説明

生体組織識別装置及び方法

【課題】蛍光物質を用いなくても、精度高く、スペクトル情報に基づいて生体組織の正常・異常(腫瘍)を識別できる生体組織識別装置および方法を提供すること。
【解決手段】生体組織から赤外スペクトル情報を取得する赤外スペクトル取得手段(1、2、3、4、5、6、8、9、10、12、13、14)と、この赤外スペクトル取得手段により得られた赤外スペクトル情報に基づいて、生体組織の正常・異常を識別する演算手段(11)と、を有する生体組織識別装置であって、演算手段(11)は、波長範囲の全部または一部における、波長方向の赤外スペクトル情報の変化を表す統計量に基づいて生体組織の正常・異常を識別することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外スペクトル情報により生体組織が正常組織であるか異常組織(腫瘍等)であるかを識別する生体組織識別装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スペクトル情報から生体組織の正常・異常を識別する従来技術として、可視光領域でのハイパースペクトル内視鏡画像から、正常組織と悪性腫瘍とを判別しようという試みが、M E. Martin 等(非特許文献1)によってなされている。しかしながら、非特許文献1の方法では、可視光領域のみの観測によっていることと、ハイパースペクトル観測に必要な強度の照明光を安全に体内に導入する手段がないために、反射率のスペクトル変化だけでは顕著な差異を見出せていない。このため、腫瘍に特異的に吸収される蛍光物質porphyrinを注入し、これによって発生する蛍光を観測する間接的な手法がとられ、動物実験での有効性が示されている。しかしながら、porphyrinは光毒性を有することから、人体への高濃度投与には危険が伴う。非特許文献2では生体の可視域ハイパースペクトル画像から、糖尿病由来の潰瘍の診断指標を算出しているが、この方法では、600nm〜800nm付近で異なる酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの吸収特性を顕在化させて、患部の微小循環の診断を行うもので、組織本来の悪性度を評価することはできない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】M E. Martin et al.: “Development of an Advanced Hyperspectral Imaging (HSI) System with Application for Cancer Detection”, Annals of Biomedical Engineering, Vol.34, No.6, pp.1061-1068 (2006)
【非特許文献2】L. Khaodhiar et al.:” The Use of Medical Hyperspectral Technology to Evaluate Microcirculatory Changes in Diabetic Foot Ulcers and to Predict Clinical Outcomes, Diabetes Care, Vol.30, No.4, pp.903-910 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述の通り、従来の腫瘍の識別技術では、スペクトル情報として可視光のスペクトル情報を用いているので、血液(特に、ヘモグロビン)の影響を受けやすく、生体組織そのもののスペクトル情報を取得しにくい。生体組織そのものの情報を得やすくするために、患者に蛍光物質を投与しているが、蛍光物質そのものが人体にとって好ましくない可能性がある。また、事前に蛍光物質を患者に投与しなくてはならないので、患者への負担が大きい。
【0005】
本発明は上記問題を解決し、蛍光物質を用いなくても、高い精度でスペクトル情報に基づいて生体組織の正常・異常(腫瘍)を識別できる生体組織識別装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明は以下の手段を有する。
第1の手段は、生体組織から赤外スペクトル情報を取得する赤外スペクトル取得手段と、前記赤外スペクトル取得手段により得られた赤外スペクトル情報に基づいて、前記生体組織の正常・異常を識別する演算手段と、を有する生体組織識別装置であって、前記赤外スペクトル情報は、1220−1380nmの波長範囲(1255−1285nmを除く)の赤外スペクトル情報であり、前記演算手段は、前記波長範囲の全部または一部における、波長方向の赤外スペクトル情報の変化を表す統計量に基づいて前記生体組織の正常・異常を識別する、ことを特徴とする生体組織識別装置である。
第1の手段によれば、蛍光物質を用いなくても、1220−1380nmの波長範囲(1255−1285nmを除く)の赤外スペクトル情報に基づいて生体組織が正常か異常(腫瘍等)かの識別が高い精度で可能となる。赤外光、特に1220−1380nm(1255−1285nmを除く)の波長の赤外光を用いているため、血液中のヘモグロビンの吸収の影響を受けにくく、組織そのもののスペクトル情報が得られる。
【0007】
本発明者は、正常組織と異常組織(腫瘍、癌組織等)の赤外スペクトル情報を実際に測定して比較した結果、1220−1380nm(1255−1285nmを除く)の波長領域において、波長方向の差分などから算出した統計量に基づいて評価することにより、当該ピクセルの波長方向での不均一性を顕在化させることができるとの知見を得た。図1の実際に測定した正常組織と異常組織(胃癌組織)の赤外スペクトル情報のグラフの例に示されるように、1220−1380nm付近では、複数の病理サンプルについて比較した場合、正常組織での赤外反射率スペクトルのパターンはほぼ同一であるのに対して、腫瘍組織についての大きなうねり(低周波成分)には、首尾一貫した傾向は見出されないものの、チャネルごとの細かい変動(高周波成分)がどの腫瘍サンプルについても顕著に観察された。本発明は、この赤外スペクトルの変動を、精度を高めるために特に1255−1285nmの領域を除いて、1220−1380nmの波長範囲の全部または一部における変化を表す統計量に基づいて評価することにより、異常組織と正常組織とを識別するものである。
【0008】
第2の手段は、波長方向の赤外スペクトル情報の差分の絶対値に基づいて、異常組織と正常組織とを識別するものである。
第2の手段によれば、発明者の実験により得られた、正常組織と異常組織のスペクトル情報の変動成分の差違、および、正常組織と異常組織のスペクトルパターンの差違が、この波長範囲において特に顕著であるという知見に基づいているので、高い精度で生体組織の正常・異常を識別することが可能となる。
【0009】
第3の手段は、波長方向の赤外スペクトル情報の差分の二乗和に基づいて、異常組織と正常組織とを識別するものである。
第3の手段によれば、発明者の実験により得られた、正常組織と異常組織のスペクトル情報の変動成分の差違、および、正常組織と異常組織のスペクトルパターンの差違が、この波長範囲において特に顕著であるという知見に基づいているので、高い精度で生体組織の正常・異常を識別することが可能となる。
【0010】
第4の手段は、第1〜3の手段のいずれかにおいて、前記赤外スペクトル取得手段は、内視鏡により生体内の生体組織の赤外スペクトル情報を取得することを特徴とする生体組織識別装置である。
【0011】
第5の手段は、第1〜3の手段のいずれかにおいて、前記演算手段において、異常として識別される生体組織は消化器系の腫瘍である、ことを特徴とする生体組織識別装置である。
第5の手段によれば、本発明者の実験により得られた、本発明の生体組織の正常・異常の識別が、胃癌などの消化器系の腫瘍の識別に特に有効であるという知見に基づいているので、高い精度で消化器系の腫瘍を識別することが可能となる。
【0012】
第6の手段は、赤外スペクトル取得手段により得られた生体組織からの、1220−1380nmの波長範囲(1255−1285nmを除く)の赤外スペクトル情報に基づいて、前記生体組織の正常・異常を識別する生体組織識別方法であって、前記赤外スペクトル情報の前記波長範囲の全部または一部における、波長方向の赤外スペクトル情報の統計量を算出するステップと、前記赤外スペクトル情報の変化を表す統計量に基づいて前記生体組織の正常・異常を識別するステップと、を有する生体組織識別方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、蛍光物質を用いなくても、赤外スペクトル情報に基づいて生体組織の正常・異常(腫瘍)を高い精度で識別できる。スペクトル情報として赤外光のスペクトル情報を用いているので、血液(特に、ヘモグロビン)の影響を受けにくく、蛍光物質を用いなくても生体組織そのもののスペクトル情報を取得しやすい。蛍光物質を用いないので、人体に対する影響が少なく、検査も簡便になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】正常細胞組織の反射率スペクトルと悪性腫瘍組織の反射率スペクトルとを赤外域において示すグラフ。
【図2】本発明の一実施形態である生体組織識別装置の構成を示した図。《図2A》全体構成図。《図2B》リニアバリアブルフィルタを使用する場合の構成を示した図。《図2C》グリズムを使用する場合の構成を示した図。
【図3】本発明の一実施形態を用いて胃内壁の腫瘍領域を検出するために、関心波長帯域(1220−1380)から1255−1285nmを除外した波長領域の赤外スペクトル情報の差分の絶対値を平均化した画像。
【図4】本発明の一実施形態を用いて胃内壁の腫瘍領域を検出するために、関心波長帯域(1220−1380)から1255−1285nmを除外した波長領域の赤外スペクトル情報の差分の二乗和を表した画像。
【図5】本発明の実施形態による識別結果と病理検査結果との比較を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下では、本発明の各実施形態に係る装置等について説明する。まず、波長を掃引可能であって、反射輝度の時間変化により、生体組織の正常・異常を識別できる装置について、図2Aを用いて説明する。
【0016】
本装置は、帯域幅5nmの狭帯域照明光の中心波長を1225nmから1375nmの範囲で変化させ、5nm間隔で取得した連続画像から、各ピクセルにおける波長方向での不均一性の大小を組織の赤外反射スペクトルの強度に基づいて評価し、画像化するものである。
【0017】
図2Aにおいて、フェムト波赤外光源1は一般的にはSC光源とも呼ばれる物である。フェムト秒の赤外単色レーザーを高非線形光ファイバに入射させると自己位相変調という非線形光学効果により単色のレーザー光は広帯域の白色光に変換される。ここでは波長1550nmのフェムト秒レーザーを種光源として非線形光ファイバにより波長変換を行い、波長1100−2500nmの白色光を得ている。フェムト波赤外光源1で発生した光は、分光器2で可動スリット3面上に展開される。可動スリット3は、静電型アクチュエータ4で、三角波状に駆動され、連続スペクトル1220−1380nmから半値幅が5nmで中心波長1225−1375nmの範囲の光が取り出され、集光レンズ5で照明用赤外ファイバ6に導かれる。この光で照明された観測対象物7の画像は、赤外多芯ファイバと対物レンズからなる赤外ファイバースコープ8を通して、赤外CCDカメラ9によって電気信号に変換され、画像入力ボード10を経て、演算装置11に導かれる。
【0018】
演算装置11では、後述する演算方法に基づいて算出した結果を過去45フレーム分平均化し、画像表示装置12上に表示する。なお、静電アクチュエータ4の制御回路13には、画像入力ボード10の画像取り込みと同期して、1画面入力ごとに、5nmの波長変化が得られるように、クロック信号が送られる。すなわち、制御回路13からは、周期0.75秒の対称三角波が出力され、その振幅は、可動スリット3からの出力光中心波長が、1225−1375nmになるように、可変減衰器R(14)で調整される。
【0019】
また、同装置における分光器2、可動スリット3、及び静電型アクチュエータ4の代わりに、図2Bに示すような、リニアバリアブルフィルタ(LVF)23とLVF駆動用モータ24を用いてもよい。一般的に、分光器に比べ、リニアリティが良く、アライメントが容易である。なお、図2Bでは、ファイバ(光源側)20とファイバ(照明用)21の両方に対して、コリメートレンズ22を2つ使用しているが、ファイバ(照明用)21側に1つだけでもよい。
また、同様に、図2Cに示すような、グリズム26を使用してもよい。グリズム26は、グレーティング25を含むことにより、コリメートレンズ22までの距離を短くできる。
【0020】
同装置によれば、照明側の波長帯域幅を十分に狭く設定することが可能なため、観測対象物7に加えられる照射エネルギーは十分に低く抑えることができ、受光側の波長帯を限定するハイパースペクトル内視鏡と比べ、観測対象物への熱的影響を格段に低減することができる。これは、ハイパースペクトル撮影には通常強い強度の照明が必要であるが、特に内視鏡検査では、組織に損傷を与えないようするために有効である。
また、波長差分を画像情報として扱うため、通常用いられるハイパースペクトル画像処理装置に比べ、画像バッファや演算機構を簡素化することができ、実時間性の優れた観測が実現される。なお、本例では、画像取得を1フレーム1/60秒としているが、高速撮像カメラを用いる、あるいは、差分量の平均化の演算を、指数荷重平均にするなどの変更により実時間性をより高めることも可能である。
また、腫瘍検出に最適な波長域のみをスキャンすることで、標準的な画像取得ボードを用いた例でも、1.3秒で1画像を形成することができ、さらに実時間性を高めることができ、手術現場などでの優位性を有する。
【0021】
なお、本発明の赤外スペクトル取得手段は、フェムト波赤外光源1、分光器2、可動スリット3、静電アクチュエータ4、集光レンズ5、照明用赤外ファイバ6、赤外ファイバースコープ8、赤外CCDカメラ9、画像入力ボード10、制御回路13、可変減衰器R14に対応し、演算手段は演算装置11に対応し、赤外光源はフェムト波赤外光源1、分光器2、可動スリット3、静電アクチュエータ4、集光レンズ5、照明用赤外ファイバ6に対応する。
【0022】
次に、本発明における赤外スペクトル取得手段により得られた赤外スペクトル情報に基づいて、前記生体組織の正常・異常を識別する演算手段について説明する。
【0023】
<第1実施形態>
本実施形態では、ハイパースペクトルデータ空間内の波長方向の微分(差分)を優先的に評価し、関心波長帯域(1220〜1380nm)から1255−1285nmを除いた波長領域の赤外スペクトル情報の差分の絶対値を平均化することで、当該ピクセルの波長方向での不均一性を顕在化させる。このような処理を腫瘍のある胃内壁のHS画像に適用した結果を図3に示す。図上白く現れているところが腫瘍組織、黒く現れているところが正常組織であり、これは、病理検査結果とほぼ一致している。
【0024】
<第2実施形態>
本実施形態では、ハイパースペクトルデータ空間内の波長方向の微分(差分)を優先的に評価し、関心波長帯域(1220〜1380nm)から1255−1285nmを除いた波長領域の赤外スペクトル情報の差分の二乗和を平均化することで、当該ピクセルの波長方向での不均一性を顕在化させる。このような処理を腫瘍のある胃内壁のHS画像に適用した結果を図4に示す。図上白く現れているところが腫瘍組織、黒く現れているところが正常組織であり、これは、病理検査結果とほぼ一致している。
【0025】
図5は、本発明による腫瘍組織の検出精度の評価するため本発明の実施形態による識別結果と病理検査結果との比較を示した図である。最上段は、第2実施形態において、比較的白っぽい部分が腫瘍組織と識別された部位を示す。2段目は、1255−1285nmの波長領域を除かない場合に腫瘍組織と識別された部位を、参考のため示す。3段目は、当腫瘍組織の組織断面の病理検査結果に基づき悪性腫瘍組織と判断された部位を示す。4段目と5段目は、1段目と2段目の結果を2値化したものを示す。以上のように、波長範囲1255−1285nmを除いて評価することにより、腫瘍組織の識別性が向上していることがわかる。そして、3段目と4段目を比べると、本実施形態が、病理検査結果と良い一致を示していることがわかる。
【符号の説明】
【0026】
1 フェムト波赤外光源
2 分光器
3 可動スリット
4 静電型アクチュエータ
5 集光レンズ
6 照明用赤外ファイバ
7 観測対象物
8 赤外ファイバースコープ
9 赤外CCDカメラ
10 画像入力ボード
11 演算装置
12 画像表示装置
13 制御回路
14 可変減衰器R
20 ファイバ(光源側)
21 ファイバ(照明用)
22 コリメートレンズ
23 リニアバリアブルフィルタ(LVF)
24 LVF駆動用モータ
25 グレーティング
26 グリズム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体組織から赤外スペクトル情報を取得する赤外スペクトル取得手段と、
前記赤外スペクトル取得手段により得られた赤外スペクトル情報に基づいて、前記生体組織の正常・異常を識別する演算手段と、を有する生体組織識別装置であって、
前記赤外スペクトル情報は、1220−1380nmの波長範囲(1255−1285nmを除く)の赤外スペクトル情報であり、
前記演算手段は、前記波長範囲の全部または一部における、波長方向の赤外スペクトル情報の変化を表す統計量に基づいて前記生体組織の正常・異常を識別する、
ことを特徴とする生体組織識別装置。
【請求項2】
前記変化を表す統計量は、波長方向の赤外スペクトル情報の差分の絶対値である、
ことを特徴とする請求項1記載の生体組織識別装置。
【請求項3】
前記変化を表す統計量は、波長方向の赤外スペクトル情報の差分の二乗和である、
ことを特徴とする請求項1記載の生体組織識別装置。
【請求項4】
前記赤外スペクトル取得手段は、内視鏡により生体内の前記生体組織の赤外スペクトル情報を取得する、
ことを特徴とする請求項1〜3いずれか記載の生体組織識別装置。
【請求項5】
前記演算手段において、異常として識別される前記生体組織は消化器系の腫瘍である、
ことを特徴とする請求項1〜3いずれか記載の生体組織識別装置。
【請求項6】
赤外スペクトル取得手段により得られた生体組織からの、1220−1380nmの波長範囲(1255−1285nmを除く)の赤外スペクトル情報に基づいて、前記生体組織の正常・異常を識別する生体組織識別方法であって、
前記赤外スペクトル情報の前記波長範囲の全部または一部における、波長方向の赤外スペクトル情報の変化を表す統計量を算出するステップと、
前記赤外スペクトル情報の前記変化を表す統計量に基づいて前記生体組織の正常・異常を識別するステップと、
を有する生体組織識別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−92220(P2011−92220A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−239576(P2009−239576)
【出願日】平成21年10月16日(2009.10.16)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】