説明

生体組織用刺激電極及び該刺激電極の加工方法

【課題】 より安定した性能を有する生体組織用刺激電極及び該刺激電極を得るための加工方法を提供する。
【解決手段】 生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極は、生体適合性を有する金属にて形成されており、表面には超短パルスレーザの照射による複数の凹部が形成されている。このような生体組織用刺激電極は、患者の網膜を構成する細胞の電気刺激を行い視覚の再生を促すために患者眼に設置される所定の基板上に複数個設置される。また、生体組織用刺激電極の加工方法は、電極の表面に形成される互いに隣り合う凹部の距離が等しくなるように、制御手段によってレーザ装置からの前記超短パルスレーザの出力が制御される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織の一部に電気刺激を与えるための生体組織用刺激電極及び該刺激電極の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
患者の聴覚神経を刺激して耳小骨へ音の振動を伝達する人工中耳、患者の胸部に埋植されて心筋に電気刺激を与えて不整脈の発生を抑制する心臓ペースメーカ等、体内に埋植された生体組織用刺激電極(以下、電極)を用いて、生体組織の一部を電気刺激して生体機能を調節する電気刺激装置が研究されている。例えば、電極から出力された電気刺激パルス信号(電荷)によって網膜を構成する細胞を電気刺激し、視覚の再生を促す視覚再生補助装置が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
電気刺激装置による生体組織の電気刺激では、電極から所定量の電荷が注入されることで細胞に必要な刺激が与えられる。また、刺激電極を生体内の限られたスペースに配置しつつ、患者の負担をできるだけ減らすためには、電極の大きさは出来るだけ小さいことが好ましいとされる。一方で刺激電極が電荷を注入できる能力は電極の表面積に比例する。
【0004】
特に、特許文献1に示される視覚再生補助装置のように複数の電極が使用される電気刺激装置では、電極のサイズを抑えつつ、表面積を広くすることがより求められている。そこで、本出願人は、電極にエッチングによる酸化還元反応を行うことによって、電極の表面に不均一で微細な凹凸による粗面を形成させて、電極の表面積を増加させることを提案している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009‐082496号公報
【特許文献2】特開2011‐030734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に示される化学反応による表面処理によって、電極の表面積を増加させることができる。しかし、表面処理を行える電極材料の種類が制限されてしまうこと、条件によって電極の表面状態の再現性を得ることが難しいなどの課題が残る。
【0007】
本発明は上記従来技術の問題点に鑑み、より安定した性能を有する生体組織用刺激電極及び該刺激電極を得るための加工方法を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は以下のような構成を備えることを特徴とする。
【0009】
(1) 生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極であって、該電極の表面には超短パルスレーザの照射による複数の凹部が形成されていることを特徴とする。
(2) (1)の生体組織用刺激電極において、前記電極は生体適合性を有する金属で形成されることを特徴とする。
(3) (2)の生体組織用刺激電極において、前記電極の表面の中心部に形成される前記凹部の密度は、前記電極の表面の周辺部に形成される凹部の密度と比べて高いことを特徴とする。
(4) (2)または(3)のいずれかの生体組織用刺激電極において、前記凹部は孔又は溝であることを特徴とする。
(5) (4)の生体組織用刺激電極において、前記電極は立体形状を有し、前記複数の孔は、直径5μm以上30μm以下であると共に、アスペクト比1以上であることを特徴とする。
(6) (5)の生体組織用刺激電極において、前記複数の孔は正方格子状又は千鳥状に配置されることを特徴とする。
(7) (1)乃至(6)の何れかに記載の生体組織用刺激電極は、患者の網膜を構成する細胞の電気刺激を行い視覚の再生を促すための電極であって、該電極は患者眼に設置される所定の基板上に複数個設置される電極であることを特徴とする。
(8) 生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極であって、該電極の表面にはフェムト秒レーザの照射による周期構造が形成されることを特徴とする。
(9) (8)の生体組織用刺激電極において、前記周期構造は、空間周波数及び深さが200nm以上1200nm以下であることを特徴とすることを特徴とする。
(10) 生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極の加工方法であって、前記電極の表面に形成される互いに隣り合う前記凹部の距離が一定となるように、制御手段によってレーザ装置からの前記超短パルスレーザの出力が制御されることを特徴とする。
(11) (10)の生体組織用刺激電極の加工方法であって、前記電極は立体形状を有しており、前記制御手段は前記電極の高さ位置に応じて前記電極に対して照射される前記レーザ光の深さ方向の照射位置を制御することを特徴とする。
(12) (11)の生体組織用刺激電極の加工方法において、前記レーザ装置はフェムト秒レーザを出力させるフェムト秒レーザ装置であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、より安定した性能を有する生体組織用刺激電極及び該刺激電極を得るための加工方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。はじめに、生体組織用刺激電極1(以下、電極1と記す)の加工方法を説明する。図1は本実施形態の電極1の構成図であり、図1(a)は電極1の側面図、図1(b)は電極1の上面図である。
【0012】
図1に示される電極1は、所定の立体形状を有しており、先端(上端)1aが所定の曲率(曲率半径)を有する曲面に形成されていると共に複数の孔1cが形成されている。一方、電極1の側面1bには孔1cが形成されておらず、先端1aと比べて滑らかな表面とされている。これにより、電極1全体に孔1cが形成されておらず表面が滑らかな場合と比べて、電極1(先端1a)の表面積が増加されて、先端1aから出力される電流の電荷密度が増加されて生体組織の局所領域が好適に電気刺激されるようになる。
【0013】
次に電極1の加工方法を説明する。図2は電極1の加工方法の説明図であり、図2(a)に表面加工前の電極1の断面図、図2(b)に表面加工時の電極1の断面図を示す。はじめに電極1の外形を形成する。まず、生体適合性を有する金属のバルク材料を所定の長さに切断した後、周知の金属加工(切削加工等)で形状及び大きさを整えて所定の外形形状の電極1を得る。これ以外にも金属のバルク材料(棒材)を先に電極形状に加工した後、切断することで所定の外形形状の電極1を得るようにしても良い。
【0014】
ここでは、図2(a)に示されるような、外径が100〜500μm、高さが100〜500μmの立体的な弾丸形状の電極1を作成する。なお、電極1を形成する材料には、生体適合性を有する周知の金属が用いられる。ここでは、白金(Pt)材料が選択されるとするが、金、窒化チタン、純イリジウム又は酸化イリジウム、タンタル等の材料、又はこれらの混合物等を用いて電極1が形成されても良い。
【0015】
また、電極1は、周知の金属加工(例えば、切削加工、機械加工、旋盤加工、やすりがけ加工等)を用いて、用途に合わせて様々な大きさ及び形状に形成される。例えば、所定の厚みを有する板状の電極等が形成されても良い。
【0016】
次に、電極1の表面処理を行い表面積(電荷注入能力)を増加させる。本実施形態では超短パルスレーザを電極1の表面に照射することで、電極1の表面に複数の孔1cを形成して表面積(電荷注入能力)を増加させる。なお、超短パルスレーザとはナノ秒(second)からフェムト秒(second)のパルス幅を有するレーザを示す。このような、短いパルス幅の超短パルスレーザが表面処理に用いられることで、電極1の表面により多くの孔1cが形成される。また、レーザ照射により発生する熱が孔1cの周辺に伝播されることが抑えられ、孔1cの形状が精度良く形成されるようになる。
【0017】
ここで、レーザ照射装置の例を説明する。図3はレーザ照射装置の概略ブロック図である。レーザ照射装置100は、集光点でブレイクダウンを発生させるパルスレーザを出射するレーザ光源110と、レーザを導光しターゲット(電極1)に照射するレーザ照射光学系120と、レーザ照射装置100全体の駆動制御を行う制御部150とを備える。
【0018】
レーザ光源110は、ナノ秒からフェムト秒のパルス幅の超短パルスレーザを出射するデバイスが用いられる。レーザの集光点(レーザスポット)でプラズマを発生する(ブレイクダウンを起こす)超短パルスレーザが出射されることで、パルスレーザの集光点で対象物(電極の一部)が切断される。
【0019】
照射光学系120は、パルスレーザのスポット(焦点位置)をターゲット面上で二次元的(XY方向)に走査(偏向)する走査部(光スキャナ)121と、パルスレーザのスポットを光軸方向(Z方向)に移動させる焦点移動部(フォーカスシフタ)122と、レーザをターゲット面に結像させる対物レンズ124を備える。走査部121と焦点移動部122によってレーザ光のスポットを電極1に対して3次元的に移動させる移動光学系が構成される。
【0020】
制御部150は、レーザ照射装置100全体の動作制御を行う。また、制御部150には、レーザ光の照射条件・レーザの走査条件を設定するための入力手段151、レーザ照射のトリガ信号を入力するためのフットスイッチ152、各種条件が予め記憶されているメモリ153、などが接続される。
【0021】
レーザ光源110から照射されたレーザのスポット位置でブレイクダウンが生じると、電極1の表面にスポットサイズ程度の機械的破壊(亀裂等)が起こる。そして、図2(b)のように、制御部50による焦点移動部122の制御によってレーザのスポットが光軸方向(Z方向)に移動されることで、電極1の先端1aに所定深さの孔1cが形成される。なお、孔1cは少なくとも1回のレーザ照射で形成され、形成される孔1cの深さに応じて光軸方向の異なる位置で複数回のレーザ照射が行われる。
【0022】
電極1の表面の所定位置に孔1cが形成されたら、走査部121と焦点移動部122の駆動によってレーザ光の照射位置を水平方向(XY方向)に移動させ、先端1aの異なる位置に孔1cを形成する。このようにレーザのスポット位置が三次元的に移動されることで、先端1aの所期の位置にレーザ照射による複数の孔1cが形成される。
【0023】
なお、本実施形態では制御部150による移動光学系の駆動制御によって、電極1上でのレーザの照射位置が調節されることで、先端1aの異なる位置に孔1cが形成されるようにしている。これ以外にも、レーザ照射装置100のレーザ光の照射位置を固定させておき、電極1側(電極1を載置する図示を略すステージ)を制御部50が三次元方向に移動させることで、先端1a上での孔1cの形成位置を調節しても良い。又は、移動光学系122とステージの両方の駆動制御が組み合わされても良く、電極1に対するレーザの照射位置が相対的に調節されれば良い。
【0024】
なお、孔1cの径及び深さ、隣り合う孔1cの形成位置(間隔)は、メモリ153に記憶されている照射条件を入力手段151で選択することで設定される。又は、孔1cを形成するための一つの条件が入力手段151で設定されることで他の条件が制御部50によって自動的に決定されるようにしても良い。例えば、設定された孔1cのサイズに応じて制御部50によって隣合う孔1cの形成位置が自動的に設定されても良い。
【0025】
更には、電極1の形状に合わせて光軸(Z方向)のレーザ光の照射位置が調節されると良い。なお、電極1の形状はメモリ153に電極1の高さ情報等が入力されることで制御部50により求められる。例えば、電極1の高さ情報は、電極1の先端1aの中心位置(座標)(X0、Y0)での高さ(Z0)を基準として、先端1aの異なる位置(座標)(X1,Y1)での高さの変化量(Z1‐Z0=ΔZ)を求めることで得られる。
【0026】
例えば、図1、2に示されるような、周辺から中心に向けて高さが変わる立体形状を有する電極1において、電極1の形状(高さ情報)に応じて光軸方向の焦点距離が調節される。なお、このような電極1の形状の情報はメモリ153に予め入力される他、レーザ照射装置100に電極1の表面形状(高さ)を検出するための検出部(図示を省略する)を設け、検出部の検出結果に基づき、レーザ照射装置100又は電極1側の光軸方向の位置が調節されるようにしても良い。
【0027】
ところで、従来技術の化学反応(エッチング)により電極の表面積を増加させる場合は、電極材料の種類、又は同じ電極材料で形成された電極であってもその個体差によって、表面処理後の電極1の表面状態にばらつきが生じる可能性があった。一方、本発明ではレーザを電極1の表面に照射させて表面積を増加させる為、電極1を形成する金属材料の種類に関わらず、一定のレーザの照射条件で一定の表面状態が得られるようになる。つまり、超短パルスレーザを用いた表面処理によって、電極1の個体差によらず、同じ表面状態の電極1が再現性良く得られるようになる。
【0028】
なお、白金を電極材料に用いる本実施形態では、電極1に形成される孔1cの直径は5μm以上30μm以下であって、孔1cの深さはアスペクト比1以上であることが好ましい。アスペクト比Aは、孔1cの直径dに対する孔1cの深さaの比として、A=d/aで求められる値である。
【0029】
孔1cの直径が5μmよりも小さいと電極1の表面に孔1cが形成され難くなり、電極1の表面状態がばらつく(表面積の増加量に局所的な偏りが生じる)可能性が高くなる。一方、孔1cの直径が30μmよりも大きいと、電極表面に形成される孔1cの数が少なくなり電極1の表面積の増加量が制限されやすくなる。
また、アスペクト比Aが1よりも小さいと、孔1cの奥行きが浅くなり、電極1の表面積が増加されにくくなる。なお、アスペクト比が大きい方が電極1の表面積は増加され易くなるが、電極1の表面(上部1b)と孔1cの内部からの出力電荷の遅延時間が大きくなることで、電極1から出力される電荷(電気パルス信号)の精度が低下しないようにする。以上のような、孔1cの径及び深さは、上記の特性を満たすように、電極の形状及び材質との組み合わせて適宜選択される。
【0030】
以上のように、レーザ照射により電極1の先端1aに複数の孔1cが形成されることで、電極1(先端1a)の表面積が増加されて電荷注入能力が高められる。また、電極材料の種類や電極の個体差に関わらず、同じ表面状態の電極1が再現性良く得られるようになる。
また、電極1の先端1aを中心に孔1cが形成されることで、注入電荷が電極1の先端1aに集約されるようになり、生体組織の局所領域が精度良く(ピンポイントで)電気刺激されるようになる。一方、電極1の側面1bにレーザを照射せず、孔1cを形成しないことで、電極1の外形形状を変えることなく電極1の表面積を増加できる。
【0031】
なお、図1では、隣接される複数の孔1cの距離(中心間距離)が一定となるように、孔1cが形成される例が示されている。この場合、先端1aの表面積が一様に増加されて、電極1から均一な電流(電荷)が注入される易くなる。例えば、先端1aの孔1cの形成パターンを、正方格子状、千鳥状等、所定の周期構造にすると、隣り合う孔1cの中心間距離を一定にできると共に、中心間距離をできるだけ短くできる。この場合、先端1aにより多くの孔1cが形成され、表面積が増加され易くなる。なお、隣り合う孔1cの中心間距離は一定でなくても良い。レーザの照射パターンに応じて任意に設定することができる。
【0032】
図4に、レーザ照射装置100による表面処理が行われた電極1の変用例を示す。ここでは、電極1の上面図(先端1a側から見た図)が示されている。例えば、図4(a)に示されるように、先端1aの中心付近で孔1cを密に形成し、周辺に向けて孔1cの密度が低くなるようにレーザの照射パターンを決定して、孔1cを形成しても良い。この場合、孔1cが密に形成された先端1aの中心部で電気刺激時の電荷密度分布が高くなる。
【0033】
また、先端1aの中心から周辺に至るに連れて孔1cの直径を変えても良く、図4(b)に示されるように、先端1aの中心から周辺に至るにつれて、孔1cの直径が大きくなるようにレーザの照射パターンを変えることで、孔1cを形成しても良い。また、先端1aの中心付近に形成される孔1cを深く形成し、周辺に至るにつれて、次第に孔1cが浅くなるようにレーザの照射パターンを設定して孔1cを形成してもよい。
【0034】
更には、図4(c)に示すように、電極表面の任意の局所領域に孔1cを形成しても良い。この場合、表面積が増加された電極1の局所領域を中心に電荷が注入されるようになる。また、図4(d)に示されるように、上部1bの中心から周辺に向けて連続してレーザが照射されることで、渦状の溝1dを形成して表面積を増加させても良い。
【0035】
これ以外にも、電極1の形状及び用途などに応じて、機械加工(レーザ加工)によって、電極1の表面に様々な形状の孔又は溝による凹部を形成することで、表面積を任意に増加させることができ、電極1の電荷注入能力を任意に増加させることができるようになる。
なお、以上のような表面処理によって、電極1の表面に孔1cを形成した後、更に既知の電荷注入能力を向上させるための処理が行われても良い。例えば、白金黒メッキ又は酸化イリジウム膜形成等の処理が行われても良い。
【0036】
次に、以上のような表面処理が行われた電極1を備える電気刺激装置の例を説明する。ここでは、患者の網膜に電気刺激を与えるための視覚再生補助装置を例に挙げて説明する。図5は、視覚再生補助装置で用いられる電極基板の作成手順の説明図である。
【0037】
図5(a)に示すように、表面に複数の孔1cが形成された電極1のベース部(図番号を省略する)に、絶縁被覆されたワイヤ41の先端を置き、レーザ熔接や抵抗熔接等の熔接技術を用いて接続(溶接)を行う。この際、ワイヤ41の熔接箇所は、熔接時の熱により、絶縁用樹脂による被覆が取り除かれた状態で接続されることとなる電気的に接続される。なお、電極1とワイヤ41の接続は、圧着加工等を用いた機械的接続であってもよい。
【0038】
次に、電極1のベース部側からワイヤ41に当接するまで周知のワッシャ46を通す。
その後、ベース部のプレスによって、電極1とワッシャ46でワイヤ41が狭持(接続)される。このような処理を電極1ごとに行い、各電極1とワイヤ41を電気的に接続させる。
【0039】
次に、図5(b)に示すように、治具70を用いて各電極1が組み込まれた基板43を形成する。治具70は、レーザ加工又は機械加工により電極1が収まる径を有する複数の孔71が形成されている。なお、孔71の直径は電極1の径に合わせた大きさに決定され、孔71の深さは電極1の高さと同じ又は若干浅く形成される。これにより、治具70に電極1が取り付けられたときに、ワイヤ41が治具70に接触しないように置かれる。又は、治具70上に置かれる。
【0040】
以上のような治具70の孔71に電極1を配置して、図5(c)に示すように、樹脂で基板43を形成する。例えば、電極1が置かれた治具70を蒸着装置内に入れ、パリレン等の生体適合性を有し絶縁性の高い基板用材料を治具70上に成長させる。これにより、治具70の平板状に合わせて所定の厚さの樹脂が平板状に形成され、ワイヤ41が内包されたフレキシブル性を持つ基板43が成形される。
【0041】
このとき、本実施形態では、電極1の側面1bにはレーザによる表面処理が行われていないため、外形形状が保たれている。その為、電極1が孔71に隙間無く置かれることで、樹脂が電極1と孔71との間に流れ込むことが防止される。これにより、電極1に付着した樹脂を除去する処理が省略されて、効率よく基板43が製造される。
【0042】
なお、上記では予め表面処理が行われた電極1を基板43に組み込んでいるが、基板43に電極1を組み込んでから、上記のレーザ照射による表面処理を行うことで、電極1(先端1a)の表面積(電荷注入能力)を増加させても良い。以上により、基板43から先端部(複数の孔1cが形成された先端1a)が突出された各電極41が基板43上の所定位置に配置されるようになる。
【0043】
次に、視覚再生補助装置の構成を説明する。図6は視覚再生補助装置の概略ブロック図である。視覚再生補助装置200は、患者の体外に取り付けられる体外装置200aと、患者の体内に埋植されて電気刺激を行うための体内装置200bとから構成される。
【0044】
体外装置200aは、外界を撮影する撮影装置12と、撮影装置12からの撮影データ(画像データ)を患者が視認するために必要となる所定帯域の信号(電気刺激パルス用データ)に変換するパルス信号変換手段13aと、視覚再生補助装置に電力供給をする電源13bと、電気刺激パルス用データを体内装置200b側に伝送するための送信手段14とから構成される。
【0045】
体内装置200bは、体外装置200aからの信号を受信する受信手段23と、受信手段23で受信された電気刺激パルス用データに基づき各電極1に分配する電気刺激パルスを生成すると共に、体内装置200bの動作制御を行う制御部25と、制御部25からの信号に基づき電気刺激パルスを各電極1に分配させる電子回路40と、基板43に組み込まれた電極1から構成される。なお、電子回路40と基板43の各電極1とは、ワイヤ41を介して電気的に接続される。
【0046】
撮影装置12で撮影された被写体の撮影データ(画像データ)は、パルス信号変換手段13aに送られる。パルス信号変換手段13aは、撮影した被写体を患者が視認するために必要となる所定の帯域内の信号(電気刺激パルス用データ)に変換し、電源13bから供給される搬送波に重畳させて電磁波として、送信手段14を介して体内装置200b側に伝送させる。
【0047】
体内装置200b側では、体外装置200aからの信号を受信手段23で受信して制御部25に送る。制御部25は、受信手段23で受信された電気刺激パルス用データに基づき、各電極1に分配される電気刺激パルスと、各種制御信号を生成して電子回路40に送る。
【0048】
電子回路40は受信信号に基づき、電気刺激パルスを各電極1から出力させる。これにより、各電極1から出力される電気刺激パルスによって網膜Eを構成する細胞が刺激され、患者は視覚を得る。このとき、本実施形態ではレーザ照射による表面処理によって電極1の先端1aの表面積が増加されて、電荷注入能力が高められた電極1が使用されている。これにより、電極1の先端1aの電荷密度が高くなり、網膜の局所領域が精度良く電気刺激される。
【0049】
なお、以上のようなレーザ照射による表面処理が行われた電極1は、これ以外にも様々な周知の生体組織用の電気刺激装置に用いられる。例えば、ペースメーカ、人工内耳等の電気刺激装置に本発明の表面処理が行われた電極を使用できる。これにより、電極1のサイズを大きくすることなく電荷注入能力を高められる。一方、電極1の電荷注入能力が高くなることで、電極1のサイズを小型にすることができ、電極1が埋植される患者の負担をより減らすことができる。また、生体組織の限られた範囲により多くの電極1を配置できるようになり、生体組織の電気刺激の精度が向上される。
【0050】
なお、上記では超短パルスレーザの照射により生じる機械的破壊によって電極1に凹部(孔又は溝)を形成して表面積を増加させている。これ以外にも、電極1の表面にフェムト秒レーザを照射することで周期構造を形成して表面積を増加させても良い。なお、ここでの周期構造は、物体(電極)に対して加工閾値近辺の強度のフェムト秒レーザを照射することによって、レーザの入射光と反射光とが干渉することで形成される。周期構造はレーザの波長と同程度の空間周波数及び深さを有する複数の溝によって構成され、これにより電極の表面積が増大される。例えば、白金に対して周期構造を形成する場合は、レーザ光の波長に応じてその表面(電極表面)にピッチ(間隔)及び深さがそれぞれ(レーザ光の波長と同程度の)数百nmの周期構造を多数形成できる。
【0051】
なお、レーザの波長で決定される周期構造のピッチ及び深さは1nm以上であれば電極の表面積を増加させることができる。より好ましくは、200nm以上1200nm以下のピッチ及び深さの周期構造が形成されることで、電極(金属)の表面積が好適に増加されるようになる。
【0052】
なお、レーザ照射による周期構造は電極の形状に関わらず形成できるが、特に機械的破壊による孔又は溝を形成するのが困難である薄い電極1の表面積を好適に増加させることができる。また、電極の形状に応じて(例えば、弾丸形状など)、電荷密度を高くしたい領域での周期構造が密に形成されるようにしても良い。
更には、機械的破壊による複数の孔又は溝と、フェムト秒レーザの照射で形成される周期構造との両方を組み合わせて表面積(電荷注入能力)を増加しても良い。
【0053】
次に、超短パルスレーザを用いて実際に電極1の表面処理を行った実験結果を示す。
【0054】
<実施例1>
電極として、材質が白金(Pt)、直径約500μm、高さ約300μmの弾丸形状のものを使用した。レーザ照射装置として、シグマ光機製(LWL‐3030‐T10)のものを使用した。レーザの照射条件は、発振周波数200KHz、平均出力400mW以上、パルス幅500fs以下、パルス繰り返し周波数200kHzとし、倍率20の対物レンズで集光し、ビームスポット径15μmのフェムト秒レーザを電極の上部に照射させた。電極の表面状態の観察には走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた。なお、電極上でのレーザの照射位置(孔の間隔及び配置)はCADを用いて設定した。
【0055】
図7に、表面処理後の電極表面のSEM観察結果を示す。図7(a)は倍率150倍での電極表面の撮影画像、図7(b)は倍率500倍での電極表面の撮影画像である。図7から電極の上部に均一な形状の複数の孔が形成されたことが分かる。
以上のようにレーザ照射による表面処理が行われることで、電極の電荷注入能力が2〜3倍程度に改善されることが分かった。
【0056】
<実施例2>
電極として、厚さ20μmの白金箔(平板電極)を用いた。レーザ照射装置は実験例1と同じものを使用した。フェムト秒レーザの照射条件は、平均出力1.2μJ/pulse、加工速度2mm/s、渦巻きピッチ10μm、トレパニング有りとし、倍率5の対物レンズで集光した。また、電極の表面観察には実験例1と同じSEMを使用した。
【0057】
図8に、SEMの観察結果(外観評価)を示す。図8(a)は倍率100倍での撮影画像、図8(b)は倍率2000倍での電極表面の撮影画像である。図8から、フェムト秒レーザの照射範囲に、周期構造の形成が確認された。周期構造によって電極表面に複雑な形状の凹凸による溝が形成されることで、電極面積が増加され、電荷注入能力が向上されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】電極の構成図である。
【図2】電極の加工方法の説明図である。
【図3】レーザ照射装置の概略ブロック図である。
【図4】電極の表面状態の変用例である。
【図5】視覚再生補助装置の電極基板作成手順の説明図である。
【図6】視覚再生補助装置の概略ブロック図である。
【図7】実施例1の電極の表面状態の観察結果である。
【図8】実施例2の電極の表面状態の観察結果である。
【符号の説明】
【0059】
1 電極
1a 先端
1c 孔
1d 溝
100 レーザ照射装置
200 視覚再生補助装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極であって、該電極の表面には超短パルスレーザの照射による複数の凹部が形成されていることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項2】
請求項1の生体組織用刺激電極において、
前記電極は生体適合性を有する金属で形成されることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項3】
請求項2の生体組織用刺激電極において、前記電極の表面の中心部に形成される前記凹部の密度は、前記電極の表面の周辺部に形成される凹部の密度と比べて高いことを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項4】
請求項2または請求項3のいずれかの生体組織用刺激電極において、
前記凹部は孔又は溝であることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項5】
請求項4の生体組織用刺激電極において、
前記電極は立体形状を有し、
前記複数の孔は、直径5μm以上30μm以下であると共に、アスペクト比1以上であることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項6】
請求項5の生体組織用刺激電極において、
前記複数の孔は正方格子状又は千鳥状に配置されることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6の何れかに記載の生体組織用刺激電極は、
患者の網膜を構成する細胞の電気刺激を行い視覚の再生を促すための電極であって、該電極は患者眼に設置される所定の基板上に複数個設置される電極であることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項8】
生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極であって、該電極の表面にはフェムト秒レーザの照射による周期構造が形成されることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項9】
請求項8の生体組織用刺激電極において、
前記周期構造は、空間周波数及び深さが200nm以上1200nm以下であることを特徴とすることを特徴とする生体組織用刺激電極。
【請求項10】
生体組織の電気刺激を行うために患者の生体内に取り付けられる生体組織用刺激電極の加工方法であって、前記電極の表面に形成される互いに隣り合う前記凹部の距離が一定となるように、制御手段によってレーザ装置からの前記超短パルスレーザの出力が制御されることを特徴とする生体組織用刺激電極の加工方法。
【請求項11】
請求項10の生体組織用刺激電極の加工方法であって、
前記電極は立体形状を有しており、前記制御手段は前記電極の高さ位置に応じて前記電極に対して照射される前記レーザ光の深さ方向の照射位置を制御することを特徴とする生体組織用刺激電極の加工方法。
【請求項12】
請求項11の生体組織用刺激電極の加工方法において、
前記レーザ装置はフェムト秒レーザを出力させるフェムト秒レーザ装置であることを特徴とする生体組織用刺激電極の加工方法。








【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−74956(P2013−74956A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215939(P2011−215939)
【出願日】平成23年9月30日(2011.9.30)
【出願人】(000135184)株式会社ニデック (745)
【Fターム(参考)】