細胞生存率も90%であった。この結果から、1−1の操作により細胞が死ぬことはほとんどないことが裏付けられた。
【0063】
(参考例2)
2.細胞外マトリクスの添加
2−1.細胞外マトリクス含有液の作製
10cmポリスチレンシャーレに10%ウシ胎児血清入りDMEM培地を添加しマウス繊維芽細胞を培養し、細胞増殖させコンフルエントにすることで細胞に細胞外マトリクスを産生させた。続いて、増殖した細胞をセルスクレイパーによりすり潰し超音波処理により細胞を完全に破砕し、破砕物を遠心分離し、上澄みを回収した。上澄み液を細胞外マトリクス含有液として以下に使用した。
【0064】
2−2.遠心力による細胞シート作製及び回収
底面の直径が2cmのガラスの容器の内表面の全体にポリエチレングリコールを化学的に付与することで内表面の全体を細胞非接着性にしておき、2−1で作製した細胞外マトリクス含有液で懸濁したマウス繊維芽細胞を4×106個含む細胞懸濁液2mlをその容器に播種し、遠心により底面方向に720Gの遠心力を作用させながら温度が37℃でCO濃度が5%の環境で1時間培養した(図10A)。培養後に、遠心を止めてピペッティング等の物理的な力により組織構造を壊すことなく細胞シートを基材から容易かつ速やかに剥離回収することができた(図10B)。一方、2−1で作製した細胞外マトリクス含有液の代わりに10%ウシ胎児血清入りDMEM培地を用いそれ以外は同じ手順により培養を行ったところ細胞シートは作製できず、ピペッティングにより細胞同士が剥がれ細胞シートが破れるなど組織構造が壊れた。
【実施例1】
【0065】
3.孔を有する細胞シート作製
3−1.細胞非接着性で且つ凹凸形状の底面を有する培養容器
シリコンウェハ上にレジスト(商品名:SU-8、メーカー:MicroChem)を厚み200μmでコートし光リソグラフィーにより凹凸形状の鋳型を作り、その上部に3%アガロース溶液を流しゲル化させて鋳型から剥離することで200μm角の4角形部位が200μmピッチで高さ200μmで隆起している凹凸形状のアガロースゲルを作製した。作製されたアガロースゲルの凹凸パターンを図2に示す。このゲルを凹凸形状の面が上方に向くように、1−1で作製した内表面の全体が細胞非接着性の容器底面に設置することで、細胞非接着性で且つ凹凸形状の底面を有する培養容器を作製した(図11)。
【0066】
3−2.細胞外マトリクス含有液の作製
10cmシャーレに10%ウシ胎児血清入りDMEM培地を添加しマウス繊維芽細胞を培養し、細胞増殖させコンフルエントにすることで細胞に細胞外マトリクスを産生させた後に、セルスクレイパーにより細胞をすり潰し超音波処理により細胞を完全に破砕し、破砕物を遠心分離し、上澄みを回収した。上澄み液を細胞外マトリクス含有液として以下に使用した。
【0067】
3−3.遠心力による細胞シート作製及び回収
3−1で作製した容器に、3−2で作製した細胞外マトリクス含有液で懸濁したマウス繊維芽細胞を10×106個含む細胞懸濁液2mlをその容器に播種し、遠心により底面方向に720Gの遠心力を作用させながら温度が37℃でCO濃度が5%の環境で3時間培養した後に、遠心を止めてピペッティング等の物理的な力により組織構造を壊すことなく形状を維持したまま孔を有する細胞シートを基材から容易かつ速やかに剥離回収することができた(図12)。
【0068】
3−4.孔を有する細胞シートの生死アッセイ
3−3により作製した正方形200μm角で200μmピッチの孔を有する細胞シートを細胞培養用のポリスチレンディッシュに移し4日培養した後に、細胞シートをトリプシン及びEDTAで処理することで細胞を分散させ、細胞生死アッセイキット(製品名:細胞二重染色キット、メーカー:同仁化学、製品番号:CS01)により細胞生存率を測定したところ86%であった。また3−3において底面が平らな形状を有する培養容器を用いることで孔を有さない細胞シートを作製し、同様に4日培養した後に細胞生存率を測定すると70%であった。
【実施例2】
【0069】
パターン形状を有する細胞シート作製
上記3−1と同様の手順により、厚さ50μmのレジストの凹凸からなる鋳型を用いて、300μmピッチで、50μmの高さに隆起している幅200μmのラインが平行に複数形成された底面を有する容器を製造した。こうして製造された容器を用い、ラインパターンの凹溝部だけでなく凸条部天面も細胞に被覆されるように細胞密度を調整する点を除いて3−3と同じ方法により細胞シートを作製し、パターン形状を有する細胞シートを作製した(図13)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能であり、且つ凹凸パターンが形成された内底面を有する培養容器に細胞を含有する培養液を加える細胞添加工程と、
培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力または磁力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成する細胞培養工程と、
細胞培養工程において得られた組織を前記内底面から剥離し回収する剥離工程と
を含み、
細胞培養工程において磁力を作用させる場合には、細胞添加工程よりも前に行われる、細胞を磁性微粒子により磁性化する磁性化工程を更に含む、
組織の作製方法。
【請求項2】
作製しようとする組織の厚さ方向の細胞積層数に応じて培養液中の細胞数が調節されている、請求項1の方法。
【請求項3】
前記培養液が、細胞外マトリクス成分を溶解または分散された状態で含有する、請求項1または2の方法。
【請求項4】
前記細胞外マトリクス成分が、培養される細胞と同一の個体に由来する細胞から調製された細胞外マトリクス成分である、請求項3の方法。
【請求項5】
前記凹凸パターンの形状が、培養容器の内底面に形成された組織を、該組織の形状を維持したまま剥離することが可能な形状である、請求項1〜4のいずれかの方法。
【請求項6】
凹凸パターンが、複数の島状の凸部と、該凸部の周囲に連続して形成された海状の凹部とを含み、
培養液中の細胞数が、作製される組織の厚さが前記凸部の高さを超えないように調節されている、請求項1〜5のいずれかの方法。
【請求項7】
細胞培養工程が、培養容器に加えられた細胞に内底面方向への遠心力を作用させながら、細胞間接着が形成される条件下で細胞培養を行い、細胞間を接着させて組織を形成する工程である、請求項1〜6のいずれかの方法。
【請求項8】
培養容器の内表面のうち細胞と接触する表面の全てが細胞非接着性であるか、細胞非接着性に変化することが可能である、請求項1〜7のいずれかの方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかの方法により製造された組織。
【請求項10】
厚さ方向に複数の細胞が積層されている、請求項9の組織。
【請求項11】
厚さ方向に貫通した孔を有する、請求項10の組織。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2010−161953(P2010−161953A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−5190(P2009−5190)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】