説明

生体試料反応用チップおよび生体試料反応方法

【課題】少ない反応液を簡易な方法で反応容器に供給し、効率よく反応処理を行うことが可能な、生体試料反応用チップを得る。
【解決手段】複数の反応容器105と、各々の反応容器105の一端と接続され、反応液を導入する開口部106を備えた反応液導入用流路103と、各々の反応容器105の他方の端部と接続された排気用流路104とを備え、反応液導入用流路103の幅をa、反応液導入用流路103と反応容器105の接続部分の幅をb、反応容器105の深さをc、反応容器105と排気用流路104の接続部分の幅をd、排気用流路104の幅をe、とすると、a>b>c>dかつe>dである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅などの生体試料反応を行うための、生体試料反応用チップおよび生体試料反応方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラス基板等に微細流路が設けられたマイクロ流体チップを使用して、化学分析や化学合成、あるいはバイオ関連の分析などを行う方法が注目されている。マイクロ流体チップは、マイクロTotal Analytical System (マイクロTAS)や、Lab-on-a-chip等とも呼ばれ、従来の装置に比較して試料や試薬の必要量が少ない、反応時間が短い、廃棄物が少ないなどのメリットがあり、医療診断、環境や食品のオンサイト分析、医薬品や化学品などの生産等、広い分野での利用が期待されている。試薬の量が少なくてよいことから、検査のコストを下げることが可能となり、また、試料および試薬の量が少ないことにより、反応時間も大幅に短縮されて検査の効率化が図れる。特に、医療診断に使用する場合には、試料となる血液など検体を少なくすることができるため、患者の負担を軽減できるというメリットもある。
【0003】
試薬や試料として用いるDNAやRNAなどの遺伝子を増幅する方法として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法がよく知られている。PCR法は、ターゲットのDNAと試薬を混合したものをチューブに入れて、サーマルサイクラーという温度制御装置で、55℃、72℃、94℃の3段階の温度変化を数分の周期で繰り返し反応させるもので、ポリメラーゼという酵素の作用により温度サイクル1回あたり、約2倍にターゲットDNAだけを増幅することができる。
【0004】
近年、特殊な蛍光プローブを用いたリアルタイムPCRという方法が実用化され、増幅反応を行いながらDNAの定量ができるようになった。リアルタイムPCRは、測定の感度、信頼性が高いことから、研究用、臨床検査用に広く使われている。
【0005】
しかし、従来の装置では、PCRに必要な反応液の量は数十μlが標準的であり、また、1つの反応系では基本的に1つの遺伝子の測定しかできないという問題があった。蛍光プローブを複数入れてその色で区別することにより4種類程度の遺伝子を同時に測定する方法もあるが、それ以上の遺伝子を同時に測定するためには反応系の数を増やすしかなかった。検体から抽出されるDNAの量は一般に少量であり、また試薬も高価なため同時に多数の反応系を測定することは困難であった。
【0006】
特許文献1には、半導体基板上に集積化されたマイクロウェルを作製して、当該ウェルの中でPCRを行うことにより、微量のサンプルで、多数のDNA試料を一度に増幅して解析を行う方法が開示されている。
【特許文献1】特開2000−236876号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1には、ウェル内に微量のサンプルを導入する具体的な方法については示されていない。実際、1μl以下の微量な反応液を定量して反応容器に効率よく供給することは従来困難であった。
【0008】
本発明の目的は、少ない反応液を簡易な方法で反応容器に供給し、効率よく反応処理を行うことが可能な、生体試料反応用チップおよび生体試料反応方法を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る生体試料反応用チップは、複数の反応容器と、各々の前記反応容器の一端と接続され、反応液を導入する開口部を備えた第1の流路と、各々の前記反応容器の他方の端部と接続された第2の流路と、を備え、前記第1の流路の毛管力をA、前記第1の流路と前記反応容器の接続部分の毛管力をB、前記反応容器の毛管力をC、前記反応容器と前記第2の流路の接続部分の毛管力をD、前記第2の流路の毛管力をE、とすると、A<B<C<DかつE<Dであることを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、反応容器内に、毛管力により反応液を充填することができるので、ピペットで定量することが難しい非常に少量の反応液を、所定量反応容器内に供給することができる。このように、少ない反応液を簡易な方法で反応容器に供給し、効率よく反応処理を行うことが可能となる。また、反応液の量が少量でよいため、コストを下げることが可能となり、また、反応時間も大幅に短縮されて処理の効率化が図れる。また、一度に多数の反応容器内で処理を行うことができるため、多数のサンプルを用いた検査等を少ない試薬の量で効率よく行うことができる。
【0011】
また、各々の前記反応容器には、反応に必要な試薬を塗布しておくことができる。
これにより、使用者は、反応液を充填するだけで簡易に検査等を行うことができる。
【0012】
本発明に係る生体試料反応方法は、上記の生体試料反応用チップを用いた生体試料反応方法であって、前記第1の流路内に前記開口部から前記反応液を供給し、前記反応容器に前記反応液を充填する工程と、前記第1の流路および前記第2の流路に、前記反応液と混和せず前記反応液よりも蒸発しにくい液体を充填する工程と、生体試料反応処理を実行する工程とを備えたものである。
【0013】
本発明によれば、反応容器内に、毛管力により反応液を充填することができるので、ピペットで定量することが難しい非常に少量の反応液を、所定量反応容器内に供給することができる。このように、少ない反応液を簡易な方法で反応容器に供給し、効率よく反応処理を行うことが可能となる。また、反応液の量が少量でよいため、コストを下げることが可能となり、また、反応時間も大幅に短縮されて処理の効率化が図れる。また、一度に多数の反応容器内で処理を行うことができるため、多数のサンプルを用いた検査等を少ない試薬の量で効率よく行うことができる。
【0014】
さらに、第1の流路および第2の流路に、反応液と混和せず反応液よりも蒸発しにくい液体を充填するようにしたので、各々の反応容器を分離して、反応容器間でのコンタミネーションを防止することができる。また、反応処理中に、反応液が蒸発するのを防止することもできる。
【0015】
また、前記生体試料反応処理は核酸増幅を含む処理であり、前記反応液には、ターゲット核酸、核酸を増幅するための酵素、及びヌクレオチドが所定の濃度で含まれており、前記反応容器には、予めプライマーが塗布されていることとすることができる。
また、リアルタイムPCR処理を行う場合には、反応装置内に予め蛍光プローブを塗布しておいてもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
実施の形態1.
図1(A)は、本発明の実施の形態1によるマイクロリアクターアレイ(生体試料反応用チップ)10の概略構成を示す上面図、図1(B)は、マイクロリアクターアレイ10を図1(A)に示すB方向から見た正面図、図1(C)は、図1(A)のC−C断面図である。図に示すように、核酸検出装置10は、透明基板101,102、反応液導入用流路(第1の流路)103、排気用流路(第2の流路)104、反応容器105、開口部106〜109を備えている。
【0017】
図1に示すように、マイクロリアクターアレイ10は、透明基板101,102を貼り合わせて構成されている。透明基板101には、反応液導入用流路103、排気用流路104、及び開口部106〜109が形成されている。開口部106,107は、それぞれ反応液導入用流路103の端部と接続されている。図1に示すように、反応液導入用流路103及び排気用流路104は、幅500μm、深さ500μmに形成されている。
【0018】
透明基板102には、複数の反応容器105が形成されている。反応容器105は、500μm×750μm、深さ100μmに形成されている。反応容器105は反応液導入用流路103及び排気用流路104と連通するように形成されている。隣り合う反応容器105間の距離は、反応容器105間での反応液の混合を防止できるように十分に確保されている。
【0019】
透明基板101,102は例えばガラス基板とすることができ、その場合には、反応液導入用流路103、排気用流路104、及び開口部106〜109及び反応容器105はエッチングやサンドブラスト法によって形成することができる。
【0020】
なお、反応容器105の内壁面は親液性に、反応液導入用流路103及び排気用流路104の内壁面は撥液性となるように表面処理を施しておくことが望ましい。また、反応液導入用流路103及び反応容器105の内壁面にはタンパク質などの生体分子の非特異吸着を抑制する表面処理が施されていることが望ましい。
【0021】
図2は、マイクロリアクターアレイ10の各部の大小関係を説明する模式図である。図2は図1(A)のC−C断面を示している。図に示すように、反応液導入用流路103の幅をa、反応液導入用流路103と反応容器105の接続部分の幅をb、反応容器105の深さをc、反応容器105と排気用流路104の接続部分の幅をd、排気用流路104の幅をe、とすると、以下の関係が成り立つ。
a>b>c>d
e>d
【0022】
一般に、液体が微細な流路内に進入する際には、以下の式で表される毛管力Pが作用する。
P=(lγcosθ)/S
ここで、lは流路の流れに垂直な断面の周長、Sはその面積、γは表面張力、θは接触角、である。ここでは、γ、θは一定、a〜e以外の流路の幅は500μmで一定であるので、反応液導入用流路103の毛管力をA、反応液導入用流路103と反応容器105の接続部分の毛管力をB、反応容器105の毛管力をC、反応容器105と排気用流路104の接続部分の毛管力をD、排気用流路104の毛管力をE、とすると、以下の関係が成り立つ。
A<B<C<D
E<D
【0023】
図3を用いて、マイクロリアクターアレイ10に反応液を供給する方法を説明する。反応液には、ターゲット核酸、ポリメラーゼ、及びヌクレオチド(dNTP)が反応に適した所定の濃度で含まれている。
ターゲット核酸は、例えば血液、尿、唾液、髄液のような生体サンプルから抽出したDNA、または抽出したRNAから逆転写したcDNAなどを用いることができる。
プライマーは反応液に含まれていてもよいが、本実施例のマイクロリアクターアレイでは、各反応容器105内に、予め塗付され乾燥状態で収容されている。それぞれの反応容器105には、異なるプライマーが塗付されており、同時に多数のPCRが行えるようになっている。
【0024】
まず、図3(A)に示すように、開口部106から、ピペットやシリンジポンプ等を用いて反応液導入用流路103に反応液を供給すると、反応液は毛管力によって反応液導入用流路103を充填しながら進む。さらに、図3(B)に示すように、反応液が反応容器105との接続部分に達すると、反応液は毛管力により反応容器105内に浸入する。上述したように、反応液導入用流路103の幅a、反応液導入用流路103と反応容器105の接続部分の幅b、反応容器105の深さcの間には、a>b>cの関係がある。このため、毛管力は、反応液導入用流路103内、接続部分、反応容器105内の順に大きくなるため、反応液は毛管力によって反応容器105内に進行し、反応容器105を充填する。
【0025】
さらに、反応容器105内に浸入した反応液は、反応容器105と排気用流路104との接続部分で進行を停止する。これは、反応容器105と排気用流路104の接続部分の幅d、排気用流路104の幅eの間には、e>dの関係があるため、毛管力は、排気用流路104内の方が接続部分よりも小さく、従って反応液は毛管力によって反応容器105から排気用流路104へ進行することができないからである。
【0026】
以上のように、毛管力により、全ての反応容器105を反応液で満たすことができる。反応容器105の容積は約0.04μlであり、充填された反応液の量も約0.04μlとなる。これは従来のPCRにおける反応液の一般的な量の例である20μlと比べると非常に少ない。従来、反応液の定量にはピペットを用いていたが、0.04μlほどの微量の反応液をピペットで定量することは難しい。しかし、本実施形態によれば、ごく微量の反応液を正確に反応容器105に導入することができる。
【0027】
続いて、図3(C)に示すように、開口部106からピペットまたはシリンジポンプを用いて反応液導入用流路103にミネラルオイルを注入する。この時、反応液導入用流路103内に反応液が残っている場合には、開口部107から排出される。一方、反応容器105内の反応液は排気用流路104へ排出されず、ミネラルオイルが反応容器105との接続部分に達しても反応容器105内には侵入しない。なお、ミネラルオイルを反応液導入用流路103に充填する間は排気用流路104の2つの開口部108,109はテープなどによって塞いでおくことが望ましい。
【0028】
さらに、図3(D)に示すように、開口部108からピペットまたはシリンジポンプを用いて排気用流路104にミネラルオイルを注入し、充填する。なお、ミネラルオイルを排気用流路104に充填する間は反応液導入用流路103の2つの開口部106、107はテープなどによって塞いでおくことが望ましい。
【0029】
このように、反応液導入用流路103と排気用流路104にミネラルオイルを充填することによって、個々の反応容器105を分離して、反応容器105間でのコンタミネーションを防止することができる。また、反応処理中に、反応容器105内が乾燥することを防止することもできる。なお、ミネラルオイルの代わりに反応液と混和せず反応液よりも蒸発しにくい液体であれば用いることができる。
【0030】
以上のような手順でマイクロリアクターアレイ10に反応液を供給したら、マイクロリアクターアレイ10をサーマルサイクラーに設置しPCR処理を行う。一般的には、まず、94℃で2本鎖DNAを解離させる工程を実行し、次に、プライマーを約55℃でアニーリングする工程を実行し、次に耐熱性のDNAポリメラーゼを使用して約72℃で相補鎖の複製を行う工程を含むサイクルを繰り返す。
次に、マイクロリアクターアレイ10を用いた、リアルタイムPCRの実施方法について説明する。
マイクロリアクターアレイ10をリアルタイムPCR反応用の反応装置として用いる場合、反応容器105の内壁にはPCR反応に用いるプライマーと蛍光プローブが予め塗布されており、1サイクル毎にCCDセンサ等を用いて蛍光強度を測定する。特定の蛍光強度に到達したサイクル数から、初期のターゲット核酸の量を算出測定する。なお、リアルタイムPCRの実施方法は上記のものに限られない。例えば、SYBR(登録商標) Greenのような二本鎖結合蛍光色素を用いる場合には、蛍光プローブは不要である。
【0031】
以上のように、実施の形態1によれば、反応容器105内に、毛管力により反応溶液を充填することができるので、ピペットで定量することが難しい非常に少量の反応液でも、所定量反応容器105内に供給することができる。また、反応液の量が少量でよいため、コストを下げることが可能となる。また、反応液の量が少なくなると、熱容量が小さくなるので、PCRのサイクルタイムが短縮でき反応時間が短縮されて処理の効率化が図れる。また、一度に多数の反応容器105内で処理を行うことができるため、多数のサンプルを用いた検査等を少ない試薬の量で効率よく行うことができる。また、各々の反応装置105に、ターゲット核酸の増幅と定量に必要なプライマー及び蛍光プローブを塗布しておくことにより、使用者は、反応液を充填するだけで簡易にPCR処理を行うことができる。
【0032】
また、反応液を反応容器105内に充填した後、反応液導入用流路103と排気用流路104にミネラルオイルを充填してからPCR処理を行うようにしたので、各々の反応容器105を分離して、反応容器間でのコンタミネーションを防止することができる。また、反応処理中に、反応容器105内の反応液が蒸発するのを防止することもできる。
【0033】
なお、実施の形態1では、マイクロリアクターアレイ10をリアルタイムPCR反応用の反応装置として用いたが、遺伝子や生体試料を用いた様々な反応に利用することができる。例えば、特定のタンパク質を特異的に捕捉(例えば、吸着、結合等)する抗原、抗体、レセプター、酵素等のタンパク質、ペプチド(オリゴペプチド)等を反応容器105内に塗布しておき、反応液からターゲットのタンパク質を検出する処理等に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1(A)は、本発明の実施の形態1によるマイクロリアクターアレイの概略構成を示す上面図、図1(B)は、マイクロリアクターアレイを図1(A)に示すB方向から見た正面図、図1(C)は、図1(A)のC−C断面図である。
【図2】実施の形態1によるマイクロリアクターアレイの各部の大小関係を説明する模式図である。
【図3】実施の形態1によるマイクロリアクターアレイに反応液を供給する方法を説明する図である。
【符号の説明】
【0035】
10 マイクロリアクターアレイ、101,102 透明基板、103 反応液導入用流路、104 排気用流路、105 反応容器、106〜109 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の反応容器と、
各々の前記反応容器の一端と接続され、反応液を導入する開口部を備えた第1の流路と、
各々の前記反応容器の他方の端部と接続された第2の流路と、を備え、
前記第1の流路の毛管力をA、前記第1の流路と前記反応容器の接続部分の毛管力をB、前記反応容器の毛管力をC、前記反応容器と前記第2の流路の接続部分の毛管力をD、前記第2の流路の毛管力をE、とすると、
A<B<C<DかつE<D
であることを特徴とする生体試料反応用チップ。
【請求項2】
各々の前記反応容器には、反応に必要な試薬が塗布されていることを特徴とする請求項1に記載の生体試料反応用チップ。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の生体試料反応用チップを用いた生体試料反応方法であって、
前記第1の流路内に前記開口部から前記反応液を供給し、前記反応容器に前記反応液を充填する工程と、
前記第1の流路および前記第2の流路に、前記反応液と混和せず前記反応液よりも蒸発しにくい液体を充填する工程と、
生体試料反応処理を実行する工程と、を備えた生体試料反応方法。
【請求項4】
前記生体試料反応処理は核酸増幅を含む処理であり、前記反応液には、ターゲット核酸、核酸を増幅するための酵素、及びヌクレオチドが所定の濃度で含まれており、
前記反応容器には、予めプライマーが塗布されていることを特徴とする請求項3に記載の生体試料反応方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−112278(P2009−112278A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291214(P2007−291214)
【出願日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】