説明

生化学物質分離装置および分離法

【課題】簡便に高純度で目的生体物質の分離を行うことを可能とする生体物質分離チップおよびこれを用いた生体物質の分離装置および分離回収方法を実現する。
【解決手段】細孔のトランスポーターを含む脂質2重層が細孔に固定された部材と、前記細孔の一方に設けられた試料を添加する機構と、前記細孔の他方に設けられた細孔を通過する生化学物質を回収する機構とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞膜が、細胞膜を通過する物質を選択する機能を持つことに着目した、簡便に高純度で目的生体物質の分離を行うことを可能とする生体物質分離チップおよびこれを用いた生体物質の分離装置および分離回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本明細書において、生化学物質というのは、アミノ酸、ジペプチド、トリペプチドなどのオリゴペプチド、タンパク質などのポリペプチド、核酸、mRNAなどのRNA、単糖、2単糖やオリゴ糖、多糖類などの糖類、ステロイドなどのホルモン類、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどの神経伝達物質、そのほか内分泌攪乱剤、各種薬剤、カリウム、ナトリウム、塩化物イオン、水素イオンなど生命現象にかかわる物質一般を指す。このように生化学物質とは多種多様な性質を持つものであるので、物質ごとに色々な分離法が考案され利用されてきた。
【0003】
例えば、アミノ酸や糖の分離では、今でも、液体クロマトグラフィーが最も重要な分離手段であるが、そのバリエーションは、ペーパークロマトグラフィー、箔層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィーなどクロマトグラフィーを実行する上での形状のバリエーションに加え、分離単体の種類と分離溶媒のバリエーションが多様であるので、条件を最適化することで多くの生化学物質や化学物質を分離することが可能である。あるいはこれに類似の技術で、溶液の搬送を電気浸透流で行う方法も利用されている。
【0004】
タンパク質やポリヌクレオチド(DNAやRNA)などの電荷を持った高分子の分離には一般的に電気泳動が用いられる。電気泳動においても、分離単体の選択と、溶媒の選択(多くの場合、pHと静電力のコントロールを行う)により、高分離で、一般的には、サイズの2%くらいまでの違いを識別し分離できる。あるいはチャージの違いで分ける等電点電気泳動では0.02pHの違いに対応する等電点の違いでタンパク質を分離できる。ポリヌクレオチドの分野で、DNAシーケンサーに用いられている技術では、類似配列のDNAに限れば、700bpと701bpのDNAを長さの差で分離することも可能である。
【0005】
生化学研究の分野は、このような分離手段に支えられて発展してきた。生命の構成要素を成分ごとに分離し、それらの特性を明らかにすることで、生命現象全体が再構築できると考えられていたからである。近年のゲノム研究をはじめとするオーミクス研究では、生体の構成要因は遺伝子だけでも数万に及び、それ以外に、ゲノム情報によらずに関係し合う化学物質や物質間の相互作用は膨大な数にのぼることが明らかになりつつある。このため、生命現象は物質の複雑な相互作用の結果であるという古典的な解釈が再浮上している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これらの方法のうち、クロマトグラフィーは担体と溶媒界面における媒質の分配に依存する。電気泳動では担体と媒質の相互作用の度合いにより分離を行う。このため、分離する媒質の分子数が少ないと、媒質が担体に吸着されてしまい、回収できないことが頻繁に起きる。クロマトグラフィーや電気泳動の担体体積と表面積を小さくすることである程度解決できるが、分離する試料体積も少なくする必要があり、限界がある。この限界に挑んでいるのがナノクロマトグラフィーやナノ電気泳動である。分子数が数分子まで少なくなると、吸着の問題以外にも、確率論的なエラーも増えるので確実に分子を分離することが更に難しくなる。特にクロマトグラフィーは統計的に十分な分子が統計的に十分な数の相互作用席とインタラクションすることを前提としており、分離すべき分子の数が少なくなったからといって担体の相互作用席すなわちカラム表面積を少なくしたのでは、分離すべき分子と担体の相互作用席の衝突確率が低下してしまい、分離が不正確になる。
【0007】
電気泳動においても、分離すべき分子数が少なくなっても電気泳動路を短くすることはできない。DNA一分子の電気泳動を行う報告も頻繁に出ているけれども、1分子を実際に電気泳動分離して利用した例は皆無に等しい。
【0008】
生化学物質の場合、それを高純度に精製するのが必ずしも適切であるとは限らない。多くの場合、ある生化学物質は他の特定の物質と共同作業を行っており、それらを分離してしまうと本来の能力を発揮しないことがよくある。
【0009】
本発明は、以上のような従来技術の問題点を解消し、単に生化学物質を分離するという観点だけではなく、細胞の機能を明らかにするため、細胞に対して活性のある極小数の分子を機能追跡が可能な形で分離する、新しい技術手段を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、従来は生化学物質の分離とは関係の無いトランスポーターの研究用に開発されたパッチクランプ法として知られている分析手段に着目し、これを生化学物質の分離技術に発展させたものである。
【0011】
一般的にパッチクランプには、
1)先端が1μm程度の開口部を持つガラス細管を細管の内外の電気抵抗がギガオームレベルになるまで細胞に押し付けることで密着させて調製するinside−outタイプ(細胞膜の細胞質側がガラス細管の外を向いている)、
2)ガラス細管を細胞に押し付けた状態で吸引し、ガラス細管内に形成した脂質二重層を突き破ることで細胞全体をガラス細管の先に取り付けた形状のwhole−cellタイプ、
3)whole−cellタイプを形成した後に、ガラス細管近傍の脂質二重層を残す形で細胞を脱落させ、細管開口部周りに残っている脂質二重層を用いて細管開口部を封印して調製するoutside−out(細胞質の外側が細管の外を向いている)タイプ、
の3種類が用いられている。
【0012】
パッチクランプ法は、そもそも、トランスポーターの研究用に開発された技術であり、トランスポーターを介してのイオンの移動を電流変化として計測するものである。分析用の手段として開発された3種のパッチクランプ法のいずれの場合も、ガラス細管1本での操作によるトランスポーター自体の分取であり、従って、生化学物質の分離分取用の装置や手法としての認識はまったく無い。
【0013】
本発明は、このパッチクランプ法に着目して上記の課題を解決するものである。パッチクランプ法で利用される細胞膜や核膜あるいはミトコンドリアの膜などに存在するトランスポーターを生化学物質の分離に利用する。トランスポーターとは、特定の化学物質が細胞膜などを通過する特別なチャンネルのことである。一般的には、グルタミン酸などのアミノ酸や、ジペプチドやトリペプチドなどのオリゴペプチドや種々低分子有機物が細胞膜を通過させて輸送するものである。
【0014】
表1には、本発明に適用して好適なトランスポーターの例を、細胞と標識に採用できる特定の物質について示す。参照番号93にトランスポーター名、参照番号94に細胞膜のギャップを乗り越えて移動する基質、参照番号95にトランスポーターが発現している臓器ないし細胞を表す。
【0015】
【表1】

もちろん、全ての細胞において存在するトランスポーターが知られているわけではなく、ゲノム配列から予想されるオーファントランスポーターや、トランスポーターが未知あるいは、表2記載のアルギニンオリゴマーのように具体的なトランスポーターという概念のチャンネルを使わなくても細胞膜を乗り越えて細胞内外に移動する物質もある。たとえば、一般に脂溶性が高く細胞内に取り込まれるステロイドや薬剤、有機物などの膜通過輸送にかかわる機能を持つものが存在することが分かっていれば本発明は実施できる。すなわち、種々物質を透過させる機能が確認できれば、発明は実施できる。
【0016】
【表2】

試料には、実際は色々なものが含まれ、分離するものも多種類に上ることがほとんどである。分離にはトランスポーターを含む膜を機能性分離膜として用い、これを固定した分離物質回収用のデバイスを用いることで達成できる。あるいは、より高精度な分離には、複数のトランスポーターを用いて混合物試料から生化学物質を分離するわけであるが、トランスポーターを埋め込んだ膜を直列につなぎ、生化学物質を段階的に分離することにより達成できる。試料中の媒質を拡散や電気泳動、電気浸透流で移動させ、膜を通過したものを回収する。トランスポーターを埋め込んだ膜を直列につなぎ、生化学物質を段階的に分離する場合、結果として、膜と膜の間に捕捉される生化学物質を回収することになる。あるいは、膜と膜の間に、それぞれ出口があるような構成とするときは各出口で溶液を個別に回収することで分離が達成される。
【0017】
分子レベルの分離は、トランスポーターを埋め込む膜の面積を数100nm以下とすることで可能となる。また、この場合、分子がトランスポーターを何分子通過したかどうかは、膜の前後の電位の変化を計測することで確認できる。
【発明の効果】
【0018】
トランスポーターは、そもそも、個々の分子を細胞内外に輸送する仕組みであるので、これを分離手段として利用することで、微量の生化学物質を分離できる。また、本発明によれば、トランスポーターを埋め込んだ膜を通過する生化学物質の数をカウントできるので、分離分子数が少なくても確実に分離が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
(実施例1)
図1(a)は実施例1に係る本発明の生化学物質分離装置に利用できる生体物質分離チップの作り方の概要を断面図で示し、図1(b)は出来上がった生体物質分離チップの構造の1例を模式的に示した断面図である。
【0020】
図1において、100は生体物質分離チップである。1は生体物質分離チップの基板であり、例えば、シリコン基板である。大きさは、例えば、図の高さ方向が5mm、図と垂直方向が500μmである。厚さは、例えば、100μmである。基板1の一端部に突起2を形成する、この高さは、例えば、5μmであり、突起2の部分の厚さは、例えば、2μmである。突起2の頂部に細孔3を形成する。この大きさは、例えば、1〜2μmφである。基板1の下部の両面に電極層4,5が形成され、電極層4を全面的に覆う絶縁層6を形成した後、電極層7を形成する。この基板1は、半導体技術を利用して作成するが、その概要は、図2を参照して、後述する。
【0021】
生体物質分離チップ100は、図1(b)に示すように、細孔3の部分に細胞のトランスポーターが取り込まれて完成する。以下、この細孔3の部分に細胞のトランスポーターを取り込む処理を説明する。
【0022】
図が煩雑になるので、図示は省略したが、基板1と細胞11を、顕微鏡の観察ガラス板の上に滴下した細胞培養に適したバッファの液滴中に対向して配置する。この際、顕微鏡で観察しながら、細胞11のトランスポーター12の部位が、突起2の突出側で細孔3の部分に向き合う形に置く。なお、13は細胞11の脂質二重層である。さらに、突起2の凹部側には、マイクロシリンジポンプに連結されたキャピラリーが一時的に取り付けられ、キャピラリーの内部を陰圧状態とすることができる。このキャピラリー内部には前記バッファが充填されている。さらに、キャピラリー内には電極が配置され、これに接続されている導線が引き出されるとともに、液滴の部分に他の電極が配置され、これに接続されている他の導線が引き出される。他の導線は、バッファの液滴とは電気的に絶縁されている。
【0023】
顕微鏡で観察しながら、細胞11のトランスポーター12の部位を突起2の細孔3に接触させる。このとき、前述した二つの電極間の電気伝導度を監視していると、細胞11のトランスポーター12の部位が突起2の細孔3に接触する前は、キャピラリー内の電極と液滴の部分の他の電極とはバッファにより短絡状態であるのに対して、接触した後は、細孔3が細胞11のトランスポーター12と脂質二重層13で塞がれるので、実質的に絶縁状態になる。
【0024】
顕微鏡による目視および前述した二つの電極間の電気伝導度の急減により、細胞11のトランスポーター12の部位が突起2の細孔3に接触したことを確認すると、突起2の凹部側に一時的に取り付けられたキャピラリーに連結されているマイクロシリンジポンプを動作させて、キャピラリーの内部を陰圧状態とする。脂質二重層13を突き破らない程度の圧力で吸引しながら細胞11を引き剥がすと、トランスポーター12を含む脂質二重層13の一部が突起2の細孔3に固定された状態で残る。これにより、図1(b)に示すように、細孔3の部分に細胞のトランスポーターが取り込まれた生体物質分離チップ100が完成する。図1(b)に示すトランスポーター付チップではinside−outの形でトランスポーターが固定されている。電極層4,5および電極層7については、後述する。
【0025】
なお、完成した生体物質分離チップ100は細孔3に固定されたトランスポーター12の損傷を避けるために、細胞培養に適したバッファ中に保存するのは言うまでも無い。
【0026】
図2(a)−(g)は生体物質分離チップ100の基板1を形成する処理の概要を説明する図である。図2(a)−(g)は左側に断面図、右側にそれに対応する平面図を示す。
【0027】
まず、図2(a)に示すように、所定の結晶軸を持つシリコン基板1を準備し、その一面にマスク21を施し、突起3を作成する位置に、マスク21を除去した窓22を形成する。
(b)に示すように、エッチング処理をして、四角錐23に対応する部分を除去する。次に、(c)に示すように、マスク21を除去し、シリコン基板1の他面にマスク24を施し、突起3を作成する位置に、マスク24を除去した窓を形成しこれにより断面三角の凹部25,26を形成する。凹部25,26は、平面図から分かるように、四角錐23に対応する連続した凹部である。次に、(d)に示すように、凹部25,26で囲まれた位置に、マスク27を設けて、窓28を開ける。次に、(e)に示すように、この窓28を利用して基板1の対応部分に細孔3を開ける。このとき、併せて、凹部25,26の周辺部の基板1にもエッチングを施して突起2を形成する。次に、(f)に示すように、基板1の突起2のある面に電極4を形成する。この電極4はアルミの蒸着層とする。次に、(g)に示すように、電極4の全面をポリイミドの絶縁層6で覆い、この上に、電極7を形成する。この電極7は白金の蒸着層とする。次いで、基板1の他の面にも電極5を形成する。この電極5も白金の蒸着層とする。かくして、生体物質分離チップ100の基板1が形成される。ここでは、半導体技術に関する詳細なデータは省略したが、当業者は容易に実施できる。
【0028】
図3は生体物質分離チップ100の細孔3にグルコーストランスポーター12を固定した生体物質分離チップによる生体物質の分離例について説明する図である。この例では、図1(a)で説明した細胞11として、心筋由来の細胞を利用し、細孔3にグルコースを透過するトランスポーターを含む脂質二重層を固定する。心筋では上記手法でかなりの確率でグルコーストランスポーターを固定したチップ100を得ることができる。上記手法でグルコーストランスポーター付チップを作成した場合、もちろん、他のトランスポーターも多数細孔3に固定されている。
【0029】
生体物質分離チップ100は、容器500の独立の空間501と502に、電極5を有する裏面と電極7を有する表面をそれぞれ向けて配置されている。電極4はアースされている。電極5と7は必要に応じて電源505および電流計506に取り付けられる。
【0030】
まず、2mMカルシウムを含むM9培地(pH7.1)の溶液で空間501と502を満たす。ここで、空間501と502は図では広く描かれているが、実際は数十μmのギャップで、液は毛細管で入れる。この時点の電流計506の値をモニターする。次に、空間501には2%グルコースを含むM9培地を試料溶液として毛細管現象を利用して加えると電流値が変化する。このことからグルコースと他の何らかのイオンがカップルし膜を透過していることがわかる。所定時間後に空間502側の溶液を回収する。
【0031】
空間502から回収した液と、もとのM9培地をキャピラリーで回収し、その中にM9培地に懸濁した大腸菌を1匹ずつ吸い上げる。空間502より回収した液では50〜60分後に分裂するが、M9培地では120分以上かけても分裂しない。このことから、少なくてもグルコースがトランスポーターを通過して回収されることがわかる。
【0032】
(実施例2)
図4は、細胞培養に適したバッファ中に保存されている生体物質分離チップ100を3枚組み合わせた実施例2の生体物質分離装置の概要を示す断面図である。実施例2の生体物質分離装置は、細孔3に固定されたトランスポーター12の損傷を避けるために、細胞培養に適したバッファ中で組み立てられる。具体的には、顕微鏡の観察ガラス板の上に滴下した細胞培養に適したバッファの液滴中で目視により組み立てるのが実際的である。ここで、生体物質分離チップ100のそれぞれは、細胞膜や核膜などに存在し特定の生化学物質を透過する複数種の細胞のトランスポーターを細孔3に固定したものである。
【0033】
図4において、100は図1(b)に示す生体物質分離チップである。生体物質分離チップ100が100〜500μm離して3枚並べられ、その両側にシリコン基板を利用して製作された側壁101,102が設けられている。側壁101,102の内面側には、生体物質分離チップ100で設けられている電極4および絶縁層6に対応する電極4’および絶縁層6’が設けられている。これら側壁101,102は生体物質分離チップ100と同様に半導体技術により製作できる。これらの生体物質分離チップ100は、図5に外観を示すような、クランプ600により固定される。この際、生体物質分離チップ100間および生体物質分離チップ100と側壁101,102間には、適当なスペーサが挿入されるか、クランプ600自体が適当なスペーサを持っているものとされる。
【0034】
なお、図4において、生体物質分離チップ100間および生体物質分離チップ100と側壁101,102間の上下端に丸みを持って示した線は、このスペースに保持される液体が表面張力によって保持されていることを示すものである。
【0035】
図5は、生体物質分離チップ100を3枚組み合わせた実施例2の生体物質分離装置の外観を示す斜視図である。図に示すように、各エレメント100と側壁101および102はクランプ600で固定されている。ここで各エレメント100の間隙は図4において30−1,30−2,30−3、30−4のように開口している。各エレメント間は数十μmのギャップなので、キャピラリーピペット601を用いて毛細管で液を出し入れできる。このような構造のため、各エレメント間隔にはそれぞれ異なる溶液を出し入れできる。
【0036】
図4に示すように、顕微鏡の観察ガラス板の上に滴下した細胞培養に適したバッファの液滴中で目視により組み立てられた生体物質分離装置は、組み立てが終わった状態では、各生体物質分離チップ100間および生体物質分離チップ100と側壁101および102間はバッファで満たされている。
【0037】
この状態で、各生体物質分離チップ100間および生体物質分離チップ100と側壁101および102間にキャピラリーピペット601を用いて毛細管で試料を出し入れして分離処理をすることになるが、これに先立って、電極4および4’は全て接地する。これは、生体物質分離チップ100と側壁101および102の表面を溶液が流動するときに発生する静電気をシールドし、電流雑音の発生を抑止するためである。また、生体物質分離チップ100の両面の電極5、7間には所定の電圧を印加できるように、電源31とこれによる電流が監視できるようにする。トランスポーター12が細孔3に安定して固定されているときは電源31による電流は実質的に零であるが、トランスポーター12が脱落したときは、大きな電流が流れるから、容易に検出できる。
【0038】
今、側壁101側から見た生体物質分離チップ100のトランスポーター12をそれぞれ12−1、12−2および12−3とするとき、トランスポーター12−1をニューロン由来の細胞膜より調製したトランスポーター、トランスポーター12−2を精巣の細胞膜より調製したトランスポーター、そして、トランスポーター12−3を肺の細胞膜由来の脂質二重層とする。
【0039】
まず、すべての間隙にpH6.5のバッファを満たし、30−1にグルタミン酸とアスパラギン酸とアラニンとグルタミンからなるアミノ酸混合溶液を入れる。すると電流計32ならびに電流計33に100nA程度の電流が観測され、何らかの基質輸送が起きていることがわかる。電流計34を流れる電流は他の1/3程度である。間隙30−2から30−4の溶液を毛細管現象で回収し、ナノLCを用いてアミノ酸分析すると、グルタミン酸とアスパラギン酸は脂質二重層12−1と12−2を透過し間隙30−2と30−3に蓄積されることがわかる。間隙30−4で観測されるグルタミン酸とアスパラギン酸は検出限界以下である。アラニンとグルタミンはすべての間隙から検出される。
【0040】
実際、一般にこれらの細胞には、トランスポーターデータベース(HUGOの公式ウェブサイトの中のHGNC Gene Grouping/Family Nomenclature(June 2004アップデート)、http://www.gene.ucl.ac.uk/nomenclature/genefamily.shtml、に記載されているSLC new solute carrier superfamily proposed members (http://www.bioparadigms.org/slc/menu.asp)によれば、アミノ酸輸送に関するSLC1ファミリーのトランスポーターが発現しており、酸性アミノ酸はニューロン、精巣、腎臓、肝臓、心臓などで多く発現しているが、中性アミノ酸であるアラニンやグルタミンは幅広い臓器で発現しているので特に結果と矛盾は無い。
【0041】
このように本発明の生化学物質分離装置と生化学物質分離法を用いれば、極微量の生化学物質をその性質で大まかに分類できるし、各間隙にどのような物質が蓄積されるかを見ることで、固定した細胞間の物質輸送に関する比較を透過する物質の差で解析する差分解析が可能である。
(実施例3)
実施例3では、キャピラリーチップ先端部に核膜を固定したタイプの生体物質分離チップについて述べる。図6(a)−(f)は実施例3に係わるキャピラリーチップ先端部に核膜を固定したタイプの生体物質分離チップの作成手順を説明する図である。ここでは、アフリカツメガエルの卵母細胞の核膜を用いて、mRNA精製チップとする例について説明する。
【0042】
図6(a)は準備過程を示す図であり、核膜を採取するアフリカツメガエルの卵母細胞とキャピラリーチップとを目視のための顕微鏡の視野の部分に配置したときの概要を示す。41はアフリカツメガエルの卵母細胞、42は細胞質、43は細胞核、44は細胞質と核を仕切る核膜、45は細胞膜をあらわす。46はキャピラリーチップであり、細胞に与える物理的なダメージを少なくするために、先端48(細胞に挿入される部分)の直径をおおむね400μmφ、長さ20mmである。キャピラリー46はX、Y、X軸の移動に加え、先端角度が変えられる冶具49に取り付けられている。また、キャピラリー46の内部には、細胞の培養に使用される種類のバッファが入れられている。冶具49は水圧で駆動される駆動装置50に取り付けられている。駆動装置50から冶具49への動力伝達は水圧を利用する。さらにキャピラリー46にはマイクロシリンジポンプ51が取り付けられており、キャピラリー46の内部を自在に陰陽圧状態とすることができる。47はキャピラリー46とマイクロシリンジポンプ51とを結ぶチューブである。
【0043】
細胞41の損傷を防ぐために、細胞41とキャピラリー46の先端部は、顕微鏡の視野の部分に設けられた観察ガラス板52の上に形成された細胞の培養に使用される種類のバッファの液滴53の中にあるようになされ、以下の処理は、全て、液滴中で行われる。さらに、キャピラリー46内には一時的に電極54が配置され、これに接続されている導線55が引き出されるとともに、細胞41の細胞質42の部分にも一時的に電極56が配置され、これに接続されている導線57が引き出されている。以下の図6(b)−図6(e)では、図が煩雑になるので、観察ガラス板52、液滴53および電極54,56とその引き出し線55,57の表示は省略する。
【0044】
図6(b)は、顕微鏡で目視しながら、細胞41の細胞膜45をキャピラリー46で突き破った状態を示す。
【0045】
図6(c)は、キャピラリー46の先端48を核膜44に接触させ、マイクロシリンジポンプ51を作動させ、キャピラリー46内部を陰圧とし、キャピラリー46の先端48を核膜44に密着させる状態を示す。ここで、マイクロシリンジポンプ51での陰圧の度合いを調整し、核膜44が敗れない程度の圧力で吸引しながら、核膜44をキャピラリーチップ先端に付着した状態でキャピラリー46を細胞41から引き抜く。これでチップ先端部48に核膜44の内側がチップの外側に向くように固定した構造のキャピラリーチップ46が得られる。
【0046】
ここで、顕微鏡で目視しながらキャピラリー先端48を核膜44に接触させるのに加え、電極54と電極56との間の電気伝導度を利用することができる。すなわち、キャピラリー先端48を核膜44に接触させ、密着させる過程を電気伝導度で監視できる。キャピラリー46の先端48が細胞質42にあるうちは、電極54と電極56との間の電気伝導度はきわめて大きい(短絡状態)が、キャピラリー46の先端48が細胞41の核膜44へ接触すると、電極54と電極56との間の電気伝導度は小さくなり(抵抗が大きくなった状態)、しかも、ある程度密着させることで電気伝導度はより小さくなる。
【0047】
従って、目視によりキャピラリー46の先端48の細胞41の核膜44への接触を制御するとともに、電極54と電極56との間の電気伝導度をチェックすることにより、より容易に、キャピラリー46の先端48の細胞41の核膜44への接触および密着を管理することができる。
【0048】
キャピラリー46の先端48を細胞41の核膜44へ密着させた後、核膜44をチップ先端48に保持したまま、キャピラリー46を細胞41から引き抜く。
【0049】
図6(d)は、細胞41から引き抜いたキャピラリー46の周りを洗浄し、キャピラリー46の周りに付着している核酸成分やタンパク質成分などを除去する処理があることを示す。
【0050】
図6(e)は、キャピラリーチップ先端部に核膜を固定したタイプの生体物質分離チップを完成させた状態を示す図である。この状態では、キャピラリー46内には細胞の培養に使用される種類のバッファが残っているが、チップ先端部に固定された核膜を保護するために、全体をバッファに入れて保存するのが良い。
【0051】
図7は、実施例3の生体物質分離チップを利用してmRNAを分取する具体例を説明する図である。
【0052】
例えば、アフリカツメガエルから得る肝臓組織を凍結し、フェノール・クロロホルム溶液を加え、直ちにホモジナイズする。エタノール沈殿を行い、トータルRNAとゲノム断片の混合ペレットを得る。5mMの50mMトリス塩酸(Tris−HCl)緩衝液(pH7.5)に溶解し、試料溶液とする。この試料溶液211を容器212に入れる。生体物質分離チップを作成したときと同様な構成、すなわち、冶具49、駆動装置50、マイクロシリンジポンプ51およびチューブ47よりなる装置のチューブ47の先端に生体物質分離チップ46を取り付けてある。この際、生体物質分離チップ46内に電極54を配置し、引き出し線55を介して直流電源の+極に接続する。一方、試料溶液211の入った容器212には電極56を浸漬し、引き出し線57を介して直流電源の−極に接続する。
【0053】
生体物質分離チップ46の先端部を上記試料溶液211の入った容器212に浸け、前記直流電源により、キャピラリーチップ46の内側と外側の間に5V/cmの直流電圧による電界をかける。この操作で生体物質分離チップ46の先端に固定された核膜を通過しキャピラリー内部に移行するmRNAを回収する。
【0054】
このようにして得るmRNAとキャピラリーチップ外液に残るmRNAでは、明らかにサイズが異なり、キャピラリーチップ内の液から得られるmRNAは1k〜3kbのものが多いが、外液から得られるmRNAは数10kbまでスメアーなバンドが広がっている。このように本発明のチップを用いて核膜を固定したデバイスを用いることでmRNA混合液からスプライシングを受けてサイズが小さくなった成熟mRNAを得ることができる。
【0055】
実施例3に用いる核膜付キャピラリーチップの他の形状について述べる。図8(a)−(c)は、実施例3で使用できるキャピラリー46の先端部の構成例を説明する図である。先端部にはいずれも核膜250が貼り付けてある。
【0056】
図8−(a)ではキャピラリー46の内側に仕切り221が、キャピラリー46の先端近くまで形成されている例である。これによれば、キャピラリー46内に、仕切り221で区分された流路222−1と222−2が形成される。したがって、キャピラリー内の液を23のように片方の流路から他方の流路に流すことで、試料溶液中のmRNAを連続的に回収できる。
【0057】
図8−(b)はキャピラリー46の先端近くまでに第2のキャピラリー226を挿入した構造で流路227−1と227−2を形成している。キャピラリー内の液を先端部の隙間を使って228のように外側の流路から内側の流路に流して核膜を通過するmRNAを採取することができる。第2のキャピラリー226はキャピラリー46の中に差し込まれておればよく、別段固定しなくても上記機能を発揮する。
【0058】
図8−(c)は図8−(b)と同様であるが、キャピラリー46の中に設ける内側のキャピラリー232が232−1から232−5までの5本とされた例である。この例では、たとえば、1分間ずつ232−2から232−4の各1本のみを所定の陰圧として吸引を行い、232−1からバッファを供給する。その間、異なる4種の試料溶液に先端をつけることで4種の試料中のmRNAを分離することができる。
【0059】
(実施例4)
図9は、実施例2の3連構造を実施例3のガラスキャピラリーで実現する簡易法を説明する図である。ガラスキャピラリーは、高周波で引き伸ばし、図の346−1,346−2,346−3のようにテーパーをつけてある。各キャピラリーの間には電極364−1,364−2,364−3が挟みこまれている。実施例2と同様に、キャピラリーの先端を各細胞膜に押し付け、軽く吸引しながら細胞から引き離す。これで細胞膜(脂質二重層)の一部394−1,394−2,394−3をキャピラリー先端に付けたものが得られる。この状態で各キャピラリー先端にはトランスポーターを含む脂質二重膜が固定される。各キャピラリーには実施例2と同じ細胞の脂質二重層を固定する。3本のキャピラリーをバッファ中で重ねる。
【0060】
図9はこのようにして調製した3個カスケードに配列した生体物質分離チップの概要を示す断面図である。346−1〜346−3は生体物質分離チップであり、先端部に核膜394−1〜394−3を固定している。三つの生体物質分離チップはわずかに隙間を残した形で連結されている。図9のように、容器360内の試料溶液361に先端が浸されている。ここでは基質の移動を加速するため、電極364−1と試料溶液中に用意した電極364−4の間に電界をかける。もちろん、電極364−3、364−2,364−1と電極364−4をこの順で切り替えて段階的に物質輸送を行ってもよい。所定の時間が過ぎた後、各キャピラリーを分離し、テーパーの大きいほうから加圧して、先端の脂質二重層を突き破り、内溶液を回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】(a)は実施例1に係る本発明の生化学物質分離装置に利用できる生体物質分離チップの作り方の概要を断面図で示し、(b)は出来上がった生体物質分離チップの構造の1例を模式的に示した断面図である。
【図2】(a)−(g)は生体物質分離チップ100の基板1を形成する処理の概要を説明する図であり、左側に断面図、右側にそれに対応する平面図を示す図である。
【図3】生体物質分離チップ100の細孔3にグルコーストランスポーター12を固定した生体物質分離チップによる生体物質の分離例について説明する図である。
【図4】細胞培養に適したバッファ中に保存されている生体物質分離チップ100を3枚組み合わせた実施例2の生体物質分離装置の概要を示す断面図である。
【図5】生体物質分離チップ100を3枚組み合わせた実施例2の生体物質分離装置の外観を示す斜視図である。
【図6】(a)−(f)は実施例3に係わるキャピラリーチップ先端部に核膜を固定したタイプの生体物質分離チップの作成手順を説明する図である。
【図7】実施例3の生体物質分離チップを利用してmRNAを分取する具体例を説明する図である。
【図8】(a)−(c)は、実施例3で使用できるキャピラリー46の先端部の構成例を説明する図である。
【図9】実施例2の3連構造を実施例3のガラスキャピラリーで実現する簡易法を説明する図である。
【符号の説明】
【0062】
1…基板、2…突起、3…細孔、4,5,7…電極層、6…絶縁層、11…細胞、12…トランスポーター、13…脂質二重層、21,24,27…マスク、23…四角錐、25,26…凹部、28…窓、30−1,30−2,30−3,30−4…開口、31…電源、32,33,34…電流計、41…アフリカツメガエルの卵母細胞、42…細胞質、43…細胞核、44…核膜、45…細胞膜、46…キャピラリーチップ、47…チューブ、48…キャピラリーチップの先端、49…冶具、50…駆動装置、51…マイクロシリンジポン、54,56…電極、55,57…引き出し線、100…生体物質分離チップ、101,102…側壁、500…容器、501,502…空間、505…電源、506…電流計、600…クランプ、601…キャピラリーピペット、221…仕切り、226…キャピラリー、227−1,227−2…流路、232−1〜232−5…内側のキャピラリー、346−1,346−2,346−3…ガラスキャピラリー、360…容器、361…試料溶液、364−1,364−2,364−3,364−4…電極、394−1,394−2,394−3…脂質二重層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トランスポーターを含む脂質2重層が細孔に固定された部材と、
前記細孔の一方に設けられた試料を添加する機構と、
前記細孔の他方に設けられた細孔を通過する生化学物質を回収する機構と、
を有する生化学物質分離装置。
【請求項2】
細胞膜や核膜などに存在するトランスポーターを有する脂質2重層からなる分離部材を複数種用意し、その各々が前容器を仕切るように階層状に配置された構造を有し、分離した生化学物質を各分離部材間から回収する手段を有する生化学物質分離装置。
【請求項3】
1本の試料添加口と複数の回収口からなる容器の各々の回収口の入り口に、細胞膜や核膜などに存在し異なる生化学物質を透過するトランスポーターを有する脂質2重層を固定した構造を有する生化学物質分離装置。
【請求項4】
1本の試料添加口と複数の回収口からなる容器の各々の回収口の入り口に、細胞膜や核膜などに存在し特定の生化学物質を透過する複数種のトランスポーターをそれぞれ独立に有する脂質2重層を固定した構造を有し、各トランスポーターを通過した生化学物質を回収する手段を有する生化学物質分離装置。
【請求項5】
1本の試料添加口と複数の回収口からなる容器の各々の回収口の入り口に、細胞膜や核膜などに存在し特定の生化学物質を透過する複数種のトランスポーターをそれぞれ独立に有する脂質2重層を固定したエレメント構造を有し、特定の生化学物質を通過させるエレメントに存在するトランスポーターを回収する機構を有するトランスポーター分離装置。
【請求項6】
生化学物質を電気泳動ないし電気浸透流で移動せしめトランスポーターを通過させる機構を有する請求項1ないし5の分離装置。
【請求項7】
複数のトランスポーターと脂質2重層が細孔に各々独立に固定された部材と各細孔の前後の片方に試料を添加する機構と他方に細孔を通過する生化学物質を回収する機構とを設けた生化学物質分離装置の細孔の前部に生体試料溶液を添加する工程と、生化学物質を移動させ細孔を通過する物質と通過しない物質に分離する工程を有し、複数の性化学物質を分離する生化学成分分離法。
【請求項8】
複数のトランスポーターと脂質2重層が細孔に各々独立に固定された部材と各細孔の前後の片方に試料を添加する機構と他方に細孔を通過する生化学物質を回収する機構とを設けた生化学物質分離装置の細孔の前部に特定の生体試料溶液を添加する工程と、特定性化学物質が細孔を通過するエレメントを検出する工程と、特定性化学物質が細孔を通過するエレメントに存在するトランスポーターを回収する工程からなるトランスポーター分離法。
【請求項9】
生化学物質を移動させる手段が生化学物質を電気泳動ないし電気浸透流で移ある請求項7および8の分離法。
【請求項10】
成熟mRNAを採取するための生体試料チップであって、該生体試料チップは中空キャピラリー構造のチップ先端部を有し、前記生体試料チップ先端部に核膜の内側がチップの外側に向くように固定した構造のmRNA分取チップ。
【請求項11】
請求項10記載の成熟mRNAを採取するための生体試料チップの先端部を試料溶液中に浸し、チップ先端部に固定された核膜を通過してくるmRNAを生体試料チップ内に回収するmRNA分離法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−75120(P2006−75120A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−264866(P2004−264866)
【出願日】平成16年9月13日(2004.9.13)
【出願人】(504296024)有限責任中間法人 オンチップ・セロミクス・コンソーシアム (39)
【Fターム(参考)】