説明

生物を用いて水素を生産する方法およびそれに用いる生物

【課題】高効率な生物による水素生産方法を提供する
【解決手段】Trichomonas vaginalisのNADH脱水素酵素、フェレドキシン、ヒドロゲナーゼを細胞で発現させることにより水素イオンを電子受容体とする呼吸を行わせ、水素を発生させる生物的水素生産方法

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
現在はエネルギーの大半を化石燃料に頼っており、埋蔵量に限界があるそれらのエネルギー源はいつか枯渇することが明白である。さらに化石燃料を燃焼させることにより生じているCO2は地球温暖化の原因に挙げられ、京都議定書の発効によりCO2を削減する努力(クリーンエネルギーの開発)が求められている。クリーンエネルギーには太陽光発電、水力・風力発電、原子力発電などが知られているが、水素を利用した燃料電池及びその熱も利用するコージェネレーションシステムはエネルギー効率の高さからも非常に有望視されている。しかし水素は分子の状態として存在する量は非常に少量でありそれをどのようにして調達するかが問題となっている。
水素生産方法については様々なアプローチがなされている。化石資源の改質による方法は実用化されているが、資源及び環境問題の解決にはつながらない。化石資源を用いない方法としては水の電気分解、水の熱化学的分解、水の光分解などが研究されているが、生物による水素の生産も有力な方法の1つと考えられている。
生物を利用した水素生産方法として光合成微生物を利用するものと嫌気性微生物を利用するものがある。
水素ガスを生産する光合成微生物としては、光エネルギーの照射下で水を分解し、酸素を発生する光合成微生物(微細藻類)と有機物を資化する過程で余剰の水素をガスとして放出する光合成細菌が知られている。光合成微生物による水素生産、有機性排水処理に関する研究はこれまで長く行われ成果を上げている。しかし現時点で実用化規模で稼働している水素生産施設、或いは排水処理施設は存在しない。その主な理由としては太陽エネルギーを供給するために広大な面積を必要とすること、装置や維持管理が難しいことなどの技術的な困難が十分に解決していないことなどが挙げられる。
非光合成細菌による水素生産の研究も、広範に行なわれている。嫌気性微生物を利用した水素生産は光合成微生物を利用した水素生産に比べて水素生産速度が速く、多様な基質を利用できるという利点を有している。この生物は従属栄養的な増殖の過程で、有機物を分解し、この過程で生ずる余剰の電子をヒドロゲナーゼで還元する事により水素を生産し、エネルギー生産に伴う還元力の調整を水素生産により行う。この嫌気性の従属栄養性水素生産菌は、有機物を分解し、結果として水素を生産できるので、高濃度の有機性廃棄物、その他のバイオマスをエネルギーとしての再資源化できると同時に処理・処分ができるという効果もある。しかしこれまでの嫌気性微生物を用いる方法では、グルコース1モルから生産される水素は理論上4モルに過ぎず(1)、利用有機物当たりの収量が低く、実際には2mol程度の発生にとどまるという問題があった。また、副産物として多くの有機酸を生成するために水素生産に適した培養条件を保つのが難しいという問題もあった。
C6 H12 O6+2H2 O=2CH3 COOH+2CO2+4H2(1)
一方、生物を利用して資源を生産する方法としてはバイオエタノールの生産が既に実用化されている。酵母は培養条件により発酵の副産物としてエタノールを生産する。しかし酵母自身が高エタノール濃度の環境では生存できないこと、燃料電池の原料として利用する際にはエタノールよりも水素の方が適していることなどから水素を生産させるほうが有利である。
特許文献1に見られるようにメディエータ物質を電子受容体物質として利用することで水素収率を増大することが行われている。しかし電子を取り出すための装置が必要であること、メディエータを加えるなど培養方法が特殊であることなど改善の余地がある。
【特許文献1】特開2005−34044号公報
【発明が解決しようとする課題】
本発明はこのような従来法の問題点を解決することを目的とするものであり、簡便な方法で水素イオンに電子を伝達させることで水素を効率的に生産させることをその課題としている。
【課題を解決するための手段】
本発明は以下の(1)〜(7)の構成を伴う
(1)生物を培養することにより水素を生産する方法であって、NADHから放出される電子を、電子を伝達するタンパク質を介して水素イオンに供与することにより水素を発生させることを特徴とする水素生産方法。
(2)生物を用いて水素を生産する方法であって、Trichomonas vaginalisのハイドロゲノソームのNADH脱水素酵素、フェレドキシン、ヒドロゲナーゼを発現することにより、NADHから放出される電子を水素イオンに伝えて水素を生産するように遺伝子を改変された生物を用いることを特徴とする前記方法。
(3)真核生物であってミトコンドリアの電子伝達系を遺伝子破壊等により欠損させ、NADHから電子がハイドロゲノソーム由来NADH脱水素酵素に伝達されるようになっている生物を用いることを特徴とする前記方法
(4)外来的に導入した遺伝子産物がミトコンドリアに局在するようにシグナルを付加されることを特徴とした請求項1,2,3の水素生産方法。
(5)原核生物であって細胞膜上の電子伝達系が遺伝子破壊等により欠損されNADHから電子がハイドロゲノソーム由来NADH脱水素酵素に伝達されるようになっている生物を用いることを特徴とする請求項1,2の水素生産方法
(6)特定の有機物を代謝できるよう代謝経路の遺伝子が改変された生物を用いて有機性基質から水素を生産する(1)〜(5)の方法。
(7)(1)から(6)のいずれかに記載の遺伝子組み換え生物
【発明の効果】
本発明によれば水素イオンを最終的な電子受容体とする一連の酵素反応を細胞内で行わせることにより呼吸によって生じたNADHから放出される電子を利用して高収率の水素生産を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明は人為的に電子伝達の流れを変え、水素イオンを電子受容体とした呼吸を行わせることをその基本的な構成とするものである。
これを更に具体的に説明する。本発明の一つは、水素生産能を有する酵母の作製及び培養であって、ハイドロゲノソームのNADH脱水素酵素遺伝子、フェレドキシンおよびヒドロゲナーゼ遺伝子を外来的に導入し、本来持っているNADH脱水素酵素遺伝子が不活性化されている酵母を嫌気条件で培養することを特徴とする。本発明で使用するハイドロゲノソームのNADH脱水素酵素としてはTrichomonas vaginalisのNADH脱水素酵素の51−kDa,24−kDaのサブユニットのように水素生産に使用されるフェレドキシンを還元できるものが好ましい(非特許文献1参照)。
本発明に用いられる微生物は、TrichomonasのNADH脱水素酵素遺伝子、フェレドキシンおよびヒドロゲナーゼ遺伝子を導入した酵母で酵母自身のNADH脱水素酵素遺伝子が破壊されている。
本発明に用いられる酵母は、嫌気条件下で培養することにより、ヒドロゲナーゼの活性が酸素により失われることなく、しかしTCAサイクルにより生じた還元力は電子が水素イオンに伝えられることにより呼吸が続き、高い水素生産能を維持することができる。
本発明で使用される微生物の宿主となりうる生物の例としては、出芽酵母−例えばSaccharomyces cerevisiae、分裂酵母−Schizosaccharomyces pombe等が挙げられるが、原理的には哺乳類の培養細胞などを宿主とすることも可能である。
これらの生物は好気性生物であるが、電子受容体として水素イオンを利用することができるので嫌気的条件で培養することができる。ヒドロゲナーゼは酸素により失活するので酸素がない条件(嫌気的条件)の方がよい。
電子を水素イオンに伝達する方法としては、遺伝子工学的手法によりTrichomonasのNADH脱水素酵素、フェレドキシンおよびヒドロゲナーゼをコードする遺伝子をあらかじめクローニングしておき、使用する生物のゲノムに組み込む若しくはプラスミドの状態で保持させるという方法が用いられる。
本来持っている電子伝達系を抑制する方法としては遺伝子を破壊する、例えば、変異原を用いた突然変異による非遺伝子工学的手法や、相同組換えを利用して任意に遺伝子配列の操作を行う遺伝子工学的手法が挙げられる。本来の電子伝達系を確実に不活性化するためには、遺伝子工学的手法により不活性化することが好ましい。薬剤耐性マーカーを遺伝子内に導入し不活性化する場合と栄養要求性のマーカーを導入する場合がある。また当該破壊株は市販されてもいるので購入することも可能である。
かくして、電子伝達の経路が改変された生物の創製が可能となる。
以下、上記の方法により得られた水素生産能を有する酵母を用いた培養方法、およびその酵母を用いた水素生産方法について示す。
嫌気的条件での培養は菌を添加後,ブチレンゴムパッキンの付いた,スクリューキャップで封入した試験管で行う。嫌気条件下での培養は、撹拌培養が好ましい。この際、微生物が水素生産能を獲得するためには、嫌気条件下での攪拌培養中に微生物を分裂増殖させることが好ましい。
嫌気条件下での微生物の攪拌培養は、炭素源、窒素源、ミネラル源等を含む通常の栄養培地を用いて行うことが出来る。炭素源としては、例えばグルコース等を、その他栄養源としてはYeast Extract,Bact Peptone(Difco)等を培地に添加する。
嫌気条件下での攪拌培養の条件として、温度域は、25℃〜37℃が好ましい。pH域は、5.0〜8.0の範囲が好ましい。通常、培養開始時の炭素源濃度は2%(W/V)程度が好ましい。
本発明のもう一つの形態は水素生産能を有する大腸菌の作製及び培養であってハイドロゲノソームのNADH脱水素酵素遺伝子、フェレドキシンおよびヒドロゲナーゼ遺伝子を外来的に導入し、本来持っているNADH脱水素酵素遺伝子が不活性化されている大腸菌を嫌気条件で培養することを特徴とする。本発明で使用するハイドロゲノソームのNADH脱水素酵素としてはTrichomonas vaginalisのNADH脱水素酵素の51−kDa,24−kDaのサブユニットのように水素生産に使用されるフェレドキシンを還元できるものが好ましい(非特許文献1参照)。
本発明に用いられる微生物は、TrichomonasのNADH脱水素酵素遺伝子、フェレドキシンおよびヒドロゲナーゼ遺伝子を導入した大腸菌で大腸菌内在性のNADH脱水素酵素遺伝子が破壊されている。
本発明に用いられる大腸菌は、嫌気条件下で培養することにより、ヒドロゲナーゼの活性が酸素により失われることなく、しかし細胞内で生じた還元力は電子が水素イオンに伝えられることにより呼吸が続き、高い水素生産能を維持することができる。
以下、上記の方法により得られた水素生産能を有する大腸菌を用いた培養方法、およびその大腸菌を用いた水素生産方法について示す。
嫌気的条件での培養は菌を添加後,ブチレンゴムパッキンの付いた,スクリューキャップで封入した試験管で行う。嫌気条件下での培養は、撹拌培養が好ましい。この際、微生物が水素生産能を獲得するためには、嫌気条件下での攪拌培養中に微生物を分裂増殖させることが好ましい。
嫌気条件下での微生物の攪拌培養は、LB培地(1% Peptone 0.5% Yeast Extract 1% NaCl)を用いて行うことが出来る。嫌気条件下での攪拌培養の条件として、温度域は、30℃〜37℃が好ましい。
水蒸気改質等を行う従来の技術においては、一酸化炭素を除去する必要がある。しかし本発明の生物を用いた水素生産方法では、主に水素と二酸化炭素からなるガスを生成し、基本的に一酸化炭素を生成しない。そのため、一酸化炭素を除去する改質器の設置が不要となる。これは燃料電池の寿命の面からも好ましい。
また、従来の技術では、数百℃以上の改質温度が必要となるのに対して、本発明の反応容器の温度は常温で用いることが可能である。本発明の方法では水素の生産までの取り扱いを極めて容易に行うことができる。
これらの点からも、本発明の水素生産方法は、一酸化炭素を発生しないし高温の必要な改質器も必要ないことから優れたシステムであることが分かる。また有機廃液を原料とすることにより環境浄化にも貢献できるという点でも現在実用化されている方法と比較して優れている。
【非特許文献1】Nature Vol.432 618−622

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物を培養することにより水素を生産する方法であって、NADHから放出される電子を、電子を伝達するタンパク質を介して水素イオンに供与することにより水素を発生させることを特徴とする水素生産方法。
【請求項2】
生物を用いて水素を生産する方法であって、Trichomonas vaginalisのハイドロゲノソームのNADH脱水素酵素、フェレドキシン、ヒドロゲナーゼを発現することにより、NADHから放出される電子を水素イオンに伝えて水素を生産するように遺伝子を改変された生物を用いることを特徴とする前記方法。
【請求項3】
真核生物であってミトコンドリアの電子伝達系を遺伝子破壊等により欠損させ、NADHから電子がハイドロゲノソーム由来NADH脱水素酵素に伝達されるようになっている生物を用いることを特徴とする前記方法
【請求項4】
外来的に導入した遺伝子産物がミトコンドリアに局在するようにシグナルを付加されることを特徴とした請求項1,2,3の水素生産方法。
【請求項5】
原核生物であって細胞膜上の電子伝達系が遺伝子破壊等により欠損されNADHから電子がハイドロゲノソーム由来NADH脱水素酵素に伝達されるようになっている生物を用いることを特徴とする請求項1,2の水素生産方法
【請求項6】
特定の有機物を代謝できるよう代謝経路の遺伝子が改変された生物を用いて有機性基質から水素を生産する請求項1,2,3,4,5の方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の遺伝子組み換え生物

【公開番号】特開2008−200020(P2008−200020A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−73590(P2007−73590)
【出願日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【出願人】(507089975)
【Fターム(参考)】